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「教育勅語」を問題視しない人の超危険度 カミカゼの精神的支柱 サイバー攻撃で滅ぶ日本のインフラ CIA巧みなハッキング
http://www.asyura2.com/17/senkyo222/msg/678.html
投稿者 軽毛 日時 2017 年 3 月 21 日 16:55:37: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

「教育勅語」を問題視しない人の超危険度
国民皆兵と靖国神社につながる誕生の背景を忘れるな
2017.3.18(土) 伊東 乾
安倍首相、靖国神社に玉串料奉納 議員ら集団参拝
都内にある靖国神社で、集団参拝を終えて退出する「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の所属議員たち(2016年8月15日撮影)〔AFPBB News〕
前回、「教育勅語」は大日本帝国憲法と両輪として構想され、「国民皆兵」を基礎に据える近代日本国家の軍制備に必要不可欠な精神訓として整備された経緯を見ました。

(前回の記事)「幼児に教育勅語を暗唱させる時代錯誤と大問題」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49446

さて、ここで改めて考えて見ましょう。

日本という国を考えるうえで、この「国民皆兵」という考え方は、善くも悪しくも画期的なものでありました。

どうしてか?

士農工商という言葉があります。徳川幕府260余年を通じて、刀剣の類を身に帯びた「武士」が支配階級であって、その下に農民も職人も商人もかしづいた。

大名行列などの類に「頭が高い」とやられると、地べたに土下座させられるのは珍しいことでなく、無礼があれば斬り捨てご免、実に理不尽な体制が長く続きました。

それが「四民平等」と呼ばれるようになる背景は何であったのか?

江戸時代、「士農工商」で武士とされた人々の軍備は刀や槍、弓矢や馬が中心で、鉄砲飛び道具の類は微妙に卑怯、集団戦法などは邪道であって、

「やぁやぁ遠からんものは音に聴け、近くば寄って目にも見よ」

式の、牧歌的な果し合いが主流であって、宮本武蔵でも清水一角でも、剣士個人の技量がものをいい、また召抱える側からしても、個人として優秀なサムライへの評価が高かった。

それではいけない!そんなことでは欧州列強の侵略、植民地支配に対抗してはいけない、というのが大村益次郎こと村田蔵六の考え方で、そこから国民皆兵の発想も、東京招魂社、つまり後の靖国神社に至る発想も生まれてきたわけです。

この考え方の源流を探訪してみましょう。

「個性」不要の近代軍備

「太平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)たった四杯で夜も眠れず」

とは「黒船」こと蒸気船で来航したペリー一行の開国要求に右往左往する江戸幕府を揶揄した狂歌で、「じょうきせん」は宇治の上等のお茶の銘柄。カフェインの強い喜撰と蒸気船4艘とをかけて、たかだか4つ黒船が来ただけで幕閣が上を下への大騒ぎをからかったものでした。

ところで、なぜ、黒船が来たとき、幕府首脳はそこまであわてたのか?

答えは「大筒」つまり大砲にあります。ペリー艦隊4隻の軍事装備を見てみると

旗艦サスケハナ号10インチ砲3門8インチ砲6問
ミシシッピ号10インチ砲2門8インチ砲8問
プリマス号8インチ砲8門32ポンド砲18問
サラトガ号8インチ砲4門32ポンド砲18問

と、単純計算しただけで70門近くの大砲を山積みした真っ黒の船が江戸湾沖にお城を狙う形で入港したわけですから、夜もおちおち寝ておられず、幕閣はまさに「たった四杯で」の状況になってしまった。

こんな近代軍装備の前で「やぁやぁ、遠からんものは・・・」なんて名乗りを上げていても意味はありません。チュドーンとやられればおしまいです。

近代軍備に個人的な武勇に優れた英雄は必要ないのです。それは軍備対軍備の戦い、装備に勝った勢力が、いずれは敵を圧倒してしまう、ある意味でまことにつまらない戦争になったと言えるかもしれません。

そこで必要とされるのは・・・個性的な剣客、佐々木小次郎や柳生十兵衛の勇猛ではなく、小銃何丁を持った何個小隊がどのように布陣しどう展開するか、というウォーゲーム的近代戦だったのです。

個人対個人の戦いではなく、装備によって決定される、いわば確率的な戦いで、最終的には期待値に勝る側が勝利を収めるという、没個性的な兵法。

古典的な果し合いとしての優雅な日本型合戦ではなく、装備さえ揃っていれば、それを操作する兵隊の個性はほとんど問われることがありません。かつて織田信長が鉄砲を大規模に導入し勝利を収めて天下人となった「長篠の戦」を大規模に再現するようなものでした。

こうした経緯を冷静に見つめていたのが、靖国神社の創設者、医師で兵法家の村田蔵六でした。

国民皆兵と靖国神社

大村益次郎こと村田蔵六は卓越した語学の力と不屈の意思をもって独学で西欧兵法を学んだ傑物でした。

と同時に、十分醒めた合理的な思考のできる人物でもあった。敵の戦力が自ら消耗するのを待つ、被害が大きいと想像される場所に薩摩兵を配し、それによって薩摩の恨みを買って最後は暗殺される、といった説が根強く囁かれるのも、そうした冷徹さに起因することかと思われます。

