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アルノルト・シェーンベルク _ 最初期の『浄められた夜』は素晴らしかったのに何であんな風になっちゃったの?
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/714.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 11 月 12 日 20:44:00: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: ベートーベン ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調 作品31−3 _ 何故この曲だけこんなに人気が有るのか? 投稿者 中川隆 日時 2019 年 10 月 19 日 08:01:40)

アルノルト・シェーンベルク _ 最初期の『浄められた夜』は素晴らしかったのに何であんな風になっちゃったの?

Schonberg “Verklärte Nacht” Karajan & BPO, 1974 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=S7QnkAYfkTw

Arnold Schönberg Pelleas und Melisande, Op. 5 (Karajan, Berliner Philharmoniker) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=gjlbpgu7N-s

Schonberg “Variations for Orchestra, op 31” Herbert von Karajan & Berliner Philharmoniker, 1974 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=U7E71qNXEJc


▲△▽▼

Second Viennese School Orchestral Works [ H.V.Karajan Berlin-PO ] (1972~74) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=di1CNU91rjk


1. Schoenberg "Pelleas und Melisande" (00:00)
2. Schoenberg "Variation for Orchestra" (43:25)
3. Schoenberg "Verklarte Nacht" (1:05:51)
4. Webern "Passacaglia for Orchestra" (1:35:39)
5. Webern "Six Pieces for Orchestra" (1:47:51)
6. Webern "Symphony" (2:00:51)
7. Berg "Three Pieces for Orchestra" (2:11:08)
8. Berg "Three Pieces from the 'Lyric Suite" (2:42:14)

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Schoenberg Gurre 1988 08 08 Berlin Abbado - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=b3QKoFMuMGs

8-8-1988 Philharmonie Berlin
Arnold Schönberg Gurrelieder
European Community Youth Orchestra; Gustav Mahler Jugendorchester; Enrst Senff Chor Berlin; Philharmonischer Chor Berlin; Wiener Jeunesse Chor
Claudio AbbadoClaudio Abbado

Jessye Norman (Sopran)
Brigitte Fassbaender (Mezzosopran)
George Gray (Tenor)
Helmut Wildhaber (Tenor)
Hartmut Welker (Bariton)
Barbara Sukowa (Sprecherin)

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若い頃のシェーンベルクはブラームスに傾倒していたが、のちツェムリンスキーに師事し、師の影響でヴァーグナーの音楽にも目覚め、また、ツェムリンスキーとともにマーラーの家に出入りして音楽論をたたかわせたり、彼の交響曲について好意的な論文を記述したこともある。ブラームスとヴァーグナーという異なる傾向を結びつけるような音楽を書いた点はツェムリンスキーと共通している。

初期は『ペレアスとメリザンド』や『浄められた夜』など、後期ロマン主義の作品を書いていたが、その著しい半音階主義からやがて調性の枠を超えた新しい方法論を模索するようになる。

『室内交響曲第1番』は後期ロマン派の大規模な管弦楽編成からあえて室内オーケストラを選び、4度を基本とした和声を主軸とした高度なポリフォニーによる作品となっている。

これ以降、彼の実験は更に深められ、次第に調性の放棄=無調による作品を志向するようになっていく。

1900年から書き始められ1911年に完成した『グレの歌』は、巨大な編成と長大な演奏時間をもち、カンタータ、オペラ、連作歌曲集などの要素が融合した大作である。しかし、基本的な構想は1901年までに書かれているため、音楽的には『ペレアスとメリザンド』などと同様後期ロマン派の様式となっており、ある意味、後期ロマン派音楽の集大成であり頂点であるともいえる。しかし、楽器法などには中期のスタイルがみられる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%81%AE%E6%A5%BD%E6%9B%B2%E4%B8%80%E8%A6%A7


マーラー(1860年7月7日 - 1911年5月18日)と シェーンベルク(1874年9月13日 - 1951年7月13日)の関係

マーラーは14歳年下であるアルノルト・シェーンベルクの才能を高く評価し、また深い友好関係を築いた。

彼の『弦楽四重奏曲第1番』と『室内交響曲第1番ホ長調』の初演にマーラーは共に出向いている。

前者の演奏会では最前列で野次を飛ばすひとりの男に向かい「野次っている奴のツラを拝ませてもらうぞ!」と言った。この際は相手から殴りつけられそうになったものの、マーラーに同行していたカール・モル(英語版)が男を押さえ込んだ。男は「マーラーの時にも野次ってやるからな!」と捨て台詞を吐いた。

後者の演奏会では、演奏中これ見よがしに音を立てながら席を立つ聴衆を「静かにしろ!」と一喝し、演奏が終わってのブーイングの中、ほかの聴衆がいなくなるまで決然と拍手をし続けた。この演奏会から帰宅したマーラーは、アルマに対しこう語った。

「私はシェーンベルクの音楽が分からない。しかし彼は若い。彼のほうが正しいのだろう。私は老いぼれで、彼の音楽についていけないのだろう」

シェーンベルクの側でも、当初はマーラーの音楽を嫌っていたものの、のちに意見を変え「マーラーの徒」と自らを称している。1910年8月には、かつて反発していたことを謝罪し、マーラーのウィーン楽壇復帰を熱望する内容の書簡を連続して送っている。

ある夜、マーラーがシェーンベルクとツェムリンスキーを自宅に招いたとき、音楽論を戦わせているうち口論となった。反発するシェーンベルクに怒ったマーラーは「こんな生意気な小僧は二度と呼ぶな!」とアルマに言い、シェーンベルクとツェムリンスキーはマーラー宅を「もうこんな家に来るものか!」と出て行った。だが、数週間後にマーラーは「あのアイゼレとバイゼレ(二人のあだ名)は、なぜ顔を見せないのだろう?」とアルマに尋ねるのだった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC#%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82


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アルノルト・シェーンベルク
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%81%AE%E6%A5%BD%E6%9B%B2%E4%B8%80%E8%A6%A7

