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トランポノミクスが不動産・住宅ローン金利に及ぼす影響は? コロンビア大黒人名物教授「ドラッグの非犯罪化」による黒人の救済
http://www.asyura2.com/17/kokusai18/msg/794.html
投稿者 軽毛 日時 2017 年 4 月 01 日 01:26:48: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

【第20回】 2017年3月31日 村上尚己
トランポノミクスが不動産・住宅ローン金利に及ぼす影響は?

「トランプ大統領の経済政策によって日本経済は再浮上する」との見方を提示してきた村上氏。もしこの予測が現実のものとなり、円安か株価上昇が進むとなると、気になってくるのが住宅ローンなどにも影響し得る金利や不動産の状況だ。「トランプ相場」の到来を的中させた村上氏は、これについてどう考えるのか? 最新刊『日本経済はなぜ最高の時代を迎えるのか?』から一部をご紹介しよう。

住宅ローン金利は急上昇しない

これまでの連載で見てきたとおり、トランプの経済政策は日本経済にプラスの影響をもたらす可能性が高い。しかし、今後景気が上向いてくるとなると、住宅ローンなどを抱えている人は、2017年以降の株高・円安が金利にどう影響するかが気になるかもしれない。今回はこれについて見通しをお伝えしておくことにしよう。

※参考
なぜ「トランポノミクス」が日本経済の追い風になり得るのか?
http://diamond.jp/articles/-/116556

たとえば米国では、トランプ氏当選で株高が起きたのと同時に、10年物国債の金利は約1ヵ月で1.8%前後から2.5%台まで大きく上昇した。経済成長率とインフレ率が今後高まるという見通しが強まったことが大きな要因である。

日本でも2017年度からはインフレ率と経済成長率が高まっていくと予想される以上、このままいけば米国と同様に、長期金利の上昇が起きていくのが自然である。「だとすると、住宅ローン金利も上がってしまうのではないか?」などと心配する人もいるかもしれない。

しかし、ここで指摘しておきたいのは、日銀が2016年9月に、YCC(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)、すなわち、長期金利をゼロに誘導する新たな政策フレームを打ち出していることである。この政策は当面続くため、たとえば2017年に景気回復がはじまっても、長期金利は現状と変わらないまま、ほぼゼロ近傍に抑制されて推移するだろう。

※参考
「日銀=手詰まり」論は誤り。注目すべき2政策とは?
http://diamond.jp/articles/-/116547

長期金利が上昇しはじめるとすれば、それは、日銀がこの政策フレームを変更し、10年物国債金利の誘導水準を上昇させるとの思惑が市場内に浮上したときだ。2018年以降は、インフレ率が1%を超えて、2%台に向かって上昇していくと予想される。そうなってくると、日本銀行も長期金利のゼロ誘導政策を縮小し、ある程度の金利上昇を容認するだろう。

ただし当面は、株高・円安が起きても2016年末と同様の、きわめて低い金利水準が保たれると予想される。また、日銀が長期金利をコントロールできる以上、家計や企業経営を過度に圧迫するような急速な上昇は回避される。たとえ住宅ローン金利が上昇するとしても、ごく緩やかなものにとどまるだろう。

特定層に「大人気」の国債暴落論だが…

多くの人が「金利上昇」というときに考えるのが、いわゆる国債暴落による急激な金利上昇だろう。国債暴落論は、一部の論者がメディアで長年にわたり警鐘を鳴らしていることもあり、一定層の固定ファンを持つ「人気コンテンツ」になっているような感がある。

私が一般の方向けに講演の機会をいただく際にも、最後には決まってこの種の質問を頂戴する。とくに、老後のために多くの金融資産を保有している方ほど、「財政破綻」「国債暴落」「円急落」といったテーマの本や記事を読んで、この危機シナリオをたくさん勉強されており、あれこれと真剣に心配されている印象だ。