村田蔵六は、武士がプライドをかけて固執していた個人対個人の戦いを完全に否定して、19世紀欧州のグローバルスタンダードで軍事を思考することができました。

戊辰戦争、上野の山の彰義隊討伐に当たって、村田は見通しのよい昼間に敵を消耗させ、午後になって敵が疲れてきたあたりのタイミングから近代火器である「アームストロング砲」を撃ち始めます。

これは鍋島藩が有田焼や伊万里など、東洋の白ダイヤとして高く売れた磁器を外貨産物として手に入れた近代火器であったと思われます(私たち佐賀の人間はこのあたりに敏感です)。

こんなものをぶっ放された日には、いかに佐幕派が勇猛だろうと、白虎隊のローティーンが決死の覚悟をしようと、ひとたまりもありません。

古典的な日本武士の兵法に依存しがちだった同僚が「戦いが夜に及んでは・・・」と心配するなか、村田蔵六は全く動ぜず、懐中時計を見ながら「夕方には終わるでしょう」と落ち着いていたそうです。

果たしてアームストロング砲、いまで考えれば「ボム」ですね、これが炸裂し始め、日が傾くころ上野の山で火の手が挙がると

「もう終わりました」

と江戸城の物見から平然と言い放ち、その言葉のとおりに官軍勝利を伝える伝令が、前後して駆け込んできたそうです。

兵力はすでに、「やぁやぁ遠からんものは音に聴け」という武士の専権事項ではなくなっていた。

アームストロング銃であれ、ほかの近代重火器であれ、その操作に習熟した者であれば農民でも職人でも商人でも、誰でも操作でき、子供のころから剣道など仕込まれた侍を文字通り木っ端微塵に爆殺することができる。

同様に、日本を襲う海外列強の植民地支配にも同じ武力は効果を発揮するでしょう。

必要なのは冷徹な合理性であり、適切な練兵による「国民皆兵」のシステムで、個々の兵隊には顔はない、いや顔などあってはならない。そういう確率、統計的な思考が、長州の軍師、村田蔵六の念頭にはあったと思います。

これに対して薩摩は違った。大久保一蔵(利通)などは、郷士という形ですが、武士が戦うということに固執した典型でした。西郷もまた然り。

明治初年の10年で駆逐されてしまった「不平士族」の大半は、この勇猛果敢な武士というイメージを捨て切れなかった人たちと言っていいかもしれません。

実際、戊辰戦争を率いた西郷、大村、板垣の3人は暗殺、反乱自刃、失脚といった形で(少なくとも一度は)表舞台を去り、板垣は自由民権運動なる形で不平士族の憤懣を閥族政府に対するカウンター・パワーとしてまとめる役割をおいおい担うことになるわけですが・・・。

この、近代兵器戦で活躍するのは、個別の顔のない兵士です。剣豪はすでに不要で、命令に忠実で、一定の確率的な割合で命を失う、でもそのことに動じないという意味で勇猛果敢な、いわば部品、パーツとしての兵隊がいなければ、いかな近代火器といえども効力を発揮しません。

大村益次郎・村田蔵六は、そうした「個人の名と顔を持たない兵士」のケアをよく考えました。

医師でもあった彼は、兵站の中で陣中での食料の補給に気を配ります。例えば、せっかくのアームストロング砲を扱う兵士が空腹でフラフラしていたら、当たるものも当たりません。

また万が一、敵に砲を奪われてはとんでもないことになります。将棋でコマを取られるようなものですね。

ちなみに将棋の「駒」を取るというのは、自軍の軍馬を敵に持ってゆかれることに対応するわけで、これが重火器となると、勝敗をひっくり返す大事になってしまいます。

大村はまた、確率的に命を落とした無名戦士を合祀する、西欧重火器近代戦に対応した新しい戦没者慰霊の形を考えました。それが「東京招魂社」つまり靖国神社です。

靖国神社の発想は、決して江戸時代以前にはあり得ません。武士が軍事を担うとき、戦の勝敗は家代々の名誉であったり恥辱であったりしますが、常に名を持ち顔がついており、現実に首実検として切断して運んでいた。

私たちは日本人は1867年前後まで、東アジアの首狩り族であったことは、冷静に認識しておく必要があります。宿場の外れには「獄門台」と証する見せしめの首置き場が普通にあった。それが日本の封建時代の現実です。

大村はそういうものと決別して、モダンで名のない、集合的・統計的な「魂」を祀りました。「英霊」という概念の原点です。

間違っても「英霊」を日本の伝統などと誤解してはなりません。江戸時代まではサムライが軍事を司り、農民や職人が武器を取ることは「一揆」として厳密に警戒されていた。

それらがこぞって武器を手にして「国を守る」さらには「そのために命を懸け」実際に「見事散りましょ国のため」というのは、四民平等という一見すると近代的な平等主義と見え、その実、統計的に生死が振り分けられる「国民皆兵」のための準備でした。