アルノルト・シェーンベルク(Arnold Schönberg, 1874年9月13日 - 1951年7月13日)は、オーストリアの作曲家・指揮者・教育者。 調性音楽を脱し無調に入り、十二音技法を創始したことで知られる[1]。アメリカに帰化してから1934年以降は、「アメリカの習慣を尊重して」[2]"ö"(o-ウムラウト)を"oe"と表記したSchoenbergという綴り[3]を自ら用いた。アメリカでは「アーノルド・ショーンバーグ[4]」と呼ばれた。

父シャームエル・シェーンベルク(Sámuel Schönberg 1838年 - 1889年 [1])は代々ハンガリーのノーグラード県セーチェーニに住むユダヤ人で、靴屋を営んでいた。母パウリーネ・ナーホト(Pauline Náchod 1848年 - 1921年)もボヘミア(現・チェコ)プラハ出身のユダヤ人であった。

ウィーンにて生誕。初めはウィーン人らしくカトリックのキリスト教徒として育てられる。8歳よりヴァイオリンを習い始める。その後チェロを独学で学ぶ。15歳の時、父が亡くなり、経済的に立ち行かなくなった彼は、地元の私立銀行に勤め始め、夜間に音楽の勉強を続けていた。その後作品を発表し始めたころに彼の余りにも前衛的な態度のため、激怒した聴衆によってウィーンを追い出され、ベルリン芸術大学の教授に任命される時、プロテスタントに改宗、その後ナチスのユダヤ政策に反対して1933年、ユダヤ教に再改宗している。


無調への試み

若い頃の彼はブラームスに傾倒していたが、のちツェムリンスキーに師事し、師の影響でヴァーグナーの音楽にも目覚め、また、ツェムリンスキーとともにマーラーの家に出入りして音楽論をたたかわせたり、彼の交響曲について好意的な論文を記述したこともある。ブラームスとヴァーグナーという異なる傾向を結びつけるような音楽を書いた点はツェムリンスキーと共通している。

初期は『ペレアスとメリザンド』や『浄められた夜』など、後期ロマン主義の作品を書いていたが、その著しい半音階主義からやがて調性の枠を超えた新しい方法論を模索するようになる。『室内交響曲第1番』は後期ロマン派の大規模な管弦楽編成からあえて室内オーケストラを選び、4度を基本とした和声を主軸とした高度なポリフォニーによる作品となっている。これ以降、彼の実験は更に深められ、次第に調性の放棄=無調による作品を志向するようになっていく。1900年から書き始められ1911年に完成した『グレの歌』は、巨大な編成と長大な演奏時間をもち、カンタータ、オペラ、連作歌曲集などの要素が融合した大作である。しかし、基本的な構想は1901年までに書かれているため、音楽的には『ペレアスとメリザンド』などと同様後期ロマン派の様式となっており、ある意味、後期ロマン派音楽の集大成であり頂点であるともいえる。しかし、楽器法などには中期のスタイルがみられる。

1908年、弦楽四重奏曲第2番(1907年〜1908年)のソプラノ独唱付きの終楽章と、歌曲集『架空庭園の書』(1908年〜1909年)で初めて無調に到達した、とされることも多い。 1909年に書かれた『3つのピアノ曲』op. 11や『5つの管弦楽のための小品』op. 16、モノドラマ『期待』op. 17では、多少調性の香りを残していたが、無調の様々な可能性が試みれられた。『6つの小さなピアノ曲』op. 19(1911年)で、調性をほぼ完全に放棄するに至った、とする見解もある。これらの実験から傑作歌曲集『月に憑かれたピエロ』(ピエロ・リュネール)が生まれる。

『月に憑かれたピエロ』は『期待』の成果を更に推し進めて生み出されたと言ってよいかも知れないが、着想などは更にユニークである。ラヴェルやストラヴィンスキーに影響を与え、前者が『マラルメによる3つの歌』を、そして後者が紀貫之の短歌等による『日本の3つの抒情詩』を作るきっかけとなった。そして後のブーレーズらにも影響を与えた傑作である。物語の朗唱を室内楽で伴奏をするという方法が、かつてなかったとは言えないまでも、これほどにまで高められた作品は皆無で、またかつて無い効果をあげた伴奏の書法も全くユニークな傑作であった。

ただ、時代は無調の音楽に対する準備が出来ていたとは言えなかった。ストラヴィンスキーの『春の祭典』で大騒ぎとなるような時代で、無調の音楽は一部のサークルの中だけのことであった。ウィーンの私的演奏会で聴衆が怒り出してパニックになったり帰る人が続出したのは当然であった。しかし、指揮者のシェルヘンなどが積極的にこれらの音楽を後押しし、演奏してまわったことで、シェーンベルクなどの音楽が受け入れられるようになっていく。

同じ頃、弟子のアルバン・ベルクは『クラリネットとピアノのための5つの小品』op. 5や『管弦楽のための3つの小品』op. 6などで、無調(あるいは拡大された半音階主義)の作品を発表し、アントン・ヴェーベルンも師シェーンベルクにならって『6つの小品』op. 6を書いているが、シェーンベルクはバランス感覚に優れ、ベルクはより劇的で標題性を持ち、ヴェーベルンは官能的なまでの音色の豊穣さに特徴があり、明確な個性の違いがあるのは興味深い。

12音音楽の確立

1910年代後半、シェーンベルクは大作『ヤコブの梯子』に挑むが、第一次世界大戦で召集されたためにその他の多くの作品と共に未完のままに終わった。同じ頃、弟子のベルクは歌劇『ヴォツェック』Op.7を完成する。シェーンベルクらと始めた無調主義による傑作オペラの登場である。無調主義が次第に市民権を持ちはじめると共に、無調という方法に、調性に代わる方法論の確立の必要性を考えるようになっていった。それが12音音楽であった。

12の音を1つずつ使って並べた音列を、半音ずつ変えていって12個の基本音列を得る。次にその反行形(音程関係を上下逆にしたもの)を作り同様に12個の音列を得る。更にそれぞれを逆から読んだ逆行を作り、基本音列の逆行形から12個の音列を、そして反行形の逆行形から12個の音列を得ることで計48個の音列を作り、それを基にメロディーや伴奏を作るのが12音音楽である。一つの音楽に使われる基本となる音列は一つであり、別の音列が混ざることは原則としてない。したがって、この12音音楽は基本となる音列が、調性に代わるものであり、またテーマとなる。そして音列で作っている限り、音楽としての統一性を自然と得られる仕組みとなっている。

