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プーチン大統領は「日ロの領土交渉に疲れた」 日露首脳会談、プーチン氏は日本に対し前向き 
http://www.asyura2.com/18/kokusai24/msg/150.html
投稿者 うまき 日時 2018 年 9 月 28 日 07:00:34: ufjzQf6660gRM gqSC3IKr
 


プーチン大統領は「日ロの領土交渉に疲れた」


解析ロシア


2018年9月28日(金)
池田 元博

日本に提案された平和条約の意味、ルキヤノフ氏に聞く


 一切の前提条件なしに、年末までに平和条約を締結しよう――。ロシアのプーチン大統領が今月中旬、ウラジオストクでの東方経済フォーラムの全体会合で意表を突く提案を日本に投げかけた。その意図はなにか。ロシアの著名な国際政治学者フョードル・ルキヤノフ氏にモスクワで話を聞いた。

東方経済フォーラムでパネルディスカッションに出席する安倍晋三首相(左)、ロシアのプーチン大統領(中央)、中国の習近平国家主席(右)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
プーチン大統領はフォーラムの場でなぜ、あんな発言をしたのか。

フョードル・ルキヤノフ氏(国際政治学者):発言の場所は、ロシアにとって最も重要な東アジアのフォーラムだからだ。では大統領は何を言いたかったのか。(北方)領土問題をめぐる慎重でのらりくらりとした交渉に皆が疲れた、少なくともロシアが疲れた。このような交渉を続けても成果は見込めず、これ以上続ける意味がないと考えたようだ。

 ここ数年間は日ロ間で領土問題が真剣に取り上げられ、関係進展の雰囲気が芽生えていた。プーチン大統領と安倍晋三首相の関係が良いというのは1つの要因だが、決定的なものではない。より客観的に見て主な要因は3つあった。

 第1にプーチン大統領の個人的な要因だ。彼は日本に関心を持ち、2002年ごろは明らかに領土問題を解決したいと考えていた。しかも、前任者と違って解決する能力も持っていた。領土の譲歩はどの国でも最も不人気な政策で、かなり強硬で愛国主義的なイメージを持つ指導者でなければ解決できない。

 
 例えば過去の米中関係を振り返ると、中華人民共和国を認めて対中政策を180度転換させることができたのは、極右で強硬な反共産主義者のイメージを持ったニクソン大統領だったからだ。プーチン氏の政策はクリミア半島の編入もそうだが、国家の利益をしっかりと守り、誰にも譲らない指導者の印象が強い。

 
 第2の理由は中国の台頭だ。もちろん日中と中ロの関係は非常に異なっており、ロシアは中国を脅威だと感じていない。ただし、中国の台頭にはロシアも一定の警戒を抱かざるを得ない。そこでロシアはアジアで強まる中国の影響力を考慮に入れ、(日本という)中国のカウンターバランスを探そうとした。

 
 第3の理由は日本の経済協力。ロシアの東方シフトは非常にゆっくりで、ぎこちなく非効率的だが、それを確実に進めるにはロシアのアジア地域の発展を成し遂げる必要があった。日本は欠かせないパートナーで、経済協力の主要な相手とみなされた。

日本への期待が裏切られつつある
では現在、日本とロシアの間で何が起きているか。


フョードル・ルキヤノフ氏
ロシア有数の国際政治学者で、外交専門誌「世界政治の中のロシア」編集長。プーチン大統領の外交ブレーンとしても知られる。モスクワ大学卒。1967年2月生まれ、51歳。
ルキヤノフ氏:日本との経済協力からみてみると、ロシアでは日本への期待が裏切られつつある。そんな印象が強い。日本は実は大規模な経済協力には関心がない、または関心があっても領土問題の解決に結びつけようとしていると解釈している。実際に投資総額をみてもそれほど伸びておらず、期待が裏切られたことは明白だ。

 次に中国のカウンターバランス。米国にトランプ大統領が登場したことで、世界情勢は直近2年間で一変した。中国は自らの地位と役割、対米関係の軸足を見直しつつある。中国は最近まで、グローバル化に伴う相互依存が大国間の政治問題解決につながると本気で信じていた。今になって突然、そうでないことがわかった。トランプの対中政策は非常に強固で、なんら妥協を許さない。

 
 こうした状況で、ロシアもカウンターバランス論の意義が薄れた。中ロはともに米国の厳しい圧力を受けており、米国に対して中ロの連帯を示す意義の方がより重要になっている。安倍晋三首相はトランプ氏と良い関係を築いた数少ない世界の指導者だ。単純化すれば、中ロと日米という新たな対立の構図が浮かび上がりつつある。米国が強い対ロ制裁圧力をかける中、米国の同盟国である日本が大規模な対ロ投資をすることも考えられない。

 
 最後にプーチン氏の日本への関心だが、これも変化がある。プーチン氏は相変わらず人気が高く、強い指導者のイメージも維持しているが、大統領の任期は最終段階にきている。後任者への権力移譲をどう円滑に、利害を伴わない形で進めていくかという非常に困難な課題に直面している。スムーズに進めるには何より社会の結束が必要で、社会の分裂はどうあっても避けねばならない。領土問題が逆に社会の分裂を助長するのは、ロシアに限らず世界の常だ。

 プーチン氏は妥協も取引もできる指導者だが、具体的な対話、具体的な成果を望む。話は全く違うが、シリア問題では突然、トルコのエルドアン大統領との間で北西部イドリブ県への軍事攻撃をしないことで妥協して柔軟性を示した。エルドアン氏との関係は複雑で信頼関係も薄いが、それでも具体的な課題や目標があれば、プーチン氏は困難で複雑な決定を下す。

 ところが日本との(領土)交渉は異なる。終わりのないプロセスが続き、誰もが率直に何をしたいか、核心の話をせずに互いに強い制約の下で交渉する。結果として、そういう状況に皆が疲れてしまった。プーチン氏も残された時間が少なくなり、もう時間を無駄にしたくないのだろう。

領土問題解決のベストな時期はもう過ぎた
 
プーチン発言の趣旨は結局、このままダラダラ交渉を進めても領土問題は永久に解決しないと伝えることだったのか。

ルキヤノフ氏:そうだろう。

北方領土交渉を前進させる余地はないのか。

 
ルキヤノフ氏:解決の道は閉ざされたわけではない。プーチン氏は本当に日本との領土問題を解決したかったと思う。ただし、ベストな時期はもう過ぎた。3〜4年前はプーチン氏が権力の頂点にあり、中国の影響力もさほど大きくなく理想的な時期だった。今もチャンスは残っているが、非常に困難になってきた。国内の抵抗を押し切るには相当な努力が互いに必要で、具体的な行動も不可欠だ。

 
 世界の趨勢をみてみると、妥協を容認しない時代が到来してきている。とても想像しにくいが、プーチン氏の後任者が誰であれ、この問題に立ち戻るのは難しい。それには多大の時間と、強硬な国家主義者として力を持つための政治家としての潜在力が必要になる。

 
 日本も安倍首相の後継者が誰であっても、彼ですらできない問題を自分で解決しようとする政治家が出るには相当な時間がかかる。一般論として理論上は、世界で大きなグローバルな衝突があると、複雑な問題の解決が一気に進むことがある。どの国でも優先順位が急に変わるからだ。ただ、大規模な紛争や衝突は想像しにくい。もし仮に米中の緊張が極度に高まって軍事衝突する事態になったとしても、ロシアと日本はそれぞれ対立する陣営に入るだろう。

米国はグローバルリーダーという野心を放棄した
 
会合には安倍首相だけでなく、中国の習近平国家主席も出席していた。日ロの接近を誇示して中国をけん制したとの見方もあるが。

ルキヤノフ氏:そうではない。中ロの首脳は親密な関係で、プーチン氏が中国にけん制のメッセージを送るとは考えにくい。何か必要なら直接話すはずだ。プーチン氏の発言は領土問題が妨げになって日ロの平和条約を締結できないという趣旨なので、習主席も文字通り受け止めただろう。

日本は今後、どのような対応を取るべきか。

ルキヤノフ氏:様々な選択肢がある。第1は何もせず、国際情勢が大きく変化するのを待つことだ。第2は真剣な取引を始めること。大きな政治的成果を手にするには、相応の犠牲とかなりの譲歩が欠かせない。これは単なる投資ではなく、両国関係そのものの次元を高める用意があるかどうかにかかってくる。

 第3の選択肢は日本に限らず、欧州連合(EU)にも言えることだが、世界の政治、外交に対する認識を一変させ、(米国に従属しない)独立した立場を打ち出すことだ。トランプ政権が今のように中ロ接近を不可避にする政策を続けるなら、地域の政治的な構図が大きく変わり、中国の周辺国にとっては大きな挑戦となる。仮に紛争が起きた時にどちらが勝者になり、どちらが敗者になるかわからないからだ。

