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敗戦国の国家元首がマッカーサーに日本人という愚民の扱い方を指図していた≪1946年第三回マッカーサーと天皇の会談議事録≫
http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/616.html
投稿者 飯岡助五郎 日時 2018 年 2 月 06 日 05:02:15: VssSC.kx7zq3c lNGJqo@VjNyYWQ
 

 戦後の日本人は、GHQの占領政策が、アメリカの一存で考案されたと信じてきた。ところが、1999年冬季刊行『Bulletin of Concerned Asian Scholars』(憂慮するアジアの科学者紀要)に掲載された "Emperor's Message" (天皇のメッセージ)と題する「第3回天皇とマッカーサーの会談」の天皇の言葉の英訳記録には、それを覆す内容が含まれている。

無条件降伏した敗戦国の国家元首であるはずの昭和天皇は、日本人の愚民度を戦前から潜入して研究してきた外国人の専門家の如く、マッカーサーにその扱い方を指図しているのだ。


ここに、1946年(昭和21年)10月16日(日本時間)「第3回天皇とマッカーサーの会談」の通訳・寺崎英成による議事録の全文を紹介する。天皇がマッカーサーに話た日本語を寺崎英成が英訳して記録したものだ。また、その英文の日本語の意味も拙訳にて紹介する。

◆原文◆
http://criticalasianstudies.org/assets/files/bcas/v31n04.pdf pp.22-23
He said that the Emperor wanted him to explain the basis for the latter's remark of a couple of weeks ago that he hoped the Occupation would not be too short. The Emperor felt that there were still many remnants of feudalism in the Japanese mind and that it would take a long time to eradicate them. He said the Japanese people as a whole were lacking in education which was necessary for their democratization and also that they were lacking in real religious feeling and were accordingly easy to sway from one extreme to the other. He said that one of the feudalistic traits was their willingness to be led and that they were not trained like Americans to think for themselves. He said the Tokugawa regime had been built on the theory that people should follow their leaders and should not be given any reason therefor except loyalty. Thus the average Japanese faced a traditional handicap in trying to think for himself.

With his instinct to follow rather blindly, the Japanese were now eagerly endeavoring to adopt American ideas but, as witness the labor situation, they were selfishly concentrating their attention on their rights and not thinking about their duties and obligations. Part of the reason for this stems from the long-standing habit of clannishness in their thinking and attitudes. The days when the Japanese people were divided into clans are not really over. The average Japanese considers his relatives as friends whose interests he would pursue, and other people as enemies whose interests do not merit consideration.

He said the Emperor had talked a great deal lately about the lack of religious feeling among the Japanese. The Emperor did not consider Shinto a religion. It was merely a ceremony and he thought that it had been greatly over-rated in the United States. It still had some dangerous aspects, however, because most Shintoists were ultra-conservative and they and ex-soldiers and others who had identified Shintoism with ultra-nationalism had a tendency to cling together. This was dangerous now the Government was without any means of supervusing [sic] them because of its strict observance under orders of the freedom of religion. The Emperor thought that the Shinto elements and their fellow travelers would bear watching because they were anti-American.

The Emperor felt that this was no time to talk about whatever virtues the Japanese people possessed but rather to consider their faults. Some of their faults were indicated in the foregoing general outline of the Emperor's thoughts which had brought him to the conclusion that the Occupation should last for a long time.

He said that the Emperor was very greatly impressed with General MacArthur and what he was doing. I said that General MacArthur was one of our greatest Americans who in his devotion to American and Allied interests at the same time, as the Emperor knew, had the best interests of the Japanese people at heart. I said that we Americans believed that Allied objectives for Japan were in the best interests of the Japanese as well as the world at large and we looked forward to the development of a democratic and economically sound Japan which would respect the rights of other nations and become a cooperative member of the Commonwealth of Nations.

In response to an inquiry in regard to reparations, I said that General MacArthur is extremely anxious to have this question settled as soon as possible so that the Japanese industrialists could get down to work and produce goods needed for the purpose of paying for imports of food and for consumption in this country. I said that the General and his staff were doing everything they could to hasten the achievement of economic stability in Japan and I added some remarks in regard to the industry and thrift of the Japanese people and the need that they exert their best efforts for improvement of the economic situation.