この手法でシェーンベルクが最初に書いたのが、全曲12音技法で書かれた『ピアノ組曲』op.25(1921年〜1923年)の「プレリュード」(1921年7月完成)である。作品番号では『5つのピアノ曲』op.23(1920年〜1923年)が先立っているが、12音技法による第5曲「ワルツ」は1923年2月の完成とされている。ヴェーベルンも1924年、『子どものための小品』の中で12音音列を使った作品を書き、ベルクもすぐにその技法を部分的にとり入れた。

ただし、12音の音列による作曲法はシェーンベルクの独創とは言えない。ウィーンの同僚であったヨーゼフ・マティアス・ハウアーが、シェーンベルクより2年ほど前にトローペと言われる12音の音列による作曲法を考案している。1919年にハウアーが作曲した『ノモス』は、最初の12音音楽と見なされている。この年、シェーンベルクはこの作品を自身の演奏会で紹介しているが、ハウアーが12音音楽の創始者であることに固執したこともあり、シェーンベルクと、その理解者でベルクの弟子でもある哲学者・音楽学者のテオドール・アドルノの2人から酷評される。また、1930年代のナチスの台頭により退廃音楽家として排斥され、戦後に再評価されるまで全く忘却されてしまったこともあり、ハウアーが1920年代に果たした役割が過小評価されていることは否めない。

弟子のヴェーベルンが音楽をパラメータごとに分解してトータル・セリエリズムへの道を開き、形式上の繰り返しを否定し変容を強調したのに対し、シェーンベルクは無調ながらもソナタや舞曲など従来の形式を踏襲している。また初期の無調音楽は部分的には機能和声で説明できるものが多く、マーラーやツェムリンスキーなど高度に複雑化した和声により調性があいまいになっていた後期ロマン派音楽の伝統と歴史の延長線上に位置する。

厳格でアカデミックな(ただしかなり偏った解釈でもあった)教育方針は古典作品の徹底的なアナリーゼを基礎としていた。12音技法の開拓後はリズム、形式面で古典回帰が顕著で、彼自身も新古典主義との係わりを避けることは出来なかった。

美術をはじめとする芸術一般にも興味を持ち相互に影響した。シェーンベルクの描いた表現主義的な『自画像』は(メンデルスゾーンなどと同じく)画家としての才能も示している。ロシアの画家カンディンスキーはシェーンベルクのピアノ曲演奏風景をそのまま『印象・コンサート(1911年)』という作品にしている。

亡命と晩年

ナチス・ドイツから逃れて1934年にアメリカに移住する。移住後も南カリフォルニア大学(USC)とカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて教育活動を精力的に行い、弟子にはジョン・ケージ、ルー・ハリソンなど、アメリカ現代音楽を代表する作曲家も含まれる。(アメリカでの教育活動は、アメリカの音楽教育に大きな革新をもたらしたが、反対にある種「後遺症」ともいうべき偏ったアカデミズムが長く根付くこととなった。) USCには彼の名をちなんだリサイタルホールを擁する「アーノルド・シェーンバーグ研究所」(Arnold Schoenberg Institute)があり、UCLAには彼の生前の功績をたたえ、記念講堂が建造されているが、実際のアメリカのシェーンベルクの家財道具などにアメリカでは管理費などの寄付が全く集まらず、母国のオーストリアがすべて輸入して引き取り、現在ウィーン市にシェーンベルク・センターとして情報の公開に多大の寄与をしている。

移住後は、『室内交響曲第2番』『主題と変奏』などの調性を用いた先祖帰りの作品も作曲しているが、大半が旧作の完成か、アメリカの大学の委嘱などで学生でも演奏ができるように書いた作品である。

また、他界する直前まで合唱曲『現代詩篇』を作曲していたが、未完に終った。戦後始まった第1回ダルムシュタット夏季現代音楽講習会からも講師として招待されたが、重い病気のためキャンセルした。

1951年7月13日、喘息発作のために、ロサンゼルスにて死去した。76歳。故郷ウィーン中央墓地の区に葬られており、墓石は直方体を斜めに傾けた形状である。


主な作品

詳細は「シェーンベルクの楽曲一覧」を参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%81%AE%E6%A5%BD%E6%9B%B2%E4%B8%80%E8%A6%A7


歌劇

期待 op.17(1909)
幸福な手 op.18(1908-1913)
今日から明日まで op.32(1928-1929)
モーゼとアロン (1930-1932、未完)

管弦楽曲

交響詩「ペレアスとメリザンド」 op.5(1903/1913、1918改訂)
室内交響曲第1番 op.9(1906/1923改訂/1914、1935管弦楽版)
室内交響曲第2番 op.38(1906-1916、1939-1040)
5つの管弦楽曲 op.16(1909/1922改訂/1949小管弦楽版)
浄められた夜 op.4 (1917、1943弦楽合奏版)
管弦楽のための変奏曲 op.31(1926-1928)
映画の一場面への伴奏音楽 op.34(1929-1930)
組曲ト長調(弦楽合奏)(1934)
主題と変奏 op.43a(吹奏楽版:1943)/op.43b(管弦楽版:1944)


協奏曲

ヴァイオリン協奏曲 op.36(1934-1936)
ピアノ協奏曲 op.42(1942)

室内楽曲

浄められた夜 op.4(弦楽六重奏版:1899)
弦楽四重奏曲第1番 ニ短調 op.7(1905)
弦楽四重奏曲第2番 嬰ヘ短調 op.10(1907-1908/1929弦楽合奏版) ※ソプラノ独唱付き、調性から無調への過渡期の作品
弦楽四重奏曲第3番 op.30(1927)
弦楽四重奏曲第4番 op.37(1936)
弦楽四重奏曲第5番(断片)
弦楽四重奏、五重奏、七重奏、三重奏の数々の断片
弦楽三重奏曲 op.45(1946)
鉄の旅団(1916)
セレナード op.24(1920-1923)
クリスマスの音楽(1921)
管楽五重奏曲 op.26(1923-24)
7楽器の組曲 op.29(1924-1926)
ヴァイオリンのためのピアノ独奏付き幻想曲 op.47(1949)