 もちろん、総合力で米国が優っているのは明白だ。そういう状況はまだ長く続くだろう。だが、米国が直面しているのは内的で先鋭化した世界観の危機だ。トランプ氏はその原因ではなく、結果だ。米国がもはや20世紀後半の状況に戻ることはないし、必要だとする者もいない。米国と同盟関係を組んでいる国にとっては非常に神経質にならざるを得ない。繰り返すがトランプ氏の登場で危機が起きているのではないので、さらに将来への不安は強まる。

 
 韓国、ベトナム、シンガポール、マレーシアのようにさほど大国でなければ(米中の)どちらかにつくしかないが、日本のような大国は複雑で、理論上は独立した立場を打ち出す可能性が生じる。つまりどちらにも付かず、独立した立場で紛争の影響を避ける外交政策を取ることもできるはずだ。

 
 総括すると、日ロの領土問題は20世紀に生まれた問題だ。20世紀は終わったのに、我々は20世紀型の論理、認識、手法によって領土問題を解決しようとする努力を傾け、交渉を続けてきた。しかし、20世紀は終わった。

 
 20世紀型の論理が終わったのはロシアがそう望んだからでも、中国の野心が高まったからでもない。米国がそう決めたからだ。米国がグローバルリーダーになると宣言したのは1917年、ウィルソンが第1次世界大戦への参戦を表明した時だ。それからちょうど100年たって、米国はグローバルリーダーという野心を放棄した。トランプ氏が大統領となり、就任式で米国第一と打ち上げたからだ。なぜなら米国第一は、米国でウィルソンに反対して我々には何もいらないと主張した孤立主義者のスローガンだったからだ。

 ただし米国が孤立主義を打ち出し、米国が弱体化する事を意味するわけではない。米国は引き続き世界最大の国力を持つプレーヤーの立場を保つ。とはいえ、米国にとって自ら志向する優先順位が全く変わってくる。そのため米国の同盟国である日本も、米国の敵対国であるロシアもいずれ変わらざるを得なくなる時がやってくるはずだ。


このコラムについて
解析ロシア
世界で今、もっとも影響力のある政治家は誰か。米フォーブス誌の評価もさることながら、真っ先に浮かぶのはやはりプーチン大統領だろう。2000年に大統領に就任して以降、「プーチンのロシア」は大きな存在感を内外に示している。だが、その権威主義的な体制ゆえに、ロシアの実態は逆に見えにくくなったとの指摘もある。日本経済新聞の編集委員がロシアにまつわる様々な出来事を大胆に深読みし、解析していく。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/040400028/092600062/


 


日露首脳会談、プーチン氏は日本に対し前向き


総裁選3選後も安倍首相の課題は山積み

田原総一朗の政財界「ここだけの話」
2018年9月28日(金)
田原 総一朗


安倍首相とロシアのプーチン大統領が9月10日に首脳会談(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 9月20日投開票の自民党総裁選で、石破茂氏は予想を大きく上回る健闘をしたと思う。僕は、石破氏は地方党員票150票を獲得できれば健闘と言えると考えていた。それが実際は全党員票の45%にあたる181票を得た。これは大健闘である。

 議員票も同じだ。石破氏の議員票は50票超と予想されていた。しかし、ふたを開けてみれば73票を獲得。こちらも予想を大きく上回った。

それでも今回の総裁選は投票前から結果が見えていた
 なぜ、石破氏は予想を上回る票を獲得したのか。やはり、これは自民党内部にも安倍晋三首相に対する不満や不信感が募っているからだと思う。表面化しているわけではないが、内側では不満が拡大しているのだろう。

 この結果を経て、自民党はどう変わるのか。今の自民党は、安倍首相のイエスマンで多数が占められ、森友・加計問題のような不祥事が起こっても内部から反論の声すら出て来ない。論争がなくなってしまったのである。

 さらに言えば、野党が弱いことも相まって、もはや周囲はほぼ全て安倍首相のイエスマンとなっている。本コラムでは何度も指摘しているが、こういった構図から安倍首相をはじめとする自民党議員たちの神経が緩み、数々の問題が起こってしまった。いわば、自民党の劣化である。

 石破氏が健闘したのは確かだが、今回の総裁選は投票前から結果が見えていた。

 安倍首相の勝利は確実だった。特に議員票は、安倍首相に極めて有利だったといえる。国会議員は、できるだけ早く党の役員や大臣のポストに就きたいから、安倍首相に気に入られたいと考える。だからこそ安倍首相のイエスマンになっているし、今回の総裁選でも安倍首相は議員票を多数獲得した。

 しかし、地方の党員はそれほど安倍首相の後ろ盾を必要としていない。石破氏はそこで地方で多くの支持を得ることができた。

三選となった安倍首相にとって最大の課題は経済
 これからの自民党にどのような変化があるだろうか。一つ言えるのは、石破氏の存在感が増したことだ。

 もし、来年7月に控える参議院選挙で、野党が一本化することがあれば、野党勝利の可能性はゼロではない。野党が勝利すれば、安倍首相は辞任せざるを得なくなる。その時は石破氏がトップに立つだろう。今も自民党に強い影響力を持つ青木幹雄氏は、それを狙っている。

 総裁選三選となった安倍首相にとって最大の課題は経済だろう。今、アベノミクスは相当行き詰まっている。借金財政に陥り、日銀も出口戦略がない。2020年の東京五輪後に不況が訪れる可能性もある。こういった数々の経済問題を打開できるのか、経済問題を最も危惧しているのは、安倍首相本人だろう。

 もう一つの課題はトランプ米大統領とどう付き合っていくか。トランプ大統領は「米国第一主義」を掲げ、オバマ氏とは異なる政策をとっているからだ。多くの問題は残されたままだ。一体どのように対応していくのか、注意深く見守っている。

プーチン大統領は、日露関係を前進させようとしている
 9月10日、安倍首相とロシアのプーチン大統領との首脳会談が行われた。プーチン大統領は領土問題などの前提条件を抜きにした日露平和条約を提案した。これはちゃぶ台をひっくり返すような大問題である。

 僕はすぐにあるロシア通に連絡をとって話を聞いたところ、「大丈夫だ、これは前向きに捉えた方がよい」という答えが返ってきた。悲観することはなく、むしろプーチン大統領は日露関係を前進させたいという意欲がある、と捉えるべきだというのだ。

 それでもこのままでは北方領土は返ってこない。というのは、この問題は日露だけの問題ではないからである。

 かつてロシア側が「北方領土2島が日本に返還された場合、米軍は2島に進駐するのか」と日本政府に尋ねたところ、日本側は「進駐する」と答えた。この前提が覆らない限り、プーチン大統領は絶対に北方領土を返さないだろう。

日米地位協定と北方領土問題
 つまり、安倍首相が「絶対に米軍が北方2島には進駐しない」ということをプーチン大統領に約束しなければ、北方領土問題の話は進まないのである。今後、安倍首相が米国と交渉し、日米地位協定を改正することができれば、北方領土が返還される可能性が出てくるかもしれない。

 僕は安倍首相に、「米国の要求通り、日本は安保関連法案を成立させたのだから、日米地位協定も変えるべきだ」と話したことがある。すると、「実は検討しています」と言う。「成果が全く見えていないじゃないか」と僕が言うと、安倍首相は「実は、米国が表に出さないで欲しいと言ってきている」と答えた。

 日本政府は、水面下で動いているようだが、まだ結論は出ていないようだ。安倍首相が日露関係をどう進めていくのか。ここにも引き続き注目していく。

『AIで私の仕事はなくなりますか?』(講談社+α新書) 田原 総一朗著

 84歳になったジャーナリスト・田原総一朗が、人工知能=AIに挑む。

 AIは社会をどう変えるのか/AIは日本人の雇用を奪い、「勝ち組」と「負け組」の格差を拡大させる悪魔の技術なのか/世界の企業はグーグルの下請けになるのか/日本の産業を「小作人」化の悪夢からどう救うか/銀行のビジネスモデルは崩壊寸前?/中国の「情報独占」の恐怖……などの疑問を、世界最先端の研究者たちに真正面から問う。

 グーグル=グレッグ・コラード、プリファード・ネットワークス=西川徹、トヨタ・リサーチ・インスティチュート=ジェームス・カフナー、東京大学=松尾豊、ドワンゴ人工知能研究所=山川宏、経済産業省=柳瀬唯夫ら世界を代表する面々が総登場する、驚異の一冊!


