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日航123便、墜落原因の続報 森永卓郎・青山透子・ベンゼン環(東海アマ)生存者を虐殺してまで隠蔽したこと=オレンジエア
http://www.asyura2.com/17/nihon32/msg/166.html
投稿者 てんさい(い) 日時 2018 年 8 月 17 日 12:55:01: KqrEdYmDwf7cM gsSC8YKzgqKBaYKigWo
 

(回答先: オウム事件より犠牲者多い日航ジャンボ機事件(植草一秀の『知られざる真実』) 投稿者 赤かぶ 日時 2018 年 8 月 12 日 22:48:05)

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-445.html

 大竹交遊録、森永卓郎のラジオ番組で、1985年、御巣鷹山に墜落して五百数十名の命を奪った、日航123便事故について、驚異的な新証拠が発見されたとの続報が話された。

  https://www.youtube.com/watch?v=fwhvLdZrMHk

  先の、日航123便の森永報告は

https://www.youtube.com/watch?v=H7MVF14ir8Q&t=10s

  これについての私のブログは

  http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-339.html


  日航123便墜落時、日航スチュワーデスだった青山透子氏は、その後、東大大学院に進み、博士号を取得、ノンフィクション作家として、日航123便事故追求に生涯を捧げてきた。

日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る 単行本 – 2017/7/17 https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4309025943/asyuracom-22


  彼女は、1985年に墜落し、すでに33年を経て風化した現地の再調査を繰り返す中で、驚異的な新証拠を発見した。

  墜落現場の遺物をたくさん持ち帰り、精密検査をしたところ、多量のベンゼン環が発見されたのである。

  ベンゼン環は、123便ジェット燃料には決して含まれないもので、これは青山氏が、最初の現地調査で、捜索隊が現地に到着したとき、「ガソリンとタールが混合したような激しい臭気に満ちていた」との証言と、遺体の炭化度の凄まじさから、これは墜落時に漏洩したジェット燃料火災によるものでなく、人為的に「火炎放射器」によって、遺体と現場が焼かれていたことの非常に明瞭な証拠である。



  また、墜落時に、米軍は墜落機を追尾して、現地を確認し、即座に救助隊を送り込んだのだが、日本政府が、これを阻止し、米軍による救助を拒否し、さらに自衛隊の先遣隊が、その日のうちに現地に到着していた証拠があった。

  これらの事実について、公的資料から明らかにされているにもかかわらず、政府もマスコミも、まるで統制されているように、一様に口をつぐんでいるのは、フクイチ事故の被曝障害の実態を絶対に報道しないことと同じである。

  この先遣自衛隊が、火炎放射器を使って、まだ生きていた遺体ごと現場を焼却し、証拠隠滅を図ったとみて間違いない物証が出てきたわけである。
  そして、後発自衛隊員が、現地に近づくと、これを銃撃したことがNHKの実況中継から示された。
  後発隊の数名は、先遣隊が生存者を殺害している現場を目撃したことで、自殺に見せかけて殺害された。



  いったいなぜ、現場を完全に焼却して証拠隠滅する必要があったのか?

  中曽根康弘は、123便事故について、「墓場まで秘密を持って行く」と語った。

   http://rapt-neo.com/?p=28575

https://anincline.com/nakasone-yasuhiro/

  中曽根康弘が墓場に持って行く秘密とは、いったい何なのか?

  青山透子の現地調査と証言採集から、123便を、追うようにオレンジ色の物体が追尾していたという証言が得られている。
註、青山が採集した証言では、オレンジ色の物体が、尾翼に張り付くようにしていたと、たくさんの証言があり、相模湾上空で尾翼を破壊した模擬ミサイルが、そのまま水平尾翼に乗っかるようにして、御巣鷹山まで飛んだと考えられる。
  これを目撃した、機体後部の乗客を皆殺しにしたのである。
  火炎放射器を使った理由は、おそらく乗客のカメラを完全に焼いてフィルム証拠を隠滅するためだっただろう。




  これは、証言から、自衛隊が訓練用に使用している模擬ミサイルの破片であると考えてほぼ間違いない。
  日航123便を、異常飛行を起こす前に、二機の自衛隊戦闘機が、追尾していたと報告が多数あり、この機が装備していた模擬ミサイルの破片が墜落現場から発見されているのである。

