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あなたがAIデバイド「下層」に入る日  すぐそこまで来ている「新デジタル格差社会」日本人が取り戻すべき「人の力を引き出す
http://www.asyura2.com/18/hasan130/msg/585.html
投稿者 うまき 日時 2019 年 1 月 15 日 19:36:47: ufjzQf6660gRM gqSC3IKr
 

あなたがAIデバイド「下層」に入る日 
すぐそこまで来ている「新デジタル格差社会」
2019.1.15(火) 伊東 乾
2018年に地中海で死亡・不明の移民、前年比25%以上減少 UNHCR
スペインのタリファの港に到着した移民ら(2018年7月14日撮影、資料写真)。(c)JORGE GUERRERO / AFP〔AFPBB News〕

 2010年代に入ってAIが盛んに取り沙汰されるようになったのは、ネコの顔の自動認識などディープラーニングが高度な検索能力を発揮したことがきっかけでした。

 でも、どうしてそれが社会にインパクトを与えたのか、必ずしも多くの人が認識しているわけではないようです。

 先端的な科学や技術の成果はまだいくらでもある。でもどうして「ネコ」なのか。自動認識なのか?

 その答えの一つは、莫大な資金を投入してこれらを推進したのが誰かを考えると、よく分かります。

 ネコの認識はグーグルがスポンサーでした。つまり検索エンジン、データの爆発がその背景にあります。

 このメカニズムを適切に理解する階層と、理解できない人たちの間で、深刻な社会格差が生まれる可能性が、ヨーロッパでも日本でも議論されています。

 今回はこの新しい格差「AIデバイド」について、もう少し踏み込んで考えてみます。

データ駆動科学と機械学習
 画像などの自動認識がもてはやされるのは、自動認識しなくては追いつかない程度に私たち人類が(この人類全体という部分が重要なのですが)日々、莫大なデータを蓄え続けていることに原因があります。

 しばらく日本を離れているので、最近の例が分からないのですが、何か刑事事件が発生すると監視カメラの画像から犯人の足取りが分かったりしますよね?

 ちょうど都合よく、その犯人が写っている画像だけが残っているわけではありません。

 全国津々浦々の監視カメラ、あるいは自動車ナンバープレートの番号をチェックするNシステム、公共交通機関の昇降情報など夥しいデータが、今現在、この瞬間も採取され続け、蓄えられ続けている現実の変化を認識するのが第一歩になります。

 こんな情報を人手で追っていくこと、人力で解析するのは不可能です。第3次AIブームの陰にビッグデータ爆発あり、なのです。

 IoTとしてイノベーションが期待されるあらゆる分野が、近未来的に蓄積データの爆発と直面することも、物事を考える大前提となっています。そこで、具体的な「データ」例に即して、以下考えてみます。

 日本でも「移民」にまつわる問題が現実的に議論されるようになりましたので、欧州で英国がEUから離脱する程度には社会問題となっている中東移民の例で考えてみます。

スマホなくして中東移民なし
生死を分けるデジタルデバイド
 シリアなどの中東紛争地域から欧州を目指した移民は、例外なくスマートホンを持っていました。

 なぜそんなことが言えるかというと、脱出ルートの検索から闇ブローカーへの各種支払いまで、スマホの確保した高いモビリティを持った人たちだけが、EUへの国境を超えることができたからです。

 親しい友人であるミュンヘン工科大学のクリストフ・リュトゲ教授は、2015年前後までスマートホンの通信履歴から中東移民の大域的な動きを解析するという大きな仕事を手がけました。

 もちろん、幼児や高齢者など、本人がスマートホンでアクセスできないケースはあり得ますが、脱出グループの中に1人もこの種の通信ややり取りができる人がいなかったら、数千キロにも及ぶ道のりを移動して欧州まで避難してくることなど、できるわけがありません。

 この例を挙げたのは、21世紀、特に2020年代に必ず押し寄せると思われる「AIデバイド」の2重構造を、極めてクリアに見せているからです。

2重構造とは何か?
 シリアなどの紛争地域にあって、空爆や襲撃の恐怖におののきながら避難したいと思う人は莫大な数に上ります。

 でも、その中で実際に欧州などに脱出できた人は限られた人数しかいません。

 難民化の原因は様々で、およそ簡単には論じられませんが、少なくとも脱出するには、一定の情報ネットワークにアクセスできる(人が、親族など身近に最低1人以上いる)ことが必要条件であるのは間違いありません。