これらの議論の根本にあるのは、財政状況に対する懸念である。たしかに、日本の財政赤字や公的債務残高が膨らんでいることは事実だ。私が普段接している金融関係者たちのなかにも、「国債暴落? そんな可能性はまずないよ!!などと言いながらも、心のどこかでは不安を抱いている人がけっこう多い。とはいえ、彼らも明確なロジックを持っているわけではなく、いろいろな場面で各方面から危機シナリオを何度も聞かされるうちに、「いまは大丈夫だが…いつかはひょっとすると、ひょっとするかもしれないな……」と感じているに過ぎない。

「日本はすでに財政破綻寸前の状態にあり、今後、国による国債償還(返済)が滞ったりすれば、国債価格が大暴落、急激な金利上昇が起きる可能性がある」というのがその大枠のストーリーである。

さらに、日銀が大量に国債を買い入れる「異次元の金融緩和」がはじまって以来は、「これ以上の金融緩和を続けていると、突然、急激な金利上昇・円安・インフレ加速などが訪れる。すると、ハイパーインフレによって預金が紙くず同然になり、金融機関が預金封鎖を行うため、私たち日本人は資産を失って路頭に迷う」というシナリオが一部でコアな人気を保っているようだ。

金融緩和したほうが、財政赤字は減る

ただ、プロの投資家たちと普段議論している私からすれば、やはり国債暴落論はあまりにもナイーブであり説得力に乏しい。真っ当な経済予測をせずに、「起こる可能性がきわめて低い危機シナリオ」ばかりをエコノミストらが強調するのは、そのほうがメディア受けがよく、露出を確保できるからに過ぎない。

メディアでは、「中央銀行が金融緩和によって国債購入を拡大すると、それが財政規律を損ない、財政赤字を拡大させ、金利上昇をもたらす」といった通説がまかり通っている。しかしこれは、金融緩和の本質を見ていない議論だ。

金融緩和によって経済を成長させ、税収を増やすほうが、財政収支は改善するつまり、歳出を減らすのではなく、歳入を増やす発想が必要なのだ。先進各国では、金融緩和を徹底することで財政赤字を減らしてきたという実証データもある。


日本の税収と財政赤字の推移
上図を見ればわかるとおり、日本の財政収支は、名目GDPで規定される税収と連動している。つまり、日本で1990年代から財政赤字が拡大した主たる要因は、日銀によるデフレ放置という失政にあるのだ。

ところで、「金融緩和に効果はない。インフレ率を高めることなどできない」といつも主張している論者たちが、他方では「金融緩和を続けていると、ある日突然、極度のインフレが起こる」と煽り立てるのは、ひどく矛盾しているように思えないだろうか?

これは「そんなことをいくらやっても、この岩石を動かすことはできない。ただ、もしも転がり出せば誰にも止められない」という奇妙なロジックであり、金融岩石理論どと呼ばれている。

日本のデフレ放置の根幹には、この金融岩石理論が一種のドグマとして横たわっている。これを検証した書籍『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)のなかで、私は「金融緩和が財政赤字拡大をもたらす」という主張に対する徹底的な批判を行っているので、そちらも参照されたい。

不動産のアベノミクス相場、再来は?

持ち家やマンションをどのタイミングでどれくらいの価格で購入するかは、個人の人生設計上、大きなイベントである。日本銀行の政策フレームワークを踏まえると、景気回復が続きインフレ率が上昇しても、長期金利はきわめてゆっくりとしか上昇しないとお伝えしたが、低金利のうちに住宅購入検討したい人もいるかもしれない。

また、インフレ期待が高まるなかで、一部では「サラリーマン大家さんブーム」が再燃し、不動産投資はじめる人も増えている。物件の追加購入を検討するにしても、ある時点での売却を考えるにしても、不動産価格の動向が気になる人も多いのではないだろうか?