  この模擬ミサイルが、123便の尾翼、圧力隔壁を破壊したのは、ほぼ確実といえよう。
  そうすれば、落合客室乗務員の証言と完全に一致した経過が明らかになる。

  http://www.link-21.com/JAL123/011.html

  自衛隊は、おそらく訓練として自衛隊機が模擬ミサイルを123便に発射し、それが尾翼を破壊して五百数十名の死者を出した事実を、墜落生存者を虐殺してまで隠蔽したかったのである。

  墜落時に多数の生存者がいたことも、たくさんの証言から明らかになっている。そして、たまたま、機体が分裂して前部が遠いスゲノ沢中に落ちて、後部の現場から見えなかったことで、落合さんや川上さんたちが殺害されずに救助されたのである。
  先遣自衛隊に発見された機体後部の生存者は、その場で火炎放射器によって激しく焼かれて殺害された。

 自衛隊は、なぜ、ここまで人道上の致命的な極悪判断をしてまで、証拠を隠滅したかたのか?

  おそらく、当時、防衛予算枠の1%枠問題があり、自衛隊に問題があることを知られたくなかったという強い意志が中曽根政権に働いた可能性があるが、詳細は分からない。

  中曽根は、「強い日本」の標語を掲げ、防衛費の大幅増大により、三木内閣が設定した1%枠を廃棄しようとしていたのであり、123便を自衛隊が墜落させたということになれば、おそらく巨大な問題になると同時に、中曽根政権の存続さえ危うくなると考えたのであろう。

  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E8%A1%9B%E8%B2%BB1%25%E6%9E%A0

  中曽根が墓場に入るのは時間の問題だが、日航123便事故について、「墓場に持って行く」と語った秘密は、身の毛もよだつほどの恐ろしい内容であることは間違いないだろう。

  これほどの巨大な事件と残酷な証拠隠滅行為を、例え防衛庁長官であっても命令することなどできない。
  乗客をカメラごと火炎放射器で焼くよう命令できるのは、中曽根康弘総理大臣、ただ一人である。

  森永卓郎は、翌年、中曽根政権がプラザ合意によって、日本側が致命的に不利になり、その後の、数十年にわたる日本経済低迷の原因となった奇っ怪な経済協定について、なぜ、日本側が極端に不利な合意を飲まされたかについて、おそらく、この事故の隠蔽をネタにアメリカに脅されたのだろうと示唆している。

  これは十分にありうる話で、墜落時、米軍は完全にレーダー追尾していて、戦闘機も飛ばして墜落現場を確認して、救助ヘリまで送り込んでいながら、日本政府の要請によって撤退している。
  おそらく、アメリカ側は、この事件の真相を知っており、これを取引材料に使って中曽根政権を脅し、後々、日本経済を崩壊させるほどの不公平協定を結ばせたと考えるのには、十分すぎるほどの根拠がある。  

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
1. てんさい(い)[882] gsSC8YKzgqKBaYKigWo 2018年8月17日 12:57:13 : 0kUGInjLpY : VLecBnM2280[546] 報告
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>  森永卓郎は、翌年、中曽根政権がプラザ合意によって、日本側が致命的に不利になり、その後の、数十年にわたる日本経済低迷の原因となった奇っ怪な経済協定について、なぜ、日本側が極端に不利な合意を飲まされたかについて、おそらく、この事故の隠蔽をネタにアメリカに脅されたのだろうと示唆している。
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プラザ合意とは何か? (東海アマブログ)
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-446.html

 プラザ合意とは何か?
 森永卓郎は、1985年、中曽根政権時代のプラザ合意こそ、その後の日本経済低迷、凋落の最大の原因であったと指摘している。

 https://www.youtube.com/watch?v=YvSWhT5RccY

https://www.youtube.com/watch?v=FB8inYFW34Y

 ウィキ プラザ合意の解説
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E5%90%88%E6%84%8F

