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安倍首相「米国隷属」の原点は祖父の岸信介元首相 日本外交と政治の正体(日刊ゲンダイ)
http://www.asyura2.com/17/senkyo220/msg/794.html
投稿者 赤かぶ 日時 2017 年 2 月 17 日 17:30:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

  


安倍首相「米国隷属」の原点は祖父の岸信介元首相 日本外交と政治の正体
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/199780
2017年2月17日 孫崎享 外交評論家 日刊ゲンダイ 文字お越し

  
   祖父の岸信介元首相の墓石に水を掛ける安倍首相 (C)日刊ゲンダイ

 安倍首相と米トランプ大統領の会談に対し、自民党の高村副総裁は「極めてうまくいった」と言い、茂木政調会長も「最高の成果」と語っていた。日本国内の大手メディアも同様の論調が多い。

 しかし、海外メディアの反応は全く違う。米タイム誌は〈日本の首相はトランプ大統領のハートへの道を示した。Flattery(お世辞、へつらい)〉と報じ、英紙テレグラフもこの記事を転載した。

 第2次大戦以降の日本の歴代首相の中で、米国への隷属ぶりでは、安倍首相が群を抜いている。おそらく理由は祖父の岸信介元首相の姿にある。安倍首相は、岸を「深く尊敬する」と発言している。岸は第2次大戦開戦当時の商工大臣である。戦後は「戦犯被疑者」として巣鴨拘置所に拘置された。当然、絞首刑になるとみられたが、この時に東西冷戦が激化。米国は冷戦が進む中で、岸の利用を考え、岸もまた、米国に従うことで命拾いした。実際、岸は後になって「冷戦の推移は我々の唯一の頼みだった。これが悪くなれば、首を絞められずに済むであろう」と述懐している。

 著書「戦後史の正体」で、岸と米国の関係を詳しく書いたが、最も注目したのは、ティム・ワイナーの「CIA秘録」だった。そこにはこういう記述が出てくる。

〈それから7年間の辛抱強い計画が、岸を戦犯容疑者から首相へと変身させた。岸は『ニューズウィーク』誌の東京支局長(パケナム)から英語のレッスンを受け、同誌外信部長のハリー・カーンを通してアメリカの政治家の知己を得ることになる。カーンはアレン・ダレスの親友で、後に東京におけるCIAの仲介役をつとめた。岸はアメリカ大使館当局者との関係を、珍種のランを育てるように大事に育んだ〉

 岸は文字通り、「生き抜くために米国に使われること」を選択した。そして、米国は政策を実行するために岸を首相にすることをもくろみ、資金面などで支援をした。

 安倍首相が岸と米国の“本当の関係”について知らないはずがない。安倍首相は「米国に隷属する人物」とみられても、米国との関係強化こそが、長く首相を続ける「最良の手段」と信じて疑わないのだろう。




 

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コメント
 
1. 新共産主義クラブ[3203] kFaLpI5ZjuWLYINOg4mDdQ 2017年2月17日 17:43:21 : tgB3pTnIXY : TFFrMssdVpA[61]
>安倍首相が岸と米国の“本当の関係”について知らないはずがない。
 
 そうではないと思う。
 
 安倍晋三自身は、「正論」などの雑誌や、母親の洋子や後援会の長老を通した岸信介しか知らないような気がする。
 
 また、満洲国へ赴任された時期の岸信介には、ソ連を敵視しつつも、ソ連のような社会を目指していたふしがある。
 
 現在の安倍政権にも、そのようなものを感じるが、安倍晋三自身が岸信介の政治を詳しく研究したわけでなく、現在の安倍政権で、誰が安倍晋三に岸信介の政治を吹き込んでいるのか、ずっと疑問のままである。
 

2. 中川隆[6772] koaQ7Jey 2017年2月17日 18:21:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7233]
>>1
>満洲国へ赴任された時期の岸信介には、ソ連を敵視しつつも、ソ連のような社会を目指していたふしがある。


当時のアメリカ政界にはウオール街派と社会主義派(ニューディール派)とがいて、昭和天皇と岸信介はウオール街派なんだよ:


日本は第2次世界大戦の前からウォール街やシティに従属していた。ウォール街の代理人、例えばハーバート・フーバーのような人物なら日米主従関係は安泰だったのだろうが、1932年11月の大統領選挙でウォール街と対立関係にあったニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選してしまった。
 投票から3カ月後、大統領就任式が17日後に迫った1933年2月15日にルーズベルトはフロリダ州マイアミの集会で銃撃事件に巻き込まれている。レンガ職人のジュゼッペ・ザンガラが撃った弾丸はルーズベルトの隣にいたシカゴ市長に命中、市長は死亡している。動機は何なのか、本当は誰を狙ったのか、背後関係はあるのかなど調べることはあったはずだが、銃撃犯から何も聞き出さないまま、ザンガラは3月20日に処刑されてしまった。

 1933年から34年にかけてJPモルガンを中心とするウォール街の大物たちがルーズベルトの排除を狙ったクーデターを計画していたことはスメドリー・バトラー退役少将の議会証言で明らかにされている。バトラー少将の知り合いだったジャーナリストのポール・フレンチはクーデター派を取材、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」と言われたと議会で語っている。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201701250000/

日本の体制は戦前も戦後も基本的に同じで、天皇制官僚国家。「国体」は護持されたと言えるだろう。
そのつながりを象徴する人物が1932年6月から41年12月まで駐日大使を務めたジョセフ・グルー。

そのいとこにあたるジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまり巨大金融機関J・P・モルガンを率いていた人物の妻だ。


 J・P・モルガンと最も近い関係にあった井上準之助は1932年2月に射殺されているものの、松岡洋右のように親しい日本人は残っていた。松岡の妹が結婚した佐藤松介の甥にあたる岸信介や佐藤栄作もグルーとはつながっていた。

 1932年にアメリカでは大統領選挙があり、ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトがウォール街に支援されていた現職のハーバート・フーバーが破れている。そこで、J・P・モルガンをはじめとするウォール街の金融資本がファシズム体制の樹立を目指してクーデターを計画した。この計画はスメドリー・バトラー少将の議会証言で明るみに出ている。

 J・P・モルガンが日本を属国化する切っ掛けは1923年の関東大震災。復興資金の調達を引き受けたのがこの金融機関だった。「適者生存」、つまり弱者切り捨てを主張していた井上がこの金融機関と結びつくのは必然だったのかもしれない。

 震災後、1925年に「治安維持法」が制定されて思想統制が本格化、27年には第1次山東出兵、翌年に第2次山東出兵と張作霖爆殺があった。1928年には日本共産党関係者らが大量に検挙されている。

 そして1931年、関東軍参謀の石原莞爾中佐(当時)と板垣征四郎大佐(当時)が立案した計画に基づいてい満鉄の線路が爆破され、いわゆる満州事変が勃発、32年には日本の傀儡国家である満州国の建国が宣言された。この満州国について、アジアにコミュニズムが広がるのを食い止める防壁だとウォール街の大物弁護士で、ロックフェラー財団の理事長でもあったジョン・フォスター・ダレスは考えていたという。(Mainichi Daily News, September 14, 1971)

 ウォール街がイデオロギーだけで動くとは考え難く、満州国の建国を中国略奪の一環として捉えていたのではないだろうか?

 それはともかく、グルーと親しくしていた日本人は少なくない。その中には吉田茂や白州次郎も含まれ、外務大臣だったことから豊田貞次郎海軍大将も親交があった。豊田の親戚の中には日本開発銀行の頭取になる小林中がいる。

 また、グルーを中心に活動していたアメリカ対日協議会(ジャパン・ロビー)を支えていたひとりであるウィリアム・ドレイパー(ディロン・リード銀行の出身で、陸軍次官を経験)は池田勇人と親しく、その池田の子分にあたる人物が福田赳夫。つまり、吉田、岸、池田、佐藤、福田はジャパン・ロビー、つまりウォール街に直結している首相だった。そして、岸の孫が安倍晋三だ。

