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もはや「経済成長」では働き手が幸福になれない理由(ダイヤモンド・オンライン)
http://www.asyura2.com/18/hasan128/msg/519.html
投稿者 赤かぶ 日時 2018 年 9 月 19 日 13:24:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

もはや「経済成長」では働き手が幸福になれない理由
https://diamond.jp/articles/-/180005
2018.9.19 石水喜夫:大東文化大学経済研究所兼任研究員 ダイヤモンド・オンライン




「経済成長」が、安倍政権では何にもまして強調されてきた。

 実際、安倍長期政権を生み出したのは、成長志向の政策が経済界の利害と合致し、失業率や求人倍率など、雇用指標が“改善”したことが、就職環境に敏感にならざるを得ない若者の支持につながったからだと言われる。

 だがこの間、実質賃金や労働分配率は下がり続けてきた。それでも「アベノミクス」が支持されるのは、成長に代わる新しい価値観を生み出すことができないために、経済成長にしがみついているだけだからではないのか。

価値尺度はGDPだけなのか
仕事は増えても所得は増えない


「経済成長」とはGDP(国内総生産)が増えることであり、政策論争や政治判断の中心に「経済成長」がすえられたということは、GDPの増減が価値判断の中心にすえられたことを意味する。

 経済学者は政治からの求めに応じ、GDPをできるだけ大きくする処方箋を、競って考案している。

 しかし注意が必要なのは、GDPを大きくすることは、あくまで価値判断の一つに過ぎないことだ。経済学者は、その枠組みの中でGDPを大きくする術を技術的、工学的に提言しているだけなのだ。

 私たちは、GDPの大きさで日本経済の出来、不出来を採点することに慣れてしまっているが、一本のモノサシだけで社会を評価することほど、危険なことはない。 

 そのことを象徴的に示すのがグラフ(図1)だ。バブル崩壊後のGDP(国内総生産)とGDI(国内総所得)の動きを見ると、最近では、GDPほどGDIが伸びていないことがわかる。

◆図1:実質GDI(国内総所得)と交易損失の発生

【注】 1)数値は、四半期の実質原系列で、対前年同期比で示した。
2)シャドーは景気後退過程を示している。
3)名目のGDPとGDIは一致するが、実質のGDPとGDIは一致しない。図上では、実質GDIに比べ実質GDPの増加率が上回った部分を網掛けし、「交易損失の発生」として示した(交易損失とは交易条件の変化に伴う実質所得の変化をとらえるもので、実質GDPが実質GDIを上回る場合に、その乖離分を「交易損失」という)。
【資料出所】内閣府経済社会総合研究所「国民経済計算」をもとに作成

 このことは生産が増えたほどには所得は増えていないことを意味している。しかも、この傾向は、景気拡張過程に生じ、その期間が長くなるほど、強まっているように見える。

 経済学では、「三面等価の原則」といって、GDP(生産)とGDI(所得)とGDE(支出)は一致すると教える。経済には、人々が生産活動に参加し、所得を得て、それぞれに支出する、という循環がある。

 国民経済計算は、日本経済を生産、所得、支出の三側面で計測するので、作成されたGDP、GDI、GDEは必ず一致することになる。この限りでは、GDPをみることで、「生産」ばかりでなく「所得」も「支出」も総合的に評価したことになる。

 しかし、これは物価上昇率などを含めた「名目」の話であり、物価の伸びの増減を差し引いた「実質」で生産が増えたとき、実質所得が同じように増えたかどうかは、話は全く別なのだ。

 経済学では、「三面等価の原則」といって、GDP(生産)とGDI(所得)とGDE(支出)は一致すると教える。経済には、人々が生産活動に参加し、所得を得て、それぞれに支出する、という循環がある。

 国民経済計算は、日本経済を生産、所得、支出の三側面で計測するので、作成されたGDP、GDI、GDEは必ず一致することになる。この限りでは、GDPをみることで、「生産」ばかりでなく「所得」も「支出」も総合的に評価したことになる。

 しかし、これは物価上昇率などを含めた「名目」の話であり、物価の伸びの増減を差し引いた「実質」で生産が増えたとき、実質所得が同じように増えたかどうかは、話は全く別なのだ。