 一般的な解説

https://www.mo-ney.net/history/plaza.html

プラザ合意、陰謀説

 2006/9/18
「アメリカはいかにして日本を滅ぽしたか」

 以下に、この内容を長々と引用するが、経済に疎い私が、拙い用語を使って説明するより、12年前の、この文章を引用した方が、読者の理解が進むであろう。

http://sun.ap.teacup.com/souun/130.html

 ビル.トッテン著”日本は日本のやりかたで行け”から、マィヶル・ハドソン氏の{1985年プラザ合意の教訓とその影響}と題する諭支の要約。

 1985年9月22日、ニューョ−クのプラザ・ホテルで、日本は金利を引き下げることにより、ドルの為替相場を支えることに同意した。

 当時大蔵大臣だった竹下登は、日銀を含む日本の投資家にアメリカの貿易赤字の資金援助を行なうよう働きかけることにより、日本経済を歪めることに合意した。
 日本が輪出で稼いだドルを米財務省証券(米国債)に投資させたのだ。

 日本人は余剰ドル(日本の貿易黒字)を円に換えて日本国内(および海外の新しい生産設備)に投資するのではなく、そのドルをアメリカへ融資するよう求められたのである。
アメリ力の狙いは、これによって「ドルの還流」を刺激することであった。

 アメリカ側は、もしこの要請を日本が受け入れなけれぱ、円に対するドルの価値を引き下げると脅かした。

 ドルの価値が下がれば、海外における日本製品の価格が上がり、日本の輸出業者が苦しむことになる。またアメリカや他のドル地域(カナダやラテンアメリカ)に、日本がすでに投資した円換算の投資価値も目減りしてしまう。
 そのため日銀は、価格の高い(すなわち、金利の低い)財務省証券を購人せざるをえなかった。

 この取引によって日本は低金利政策を敷くことになり、またアメリカでも日本から大量の資金が流入してきたことが低金利につながった。そこに銀行の安直な融資が加わり、両国内で金融バフルが膨らんだ。
こうして日米は1980年代後半、バブル経済へと突人したのである。

 日本に大量に米国債を買わせておきながら、アメリカ人自身は国債は購入せず、アメリカの株式や不動産市場で儲けていた。
 金利を意図的に低く仰えることによって、日本と同様アメリカ市場も活性化した。しかしアメリカの場合、日本がその要請に従ったがゆえの活況だった。
 結局、日本の大蔵省は、自国の経済に低金利の貸し付けをあふれさせただけではなく、アメリカ経済へも巨額の資金を流出させ、アメリカの低金利をも可能にしたのである。

 アメリカにとっては、まさにこれがプラザ合意の目的であった。
 当時は健全であった日本経済は、不健全なアメリカ経済への資金援助のために、自国の経済均衡を犠牲にするよう求められた。

 インフレを誘発するアメリカ経済が均衡を保てるよう、日本の通貨制度を不安疋にしてアメリカと釣り合わせることを要求されたのである。このプラザ合意では、「釣り合い」と「均衡」を回復するためにという大義名分が掲げられたが、それは不健全な経済を健全にするのではなく、健全な経済を同じように不健全で不均衡でインフレ過剰のものにすることによって維持されたのである。
 
 これを実現可能にしたのが日本であり、その結果、日本は深い痛手を負った.当時のアメリカはレーガノミクスによって、巨額の財政支出にもかかわらず富裕者の税金は削減され、貿易赤字と財政赤字が増加するにもかかわらず、金融緩和策がとられ金利は下げられていた。

 この後に統いた通貨供給量の増加と産業の空洞化はさまざまな問題を引き起こしたが、その治療をするよう求められたのはアメリカ国民ではなく、日本だった。
日本はブラザ合意でアメリ力の抱える双子の赤字に資金援助を行なうことに応諾したのである。この治療こそ、バブル経済で知られる状況である。

 プラザ台意のお膳立て=金本位制に代わる財務省証券制なぜこのとき、日本はドルを支える必要性を感じたのか。この答えは、アメリカがいかにして自国の貿易赤字を他国に支払わせることができたかの理由にもなる。

 貿易赤字を抱えていれば、通常は消費や投貸の抑制、さらには歳出削減や冨裕者、特に不動産役資家への増税を行なう。そのために景気は減速する。

では、アメリカはいかにして、これを回避したのか.