 現在、アメリカが進めている政策は1992年2月に作成されたウォルフォウィッツ・ドクトリン(DPG草案)に基づき、日本の軍事化はその流れの中でのこと。日本が進む方向を戦争へと導いてきた人物として、ジョセフ・ナイ、リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーン、パトリック・クローニンといった名前が挙がっているが、安倍を操っているのはI・ルイス・リビーだとも言われている。リビーはウォルフォウィッツと一緒にドクトリンを書いたネオコン/シオニストの大物でもある。

 日米関係は戦前も戦後も基本的に同じだ。戦後はニューディール派の影響で民主的な要素も加わったのだが、それは数十年かけて消されてきた。その間、民主主義を破壊する作業を大半の日本人は傍観、戦前以上のファシズム体制が迫っている。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201610260000/

戦前の日本はウォール街、つまりアメリカの巨大資本に支配されていた。
その切っ掛けは1923年の関東大震災。その復興資金を調達するため、日本政府はアメリカの巨大金融資本、JPモルガンに頼ったのだが、それ以降、日本はウォール街の影響下に入り、最近の用語を使うならば、新自由主義を導入する。

 その当時、日本で最もJPモルガンと親しくしていたのは井上準之助だと言われている。「適者生存」、つまり弱者切り捨てを主張していた井上がJPモルガンとの関係を深めるのは1920年の対中国借款交渉以降。浜口雄幸内閣と第2次若槻礼次郎内閣で大蔵大臣を務めている。

 震災後、1925年に「治安維持法」が制定されて思想統制が本格化、27年には第1次山東出兵、翌年に第2次山東出兵と張作霖爆殺。日本共産党関係者らが大量に検挙されたのも1928年だ。

 1931年には、関東軍参謀の石原莞爾中佐(当時)と板垣征四郎大佐(当時)が立案した計画に基づいてい満鉄の線路が爆破され、いわゆる満州事変が勃発、32年には日本の傀儡国家である満州国の建国が宣言された。

 この1932年にアメリカでは大統領選挙があったのだが、ウォール街が支援していた現職のハーバート・フーバーがニューディール派を率いていたフランクリン・ルーズベルトに敗れてしまう。ニューディール派は資本主義を延命させるため、大企業の活動を制限、労働者の権利を拡大しようとしていた。ファシズムや植民地にも反対している。

 そうした事態に慌てたウォール街はJPモルガンを中心として、1933年から34年にかけて反ニューディール派のクーデターを計画する。これは海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー退役少将の議会証言などで発覚、記録に残されている。

 1932年には、アメリカ大使としてジョセフ・グルーが日本へ赴任してくる。この人物のいとこはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻、つまりJPモルガンは自分たちの強力な代理人を日本へ送り込んできた。グルーと最も親しかった日本人のひとりが松岡洋右。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。

 1932年までの日米関係は基本的に今と同じで、日本政府の新自由主義的政策は不況を深刻化させた。そのころ、東北地方では娘の身売りが増え、欠食児童、争議などが問題になっている。支配層は裕福になり、庶民は貧困化、つまり貧富の差が拡大している。

 こうした政策を推進した浜口雄幸首相は1930年11月に東京駅で銃撃されて翌年の8月に死亡し、32年2月には大蔵大臣だった井上準之助が本郷追分の駒本小学校で射殺された。その翌月には三井財閥の大番頭だった団琢磨も殺され、5月には五・一五事件が引き起こされている。そして1936年2月には二・二六事件だ。

 ウォール街の戦略に従うならば、攻撃する相手はソ連。1939年に日本軍は中国東北部とモンゴルの国境地域でソ連軍と衝突している。ノモンハン事件だ。参謀本部と陸軍省の意向に反して関東軍が戦闘を拡大したが、ソ連軍の機械化部隊が攻撃で日本軍は壊滅してしまった。このソ連軍との衝突は日清戦争、日露戦争、韓国併合、シベリア派兵、満州事変という流れの中で引き起こされている。

 ドイツがソ連に攻め込むのは1941年。「バルバロッサ作戦」だ。当初、ドイツ軍が優勢だったが、この時にアメリカやイギリスの支配層は傍観している。ルーズベルト大統領はソ連を支援する意思があったようだが、実行できなかった。