しばらく前まではもっぱら畑を耕し魚を獲っていたあんちゃん、おとっちゃん連中が、いつのまにやら練兵されて「臣民」として近代装備軍の兵士として再編成されて、日本は「国民軍」を擁する東洋の雄、列強の一に加わって、日清戦争という一大キャンペーンに打って出るわけです。

このとき、一人ひとりが火器を手にする「国民軍」正確には臣民ですが、彼らが謀反を起こしたりした日には、維新政府はひとたまりもありません。

で、これを縛る精神訓として準備されたのが「教育勅語」にほかなりません。大日本帝国憲法は帝国臣民(男子)すべてに兵役の義務がある、と謳いましたが、その精神的な内実は憲法に明記されなかった

しばしば美化される12の徳目のオチの部分をよく見てみましょう

11常ニ国権ヲ重し国法に遵ヒ
12一旦緩急アレハ義勇公に奉シ以テ天壤無窮ノ皇運を扶翼スヘシ

つまり

11大日本帝国憲法を基本とする国の法を尊重して秩序・軍律を遵守し
12国家に危機が迫ったならば、忠義をもって勇敢に、公のために尽くし、これによって永遠に終わることのない天皇の国運を扶養すべく翼賛しなさい

と命じられている。この命令の一人称の主語は「朕」つまり「神聖にして侵すべからざる」天皇自身であるというのが、この作文のミソです。

平時に親孝行だ兄弟仲良くだといった秩序維持は言うまでもなく、はっきり書いてしまえば、個々人の命は有限だけれど、神聖な皇国のいやさかは永遠なのだから、そのために死ね、一身を捧げてね、と書いてある。

別段大げさではなく、徴兵は「血税」と言われた通りで、私の両親(両方とも大正生まれで父親は学徒として出陣、戦闘に参加し、殺し殺される最前線でソ連兵を撃ったりしています)の世代までは、極めて普通に常識として捉えられていたことに過ぎません。

ここで「軍国主義」という言葉を私は用いません。教育勅語の350文字ほどの文言の中に、1つでも「あなたらしく」「個性的で」「多様な価値観を遵守し」「幸せに生きて」といった言葉があるでしょうか?

ありません。

あるのは「爾臣民」とか「億兆」とか、群集を示す無名化、匿名化した標語ばかり、つまり顔がなく、名がありません。

もしあなたが、自分の子供に、その子の適性に合った自分らしい人生を幸せに全うしてもらおうと思ったら、統計的に扱われ、確率的に死ぬことを前提とする、部品としての近代装備に組み込まれるのを是とする、明確な利害目的をもった呪文を客観的、冷静に見つめる知性を、子供にしっかり教えておくことが重要でしょう。

幼稚園児に分別はありませんが、私が小学1年次に46歳で死んだ、シベリヤ抑留帰還兵だった父は、すべての理非を分別する知性の大切さを、わけも分からない幼児の私に徹底的に叩き込んで、戦後の捕虜時代に芽ができたと思しい末期の肺がんで短い命を閉じました。

一時の陶酔に騙されてはいけない。合理的に考えて自他共に納得のいくものを、自他共に長く協力して生きていくことが大切。同学年であった三島由紀夫の自殺ごっこに、父が驚くほど冷淡だったことは、幼稚園児の私の心に強く焼きついて残っています。

思考停止と不合理な自己犠牲、滅私奉公を美化するマゾヒズムを幼稚園児の心に焼きつける罪は深いと思います。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49474


 
世界に恐れられた「カミカゼ特攻隊」の精神的支柱
徳もあるから信じ込まされた「教育勅語」真の狙い
2017.3.21(火) 伊東 乾
原爆投下は必要だったのか? オバマ氏広島訪問で議論再燃
米首都ワシントンのスティムソン・センターが所蔵する、1945年8月に投下された原爆のきのこ雲の写真〔AFPBB News〕
教育勅語の問題を扱って、先週立て続けに2本、コラムを掲載する形となりました。

読者からのリアクションなどを見つつ、これは補っておかねばならないな、と思ったのは、戦前の日本では教育勅語が、法律に優先する社会道徳規範として、擬似宗教教学として義務教育において国民に強制されてきた、現実の「行為」の側面です。

この行為には舞台と道具立てがありました。

「奉安殿」と「ご真影」です。

こうした、かつては完全に日本人の常識であったディティールを全く知らずに、右傾化した議論であれ、左傾化した議論であれ、まともな考察は成立しないでしょう。

前回も今回も、私が引くのはごくごく当たり前の史実だけで「偏見に満ちた」論説などでは全くないのは、普通に関連の基礎を修めた方なら誰もが首肯してくださると思います。

すなわち「教育勅語」と「奉安殿」「ご真影」は3点で1セットにほかなりません。加えて言えば、これらへの「最敬礼」すなわち服装を正して最も深く頭を下げるという、江戸時代の大名行列よりどぎつい身体慣習の強制がなされていたこと。

これらを見ずして「教育勅語」という文章だけ取り出しても、1890年代から1945年に至る(あるいはその影響は戦後まで残っているわけですが)日本に落としたこの文書の影響を斟酌することはできないでしょう。

子を戦場に送り出したい親がいるか?