 ドルの還流政策がとられ始めたのは、アメリカが金本位制を廃止した1971年であった,べトナム戦争でアメリカは海外に莫大なドルをぱら撒いていたため、世界中の中央銀行が米ドルを一オンス35ドルで金に交換し始めた。しかし、日本のように国際収支が黒字の国は継続してドルを受け取っていた。

 たとえば、べトナムのアメリカ兵が休養と娯楽のために日本に送られてくると、アメリ力は日本で使うために何十億ドルもの米ドルを円に交換した。この間のアメリカ経済は、消費財ではなく、いわゅる「べンタゴン資本主義」とも言える武器製造に集中した。

 原価に術定の利益を加算する原価計算方式によって、企業の経営者は製造費用をできるだけ高くし、価格にそれを反映させて儲けたため産業界は豊かになった。
 これは市場競争にとってよい経験とはならなかった。コスト削減意識が培われなかったためである。

政治制度もまた、べトナム戦争とそれに関連する軍事支出に反対する多数の団体を買収することで成り立っていた。このような状況下でアメリヵの消費者は急速に、自動車や電化製品などを海外のサブライヤ−から購入するようになっていった。

 日本製品もアメリカ市場で売れるようになったが、日本のメーカ−はそこで得た米ドルを日銀で円に交換し・その円を生産設備の充実や住宅その他の投資に便った。日銀は集まったドルの使い道を決めなければならなかった。フランスでは、ドゴ−ル将軍が余剰ドルを毎月金に換えていた。しかし敗戦の痛手から抜け出せなかったためか、日本は他の主要国に比べて金の保有高を少なくするょうアメリカに圧カをかけられた。

 つまり、余剰ドルをアメリカ保有の金や、さらには公開市場でも金に換えないように要請されたのである。
 したがって、日本の輸出業者やその他のドル受領者が稼いだドルのうち、輸入やアメリカへの民間投資に必要な分を除いた余剰ドルを日銀はどうすることもできなかった。唯一残された選択肢は、日銀がドルを外貨準備金として、財務省証券の形で保持することだけだった。

 このようにしてアメリカの対日貿易赤字は、日銀を経由してアメリカの財務省に還流していたのである。
 通常は、貿易赤字を抱える国はなんとかしてそれを穴埋めしなければならない。
米ドルが金にリンクしていた1971年まではアメリカは金を売却することで赤字を埋めていた。

 しかし、アメリカの金保有高が底をつきはじめると、金本位制を廃止して、別の方法を選択したのである。つまり、金利を上げて民間部門を外国資本に引きっけるのではなく、日銀に余剰ドルを財務省証券に投資するよう働きかけたのだ。財務省証券の利率は当時の市場の状態(およびその後のドル安)を考えると低かった。
 日銀がこの財務省証券で得た金利は、アメリ力の投資家が海外直接投資で稼いだ金利よりずっと少なかっただろう。

 アメリカに還流した日本の資金は、日銀の余剰ドルばかりではない。日本が金利を意図的に低く仰えることによって、アメリ力への投資は儲かるという幻想を抱かせることになったのである。

 それは、確実に日本全体の経済を歪めていった。つまり、アメリカの外交官が日本の高官に圧力をかけたのと同じように、日本政府は日本の投資家に「アメリカに投資しなさい」とささやきかけたのだ。

 その結果は、もうお分かりだろう。バブル当時、多くの日本企業がアメリカの不動産や企業を買収し、またドル建て債券に金を注ぎ込んだが、その多くは膨大な損失となって日本経済を餌む一因となったのである。

 こうしてアメリカは、金本位制から財務省証券制(米国債制)とでも言うべき体制を作り上げていった、そうして、まるで詐欺のような財務省証券制の成立に、もっとも貢献したのが日本なのである、日本は詐欺の片棒を担ぐというより、自国の経済を犠牲にしてアメリカに協力したのだ。

***********************************

上の解説は、晴耕雨読からの引用だが(ビル・トッテンの引用)、相当に的を射たものであり、補足も必要ないほど正しく事態を解説している。

 要約すれば、文末に書かれた「アメリカは金本位制から米国債制に変え」、この犠牲を、すべて日本に押しつけたという下りが本質であり、プラザ合意の成立以前に、日本の貿易黒字の始末を、米国債購入に振り向けたのが中曽根政権=竹下大蔵相であって、このことによって、日本経済は、アメリカの飼犬であるとともに、すべての利益を献上する家畜=奴隷にすぎなくなった。