He said the Emperor appreciated very much the American attitude taken in the Allied Council, and felt that it had a stabilizing effect. But he was now considerably worried over the labor situation in this country and hoped that the coal strike in the United States would be settled soon because the Japanese laborers, in their imitative way and in their selfish seeking of their rights without regard to their obligations, were being adversely affected by the American coal strike.

He said the Emperor had remarked to him several times that the name given his reign--Showa or Enlightened Peace--now seemed to be a cynical one but that he wished to retain that designation and hoped that he would live long enough to insure that it would indeed be a reign of "Splendid Peace".

He said that the Emperor was distressed over the loss by Admiral Suzuki, whom he had named to head the Cabinet to prepare for the surrender, of not only his Naval pension, which was understandable, but also his pension as a civil official. He had been Lord Chamberlain to the Emperor for a number of years, had done his job well in laying preparations for the surrender and, while his rank as Admiral and wartime status as Prime Minister naturally subjected him to purge, he was not prevented from receiving his pension due him from his position in the Imperial Household. The Emperor was perturbed not only for the sake of Admiral Suzuki personally but also because such deprivations, which were not understood by the Japanese, created anti-American feelings which were not in the interests of the Occupation or of Japan itself.


◆拙訳◆
2週間前の手紙で占領はあまり短くならないよう期待していると述べたことの根拠を説明したい。日本人の心にはまだ封建制度の名残が多々あり、それを根絶するには長い時間がかかるだろうと感じていた。日本人は全体として、民主主義のために必要な教育に欠け、また真の宗教心にも欠け、そのため極端から極端へと走りやすい。日本人の封建的特徴の一つは、人につき従うことを喜ぶ心。また日本人はアメリカ人のように自分の力で考えることを訓練されていない。徳川幕府は、民は彼らの領主に従うべきであり、忠誠心以外のいかなる道理も与えられるべきではないという論理の上に築かれていた。だから平均的な日本人は、自分で考えようとすると、因襲的な障害に直面してしまう。

やみくもにつき従う本能でもって日本人は今、アメリカの考え方を受け容れようと熱心に努力をしてはいるものの、労働者の状況が明かす日本人は身勝手で権利ばかりに意識を集中し、務めや義務についてを考えてはいない。この動機の部分は、日本人の思考と態度における長年の氏族的習慣に由来する。日本人が藩に分かれていた時代は、実際には終っていない。平均的日本人は、自分の親戚を利益を希求する仲間とみなし、他人は利益を考慮してあげるに値しない敵と考えている。

日本人の間で宗教心が欠如していることについて、最近たくさん話した。天皇自身、神道を宗教と考えてはいない。神道は単なる儀式なのに、アメリカでは過大評価していると思っている。しかし、ほとんどの神道信者は大変保守的であり、彼らと神道家そして超国家主義を神道と同一視していた復員兵は、団結する傾向があり、まだいくらか危険な側面がある。信教の自由という憲法の下で現在、政府が彼らを取り締まる手段を持っていない状況が危険だ。神道分子とその同調者は反米であるため、注意が必要と考えている。

日本人のいかなる美徳についても話している場合ではなく、日本人の欠点を熟慮すべきと、天皇は感じていた。日本人の短所のいくつかは、「占領は長期化すべきという結論」に天皇を導いた、前述の考え方全般に示されている。

天皇は、マッカーサー元帥とその行いに大変感銘を受けている。マッカーサー元帥は、自分がアメリカと連合軍の両方の利益のために尽力する最もりっぱなアメリカ人の1人であり、天皇も知っているとおり、日本人の利益のために心から最善を尽していると話した。自分たちアメリカ人は、日本について連合軍の目的が、世界全体についてと同様、日本の最善の利益にあると考えており、日本が他国の権利を尊重しイギリス連邦の協力的な一員となり、民主的でかつ経済的に健全な国へと発展することを楽しみにしていると、マッカーサー元帥は話した。