このコラムについて
田原総一朗の政財界「ここだけの話」
ジャーナリストの田原総一朗が、首相、政府高官、官僚、財界トップから取材した政財界の情報、裏話をお届けする。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/122000032/092600088/?ST=editor


   

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コメント
1. 2018年9月28日 18:52:29 : OO6Zlan35k : ScYwLWGZkzE[1585] 報告
安保激変
「平壌共同宣言」が非核化につながらないこれだけの理由 核・ミサイル能力に影響なし、さらなる向上の可能性も
2018/09/28
村野 将 (岡崎研究所研究員)

(写真:代表撮影/Pyeongyang Press Corps/Lee Jae-Won/アフロ)
 9月19日、韓国の文在寅大統領と、北朝鮮の金正恩委員長との間で3回目となる南北首脳会談が平壌で行われ、その成果をまとめた「平壌共同宣言」が発表された。共同宣言は、南北関係の改善に関する項目が多くを占めているが、非核化に関連する(と彼らが主張する)ものとして、2つの項目が言及されている。
 第一は、東倉里のミサイルエンジン試験場と発射台を、関係国の専門家の監視下で、恒久的に廃棄するとしたこと。
 第二は、米側が6月12日の米朝共同声明の精神に基づき、相応の措置をとれば、寧辺にある核施設の恒久的廃棄などの追加措置を講じる用意がある、というものである。
 以下では、これらが北朝鮮の核・ミサイル能力との関係でどのような意味を持つのか、最近明らかになった情報分析と合わせて技術的な評価をまとめておきたい。
 結論から言えば、これらのいずれか、あるいは両方の措置をとったところで、北朝鮮の核・ミサイル能力には影響がないどころか、更なる向上を続けることもでき、非核化には程遠い措置ということだ。
東倉里のミサイルエンジン試験場は
優先的に廃棄しても構わない?
 平壌共同宣言で言及された東倉里のミサイルエンジン試験場は、既に6月の米朝首脳会談の時点で金委員長が廃棄を打診しており、7月20日頃から一部の解体が始まったことが衛星画像で確認されていた。
 同エンジン試験場は、北朝鮮のミサイル開発に大きな役割を果たしてきた。ここで行われた数々の試験の中でも最も重要とされるのが、2017年3月18日に金委員長立ち会いの下で行われた、大出力液体燃料ロケットエンジンの噴射試験である。このとき試験されたのは、従来北朝鮮が保有していたものとは異なる、RD-250系列と言われるウクライナ由来のエンジン技術であった。この試験で実証された技術を元に開発されたのが、「火星12(IRBM)」、「火星14(ICBM)」、「火星15(ICBM)」である。
 2017年に相次いで発射実験が行われた火星シリーズは、上記試験で使用されたエンジン、またはその改良型を搭載することにより、北朝鮮が元々保有していたスカッド・ノドン系列のミサイルから射程が大幅に延伸されている。中でも火星15は、液体燃料ICBMとしての技術的な完成度が極めて高い。北朝鮮から北米大陸の南端までは約1万2000kmの距離があるが、火星15の推定射程は1万3000kmもあり、核弾頭と弾頭を保護するカバー(シュラウド)を合わせて1トン程度のペイロードを搭載しても、ワシントンを打撃するには十分な射程を有していると考えられる。
 つまり、北朝鮮は液体燃料エンジンの推力や燃料効率をこれ以上改善させる必要はなく、地上で追加的な実験を行う理由は見当たらない。
 このことを踏まえれば、東倉里のエンジン試験場は2017年3月に主要な液体燃料エンジンの実験を終え、その後火星シリーズの実用化に成功した時点で不要なものであり、北朝鮮としては、対米交渉を行う上で優先的に廃棄しても構わないものと事前に判断していた可能性が高いと言えるだろう。
注目すべきは「固体燃料ミサイル」の動向
 今後北朝鮮のミサイル技術発展で注目すべきなのは、液体燃料ミサイルではなく、固体燃料ミサイルに関する動向である。固体燃料ミサイルは、キャニスターに装填したまま長期間保存できることから、燃料注入などの事前動作を行う必要がなく、相手から発見されにくい=即応性・残存性を向上させることができる。北朝鮮は既にソ連製の潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)をベースとした「北極星1」、それをキャタピラ式移動発射台に搭載した「北極星2」という固体燃料ミサイルを開発・保有しているが、これらの射程は1500-2000km程度と見られ、米国には届かない(後述するように、日本に届くことには大いに問題がある)。
 しかし、固体燃料ミサイルに関連する施設は東倉里には存在しない。例えば、発射実験用と見られるキャニスターは東部の新浦と南西部の南浦にそれぞれ設置されている。また、固体ロケットモーターの地上噴射試験や燃料の製造を行う施設は東岸の咸興にあり、しかも同施設は今年5月から6月にかけて大幅な拡張工事が行われたことが衛星画像によって確認されている。
 液体燃料ミサイルと固体燃料ミサイルの施設が別の場所にあるのは、重要施設を分散させることはもとより、ミサイル本体の構造が異なるためと考えられる。液体燃料ミサイルは、燃料と酸化剤の容量を増やしたり、ステージを積み増しすることによる射程延伸が比較的容易であるのに対し、固体燃料ミサイルは一度燃焼を始めると推力を調整するのが難しいため、燃料の成型段階で中心部に設ける穴の形状を変えるなどして、点火後の燃焼速度などを細かく設計する必要があり、技術的難易度が高い。南浦の実験用キャニスターは、北極星2よりも直径がやや大きいように見えるが、多少直径が太くなった程度ではICBM級の大幅な射程延伸には繋がらないだろう。
 実際、冷戦期の米ソを例外とすれば、中国が北極星シリーズと似たサイズの固体燃料ミサイル「JL-1(射程約1700km)」からICBM級の「DF-31(射程約8000km)」の飛翔試験に漕ぎ着けるまでには18年、インドの場合でも「アグニ2(射程約2000km)」を「アグニ5(射程約5500km超)」まで発展させるのには13年の年月を費やしていることからすると、北朝鮮が固体燃料ICBMの開発に短期間で成功することは難しいと考えられる。
 となれば、咸興の固体燃料関連施設が拡張されたことによって懸念されるのは、当面の射程延伸よりも、北極星シリーズの生産量が増加することである。既に米国家航空宇宙情報センター(NASIC)は、今年前半までに北極星2に使用される移動発射台と支援機材が増産されたと分析していることと合わせると、日本を攻撃しうる北朝鮮のミサイル能力は現状維持どころか、より深刻化していると見るべきであろう。
東倉里の発射台ももはや必要のないもの
 東倉里には、上記のエンジン試験場とは別に、「人工衛星の打ち上げ」と称して、「銀河2号/3号=テポドン2およびその改良型」の発射に使われてきたタワー型の固定発射台が存在する。
 この発射台は2012年4月と12月、2016年2月に使用されたが、それらを人工衛星の打ち上げと捉えるか、事実上の弾道ミサイル発射実験と捉えるかは解釈による。銀河3号=テポドン2改は、メインエンジンにノドン用のエンジンを4基束ねたクラスタエンジンを用いた3段式の打ち上げロケットであるから、北朝鮮がこれらの発射を通じて射程延伸に繋がるクラスタ化技術と、打ち上げ後のステージ分離の検証を行ったことは間違いないだろう。
 だが、これらが弾道ミサイルの発展・改良に繋がる技術的蓄積になったのは事実としても、テポドンそのものは“使える”弾道ミサイルではなかった。固定発射台を必要とする全長30m近い液体燃料ミサイルは、燃料注入にも時間がかかることから、その発射兆候を捉えることも容易であり、実戦的な運用には適さない。だからこそ、現在北朝鮮が実戦配備しているミサイル戦力は、燃料形式を問わず、すべて移動発射台に搭載されている。
 つまり北朝鮮にとってタワー型の固定発射台は、液体燃料エンジンの試験施設と同様、もはや必要ないものなのである。また平壌共同宣言では、専門家の立ち会いによって施設の恒久的廃棄を保証するとしているが、そもそもエンジン試験場と発射台の外部構造を専門家に見せたところで、大して有益な追加情報は得られない(その多くは、既に衛星画像や公開情報などから既に確度の高い分析評価がなされている)。したがって、東倉里の廃棄も、5月24日に行われた豊渓里の核実験場の廃棄のように、核・ミサイル能力の低減という観点からは効果のないパフォーマンス的なものにとどまることが予想される。
発射モラトリアム宣言に
日本向けミサイルは含まれず
 これまで米側は非核化交渉の第一歩として、北朝鮮側に核関連施設や製造済みの核弾頭・核物質のデータなどのリストを事前申告するよう要請していると言われる。これは米側が保有している独自のインテリジェンスと照らし合わせて、北朝鮮の核能力を正確に測定し、後の能力削減プロセスの実効性を担保するためであるが、北朝鮮側はこれに応じず、代わりに廃棄したり公開したりする施設を自ら一方的に指定しているというのが現状である。
 なお、固定発射台を解体すれば、衛星打ち上げを装った発射実験ができなくなると考えるのは誤りである。というのも、ロシアや中国は、これまでに弾道ミサイルの派生型を用いて移動発射台から衛星打ち上げを行ったことがあり、北朝鮮が同様の方式で発射を再開することは技術的に可能だからである。「核実験や大陸間弾道ミサイルの試射を中止する」とした4月20日の朝鮮労働党中央委員会第7期第3回総会での決定、その後の金委員長の「核武器の兵器化完結が検証された状況で、いかなる核実験や中長距離、大陸間弾道ミサイルの試射も必要なくなった」という発言に、衛星打ち上げが含まれていないことにも留意が必要である。
 また4月20日の決定で発射モラトリアムを宣言しているのは、中長距離ミサイル(=火星12・14・15)、つまりグアム以東に到達する米国向けの弾道ミサイルだけである。更に言えば、平壌共同宣言とともに署名された南北軍事分野合意書には、「南と北は地上と海上、空中をはじめとする全ての空間で軍事的緊張と衝突の根源となる、相手方に対する一切の敵対行為を全面中止することにした」とあることを踏まえると、日本向けとされる射程1000〜2000km超の準中距離弾道ミサイル(MRBM)“だけ”が発射モラトリアムの対象に含まれていない。これは前述した北極星シリーズ向けの固体燃料や移動発射台の増産傾向と合わせて、憂慮すべき状況である。
ミサイルの運用能力に関連する「3つの注目点」
 後述する核関連施設もさることながら、北朝鮮の能力を評価する上で重要なのは、製造済みのミサイル本体と移動発射台の数量、およびその生産関連施設である。これらの申告・査察・廃棄を求めることは、エンジン試験場や固定発射台の廃棄などよりもはるかに優先度が高い。逆に北朝鮮側からすれば、これらの能力を曖昧にし、生産・配備拠点を各地に分散させることで、米側の把握を困難にする狙いがある。
 北朝鮮のICBMを含むミサイル運用能力に関しては、ここ数カ月でいくつかの注目すべき動きがあった。
 第一は、7月末の時点で平壌の南・山陰洞の研究施設において、少なくとも1〜2基のICBMの製造が継続されているというものだ。同施設は、過去に火星15が組み立てられた工場で、上記の評価は米情報当局者や複数の民間研究者によって裏付けがとられている。
 第二は、平壌郊外のある施設の脇に設置されていた特殊な仮設構造物が解体されたという情報である。これには少し説明が要る。同施設は「3月16日工場」と呼ばれるトラック工場で、情報分析関係者の間では、ICBMと専用の移動発射台を組み合わせた後の最終点検を行う施設と考えられてきた。火星15の発射が行われた翌日の2017年11月30日には、朝鮮中央通信によって金委員長が工場を視察したときの様子が公開されている。
 注目すべきは、工場建屋の大型搬入口を囲うように設置されていた特殊な構造物である。隣接する工場建屋を大きく上回る高さのあるこの構造物は、2017年11月中旬に建設され、今年1月上旬に一度解体されたものの、4月中旬から末にかけて再び設置が確認されていた。したがって、今回の解体は2度目ということになる。
 北朝鮮が建設と解体を繰り返す理由はよくわからないが、この構造物は北朝鮮が元々火星14を載せるために使用していた8軸・16輪の移動発射台を、より大型で重い火星15を支えられるよう車軸を付け足して9軸・18輪に改修した後、ミサイルを実際に搭載した状態で起立試験を行うための囲いであると考えられる。
 北朝鮮は火星15に用いているオフロード用の9軸移動発射台を「(既存車両の改造ではなく)完全国産した」と喧伝しているが、彼らが非常に重いミサイルを支える多軸大型車両と、それを起立させられる強力な油圧システムを国産できるとの情報は確認されていない。元となっている8軸のオフロード車両は、中国から輸入した木材運搬用の大型トラック(WS51200)で、輸入データから北朝鮮国内に存在するのは6両と見られている。今年2月の軍事パレードでは、火星15を搭載した9軸の移動発射台が4両確認されていたから、今回工場脇の構造物が解体されたのは、4月中旬から8月にかけて残り2両の改修を終え、当面起立試験を行う予定がなくなったためではないかと推察される。
 この見立てが正しければ、ICBMを搭載できるオフロード用の移動発射台は最大でも6両にとどまっているはずである。ただし、オフロード用の移動発射台とは別に、2月のパレードで火星14を牽引していた大型トレーラーに起立装置を取り付けることができれば、舗装道路上で運用可能な移動発射台となりうることには引き続き注意が必要だろう。
カルゴル基地で発見された
アーチ状のミサイル・シェルター
 第三に注目すべきは、上記の起立試験用構造物と同じ役割を果たすと見られるミサイル・シェルターが、実戦用のミサイル配備拠点で発見されたことである。そのシェルターは北朝鮮南西部・黄海北道のカルゴルと呼ばれる基地にある。この基地は1990年代に機械化歩兵大隊用の拠点として建設され、のちに短距離弾道ミサイル用の運用基地に改修されたと見られているが、2017年9月の衛星画像にはこれまで確認されていなかった高さ13〜14mほどのアーチ状の天井空間を持つ建屋が増築されているのが確認できる(写真内真ん中(赤いポイントの下)の建物、および3D再現モデル)。この空間を使えば、スカッドER程度の大きさのミサイルを内部で起立させることが可能だ。

