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ワイダ 灰とダイヤモンド Popiół i diament (1958年)
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投稿者 中川隆 日時 2019 年 4 月 22 日 02:18:59: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: ワイダ 地下水道 Kanał (1957年) 投稿者 中川隆 日時 2019 年 4 月 21 日 13:43:58)


ワイダ 灰とダイヤモンド Popiół i diament (1958年)


監督 アンジェイ・ワイダ
原作 イェジ・アンジェイェフスキ
脚本 アンジェイ・ワイダ イェジ・アンジェイェフスキ
音楽 フィリップ・ノヴァク ボーダン・ビエンコフスキー
撮影 イエジー・ヴォイチック
公開 1958年10月3日
製作国 ポーランド
言語 ポーランド語

動画
https://www.nicovideo.jp/search/%E7%81%B0%E3%81%A8%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%20%20%2F6?ref=watch_html5


▲△▽▼

キャスト

ズビグニエフ・チブルスキー:マチェク
エヴァ・クジジェフスカ:クリスティーナ
ヴァーツラフ・ザストルジンスキ:シュチューカ
アダム・パヴリコフスキ:アンジェイ
ボグミウ・コビェラ:市長秘書
ジャン・チェチェルスキ:ホテルマン
スタニスワフ・ミルスキ:新聞記者
アルチュール・ムロドニツキ
ハリナ・クフィアトコフスカ
イグナツィ・マホフスキ
ズビグニエフ・スコフロンスキ
バルバラ・クラフトフナ
アレクサンデル・ゼフルク
ミェチスワフ・ローザ
タデウシュ・カリノウスキー
グラジナ・スタニシェウスカ
アドルフ・ロニッキー


▲△▽▼


1945年5月8日、ポーランドの地方都市。
街のはずれの教会のそばに、二人の男が待ち伏せていた。党地区委員長シュチューカを殺すためだ。見張りが車の接近を叫んだ。銃撃。車の男達は惨殺された。しかしそれは人違いで、シュチューカの車は遅れて着いた。《こんな殺人がいつまで続くのか》通りがかりの労働者達は彼に詰問した。

−−夕方、街の放送塔がドイツの降伏を告げた。市長主催の戦勝祝賀会のあるホテルで、殺人者達は落ち合う。見張りの男は市長秘書だった。二人の男、アンジェイ(アダム・パウリコフスキー)と若いマチェク(ズビグニエフ・チブルスキー)がそのホテルへやって来た。彼等はロンドン派の抵抗組織へ入り、独軍と戦った。解放後は市長やワーガ少佐の指令で反党地下運動に従う。シュチューカが部下とホテルに現れ、マチェクは始めて誤殺に気づく。

彼はシュチューカの隣りに部屋をとった。向かいの家には誤殺した男の許婚と思われる女がいた。ホテルのバーには美しい給仕クリスティーナ(エヴァ・クジイジェフスカ)がいた。アンジェイは少佐に呼ばれ、暗殺の強行を命ぜられる。

ソビエトから帰国早々のシュチューカは息子が心配で、死んだ妻の姉を訪ねる。そこにはワーガ少佐が隠れ住んでいた。引取られた息子はワルシャワ蜂起以後、生死不明だった。

一方、ホテルのホールでは歌が始まり、誰もいないバーでマチェクとアンジェイはグラスの酒に火をつけ、死んだ仲間を悼んだ。アンジェイは朝四時に任務でワルシャワへ発つ。《それまでに殺す。連れてってくれ》マチェクはアンジェイと約束した。彼はクリスティーナに《今晩十時、部屋で待つ》と誘うが相手にされない。市長秘書は酒飲みの新聞記者の老人にささやかれた、《市長が新政府の大臣になる》出世の機会だ。ついつい老人と盃を重ねてしまう。宴会場には市長も到着した。

そんな時マチェクの部屋の戸が叩かれた。クリスティーナだ。《貴方なら後腐れがないから来たの》女は話す、両親は戦争中死んだと。市長秘書は泥酔し、老記者を連れ宴会場へ押入った。マチェクは女と時を過す。いつしか二人は愛し合っていた。マチェクはいつも離さぬ黒眼鏡のことを話す。ワルシャワの地下水道にいたのだ。二人は外へ出る。雨が降りだし、教会の廃墟に雨宿りした。女は墓碑銘を読む。《……君は知らぬ、燃え尽きた灰の底に、ダイヤモンドがひそむことを……》ノルヴィッドの詩だ。マチェクは強く望む。普通の生活がしたい!死体置場には今日殺した二人の死体があった−−。