賠償金に関する問合せへの回答について、マッカーサー元帥は、この問題をできるだけ早く解決するためには、日本の実業家たちが仕事に取り掛かり、そして食料の輸入や国内消費に必要な商品の生産ができるようにと、非常に焦っている。マッカーサー元帥とその部下は、日本における経済の安定を早めるためにできる、ありとあらゆることをこなしていた。そしてマッカーサー元帥は、産業とその振興の妨げになる日本人の倹約体質、また経済状況改善のための最善の努力を喚起する必要について、いくらかの意見をつけ加えた。

天皇は、対日理事会におけるアメリカの態度に非常に感謝し、そしてそれは安定効果があると感じている。しかし天皇は今、この国の労働状況に甚だ憂慮している。そして、アメリカの炭鉱ストライキが速やかに解決することを望んでいる。なぜなら、日本人労働者たちの摸倣する志向性に障り、義務などお構いなしに、アメリカの労働ストライキに影響されるからだ。

天皇は、彼の治世に付せられた名「昭和、平和を啓発する」が今は皮肉に見えているが、その元号を維持することを望んでいると何度も言った。そして、誠に「壮大な平和」の治世になることを保証するために、十分に長生きすることを希望している。

天皇は、鈴木貫太郎海軍大将の損失に、心を痛めている。降伏の準備をする内閣を率いるよう任命したのに、海軍の恩給だけならまだしも、文官としての恩給まで失ったのだ。彼は、長年天皇の大侍従長を務め、降伏の準備を整える任務を成し遂げたが、陸軍大将の軍位と首相としての戦時中の地位は当然ながら追われることとなった。彼の皇室での勤めに由来する恩給の受け取りは止められていない。天皇は、そうした剥奪が鈴木陸軍大将個人にとどまらず、日本国民にも理解されずに、占領や日本自身のためにもならない反米感情を生み出しているため、不安を募らせている。
 

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コメント
 
1. 2018年2月06日 14:08:56 : dCn8088dNY : P_7V_e1dEIo[1]
日本国憲法はアメリカが作った。その事実は誰も否定できない。
アメリカ人の弁護士のケント・ギルバートさんもその事実を認めています。

日本のことよりも全世界を敵に回してこれから「大敗戦国」になる自分たちのことを考えた方がいいのでは?


2. 2018年2月06日 18:27:39 : kSzud78LvQ : athtuVxG184[8]
寺崎英成は、太平洋戦争の宣戦布告が遅れた原因を作った、一人だと言われている。

曰く、寺崎の転勤送別会が、前日に行われていた。

その他、外務省縁故採用の典型である、寺崎家は、怪しさ満載だ。


鈴木貫太郎弁護のために、それまで、散々腐していた、日本人の感情を持ちだす所など、裕仁の性格の悪さが、如実に出ているけれど、米国の公文書ならば、まだしも、これは、「昭和天皇独白録」と同じように、眉に唾をつけて、読むべきだ。

裕仁も寺崎も、東インド会社、ジャーディン・マセソン、グラバー商会と明治維新の関係者たちの延長線上にいる、同じ穴のハラグロ・サクソンだ。


3. 2018年2月06日 18:35:25 : kSzud78LvQ : athtuVxG184[9]
>>02再考
「眉に唾をつけて、読むべきだ。」と書いたけれど、これは、米国の公文書、あるいは、それに準ずる文書なのか?

4. 2018年2月06日 20:36:39 : A4AvZivHZs : VNftEPmtM9w[136]
>>2さん あの戦争 いわゆる太平洋戦争の原因は その大部分が 日本の大陸侵略から来る国際的孤立であり
戦争の原因を アメリカの策謀に求めるのは、単なる責任転嫁であり 日本の責任を誤魔化す ご都合主義
としか言い様はないのは 百も承知の上であえて言う

しかし それでも この 「宣戦布告の遅れ」 についてだけは アメリカの策略だったと私は思う

その証は、戦後の アメリカの【駐米大使 野村吉三郎への態度】 これに尽きると考えます
本来ならば野村は 真珠湾攻撃での死傷者を激増させた張本人として 真っ先にアメリカは戦犯として追及し
絞首刑に処されなければおかしいはずなのです

