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「AIに奪われる仕事」なんて考えても意味がない。本当に考えるべきは… キーワードは「可用性」にあり(現代ビジネス)
http://www.asyura2.com/18/hasan126/msg/457.html
投稿者 赤かぶ 日時 2018 年 3 月 19 日 15:15:20: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

「AIに奪われる仕事」なんて考えても意味がない。本当に考えるべきは… キーワードは「可用性」にあり
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54842
2018.3.19 佐々木 俊尚 現代ビジネス


働くということをどういうスタイルで捉えるのか。古いスタイルを脱ぎ捨てて、新しいスタイルへと変化することが求められている。それは何も、いまは安定している会社を辞めよとか、フリーになって田舎で人生を謳歌しようとか、そういうことを提唱しようとしているのではない。そうではなく、働くということへの認識そのものを改めようということである。

私が提案したいのは、こういう新しい認識だ——人生を全体システムとして捉え、人生の可用性を高めよう。

人生のバックアップシステムとは

可用性というのは、英語のアベイラビリティ(いつでも得られるということ)の和訳で、主にコンピューター業界で使われている。コンピューターシステムは大規模になればなるほど、どこかが故障する可能性が高くなる。一か所の小さな故障だけで、全体が停止してしまうのは困る。そこで部分的に故障がおきても、バックアップがあったり、他の部分で代用できるような仕組みを組み込んでおく。そういうシステムを「可用性が高い」という。

可用性は信頼性とは違う。信頼性というのは、故障しにくいことだ。あるコンピューターの信頼性が高くても、ごく稀に故障は起きる。その時に使えなくなってしまうと、可用性は低い。逆にそのコンピューターの信頼性が低くても、他のコンピューターで代用できる仕組みが用意されていれば、全体としての可用性は高いと言える。

ここで注意しなければならないポイントは、「全体」と「部分」を混ぜて考えてしまわないことである。大事なのはシステムという「全体」であって、ひとつのハードウェアやひとつのソフトウェアなどの「部分」ではない。全体システムの可用性を高めるためには、時には「部分」をある程度犠牲にすることも必要になってくる。

インターネットは、可用性が高いシステムだ。もともとネットは軍事用に開発されたというのは有名だが、攻撃などで一部の通信が破壊されても、迂回して通信が維持されるような仕組みを考えた結果、網の目のように通信網を張り巡らすという構造になった。一本の太いロープを投げ縄のようにして野生の獣を獲ろうとすると、ロープが切れてしまった瞬間に獣は逃げる。しかし細いロープを編んだ大きな網なら、一部が少しぐらい断線しても獣を捕らえるのには問題ない。

人間社会での「可用性」とは

私たち人間の働き方も、コンピューターのシステムやインターネットの構造と同じだ。私たちは、信頼性の高い会社や、安定した職務こそが人生を安定させる道具になると考えてきた。ところが1990年代からの「失われた時代」が長く続いて明らかになってきたのは、んなに信頼できると思われていた会社も、いざとなると案外に脆いということだった。

会社が潰れても、専門の業務があれば大丈夫ーーという考え方も台頭してきた。ところが長い不況とは別のところから、この考えに水を差す勢力が現れた。AI(人工知能)とロボットのテクノロジーである。銀行員の仕事がなくなる、不動産などの営業マンも危ない、公務員の仕事の大半はもうダメだ、それどころか弁護士やデータ科学者だって危ない、などとあれこれ言われるようになって、みんなが戦々恐々としている。

自己啓発もそういう影響を受けて「20年後に生き残る仕事」みたいな本が増えているが、そんなものを的確に予想できるんだったら誰も苦労しない。19世紀の終わりにガソリンで動く自動車が発明されたその時には、高速道路サービスエリアの運営などというビジネスを誰ひとり思いつかなかったように、AIが普及した20年後になんの仕事がなくなり、どんな仕事が現れているのかというのは、ほとんど予測できない

会社や職務という太いロープも、突然切れてしまうことがあるのだ。そういう認識は持っておいたほうがいい。

だから私たちが考えるべきは、ロープという「部分」の信頼性ではなく、ロープと私たちを合わせた人生というシステム「全体」の可用性である。私たちはともすれば「会社の歯車」「仕事の牢獄」といった言い回しを使いたがるが、労働というものの本質に立ち返れば、私たちは決して会社や仕事という全体の一部分ではない。私たちの人生を一つの全体システムと考えれば、逆に会社や仕事が「部分」である。逆転の発想が必要だ。