保安隊が反党派の残党を捕えた。その中の不敵な少年はシュチューカの息子だった。マチェクはホテルの裏で女と別れるが、アンジェイを見かけ、思わず便所へ隠れた。《裏切って女と逃げるのか》アンジェイはいう《そんなら俺がやる》−−マチェクはシチューカ暗殺を引受けてしまう。宴会場では市長秘書が消火器の液をまき散らし市長から見放された。マチェクは息子に会いに行くシュチューカの後をつける。ふりむきざま、乱射した。相手の体がマチェクに覆いかぶさってきたその時、祝賀花火が一斉に揚った。

−−夜明け、マチェクは荷物をまとめ、クリスティーナに別れを告げた。《行ってしまうの?》宴会の流れはまだ続いている。マチェクは同志の出発を物陰で見た。アンジェイからも見放された市長秘書が、マチェクにすがろうとする。逃げるマチェクは保安隊にぶつかった。追われ、撃たれた。ホテルでは市長や伯爵や大佐夫人達が亡霊のようにポロネーズを踊っていた。クリスティーナは立ちつくしている、涙を流して。マチェクはいつか町はずれのゴミ捨場を獣のようにうめき、笑いながら、よろめきはっていた。ボロ屑の中で、最後のケイレンがくる。汽車の響きが遠ざかった。
http://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=12883

▲△▽▼

イェジ・アンジェイェフスキが1948年に発表した同名小説をアンジェイ・ワイダが映画化。アンジェイェフスキはワイダとともに脚色も担当した。

ドイツ軍が降伏した1945年5月8日のポーランドを舞台に、党権委員会書記のシュチューカの暗殺を依頼されたロンドン亡命政府派の青年マチェクが誤って別人を殺害し、翌朝、軍によって射殺されるまでの一日を象徴的に描く。

このように、体制側が主人公と捉えていたシュチューカではなく、彼の暗殺を遂行するマチェクに焦点が当てられているため、検閲の際にはその点が問題視されたが、マチェクがゴミ山の上で息絶えるラストシーンが反政府運動の無意味さを象徴したものだと統一労働者党から高く評価され、上映が許可された。しかし、ワイダはむしろ、ラストシーンを見た観客がマチェクに同情することを期待したという[1]。

本作は1959年の第20回ヴェネツィア国際映画祭で上映され、国際映画批評家連盟賞を受賞。ワイダの『世代』『地下水道』とともに「抵抗三部作」と呼ばれる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%B0%E3%81%A8%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

▲△▽▼


祝祭(ダイヤモンド)と死(灰)  
シネマ漂流(映画感想記)No.11 『灰とダイヤモンド』
http://campingcar2.shumilog.com/2016/09/15/%E7%81%B0%E3%81%A8%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89/
  
  
 『灰とダイヤモンド』という言葉から、今の人たちは何を想いうかべるのだろうか。
 
 2013年に、ももいろクローバーZがリリースしたアルバムの中に、そういうタイトルの歌があるという。
 1994年までさかのぼれば、日本のロックグループGLAY(↓)がインディーズの時代に出したアルバムにも『灰とダイヤモンド』という曲が入っているそうな。

 さらに古い時代に遡行すれば、1985年に沢田研二が、やはり『灰とダイヤモンド』(↓)というタイトルで、44枚目のシングルレコードを発表したとか。

 個々の歌がどのような内容を持つのか。また、なぜそのようなタイトルが付けられたのか、私は知らない。

 ただ、なんとなく思うのだが、三つの曲を作ったそれぞれの人たちは、いずれも『灰とダイヤモンド』という言葉から何かのインスピレーションを拾ったのではないかという気がするのだ。
 それは1958年に、ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダによってつくられた、あまりにも有名な映画のタイトルだからだ。

 先日、不朽の名作といわれる『灰とダイヤモンド』をついに観ることができた。

 この映画が制作されたのは、1958年。
 なんと、60年前の作品である。
 もちろん、フィルムはモノクロ。
 画質も音質も、今の映画の水準から比べると、けっして良いとはいえない。