ところが、戦後のアメリカの 野村に対する処遇は まるで悪者にしてしまった人間に対する罪滅ぼし
という印象を受けるのです
_________________________________________________

戦後[編集]

終戦後の1946年(昭和21年)8月に、野村は公職追放となるが、アメリカ対日協議会[3]の面々[4]は積極的に野村に近づき、定期的に(違法ではあるが)食料や煙草を送り、経済的に苦しい野村の便宜を図った。メンバーの一人であるウィリアム・リチャーズ・キャッスルは、野村を「日本を正しい道筋で、再び重要な国家となるように再建するのに役立つ人物の一人だ」と評した。

1953年(昭和28年)3月24日、同郷の松下幸之助に請われ、松下電器産業の資本傘下となった日本ビクターの社長に就任。空襲による会社や工場施設の焼失、戦後の労働争議などでの危機的経営を創生期の親会社で疎遠となっていたアメリカRCAと技術支援契約を結び再建の道筋をつける。

追放解除に伴い、吉田茂の要請で再軍備問題の調査にあたり、海上自衛隊の前身、海上警備隊創設に深く関わる。これが縁で1954年(昭和29年)の第3回参議院議員補欠選挙(和歌山選挙区)に出馬・当選し、参議院議員となる。続く第5回参議院議員通常選挙(和歌山選挙区)にも当選した。

自由民主党に参加して、防衛政策を担当した他は、外交調査会会長を務め、松野鶴平の参議院議長就任に伴い党参議院議員会長に就任した。鳩山内閣・岸内閣で防衛庁長官への起用が取り沙汰されたが、日本国憲法における文民統制の観点から見送りになった。その後の人事では旧軍・自衛隊の士官経験者の防衛庁長官・防衛大臣も誕生しているが、当時としてはまだ時期尚早で、なによりも野村が旧海軍軍人として大物過ぎたこと、そして日米開戦時の駐米大使としてあまりにも有名でありすぎたことが逆にたたる結果となった。

1964年(昭和39年)5月8日、東京都新宿区の国立東京第一病院で病死。86歳没。墓所は文京区の護国寺。戒名は『玄海院殿寿峯吉翁大居士』。

CIAとの関係[編集]

有馬哲夫は、野村が1947年に設立されたCIAの協力者であり、戦後に対米協力によって日本に陸だけではなく海軍の再建をするためになったとアメリカ側に海上戦力の再建許可を求めていたことから考えている。1954年の参院選では、CIAが資金提供および選挙対策で支援しており、CIA日本支局長ポール・ブルームが当選を祝福する手紙を送っている。なお、選挙資金は、藤村義朗元海軍中佐が管理した。また、野村とアレン・ダレスとの連絡役だったアメリカ対日協議会のハリー・カーン(『ニューズウィーク』外信部記者)は、CIAにも関係していた国務省企画部長フランク・ウィズナーに、野村をポスト吉田の首相候補とみなしてその当選を喜んだ。また、「われわれの機関の政治問題の情報提供者だった」として、野村がCIAや国務省への情報提供者であることを報告した[5]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E6%9D%91%E5%90%89%E4%B8%89%E9%83%8E
________________________________________________

どうでしょう アメリカは 野村吉三郎に対して 手厚い援助までしているのです
送別会の料理に 睡眠薬を仕込む事ぐらい アメリカにしたら簡単な事ですよね。


5. 2018年2月06日 21:05:44 : JvEQYJ4yHU : eP5170QTEwY[1]
そもそも明治維新からして売国軍事クーデターだからね。
戦争であれだけやらかした日本の指導者層を連合国側が全員絞首刑にかけないのは不思議だろう。パージも2〜3年で解かれたし。
連合軍側の日本国民に対する無知と恐怖心を煽り、自らの地位と権力を確保した、と言ったところか。
まぁアフリカや南米やフィリピンや世界中各地での欧米のエコノミックポリティカルヒットマンの行動を見ると、標準的と言えば標準的だよな。