ピアノ曲

3つのピアノ曲 op.11(1909)
6つのピアノ小品 op.19(1911)
5つのピアノ曲 op.23(1920-1923)※無調から12音への過渡期の作品
ピアノ組曲 op.25(1921-1923)
ピアノ曲 op.33a(1928)
ピアノ曲 op.33b(1931)

独唱曲

月に憑かれたピエロ(ピエロ・リュネール) op.21(1912)
2つの歌 op.14(1907-1908)
架空庭園の書 op.15(1908-1909)
心のしげみ op.20(1911)
4つのオーケストラ歌曲 op.22(1913-1916)
ナポレオンへの頌歌 op.41(1942)

合唱曲

地上の平和 op.13(1907)
グレの歌 (1900-1911)
ヤコブの梯子(1917-1922、未完)
4つの混声合唱曲 op.27(1925)
3つの風刺 op.28(1925)
6つの無伴奏男声合唱曲 op.35(1929-1930)
コル・ニドレ op.39(1938)
ワルシャワの生き残り op.46(1947)
千年を三たび op.50a(1949)
深き淵より op.50b(1950)

編曲
チェロ協奏曲ト短調(モンの協奏曲による)(1912)
チェロ協奏曲(モンのチェンバロ協奏曲による)(1932-1933)
弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲(ヘンデルの合奏協奏曲op.6-7による)(1933)
バッハ:コラール前奏曲BWV631の管弦楽編曲(1922)
バッハ:コラール前奏曲BWV654の管弦楽編曲(1922)
ヨハン・シュトラウス2世:皇帝円舞曲の室内楽編曲(1925)
バッハ:前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552「聖アン」の管弦楽編曲(1928)
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番の管弦楽編曲(1937)
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲の室内楽編曲(10人編成)

著作

ここでは日本で出版されたものを紹介する。
『和声学 第1巻』(山根銀二訳、「読者の為の翻訳」社、1929) 第2巻が出版されたかは不明。
『作曲法入門』(中村太郎訳、カワイ楽譜、1966)
『和声法』(上田昭訳、音楽之友社、1968、新版1982)
『作曲の基礎技法』(G.ストラング、L.スタイン編、山県茂太郎、鴫原真一訳、音楽之友社、1971)
『音楽の様式と思想』(上田昭訳、三一書房、1973) 1950年にアメリカで出版されたStyle and Ideaからの抄訳。
『対位法入門』(山県茂太郎、鴫原真一訳、音楽之友社、1978)
カンディンスキーと共著『出会い――書簡・写真・絵画・記録』(J.ハール=コッホ編、土肥美夫訳、みすず書房、1985)
『シェーンベルク音楽論選 様式と思想』(上田昭訳、ちくま学芸文庫、2019)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF


 

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コメント
1. 中川隆[-14975] koaQ7Jey 2019年11月12日 20:48:47 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-2069] 報告

シェーンベルク編曲
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番の管弦楽編曲(1937)


Brahms orch. Schoenberg Piano Quartet No. 1 in G minor Op. 25 (1861 orch. 1937) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ZAhrIt6Rd0I

Performed by the London Symphony Orchestra conducted by Neeme Järvi.


_____


ブラームス/シェーンベルク ピアノ四重奏曲第1番 - YouTube
サイモン・ラトル指揮BPO
https://www.youtube.com/watch?v=xANZT4GdyMg
https://www.youtube.com/watch?v=Yppkz1DQFsw
https://www.youtube.com/watch?v=wLOpvIiu09g
https://www.youtube.com/watch?v=225xKAM9McM

▲△▽▼


ブラームス/シェーンベルク ピアノ四重奏曲第1番 の原曲


Piano Quartet No. 1 in G Minor, Op. 25 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=H47HIgpeNfE
https://www.youtube.com/watch?v=6zort-YrOqM
https://www.youtube.com/watch?v=C-ZhWhF-itc
https://www.youtube.com/watch?v=wqORoyQ3mgA

Artist: Adolf Busch
Artist: Hugo Gottesmann
Artist: Herman Busch
Artist: Rudolf Serkin


2. 中川隆[-14974] koaQ7Jey 2019年11月12日 20:50:55 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-2068] 報告

ブラームスの「交響曲第5番」?


ナチス政権の成立によってドイツを追われることとなったシェーンベルクは、パリを経てアメリカに亡命する。その地でシェーンベルクはオーケストラ作品への編曲を幾つか手がけるが、その一曲にブラームスが若かりし頃に書いたピアノ四重奏曲もあった。

シェーンベルクは出来上がったこの編曲に大変満足し、聴衆からも高い評価も獲得する。中には「ブラームスの交響曲第5番」というものまであった。しかし、実際のこの曲はブラームスが決して自らの交響曲に使わなかった楽器や特殊奏法のオンパレードであり、そして何より、ジプシー音楽的な情熱をそのまま表現した音楽それ自体、ブラームスが決して交響曲の題材に選ばなかったものである。

そのことを考えると、この編曲をブラームスの交響曲第5番と呼ぶことは、やはりあまり適当なこととは言えない。しかし、一つ視点を変えてみると、また違った様相が見えてくる時がある。

シェーンベルクはウィーンで正統派ユダヤ教徒の家庭に生まれた。しかし宗教的には自由な環境で育つ。1898年、24歳の時にプロテスタントに改宗する。同化ユダヤ人となってウィーンでの社会的地位を改善するためであったが、ウィーンで勢力の強いカトリックは選択しなかった。その後、シェーンベルクはウィーンやドイツ・ベルリンで活動を続ける。しかしユダヤ的なものへのこだわりはシェーンベルクの中でくすぶり続け、「ドイツ人」を追われた1933年、亡命の経由地パリでユダヤ教に改宗する。