 だが、見始めると、一気に引き込まれた。
 やはり、「名作」といわれる映画は、60年程度の “古さ” などまったく問題にしないようだ。

 計算され尽くしたカメラアングル。
 音楽と役者のセリフがスリリングにかみ合う音響効果。
 登場人物たちの魅力的な表情。

 もう、何から何まで新鮮 ‼
 『灰とダイヤモンド』で展開されていたのは、むしろ現代映画がいまだ実現していない “未来的映像” だった。 

 もちろん、60年以上前の映画が、すべて新鮮に感じられるということはありえない。
 そこには、やはりアンジェイ・ワイダという監督の天才性が作用していたというべきだろう。

 以下、この映画の時代背景を簡単に述べる。

 舞台は 1945年のポーランドのある地方都市。
 その年の5月8日、それまでポーランドを占領していたナチス・ドイツが連合軍に降伏し、ポーランドはようやく解放されることになった。

 しかし、ナチス・ドイツのくびきから自由になったポーランドには、すぐその次の支配者が迫っていた。 
 スターリン(↓)率いるソビエト連邦共産党である。
 この時期、スターリンは、政敵や自国民への凄惨な粛清を繰り返しながら、ヒトラー以上の独裁政権を樹立しようとしていた。

 そのスターリンの政治介入を許したポーランドや東ドイツ、チェコスロバキア、ルーマニア、ユーゴスラビアなどの東欧諸国では、ソ連主導型の社会主義政府が次々と誕生し、イギリス、フランス、西ドイツなどの西側諸国と対立するようになった。

 しかし、ポーランドには、ソ連が指導する社会主義政策を嫌い、自由主義政府を樹立したいと思うグループがいた。
 彼らは、ソ連の息がかかったポーランド共産党の首脳陣を暗殺し、ソ連への抵抗運動を進めようとしていた。

 ここまでが、この『灰とダイヤモンド』という映画の背景である。

http://campingcar2.shumilog.com/files/2016/09/62a799cc77c5f7a49f07a7bd1594b4b7.jpg
 
 映画の主人公は、“ポーランドのジェームス・ディーン” といわれたズビグニエフ・チブルスキーが演じるマチェク(写真上)。
 その主人公に暗殺されるのが、ソ連で共産主義教育を受けてきた「ポーランド共産党員」のシチューカ(写真下)である。

http://campingcar2.shumilog.com/files/2016/09/e079e6a982e57bb38285749e240bbd7f.jpg

 今の時代を生きる我々が観ると、この映画は、共産主義の抑圧と戦う自由主義者を主人公にした “反体制ドラマ” に思える。
 だが、この映画が作られたときの状況は、もう少し複雑だ。

 監督のアンジェイ・ワイダがこの映画を企画した1950年代初頭。ポーランドの共産党政権は、自国の出版物や映像表現に厳しい検閲を施していた。
 すなわち、少しでも共産党を批判するような文学・評論・映画があれば、たちどころに表現の修正を迫り、場合によって発表を断念させた。

 だから、この映画のように、共産党政権を倒そうとする人間が主人公となるような作品は、当時のポーランドでは上映できるはずなどなかった。

 では、アンジェイ・ワイダは、いったいどのようにして政府の検閲をくぐり抜けたのか。
 
 主人公を変えたのである。
 つまり、暗殺者のマチェクが主人公となる映画ではなく、見ようによっては、むしろ彼に殺されるシチューカ(↓)の方こそ主人公だと解釈できる可能性を残したのだ。

http://campingcar2.shumilog.com/files/2016/09/fe9c374d7a2b3cb71ee5169a9dfa6edc.jpg

 すなわち、マチェクは軽薄な “ちゃら男” の若者として描かれ、一方のシチューカは、ポーランドの将来を真剣に考える “信念の政治家” というキャラクターを与えられた。

 さらに、ワイダ監督は、シチューカを殺したマチェクが翌朝ポーランド政府軍に発見され、薄汚いゴミ捨て場で虫ケラのように殺されていくというエンディングを用意した。

 このマチェクのみじめな死を確認した共産党の検閲者は、

 「政府を転覆させようとしたテロリストの容赦ない末路を描いたこのシーンがあってこそ、この映画は共産党政府の正しさを実証する宣伝になる」

 と手放しで喜んだと伝えられている。

 しかし、映画を観た観客は、同じシーンを、「共産党政府が自由を求める青年を惨殺するシーン」として解釈し、国家権力に対して、より一層批判の目を向けるようになったといわれている。
 