「生産」と「所得」の乖離広がる
資源価格上昇などで「交易損失」


 中国やアジアの経済が成長すれば、日本の輸出が増え、生産規模も拡大して、景気はよくなる。日本の好況は世界経済の拡張にのったものだが、一方で輸入する資源やエネルギー価格も高騰する。

 こうして、景気拡張期間が長くなってくると、輸入物価が上昇し、日本はより高い値段で諸資源を購入しなくてはならなくなる。世界経済の拡張によって仕事はますます忙しくなるが、交易条件が悪化し、より高い値段で、素原材料やエネルギーを購入することになる。

 このため、日本の所得は、高い価格を支払うという形で、海外に漏れ出していくことになる。これを「交易損失」という。

 さきほどの図に見られるような交易損失が拡大することで、生産の規模が拡大しても、実質の所得はそれほど増えず、実質GDPが実質GDIを上回る部分が大きくなるわけだ。

 もともと、地球の自然環境や資源は有限だから、無秩序な世界経済の拡張とは簡単に両立するはずがない。GDPの数字の大きさを喜ぶまえに、日本と世界経済の関係、人口や資源・エネルギーの制約などをきちんと考え、日本経済のあり方や進路を構想すべきなのだ。

名目賃金は上昇しても
実質賃金は低下


 ところが、政府は、この国家的課題を国民に正しく説明せず、GDPという、分かりやすく単純な価値尺度を用いて、人々を経済成長に駆り立てているのが実態だ。

 しかも、悪いことに、日本の労働組合は、すっかりこの路線に組み込まれてしまっている。 政府統計をみると、2014年には賃金の伸び率もプラスに転じた。労働組合は、政府と一緒になって、成果を誇示している。

 しかし、多くの労働者は、それほどまでには景気の恩恵を感じていないし、実際にデータをみても、消費支出の伸びは勢いを欠いている。今回の景気拡張が始まった2012年末からの経済成長率をみても、実質GDPの増加を牽引しているのは輸出と設備投資に偏っている。

 本当に賃金が上昇しているのなら、国内市場はもっと拡大しているはずだし、ここまで世界市場に頼る必要もなかったはずだ。つまり成長をし生産が拡大するほどには所得が増えないなかで、そのしわ寄せは働き手に及んでいるということだ。

 景気拡張過程の名目賃金の動き(図2)をみると、第16循環(2012年第W四半期以降)では、はっきりと上昇し、2000年代の景気拡張過程に比べ、事態は好転したかに見える。

 ところが、この動きを消費者物価の動向と重ね合わせてみると、むしろ事態は悪化していることがわかる。

◆図2:景気拡張過程の名目賃金と消費者物価

【注】 1)数値は四半期の季節調整値であり、各景気循環の景気拡張過程について、起点(谷)を100.0とした指数で示した。
2)名目賃金は、調査産業計、事業所規模30人以上の現金給与総額である。
3)消費者物価は、持ち家の帰属家賃を除く総合である(消費者物価は名目賃金を実質賃金で除した指数を用いた)。
4)各数値は、景気拡張過程を示したものであり、凡例の( )内に、谷の年・四半期から山の年・四半期を示した(第16循環は、2017年末までの数値を用いた)。
【資料出所】厚生労働省「毎月勤労統計調査」をもとに作成

 第16循環の名目賃金は、伸びているとはいっても、物価の伸びに比べ著しく低い。グラフ上の、原点から右上に伸びる「賃金物価均等線」は、名目賃金の伸びが消費者物価の伸びと一致した場合を示し、この線を下回る領域では、賃金が上昇したとしても、実質賃金は低下している。

 働き手は、給与明細書をみて額面で賃金が上がったとしても、実質的な購買力がどれほど向上したかは、なかなか分かりにくい。

 実質賃金は下がっているにもかかわらず、働き手は給与明細書を見てささやかな“満足感”に浸り、片や、大企業を中心に最高益が更新されるといった成長戦略の「魔術」は、このようにして生み出されたものなのだ。

企業は価格転嫁
低迷する国内市場


 日銀の異次元緩和策を柱にしたアベノミクスは、国内物価の上昇を目標に、大量の貨幣供給を行い、円の通貨価値を下落させた。

 物価は日銀が目標に掲げるほどには上がっていないとはいえ、円安によって輸入物価は上昇し、コストプッシュで国内物価も上昇に転じ、2014年の消費増税の価格転嫁も順調にいったといわれる。