アベノミクスが発動した2013年以降、株価上昇に遅れるかたちで、不動産価格の上昇が続き、それが経済メディアを賑わしていた。とはいえ、価格上昇が見られたのは、東京・大阪などの都市部・商業地の地価、そしてマンション価格などに限られる。住宅を含めた全国の地価(基準地価7月1日時点)は、2013年から2016年までずっと対前年比でマイナス、つまりわずかながら下落が続いているのが実情なのだ。

一方、都市と地方とでは地価の状況はまったく異なり、東京圏の住宅地の地価は2014年以降、3年連続で上昇している。とはいえ、各年の上昇率はいずれも0.5%程度に過ぎず、この住宅価格上昇を支えているのは、投資対象となっているハイスペック・マンションなどの高額物件である。株高などによって拡大した家計や企業の金融資産が、これらの物件に流入しているということだ。

そのため、2015年夏場をピークに日本の株式市場で下落局面が続くと、不動産市況にも陰りが見えはじめた。さらに、タワーマンション高層階の購入による抜け穴的節税策について、税務当局が対応措置を講じると、一部でミニブーム的に活況を呈してきた不動産価格も2016年に入ってピークアウトした。

「上昇要因あり」の不動産、注意点は?

では、もう不動産価格の押し上げ要因がないのかというと、そんなことはない。2017年からはじまった円安・株高によって経済成長率が高まり、同時に低い金利水準が維持されれば、当然ながら不動産市況は持ち直すろう。

また、小池百合子東京都知事の就任後、設備やインフラへの投資に対する見直しが進んでいるものの、2020年東京オリンピックに向けて、首都圏の不動産関連投資需要は増え続けるはずだ。さらに、安倍政権が2016年から拡張的な財政政策に転じたため、公共投資が再び増えることにもなる。そのなかで、2011年の東日本大震災以降続いている、建設業での人手不足・資材不足の問題はますます鮮明になっていく。ヒトや材料の不足は建築コストの上昇を招き、当然、不動産価格を押し上げる要因になると予想される。

ただし、不動産市況は全国一律に動くわけではない。ブーム的に活況を呈するのはまずは首都圏の商業地であり、それが波及するとしても、大阪・名古屋などの地方都市の中心部までだ。今後、ある程度の住宅価格の上昇があったとしても、1980年代後半のバブル期のような状況は訪れないだろう。「これからは価格上昇が起こって住宅が安く買えなくなる」などのセールストークを真に受けて、持ち家やマンションを買い急ぐ必要はない私は考えている。

投資用物件についても同様だ。投資目的で取引されているワンルームマンションなどの多くは、すでに「サラリーマン大家さんブーム」で相当に価格が上昇している。収益の源泉となる家賃と比較しても、かなり割高な価格水準で取引されているケースがほとんどであり、セールスマンに騙されてうっかり高い物件をつかまされないよう注意したほうがいいだろう。

村上尚己(むらかみ・なおき)
アライアンス・バーンスタイン株式会社 マーケット・ストラテジスト。1971年生まれ、仙台市で育つ。1994年、東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険に入社。その後、日本経済研究センターに出向し、エコノミストとしてのキャリアを歩みはじめる。第一生命経済研究所、BNPパリバ証券を経て、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニア・エコノミスト。2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして活躍したのち、2014年より現職。独自の計量モデルを駆使した経済予測分析に基づき、投資家の視点で財政金融政策・金融市場の分析を行っている。
著書に『日本人はなぜ貧乏になったか?』(KADOKAWA)、『「円安大転換」後の日本経済』(光文社新書)などがあるほか、共著に『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)がある。

http://diamond.jp/articles/-/116563


 
2017年3月30日 橘玲
コロンビア大学黒人名物教授が提言する
”「ドラッグの非犯罪化」による黒人の救済”
[橘玲の日々刻々]