 この合意による、日本経済の円高から、日本の構造的不況が取り返しのつかないほど累積するようになり、バブルが崩壊し、暗い崩壊局面に入り、33年を経ても、未だに経済は暗黒の泥沼のなかから一歩も出ていない。

 したがって、戦後日本経済を崩壊させたのは、間違いなく、プラザ合意を締結した中曽根康弘政権である。

 安政条約ではあるまいし、これほどの不平等合意が、何をもたらすか分からぬほど中曽根政権も暗愚ではあるまいし、これは明らかに、アメリカを支配する、ユダヤ人コミュニティ=イルミナティの明確な陰謀指図であり、CIAスパイとして知られた中曽根康弘による、日本売国政策であったと断言してもよかろう。

 中曽根が、なぜ、ここまで露骨なアメリカ盲従の売国政策を行ったのか? 日本の致命的不利が分かりきっていたプラザ合意に応じたのか?
 これは歴史の秘密であったが、森永卓郎は、日航123便の真相をアメリカに握られ、脅されて要求をのまざるを得なくなったのではないかと示唆している。

https://www.youtube.com/watch?v=4-Zkfkq5_8Q

https://www.youtube.com/watch?time_continue=2&v=H7MVF14ir8Q

 日本のような、輸出型の貿易立国では、通貨高が致命傷になって自国経済を崩壊させてゆくことは常識中の常識であるが、日米の関係において、プラザ合意を押しつけられて、恒常的円高基調を呑まされるような理由は存在していない。
 中曽根政権=竹下蔵相は、反論らしい反論もしないまま、貿易黒字だけを理由に、後々のまた後々まで、経済を二度と浮揚できないような不平等取り決めを受け入れてしまった。

 特に問題なのは、日本が貿易黒字を作ったなら、それで必ず米国債を購入させられるという下りで、その米国債は、驚くような低金利であって、しかも長期保有を義務づけられ、日本にとって良いことは一つもないような異様な代物であった。

 このため、日本経済は、イノベーションの資金をすべてアメリカに奪われる形となり、プラザ合意以降は、国内各社は、研究資金も、国内投資資金も失ってしまって、イノベーションによる新しい経済を生み出す力を失ってしまったのである。
 これがバブル崩壊後の沈水日本の本質であろう。

 1997年、この「米国債を売る」と冗談をかました橋本龍太郎は、たちまちCIAの標的となり、中国人愛人による情報漏洩から首相を追放され、2006年、殺害されてしまった。
 死因となった「腸管虚血性敗血症ショック」というのは、ポロニウムやアメリシウムなど極めて毒性の強い核種を飲食させられたときに出る症状に似ている。
 これらはCIAによる毒物殺人のパターンに含まれている。

2. 2018年8月17日 23:24:10 : XEOlct51yg : 2U35YGKResg[2] 報告
グロい。
写真に人間の焼け焦げた体が映ってる!
3. 2018年11月22日 16:02:03 : XEOlct51yg : 2U35YGKResg[86] 報告
てんさい(い)さん、
これらの表示が
youtubeから消されて
役に立たなくなってますが・・・。

YouTubeで見たくないチャンネル・投稿者をブロックする方法  ネトウヨ動画を一生見なくて済む方法
http://www.asyura2.com/14/it12/msg/227.html

はやくやれば良かった。悔しいです。(TmT)

4. 2020年8月15日 08:36:36 : nCalfi6YqE : aTlaQUw5Ymc3MUk=[189] 報告
中曽根も今頃地獄で同じ目に遭ってるといいな。
もう二度と人間になるなよな、中曽根糞野郎。

