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日本政府の中枢にいた男が「ロシアのスパイ」に身を堕とすまで 公安vs.スパイ「諜報全史」第1回(現代ビジネス)
http://www.asyura2.com/17/senkyo236/msg/616.html
投稿者 赤かぶ 日時 2017 年 12 月 03 日 19:20:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 


日本政府の中枢にいた男が「ロシアのスパイ」に身を堕とすまで 公安vs.スパイ「諜報全史」第1回
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53693
2017.12.03 竹内 明 報道記者 作家  現代ビジネス



彼らは、この国の中枢にまで潜り込んでいた……。驚きの実話を、当事者の口から直接取材した迫真のルポ。北朝鮮や米国・ロシアの元工作員や公安警察への取材を重ねてきた報道記者、作家で『スリーパー 浸透工作員』の著者でもある竹内明氏が、普段は私たちの目に見えない日本社会の「水面下」で繰り広げられている公安警察と工作員たちの死闘に迫ります。


(竹内氏のこれまでの記事はこちらから

「え、なんですか?」モグラは呆然と言った

師走の日曜日のことだった。

内閣情報調査室国際部の水谷俊夫(仮名)は手にカバンを下げて、待ち合わせの場所に急いでいた。

京急川崎駅前の商業ビル「ダイス」6階のレストランフロアまでエスカレーターで登り、約束の焼肉店に入ろうとしたときだった。

店まで数メートルのところで、男たちが立ちふさがった。

「ああ、Sさん……」

行く手を阻んだ男たちの中に、顔見知りがいた。水谷は反射的に彼の名前を呟いた。

次の瞬間、水谷の視界に3冊の警察手帳が飛び込んできた。

「警視庁公安部です」三人が警察手帳を眼前に抱えていた。

「え、なんですか?」

「君が待ち合わせた男は来ない。話を聞きたいから一緒に来なさい」

顔見知りのSは、以前、内閣情報調査室に出向してきていた元公安警察官だった。

「公安部外事一課をなめるんじゃない。我々は君を1年間ずっと見ていたんだ。君のことはすべて知っている。全部喋ってもらうからな」

自国の組織内部にいる敵のスパイのことを「モグラ」と呼ぶ。

世界の諜報機関は、敵国に「モグラ」を養成しようと権謀術数を駆使している。また同時に、自国の組織内にいるかもしれない「モグラ」に怯え続けてもきた。

「モグラ」はどの組織にも存在すると言っていいだろう。かつて米国CIAにはオルドリッチ・エイムズがいたし、英国MI6にはキム・フィルビーがいた。いずれも旧ソ連KGBが養成した「モグラ」だった。

ロシア、アメリカ、イギリス、中国、そして北朝鮮……。世界の諜報大国は、対象国での「モグラ」の養成に注力している。政府の中枢に「ペネトレイト」(浸透)して、内部情報を獲得、政策をも動かそうとしているのだ。

日本政府にも常に「モグラ」が息を潜めていることを、我々は肝に命じておかねばならない。だが、あまりにも無防備だ。

これから紹介するのは、GRU、ロシア軍参謀本部情報総局によって籠絡され、「モグラ」になってしまった男による初めての告白である。

「彼ら」との出会い

「私は私立T大学を卒業後、財団法人の世界政治経済調査会に就職しました。内閣情報調査室に移籍して公務員になったのは40歳の頃です。

大学時代に中国語をやっていて、喋ることができたので、国際部の中国班に配属されて、中国情勢に詳しい有識者の方々から情報や意見を集める仕事をしていました。勉強会やセミナーに顔を出して、人脈を開拓していたのです。

対象はマスコミ関係者、大学の教授、大使館にいる外交官などです」

筆者が本を書くために、水谷にアプローチしたのは数年前のことだ。ある日中友好団体関係者の紹介で食事をした水谷は、物腰低く、穏やかな男だ。

筆者が何かを聞くと、眉尻を下げ、笑顔を浮かべながら、淡々と話した。彼の人生を崩壊させた、あの出来事の真相を明らかにする覚悟を決めているようだった。

水谷が2007年に検挙されるまで勤めていたのは内閣情報調査室。ここは首相官邸直属の情報機関で、内閣総理大臣が政策立案するための国内外の情報収集を行うのが任務である。「日本版CIA」などと呼ぶ人もいる。

水谷が所属する国際部は、中国、朝鮮、ロシアなどと地域別に担当が分かれ、内閣総理大臣に報告するための情報を集めている。水谷は政府中枢の情報マンだったのだ。

水谷が「あの男」と出会ったのは、1996年夏、虎ノ門で開かれた中国関連のセミナーだった。セミナーが終わって水谷が立ち上がったとき、顔見知りのK通信社の外信部記者が声をかけてきた。中国やロシアに精通するベテラン記者だった。

「コーヒーでも飲みに行きましょう。こちら、ロシア大使館のリモノフさんです」

リモノフは栗色の髪の毛を七三分けにし、エメラルドグリーンの瞳が印象的だった。
渡された名刺には「一等書記官」と書かれていた。


 水谷氏が描いたリモノフ一等書記官の似顔絵(提供:竹内明)

三人で近くのコーヒーショップに行くと、紹介した記者が言った。

「水谷さんも情報収集しているのであれば、リモノフさんと知り合いになっておくのがいいですよ」

当時、内閣情報調査室長(現在は内閣情報官)からは「外部の人間と飯を食え」と強く推奨されていた。

同僚と昼食をとるくらいなら、外部の人脈を開拓して、情報をとって来いという、情報マンとしては至極当たり前の指示だったが、中途採用組の水谷には、毎日の相手探しは苦痛だった。リモノフはまさに渡りに船だ。