 
 ここまでの説明で、長い行数を使ってしまった。
 しかし、ここからが本当にいいたいことである。

 大事なのは、この映画には二つのテーマがあるということだ。

 一つは、マチェクの視点に立って、ポーランド政府をコントロールしようとするソ連の支配体制を暴き出すこと。
 そして、もう一つは、ポーランド共産党の検閲者を喜ばせたように、反体制派のテロリズムの空しさとその限界を説くこと。

 この相反するテーマを一つの作品に融合させたからこそ、この映画は当時の映画の水準をはるかに超える “深さ” を獲得することになった。
 
 作品の深さは、登場人物たちの内面の深さとなって表れる。
 マチェクに狙われるシチューカは、筋金入りの共産党員として登場するが、実は、息子がソ連に抵抗する反政府組織に入っているという悩みを抱えており、ポーランド人同士が二つの勢力に分かれて戦うことを防ぐことに奔走する男として描かれる。
 ただ彼の場合は、新生ポーランドの建設に「ソ連の力を借りる」という方針を貫こうとしていただけなのである。

 一方のマチェクは、ポーランド人同士の分裂に対する危機感をあまり持たない。彼にとって「ソ連の支配と戦う」ことは、彼個人のロマンチックな英雄的行動なのである。
 要するに、ナイーブ(無邪気)過ぎるがゆえに、マチェクは人を殺すことにためらいを感じないのだ。


 そのマチェクが、なんとシチューカを暗殺する直前に、一人の女に恋してしまう。 
 行動を起こす前の時間つぶしのつもりで、彼はホテルの酒場女と火遊びを始めたのだ。

 しかし、“ちゃら男” を気取っても、根が純真なマチェクは、自分の恋が真剣なものであること気づき、次第にとまどい始める。

 とまどいは、「命の大切さ」を彼に教える。
 彼は、シチューカの暗殺を企てれば、自分も殺されるリスクを負うということに、はじめて気づく。
 恋人を持ったマチェクの心に、「死を恐れる心」が生まれる。

 一方、相手の女は、ドイツとの戦いで家族や知り合いを失う数々の不幸を経験している。
 だから、自分に言い寄ってきたマチェクが、すぐに自分のもとを去っていくことを本能的に察知する。

 自分の使命と恋の板ばさみになったマチェクが、「悩みを打ち明けたい」と切り出しても、彼女は「悲しい話なら聞きたくない」とマチェクから顔をそむける。

 このときの哀しみとアンニュイ(物憂さ)に満ちた女の表情が美しい。、
 愛した者たちを戦争が次々と奪っていくという悲劇に耐えているうちに、「去っていく者は引き止めても戻らない」という諦めが彼女の心に住み着いてしまったのだ。
 それが、女のアンニュイの正体である。
 
 マチェクは、愛した女と一緒になることを考え、危険の伴うシチューカの暗殺計画を放棄したいと上官に願い出る。
 しかし、マチェクの上官はそれを許さない。

 仕方なく、マチェクは当初の計画どおりシチューカを付け狙う。
 ホテルを出て歩き始めたシチューカを尾行し、追い越してから、振り向きざまに胸に銃弾を撃ち込む。

 このとき、不思議なことが起こる。
 撃たれたシチューカは、なんとマチェクから逃げるのではなく、逆に自分の同志を確認したかのように、マチェクの胸に飛び込んでいくのだ。

 その体を放心したように支えるマチェク。
 彼の顔にも、同志と抱擁を交わすような優しい表情が一瞬浮かぶ。
 それは、「いつの日かともに手を取り合い、喜びを分かち合おう」と抱き合うポーランド人同士の “一瞬の連帯” であったかもしれない。

 二人の背後に、突然花火が上がる。
 それは、ポーランドがナチス・ドイツから解放された5月8日を祝う記念の花火だった。

 ポーランドの戦勝を祝うこの夜、町のホテルでは夜を徹したパーティーがずっと開かれている。
 朝のまぶしい光が室内に射し込んできたというのに、パーティー会場のフロアでは、酔った男女の踊りが止まらない。