亡くなった方の詳細を見ると、この事件の首謀者は日本というよりあちらの国の奴だろうけど。協力したのは中曽根を筆頭としたクズ日本人だろうけど。


そんなことは普通の大人ならだいたいわかってるけど、言わないだけ。


俺はちょっと特殊な環境にいたから、より憤りを感じますよ。


墜落当時はまだ幼かったけど、ちょうど田舎帰っていて上空(低空)を飛んでいるのを見たし、爆発音も聞いた。

祖父は議員で両親は公務員。
後年聞いても、誰も何も語らなかった。記憶違いじゃないのとはぐらかされた。

小中高は自衛隊内の空手道場に通い、多くの自衛隊員と交流。

隊員の方がたはストレートには答えなかったけど、真意はくみ取れたし、知る限りだが、飛行機を撃ち落とすほどの腐れ野郎はいなかったと思う。


だから、何者かの勝手な理由で無念の死をとげた人たちが哀れでならないし、それを黙っているやつも許せない。

詳細はどうであれ、醜い利権が絡んでいたのは間違いないことだ。

どんなバカだってそれはわかるはず。

世の中は権力者にだけ都合のいいことが起きているということは、もうほとんどの人が知っているし、諦めている。

声を大にして非難するよりも、長いものには巻かれたほうが悠々と生きているから。
だよな?

おれは死ぬまで違うけどな。

5. 山中幸三[3] jlKSho1Ljk8 2022年7月14日 16:54:45 : HX7Dt61m7I : RkRYRjFYMmtITWs=[1] 報告
 最近の日本は度を過ごして対米隷属を強いられていますが、そもそも何が故にそのようになってしまったのかを検証したいと思います。1984年8月12日、日航123便が群馬県御巣鷹山の尾根に墜落した事故。これこそ対米隷属の根本原因です。私は陰謀論者ではありません。以下の論説は私自身知っている事実と、その後様々なネットの確証高い検証記事に基づくものです。

 この事故の原因は、ボーイング社が行なった極めて不適切な後部圧力隔壁の修理ミスとされています。すなわち、墜落した機体は事故の7年前の1978年6月2日、伊丹空港に着陸する際に胴体尾部を滑走路に打ち付ける「尻もち事故」を起こし、後部圧力隔壁が損傷したため、メーカーであるアメリカ・ボーイング社が機体を修理した。しかし「この修理は極めて不適切であったため、事故機の後部圧力隔壁が損壊し、引き続いて尾部胴体・垂直尾翼・操縦系統の損壊が生じ、飛行性の低下と主操縦機能の喪失をきたしたために生じたものと推定される」とされている。
 しかしこの原因説には数々の不可解な無理筋があるし、当時報道された事実を思い起こしながら自分なりの解析を試みたい。元より陰謀説であるとの誹りを受けるのは覚悟の上ですが。

 第一の疑問点は、事故機は駿河湾南(※1)の上空で垂直尾翼を失ったが、同じ頃駿河湾では自衛隊と米軍が日本開発のSM2と言う追尾型ミサイルの実験を共同訓練していた。 事故機は垂直尾翼を失った後、横田基地への着陸を要請したが、米軍はこれを断った。また航空事故調査委員会は駿河湾の捜索を求めたが、日本政府はこれを拒んだ。

 第二の疑問点は、事故機は垂直尾翼を失ったにも関わらず、機長の敏腕操縦によってダッチロールをしながらも2時間余り飛行を続けていた間、NHKが「事故機の上空を自衛隊機2機が飛んでいます」と報道していたのを今でもハッキリ覚えています。 私は一旦は「エッ、何で自衛隊機」と訝りながら、当時は若かったので直ぐに「自衛隊は特殊装備を持っているので、何らかの方法で事故機を救護する積りなのかな」と能天気に思い直しました。自衛隊機が上空を追尾していた以上、墜落地点は1ミリの狂いも無く特定出来た筈なのに、何故午後6時25分に御巣鷹山の尾根に墜落してから翌朝になるまで特定出来なかったのか。

 第三の疑問点は、アメリカという国は自己の過失が100%有っても絶対自らの誤りを認めない国柄なのに、物凄い速さでボーイング社の技術スタッフ2人がやって来て後部圧力隔壁の修理ミスを白状した点。しかも素人の自分が考えても目と耳を疑わざるを得ない方法を述べていた。つまり圧力隔壁の損傷部分に他の金属板を当ててリベットで留めたと言っていたが、常識的に考えても圧力隔壁をスッポリと全交換するのが当たり前なのに斯様な修理方法は論外である点。それは事故機の今後の安全確保とボーイング社のより大きな利益のために。