しかし、ドイツ時代のシェーンベルクは、自分を偉大なドイツ音楽の継承者だと信じて疑わなかった。このことは次の言葉からも推し量る事ができよう。「ドイツ民族の魂から生まれた、外国の影響を全く受けていない私の音楽は、ラテンやスラヴ民族の覇権の期待に最も効果的に対抗し得る芸術の実例である。」(1931年、エッセイ「国民音楽」より。)偉大なドイツ音楽の伝統を受け継いだその自分を放り出したナチスに対して、シェーンベルクは憤懣やるかたないことだったろう。アメリカの地で、シェーンベルクは快適な環境を容易には見つける事ができずにいた。ましてや、ヨーロッパで苦労の末獲得した作曲家としての名声や尊敬など、ここ新世界アメリカでは御伽噺でしかなかい。

そんな中での「ブラームスの交響曲第5番」という言葉は、例えそれが編曲に対しての言葉であっとしても(アメリカの聴衆にはこの作品のメロディがブラームスのものだと気付かない者もいたが)、シェーンベルクは決して悪い気はしなかったであろう。

その昔、ブラームスの交響曲第1番は初演された当時「ベートーヴェンの交響曲第10番」と呼ばれた。偉大なベートーヴェンの伝統を受け継ぐもの、という意味を込めてである。これを踏まえると、シェーンベルクはここにおいて、ベートーヴェン−ブラームスと続くドイツ音楽の系譜の中に位置付けられる存在となったのである。そしてこの編曲以降、シェーンベルクの作品には《コル・ニドレ》や《ワルシャワの生き残り》《現代詩編》など、ユダヤ的な作品がより目立った位置を占めるようになる。このブラームスのピアノ四重奏曲の編曲は、シェーンベルクのドイツ的なものからユダヤ的なものへの転回点の時期に位置する作品であるといえるかもしれない。
https://www.chibaphil.jp/archive/program-document/brahms-sinphonie-5


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ブラームス ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 シェーンベルク編曲版
https://www.chibaphil.jp/archive/program-document/brahms-piano-quartet

〈未完成〉との間を繋ぐ鍵としての『ハンガリー・ジプシーの音楽』

1828年に31歳で早世したシューベルトと、5年後の1833年に生れたブラームス。その接点が、1880年代にブライトコプフ社が刊行したシューベルト全集で、ブラームスが交響曲の巻の編纂を担当したことにあるのは拙著『交響曲の名曲・1』で述べたとおりだ。しかし1822年前後に作曲されたまま眠り続け1865年に初演された〈未完成〉と、それより前の1861年に完成・初演されたブラームスの〈ピアノ四重奏曲・第1番〉との関係をひもとくのは一筋縄ではいかない。鍵は『ハンガリー・ジプシーの音楽』にある。


以前ハンガリーの指揮者I.フィッシャーがN響に客演して『ハンガリー音楽特集』を指揮した際に〈未完成〉が入っていたので、その理由について質問を受けたことがある。しかし、これは音楽映画『未完成交響楽』をご存じの世代には説明を要しないことであろう。そこではハンガリーの貴族エスタルハージ家の令嬢との恋の破局が、第3楽章以下を破棄させた原因として描かれていたからだ。史実を自由に取捨選択してロマンティックなフィクションを創作した古典的音楽映画にクレームをつけるなら、例えば、最晩年に作曲されることになる〈菩提樹〉が既に歌われている等、幾らでもできるが、シューベルトが高名な貴族の音楽教師として雇われてハンガリーのツェレスに赴いたのは事実(但し令嬢は、まだ12歳だったのだけれども)。そして〈未完成〉にハンガリー・ジプシーの音楽を思わせる主題が登場するのも明らかなのだ。

第1楽章が始まって直ぐオーボエとクラリネットがユニゾンで吹く主題@がそれ(以下ジプシー関係の譜例は、比較し易いようにイ短調に移調してある)。ついでに言うと、こうした単旋律を木管で呈示する場合、普通は一つの楽器のソロの方が推奨される。違う楽器2本のユニゾンだと音程が合いにくいからだが、シューベルトが敢えてリスクを犯したのはハンガリー・ジプシーの使う木管楽器の土臭い音色を、ダブル・リードのオーボエとシングル・リードのクラという異種の混合色で真似しようという意図があったからだという説もある。

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Aがハンガリー・ジプシーの短音階とされるものだが、@の↓のミ♭あたりが、クラシック音楽の一般的な短音階とは違って『こぶしを効かせた』感じとなる。これを半音高いミ・ナチュラルで演奏してみれば、この音が〈未完成〉の哀調を帯びた雰囲気の鍵を握っていることがお分かり頂けることだろう。

brahms pq fig02 03

ジプシー音楽はウィーンでも聴けたはずであり、シューベルトがツェレスで初めて接したということにはならないと思われるので、シューベルトの場合、時系列的な前後関係まで深追いしても意味はないが、ブラームスの場合は直接の伝授者がはっきりしている。17歳の時に知り合ったハンガリーからの亡命ヴァイオリニスト、レメーニだ。その成果が35歳の1868年に〈ハンガリー舞曲集〉として発表されたのはご存じのとおりだが、それより前に初演されて大成功を収めたハンガリー・ジプシー系の作品がある。それが他ならぬ、この〈ピアノ四重奏曲・第1番〉なのだ。

1861年にクララ・シューマンのピアノ他で行なわれた初演は、特に第4楽章が聴衆から最も喝采され、友人の大ヴァイオリニスト、ヨアヒムもこのフィナーレ楽章を絶賛したという。Bがその主題。この場合音程そのものは普通の旋律的短音階なのだが、6小節目(↓)で高く跳ね上がるあたりが民俗的だ(普通ならオクターヴ下になるはず)。

パソコンがフリーズしてしまったおかげで、この原稿は03年のニューイャー・コンサートを観ながら打っているのだが、アーノンクールが〈ハンガリー舞曲第5番〉をブラームスが一番気に入っていたというライヒェルトの編曲で演奏している。その中で最も目立った特徴は、主部の終わりで、旋律線が通常よりオクターヴ高く跳躍すること。この『裏返った』強調こそは、Bの6小節目と同じで、ブラームスがジプシー風と感じていたポイントの一つに他ならないのではあるまいかと、改めて実感した次第。フィナーレ楽章中間部のチェロに出てくる短調の主題Cなどは、ジプシーの嘆きそのものと言っても過言ではなく、理屈っぽい説明は不要だろう。
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交響曲をどう終わらせるか。ベートーヴェンの重圧。