企業から離れたときの「気づき」私は1980年代の終わりに新聞社という古い組織に入社し、社員として10年以上働き、グローバリゼーションが始まろうとしていた90年代終わりに会社を去った。辞めるときには、まるで家族から引き離されるような「ロス」的な鬱な気分に陥って、正直言えば退職を後悔したこともあった。フリーになってからずっと仕事は不安定だったけれども、2008年にリーマンショックが起き、引き続いて出版業界が不況になり、潰れる出版社がいくつも現れたとき、ひとつの「気づき」があった。

それは老舗の出版大手に勤める編集者と話していた時のことだ。彼女は出版不況を嘆きながら、「まさかこんな太い会社の行く末を心配しなきゃいけない日が来るなんて……もし潰れちゃったら私の行き先なんてどこもないですよ」。

彼女は有能な編集者だったので、行き先がないなんてことはないだろうと思ったが、私は別のことも考えていた。それはこういうことだ——私は彼女よりもずっと不安定だけど、気がつけば今は10社ぐらいの出版社と取引していて、いろんな仕事をしてる。だから1社ぐらいは潰れて仕事がなくなっても、とりあえずは大丈夫かなー。

つまり、フリーの私の人生という「全体」にとってはひとつの出版社は「部分」でしかないということだ。会社や仕事という「部分」が壊れても、人生というシステム「全体」が続いて行く。そういう可用性の高い人生が求められている。

信念は曲げずに領域を広げる

この気づきを得てから、私は仕事の幅を思い切って広げるようになった。それまでは「ジャーナリストは筆一本、という気迫が必要だ」と思っていて、他の領域に侵食することは避けていたのだけれど、そういう考えは捨てた。自分でメールマガジンを発行するようになり、求められれば自らの知見をもとに企業へのアドバイスやさらには出資などもするようになり、自分でトークイベントも計画し、ありとあらゆる方向でいろんな人たちと一緒に仕事をするように変えて行った。

どんなこと起きても、自分の人生の可用性を保つということを最優先事項に据える。もちろん、それで自分の書くことの世界観や信念を曲げるわけではない。自分の思想の軸を保ちながら、その軸を曲げないように領域を広げて可用性を確保していく。そういう長期戦略を立ち上げて行ったのだ。

この視点を一歩進めると、ナシーム・ニコラス・タレブの最近翻訳された著書『反脆弱性』(ダイヤモンド社)の哲学にもつながってくる。「脆弱(フラジャイル)」というのは「脆い」という意味で、その反対語というと普通は「頑強」「耐久性」などをイメージするが、タレブはそうじゃないと言っている。鋼鉄は頑強だけど、ぽきっと折れたり曲がったりしやすい。だから重要なのは頑強であることではなく、「反脆さ(アンチ・フラジャイル)」なのだという。

じゃあ反脆さとは、何か。タレブは著書で書いている。

「反脆さは耐久力や頑健さを超越する。耐久力のあるものは、衝撃に耐え、現状をキープする。だが、反脆いものは衝撃を糧にする」

たとえばレストラン業界は「反脆い」。ひとつひとつのレストランは脆くて、店はよく潰れる。でも個別の店が潰れることで、他の店の生き残りの可能性を高めるし、新しい店も進出できる。だからレストラン業界は全体では、反脆いということだ。もし逆に、ひとつひとつのレストランが法的に保護されて、絶対に潰れないようになっていたらどうだろう。そうするとレストラン業界には健全な新陳代謝がなくなってしまい、外食という文化そのものが衰退することになる。そうすればレストラン業界は脆くなる。

脆い世界にいるからこそ行動する

このように私たちの社会に潜む「脆い」と「反脆い」の関係を明らかにしたのがタレブの凄いところなのだが、これは私たちの人生システムにも当てはまる。会社や仕事は脆いかもしれない。でもそれらが脆いがゆえに、私たちは常にあたりに目を光らせ、次の飯の種を考えておかなければならない。「明日会社が潰れるかも」「もうすぐリストラされるかも」「今やってる仕事は10年後にはないかも」という危機感が、私たちを行動に走らせ、活動し考え抜いて行くための糧となる。そういう脆さを常に抱えているからこそ私たちは動き回り、だからこそ人生の全体システムは「反脆い」になり、可用性が高まるのだ。