戦前、赤紙と呼ばれた召集令状が送られて来ると、青年男子は徴兵に応ずる義務があり、適所に出頭せねばなりませんでした。別段偏見でもなんでもなく、大正14年生まれの私の父も昭和19年10月に19歳で応召、満州に大日本帝国陸軍二等卒として出征しました。

こういうとき、出征兵士を送る場面をドラマなどで目にすると思います。

「なんとか君バンザーイ」「天皇陛下バンザーイ」「大日本帝国バンザーイ」

という、千人針などを持たせたりするあの風景です。

実際は、子供を戦地に送り出したくない親や家族、特に母親は決して少なくなかったはずです。しかし、世間体その他を憚って、

「お国のために立派に戦って、死んできなさい」

などと言わされる母親像は、ドラマでもしばしば見かけるでしょう。で、気丈夫に振る舞いながら影で泣き崩れるといったシーンがフィクションでは描かれます。

事実は小説より奇なり、と言いますが、実際、日本全国でこの種の出来事があって、1945年に至る戦争に歯止めが利かなくなりました。

しかしここで、あらゆる偏見を捨て、冷静に考えてみてください。

1867年、明治維新以前に、国民の8割以上を占める農民、あるいは商人職人などの町人に、武器を取ってお国のために戦う習慣、そこで命を捨てることを是とするイデオロギーや信仰があったでしょうか?

ありません。そんなもの一切ありません。

では1877年、西南戦争時点ではどうか。やはりありません。10年後の1887年、明治20年にもそういう考え方は日本全国に浸透していない。

ところが1897年、明治30年になると、形勢が変わっていることに注意すべきでしょう。日本は明治27〜28(1894〜95)年にかけて「日清戦争」を戦い、これに勝利し、関連で動いた経済などがあり、世間は大いに変わりました。

軍隊に出たことで実際に家計が助かった所帯も多く存在した。こうなると、世の中が本当に変質します。

「死んでもラッパを口から話しませんでした」という木口小平一等卒など、多数の軍国美談が語られ、メディアはそれを喧伝し、政府も学校もその色彩一色に染まっていきます。

実際に戦勝によって賠償金がもたらされ、八幡製鉄所や京都大学も建設されて、日本が近代重工業国家として大きく飛躍してゆく端緒が切り開かれた。こうなると本物になってしまいます。

さらに1907年、明治40年を過ぎると、お国のために戦って名誉の戦死という概念は完全に日本に定着していきます。

これに先立つ明治37〜38年の日露戦争戦勝までの過程で、旅順戦で命を落とした「広瀬武夫中佐」を筆頭に「軍神」と呼ばれるような軍国美談の主人公が国民に広く知られるようになり、家族が1人「名誉の戦死」を遂げると遺族は社会的に称揚され、経済的にも潤うという、リアルな現実が動いてしまいます。

こうした中で、国家神道教学を義務教育就学生に生活習慣として定着させたのが「奉安殿」ご真影への礼拝であり、「教育勅語」の奉読儀礼であったわけです。

崇拝儀礼の調教システム

「教育勅語」と切っても切れない関係にある「ご真影」について簡単に触れておきましょう。きちんと扱う際には別の稿を準備したいと思います。

亡くなられた哲学者の多木浩二さんに「天皇の肖像」(1988)という力作があります。

明治新政府が、大半の日本国民にとって未知の存在であった「天皇」なるものをいかにして「日本人」に定着させていくか、その過程をつぶさに扱う「天皇の可視化」戦略の中で「御巡幸」さらには「ご真影」というメディア形式が整えられていく過程を扱われた仕事で、当時大学生だった私は大きな衝撃をもって岩波新書の初版を手にした記憶があります。

その後、約30年の経験を通じて「ご真影」に関してもう1つ思うのは「ごしんねい(ご真影」という別の概念です。

浄土真宗では、宗祖親鸞聖人の像や画像を「ごしんねい」と呼んで尊崇の対象とします。ごしんねいの収められたお堂は「御影堂」あるいは「影堂」などと呼ばれますが必ずしも真宗ばかりのことではなく、日本に仏教が到来してこの方、ずっと踏襲されてきたものです。

例えば、奈良の唐招提寺には開山である鑑真和上の姿を刻んだ国宝の乾漆像が伝わりますが、これが収められているのも御影堂です。

ただ、真宗の場合はこの宗祖崇拝が門徒大衆の末端まで行き届いたことに特徴があります。日頃、田畑を耕しあるいは漁労に勤しむごく普通の人々、大半は文字を読むことも書くこともできません。

そんな中世近世の一般大衆の心に、文字や能書きを超えてダイレクトに働きかけた力の1つが「ご真影」でした。

浄土真宗の説教には、蓮如が三井寺に預けたご真影を返してもらうために息子の首を切って差し出した堅田の漁師源右衛門・源兵衛親子の殉教譚など、凄まじい命がけの話が多数伝わっています。

極度に堅固な運命共同体を形成した浄土真宗教団=「一向宗」は戦国大名を駆逐して加賀に自治コミューンを成立させ、近江、三河、越前、加賀、能登などに攻略不能な真宗王国を建設します。