ハイドンが100曲以上も交響曲を書き、モーツァルトも40曲を超えたのに、ベートーヴェンが9曲しか残さなかったのは後の交響曲作曲家にとって大きなプレッシャーとなった。数の少なさではなく、作曲家が芸術家としての全能力を注ぎ、思想的な主張まで折り込んだ選りすぐりの傑作として交響曲を位置づけなければならなくなったからだ。そのためブラームス、チャイコフスキー、ドヴォルジャーク等は、古典派の時代だったら交響曲としてもおかしくない内容の曲を、〈セレナード〉や〈組曲〉として発表することになる。シューベルトがロ短調交響曲を未完成のまま残した理由を、そうしたあたりに求める学者も少なくない。

シューベルトは6曲の未完成交響曲を残しているが、そのうちの5曲は〈6番〉を作曲した19歳より後に集中している。楽想は幾らでも湧いてくるのから、素材は直ぐに出来てしまうのだが、それを纏めあげてベートーヴェンに較べて見劣りしないような4楽章仕立ての大交響曲として仕上げるのが至難の業だったからだ。ロ短調の〈未完成〉の場合は、第1楽章からトロンボーンを使うのに加え、最初から大衆音楽としてのジプシーの要素を導入するなど、ベートーヴェンを越えようとする新機軸を採用して意欲満々で前半2楽章を書き終えたものの、その着地の仕方に手こずり、仕切り直し的に再挑戦したハ長調の〈グレイト〉で、一応、一つの解答を見出したところで神に召されたのである。

ブラームスの場合も2曲のピアノ協奏曲を、その内容の重厚さから『ピアノ独奏付きの交響曲』と呼ぶこともあるし、例えば〈交響曲第5番〉になるはずがヴァイオリンとチェロの〈二重協奏曲〉になったように、交響曲として着想した素材を、結局は違う形の曲に仕上げたケースも多い。

ブラームスは43歳の1876年に完成・初演した〈1番〉を含めて4曲しか交響曲を残していないのだが、シェーンベルクの堂々たる編曲でお聴きになれば、それより15年前に初演されたこの〈ピアノ四重奏曲・第1番〉こそは、2曲の〈セレナード〉よりも『幻の交響曲』に相応しいことを実感されるに違いない。シェーンベルクは、冗談めかして「ブラームスの〈5番〉」と呼んでいたそうだが、原曲の成立年代を考慮するなら、ブルックナー風に〈0番〉とする方が似合いではあるまいか。しかしその場合に引っ掛かる可能性があるのが、ジプシー音楽風のフィナーレなのだ。

フィナーレを締め括る『ジプシーの音楽』による熱狂

シェーンベルクは長さや構成は原曲を尊重して、オーケストレーションだけに仕事を限っているので比較し易い。もし仮にブラームス自身が同様の試みを行なったとしたら、色彩は比べ物にならないくらい地味になったに違いないにしろ、シェーンベルクの編曲版と同じく原寸大の交響曲的な大作が出来上がったのは間違いないのだ。もし、それを〈交響曲第1番〉として発表したなら、当時の批評は、前半3楽章の北ドイツ的な重厚さを認めつつも、新進気鋭の若手が力及ばず、第4楽章で「大衆音楽へ擦り寄った」として批判した可能性が強い。

我々が、こうしたフィナーレにそれほど違和感を感じないのは、既に後の〈ハンガリー舞曲集〉の編曲者としてのブラームスを知っていることも大きい。更には、チャイコフスキーの交響曲〈第4番〉やドヴォルジャークの〈8番〉等、民俗音楽的・民衆音楽的な要素を打ち出したフィナーレを結論とする交響曲が歴史的に承認されてしまってから後の耳で聴いているという事実も忘れてはなるまい。

結局ブラームスは、交響曲の終楽章としては4曲とも構成的に凝った『芸術音楽』として誰からも後ろ指を差されないフィナーレを書いたわけだが、このシェーンベルク編曲版を体験すると、血気盛んだった20代に、こうした舞曲的な乗りで最後にエネルギーを開放するタイプの交響曲 -- ベートーヴェンの〈7番〉やメンデルスゾーンの〈イタリア〉を継承してバッカス的な熱狂で終わるタイプのシンフォニーを発表しても良かったのではと思えるのだ。少なくとも筆者は、シェーンベルクの優れた編曲に感謝しつつ、後の4曲に比すべき本格的な交響曲として演奏するつもりである。

話を〈未完成〉に戻そう。一頃〈未完成〉を完成させようという試みが真剣になされ、作曲を公募するコンクールさえ行なわれたこともある。それをブラームス=シェーンベルクによる〈0番〉的な解答から遡って考えてみると、シューベルトの場合も、ハンガリー・ジプシー的なフィナーレ楽章という選択肢もあり得たのではないかという気がしてくる。今回この2曲が並んだのは偶然の賜物だが、〈未完成〉の『幻のフィナーレ楽章』という観点から、想像を巡らすのも一興であろう。
https://www.chibaphil.jp/archive/program-document/brahms-piano-quartet/page-2


シェーンベルクの編曲と楽章の解説
https://www.chibaphil.jp/archive/program-document/brahms-piano-quartet/page-3


この編曲はナチスを逃れてロサンジェルスに定住することになったシェーンベルクに、同様の境遇で同地にいた指揮者クレンペラーが提案することで実現した。チェロやヴィオラを弾いて原曲を知り尽くしていたシェーンベルクは、ブラームスの構造をいじることなく、オーケストレーションのみに徹して編曲を行なったが、ピッコロ&バス・クラリネット、コールアングレといったブラームスの使わなかった管楽器を含む3管編成で打楽器をマーラーの交響曲ばりに総動員したために、極めて色彩的なスコアとなっている。編曲は1937年、初演は翌38年5月7日にクレンペラーの指揮によってロスで行なわれた。その時のエピソードとして、この編曲を無調・12音技法の雄シェーンベルク自身の新作と勘違いしたロスのマネージャーが「なぜ人が『シェーンベルクにはメロディが無い』と言うのか私には分からんね。あの曲は、とてもメロディックなのに」と評したことが知られている。