 また、輸出型の大企業は円安の恩恵も受けて生産を増やし続けてきた。

 しかし大企業の価格転嫁力に比べれば、今の労働組合の賃金交渉力は弱く、結局、働き手は実質賃金が低下する一方で、企業収益は拡大し、企業は設備投資を着々と進めることができた。

 蓄積された生産力は、今後、ますます、海外の需要を求めて輸出へと向かっていくことになるだろう。

 しかし、実質賃金を低下させ、国内市場を低迷させながら、一方で生産力を増強する経済政策に、果たして持続性があるのだろうか。

 世界経済の拡張が永遠に続き、景気の循環もなくなるなら、日本は、この道をひた走ればいい。

 しかし、経済成長をどこまでも追い求めることは現実的ではなく、すでに輸出に依存した経済成長は、世界的な資源・エネルギー価格の上昇の前に、日本の実質所得を減らすことにつながっているのが現実だ。

 さらに、自由主義市場経済の宿命として、景気循環の存在を見定めておく必要もある。いったん減り始めた需要は、設備投資の縮小をもたらし、さらなる需要の縮小をもたらす。

 しかも、外需に依存して成長してきた日本経済は、世界経済にマイナス要素が発生した場合、より大きな生産の落ち込みなど、経済変動の振幅が大きくなるリスクを内包しているとも言える。

成長戦略という知的欺瞞
現実見ない労働生産性の議論


 成長戦略のかけ声のもとに、GDPの拡大と賃上げを追求することがずっと続いてきた。「GDPは拡大した」「賃金は上昇した」という“実績”を強調する報告が、繰り返し国民にとどけられてきた。

 統計の数字だけでみれば、それはウソではないにしても、その持つ意味を歴史的、社会的に問わないという意味で、知的欺瞞のほか何ものでもないと言わざるを得ない。

「GDPの拡大」「賃上げ」の声が強まるなかで、行き着いた先が、「労働生産性」の議論だったが、これも理屈が先走った現実をみない議論だ。

 成長戦略では、さらなる労働生産性の上昇に努め、そのことがさらなる成長と、賃金の上昇につながるという物語が語られている。

 労働生産性の上昇が、賃金の上昇につながるという議論を、次のグラフ(図3)をもとに、考えてみよう。

◆図3:労働生産性上昇率と所得分配


【注】 1)労働生産性は実質国内総生産を就業者と総実労働時間で除した値を用いた。
2)時間当たり実質賃金は現金給与総額の実質賃金指数を総実労働時間の指数で除した値を用いた(数値は事業所規模30人以上のものとし、1960年代までは製造業の値を、1970年代以降は調査産業計の値を用いた)。
3)上昇率は各年代の最初の値から10年分を用い、期間平均値を100とした指数をタイムトレンド関数で特定し、その傾きの値を1年分の上昇率として示した(ただし、1950年代は、労働生産性は1955年から、時間当たり実質賃金は1952年からを計測、また、2010年代は2010年から2017年までを計測した)。
4)(賃上げ分)は現金給与総額の実質賃金指数を、3)と同じ方法で計測した実質賃金(1人当たり)上昇率を用いた。
5)(時短分)は2)の時間当たり実質賃金の上昇率から4)の実質賃金上昇率を差し引いた値とした(時間当たり実質賃金の上昇率=実質賃金(1人当たり)上昇率−労働時間増加率、の関係にあるが、「−労働時間増加率」は「労働時間削減率」として正の値で示される((時短分)は、この式における「−労働時間増加率」に該当する))。
【資料出所】内閣府「国民経済計算」、総務省統計局「労働力調査」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」をもとに作成

 まず、労働生産性の上昇は、労働条件の向上には有益なものだ。労働者一人当たりで生産できるものが増えれば、それに応じて賃金の引き上げを求めることもできる。

 しかし、それには、経営者側に対する労働組合の交渉力が不可欠で、そこに足らざるものがあれば、労働生産性が上昇しても賃金(時間当たりの実質賃金)が低下するということが起こり得るのだ。