 つまり、以前から言われている意味での「デジタルデバイド」の下層に入ってしまうと、戦地から逃げ出すことがそもそも困難であるという、極めて重く深刻な現実があります。

 どちらの方面には地雷が敷設されている、どちらの方面にはISILの検問が設置されている・・・といった、時々刻々の情報戦を戦い抜き、生き抜いて国境までたどり着いたのに、その先でゴムボートが転覆して失われた小さな命の報道もありました。

 情報にアクセスできるかできないかは、文字通り生死を分ける問題で、これは紛争後地域の限界貧困層の直面する状況として、やはり非常に深刻な問題になっています。

 欧州でこれが日本よりはるかに論じられるのは、陸続きで実際に各種の影響が感じられやすいからです。日本も今後、間違いなくその方向に進むことになります。

 戦地から平和な先進国に脱出して延命できた人は、デジタルのデバイドをクリアしたと考えることができるでしょう。

 でもかれらの大半は、命綱として活用してきたスマホを通じて、逆に言えばその挙動を把握、監視される側にも位置しています。

 データの一点として情報を取られ、かつ、自らはそうした情報すなわちビッグデータを活用することができないことになります。

 つまり、情報ネットワークの中に位置しながら、自らは情報を抜かれるだけで、それらを集めたビッグデータを解析したり、その利便を生かすことができない、新しい階層が生まれていることになる。

 これがAIデバイドの現実です。

知らぬ間に押し寄せるAIデバイド
 例えば、「ポイントカードが貯まって割引を受けた!」などと喜ぶ方がいますが、タダより高いものはありません。

 その程度のポイント還元であれば十分お釣りがくる程度には、知らぬまに情報を抜かれている。気づかぬうちに合意のクリックを押してしまっている可能性が日常的にあります。

 ここらあたりが、AIデバイドの分かりやすい入り口かもしれません。

 1995年のインターネット民生公開以降、2000年までの、もっぱらインフラ景気による「IT革命」、並行して進んだゲノム解析のデータベース技術を活用した検索エンジンやSNSによる2000年代並行デジタル社会の構成が進みました。

 途上国ではこの間、携帯電話が普及して2010年12月のチュニジア暴動に始まる「アラブの春」が訪れます。

 当初「ジャスミン革命」など前向きの動きとは真反対にISILの展開、地域紛争の泥沼化などが進みます。

 この間、ガラ携を持ち続けた人と、スマートホンに乗り換えた人との間で、欧州に脱出できた人とできなかった人とのデバイドが発生しました。

 ほとんど「民族の大移動」と言っても大げさではない数百万、数千万規模での人口の移動があり、その最終到着点となっていたドイツと英国の大都市では、地域住民のアレルギーないしは排除要請の動きを誘発しました。

 ついには2016年のブレグジット国民投票という破滅的な状況を引き起こし、2019年が明けてからの英国〜欧州は連日「合意なし離脱」リスクを巡る大揺れが報道されています。

 ブレグジットの事態を招いた「デバイド」を繰り返すべきではない、というのがドイツ保守層の基本的な姿勢と言っていいと思います。

 急速に台頭するポピュリストのプロパガンダは、むしろデバイドを助長しかねない内容が多く、大学人など良識層は一様に苦慮している様子がうかがえます。

 日本やドイツなど先進国では、「限界貧困」の状況は紛争後地域などとは比較にならないほど恵まれています。しかし、セイフティネットなどの拡充もしばしば指摘されるところです。

 先進国でより重要なのは「相対貧困」といかに向き合っていくかで、これに対して様々な施策が検討されています。

 この相対貧困、日本社会で流通する用語を用いるなら「格差」の発生や深刻化をいかにして回避するかがポイントと考えられていますが、必ずしも明るい見通しばかりではありません。