 第四の疑問点は、当時の首相は中曽根康弘、大蔵大臣は宮澤喜一、米大統領はロナルド・レーガンであり、ロンヤスで呼び合う親密さであったが、ドル円為替は当時約235円程度で米は「双子の赤字」に苦しみ再三再四日本に対して円安是正を要請しても宮澤喜一は「エヘー」と笑って誤魔化すばかり。米は高インフレと、それを鎮めるためにFRB金利は20%近い高金利で、結果怒涛の様に押し寄せる投機マネー縮小と貿易赤字解消の為にドル安に誘導する必要が有った。 であるのにレーガンは強烈な圧力を日本に掛けなかった。

 以上一から四の疑問点について、 最初に書いた様にこの事故が契機となって如何に主権なき対米隷属の日本になってしまったのかを私見で、多少陰謀論的ですが解析検証をします。

 第一の疑問点に就いては、駿河湾に於ける日米合同軍事演習で実験していたSM2ミサイルは、演習だから当然弾薬を搭載せず本来なら標的機は自衛隊機である筈なのに、日航123便を標的機に見立てて実験した。 尤も制御可能なので追尾はいつでも終了できる筈だったのに何時の間にか制御不能となり、遂に123便の垂直尾翼に当たって消し飛ばせた。 何故制御不能になったのか、単なる故障なのか、否、最大の陰謀説かもしれませんが合同演習していた米軍が意図的に制御機能に手を加えて、これを不全に貶めたと考えるべきでしょう。百歩譲って米軍は関与していなかったとしても、自衛隊が重大ミスで123便を結果的に撃墜してしまった事実を米軍が知っている以上、自衛隊のミス責任を免れさせて、責任をボーイング社に被せることに依って、罪をボーイング社に転嫁させ、米は日本政府と自衛隊に多大の貸しを与え、その危機を救ってやったと吹聴することに依って当初の目的(第四の処で詳述)を達成出来ることになる。これは米にとって途轍もない有利な事実を、握ったという事です。

 何故なら、この後書く第四の疑問点に対する解析検討で示す目的達成と、その後もずーっと決定的に日本を隷属させる為に。
 また、民間航空機が緊急事態に陥ったと言うのに横田基地への着陸と駿河湾の捜索を拒んだのはミサイル命中の発覚を恐れた為に。

 第二の疑問点に就いては、事故機が不安定ながらも飛行を続けたので最後を見届けて事故原因を特定されない様に、救援隊よりも速やかに墜落現場に入って自衛隊自らによる犯罪証拠を消し去り、証拠隠滅を図る必要が有った為事故機を追尾した。実際、翌朝救援隊が到着する以前に自衛隊と米軍は先に現場に到着して様々な証拠隠滅工作をした事がネット情報で判明している。

 第三の疑問点に就いては、こんな子供騙しの修理ミス原因説をボーイング社に被せて賠償金を日本に呉てやっても、米としては些かも腹の痛まない超微細代償に過ぎないから(米最高裁判決により賠償金は結局支払われなかった)。其れは第四の疑問点解析の処で述べる目的達成と今後長期に渡って日本資産を毟り取る恰好の決定的材料を掴むことが出来るので。
 普通に考えても不思議としか思えない超ハイスピードで、 然もボーイング社の修理に対する疑問も指摘されていない段階で、 ボーイング社の技術スタッフ2名が日本までやって来てテレビ出演で修理の瑕疵責任を白状するのは極めて不自然である。 矢張り米とボーイング社は事故以前から結託して日航123便ジャンボ機墜落事故を計画していたのではないか。
 其れが証拠には、ボーイングの技術スタッフ2人の目は終始泳いでいたし、ソワソワと何故だ
か落ち着かない様子で説明していた事を、私は腑に落ちない気持ちで見ていたのを今でも覚えています。また、世界のボーイング社が後部圧力隔壁の羽根(正式名称は不識)をリベットを用いて繋ぎ合わせるなんて有り得ない修理方法だと呆れて見ていました。 何故なら後部圧力隔壁はカメラの絞りの様に閉じたり開いたりして機内の圧力を調整するものだから、それは完全にスムースに動かなければ意味を為さないのにリベットのような突起があれば機能喪失であるから。