 このことが事実として進行したのが、2000年代、2010年代という時代だった。

 労働生産性が上昇しても、賃金は増えず、労働分配率が低下して、国内市場は停滞が続くことになった。輸出型の大企業は利益を増やし、その資金は、輸出向けの大量生産設備への再投資やより大きな利回りを求め資産運用に流れることになった。

 労働生産性の上昇から労働条件の向上を生み出し、国内経済の成長や健全な社会発展につなげていくには、ナショナルセンターによる将来社会の構想力と単組の労働条件交渉力とが有効に結びつかなくてはならないのだ。

労働分配率は
なぜ下がり続けたのか


 一方で、働き手や労働組合は、労働生産性の上昇分を労働条件の向上として実現するのに、「賃上げ」によるのか「時短」によるのか、を大局的に判断することが避けられない。

 労働生産性の上昇分は、賃上げによって分配を受けることもできれば、時短によって受けることもできる。いまの日本の社会情勢を踏まえた時、どのような戦略をとることが労使交渉を有利にすすめ、より多くの成果を得られるのか、歴史に学んで、判断する必要がある。

 1950年代の日本社会では、労働生産性の上昇に対し、時短分はマイナスとなっている。これは労働時間が延び、時間当たりの賃金率は引き下げられたということだ。当時は貧しく、働き手は仕事があるだけでうれしかったのであり、より多く働いてより多くの貨幣所得を得ることに意味を見いだした。

 その後、豊かな社会に向かうなかで、時短分のプラスがでてきたが、労働生産性の多くの部分は、賃上げによって分配されている。多くの働き手にとって貨幣所得の獲得こそが「豊かさ」であり、かつての春闘はそうした時代の雰囲気を色濃く反映していた。

 1990年代の一時期、労働生産性の上昇は時短によって分配されたことがあったが、これは週休2日制が広がったことによるもので、これを実現した労働基準法の改正は、1980年代の貿易摩擦激化を背景に、海外から日本人の働き過ぎの是正を求められた「外圧頼み」だったことはよく知られている。

 1980年代以降の労働運動は、残念ながら、自ら所得分配の方針を生み出せず、、経営側に対する交渉力を再構築することができないままだった。このことが、2000年代以降の労働分配率の継続的な低下につながった。

所得の分配は
賃上げより労働時間短縮で


 労働組合は、どうすれば一人ひとりの働き手の気持ちを受け止め、労働条件交渉に力を結集させることができるのか、速やかに、議論を呼びかける必要がある。

 将来不安をかかえ、とにかく賃上げで貨幣所得を多く得る方が安心だと感じる人は少なくない。しかし本来は、その貨幣所得を用いて、いかに豊かな生活を実現するかが目的だったはずだ。日本社会の現実に向き合い、踏み込んで議論しなくてはならない。

 今のところ、日本社会では、「賃上げ」に比べ「時短」の魅力はあまり高くはない。それは労働時間が短くなったとしても、そのことに価値を感じるといったことが少ないからだ。

 しかし、貨幣価値とは異なる領域で、新たな価値軸を見いだすことができるなら、事態は新たな展開へと向かうのではないだろうか。

 労働時間が減れば、働く人たちは家庭に帰り、また、地域社会の活動にもより有意義な形で参加することができる。人々の連帯のもとに豊かな地域社会を創造する活動には、潜在的な期待が大きいのではないか。企業別労働組合である単組は、産別組織、ナショナルセンターと連携しながら、それぞれの地域社会の中で、新たな価値を語り、「GDPの拡大」「賃上げ」とは別の価値軸を生み出していくべきだ。

周回遅れの成長希求路線
新しい価値観が必要


 経済成長の「呪縛」から解放されるためには、日本が置かれた状況や世界の経済について正しい認識を共有し、GDPが増え、貨幣所得が増えることが、本当に、働く者にとっての幸せなのか、じっくり考えてみる必要がある。

 労働生産性の上昇を労働時間の短縮にふり向ける社会とは、労働投入量を削減し、その分、経済成長を抑制する社会だ。そんな経済社会で、貨幣所得を獲得する機会を失いながら、「豊かさ」を感じることができるためには、これまでの価値観から新しい価値観へと大きな転換を必要とする。