「パレートの法則」による暗い予言
 未来の見通し難い状況の中で、古典的にしばしば使われるのが「パレートの法則」です。

 これは簡単に言えば、あるグループのトップ2割が仕事して全体が回るという経験則で、残りの8割の中でもまたトップ2割がサブグループを回し・・・といったべき乗則を前提に、様々な分布を考えていこうというものです。

 AI普及が進行する中で、それを駆使する「ハードAIユーザ」は、たかだか2割程度にとどまるだろう、残り8割はそれにおぶさる状況になると考えておくのが無難、という見通しが立ちます。

 すると今度は、その8割の中の2割が「ソフトAIユーザ」として、そこそこ回すことになるだろう・・・という見通しが次に立ちます。16%程度ということになるでしょう。

 そうするとさらに、その20+16=36%を除いた64%の2割つまり12.8%程度が「AI境界層」を形成する可能性があります。

 ここまで足すと36+12.8=48.8%となります。全体の約半分、メディアンがここまでで成立し、残り50%は「AI社会の下層」を形成することになる・・・。

 ここまでの議論は、現象論的な経験則だけで導かれたもので、揺らぎようがありません。問題は、その「下層」をどの程度上澄みまで引き上げられるかという、ある意味セイフティネット的な観点からのケアになります。

 G20大阪サミットを念頭に、日本が世界に打ちだそうとしている「人間中心のAI7原則」は、現時点では最も進んだ、優れたグローバル原則になっていると思います。

 欧州では英オックスフォード大学などが主唱して動きが出始めたところですが、日本のように産官学の協力体制が整っているわけではなく、米国現政権はこうした動きと正反対を向いています。

 AI7原則の第五、第六条を引用してみます。

(5)公正競争確保の原則 :新たなビジネス、サービスを創出し、持続的な経済成長の維持と社会課題の解決策が提示されるよう、公正な競争環境が維持されなければならない。

(6)公平性、説明責任及び透明性の原則:AIの利用によって、人々が、その人の持つ背景によって不当な差別を受けたり、人間の尊厳に照らして不当な扱いを受けたりすることがないように、公平性及び透明性のある意思決定とその結果に対する説明責任(アカウンタビリティ)が適切に確保されると共に、技術に対する信頼性(Trust)が担保される必要がある。

 今まで上に具体例を示してきたことが、端的に原則としてまとめられているのが分かると思います。

 トップ20% 第2層16% 境界層12.8%・・・。

 あなたが「AIデバイド下層」に潜り込む可能性は、ランダムを前提にすれば50%以上の確からしさで訪れることになります。

 どうすればいいのか?

 その答えは「AI7原則第七条」とともに、次回に考えたいと思います。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55200


 

日本人が取り戻すべき「人の力を引き出す“力”」
必要なのは「能吏」ではなく「皆が活躍できるシステム」だ
2019.1.15篠原 信

優秀なひとりだけが活躍することが最適とは限らない。
(篠原 信:農業研究者)

 40万人以上が受験する全国模試で10本の指に入るような成績を誇った旧帝大生が、ある避難所でボランティアを始めた。毎日大量に届く救援物資を仕分けし、種類と数量を完全に把握し、被災者に配る量を即座に計算し、不足が予想される物資を他のボランティアに告げ、補給を指示した。その正確無比な活躍を見て、いつしか「歩くコンピューター」とあだ名されるようになった。しかし激務がたたって、10日ほどでぶっ倒れてしまった。

 次に物資担当を引き受けたのは、同じ年齢だけれども、若くして建設業を継いだという、高卒の若者。「とても前任者のマネはできません。僕なりのやり方に変えさせてもらっていいですか?」。もちろん、「歩くコンピューター」のマネができる人間なんかいないので、誰も異を唱えなかった。

 その若者は物資を種類ごとの「島」に分けた。インスタントラーメンの島、ミネラルウォーターの島、使い捨てカイロの島。その島が低ければ「あ、調達しなきゃ」というのが一目瞭然。物資の仕分けも簡単で、それぞれの「島」に積めばよいだけ。物資の種類も量も、ザックリとだが誰の目にも分かりやすくなった。

「歩くコンピューター」が健康を回復し、再び救援物資の管理をしようとしたら、その必要もなくなっていた。皆が誰の指示も仰ぐことなく、自主的に仕分けし、不足する物資を調達してくるようになっていたからだ。