(提供:IHS Markit /Nathan J Hunt/ Thegius Ltd/ Joseph S Bermudez Jr)
 北朝鮮が屋内で移動式弾道ミサイルの起立が行える施設を設けているのは、固体燃料ミサイルの開発と並行して、液体燃料ミサイルの即応性を向上させる運用方法を模索しているためと推察される。通常、液体燃料ミサイルは安全性の観点から、屋外でミサイルを起立させたのちに燃料の注入を行うため、その間の攻撃に脆弱である。そこで北朝鮮は、山岳部に水平に掘られたトンネル内や秘匿シェルターのような場所で移動発射台にミサイルを寝かせたまま燃料を注入し、屋外に出したあとにそれを起立させることで、発射までの時間を短縮するための点検を行っていると考えられる。これに関連する動きとして、2017年4月16日に行った火星12の2回目の発射実験で、ミサイルに燃料を注入したまま水平状態から起立させようとした際にミサイルが倒れて発射に失敗したとの情報もある。
 カルゴル基地で発見されたアーチ状のミサイル・シェルターは、これまで北朝鮮国内のミサイル配備拠点では確認されていない。しかし、北朝鮮が他の場所にも同じ役割を果たす大型の秘匿シェルターを建造しているとすれば、それらの発見と対処はより困難になるのは間違いない。
 なお、ロシアは冷戦期からこれに類似した移動式ミサイル・シェルターを開発・配備している。ロシアのシェルターはアーチ状の起立スペースが設けられていない代わりに、天井部分が左右に展開して、そのままミサイルを発射可能な構造となっている。カルゴル基地の構造物には天井の展開機構は見当たらず、またエンジンを発射台上で直接点火するホットローンチ方式の火星シリーズなどをそのまま発射すれば、噴射炎によってシェルターが損壊する可能性もある。しかし、北朝鮮は固体燃料を使用し、高圧ガスを使ってキャニスターから打ち出した後にエンジンを点火させるコールドローンチ技術を実用化した、北極星シリーズの開発に既に成功している。仮に、北極星2を展開式の秘匿シェルターに配備することができれば、その発射を事前に探知することは極めて困難である。
寧辺の核施設廃棄提案から見えるもの
 さて、北朝鮮は平壌共同宣言の中で「米国が相応の措置をとれば、寧辺にある核施設の恒久的廃棄などの追加措置を講じる用意がある」としている。宣言文が公開された直後から、「米国が相応の措置をとれば」という条件が問題視されているが、ここではそれを深掘りすることはせず、寧辺の核施設が持つ意味についてだけ評価しておきたい。
 寧辺は、北朝鮮の核施設の代名詞とされてきたが、そこに存在するのは単一の施設ではなく、核活動に関連する様々な施設の複合体である。代表的なものとしては、5メガワット級の黒鉛減速炉、実験用軽水炉、核燃料製造=ウラン濃縮施設、プルトニウム抽出用の使用済み核燃料再処理施設などが挙げられる。
 このうち、寧辺で特徴的なのは核兵器の原料となるプルトニウムの製造能力である。少なくとも公開情報の上では、北朝鮮のプルトニウム製造施設は寧辺でしか確認されていない。ロスアラモス国立研究所の元所長で、寧辺の核施設に案内されたこともあるスタンフォード大学のジークフリード・ヘッカー教授を中心とするチームによれば、寧辺では2003年以降、国際原子力機関(IAEA)の査察官が常駐していた2008〜9年を除き、断続的なプルトニウム抽出が行われてきたと分析しており、年間6kg、核弾頭にして4〜8発分に相当する計20〜40kgのプルトニウムを保有していると見られている。したがって、北朝鮮が言うとおりに寧辺の核施設をすべて廃棄すれば、プルトニウムの増産については歯止めをかけることができるだろう。
 しかし、ここで制限できるのはプルトニウム生産のみということに留意する必要がある。
 というのも、北朝鮮は寧辺以外の最低2箇所に、公表していない秘密のウラン濃縮施設を保有していると考えられているからである。そのうち1つは、今年7月に平壌郊外の千里馬地区に存在することが公開情報によって確認されている。同施設は、10〜15年以上前から稼働をはじめ、長らく米情報機関が断続的に監視を続けてきたとされている。ヘッカー教授らは、北朝鮮は年間150kg、既に核弾頭にして10〜25発分に相当する200〜450kgの高濃縮ウランを保有していると見積もっている。
 このことから仮に寧辺の核施設が廃棄されたとしても、北朝鮮の核兵器製造能力に与える影響は限定的である。そればかりか、再処理済みのプルトニウムや濃縮ウランのストックパイル、そして複数の秘密施設で濃縮を続けられるウランを用いて、核弾頭の製造を継続することは可能なのである(※ポンペオ国務長官は9月19日に発表した声明において、「米国とIAEAの査察官の立ち会いの下、寧辺にあるすべての核施設の恒久的廃棄を含む、朝鮮半島の完全な非核化というシンガポールでの共同声明を、文大統領と金委員長が再確認したことを歓迎する」としているものの、平壌共同宣言では、IAEAの査察官の立ち会いや「寧辺の核施設」に何が含まれるのかといった定義については言及されていない)。
 以上に見たように、北朝鮮が平壌共同宣言の内容を文言通り履行したとしても、既に保有している核・ミサイル能力には一切影響がなく、今後それらの能力を増強しうる余地を残していることは、北朝鮮問題に関わるすべての利害関係者の共通認識として押さえておくべきだろう。