こんなのを頭の上に頂いている愚民どもがロクな運命を迎えられるはずはないのだが。名誉白人のプライドだけで満足できるみたいで、実に涙ぐましいねw


6. 2018年2月06日 23:27:11 : sjQTKMshr2 : 1tvvRVvGmWo[7]
けっこう冷静な文章である。ただし日本がイギリス、それもアメリカも含む連邦の一員になるべきだとの部分は今まさに軍事部門で行われようとしていることだ。

そんな日本の政権は願い下げだ。


7. 飯岡助五郎[2] lNGJqo@VjNyYWQ 2018年2月07日 01:19:08 : T5um3n0r8o : mBkhNVS2nlc[1]
>>02さんへ
>米国の公文書ならば、まだしも、これは、「昭和天皇独白録」と同じように、眉に唾をつけて、読むべきだ。
>>03さんへ
>これは、米国の公文書、あるいは、それに準ずる文書なのか?

お返事します。
これは、機密解除された米国の公式文書です。

この文書は、米国のホーリー・ネームズ大学の日本政策研究所もウエブ公開しており、次の抜粋の通り、公式文書だと記しています。
http://www.jpri.org/publications/workingpapers/wp61.html
Not only is the memo one of the most fascinating official documents we have in English pertaining to the Showa emperor,
【拙訳】
このメモは、我々が持っている昭和天皇に係る英語の、最も魅力的な公式文書であるばかりか、


8. 2018年2月07日 02:54:05 : l44mPFjivY : 1UCWJQ0eqbo[119]
日本語では、「ホイットニー文書」、等で検索をすれば同じように
追加の資料が出てきます。参考になさってください。
www.asyura2.com/0505/war71/msg/430.html


資料名 General Whitney to C-in-C, dated 24 April 1946
年月日 24 April 1946
資料番号 GHQ/SCA 民政局文書 GHQ/SCAP Records Government Section;Box No. 2225

所蔵 国立国会図書館
原所蔵 米国国立公文書館


9. 飯岡助五郎[3] lNGJqo@VjNyYWQ 2018年2月07日 08:18:31 : T5um3n0r8o : mBkhNVS2nlc[2]
>>08さんへ
ご紹介下さった阿修羅掲載のホイットニー文書の和訳は、日本が終戦直後に当時白人自治領の連合体であったイギリス連邦への加盟を申請していたことがわかるマッカーサーの言葉を含む段落と、日本の新しい産業振興に係る段落が、和訳されずにそっくり抜け落ちています。その他にも和訳されていないかセンテンスがあるもしれません。

ーーーーー
◆原文◆
I said that General MacArthur was one of our greatest Americans who in his devotion to American and Allied interests at the same time, as the Emperor knew, had the best interests of the Japanese people at heart. I said that we Americans believed that Allied objectives for Japan were in the best interests of the Japanese as well as the world at large and we looked forward to the development of a democratic and economically sound Japan which would respect the rights of other nations and become a cooperative member of the Commonwealth of Nations.

In response to an inquiry in regard to reparations, I said that General MacArthur is extremely anxious to have this question settled as soon as possible so that the Japanese industrialists could get down to work and produce goods needed for the purpose of paying for imports of food and for consumption in this country. I said that the General and his staff were doing everything they could to hasten the achievement of economic stability in Japan and I added some remarks in regard to the industry and thrift of the Japanese people and the need that they exert their best efforts for improvement of the economic situation.

◆拙訳◆
マッカーサー元帥は、自分がアメリカと連合軍の両方の利益のために尽力する最もりっぱなアメリカ人の1人であり、天皇も知っているとおり、日本人の利益のために心から最善を尽していると話した。自分たちアメリカ人は、日本について連合軍の目的が、世界全体についてと同様、日本の最善の利益にあると考えており、日本が他国の権利を尊重しイギリス連邦の協力的な一員となり、民主的でかつ経済的に健全な国へと発展することを楽しみにしていると、マッカーサー元帥は話した。