比叡山を焼き討ちにし、僧兵の首をなで斬りにした織田信長をもってして、和議を結ぶしか方途がなかったのが、蓮如の隠居所だった石山本願寺との戦争、石山合戦でした。

何しろ、道端で手まりをついて遊んでいる女の子だと思っていたら、その子供が刺客で大将 が殺された、というほどに少年少女兵にまで「ジハード」が徹底しており、いかな信長といえどもこればかりはどうにもならなかったなどと宗門では伝えられる結束の強さ(こうした話題については、拙著「笑う親鸞」などをご参照いただければと思います)です。

明治政府が大日本帝国憲法を発布して「臣民皆兵」を謳ったとき、これに反対する層が一番最初に憂慮したのが「民百姓に武器なぞ持たせたら、必ず一揆を起こして反乱になる」というリスクでした。

この「陰謀公家」的な心配、実際、明治初年に三条実美や岩倉具視はリアルに「一揆」を懸念したと言います。

これに対して、一揆を防ぐには一揆に如かず、と日本史上最強の一揆である「一向一揆」の人身収攬技術を吸収、転用したものとして、大日本帝国が導入した「ご真影」崇拝の制度を捉え直すことが可能だと思います。

唐招提寺にもあった御影堂は一向宗門徒の「ごしんねい」崇拝という実績を経て明治期の学校に設えられた「奉安殿」へと受け継がれます。

そこに納められた天皇皇后の写真が火事で燃えたというような際に校長が死んでお詫びするという、極端なメンタリティにも、真宗の積み重ねが強く影響しているように思われます。

浄土真宗では開祖親鸞聖人の作として、編著とも言える「教行信証」が重視されますが、親鸞は同じ内容を手まりをつく少女にも理解できるように「今様」という歌に編みなおしています。

これが「ご和讃」として伝えられるものです。また中興の祖・蓮如上人は各地の門徒に多数の手紙を出しており、これを御文章(本願寺派)御文(大谷派)として尊びます。

近代の創成になる「国民皆兵」の「帝国臣民軍」に一向一揆の強烈さを備えさせるうえで、この「宗祖聖人の言葉」として機能した面を考えることができるのが「教育勅語」のもう1つの横顔ではないかと思うのです。

この種の話を欧米人とすると、首肯してもらえることが少なくありません。

すなわち、第2次世界大戦末期、確実に死ぬと分かっていながら突っ込んでくる「カミカゼ」は、理解を超えた狂信として連合軍には純然と恐怖の対象でしかなく、ついにはその制止のため、として広島長崎の原爆まで投下されてしまった。

この理不尽な命がけの「滅私奉公」は、まさに教育勅語に記されている精神具現化の極限であるとともに、蓮如以来の一向宗、あの信長が往生し和議を結ぶしかなかった浄土真宗の強烈なメディア影響力とまさに同質の側面を指摘できるでしょう。

「教育勅語」を幼稚園児に暗記暗誦させる、という一事を取り出して細かに検討すると、日本が中世から現在まで刻んできた様々な歴史の明暗、特に極端な暗部を含め、様々な要素がくっきりと浮き彫りになってきます。

これら、何一つ偏ったものの見方ではなく、各々の専門の観点からは常識とされる内容を書き綴ってきただけに過ぎません。

加賀一向一揆や石山合戦で恐れられ、第2次大戦末期に諸外国から恐怖されたのと同様の狂信的な自己犠牲、自爆攻撃にすら直結する本質のすべてが、あの短い文の中に洩れなく記されている。

「教育勅語にも良い面がある」というのは、ナチスの政策にも福祉はあったと言うのと同じで、そもそもの土台が全く分かっていない頓珍漢な欠伸のようなものと思うべきです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49479


 


米軍は臨戦態勢、サイバー攻撃で滅ぶ日本のインフラ
HONZ特選本『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』
2017.3.21(火) HONZ
本当に読むに値する「おすすめ本」を紹介する書評サイト「HONZ」から選りすぐりの記事をお届けします。

(文:久保 洋介)

ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する
作者:山田 敏弘
出版社:文藝春秋
発売日:2017-02-28
2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ氏を援護射撃するようなサイバー攻撃をロシアがしかけていたことには驚いたが、その後、アメリカが分かりやすくサイバー空間で反撃していたのにも驚いた。ロシア政府高官のメールが暴露されたり、ロシアの銀行が大規模なサイバー攻撃を受けたりと、次々とロシアがサイバー攻撃を受けている。しかも、バイデン前副大統領がロシアへの反撃をほのめかしたすぐ後からだ(もちろん両国ともにそれぞれ関与を認めていないが)。

今ではサイバー空間を介した「見えない」国家間の衝突は恒常化しつつあり、まるで小競り合いが続いていた第一次世界大戦前のような様相を呈している。

そんな混沌としたサイバー空間での国家間の小競り合いを、各国の最前線にいるプレイヤーの言葉で臨場感溢れる描写をしているのが本書『ゼロデイ』だ。サイバー攻撃の歴史から、サイバー最強国のアメリカをはじめ、ロシア、中国、イスラエル、イラン、北朝鮮といったサイバー先進国の政策や攻撃の実態を掘り下げている。サイバー空間での国家間の攻防を理解する上でこの上ない一冊だ。