http://wedge.ismedia.jp/articles/print/14076

 

日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔
李登輝が「日本の若者」と話したがる2つの理由
2018/09/28
早川友久 (李登輝 元台湾総統 秘書)
台湾の元総統・李登輝さんが、今でも日本の若者と積極的に交流しているワケとは――? 唯一の日本人秘書である早川友久さんが、李登輝さんの言葉の真意を読み解きながら、その素顔を明かしていきます。(⇒この連載のバックナンバーを見る)

日本から訪れた若者と交流する李登輝元総統(筆者提供)
 李登輝のもとを訪れたいと希望する日本人は多い。95歳となり、体力的に無理がきかなくなってきた最近こそ、受ける来客数はセーブしているが、相変わらず日本からの来客は多く、毎週のようにアレンジされているときもある。
 そばにいる私から見ると、はっきり言って李登輝は年寄りらしくない。アメリカ留学の経験もあるから、ハンバーガーも食べるし、暑い日などは来客が終わると「コーラが飲みたい」などと言ったりもする。常にNHKニュースを見ているし、日本から送られてくる月刊誌にも目を通すから、最近日本で流行っているものも良く知っている。何か思い出せないことがあると「ちょっとそのモバイル(スマートフォンのこと)で調べてくれんか」と言ったり、来客に「私のフェイスブックがあるよ。今度見てごらん」などと言って驚かせたりする。
 とはいえ、李登輝はもともと農業経済学という、数字を扱う学者だったわけで、米国留学時代には統計学の一環でコンピューターにも触れているから、年配者だからコンピューターには疎いだろうと、思い込むのは早合点だ。時にはタブレットを手にして「(指を)こうやって下げていけばいいんだな」などと自分で写真を見たりしているのを見ると、新しい技術やモノに対する「忌避感」よりも「好奇心」や「関心」のほうが強いことがよく分かる。そうした強い「好奇心」と、日台関係の利益になることが何か出来ないかという思いが、日台のIoT同盟を呼びかけたり、台湾和牛の研究推進の原動力になっている。
李登輝が「日本の若者」と話したがる2つの理由
 そうしたこともあって、李登輝は特に若い人と話すのが大好きだ。大学生のグループがやって来たりすると時間を忘れて話し続けることも頻繁だ。そこには2つの理由がある。ひとつは、これから日本という国を背負っていくのは若い人たちだという思いがあることだ。
「日本は台湾の生命線」と考える李登輝にとっては、未来の日本がどの方向に進むかは、台湾の将来に直結する。これから日本を引っ張っていく若い世代に伝えたいこと、話しておきたいことが山ほどある、というわけだ。そもそも、李登輝は「アジアで完全な民主主義が実現しているのは日本と台湾くらい。この両国が手を携えてアジアを牽引していくべき」と従来から主張している。
 もうひとつは、今の若者が何を考えているかを直接聞きたい、というものだ。前述したように、年配者らしくない、柔軟な頭を持つ李登輝であるから、若者の考えや意見を軽視するようなことはしない。むしろ、彼らがどんなことを考えているのか、どんな意見を持っているかを聞くことによって、自分の考え方や意見が、現在の政治とどう乖離しているのかを見極めようとしているのだ。
 実際、日本から来る若者の表敬訪問を控えると、李登輝は「今の日本の若者が悩んでいることはなんだ。不満に思っていることはなんだ」と聞きながら「何を話すべきかなぁ」と何日にもわたって頭を悩ませている。いかにして日本の若者に自信を与えるか、日本にとって台湾がいかに重要な存在か、なぜ日本こそがアジアのリーダーになるべきか、をどうやって分かりやすく理解させるか、毎度考え込んでいるのだ。こうした若者に対する温かい気持ちは、もちろん台湾の若者に対しても同様である。

台湾の若者と交流する李登輝元総統(筆者提供)
 2014年3月、日本でも一躍有名になった「ひまわり学生運動」が勃発した。これは、当時の国民党政権が中国と、相互にサービス業進出を自由化させる協定を締結しようとしたことに端を発する。台湾はサービス業の比率が大きく、協定が発効すれば、さらなる台湾経済の空洞化を招くと危惧した学生たちが、立法院(国会)を3週間以上にわたって占拠した事件だ。
 李登輝は、この学生たちの運動を夫人とともに「応援する」と公言していたし、運動終了後も、学生の代表を自宅に招いて歓談したり、食事会を開いたりしている。若者たちが国のためを思い、自ら行動を起こしたことを心から喜んでいるのが、そばにいる私にもありありと伝わってくる。こうした若者の「想い」を大切にする姿勢は実は現役総統の時代にもあった。
若者との対話を追い風に進めた「台湾の民主化」

若き日の李登輝氏(写真:AP/アフロ) 写真を拡大
 李登輝は1988年1月、急死した蒋経国総統の後を継いで総統になったが、実際には国民党内での基盤が弱い、というよりほとんどない状態で、名目上のみのロボット総統であったと言ってもよかった。しかし、李登輝のすごいところは、そこで無闇やたらと自分が進めたいことを推し進めるのではなく、時機が訪れるのを雌伏してひたすら待ったことだ。
 1990年3月に総統選挙を迎えると、党内では李登輝を総統候補に推す主流派と、非主流派が争ったものの、結果的に李登輝が選挙を勝ち抜いて名実ともに総統の座を手に入れる。党の有力者のなかには、それまで前任の蒋経国の路線を穏当に踏襲してきた李登輝を引き続き総統の座に置き、背後でコントロールしようと考えていた人もいたようだ。しかし、李登輝は正当に選出された総統として、ここから徐々に自分が考えていた「民主化・自由化」に着手し始めるのである。
 折も折、台北市内の中正紀念堂という広大なエリアで「野百合学生運動」が展開されていた。「万年議員」と呼ばれた、国民代表らが引退と引き換えに高額な退職金や年金を要求しているという報道に怒った学生たちが座り込みやハンストで抗議運動を始めたのだ。
 李登輝が総統選挙を戦っているさなか、学生たちは憲法改正や国是会議の招集、民主改革のタイムテーブルの提示などを求め、これが結果的に李登輝の進めようとする民主化・自由化への追い風となった。そうしたなかでも、李登輝は温かい気持ちで学生たちを思いやっていた。学生運動が起きたのは、南国台湾とはいえまだ肌寒く、夜には冷え込む3月である。
 ある日の午後、一台の黒塗りの車が、学生運動が行われている中正紀念堂の入口近くに停まっているのが見えた。よくよく観察すると、付近には目立たぬように、警察官や警察車両が配置されている。もしや、と感じた新聞記者がその車両を目指して近づき始めると、車はスーッと現場を離れて走り去ってしまったという。
 後に李登輝は、学生たちが寒さに震えながら座り込みやハンストをしていることを聞き、自分が中正紀念堂へ出掛けて直接学生たちと対話しようと思ったと話す。しかし、国家安全局による「身の安全を保証できない」という強い意見具申により、夕方に車両で中正紀念堂へ行き、学生たちの様子を観察するに留めたというのだ。
 数日後、李登輝は学生の代表を総統府へ招いてその要求に耳を傾けるとともに「皆さんの要求はよくわかりました。中正紀念堂に集まった学生たちを早く学校に戻らせ、授業を受けさせなさい。外は寒いから早く家に帰って食事をしなさい」と声をかけている。
 総統の李登輝と面会した夜、学生代表団は協議し、中正紀念堂における占拠を翌日に終了し解散することを決めた。そして李登輝は学生との約束通り、タイムテーブルを発表し、民主化を本格的に推し進めていくことになる。
「若者は国の宝」という揺るぎない想い
 こうした、李登輝の日台の若者に対する態度を見てもわかるように、李登輝は本当に若者を大事にする。そして若者の声に耳を傾ける。自分の意見を押し付けるようなことは決してなく、若者が何を考えているのか、なぜ自分の意見と違うのかをとことん聞こうとする。こうした姿勢の源にあるのは「若者は国の宝だ」という思いがあるからだ。
 多少体調が悪くとも、連日のようにスケジュールが入っていても、若者たちが「会いたい」と言ってくれば、特に「日本から来る」といえば、李登輝は即決で「OK」と言ってしまう。日本との窓口を任されている私が「ちょっとスケジュールが立て込んでいますからお断りしても」と口を挟んでも、「若い日本人には、昔の日本人が台湾にどれだけ貢献してくれたか。これからの日本には台湾がどれだけ大事かを伝えなきゃならないんだ」の一点張りだ。
 そばに仕える私としては、95歳という老体に文字通り鞭打って働く李登輝の熱い「想い」が込められた言葉を、少しでも多くの日本人が真摯に受け止めてくれることを願うしかないのである。
早川友久(李登輝 元台湾総統 秘書)
1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/14074