 第四の疑問点に就いては、これこそ米が企んだ恐るべき奸計なのです。つまり航空機事故さえ創出する怖い米国を見せつける事によって中曽根康弘と宮澤喜一を震え上がらせて有無を言わせず、翌年1985年9月22日ニューヨークのプラザホテルで開かれた米英独仏日5カ国蔵相会議でドル高是正の為に各国が強調介入する事を決めさせた(プラザ合意)。翌23日、為替は235円から215円となり、1年後には150円となった。理由は大蔵省がドル売り円買いの為替介入を、他国の財務省にも委ねながら昼夜に渡って行なったためである。これで日本が安売り多売でせっせと溜め込んだドルの価値が半減した事になり、凡そ200兆円程一気に海外資産を吹き飛ばさせらされた。それに比べてポンド・マルク・フランは円程極端に安くならなかった。円一人負け。
 そしてその後は、米軍が関与した証拠は一切残っていないのだから、ことあるごとに、この事故(実は仕組まれた極悪犯罪)をネタにして米は日本に自衛隊の責任をバラすぞと脅し、あらゆる無理難題を押し付け対米隷属させて日本資産を収奪しているのである。

 多分、米軍は密かに関与して日航123便事故を引き起こしたに違い有りませんーー其れは上に述べた目的達成のためのネタにするためーーが、その事実を伝えられて脅されたのは中曽根康弘と宮澤喜一だけでしょう。他の政治家や官僚及び自衛隊は、知っていても自衛隊のミスで事故が起きたと言うことだけでしょう。中曽根康弘も宮澤喜一も米の極秘機密情報を抱いたままそれを墓場まで持って行ったため、以後の政治家や官僚は単に『自衛隊の責任をバラすぞ』と米に脅されて、事あるごとに対米隷属させられているのでしょう。
 福田康夫首相はたった1年で辞めました。有名な「私は貴方方と違うのです」の言葉を残して。彼も同じくこの件をネタに脅されて何か重大案件を呑まされようとされたが、彼の潔癖症と政治家としての矜持が其れを赦さなかったのだと、私は解釈しています。

 私の結論は、自衛隊は国民にお詫びして米の狡猾なくびきから解放されるべきだと、自衛隊と国に進言しますが、これは敵わない事でしょう。現在の状況も38年前のそれ(米の高インフレと其れを退治するための高金利策。それに基く円安)に近づいていますが、また同じ轍を踏まされて日本は衰退し、国民は奈落の底に落とされると危惧しています。悲しい限りです。

 最後になりましたが、日米経済戦争のためにアメリカによって尊い命を奪われた520名の方々に対して、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 *1 駿河湾の辺りは広大な地域が米軍横田基地の航空管制空域となっており、主権国家日本の管制下にないため民間航空機は北または南に大きく迂回しなければならない。時間と燃料のロスは莫大である。

6. 2022年8月14日 00:12:21 : FBIY1SMENc : R09NRzJEYjhXME0=[173] 報告
transimpex_ochd(スコットランド・ケール後で8です)で投稿しています。

これ アメリカだけが動いた?

日本で動いていた朝鮮カルトは何をしていた?

この語 半島勢が大きく日本の政治を表から裏から関与して来た?

空気がそれまでとは思いっきり違うようになった。

長野県警と自衛隊の銃撃戦(放送事故?)を聞いたのが 家族にいる。

私もニュースがおかしいと感じた記憶が。

いくつものシナリオで隠したい事があるのでしょう。

当時 その後のニュースが知りたくてそのままつけていたTV

音楽番組で西欧のサーを何回もしていた芸能人 一人は飛行機の様な格好で

グルグル 異様な光景でした。

偽者上皇の命令? あれ あの飛行機に乗る人を集められた?と思える

人達と一般の人達がいた?

あれが拠点で 半島が本格的に表に出て来た?

その後に起こる事件の数々も 多分 どこかで繋がっているのではと

考えています。

創価朝鮮カルトが勢力拡大と比例している事も。

[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数のため全部処理

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