傍若無人でえげつないアメリカ

国家主導型サイバー攻撃の威力を最初に世界に知らしめたのはアメリカとイスラエル。2009年末にサイバー兵器「スタックスネット」を使い、遠隔地からイラン核燃料施設の遠心分離機を破壊させるという離れ業だった。当時アメリカ大統領で作戦を指揮したオバマは、世界で初めて破壊的なサイバー攻撃を実行した大統領として後世に語り継がれることとなろう。

本書では、第1章から第3章が、この「21世紀のマンハッタン計画」とも呼ばれるサイバー兵器スタックスネットの作戦が臨場感あふれる文体で描いている。ブッシュ・オバマ両大統領の指揮下で秘密裏に開発された経緯や、オバマ政権下で実行される様子、ドイツ人エンジニアによってその正体が発覚するまでの過程など、息をのむような展開だ。

中盤の第6章から第9章では世界最強サイバー大国アメリカの実態が深堀りされている。一部、元NSA(アメリカ国家安全保障局)職員のスノーデンの内部告発によって暴露されているが、手段を選ばずにあらゆる情報を収集し、サイバー攻撃を実施する傍若無人でえげつないアメリカの姿がこれら章からみてとれる。NSAの中でも攻撃的サイバー攻撃を最初に実行する部隊であるROCのモットーが、そのジャイアンっぷりを物語っている。

“あなたのデータはわれわれのもので、あなたの装置はわれわれの装置である ”

売買されている極秘の武器

そんなアメリカが、今、血眼になって集めているサイバー兵器があるという。「ゼロデイ」という、一般にまだ気づかれていないプログラム上の欠陥だ。その脆弱性を突いて悪用するサイバー攻撃はゼロデイ攻撃と呼ばれており、防ぎようがない。いくらセキュリティ・ソフトをインストールしていても対処不能。高性能のセキュリティ・ソフトといえども、既知のウイルスは駆除できるが、世に知られていない脆弱性を攻撃するマルウェア(悪意ある不正プログラム)はスルーしてしまうのだ。世界最初のサイバー兵器スタックスネットは、このゼロデイ脆弱性を少なくとも4つ駆使することで完璧な攻撃が実行できたという。

本コラムはHONZの提供記事です
現在、この最も危険で極秘の武器は主に闇で売買されており、一つ当たり億円単位の高値がつくこともある。各国サイバー機関はこのゼロデイを秘密裏に購入しているそうだが、なかでもアメリカの買い漁り具合は凄いという。世界最強のサイバー国として君臨すべく、いつでも秘密裏にサイバー攻撃が開始できるよう様々な用途・形態に使えるゼロデイ脆弱性を集め、隠し持っているのだ。

いつサイバー攻撃を受けてもおかしくない日本のインフラ

後半の第10章から第12章では、アメリカ以外のサイバー先進国の政策やその実態を取りあげる。ロシアによるアメリカ大統領選への介入、中国が産業スパイから軍事的工作に力をシフトしている実態、独自路線で暗躍するイランや北朝鮮のサイバー戦略など、サイバー空間がこれまで以上に混沌としている様子が伺える。とくだんロシアとアメリカの攻防は手に汗握る展開だ。冒頭のアメリカ大統領選前後の攻防はまさに戦争に発展してもおかしくない緊張感ある攻防である。

最後のエピローグでは、そんな混沌としたサイバー空間の中で日本はどう立ち振る舞うべきかを著者が指南する。

本書によると、アメリカ軍は、日本のインフラが中国のサイバー攻撃によって壊滅的被害を受けるケースを想定し、軍のシミュレーションを組んでいるそうだ。昨今のサイバー攻撃は日本にとっても対岸の火事ではいられない。日本の発電所、ダム、石油精製工場などのインフラはいつサイバー攻撃を受けてもおかしくない状況なのだ。独自に守れる体制を敷く必要はないのだろうかというのが著者の問題提起である。

インターポールで日本人ハッカーが活躍

ところでこのエピローグに登場する、インターポール(国際刑事警察機構)のサイバーセキュリティー部門で活躍する日本人ハッカー福森大喜氏の話が面白い。グーグルやアメリカ海軍学校主催の数々のハッキング大会で活躍し、今ではインタポールの精鋭として活躍する。本書インタビュー時の担当案件は「歴史上最も大胆なサイバー強盗」と呼ばれるバングラディッシュ中央銀行口座から約90億円もの預金を強盗した事件だという。

また、本書では記載されていないが、このサイバーセキュリティー部門のトップは日本人が務めているという。ぜひ次は彼らを中心としたノンフィクションを出版して欲しい。


サイバー・クライム
作者:ジョセフ・メン翻訳:浅川 佳秀
出版社:講談社
発売日:2011-10-13


久保 洋介
1985年、大阪生まれ。幼少時代を大阪・長崎・ニューヨークで過ごす。京都大学法学部在学時には、日本文化を紹介するイベントを企画し、「京都大学総長賞」「京都学生人間力大賞」を受賞。現在は総合商社にてエネルギー資源開発担当。好きなジャンルは、評伝、世界史、サイエンス。