第1楽章 アレグロ、ト短調、4/4拍子、ソナタ形式。

第1主題はDとEからなる。ブラームスは〈4番〉の第3楽章で、こうした双頭主題を上下に重ねて同時に出すといった芸当を見せるが、ここではDが終わったらEをという普通の形。しかし再現部ではE→Dと逆にして古典派的・図式的なシンメトリーを避けるように工夫し、全体がストーリー風に発展してゆくロマン派的な展開を選択。第2主題はFとその変容Gで、苦悩を内に秘めた第1主題群に対して、若者らしく積極的に進む意志が感じられる。

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20代のブラームスはシューマンによってヨーロッパ楽壇に華々しく『天才出現』と紹介されたものの、翌年そのシューマンが入水自殺を図り、やがて精神病院で没するという悲劇を目の当たりにした。これが23歳の1856年のこと。子供達を育てながらピアニスト・作曲家として活躍する未亡人クララ・シューマンに対する想いは生涯に亙って続くが、当時は極めて熱いものがあった。この楽章には、そうした『シュトゥルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)』時代の青年作曲家の心の嵐と諦念が刻印されている。

第2楽章 "インテルメッツォ(間奏曲)" アレグロ・マ・ノン・トロッポ、ハ短調、9/8、三部形式。

インテルメッツォと題されてはいるがシューマン風な短いエピソードではなく、実質的にはかなり規模の大きなスケルツォ楽章。但しベートーヴェン的な哄笑や諧謔とは無縁で、主部はむしろ歌謡的。ブラームスは〈交響曲第2番〉の第3楽章で、牧歌的な主部に軽快なトリオを挟む『逆スケルツォ』を実践しているが、この楽章はその原型か。第1楽章の嘆きを継承したような暗い主部Hに、突然、光が差し込んだかのような軽快なトリオ(アニマート、変イ長調)Iが挟まれている。

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このIは5小節の変則的なメートリクを採用しているだけでなく、その中にシューマン→ブラームス楽派のDNAとも言うべきヘミオラのリズム・パターン(タイを使った2小節単位の3拍子)を含んでいるのが重要。メンデルスゾーン風のスケルツォの飛翔感にペンタゴン的な5角形の車輪を与えたようなこのトリオは、一見、ごく普通の走馬灯のように見えるが、実は、全曲中で最も過激な実験精神を秘めた箇所なのだ。後の〈ハイドンの主題による変奏曲〉の最後で5小節周期のパッサカリアを採用しているが、このトリオはテンポが速いぶん、リズム的な要素がマジカルに浮き上がってくる。

主部に戻った後のコーダは、トリオの陽光を回想しハ長調で結ばれる。

第3楽章 アンダンテ・コン・モート、変ホ長調、3/4、三部形式。

前楽章のコーダで予感されたように、ここで楽章としては初めて長調に転ずる。この楽章はオーケストラ化によってシンフォニックなスケールを獲得し、本格的な緩徐楽章としての訴えかけが一段と強まった。この主部J全体は〈交響曲第2番〉を走行試験的に先取りしているのだが、コーダでその原主題が、正に〈2番〉そのままの姿で現示されるあたりは、ブラームス・ファンにとって聞き逃せないポイントの一つであろう。

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付点リズムを特徴とする経過的エピソードを経て飛び込む中問部(アニマート、ハ長調)Kは、シェーンベルクがギャロップ風のリズムを打楽器群によって強調したために、騎馬軍団が走り抜けてゆくようなイメージが一段と鮮明になっている。

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第4楽章 "ロンド・アラ・ツインガレーゼ(ジプシー風のロンド)" プレスト、ト短調、2/4、ロンド形式。

シェーンベルクがこの楽章のジプシー風の性格を強調しているのは、冒頭のBの伴奏音型の弦に弓の木部で叩く奏法を要求して、ハンガリー・ジプシーの楽器チンバロン(棒状の撥で弦を叩くピアノの原型となる楽器)を模していることでも明らかだ。更に重要なのは、この楽章の舞曲的なエネルギーを謝肉祭的な熱狂へと開放するために、木琴、鉄琴、タンバリンといったブラームスが使わなかった打楽器群を総動員して、原色的なオーケストレーションを施していることだ。

シェーンベルクは第1楽章ではブラームスの渋い響きを尊重しているのだが、楽章を追うごとに色調を自らの時代の方に引き寄せ、このフィナーレで近代兵器としてのオーケストラのパレットを全開するのである。

3小節周期の乗りの良いメートリクを特徴とするBに対して、無窮動的なLは、祭のざわめきを感じさせるが、シェーンベルクがそこに原曲にはない不協和音によるハロウィン的なギャグを仕込んでいるあたりも聞き物だ。

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中間部でテンポが緩んで、Cを交えた新たなクープレに入るあたりは〈ハンガリー舞曲・第1番〉や〈5番〉と似たパターン。コーダ直前のカデンツァは、ストコフスキーを思わせるオルガン風な響きと、ソロ群の対比が鮮烈な効果を上げる。コーダのストレッタ(追い込み)もオーケストラ化による筋肉強化、特に金管群の音色旋律的な格闘が興奮を一段と煽り、舞曲的な熱狂が臨界に達したところで締め括られる。
https://www.chibaphil.jp/archive/program-document/brahms-piano-quartet/page-3

3. 中川隆[-14973] koaQ7Jey 2019年11月12日 21:26:29 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-2067] 報告
シェーンベルク編曲
ヨハン・シュトラウス2世:皇帝円舞曲の室内楽編曲(1925)


新ウィーン楽派編曲によるヨハン・シュトラウス2世:ワルツ作品集
皇帝円舞曲,南国のバラ,酒・女・歌,他
ボストン・シンフォニー・チェンバー・プレーヤーズ - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=W1FO_SZJrsQ

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Johann Strauss II :Emperor Waltz(arr. Schoenberg)/Gidon Kremer and Friends - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=UgfuWFA0hFs

Flute :Irena Grafenauer
Clarinet:Eduard Brunner(1939ー2017)
Violin:Gidon Kremer・Isabelle van Keulen
Viola :Tabea Zimmermann
Cello :Boris Pergamenshchikov(1948-2004)
Piano :Oleg Maisenberg
1989.5.12 Tokyo
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strauss Emperor Waltz, arranged by Schoenberg for chamber ensemble. - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=fKs0BJRAmy4