ひとりが輝くか、全体を活性化させるか
 思えば、このときの経験が「『指示待ち人間』はなぜ生まれてしまうのか?」を考えるきっかけだったのかもしれない。

「歩くコンピューター」は、間違いなく優秀だった。膨大な救援物資の種類と数量を完全に把握するなんていう並外れた能力は、他の人にマネのできるものではなかった。特に震災初期には常駐ボランティアが3名しかおらず、一人ひとりが大量の仕事を抱え込まざるを得なかったので、彼の活躍は大変ありがたかった。被災者の誰もが、問答無用に信頼するボランティアのひとりだったのも頷ける。

NEXT 日本人化する中国人と、中国人化する日本人

 ただ、彼ひとりが辣腕を振るう中で、周囲が皆「指示待ち人間」になったのも確かだった。仕分け作業するにも、彼に種類と数量を報告しなければならなかった。物資の所在も、彼しか知らなかった。すべての情報は彼が把握し、彼からの指示を仰ぐしかなかった。だから、みんな「指示待ち人間」にならざるを得なかった。

 後任の若者は、やり方をガラリと変えた。少し場所をとるが、救援物資を種類ごとに「島」に分けたことで、誰でも一目で物資の種類と量を把握することができた。

 だから物資調達役のボランティアは、低い島の物資を調達してくればよかった。物資を仕分けする担当者も、「島」を眺めて、似ている物資の島に置けばよいだけ。自立的、自主的にボランティアたちが活動できるようになった。指示を待つ必要もなく、皆、自分の頭で考えて動くようになったのだ

 この経験は、私にとって衝撃だった。

 学力という意味では「歩くコンピューター」の方がはるかに上だったろう。記憶力、論理能力、計算能力、そうした「お勉強」の力は、誰よりも卓抜していた。しかし、特別な能力がなくても皆が自立的に判断することができ、自主的に活動し、集団がトータルとして活性化したのは、建設業の若者の提案したシステムの方だった。

 個人の能力が優れているよりも、システムとして優れていることの方が大事なのかも。ひとりの能力が輝く一方で他の人たちが指示待ちになってしまう仕組みより、誰もが自主的自立的に能力を発揮する仕組みの方が優れているのかも。そう痛感させられた経験だった。

日本人化する中国人と、中国人化する日本人
 2001年、私は中国に渡った。中国が現在のように発達し巨大な経済力を示すようになるとは、大半の日本人はまだ信じていなかった。中国の人も、当時、日本人に敬意を抱いていた。その旅先で、興味深いことを聞いた。

「中国人は会社に勤めると、自分の功績を大きく見せるため、『自分がいないと仕事が回らなくなる』ようにしてしまう。そのせいで、その人がいなくなると、どうしたらよいのかさっぱり分からず、大混乱する。その点、日本人は、自分が異動しても問題なく仕事が回るように引き継ぐ。自分にしかできない仕事にするのではなく、誰が取り組んでもそれなりの結果が出る仕組みに変えていく。これを中国人も見習うべきだ」

NEXT 日本人が捨ててしまった「力」

 私はへええ、と驚いた。そして、記憶に刻み込まれた。というのも、それからしばらくして小泉政権がスタートし、「トップダウン」という言葉が流行すると、優秀な人間が「既得権益」を守ろうとする暗愚な凡人たちを怒鳴り散らし、「俺がいなけりゃ回らない」というリーダーシップ(?)を振るう人が日本に増えていったからだ。もしかしたら、今世紀に入って以降は、中国人が日本人化(自分でなくてもシステムが回るようにする)し、日本人が中国人化(自分がいないとシステムが回らないようにする)していった歴史だったのかもしれない。

 その証拠に、「『指示待ち人間』はなぜ生まれるのか?」という文章をTogetterにアップする直前、指示待ち人間の多さを嘆く上司やリーダーが世にあふれていたからだ。「指示されるまでボーっと突っ立ってるんだよ? 信じられる?」「ちょっとは自分の頭で考えて動いてほしいよ」「なんでこんなことくらい、分からないのかねえ」「所詮、自分の頭で考えられる人間なんて、ほんの一握りなんだよ」と、部下が指示待ち人間ばかりなのを嘆くリーダーや上司たちの飲み会が花盛りだった。