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http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49470

 
ハッキングできないものなし、CIAの巧みな手口
シリコンバレーNext
2017年3月18日(土)
瀧口 範子
 「Wikileaks(ウィキリークス)」が、米CIA(中央情報局)のハッキング手法に関する膨大な内部文書を公開した。これは2013年にエドワード・スノーデン氏が告発した米NSA(国家安全保障局)の機密情報よりも深刻な問題とされている。アメリカのテクノロジー関係者にとってはショッキングな出来事だ。
 Wikileaksが2017年3月7日に第1弾として明らかにしたのは、943件の添付資料付きの7818ページにも上るCIAの内部文書だ。Wikileaksはほかにも大量の文書を保有しており、その中にはハッキングツールなどのソースコードが数億行も含まれていて、CIAがスマートフォンやコンピュータ、インターネットTVなへどう侵入するのか、その手口が明らかになっていると主張している。
 Wikileaksのプレスリリース(図)によると、今回の内部文書は政府の元工作員や請負業者の間で「未認可の方法で」回覧されていたという。人物は不明だが、そのうちの一人が国民の間で議論されるべき問題だとしてWikileaksに提供したという。

図●Wikileaksのプレスリリース
出典:Wikileaks
 この事件がスノーデン氏のケースと異なっている点は、今回の内部文書には手法やコードが含まれていることだ。スノーデン氏が告発した文書には、NSAが展開するプログラムの概要や規模などが記述されているだけだった。しかし今回は具体的な方法が記されており、CIAにとって痛手であるだけでなく、セキュリティ上強固とされていたスマートフォンやメッセージ・アプリなどがハッキングされていたことも明らかになった。テクノロジー企業や一般ユーザーにとっても衝撃的な事実だろう。
 Wikileaksは、名前などアイデンティティーが特定できる情報は公開した情報から省いた。またコード情報の今後の公開は、CIAのハッキングプログラムに対する「技術的、政治的性質に対してコンセンサスが得られるまで」は保留するとしている。
主要なデバイスやサービスがターゲットに
 Wikileaksは、この内部情報はCIAから漏れたものでは最大規模で、CIAのハッキングの全貌が分かるものとしている。第一弾として公開された文書だけでも、スノーデン氏が3年間に渡って明らかにしたものをページ数で超えているという。
 リークされた文書はCIAの中の「Center for Cyber Intelligence(CCI)」のネットワーク内にあった。CCIの傘下にCIAのハッキング部門があり、そのネットワークには5000人以上の登録ユーザーがアクセスして、2016年末までにトロイの木馬ウイルスなどの1000通り以上のハッキング方法を独自に開発していたようだ。
 ハッキングの対象になったデバイスは、誰もが知っているものばかりだ。米Appleの「iPhone」や「iPad」、米Googleの「Android」(ハードウエアメーカーとしては韓国サムスン電子や、台湾HTC、ソニーなど)、米Microsoftの「Windows」、サムスン製のインターネットTVなどだ。
 これらが遠隔操作された結果マイクとして機能し、諜報に利用された。また、メッセージング・アプリの「WhatsApp」「Signal」「Telegram」「Weibo」などは、暗号化される前に音声やメッセージのトラフィック情報が収集されたという。これらは我々が日常的に利用するデバイスやアプリで、対象になっていないものが考えつかないほどだ。
 それ以外にも、ルーター、USBデバイス、インターネットインフラ、Webサーバーなどがハッキングの対象になっていた。さらにCIAは、2014年時点で自動車やトラックで利用されている車両制御システムへの侵入を検討していたとも伝えている。
車両制御システムへの攻撃は暗殺のため?
 それについてWikileaksは、「その目的は特定されていないが、検知されない方法で暗殺を行うことも可能」としている。暗殺部分はWikileaks独自の考察とは言え、まるでスパイ映画のようなことが現実になり得ると驚くばかりだ。
 一般ユーザーにとってIT機器のセキュリティは把握しがたいものだが、今回の事件を通じて「やっぱり破られるのか」という感想が浮かんでくる。スノーデン氏による告発では、テクノロジー企業が政府に協力して裏口を提供していたことが問題になったのだが、今回のリークによって裏口などなくてもかなりのハッキングができることが分かった。
 それと同時に、今回のWikileaksの公開には心配なポイントもある。
 一つはWikileaksの抑制度である。スノーデン氏がかなり注意深く公開する情報や公開方法を選んでいた。しかしWikileaksは言わば奔放にこうした情報を公開する傾向が最近見られる。注意深さを無くした結果、公開された情報が悪用され悪質ハッカーによる侵入行為が増える可能性もあるだろう。
トランプ政権とCIAの対立が深まる恐れ
 もう一つの心配は、これが政治的にどう利用されるかだ。トランプ大統領はCIAへの攻撃を強めており、今回の漏洩がそれにさらなる拍車をかけることになりうる。また、今回の文書は2013年から2016年の間に作成されたものとのことで、オバマ前大統領を攻撃しているトランプ大統領にとっては、好材料になる。アメリカ国民、特に反トランプ派にとっては、攻撃ばかりを続けるトランプ大統領のツイッターでの発言がさらに増えるのかと、頭痛がするだろう。
 新政権でただでさえ落ち着かない状況に、不安定材料がまた加わった。


