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「東芝壊滅の戦犯」が死ぬ前に語ったこと “豪腕経営者”西田厚聰氏の肉声(PRESIDEN)
http://www.asyura2.com/18/hasan126/msg/799.html
投稿者 赤かぶ 日時 2018 年 4 月 22 日 21:38:45: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

「東芝壊滅の戦犯」が死ぬ前に語ったこと “豪腕経営者”西田厚聰氏の肉声
http://president.jp/articles/-/24565
2018.4.21  篠原 克周 PRESIDENT 2018年2月12日号

イラン採用から社長に上り詰めた異色の男

2017年末、東芝の社長、会長を務めた西田厚聰氏が鬼籍に入った。「東芝壊滅の戦犯」という汚名を着せられたまま、社葬も行われない幕切れであった。

「帰るべき母港を断ち切られての最後は、さぞや無念だったでしょう」と著者は語る。

名経営者と称えられた西田氏は一体いつ、どこで、何を間違えたのだろうか。本書は、本人の肉声を交え、彼の栄光と絶望の歩みを重ねながら、東芝崩壊の内幕に迫っている。

西田氏は東大大学院で西洋政治思想史を学ぶが、恋人のイラン人留学生を追って革命前のテヘランへ。その地での現地採用から社長に上り詰めるという異色の経歴を持つ。

2000年代には、原発と半導体を経営の二本柱に掲げ、米原発メーカーを買収。“豪腕経営者”として名を轟かせる。著者は、この頃に取材を通して西田氏と接点を持った。

「当時の西田さんは光り輝いていました。エネルギーが横溢し、何を聞いてもよく通る声で、理路整然と答えてくれた。彼の口から出るのは東芝の未来、原子力の未来、そして日本の産業の未来でした」

「ただただ残念でなりません」

09年、西田氏は会長に就くが、後任の佐々木則夫社長と対立。福島第一原発の事故は、原発事業に舵を切った西田氏の立場を厳しくし、不正会計問題の発覚がとどめとなった。

取材は死の約2カ月前。著者は誰もが追求したい問いを重ねた。しかし、死線を彷徨う彼が最後に口にしたのは、自己弁明と積年の恨みだった。

「本当に生々しく人を罵倒するわけです。人間があんな心持ちで恨みを剥き出しにしながら、人生の終焉を迎えるとすれば、それは不幸です」

本書を一読した東芝社員から著者に届いた一通の手紙に、「ただただ残念でなりません」と綴られていたという。


   
   児玉 博(こだま・ひろし)
フリージャーナリスト。1959年、大分県生まれ。主に雑誌で企業レポートを多数執筆。著書に『堤清二罪と業 最後の「告白」』(2016年大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞作の単行本化)、『“教祖”降臨 楽天・三木谷浩史の真実』ほか。












 

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コメント
 
1. 2018年4月23日 06:19:03 : 1w6S7z7Pos : 3OwxK5cQHX0[19]
東芝壊滅の戦犯になったのは原子力と言う魔物を理解していなかったからでは?
壊れれば手の付けられない代物に手を付けた、壊れたら果てしなく出る人的被害と
金がかかり始末出来ない底なし沼に填まり込む様に経営が崩れていく。
原子力は高額な資本力を必要とするので一見お花畑の様にも見えるが実は地雷原の
中に入り込むような物、幻想と現実を見誤り危険地帯に踏み込み出られなく
なってしまった。
東芝は半導体と制御技術(裾野は広くそれこそ技術)に特化すれば良かった気がする。


2. 2018年4月23日 06:46:13 : ubsqxr99nk : L8tnnf@OvnU[106]
こいつと西室が、伝統ある東芝をつぶした。

そして経済産業省世耕大臣も、売国奴のお仲間でしょう。

フラッシュメモリーを持つ東芝を救わないのですからね〜

売国政治家ですね。

外資に、ただ同然で有力企業をくれてやった、、、小泉時代からのアメリカの日本たたきの一環としての政策です。


国民は怒らないといけません。
かくして日本の国力・体力は低下した。


3. 2018年4月25日 22:28:26 : FRF9qiGtZo : gQJ9aZQjpOw[191]
誰も書かないが、東芝をこんな目にあわせた元凶は、土光敏夫だ。1964年の東京オリンピックの後、日本は大不況に陥った。東芝も深刻な経営危機に転落した。その東芝を立て直すために石川島播磨重工から送り込まれたのが土光敏夫だ。土光は原子力発電への参入を決め、原子力事業を社長直轄事業とした。つまり他の経営役員すら関与できないブラックボックスとしてしまったのである。

土光は原子力事業を早急に軌道に乗せるため、東芝の前身である東京電気・芝浦製作所時代から技術導入してきたアメリカのゼネラル・エレクトリックからマークT型原子炉を取り寄せ、建設が決まった福島第一原発に採用させたのである。

このGEマークTは地震国日本には全く向いていない設計で、耐震性など全然ないばかりか、安全マージンからないに等しい欠陥原子炉であったが、完成を急ぐため、それらを無視して建設に着手し、そのまま完成させたのである。案の定、東日本大震災では津波の前に起きた大地震で高圧蒸気が猛烈な勢いで噴出し、作業員は「もう終わりだ。」とつぶやいたと言うのである。GEマークTは、大地震から2時間でメルトダウンしたのである。

●土光敏夫は日米欧三極委員会の有力メンバーとして活動し、1980年代には臨調の座長を務め、うちが働きはじめたばかりの国鉄をも解体に追い込み、売国の限りを尽くしたのである。電電公社も民営化でアメリカ勢力の軍門に下った。どうして日本ではNTTドコモとauで電波の方式が違うのか。民営化でアメリカの規格を認めたのが原因である。

土光の東芝への影響と言えば、金儲け主義を根付かせたことにあろう。東芝には日立や三菱電機にはない貴重な部門があった。音楽部門である。東芝は音楽部門を持ち、大切に育ててきた。東芝日曜劇場のテーマ曲の歌詞に「歌う、歌う東芝」と言うのがある。これこそ、東芝が音楽部門を持っていた証左である。

東芝は音楽部門があるから、他社と違って金儲け一辺倒ではなく、文化を育てている誇りがあった。それを後継者の西田は簡単に売ってしまった。儲からないからと言う理由だけでだ。文化を邪魔者にし、金儲けの亡者と化して原子力に邁進した。その究極の結果が、福島第一原発事故である。世界はこれを契機に原子力発電離れを進めるようになった。

東芝は音楽部門を売って、同時期にウェスティングハウスを法外な金額で買収している。当時は儲からない部門を売って、儲かる部門を強化するといった「選択と集中」の経営モデルの成功例と見られていた東芝だが、その結果が経営崩壊である。そこに至るまで一本のレールがあるのだが、その始まりは土光敏夫の東芝社長就任だったと思うのである。


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