児童書で読み解く習近平の頭の中
昔も今も変わらない!中国共産党のメディア戦略
児童書で読み解く習近平の頭の中(8)
2018/09/28
樋泉克夫 (愛知県立大学名誉教授)
巨大なプロパガンダ国家の中国では、共産党中央宣伝部によるメディアを総動員しての教育・洗脳・宣伝工作は一貫して続く。習近平世代も、そして次世代も、次々世代も、共産党独裁政権が続く限り止むことはないだろう。児童・青少年を標的とする出版物を読み、習近平世代以降の中国指導層の”柔らかかった脳”に刻み込まれた思想を探り、彼ら権力者の振る舞いの根源を解読したいと思う。

iStock Editorial / Getty Images Plus / savoia
劉少奇の命を奪った「毛沢東のメディア戦略」
 1970年、上海人民出版社の活動が一層活発化する。文革最大の標的であった劉少奇を打倒し、党の権力を奪い返すことに成功した毛沢東は、それゆえに1969年の第9回共産党全国大会を「勝利の大会」と総括した。かくして文革派の牙城であった上海から全国に向け、毛沢東思想教育のためのプロパガンダが大々的に徹底して展開されることになる。その中心となるメディアが上海人民出版社であった。
 彼らのメディア戦略を知るうえで格好の“教材”と思えるのが『充分発揮筆杆子的戦闘作用』(上海人民出版社 1970年)である。ここに記された基本原則は、現在まで続く共産党政権のメディア戦略を貫いているはずだ。

文革により迫害を受けた劉少奇が亡くなった場所(写真:田中重樹/アフロ)
「鉄砲から政権が生まれる」は毛沢東の遺した至言として知られているが、じつは毛沢東は「搶杆子(鉄砲)」だけではなく「筆杆子」、つまりペンを巧妙に使うことでも政権を奪えることを実践してきた。鉛の銃弾はもちろんのこと、筆杆子から飛び出す言論という銃弾もまた確実に政敵を殺す。いや、ジリジリと時間を掛けて真綿で首を締めるように攻撃するからこそ、こちらの方が巧妙で残忍で卑劣といえる。文革時、「資本主義の道を歩む悔い改めない実権派」「中国のフルシチョフ」と非難された劉少奇の命を奪ったのは鉛の銃弾ではなく、手を変え品を変え延々と繰り返された筆杆子による波状攻撃だったに違いない。
 紅衛兵による尽きることのない悪罵、怒涛のように押し寄せる故なき非難の大合唱を浴びた時、国家主席としての自尊心も一生を革命に捧げてきたという矜持も自負心も一切合切が吹き飛んでしまった。心の支えを失ったままに、劉少奇は生きながら死んでいた。それが毛沢東の狙いではなかったか。 
「公正な報道」を目指す劉少奇を「外国の奴隷」と断罪
『充分発揮筆杆子的戦闘作用』は、中国を代表する革命的メディアとして文革時に猛威を振るった2紙1誌――共産党機関紙『人民日報』、解放軍機関紙『解放軍報』、最高理論雑誌『紅旗』――の編集部連名による「メディア戦線の大革命を徹底的に推し進めよ」という主張で貫かれている。
「新聞、印刷物、放送、通信社を含むメディア事業は、総てが階級闘争の道具である」。「その宣伝力は民衆の思想感情と政治の方向に影響を与え続ける。プロレタリア階級とブルジョワ階級の間のメディア陣地の指導権をめぐっての激越な闘争は、プロレタリア階級とブルジョワ階級の間の、思想戦線における生死を賭けた闘いである」――この原則に依って、劉少奇によるメディア介入は毛沢東に反対し、資本主義復活を目論む陰謀の一環であると断罪された。
「外国の記者は客観・真実・公正な報道を求める。我われが敢えて客観・真実・公正な報道を目指さずに自らの立場だけを強調したなら、我われの報道は主観主義に陥り、一方的に過ぎてしまう」との劉少奇の発言に批判の矢を放ち、「(劉少奇の)こういった考えこそが外国のブルジョワ階級の記者に対する全面降伏であり、プロレタリア階級の報道機関に資本主義の考えを全面的に持ち込もうとするものだ」と切って捨てた。文革派からするなら、劉少奇は「骨の髄からの外国の奴隷」でしかなかったのである。
 要するに「メディアは階級性、党派性を持つ。階級を超越した『客観的報道』などは金輪際ありえない。ブルジョワ階級の新聞は人民を騙し、自らの階級の罪悪に満ちた統治を維持するために万策を弄し、是と非を逆転させ白を黒と誤魔化し、客観的事実を歪曲し、ゆえなく革命人民を侮辱する」というメディア観である。ここからも、共産党政権が現在もなお全国のメディアを一元的に監視・統括している唯一最大の理由が見て取れるだろう。
 それにしても自分が気に入らない、あるいは自分にとって不都合な報道の一切を「フェイク・ニュース」で片づけてしまうトランプ大統領の振る舞いは、『充分発揮筆杆子的戦闘作用』の主張に通じているように思えてしまうから不思議だ。
「大悪人の劉少奇」に排除された子どもを毛主席が救う物語
「メディア戦線の大革命を徹底的に推し進めよ」の方針に従うかのように、上海人民出版社は数々の児童書を出版している。その典型例として、次の2冊を挙げておこう。