 今回は名門コロンビア大学の名物教授カール・ハートの『ドラッグと分断社会アメリカ』(早川書房)を紹介したい。

 ハートがなぜ「名物」なのかというと、本人も認めるように、彼がアメリカの黒人のなかではきわめて数少ない心理学教授だからだ(同様に経済学の教授も少なく、数学や物理学などではもっと少ない)。

 そのうえハートはレゲエミュージシャン、ボブ・マーリーのような奇抜なドレッドヘアでテレビなどにも積極的に登場し、きわめて過激な主張をしている。それは「マリファナなどソフトドラッグだけでなく、コカインのようなハードドラッグも非犯罪化すべきだ」というものだ。

『ドラッグと分断社会アメリカ』はふたつのパートから構成されている。ひとつはフロリダの典型的な黒人居住区に育ち、バスケットボールとラップに夢中の10代を過ごしたハートが、友人たちが次々とギャングスターになっていくなかで、いかにしてアカデミズムで成功したかを回顧した半生記、もうひとつはハートの専門である神経精神薬理学の知見から「根拠に基づいた」薬物政策への提言だ。

 アメリカにおいては、子ども時代にどんなに賢くても黒人が社会的に成功することは容易ではない。そんななかでハートは、高校卒業後、軍隊に志願したことで大学入学資格を得、数々の差別に耐えて学問の世界に踏みとどまった。その体験は興味深いが、それは本をお読みいただくとして、ここではドラッグに対するハートの主張に焦点を当ててみたい。

喫煙により摂取できる「クラック・コカイン」

 ハートが本書で取り上げるドラッグは、日本ではあまり馴染みのない「クラック・コカイン」だ。これは化学式では「粉末コカイン(コカイン塩酸塩)から塩酸を除去したコカイン塩基だけの化合物」と説明される。

 粉末コカインとクラック・コカインは化学構造がほぼ同じで人体に対する効果も変わらないが、使用方法が大きく異なる。

 神経精神薬(ドラッグ)が効果を及ぼすためには、血管に注入された化学物質が脳に到達する必要がある。このとき、薬物が早く脳に到達するほど強い薬理作用が現われる。

 南米にはコカの葉を噛む風習があるが、こうして摂取された少量のコカインは小腸の壁を通って血流に入る(アルコールと同じく、満腹では薬物の吸収が遅れるので薬理作用が現われるのも遅くなる)。小腸から吸収されたコカインはその後、肝臓を通過することになるが、肝臓は口から入った毒物を解毒し脳を保護するための酵素を生産している。その効果でコカインが分解され薬理作用が大幅に弱められるのが「初回通過代謝」で、ドラッグユーザーはこの効果を知っていて薬物を錠剤やカプセルとして経口摂取することを好まない。

 一方、鼻から吸引されたコカインの粉末は肝臓を迂回することができる。アメリカ映画では粉末コカインを細かく砕いて鏡などの上に線(ライン)を引き、ストローなどで吸引する場面がよく出てくるが、これだと薬理作用を感じるまでに5分くらいしかかからない(口から摂取すると30分ほどかかる)。

 鼻からの吸引よりももっと効果が高いのは静脈注射で、血液中に注入されたコカインは心臓を通過してすぐさま脳に運ばれるためほぼ即座に精神高揚作用が現われる。だが静脈注射は心理的にハードルが高いし、汚染した注射器や減菌していない器具の使いまわしによってエイズなどに感染する恐れもある。

 それに対してコカインを喫煙できれば、血管を介して病気に感染する危険を避けつつ、静脈注射と同じくらい早く薬物を脳に到達させることができる。肺は表面積が大きいので、喫煙するとたくさんの血管によって薬物が血中からすばやく脳に運ばれるのだ。

 粉末コカインを喫煙できるまで過熱すると、分解して効果がなくなってしまう。だが塩酸を除去したクラック・コカインは気化する温度でも安定しており、喫煙によっても粉末コカインを注射したときと同じくらい効果的な作用が得られる。