賠償金に関する問合せへの回答について、マッカーサー元帥は、この問題をできるだけ早く解決するためには、日本の実業家たちが仕事に取り掛かり、そして食料の輸入や国内消費に必要な商品の生産ができるようにと、非常に焦っている。マッカーサー元帥とその部下は、日本における経済の安定を早めるためにできる、ありとあらゆることをこなしていた。そしてマッカーサー元帥は、産業とその振興の妨げになる日本人の倹約体質、また経済状況改善のための最善の努力を喚起する必要について、いくらかの意見をつけ加えた。

ーーーー
また、ご紹介くださった国立国会図書館所蔵の資料番号「GHQ/SCA 民政局文書 GHQ/SCAP Records Government Section;Box No. 2225」は、「天皇とマッカーサーの会談」ではなく、下のリンクの通り、1946年4月22日にコールグローヴ教授と再検討した時のホイートニーの文書です。
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/098shoshi.html
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/111/111_001r.html


10. 2018年2月07日 10:43:48 : NheoS7W4Ds : xlxcwZdHDXw[3]
>>07
飯岡助五郎さん、ありがとう。

公文書なら、裕仁の本心を知る、重要な資料になる。

それにしても、現人神として、君臨したにもかかわらず、日本や日本人に対する、侮蔑、嫌悪に、満ち溢れている。

この公文書の存在を、多くの日本人が知り、覚醒することを、望んでいる。


11. 2018年2月07日 13:36:15 : 2D9bJQRNmQ : hiVMYxyZq4g[147]

先帝陛下の冷静で、慈愛に満ちた日本国民への論評ですね^^

此の時の日本人の「極端から極端」「権利と義務の混同」「神道と反米性」非常によく分析されている^^

その通りです^^

この欠点を治癒して行かねばならないと、そのために長寿でありたいと仰られている^^

元帥も聡明な人だったわけですが、「極端から極端」「権利と義務の混同」「神道と反米性」の本質は、陛下の危惧ほど理解できなかったようです^^

パヨク化とネトウヨ化の要素を日本人は有していたと^^

何方も日本人として、江戸幕府によって烙印を押されたかのような後遺障害性を有しているわけでしょう^^


12. 2018年2月07日 13:52:22 : 2D9bJQRNmQ : hiVMYxyZq4g[148]

パヨクも、ネトウヨも、極端から極端という日本人が終戦時に有していた後遺障害なんですね^^

さすが陛下^^


江戸幕府の意識改革を建国理念とし、江戸幕府によって植え付けられた日本人の後遺障害と戦い続けた明治新政府の政治理念が^^

終戦時には敗れ去っており^^

明治新政府の建国理念が失われたことによって、藩幕体制が理念として復活し、日本は侵略国家と成っていった^^

陛下は、此のように、明治新政府側の一員として、藩幕体制側の官僚に組み敷かれていった経緯をお認めになり^^

自らの敗れた理由について、日本国民は、どうもカルトであり軍国主義である藩幕体制を、悪いことだと認知する力が備わっていないのでと^^

元帥に、駐留を続けていただきたいと申し出られているわけです^^


そうなんよねえ^^

駐留米軍がいなくなると^^

日本は再び、軍事国家としての道を歩み始めてしまう危険性が、まだまだ高い^^


もう一度「明治の建国理念=陸軍によって変質されていない、発布当時の教育勅語」に基づいた^^

政治信条の確立←此れを目指す政権が続く事が望ましい^^



13. 2018年2月07日 14:05:30 : 2D9bJQRNmQ : hiVMYxyZq4g[149]

陛下に「愚かなんだ」と論評されて^^

陛下を逆恨みするなど以ての外^^


じゃあ優秀なのか?^^

「藩幕」の代わりに「学閥」が座った^^

学閥体制が、藩幕体制と同じ事をして^^

教育勅語の法の精神を摩り替えた^^

学閥体制が^^

教育勅語の文言は変えず、教育勅語の最下等の徳目であった「国家の為、尽くせ」^^

此れしか、語彙としての存在が不在であるかのように、教育勅語の語彙を変質させたのです^^


この「国家の為、尽くせ」しか、その構成理念として存在しない国家理念こそ^^

大祖国戦争として、ロシア人を戦争に駆り立てたコミンテルンの正義(共産主義における正義)だったのですから^^


14. 2018年2月07日 18:46:13 : l44mPFjivY : 1UCWJQ0eqbo[120]
飯岡助五郎さん
ありがとうございます。深く検証する時間は取っていませんので、この度
更なる資料のご紹介に
感謝いたしております。