 しかしこの課題は今に始まったことではない。

 かつて、故大平正芳首相は将来社会を展望して、「経済の時代から文化の時代へ」ということを語り、経済成長、大規模な都市化、近代合理主義に基づく物質文明などは、必ず限界を迎えるとの問題意識を国民に投げかけた。

 あれから40年がたつのに、周回遅れのような「経済成長希求路線」が続いているのは、経済成長という価値観以外に、何ら新しい価値観を生み出すことができないでいるからだ。

 真の豊かさとは何かを、保守政治の立場からも、労働運動の立場からも、創造的に思索すべき時だ。

(大東文化大学経済研究所兼任研究員 石水喜夫)




 

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コメント
1. 2018年9月19日 16:44:29 : OO6Zlan35k : ScYwLWGZkzE[1498] 報告

>もはや「経済成長」では働き手が幸福になれない

別に、昔から、国が経済成長したからといって

全国民が幸せになったわけではない

ただし一人当たり実質GDPが下がると、多くの国民の幸せ感は下がる


>安倍長期政権を生み出したのは、成長志向の政策が経済界の利害と合致し、失業率や求人倍率など、雇用指標が“改善”したことが、就職環境に敏感にならざるを得ない若者の支持につながったから

と言うより、デフレ不況で若年失業率が高いのに増税を持ち出すような民主党政権が酷すぎたからだろう

つまり、そういう時期には、失業率や、名目賃金は、幸せ感(不幸感)との間に強い相関をもつ指標になる


>所得の分配は賃上げより労働時間短縮で

これもケースバイケース

例えば超少子高齢化と寿命延長で、国民負担の増加が止まらず、

長生きリスクと将来不安が高まっている場合


暇な時間が増えることより、貯蓄の増加や労働期間の延長が、

幸福感(安心感)の増大につながる国民の割合を高めることになる

2. 2018年9月19日 19:02:34 : bqSxumkiHM : ojact308L1k[264] 報告
成長の 呪文が我が身 縛りつけ
3. 2018年9月19日 19:59:39 : OO6Zlan35k : ScYwLWGZkzE[1503] 報告
2018年9月19日 熊野英生 :第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト
日本の労働生産性がG7で最下位にとどまる理由 サービス化と高齢化
 政府は「働き方改革」や「生産性革命」を掲げて生産性向上に躍起だが、日本の生産性が低いといわれるのはなぜなのか。国際的に比較することで、現状と課題を考えてみた。
日本の生産性は
70年代からG7で最下位
 日本生産性本部が、OECD加盟国35ヵ国で比較した時間当たりの労働生産性は、2016年のデータで20位である。
 日本の生産性を100とすると、米国は151、ドイツが148、フランスが145、イタリアが118、イギリスが115、カナダが110となっている。これら7ヵ国を先進7ヵ国(G7)としてまとめると、日本はG7の中での生産性の順位は、データが遡及可能な1970年以降でずっと7番目(最下位)なのである。
 私たちは、日々、生産性を上げるために働き方を工夫して、時間当たりの能率を高めようとしている。しかし、マクロの集計値から割り出した生産性は、国際的に見ると、思った以上に低い。こうした「低生産性の構造」は克服できるのだろうか。
出所:日本生産性本部 拡大画像表示
 上で述べたOECD加盟国の1時間当たりの労働生産性を示したのが、下の図表1だ。
 日本の低生産性の犯人と考えられているのは、高齢化が進んで、消費が弱くなっていることだ。
 確かに、単身世帯を含んだ全世帯のうち40%が無職世帯として増えてくようになると、消費者の傾向が節約志向になってしまう。年金生活者は、収入が固定的であり、かつ、所得水準も低い。厚生年金が月16.5万円で、年収ベースで約120万円の世帯が標準だとすると、そう高い買い物などはできないから、おのずと小売・サービス産業は付加価値の獲得が難しいと思われる。
サービス業の生産性の低さは
どの国も共通する
 そこで、日本の生産性を業種別に分解して、さらに主要国で同様の業種別生産性を計算してみた。(図表2)。ここでは、為替変動をなるべく排除して考えるために、OECDの購買力平価(PPP)で表示する加工を施した。
◆図表2:日米欧の産業別労働生産性の比較