 それまで粉末コカインは、ウォール街などの金持ちの白人(ヤッピー)の嗜好品とされ、黒人はほとんど手を出さなかった。だがマリファナと同じように喫煙できて効果の高いクラック・コカインは、ラップやヒップホップを通じて黒人の若者たちのあいだに急速に広まっていく。

 クラック・コカインが登場するのは1980年代はじめだが、当時は科学者もその薬理作用を正確に理解しておらず、新奇な薬物の蔓延を目の当たりにしてアメリカ社会はパニックに陥った。こうして「クラック・コカインの悪魔視」が始まったのだとハートはいう。

「クラック・コカインの悪魔視」

 1914年の『ニューヨーク・タイムズ』には、「コカイン『中毒』の黒人は南部の新たな脅威」と題された、医師が執筆した次のような記事が掲載されている。

 黒人のほとんどは貧しく、読み書きができず、怠惰である……いったん薬物の常用癖ができてしまったら、更生の見込みはない。黒人を薬物に近づけない唯一の方法は収監である。ただし、これは一時しのぎの策にすぎない。なぜなら、釈放された黒人は、かならずまた常用するからだ。

 [コカイン]はほかにも、「中毒者」をとくに危険な犯罪者に変えるいくつかの病的状態を生じる。このような病的状態のひとつが、ショックに対する一時的な免疫である。「強烈な一撃」、つまり致命傷に対する耐性ができるのだ。正気の人間は、弾丸が急所に当たったらその場で倒れるのに、「中毒者」は弾丸でも阻止できない。

 コカインは黒人を凶悪な「ゾンビ」に変えるのだから、中毒者を射殺するには威力のある弾丸が必要だと保安官たちは断言した。専門家たちは議会で「南部の白人女性に対する攻撃のほとんどは、コカインの乱用で異常な精神状態をきたした黒人による直接的な結果だ」と証言した。その結果1914年に、実質的に薬物を禁止する「ハリソン麻薬税法」が成立する。

 これと同じことが70年後に、今度はクラック・コカインで起こったのだとハートはいう。だがそこには、ひとつ大きなちがいがあった。1910年代は白人がコカインを使う黒人を悪魔視したが、1980年代は白人と黒人がともに、クラック・コカインを悪魔視したのだ。

 1986年6月、大学バスケットボールのスター選手レン・バイアスがクラック・コカインの喫煙によって死亡したと報じられると、集団ヒステリーはさらに激しくなった。だがこの22歳の選手は、じつが粉末コカインを使っていたことがわかった。

 同じ月に全米プロフットボールリーグ(NFL)クリーヴランド・ブラウンズのディフェンシブバックで23歳のドン・ロジャーズが死亡し、やはりコカインが原因とされた。2人の若いスポーツ選手が絶頂期にあいついで亡くなったことで、一般市民はコカインの影響は恐ろしいほど予測がつかないと思い込むようになった。

 黒人の公民権活動家ジェシー・ジャクソンは、バイアスの追悼演説で「われわれの文化は、娯楽や気晴らし、逃避のかたちとしての薬物を拒絶しなくてはなりません……クー・クラックス・クランのリンチよりも薬物のせいで多くの命が失われているのです」と語った。

 こうして黒人自身が、より多くの警官やより長期間の刑罰を求めはじめ、クラック・コカインを、わが子を手の施しようのない怪物に変貌させる元凶とみなすようになった。これが、クラック・コカインに対する厳罰化の始まりだ。

 1986年に制定された反薬物乱用法は、ハーレム出身の黒人でニューヨーク選出の下院議員の旗振りで成立したが、5グラムのクラック・コカインを密売したとして有罪判決を受けた者は最低でも5年間服役しなくてはならない。粉末コカインの売買では同等の期間の刑が申し渡されるのは500グラムで、量刑に100倍もの格差がある。