 上機嫌になった紳士が、楽団に向かって叫ぶ。
 「諸君、わが国の誇るショパンのポロネーズ(舞踏曲)を踊ろうではないか」

 タバコの煙がたなびくダンスフロアに、調律の狂った楽器による不協和音に満ちたポロネーズが流れる。

 狂騒になかに、次第に忍び寄る “祭りの後の空虚さ” 。
 画面から流れ出るのは、爛熟したデカダンス(退廃)とアンニュイ(物憂さ)。

 記念すべき(?)新生ポーランド誕生の日が、なんとも気怠い疲労感に満ちたものであったかを匂わせながら、話は終盤に近づく。 

 パーティー会場の狂騒が続く同じ時間に、マチェクは瓦礫の上で息を引き取る。
 「祝祭」と「死」が交差するなかで、米ソの2大強国が静かににらみ合う冷戦時代が幕を開ける。

 『灰とダイヤモンド』とは、19世紀のポーランドの詩人ツィプリアン・ノルヴィットの詩の一節。

 「すべてのものは、みな燃え尽きて灰となるが、それでも、その灰のなかに燦然と輝くダイヤモンドが残ることを祈る」

 と歌っているという。  
http://campingcar2.shumilog.com/2016/09/15/%E7%81%B0%E3%81%A8%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89/


 

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コメント
1. 中川隆[-10385] koaQ7Jey 2019年5月09日 08:04:53 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1713] 報告
私の手元に一枚の映画のチラシがあります。

どこで手に入れたのか、もう覚えていません。

「ポーランド名作映画祭(新宿東映ホール)」

のチラシ、それが初めてのポーランド映画、

そして、アンジェイ・ワイダ監督との出会いでした。

中学生だった私は、『灰とダイヤモンド』の解説文を読み、

勝手な想像をしながら、まだ観ぬ映画に心踊らせました。

その解説文にはこうありました。

 

 かけがえのない青春を祖国に捧げ、時代の流れから阻害された人々への深い共感と追悼が、ここにはある。恋人がマチェックに尋ねる。「どうして、いつも黒眼鏡をかけているの?」「祖国への報われぬ愛の記念さ」……。

 

* * *

 

『灰とダイヤモンド』を観る機会は意外と早くやってきました。日本の国営放送が放映したのです。観ました。若い私は、やけに派手な弾着シーンや仲間を偲んでグラスのウォッカの火を灯すシーンのかっこうよさに魅せられましたが、時代背景や歴史的状況、ストーリーがまるで理解できませんでした。それどころか、主人公マチェクと一夜の恋人クリスティーナとのやりとりが冗長にすら感じられました。

 本屋へ行くと、『灰とダイヤモンド』『地下水道』『大理石の男』のビデオが売られていました。喉から手がでるほど欲しかったのですが、貧乏学生だった私は泣く泣く諦めました。

 

 その後、私は就職し、自由に使えるお金ができました。しかし、今度はビデオが見当たりません。探し回って苦労の末、『灰とダイヤモンド』『地下水道』を手に入れました。帰宅して包装をやぶるのももどかしく感じながら、デッキに『灰とダイヤモンド』のビデオをセットしました。

 

 冒頭で撃たれた男が教会の扉を押し開けながら倒れるシーン、ベッドでのマチェクとクリスティーナの静かな会話、古い墓碑に刻まれたノルヴィトの詩、蜂起で散っていった仲間たちのためにグラスに灯される火、廃墟と化した教会の中で逆さにぶら下がっているのキリスト像、電気スタンドの光で壁に映し出される蛾の影、共産党地区委員長シチュカを暗殺した瞬間に打ち上がる花火、朝日に照らされながら国旗をかかげるホテルのフロント係、ゴミの中で死んでいくマチェク、悲しいながらも美しいシーンの連続でした。

 マチェクもシチュカも立場は正反対ながら、お互いに戦時を懐かしみ、祖国の為にと信じて戦い続け、共に命を落とす。登場する人物は皆、目標に向かって全力で疾走し、その全員が不幸になるストーリー。最後に流れるオギンスキの「ポロネーズ イ短調」の副題は「祖国への別れ」・・・。なにもかもが物悲しく感じました。

 心に葛藤を抱えながら、熱い生き方しか選べなかったマチェク。一人の若者の人生を通して、ワイダ監督の祖国に込めた思いが伝わってくるような気がして、思わず胸が熱くなりました。

 