日本人が捨ててしまった「力」
 阪神大震災が起きて、もうじき24年が経つ。週末ボランティアでしかしなかった私だが、それでも私は激しく衝撃を受け、間違いなく人生の転機になった。いろんなことを学ばせてもらった。

 リーダーとは? 「優秀」とは何か? 人は本当に利己的なのか? 誰かを喜ばせたいって、本能的なものじゃないか? 誰か笑顔になるなら、寝食を忘れて働いてしまうことがあるんじゃないか?

 当時の私は、バブル経済の価値観に犯され、所詮人間なんて利己的で、貪欲で、金以外の理由で働こうとはせず、できるだけサボろうとし、手を抜こうとする、怠け者で働きたくない生き物なのだ、と考えていた。誰かを出し抜こうとズルいことを考え、自分の利益だけを考える生き物なのだ、という思いに毒されかけていた。それがガラリと変わったのが、阪神大震災だった。

 あるボランティアがこんなことを言った。「俺、今この瞬間に死ねたら無茶苦茶カッコイイ」。真意はこうだ。被災地にたどり着くまでの車内で、「俺なんかが被災地に行っても役に立ちやしない、邪魔になるだけ、俺は善人アピールをしたくて行くだけなんじゃないか、なんて俺は薄汚い人間なんだ」と、自問自答しながら来たのだという。

 到着して惨状を目にした途端。すべてが吹き飛び、「何か自分にできることはないか?!」と必死に駆けずり回り、1週間ほどたってようやく、我を忘れて誰かのために必死になって活動していた自分に気がついたのだという。誰かによく思われたい、よく見られたいという感情も吹き飛んで、誰かのために必死になっていた自分を発見して、自分のことをようやく許し、認めることができたのだという。

NEXT 「人の力」を生かす「力」

「自分を許せる今このときに、俺は死にたい。日常に戻ったら、俺はまた薄汚い人間に戻ってしまう。恐ろしい。だから、今死ぬのが一番カッコイイと思ったんだ」。私も同感だった。

 自分が他の人より優秀であることって、そんなに大事なことだろうか。人と比較して勝ったからといって、それがどうしたというのだろうか。自分のしたことで誰かが助かり、誰かが喜ぶ。そう思える働き方って、幸せじゃなかろうか。

 皆を自主的・自立的に動けるようにし、それぞれが自分の頭で考えて適切に活動できるようにした、建設業の若者は、学校の成績上では「歩くコンピューター」に及ばないかもしれないが、皆が活躍できるシステムを提案したという意味では、ずっと知恵がある。

 私は感心して、その若者に賞賛の言葉を向けたら「いや、仕事でやっていることをそのままやっただけです。僕にはとても、あの人のマネはできませんから」と腰が低かった。私はさらに考え込んだ。

 ちなみに、実はその若者もタダモノではなかった。いくつかの暴走族の頭をさらに束ねるドンで、皆がバイクをうならせる中、自分はチャリンコ(自転車)で集団を先導するというツワモノ。彼がボランティアに連れてきた若者2人は、真っ黄色のトウモロコシ頭だった。高速モチつきを披露して、なかなかの活躍だった。

 人の力を引き出す。それこそが「力」なのかもしれない。それこそが「知恵」なのかもしれない。それはあいにく、学校で全くといってよいほど教えてもらっていないものなのかもしれない。そしてそれは、中国人の人たちがかつてうらやんだ能力であり、日本人が自らかなぐり捨ててしまった「力」なのかもしれない。

 世界に冠たるエコカーを作り、ウォークマンを開発し、デジカメやパソコンなど世界最先端を走っていたとき、中国の人たちがうらやんだ力を日本人は確かに持っていた。そしてその力をバカにし、「優秀」な人間による「リーダーシップ」とやらを尊び始めた頃から、日本は新しいものを作る力を失い、迷走を続けている。私は、時期のこの一致が、決して偶然ではないように思う。

 日本人はもう一度、この力を取り戻した方がよいのではないだろうか。「人の力」を生かす「力」を。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55142?page=4  

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