外国の資料は原文に当たることがよいのはいうまでもなく、
幅広い賛同を得るためには
翻訳に都度見られる
都合のよい訳や、抜け落ちの部分がないかに
絶えず眼を光らせておく必要がありますね。宗教書でさえ
当てにならないのですから。


15. 2018年2月07日 18:54:36 : l44mPFjivY : 1UCWJQ0eqbo[121]
終戦時には、日本軍人の半分、量的には微妙ですが
場合によると半分以上が天皇制に対し、
反旗を翻すつもりでいたのではないかという
正直感想を抱いております。私の知る旧軍人・軍属の
ことごとくがそうでしたのえ、日本社会や庶民層の思いも
推して知るべしということです。
であるからこそ、満州族の天皇家は、終戦工作や戦後工作を含め
影の政府として暗躍し続けているというのが
私の見方です。

16. 2018年2月07日 23:34:28 : wL0F29MjCs : J0veVU7oJnQ[4]
昭和天皇が聡明と抜かしてる奴はアホということ。

日本人の大半を占めるぐーみんどもに対する啓蒙は放棄して

「人間いいかげん史観」で利用する道を選んだのだからね。

催眠術師としては優秀でも、お釈迦様やイエス様との

差は歴然だわな。知性は高くても叡智人ではない証明になるね。


17. 2018年2月08日 12:41:23 : TEXHtJUFYw : uQU5_i5tSAA[216]
1さん
ケント・ギルバートって
あの、事業に失敗して借金背負ったから、
日本会議に借金棒引きで助けてもらって、
極右になったケント・ギルバートですか?

そんな人間の言葉を信じ込んで「日本国憲法はアメリカが作った」
と信じ込んでるの?
かわいそうにねぇ!
ちゃんと日本国憲法ができた裏話を勉強しなさい!

人の言葉を安易に信じてはいけませんよぅ〜
その裏には意図がある!
あなたは、洗脳されやすいようだから、
今後は何後にも、疑ってかかるほうが良いようですね


18. 2018年2月08日 16:10:11 : dBNCEpFSd6 : eqVnKom5ofs[2]
ニセの昭和天皇じゃなく
ホンモノの天王ヤハウェがすでに動いてるから
期待しといてね。

南北統一の仲介は私が主の名を以って行ってます。
だから北朝鮮の最高幹部が来たんですよ。


19. 2018年2月08日 19:01:31 : uJRHiUIqDQ : rzZhDfLw80Q[714]
支配せよ 気質巧みに 利用して

無頓着 だから気づかぬ やられても


20. 2018年2月09日 03:19:25 : UohDuikM9s : SPi9nZD9anc[28]
無理や極道が、検察・特捜や警察や裁判所のお目こぼしやお墨つきを得て
あらゆる犯罪を合法の下、犯し続ける現政権が、日本国憲法改正の名の下
憲法破壊を行おうとしていること自体、狂気の沙汰。

日本国憲法作成には日本の学者も協力している。

相変わらず米国が勝手に作り強制したという詭弁を錦の御旗に掲げる連中が
じつはこの狂気の沙汰の現政権のお友達、お仲間だという事実。


21. 2018年2月09日 13:11:18 : erSjAsrh0M : QJidrqH8RwY[7]
2月7日付の労働新聞は、社説で、敗戦直前に、日本が、興南で、核爆発実験を行ったことを、認めた。

http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/627.html#c5


22. 2018年2月10日 01:29:21 : 1cQEjj6Gzg : J43w93ppUp8[19]
>>9 >和訳されずにそっくり抜け落ちています。
抜け落ちているのではなく、「天皇の見解」ではないところを除いているのでは。

23. 2018年3月17日 00:35:29 : MqW3FylPZg : QzYYsoWRxEw[4]
天皇制廃止は日本の為。
安倍政治の黒幕は朝鮮人天皇だぞ。

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