拡大画像表示
 まず、気がつくのは、卸小売、個人サービスの生産性水準は、日本だけでなく、米国やドイツでも同様に低いことだ。
 個人サービスの内訳をさらに詳しく見ても、相対的に宿泊・飲食サービスは低い。この点は各国で共通している。
 日本の場合は、ヘルスケア・社会支援といった分野の生産性は4.10万ドルと特に低い。これは医療・介護・福祉が労働集約的な産業である上、財政状況が厳しいため、サービス単価が極端に抑え込まれているせいだろう。
 日米欧を比較する限り、日本だけがサービスの生産性が低く、それが高齢化によって引き起こされているという要因だけではなさそうだ。どの国も、サービスの生産性は相対的に低くて、日本は高齢化や財政難によってそのことに拍車がかかっていると見た方がよい。
製造業は非価格競争力が弱点
牽引する産業がない日本
 産業別の生産性を見たとき、日本の製造業は確かに相対的に高い生産性を誇っている。米国には及ばないが、ドイツとイギリスとは並んでいる。
 ただ日本の場合、産業の中で、製造業が突出して生産性が高いというわけではない。米国では、全体平均に比べて製造業の生産性は1.47倍と高い。日本は1.39倍であり、米国ほどではない。
 ドイツは、就業者1人当たりの製造業の生産性は米国ほど高くはないが、総労働時間は日本の約8割であり、時間当たり生産性は日本の25%ほど高い。また、時間当たり賃金は7割も高い。
 日本の製造業は、生産性はそこそこ高いのだが、ドイツや北欧諸国に比べて非価格競争があるとはいえない。このことは、労働費用の安い新興国との価格競争に巻き込まれやすいことを暗示している。
 また産業別に見た生産性の高さのランキングでは、日本は図表2の7ヵ国の中で、製造業が3位であることを除くと、電気・ガス・水道の4位で、他の業種は軒並み下位である。
 このことは、日本で突出した生産性を誇っている産業がないことを示す。つまり、日本の生産性を上位に引っ張っていく産業の不在が、低生産性の特徴といえるのだ。
就業構造にも原因
高スキル職の割合が低い
 筆者は、日本の生産性が高くない理由が、スキル=人的資本の蓄積によって製品や商品の価格やサービス単価を引き上げていこうという意識が弱いからではないかと考える。
 高付加価値化の追求が必ずしも徹底されていないと言い換えてもよい。
 このことは、就業者を職業別に分類してみても、専門職・技師の割合が少ないことでもわかる。
 代わりに、事務補助員、サービス・販売員、単純作業の従業者は多目である。
 これだけで確定的なことは言えないとしても、スキルが求められる職業の割合が低く、サービス業従業者などの汎用性のある職業の割合が高いことは、日本でスキルを重視した職業が少ないことをうかがわせる。
 また、就業者の労働形態では日本は短時間労働者の割合が高く、かつ短時間労働者はフルタイム労働者の賃金の56.6%の水準しか受け取っていない(図表3)。このフルタイムとパートタイムとの賃金格差は欧州諸国と比べても大きい。
◆図表3:就業者に占める短時間労働者の割合(2016年)

拡大画像表示
高齢化のトレンドは逆風
低賃金の短時間労働者増える
 今後、日本の高齢化が進んでいくと、企業内の人員構成は50・60歳代のウエイトが高まるだろう。そのとき、現在よりも、技能・専門職が増えていき、企業の高付加価値化は進むのだろうか。
 2015年の総務省「国勢調査」では、55〜59歳の雇用者の非正規比率は26.0%だが、60〜64歳になると36.3%、65〜69歳では39.0%と上昇していく。このデータは、企業内人口構成がシニア化するほど非正規する傾向を示している。
 日本は短時間労働者の割合が高く、しかも低賃金であることは述べたが、おそらく、これはサービス化と高齢化に伴う変化ともいえよう。そうであるなら、今後、低賃金の短時間労働者が増える傾向がますます強まると考えた方がよい。
 このことは日本が今後、生産性を高めていく場合の大きな課題になる。
 また、産業別にみて、生産性上昇を牽引するセクターが見当たらないことも述べた。製造業は、米国やドイツに比べると、まだ劣位にある。
 今後、非価格競争力を高めてさらに突出した生産性を目指すことが課題だろう。成長戦略として、貿易連携などを軸に、日本の強いところを伸ばしていく構想も求められる。
(第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト 熊野英生)
https://diamond.jp/articles/-/179992
4. 2018年9月19日 22:41:11 : If1aZ8fsII : sHORnEPCOyg[1] 報告
解:連合を潰す 終わり
5. 2018年9月19日 22:56:48 : LJlyDKb7tw : sGf2XYJ5RLk[1] 報告
・連合組織自身に成果主義を導入し成果(時短、ベースアップ、労働条件の改善など)
が上がらなかった場合ペナルティを課す。
・プロのネゴシエーターを専門に雇って各企業に派遣する。
・ネゴシエーターの給料も成果主義とする。
6. 2018年9月20日 08:49:01 : NNHQF4oi2I : p@MqjzZMakU[1000] 報告
<<デフレ不況で若年失業率が高いのに増税を持ち出すような民主党政権が酷すぎたからだろう