 この反薬物乱用法のもとで投獄されたのは、黒人が圧倒的に多かった。たとえば1992年にはその割合は91%、2006年には82%を占めている。

 クラック・コカインの影響が過大に報じられたことで黒人社会に恐怖が植えつけられ、黒人政治家の主導で厳罰化が進められた結果、多くの若い黒人が刑務所に送られることになった。皮肉なことに、黒人の若者を犯罪から守ろうとして、黒人コミュニティは崩壊の危機に瀕してしまったのだ。そしてこれは、本来であれば不要なことだったとハートはいう。なぜなら粉末コカインとクラック・コカインは、薬理学的な効果としてはまったく同じものなのだから。

「薬物依存は犯罪を増やす」という定説も疑わしい

 ドラッグ中毒(ジャンキー)で私たちが真っ先に思い浮かべるのは、脳の快楽中枢に電極を埋め込まれ、ドーパミンの放出を求めて食事もせずにひたすらレバーを押しつづけるラットだろう。だがこのあまりに有名な「快楽=ドーパミン仮説」は、科学的には正確とはいえないとハートはいう。

 まず、ドーパミンは心地よい状況でのみ放出されるのではなく、ストレスのたまる経験や、嫌な経験をしているときにも放出されることがわかった(電気ショックや、痛みや嫌な体験の前兆となる合図で動物にストレスを与えると、ドーパミンの濃度が上がる)。

 さらに、ドーパミンを遮断すると、動物はコカインなどの薬物の自己投与をやめるが、ヘロインはやめない。もしドーパミンが脳における唯一の快楽の源なら、ヘロインをはじめ快楽を産むどんな薬物の自己投与もやむはずだ。

 アンフェタミン(覚醒剤)の化学式をすこし変えるとメタンフェタミンになり、ドーパミンの放出を増やし活力を増進して注意力や集中力を高める効果があるが、この薬理作用はADHD(注意欠陥多動性障害)やナルコレプシーの治療薬として広く使われている。そして患者の大多数は、依存症にならない。――もしドーパミンの濃度上昇をともなう快感のみが依存症を引き起こすならば、「リタリン」などの商品名で処方されるメタンフェタミンを服用した患者がなぜ依存症にならないかを説明できない。脳の活動はきわめて複雑で、まだわかっていないことのほうが多いにもかかわらず、それを過度に単純化することで非科学的な誤解が広まるのだ。

 さらに、「薬物依存は犯罪を増やす」という定説も疑わしい。

 たしかに薬物依存と犯罪には関係があり、住居侵入や窃盗、強盗といった犯罪にかかわる者は、そのような罪を犯さないひとより薬物依存症である可能性が高い。しかし薬物依存者の半数はフルタイムで雇われており、多くの者が薬物に関連する罪をいちども犯さないことも統計的に確かめられている。

 アメリカ司法省司法統計局が受刑者における薬物と犯罪のつながりを1997年から2004年までのデータで分析したところ、薬物の影響下で罪を犯した者は3分の1にすぎず、薬物依存者もやはり3分の1程度だった(大半の受刑者は、罪を犯したときは素面だった)。薬物を買う金ほしさに犯行に及んだ者は受刑者のうち17%で、暴力的な犯罪者の方がそれ以外の者より多く、投獄される前の1カ月間に薬物を使った者は少なかった。

 またニューヨーク市で1988年に起きた2000件ちかいすべての殺人事件を調査したところ、逮捕者の76%でコカインの陽性反応が出たものの、殺人事件の約半数は薬物とまったく関連がないことが判明した。依存者がクラック・コカインを買おうとして殺人を犯したのはわずか2%で、犯行前に薬物を使った者が殺人を犯したのは1%にすぎなかった。

 これらのデータからハートは、薬物と暴力犯罪のほんとうのつながりは薬物取引で生み出される利益にあると考えた。1988年にニューヨーク市で起きた殺人の39%はたしかに薬物取引と関連があったが、ほとんどは薬物販売の縄張り争いや売人間の強盗によるものだったのだ。