『地下水道』は、さらに輪をかけて色々な意味で暗い映画でした。なにしろ、最初のナレーションからして

「悲劇の主人公たち、彼らの人生の末期をお目にかけよう」

です。 ……多大な損害を受けながらも、士気だけは無闇に高いザドラ中隊。しかし、その士気すらも打ち砕くような撤退命令。ヴィルチャ街を目指して地下水道の中を這いずりまわり、力尽きていくレジスタンスの兵士たち。劇中、作曲家ミハウの口を借りて語られるダンテの一節、

「……穴の底に立ちて、われ見たり、恐ろしき責苦にあえぐ人々を

 あらゆる怪物汚物がここに集まれり……」

その通りの状況が繰り広げら、まるでパンドラの箱のような映画だと感じました。いや、パンドラの箱どころか、最後の希望すらもすり潰すようなあまりの救いの無さに、強烈な印象が私の心に残りました。

“そういえば、あの「チラシ」にも『地下水道』について書かれていたっけ”

 そう思い出して、部屋中をひっくり返してチラシを見つけ、読んでみました。

 ……私の見方が浅はかであることがわかりました。恋人のヤツェクを抱えた女性兵士デイジーが格子ごしに見たヴィスワ河の対岸。後続があるとウソをつき続けた軍曹を射殺し、「わが中隊は……」と何度もつぶやきながら地獄の地下水道へ戻っていくザドラ中尉。これらのシーンの本当の意味がわかりました。

「なぜ、ソ連軍は、約束どおり、蜂起の支援に現れなかったのか?

 なぜ、ソ連軍は我々を見捨てたのか?」

 この映画にはポーランドという国家の悲しい歴史が詰まっていたのです。しかも、それを表現するために、「画面上に表さずに表現する」という手段を使わざるをえなかった1957年当時のポーランドの政治状況。映画の外にもひたすら悲しい現実があったことを知りました。その現実を突き抜けて、このような映画を撮ったワイダ監督に、私は畏敬の念を持ちました。

 

 

 時が経ち、『鷲の指輪』が日本で上映されることになりました。

“おお、ワイダ監督の新作だ!”

 初めて『灰とダイヤモンド』を知ったときのように私の心は躍りました。当時、私の職場は、公開劇場から離れていましたが、即、前売り券を手に入れ、時間のやりくりをしました。ところが、観覧前日、私は猛烈な風邪をひいてしまい、38℃の熱に浮かれる中、それでも劇場へ足を運びました。私の心の中は“このチャンスを逃してはならない”という思いでいっぱいだったのです。

 上映前にワイダ監督の挨拶がテープで流れたとき、私は「やっとここまで来たんだな」と感慨深く思いました。なにしろ、劇場で監督の映画を観るのは初めてだったからです。

 幕が開き、映画が始まりました。

 

 時代は1944年8月1日、ワルシャワ蜂起の開始の日。冒頭で、三人の女性がポーランドの国旗を翻らせるシーンを観て、ああ、やはりワイダ監督だな、と強く思いました。

 蜂起は市民に大きな犠牲を強いながらも失敗に終わり、ドイツ軍による占領、ソ連軍による解放、ヤルタ会談でのチャーチルの裏切り……、そんな状況の中、国軍と共産軍の権力闘争がエスカレートしていくのがわかります。ワイダ監督は、共産主義の非人間性を、国軍兵士がシベリア送りの貨車に乗せるシーンで表現していたことに気がつきました。監視しやすいようにと跪かされる国軍兵士達、貨車に乗りこむ寸前に、兵士達の中から湧き上がる「聖母マリア」の歌。それを見て涙を流す主人公・マルチン。秘密裏に共産勢力へ侵入し諜報活動を行ったがため、かつての戦友に冷たい視線を浴びるマルチン。裏切りの嵐に翻弄されて全てを失うマルチン、恋人と悲しい再会をするマルチン……。この映画も悲しいシーンの連続でした。これだけでも目頭が熱くなってくるというのに、あのシーンも出てくるのです。『灰とダイヤモンド』の、あのグラスに火を灯すシーンが!

 マチェクがウォッカが入ったグラスに火を灯し、アンジェイが声を上げる。

「ハネチカ! ビルガ! コソブツキ! ルディ! カイテック!」

……。

 私は泣きました。そのシーンからラストまでの間、涙が流れ続けました。初めて『灰とダイヤモンド』を観た日のことを思い出しながら。
http://dayfornight.akazunoma.com/letter/europe/wajda.html

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