「こちらも大歓迎ですよ」水谷はこう応じた。

日本語もうまく、立ち振る舞いも洗練されている。さすがに外交官だな。水谷はこう思った。これが8年間続く、壮大な罠の入り口だった。

「ロシアと中国の関係は深いので、リモノフから中国の情報を聞き出すことができるかもしれない、と思いました。

でも、今思うと、あの出会いは仕組まれていたのです。K通信社のO記者とは別の昼食会で知り合いました。その後、O記者と2回、会ったあと、あの日のセミナーに誘われリモノフを紹介されたのです。

O記者はリモノフの正体を知った上で、私と引き合わせたような気がしてならないのです」(水谷氏)

およそ1ヵ月後、リモノフから水谷の携帯に電話がかかってきた。画面には「公衆電話」と表示されていた。

職場の電話でもなく、携帯でもない。奇妙だった。

リモノフは都内のレストランを指定し、「お店の前に立って待っていてください」と言った。

予約しているのなら、店の中で待てばいいのに……。

不思議に思いながら従った。水谷が待っていると、リモノフは遅れてやってきて、一緒に店に入った。

「私が店の前で立って待っていると、リモノフは遠くからすっと近づいてくるのです。今思えば、どこかから、私を誰かが尾行していないか、監視している者がいないか、確認したうえで近寄ってきていたのだと思います。

個室ではなく、テーブル席で、会話は雑談ばかりです。どこの部署でどんな仕事をしているのとか、家族の話とか、趣味は何だとか。

食事をしながら軽くお酒を飲んで、だいたい1時間くらいで切り上げました。リモノフはほとんど酒を飲まなかったですね。時間の無駄かなと思うこともあったくらいです。

食事代はリモノフが払いましたが、私が奢ったことも一度ありました」(水谷氏)

会話の主導権はリモノフが握り、水谷が聞きたい中国の話にはならなかった。

一度、話題の種にと、水谷は中国共産党大会の人事予想を作成して、リモノフに渡した。

「これはオモシロイ。よくかけていますね。さすがです」

リモノフは目を丸くしてこう言った。

「遊び半分で書いた者で、誰でも書けるような人事予想です。でも外交官から褒められると少し嬉しくもなりました」(水谷氏)

やがてリモノフの任期が来て、モスクワに帰任することが決まった。

「後任を紹介させてほしい」

虎ノ門のレストランに連れてきたのが、グリベンコ一等書記官だった。肌が浅黒く、ひげの濃い大柄の男だった。


 水谷氏が描いたグリベンコ一等書記官の似顔絵(提供:竹内明)

「水谷さんはすごく能力の高い人なんです。中国共産党の人事をすべて言い当ててしまうのですから」

リモノフはグリベンコにこう言った。

「グリベンコは物腰が柔らかく、ジェントルマンという感じでした。日本語も上手で、会話に不自由は全くない。見識も豊かで、有能な外交官なんだろうなあ、という印象でした」(水谷氏)

グリベンコと食事をするようになった。食事が終わるとグリベンコは、「次はここで」と店のパンフレットを渡しながら、次に会う日時を指定した。

付き合い方に微妙な変化が現れた。グリベンコが手土産を持ってくるようになったのだ。最初はハンカチセットをもらった。バーバリーの3枚セットのものだった。

何度か会った時、グリベンコは小さなカードのようなものを差し出しながらこういった。

「これ、余ってるのでどうぞ。プレゼントします」

高速道路のハイウェイカードだった。1万円分のものだ。

「頂いておきます」

こういって、鞄にしまった。

「袋にも入っていない、裸のままのカードでした。私は車には乗らないし、もらってもしょうがないと思っていましたので、ありがとう、とは言わなかった。相手が気分を害しても悪いと思ったから受け取っただけなのです。

とくに抵抗はなかったです。私自身も仕事で意見交換した相手をご馳走したり、お土産を渡したりすることがありましたので。当然の成り行きかな、と思ったのです」(水谷氏)

次の食事で、グリべンコは何も持ってこなかった。

「今回はカードを持ってくることができませんでした。私の努力が足りませんでした。もう少し頑張れば、カードを持って来ることができます」

恩着せがましい言葉だった。

水谷が嬉しそうな顔をしなかったからだろう。プレゼントが変化した。

食事後、グリベンコからデパートの紙袋を渡された。家に帰って開けてみると、紅茶のティーバッグのセットだった。

つまらない物をくれるものだな。こう思いながら箱を開け、中身を全部出した。箱の底に何かがあった。

デパートの商品券。1000円の10枚綴り。1万円分だった。

「私はもらったハイウエイカードを、すべて友人にあげていました。商品券も使う予定がないので、親戚にあげてしまいました。

商品券をもらったのは、2〜3回ほどでしょうか。しばらくすると、商品券は現金に変わったのです」(水谷氏)

その日、グリベンコが指定したのは、天王洲アイルの和食店だった。食事が終わると、グリベンコがいつものように紙包みを渡してきた。

「プレゼントです」

いつも通り受け取って、帰宅してから箱を取り出した。箱の下にあった封筒の中身を見て驚愕した。

「封筒の中身は現金、ジャスト5万円が入っていました。この金額はちょっと大きすぎるぞと思いました。

なんの目的もないのにお金をつかませるなんて、これをどう解釈していいのか、どうしていいのかわからなかったのです。

これは何かフィードバックを求めているなとすぐに感じました。それでも、いざ『お前からは有益な話が聞けなかった』と言われた時には、全額突き返してやろう、そうすればいいのだ、と思ってしまいました」(水谷氏)

やがてその金額は0万円につり上がった。一線を超えてしまった水谷は、もはや後戻りできない状況に追い込まれていた。

(つづく)


 

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