最初に述べたように、これは「働く」ということのスタイルを変えるという提案である。スタイルを変えるということは、決して転職や独立とイコールではない。今やっている仕事は大切にしつつ、そして会社と上司と同僚と部下とも仲良くするのは大切だ。でもそれ以上に、心の中では、自分の人生という全体システムの可用性と「反脆さ」を常に意識し、このシステム「全体」が壊れないように計算し、戦術と戦略を立てて、前に進んで行く。いつ何どき、会社や仕事という「部分」のパーツが壊れても大丈夫なように。



 

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コメント
 
1. 2018年3月19日 17:20:31 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[4897]

>全体システムの可用性を高めるためには、時には「部分」をある程度犠牲にすることも必要

まさに氷河期の非正規たちは、その典型だな

お陰で、日本の多くの大企業が、消滅したり、海外に移転して空洞化し、

旧社会主義国のような経済崩壊や

企業年金の完全崩壊も起こらず、今の高齢正社員が路頭に迷わずに済んだわけだが

その歪みは、今も続いているのも、旧社会主義国と同じだ


>私たちの人生を一つの全体システムと考えれば、逆に会社や仕事が「部分」である。逆転の発想が必要
>危機感が、私たちを行動に走らせ〜人生の全体システムは「反脆い」になり、可用性が高まる

それは、その通りだが、やはり個別に見れば、AIに比べてヒトの可用性は低下し

淘汰されるものは淘汰される

よって、さらなる発想の転換

つまり可用性がなくても生きられる社会

さらに、別に無理して生きなくても別に良い

という発想も悪くないだろうw



2. 2018年3月19日 18:38:01 : LHSMhfLcno : cTj_KsH6DrU[539]
 外食産業を例にするのはどうだろうか?。国道沿いの郊外店はドンドン潰れて、その残骸は放置されたままだ。たぶん新たな出店はないだろう。新陳代謝が活発なのは都心部だけだ。そして此の現象は外食産業に限ったことじゃない。経済活動は"淘汰"でななく"収縮"が起きてるような気がする。

3. 2018年3月20日 00:48:32 : LTW7jwi0EM : z0MZ8UnTPcw[3]
AIなんて心配する必要はない。
だって自動運転にしろコストが問題だ。
自動車一台に億単位の金を払える人間なんて数が限られているだろう。
安く作れるAIマシンなんて存在しないのだよ。
自動車工場のロボットと同じで買えるのは超富裕層と法人だけ。

例えばトラック輸送、現在事故を起こせば会社より運転手の責任が問われるが、自動運転となると会社かメーカーが責任を問われる事になる。ゆえに事故を起こす可能性がある一般道に導入する会社なんてないのだよ。外部から人が立ち入り禁止の区域にしか使えない。


4. 2018年3月20日 01:04:42 : qyzFFyBmmc : FbMR5gvjH7Q[180]
>>3 そのコストが削減されるというのが
普及というのだよ。
運輸関係の経営者が考えること。
とっとと自動運転化したい。
そらそうだろう。従業員の生活、労組対策
それらから一挙に開放されるのだから。

一昔前偽装請負が矢面に批判された頃
偽装請負がブラックなのは、機械でやれるものを
最低賃金未満で請負を安くこき使っていたことなんだから。
一応ブラックではないと思っている経営者なら
まず自動化と機械化だよ。


5. 2018年3月20日 01:52:53 : LTW7jwi0EM : z0MZ8UnTPcw[7]
>>04

産業ロボットは80年代からあるよ。ターミネーターで観たろ。
もう40年近く経つけどコストが削減される普及はどうなったの?
未だに億単位だよね。むしろ値段は上がっているのだけれど。
安くなって個人が買えるようになった話なんて聞いた事はないのだが。


6. 2018年3月20日 12:51:45 : A4AvZivHZs : VNftEPmtM9w[237]
5さんの仰る通り 実はわたくし 80年代の産業用ロボットを およそ8年ほど扱った経験が有る
当時 NC自動旋盤と言われていた コンピュータ制御の金属加工機械なんだが あの頃はロボットなどとは
呼んだりしなかったが 今で言えば ある種のロボットだ ちなみに当時の購入費一台2000万円だと聞いた