 ところが、1942年の冬に形成は逆転、43年1月にドイツ軍はソ連軍に降伏する。これを見てアメリカは慌てて動き出し、1944年6月にはノルマンディー海岸に上陸する。オーバーロード作戦だ。これを「反攻」と呼ぶのは適切でない。この時点でドイツ軍の主力は崩壊していたからだ。

 バルバロッサ作戦が始まった半年後、日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃してアメリカとの戦争に突入するが、その翌年までグルーは日本に滞在、離日の直前に岸信介からゴルフを誘われて一緒にプレーしている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

 グルー/JPモルガンという座標軸で流れを見るならば、松岡も岸も井上も浜口もウォール街の傀儡にすぎない。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201609040000/


3. 中川隆[6773] koaQ7Jey 2017年2月17日 18:28:44 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7234]
昭和天皇と吉田茂、岸信介は CIA のスパイだったんだよ

4. 2017年2月18日 10:40:57 : qF4T1YwunA : 0ID5WaAuWRA[1518]
●『政治家・吉田茂がCIAのスパイとしてコードネーム「pochi 69」(ポチ シックスナイン)』
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1397746148

●『米兵の代わりに日本人の命を使う!CIAからカネをもらった岸信介、その末裔がいま日本を売ろうとしている…』
http://blog.goo.ne.jp/kimito39/e/d3511999d52ec3078117bfbb6e90e459

●『日本の中のCIAエージェント』
http://blog.goo.ne.jp/yamanooyaji0220/e/31b8776d983469bad82ffec40288122b

この中に麻生太郎も登場する。

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★麻生太郎

第二次世界大戦後、中国とロシアが共産主義国になったため、日本を共産主義への防波堤に使おうと米国政府は考えた。日本が共産主義にならないよう米国は日本を豊かな国に育て、また巨大な米軍とCIAを日本に置き、日本を暗黙の「監視下」 に置いた。

その任務を担ったのが、初代CIA日本支局長ポール・ブルームであった。

ブルームは東京の渋谷区神山町22番地に住居を持ち、その近所には2008年現在の麻生太郎元首相の生家があった。当時の総理大臣吉田茂は麻生の祖父であり、麻生の家で、CIA日本支局長ブルームと吉田首相は、日本の経済成長や米軍駐留の政策について深夜まで話し合った。

やがてブルームは麻生太郎を自宅に引き取り、自分の「後継者」として、CIA日本エージェント=工作員として育てる。
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東京地検特捜部も出てくる。

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★東京地検特捜部

東京地検特捜部の歴代トップは、全員CIAに留学し、CIAの対日工作員としての徹底的教育を受け、日本に帰国する。この教育を受けた者でなければ、東京地検特捜部、そして日本の警察機構の中で、上層部に出世する事は出来ない。

時には、防衛省の守屋事務次官の事件のように、米国CIAから東京地検への直通ファックスによる「摘発指令」が来ることもある。
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ついでに・・・

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★統一教会

CIAが文鮮明(ムン・ソンミョン)に作らせた教団。公明党が出来てからは創価学会に代わって自民党に政治資金を流すと同時に、統一教会の資金で各国会議員に秘書を提供している。秘書と言ってもCIAの情報網であり議員の監視役である。
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★三宝会

竹下登元首相の指示で96年に設立された。新開、テレビ、週刊誌、政治家、官僚、評論家が集まって、自民党にとっで最大の脅威だった小沢一郎をメディアの力で抹殺する作戦が展開された。最高顧問は竹下登、世話人が高橋利行(読売新聞世論調査部長)、後藤謙次(共同通信 編集委員)、芹川洋一(日本経済新開政治部次長)、佐田正樹(朝日新開電子電波メディア局局長付)、湯浅正巳(選択出版)(肩書きはすべて当時)。いま現在は、共同通信、ホリプロ、朝日、毎日、読売、日経、TBS、日テレ、フジ、テレ朝、講談社、文春、プレジデント、選択、朝日出版社が会員だというから、狙われたら抹殺される。中曽根内閣によるバブル経済時代にCIAと結んで日本の核装備のために、原発の建設を財界とともに推進して、現在の破局の基盤作りをしていた。それに協力したのがマスコミという構図。
−−−−−−−−−

いやはや、ため息がでる・・・


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