 クラック・コカインが「非暴力的だった人間を凶暴な殺人者に変貌させる」という巷間に流布したイメージは、過剰な報道による恐怖が生み出した幻想なのだ。

「ドラッグに手を出したひとの多くは依存症にはらない」という仮説

 ここからハートは、さらに過激な方向へと議論を進める。「多くのひとは、コカインなどのハードドラッグを使用しても依存症になることはない」と主張するのだ。しかし、ドーパミンの快楽を得るために狂ったようにレバーを押しつづけるラットはどうなるのだろうか。

「それは、ラットをケージのなかの特殊な環境に置いているからだ」とハートはいう。人間に似てラットはきわめて社会的な動物なので、独りぼっちにされると強いストレスを受ける。こうした孤独な状態が、薬物研究で用いられるラットの「通常」の条件なのだ。

 では、ふつうに生活するラットは薬物に対してどのような反応を示すのだろうか。カナダの心理学者ブルース・アレクサンダーはこの疑問にこたえるために、ラットパークをつくってみた。そこには社会的接触や交尾の相手となるラットがたくさんおり、探索しがいのある場所や運動玩具、落ち着ける暗い場があり、モルヒネ入りの甘い水も置かれている。

 ラットパークのラットと通常の孤立したケージのラットを比較すると、孤立したラットはすぐにモルヒネ水を飲むことに没頭したが、ラットパークのラットははるかに少ない量しか飲まなかった。――条件によっては、孤立したラットは社会生活を送るラットの20倍もモルヒネ水を飲んだ。

 コカインやアンフェタミンについても同じような結果が出ているとしたうえでハートは、「社会的な接触や性的接触、快適な生活環境といった自然な報酬――「代替の強化刺激」――が手に入るばあい、健康な動物はたいてい代替の強化刺激を好む」という。動物でも人間でも、薬物ではない代替の強化刺激に手が届けば薬物使用が減る証拠がいまでは数多く得られているのだ(94%のラットが、コカインの静脈注射よりサッカリンで味をつけた甘い水を好んだ。アカゲザルを用いた実験では、コカインの代替報酬として提供される食べ物の量に応じてコカインを摂取する選択回数が減った)。

 しかし動物実験をどれほど繰り返しても、「ドラッグに手を出したひとの多くは依存症にはらない」という仮説を証明することはできない。そこでハートは、人間にドラッグを投与して、環境と依存症の関係を調べることを思いつく。しかし、こんな人体実験が許されるのだろうか。

 ハートはまず、ニューヨークの情報週刊紙『ヴィレッジ・ヴォイス』に広告を出してクラック・コカイン常習者を募集した。そのうえで彼らが、コカインと他の報酬(5ドルの現金引換券か商品引換券)を比較して、どのような条件でコカインを選択するかを調べた。

 参加者がコカインか引換券をもらうためには、パソコンのキーボードのスペースキーを200回押す必要があった。だがこのとき「ジャンキー」と呼ばれる彼らは、脳の「快楽中枢」に電極を埋め込まれたラットのように、コカインの誘惑のために狂ったようにスペースキーを叩きつづけるようなことはしなかった。

 ハートはこの実験結果を、おおよそ次のようにまとめている。

(1) 報酬としてのコカインの量が多いときは、薬物常用者はほとんどの場合、引換券よりもコカインを選択した。
(2) 報酬のコカインの量が少ないときは、薬物常用者はしばしば引換券を選択した。
(3) 引換券が商品ではなく現金の場合、コカインを選択した回数が平均で2回少なかった。

 この結果からハートは、人間の行動はおおかた、自分の環境のなかでどんな報酬を得るかによって決まり、薬物常用者も一般人と同様に、ごくふつうの生活環境ではドラッグとそれ以外のインセンティブを比較し合理的に選択していることを発見した。