しかし、これが 安定して金属部品を生産するのに とんでもないほど苦労する 調整するのが
従来の機械よりも何倍も手間を必要とする その会社辞めてもう30年以上になるが いまだに夢で出て来る

ロボット およびAIなんて 今現在のところでは 「かえって人の仕事を増やしている」 と言うのが実態
【よっぽど大量生産を必要とする分野】でないと 採算が合わないのだ 安定して仕事が出来るまで
大勢の人間の長時間のサポートが必要で 余計な仕事が増やされているのが実感だ

だから 5さんの言う通りで なかなか一般には普及しないのだ 少品種で大量生産 そう言った分野でしか
必要とされないから ロボット自体が大量に生産されず高価なままなのである


なにせ 昨今 大きな話題をもたらした 「現役のプロ棋士を破るほどのAIソフト」 ではあるが
指し手を考える分野においては 現役のプロ棋士を破るほど強いのに、自分の足で歩いて対局場に着く事さえ
出来ないという 将棋の駒を持つ事さえ 最近やっと出来るようになったそうな
(それも、人間が綺麗に駒を並べてやらないと 始める事も出来ない 自分一人で駒すら並べられない)
人間ならば たった一人でできる作業(対局場に出向き 終われば撤収)に、何十人ものサポートが必要で
【余計な仕事を増やしているだけ】という構図は 依然変わっていない

AIに仕事が奪われる なんていう事態(それは決して悲観するべき事態ではないと思うが)が来るのは
少なくとも 我々が生きている間には お目に掛かれないと思うぞ おそらく何百年も先の事だろう。


7. 2018年3月20日 15:53:43 : FnWGtdDzoI : 0PJFZ8mb6n0[1]
>>06

ロボットだって大量生産で安くなる可能性はあります。それは自動運転などの不確定な要素が多い分野ではなく、ホームオートメーションや介護の分野です。

家事や介護はロボット化によって多くのメリットが期待できます。しかも自律型のロボットと違って産業用ロボットと同じ日本の得意分野でもある。しかしそれをやらないで、なぜ自動運転にこだわるのか。

それは自動運転は軍用技術と深い関わりがあるからです。要するにもう民用技術の発展には興味がない、軍用技術を発展させたい。そんな意図が見え隠れしていますね。


8. 2018年3月20日 16:47:58 : A4AvZivHZs : VNftEPmtM9w[238]
>>7
まあ 確かに お掃除ロボット 「ルンバ」 なんかは、発売当初10万円以上したものが 4〜5万程度まで
下がってきていますから(しかも他社から類似商品が出現して それでも価格は低下してるという)
普及すれば確実に安くなるという 好例ではあります が しかし、従来の普通の掃除機を駆逐するほどの
爆発的な普及とまでは言えず、お掃除ロボットの出来る範囲は極めて限定的で 人間が掃除機を使わなくて済む
そんな万能掃除ロボットの出現は、やっぱり我々の目の黒いうちは実現できそうもないと思います。


9. 2018年3月20日 20:56:39 : LHSMhfLcno : cTj_KsH6DrU[542]
 恐竜型のロボット(実際はからくり人形)で受付をするホテルが話題になったけど、こんな事が話題になるならAI化なんてまだまだ先の話だ。AI(ちょっと前はIT)による合理化は受付業務をそのものを無くす。スマホで予約をして入金を済ませれば、その記録が部屋の鍵になる。エントランスと部屋の扉に、スマホをかざして宿泊する。客は、リアルなホテル業務と一切係わらない。そのスマートさを快適と思うか、淋しいと思うか、まだ少しでも淋しいと思うなら、受付はヒトのほうが良い。AIはヒトの代わりをするので無く、仕事の代わりをするだけだから。
 

10. 2018年3月21日 03:09:04 : xyYaqkvOFI : r6ZAWDYEpqg[1]
>>08

ルンバは元々地雷探知用のロボットをお掃除用に改造した物ですね。地雷を踏みつけて爆破される事を前提にしているので安くて当たり前なのです。
もちろんマッピング機能を持った先進型のも売り出されていますので、昔の単純な奴よりは進化していますが、おっしゃるとおり今のままでは人間と掃除機の組み合わせの代わりには成りえません。