財務省の話を聞き過ぎたからだ

 小選挙区制度は 政治家の主義主張が 不要な制度  

 安倍の様な 詐欺師と 犯罪者の復活制度

7. Tu95M[2] gnOClYJYglSCbA 2018年9月20日 09:29:03 : zY4WKX7dHQ : wyaVKct@Vx4[3] 報告
労働分配率の低下で何が変わったか?

・・・質が低下した。
   長持ちしては困るからだ。
特に「家」「車」「家具」「食品」
  「被服品」

   本物の金持ちが買うものは
   昔からこれらの品目は一切
   不変である。

   「下着から家まで全く庶民
   と被ることは無い」

   またそれらを製造する労働者
   は「失業」は無く安定している。

   「エルメス」や「フェラーリ」
   が良い例だろう。
   これらの会社には「広告宣伝費」
   は実質「0」というのも面白い。 

   給与労働者は
   金を使うように世の中が
   出来ている。

旧態然とした経営をしてる企業が多い日本
また働いているものもしがみついて離れない

日本の就職には「保証人」という厄介な
仕組みもある。3名用意しろとか訳の分か
らん会社まである。
「個人と言う感覚がない」
身元であり家が重要である表れだろう。
「どこの馬の骨」と言う言葉があるように…

よって海外からの労働者を拒んできた。

体裁を考える日本人であるから中々転職に
踏み切れない者も多いはずだ。
特にサービススキルと言うのは転職して
磨くのが海外では普通のこと。

某有名社長のホテルの支配人と機会があって
話をしたが20年勤務でそのレベルという
お粗末なものだ。ダラダラと仕事をしてきた
結果だろう。

日本の現状は厳しい、井の中の蛙であれば
それでよいが外から見ると「磨く環境が
ないこその悲劇」が今後の若者に降りかかる。

もっと労働者を流動的に扱えないとこの
この論議に決着はつかないし増々世界から
取り残される。

>>5 同感である。

8. 2018年9月20日 18:14:13 : CJ8lqilJ1M : 1oPDrx34alM[1] 報告
>>07

若者については、もうすでにかなり危険なレベルに入っているのではないか。
先日も仙台で21歳の若者が警官を滅多刺しにする事件があったばかりだが。

以前も自衛隊でレンジャー訓練を受けた若者が交番を襲う事件があったが、あれは拳銃欲しさとレンジャー隊員としての腕試しの両方が目的で警官を殺すのが目的ではなかったと思う。襲われた警官は気の毒だったが襲った本人は怪我一つせずに逮捕されていた。

今回の交番襲撃事件には権力や社会に対する恨みやあきらめのようなものが感じられる。個人的には何の恨みも無いはずだが権力の象徴である警察官を刃物で滅多刺しにして殺し自分も殺される。21歳と言えば体力的にも精力的にも人生で最も輝かしい時期ではないのか。そんな時期に死にたがる人間がなぜ出てくるのか。21歳で今後の人生は、もうすでに生きる価値がないだろうなと思わせる社会とは何なのか。

時々通訳や女性を連れて海外を大尽旅行する日本人を見かけるが、彼らは海外の空港でたむろしているルンペンのような日本の若者たちを見て、日本の恥だとは思わないのだろうか。人様の玄関で浮浪者生活されるくらいなら、俺が金を出してやるからちゃんと旅館に泊まれとか言えないのだろうか。

何時から日本人はこれほど同胞に冷たくなったのだろうか。

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