上海人民出版社が「毛沢東思想」を植え付けるために出版した児童書(写真:筆者提供)
 先ず『為革命読書』だが、表紙の中央に描かれた大きく真っ赤な太陽は毛沢東を、ヒマワリは燦々と輝く太陽の恩恵を受けてこそ成長する人民を象徴している。左胸の毛沢東バッチも誇らしげに左手に虫メガネを持つ少年が、この物語の主人公である雷鋼だ。
 労働者家庭に生まれた彼は幼い時に難病に襲われる。毛主席によって派遣された解放軍の医者によって一命をとりとめるが、極端な弱視になってしまう。8歳の時に小学校に入学しようとするが、「大悪人の劉少奇が強行する修正主義教育路線が掲げる『知育第一』『点数第一』の方針に基づき、『視力に難あり。登校不可』と小学校入学を拒否され、勉学の機会を奪われてしまった」。
 程なく文革が勃発し劉少奇の修正主義教育路線が全面否定されるや、彼は「紅小兵」の仲間に熱烈に迎えられ念願の入学を果たす。『毛主席語録』の一字一句を虫メガネで追いながら勉学に励み、「毛主席のよい子」へと成長する。やがて先生、労働者、農民、それに紅小兵仲間によって「雷鋼こそ我らの最良の手本である」と讃えられるのであった。
――じつに他愛のない物語ではあるが、この20ページの小さな絵本には封建社会における残酷極まりない地主への憎悪、地獄の封建社会から農民を解放してくれた毛沢東への感謝、毛沢東率いる解放軍による人民への奉仕、劉少奇の反人民的修正主義教育路線が流した害毒、毛沢東の訓えを学習し文革に邁進する紅小兵の英姿など。“毛沢東式文革教育のエッセンス”が描き尽くされている。
『為革命読書』に登場する紅小兵とは、毛沢東支持を掲げて活動する小学生である。呼び名からも類推できるように、文革で毛沢東に反対する勢力に対して猛威を振るった紅衛兵の下の世代――1950年代生まれの紅衛兵世代の次の1960年代生まれ――である。
「殺せーッ」と叫ぶ少年兵
 この紅小兵の理想像を、「紅小兵学習毛沢東思想補助読物」の『我們是毛主席的紅小兵』が描き出す。
 巻頭に掲げられた「長い間、叛徒、内なる敵、労働匪賊の劉少奇と文化界の代理人は、出版事業を資本主義復辟のための重要な陣地とし、封建・資本・修正主義の毒素を撒き散らしてきた。少年の読物において、彼らは児童少年が毛沢東思想と労働者・農民・兵士の英雄ぶりを学ぶことに反対し、資本主義の世界観を鼓吹してきた」との主張に基づいて、「児童少年が毛沢東思想と労働者・農民・兵士の英雄を学ぶこと」の意義を強調する。
『我們是毛主席的紅小兵』には、ソ連と対峙する緊張の国境最前線で、鉄道で、学校で、養豚場で、農場で、工場で、都市で、農村で、災害現場で、「決心を定め、犠牲を恐れず、万難を排し、勝利を勝ち取れ」「人民のための死こそ、所を得た死だ」「一に苦労を厭わず、二に死を恐れず」「凡そ反動分子というものは君たちが戦わなかったら、倒れることはない」「断固として、断々固とし階級闘争を忘れてはならない」などの『毛主席語録』の一節を心にシッカリと胸に刻むだけでなく、周りの仲間や大人にも呼び掛け、毛沢東思想を活学活用する日々を率先励行している少年・少女についての27の物語が収められている。
 たとえば「継続前進」と題された物語は、軍訓練幹部兼軍事演習指揮官兼紅小兵部隊長である志紅の「アメリカ帝国主義、ソ連修正主義に狙いを定め、突撃だー!」と吶喊の声で始まる。
 軍訓練幹部兼軍事演習指揮官兼紅小兵部隊長という肩書から、文革の時代が幼い子供に求めた役割が浮かんで来ようというものだ。加えて姓が志で名が紅である。まさに毛沢東思想の申し子というに相応しい少年だ。
 志紅は右手にピストルを掲げ、大きな岩の上に立って、部下に山頂への突撃を命じた。「突撃だーッ、殺せーッ」の叫び声は山をも揺るがすほど。紅小兵たちは怒涛のように、我先に山頂に攻め登る。
「暫しの後、山頂に紅旗が翩翻と翻る。紅小兵たちは自分たちが勝利のうちに任務を完遂したことを喜びあった」。部下を整列させ点呼。志紅隊長は部下の1人である志軍が欠けているのに気づく。隊長の名前もスゴイが、部下だって負けてはいない。志に軍というのだから、隊長が共産党で、部下が人民解放軍を暗示させようというのだろう。
 副隊長に「貴官は戦友を指揮し訓練継続。これから本官は後方点検に向かう」と命令し、志紅は山を下る。やがて足を折って叢の中にうずくまる志軍を発見した。「志軍、前進せずともいい」との命令を受けた隊員は、じっと痛さに耐えながら「隊長ドノに報告。継続前進」と声をあげる。部下の手を引き肩を貸し、やがて2人は山頂にたどり着く。赤い夕陽に照らされ、紅小兵たちの凛々しいシルエットが山頂に浮かび上がる。
 ここで想像を逞しくするなら、当時、紅小兵たちは軍訓練幹部兼軍事演習指揮官兼紅小兵部隊長の志紅に憧れた。いや、そうではなく毛沢東ら文革派は全国に無数の志紅を育て上げようとしたに違いない。当時、子供には「小さな大人」という役割が割り振られていたし、子供もまたそれに応えていたのだ。
ポスト習近平となる「紅小兵世代」の顔ぶれ
 ここで話は一気に現在に。
 今夏、例年のように北載河に集った共産党幹部の間では、2020年の第20回共産党全国代表大会で決定される次代の幹部人事が話し合われたようだ。現在の一強体制が継続し、習近平総書記の続投となるというのが現時点における大方の予想だが、ここで注目したいのが次世代幹部の呼び声が高い若手の生年である。
 たとえば19回大会で中央候補委員に選ばれた江西省党委員会常務委員の施小琳(1969年)。浙江省党委員会常務委員で杭州市党委員会書記の周江勇(1967年)。上海市党委員会常務委員・宣伝部長の周慧琳(1962年)。陝西省党委員会常務委員で省規律委員会書記・省観察委員会主任代理に加え第19回党大会で中央規律委員に選ばれた王興寧(1964年)。
 加えるに5月に行われた省級人事をみると、江西省党委員会副書記・贛州市党委員会書記の李炳軍(1963年)。浙江省党委員会常務委員で組織部長・規律委員会書記・監察委員会主席代理の任振鶴(1964年)。山東省党委員会常務委員で済南市党委員会書記・同党校校長の王忠林(1962年)。浙江省党委員会副書記の鄭柵潔(1961年)。広西チワン族自治区党委員会常務委員・組織部長の王可(1962年)――その大部分は紅小兵世代である。
 ということは、習近平主席ら紅衛兵世代の次に中国を担うのは、1960年代に生まれた紅小兵世代ということになるはずだ。
 彼らの頭の中に、幼い紅小兵当時に叩き込まれた毛沢東思想は生きているのか。今後の彼らの振る舞い――彼らが中国の将来を左右する――を見据えるなら、紅小兵に対する文革教育もまた改めて振り返ってみる必要があるのではなかろうか。
呆れるほどに早熟な共産主義者
 紅小兵世代はひとまず措き、『金訓華之歌』(仇学宝 上海人民出版社1970年)を一例に1970年における紅衛兵世代の理想像を考えてみたい。
「鮮やかな雲間に立ち、紅い太陽をにこやかに迎えるのは誰。銀色に耀く鋤を肩に、神州(そこく)を流れる川という川に喜びの視線を送る。嗚呼、紅旗は山々の頂に翩翻として並び立つ。湧き上がる歌声よ、雲を衝き抜け天にも届け・・・『生きては革命に身を焦がし、一生を毛主席に捧げよう』」で始まる200頁にも及ぶ大長編叙事詩の『金訓華之歌』は、「継続革命の大道」に命を捧げた金訓華の「火焔にも似た二十年の青春」を“感動的”に歌いあげる。
「労働者世代の頼りになる立派な後継者、新時代の若き猛将」たる金訓華は「時まさに四九年」、「新中国と同じ年」の「春浅き二月」に生まれた。産褥期、母親は「労働者の一日も早い解放を、人民の兵士たちの一日も早い捷報を、大恩人の毛主席にお願いした」。だが、産褥期も終らないうちに働かねばならない。仕方なく母親は乳飲み子の金訓華を抱いて工場に働きにでるのだが、親方に見つかったらクビになってしまう。母親の窮状を知ってか金訓華は泣かないし、むずがらない。大きなメダマを見開いて静かにしている姿は、「まるで親方が凶暴で、資本家が心の真っ黒な極悪人だということを知っているようだ」。生まれたばかりなのに既に資本家の悪辣さを熟知していたというのだから、やや大げさに表現するなら、呆れるほどに早熟な共産主義者だったことになる。
 やがて「五星紅旗が空高く揚がり、毛主席が天安門の上に立つ。大きな手を一振りすれば、たちまち大地は耀きわたる」。革命が成就し、中華人民共和国が建国されたのだ。
 幼時から青年へと成長するに従って毛沢東の著作の学習に熱が入る。『毛沢東選集』を手にするため、「凍てつく寒風、吹きつける雪」にもかかわらず、金訓華は書店の前に幾晩となく整然と並んだ。「心に焦がれる毛主席の著作だ。骨を刺す寒風も、身に積もる雪も恐れない。寒い、その場で地面を踏んで耐える。眠い、掴んだ雪で顔を拭う。夜が明ければ、毛主席の著作が手に。喜びの爆発だ。学校への道すがら、偉大な著作を手にかざす」。それからというもの、寝ても覚めても著作の学習である。
 やがて文革。彼は紅衛兵の先頭に立ち、「劉少奇を頭とするブルジョワ階級司令部」に敢然と戦いを挑む。次いで毛沢東の「偉大な戦略部署」に立つべく辺境に向かい、「自らの二本の手を以って、社会主義の祖国のために、理想的な辺境建設を目指す」のであった。そんな日々にもかかわらず、彼は毛沢東の著作の学習を怠らない。「光栄で、偉大で、正確な党への入党が叶う日を熱く思い描いて」というから、これが感動せずにいられようか。
 豪雨が続いたある日、スピーカーから「ソ連修正社会帝国主義が再び我が国境を侵そうと策動をはじめた」との情報が伝わった時、猛り狂った川の流れは堤防を越え、人々に襲い掛かってきた。すると金訓華は「同志諸君、洪水を社会帝国主義に見立てて戦おう」と敢然と洪水に挑んだものの、待っていたのは壮絶なる死であった。
 かくて「革命の旗は高く掲げられ、継続革命は永遠に止まることなし」。
 まさに「継続革命は永遠に止まることな」く、毛沢東思想教育は延々と続くのである。
 はたして現在の共産党政権幹部、あるいは次代の中国の舵を取るであろうエリート党員の脳裏に紅衛兵やら紅小兵として暴れ回った文革当時の雄姿が蘇り、必死に学んだ毛沢東思想がフラッシュバックすることはないのか。
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/14068