このコラムについて
シリコンバレーNext
「シリコンバレーがやってくる(Silicon Valley is coming.)」――。シリコンバレー企業の活動領域が、ITやメディア、eコマースといった従来の領域から、金融業、製造業、サービス業などへと急速に広がり始めている。冒頭の「シリコンバレーがやってくる」という言葉は、米国の大手金融機関、JPモルガン・チェースのジェームズ・ダイモンCEO(最高経営責任者)が述べたもの。ウォール街もシリコンバレー企業の“領域侵犯”に警戒感を隠さない。全ての産業をテクノロジーによって変革しようと企むシリコンバレーの今を、その中心地であるパロアルトからレポートする。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/061700004/031300187


 

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コメント
 
1. 2017年3月21日 17:20:36 : 7REtGAPmv6 : iu6A5_V7sfQ[4]
天皇を絶対視する教育勅語を教育に盛り込みたいとしながら
今上天皇の意に反して靖国参拝する政治家たちって
一人残らず分裂症なのか?

2. 中川隆[7250] koaQ7Jey 2017年3月21日 17:54:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7722]
こいつはスイスやスウェーデンでも徴兵制を敷いているのも知らないんだな

自分の国を自分達で守るのは当たり前の事だ

そんなにアメリカの植民地であるのが居心地いいのか?


3. 2017年3月21日 18:04:48 : G2tZcUyZhc : zhYb4x6sEEE[13]
教育勅語は国民皆兵制を推し進めるためのもの。

4. 中川隆[7251] koaQ7Jey 2017年3月21日 18:09:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7723]
スイスやスウェーデンでは国民皆兵制で防衛とはどういうものかを教えてるだけさ

素人に実際に戦わせても足手纏いになるだけだから勉強と体力トレーニングだけしかさせない


5. 2017年3月21日 19:47:02 : hUkJW5PNLO : vS5oQ06@H3c[462]
戦前に 力ずくでも 引き戻せ

6. 2017年3月21日 20:01:04 : G2tZcUyZhc : zhYb4x6sEEE[21]
中川隆はアメリカ言いなりの安倍晋三をどう考えているのかな?
アメリカが日本の基地内で治外法権を得ているのはどうなのかな。

7. 中川隆[7253] koaQ7Jey 2017年3月21日 20:10:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7725]
>>6
安部は日本を独立させようとしているからアメリカ支配層に酷く嫌われて、オバマも会おうとしなかっただろ

アメリカの犬は小沢一郎の方さ


8. 2017年3月21日 21:19:18 : G2tZcUyZhc : zhYb4x6sEEE[27]
スイスでもスウェーデンでも人権を否定する、国民の自由な考えを否定する憲法は存在しない。アメリカ主導のNATOにも入っていない。

国民は中川隆のようなバカではないのだ。


9. 罵愚[4920] lGyL8A 2017年3月22日 05:00:37 : 6VSwBFV2Hw : ENgTUYX1m8M[83]
 教育勅語のあげる徳目の家族愛とか公共の精神とか勤勉を否定する人はいない。反対者があげる理由は自国防衛の意識だけだと思う。"自分の国は自分で守る"という、ごくあたりまえの気構えを肯定するのか、否定するのかの違いは、歴史認識のちがいが原因だと思う。
 大東亜戦争を自衛戦争ととらえるのか、侵略戦争ととらえるかのちがいだろう。

10. 2017年3月22日 08:01:05 : esmsVHFkrM : Z3UQbl@PdwA[895]

>>9

いいえ、違います。

教育勅語の12番目の「徳目」はこうです。

「一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ」

現代語訳は「危機にあたっては国に義勇を発揮して一身を捧げ、それにより永遠の皇室を助け支えなさい」です。

読めばすぐわかるように、これは単に「"自分の国は自分で守る"という、ごくあたりまえの気構え」ではなく、「"天皇制国家主義国家が永遠に続くように命を犠牲にしないさい"というという特殊な命令」です。これを「ごくあたりまえの気構え」などと言いくるめるのはペテンです。

ですから、これは単なる歴史観の違いに止まらず、「国家とは誰のためにあるか」という根本的な国家観、政治思想の違いなのです。

戦後日本国の平和民主主義においては、もちろん「国家とは人民のためにある」で、そのための人民主権、基本的人権、平和主義ですが、戦前大日本帝國の右翼天皇制国家主義においては、「人民は国家のためにあり、国家とは天皇である」です。それゆえの教育勅語、軍人勅諭、治安維持法で、アジア太平洋戦争における300万人の犠牲でした。

これこそが、憲法を守ろうと主張し教育勅語を否定する左翼リベラルと、憲法を改悪しようと主張し教育勅語を擁護する右翼保守の決定的な違いなのです。

それをごまかそうとするのは右翼のインチキです。



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