しかし考えてみてください。産業用ロボットはどういう場所で使われるのでしょうか。塵一つない工場で、事前の計画に沿って配置されて使われます。家事用ロボットも同じ発想で使えば効果は絶大なのでは。つまり、家の間合いや家具の配置をロボットに合わせて設計するのです。そしてロボットにとってバリアフリーな通路や階段、さらに家全体にくまなくロボットのセンサーに呼応するタグを埋め込んでおけばマッピングの速度や正確さも増します。つまりロボットを使う事を前提とした家を設計するのです。そうすれば老人の階段や風呂場での入浴などもロボットの補助で安全性は格段に向上します。

つまり問題は複雑な環境で使う事を前提にしているからロボットのコストが高くなり働きが悪いのです。環境さえ単純化できれば現在でもロボットの値段が下がり効率は良くなるのです。

我々の目の黒いうちは実現できそうもないのは、既存の建築手法にこだわる既得権業界と新規の建築手法を試す創業者を認めない規制官庁と銀行、それら既得権益者ではないのでしょうか。


11. 2018年3月21日 08:27:46 : yKG268mt7E : mIghEAFDs9c[65]
製造現場で働いてみれば分かるが、製造の「大きな部分」は機械がやっていて、人間は機械の「お世話」をするという場合が多い。
機械を使っているとも言えるし、機械に使われているとも言える。
勿論それが嫌なら、もっと「人間らしい」仕事を探せばよいので、そういう自由は保障されている。
AIとも折り合いをつけていけるんじゃないかな。

12. 2018年3月21日 23:28:43 : LG93H8WcHQ : mwLxxa0@jjk[41]
コンピューターの発達で人の事務能力、調査能力は桁違いに上がったはず。しかし最近の世の中を見るとアホーと言っては何だが理解力のない人が昔よりずっと増えているように感じる。スマホばかりいじりウソクソ安倍政権を支持する若い人が多いとか。

AIがなんぼのものかわからないが人間の5感はますます低下するのではないか。


13. 2018年3月22日 00:51:35 : LG93H8WcHQ : mwLxxa0@jjk[48]
人間がやっている仕事をAIなるものにさせればその分人間が馬鹿になるのではないかと思う。スマホが普及しても数学や物理がわかる人間はどんどん減っているようだし。

14. 2018年3月22日 12:11:30 : A4AvZivHZs : VNftEPmtM9w[245]
一つだけ 勘違いしないで頂きたいことがある それは 「AIもしくはロボットに 仕事を奪われる」
という事態は、決して悲観するべき事態ではなく むしろそれは人間が大いに楽できるという事で
歓迎する事態と言えますよ

人間の仕事を奪うほど進化したAIやロボットが もしも登場したならば、人の手を煩わせず ロボットが勝手に
人間の必要とする 製品 資源 サービス 食料までをも、どんどん供給してくれるという事ですから我々は
人間にしか出来ない分野のみを受け持っていれば良いという事で、そうとう楽な生活が出来るはずですよ

しかし、残念ながら 私らの生きている内は そんな世界は実現しそうもありませんけどね。


15. 2018年3月22日 14:52:26 : LHSMhfLcno : cTj_KsH6DrU[545]
 >>10
 >>9だけど
 >つまり問題は複雑な環境で使う事を前提にしているからロボットのコストが高くなり働きが悪いのです。環境さえ単純化できれば現在でもロボットの値段が下がり効率は良くなるのです。

 は、「自動運転車両の用に道路を作ればよい、作らなければいけない」、と言うことなる。けど、だったら「鉄道でよくね?」、って事にはならないだろうか。


16. 2018年3月23日 12:34:56 : A4AvZivHZs : VNftEPmtM9w[248]
15さんの言う通り さっそくこんな死亡事故が起こったそうだ

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3321709.html

さらに、過去にも死亡事故はあったそうな

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49777


こりゃやっぱり 自動運転専用の道路を特別に作らない限り 事故は防げないだろうね
でも、そんな事では 普及なんて 気が遠くなるほど先の話 そんな道路 日本中にくまなく作るのには
どう考えても 半世紀は要するだろうな。


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