 

フランスで起きようとしている「革命」の正体 マクロン大統領はいまどうなっているのだろう
2018/09/28

パスカル・ヤン (著述家)

 旧帝大系大学院でさえも第二外国語が免除される時代になったようだ。第二外国語の強制力が消えた学部生も中国語など増えたこともあり、フランス語やドイツ語は脇に追いやられている。特にフランス語は隆盛を極めた1970年代と比較すると火が消えたようだ。

 ところが、新しい文明が時として辺境で起きるようにフランスで何かが起きていることを我らは知らない。


エマニュエル・マクロン仏大統領(REUTERS/AFLO)
 現在、日本ではフランスの情報が少ないのだ。少なくても誰も困らない。そして、正しくない情報が、大衆に「ウケる」というだけで大きな活字となってメディアに登場することも多い。前回のフランス・フィーバーは昨年の5月、大統領選挙の時であった。当初の下馬評どおりであれば、日本国民の感心はさらに小さかったであろう。

 しかし、年も変り春先になって急にマクロン旋風がおき、一方のルペンも善戦し、既製政党と無関係の二人が決戦残ってしまった。

 特に、エマニュエル・マクロンは25歳も年上の元恩師を妻としており、その一点だけでも、忘れえぬ大統領候補として日本にその名をとどめた。

 決戦投票の前日まで、マリーヌ・ル・ペンのチャンスがあるなどと、思いつきの話が日本だけで広がり、大新聞社に残るフレンチスクールの老記者たちにも活躍の場が提供された。

 あれから1年半、空騒ぎはおわり、フランス・ネタは枯れ果てていたところに、マクロン支持率30%の話が飛び込んできた。

 日本では、首相支持率は3割で退陣とされているので、これまた、ベースの情報が少ない日本では、マクロン「大トラブル」という筋の報道が好まれているのだろう。そこで、本当の所をお話しよう。

 そもそも役人や政治家は現在のポストを見れば将来がわかる。日本では県議出身の首相は明治以来120年間、出ていなかった。当初より国政をやらねば首相にはなれないということだ。マクロンは国政どころか、学級委員選挙以外、選挙に出るのも初めてとのこと。すなわち、当選すれば天井はさらに高くなるということであろう。

 あの風貌、あの若さ、あの妻、ナポレオン・ボナパルトにも見えることがある。学者肌ながらロスチャイルド銀行に下った経験からは、ジョルジュ・ポンピドー大統領を彷彿させる。また、知性と教養と若さで彗星のように登場したヴァレリー・ジスカール・デスタンにも見える。

 ナポレオンであれば、華々しいデビューであったが晩年はセントヘレナだ。ポンピドーなら、現在のフランスが先進国としてどうにか残っているのは彼のお陰だが、病で倒れてその名をパリ・ポンピドーセンターに残しているだけだ。

 ジスカールデスタンは長命で、後年ダイアナ妃との浮き名までながしているが、老獪なミッテランの策謀で大統領は一期で終わっている。さすれば、マクロンの将来はやや暗いことになってしまうが本当は違う。

 トランプ大統領は中間選挙で大わらわだが、もう一期やれるか、というより一期目を全うできるか心配になる。BREXITの期日が近づいている英国のメイ首相はいつまで持つか。長くなったメルケルはそろそろだろう。逆に残りは最低でも3年半もあるのがフランスのマクロン大統領と安倍首相ということだ。

 そんな有力政治家マクロンの本当の評価を日本人は知らない。知らなくてもいいが、支持率3割が飛び込んできたので大きな誤解が生まれてしまう。

 現在、欧州中見渡し、今後数十年にわたる欧州の骨格を造ろうとしているのがマクロンだけだ。あれほど盤石だったプーチンでさえも年金をいじれば火だるまになっている。いじらなければいつの日か破綻する。

 フランスも社会保障や労働制度改変をしなければ将来はない。そこに立ち向かっているのがマクロン大統領だ。解雇を容易にする改正労働法やフランス国鉄の雇用区分の特権をはぎ取るなどの厳しい改革に手をつけることは、政党を背負う政治家には無理だろう。

 ドグマやイデオロギーを超えたオーラが必要となるが、マクロンにはそれが備わっているのだ。社会党の前オランド大統領の隠れ秘蔵っ子だったが、社会党からは出馬してない。逆に決戦投票では右翼のルペンの支持層が、表向き左翼のマクロンに投票していることからわかるように、左翼右翼や政党ではない強い主張をもっているのだ。

 ドイツ占領下のフランスでは国鉄職員が多大な犠牲を払った。ちなみにフランスの地方駅はかならずレジスタンス活動で犠牲になった鉄道員の石碑がある。しかし、現在まで甘やかされたSNCF(フランス国鉄)に手を入れなければ改革はできない。手を出せば自分の支持率が急落する。大統領も国民も先刻ご承知のことだ。

 それを顧みず改革を断行するマクロンに対する評価は、根雪のように不動の地盤を固めつつあると見るべきだろう。フランス国民は強いリーダーを求める傾向がある。支持率低下ではなく、根雪の数値が30%であると読むべきなのだ。

欧州を変革しうる人物
 現在、有力大臣の退任や警護員の暴力事件が重くのしかかるが、彼の強い信念と比べれば取るに足らないものだろう。この信念が伝わればさらに一期、すなわち2027年まで、その地位にとどまり、ほころびのでた欧州を変革しうる人物となろう。不支持60%の報道で日本からマクロンを判断してはいけない。

 今回、皇太子様のパリ訪問では特別待遇で対応している。フランス駐在の長い小生の経験から、マクロン夫人は強烈な日本ファンになる可能性を感じる。しからば、次回来日の際は高野山や京都御所、伊勢神宮などに誘えば、大成功間違いなしだ。“婦唱夫随”カップルとみた。今後権力の座に長く留まるマクロンを格別の日本通にする最良の方法はこれだ。

フランスのインテリは全員“モンコウヤ”(高野山)”クマノコドウ“(熊野古道)を知っている。マクロン夫人の夢でもあろう。
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/14052

[18初期非表示理由]:担当:要点がまとまってない長文orスレ違いの長文多数により全部処理

2. 2018年9月29日 06:40:30 : EEnhTLXaPo : 9p2cV1PuYaM[4] 報告
如何にも阿保官僚が書きそうな長ったらしい記事と長ったらしいコメント、彼らはこんな記事やコメントを書き世の中を知った振りをしてそして庶民も騙せると思っている、典型的な自作自演の投稿記事とコメントだ。
彼らの理解と行動のパターンが良くわかるしかし、邪魔糞でしかない、迷惑だ。
3. 2018年9月30日 13:33:31 : 5pYyeCd9nA : C_zQeGtrqAE[142] 報告
南クリル諸島はロシア連邦です。世界中どこの国も認めています。日本以外の国で発行されている地図は、どれも南クリル諸島はロシア連邦領になっています。

プーチン大統領が領土交渉に疲れただと ?
バカもいい加減にしなさいよ。
領土問題なんて、両国間に存在しないんだから。
ソ連時代から一貫している歴史的事実です。

もう日本軍国主義勢力も、いい加減に歴史的事実を認めて、日露平和友好善隣条約を無条件で結ぶべきです。ロシア連邦は、日本に格安の石油、ガスを提供すると名言していますよ。

4. 2018年9月30日 13:58:01 : 6wXcmJrelY : hOoK7@n_l4g[1] 報告
バカ役人の書くような要領を得ない文章は、気持ち悪いから読まないようにしている

ロシアにないものはない、広大な領土をもてあまし気味で食い物も資源も有り余っている、だから他国に頭を下げて何かをお願いする必要がないのである
対日本で、しいて上げれば文化的交流か
だからプーチンは平和条約を提言したのだろう
まあそんなもんを結ばなくとも、交流は進んでいるのだが
プーチンはサービス精神から「蚊帳の外」に声をかけてやった、そんなもんだろう
アヘ一味はバカだから、自分らの情けない立場をわかっていないようである
まさにガイジ園であるwww

5. 2018年10月02日 18:14:47 : LkzPaNQjEM : UxKpRn7JVeM[5] 報告
プーチンは「安倍を初めとした日本のアホンダラ共では話にならん」というのが本音。このクソ長いアホ作文なんか書いて、プーチンへの恨み節を綴っても意味ねーんだよ。

プーチンは鳩山や小沢と話したいと思ってるかもね。

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