 当然のことながら、この主張はアメリカで大きな論争を引き起こした。ドラッグの害は一般に思われているよりも軽微で、多くのひと(約9割)はドラッグを使っても依存症にならず、依存症になったとしても、他の強化刺激を与えるなどの心理療法によって治療可能だ(実験では、適切な介入を受けた被験者の68%が8週間にわたって薬物に手を出さなかった)というのだから。

「ドラッグの売買を罪に問わない」ことで黒人の若者が救われる

 ハートによれば、薬物依存のリスクがもっとも高い集団であるティーンエイジャーでも、クラック・コカインの使用者はこれまで5%以下にとどまっている(薬物を入手できる環境でも、95%の若者は手を出さない)。依存症になるリスクは、大人になってから薬物を使い出した場合よりも、青年期初期に使い出した場合の方がはるかに高いが、高校最上級生でもコカインを日常的に使う割合が0.2%を超えたことはない(ドラッグを経験した若者のうち、常用者になるのはわずかしかいない)。

 それにもかかわらず、「科学的には間違った前提にもとづいて」クラック・コカインに過剰な刑罰を課したために、ドラッグの密売を手がける黒人の若者が壊滅的な被害を被っている。

 アメリカのある大規模な研究では、1990年から2005年までにはじめて少年司法制度にかかわった10万人ちかいティーンエイジャーのうち、57%が黒人だった。男性が圧倒的に多く、平均年齢は15歳で、ほとんどは薬物がらみの犯罪か暴行の容疑で逮捕されていた。

 この研究によれば、初犯内容の凶悪さに関係なく、投獄されたティーンエイジャーのほうが、同種の犯罪をおかしても投獄されなかったティーンエイジャーよりも、大人になってからふたたび投獄される可能性が3倍あった。カナダの同様な大規模研究では、ティーンエイジャーのときに実刑判決を受けた者は、似たような罪を犯しても投獄されなかった者に比べて、大人になってから逮捕される可能性が37倍もあった。

 こうしてハートは、「問題を抱えたティーンエイジャーたちをまとめて、両親もそばにおらず、スポーツ界や学術界で成功することをめざす同世代の仲間もほとんどいない環境に隔離することは、彼らをさらに悪い犯罪行為に走らせる傾向がある」との結論に達した。「不良」の烙印を押されたうえ、犯罪行為にかかわることでしか男らしさやアイデンティティを確認できないと感じる仲間とつき合うことで、将来に犯罪を引き起こす危険性は大幅に増すのだ。

 こうした理不尽な事態に対して、冒頭に述べたように、ハートは「ドラッグの非犯罪化」を提言する。ドラッグの売買を罪に問うことがなくなれば、黒人の若者の多くが収監を免れ、人生を棒にふらなくてもよくなるし、社会にとっても将来の犯罪者が大幅に減るという利益を享受できるのだ。

 ハートの提言に納得できるかどうかは別にして、これがドラッグに対する旧来の常識を覆す興味深い指摘であることは間違いないだろう。もっとも、ドラッグ=悪という常識が固定化した社会でドラッグの非合法化を唱えれば、強い批判を浴びることも間違いない。

 だったらなぜハートは、有名大学の教授職にありながら、このような茨の道を歩むのだろうか。

 じつはハートは、15歳のときに16歳のガールフレンドを妊娠させている。ハートはそのことをまったく忘れていた(あるいは気づいていなかった)が、ハートが有名人になったことを知って、そのガールフレンドが父親の責任を問う訴訟を起こした。

 こうしてハートは、21歳になる「見知らぬ息子」と対面することになる。

 ぎこちない対面のあと、ハートは息子に「それで、なんの仕事をしてる?」と尋ねた。

「笑わせんなよ。知ってんだろ」と息子はいった。「薬を売ってんのさ」

橘 玲(たちばな あきら)

作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(ダイヤモンド社)『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)など。最新刊は、小説『ダブルマリッジ』(文藝春秋刊)。

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http://diamond.jp/articles/-/123100  

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