Strauss: Emperor Waltz, chamber arrangement by Schoenberg, performed by Mistral April 8, 2017
www.MistralMusic.org
_____

Johann Strauss II - Emperor Waltz arr. Schoenberg - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=vVc_6tP-jVU


Johann Strauss II - The Emperor Waltz, op. 437 (arr. Arnold Schoenberg)

Tulsa Camerata - February 24, 2011
Cascia Hall Performing Arts Center
Tulsa, OK

John Rush, flute
David Carter, clarinet
Liza Villarreal, violin
Phil Wachowski, viola
Krassimira Figg, violoncello
Allyson Eskitch, piano

audio recording by James Plumlee

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4. 中川隆[-14972] koaQ7Jey 2019年11月12日 21:33:13 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-2066] 報告

ヨハン・シュトラウス2世:皇帝円舞曲の原曲


1. Januar - Kaiser Walzer - Emperor Waltz
- Vienna Philharmonic Orchestra cond. Bruno Walter - 1938 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=wANtIjI8hT8
https://www.youtube.com/watch?v=2Z1DOwzKZ8k

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Emperor Waltz, Op. 437 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Y1abciW5WE0
https://www.youtube.com/watch?v=RTRLRGqnJ50

指揮:ブルーノ・ワルター
コロンビア交響楽団
録音:1956年3月22〜23日


5. 中川隆[-14971] koaQ7Jey 2019年11月12日 22:35:47 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-2065] 報告

シェーンベルク編曲
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲の室内楽編曲(10人編成)


Debussy-Schoenberg Verein Prélude à l'après-midi d'un faune - Salastina Music Society - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=MvrzwZvCXo0


Kevin Kumar and Maia Jasper, Artistic Directors & Violins
Meredith Crawford, Viola
Yves Dharamraj, Cello
Geoff Osika, Double Bass
Benjamin Smolen, Flute
Ariana Ghez, Oboe
Chris Stoutenborough, Clarinet
Scott Dunn, Piano
Grace Chung, Keyboard
with soprano Elissa Johnston filling in on percussion
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DEBUSSY - SCHÖNBERG (Transcrição) - Prélude à l'aprés-midi d'un faune - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=58Wcouog-8s


Orquestra Bachiana Brasileira
Solistas: Marcelo Bomfim, Flauta
Jorge Postel, Oboé, Marcos Passos, Clarineta
Tamara Ujakova, Piano, Elisa Wiermann, Harmonio
Direção e Regência: Ricardo Rocha

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ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲の原曲

Debussy - Prelude à l'après-midi d'un faune - Leningrad - Mravinsky - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=9LpkGXLgPBo
https://www.youtube.com/watch?v=kbff0ll4RTQ

Leningrad Philharmonic Orchestra
Evgeny Mravinsky
Live recording, Moscow, 28.II.1965

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Claude Debussy, Prélude à l'Après-midi d'un faune - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=bYyK922PsUw
https://www.youtube.com/watch?v=zInZfeEj-4Q

Charles Dutoit 1989年5月
Orchestre symphonique de Montréal

6. 中川隆[-14962] koaQ7Jey 2019年11月13日 16:57:39 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-2055] 報告
シェーンベルク編曲
ヘンデルの合奏協奏曲 op.6-7 による弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲(1933)


Schoenberg Concerto for string quartet & orchestra (part 1, 2) "Filarmonica" - quartet



"Filarmonica"-quartet, Novosibirsk Philharmonic orchestra, Mikhail Granovsky.

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Arnold Schoenberg, Concerto for String Quartet & Orchestra in B Flat Major After Handel's HWV 325 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=YREryvw9XPg

Arnold Schoenberg, Concerto for String Quartet & Orchestra in B-Flat Major (After Handel's HWV 325)

1. Largo – Allegro
2. Largo
3. Allegretto grazioso
4. Hornpipe. Moderato

Quatour Diotima
SWR Sinfonieorchester Baden-Baden und Freiburg
Michael Gielen, conductor

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Arnold Schoenberg (after Handel) Concerto for string quartet and orchestra (1933) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=2qJ1KN1pVIU

A 'free transcription' of Handel's Concerto grosso in B-flat major Op. 6, No. 7

I. Largo. Allegro
II. Largo
III. Allegretto grazioso
IV. Hornpipe. Moderato.

Performed by the Lenox Quartet and the London Symphony Orchestra conducted by Harold Faberman.


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ヘンデルの合奏協奏曲 op.6-7 の原曲

Händel Concerto Grosso op 6 No 7 Busch Chamber Players - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=P5Yxgogqxfc
https://www.youtube.com/watch?v=TXZeZ-gI2Cg

Concerto Grosso op 6 No 7 in B flat Major by Georg Friedrich Händel
1. Largo
2. Allegro
3. Largo e piano
4. Andante
5. Hornpipe
The Busch Chamber Players
II.1946

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Karl Richter Concerto grosso op 6 No 7 Händel - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ZLFLgMG6rYM

Concerto grosso op 6 No 7 in B Major by Georg Friedrich Händel
Larghetto
Allegro
Largo e piano
Andante
Hornpipe
Münchener Bach Orchester
Karl Richter, conductor





7. 中川隆[-14961] koaQ7Jey 2019年11月13日 17:23:17 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-2054] 報告
シェーンベルク編曲
バッハ:前奏曲とフーガ変ホ長調 BWV552「聖アン」の管弦楽編曲(1928)

Jacek Kaspszyk conducts Bach-Schoenberg's Prelude and Fugue in E-flat major BWV 552



0:31 Preludium/Prelude
9:28 Fuga/Fugue
Jacek Kaspszyk - dyrygent/conductor
Orkiestra Filharmonii Narodowej/Warsaw Philharmonic Orchestra
recorded at Warsaw Philharmonic Concert Hall, November 20, 2015

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Schoenberg Prelude and fugue in E flat major, Bach - Ozawa BSO - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=32JjEib8drM
https://www.youtube.com/watch?v=MPscpDG1vF0

Ozawa: Boston Symphony Orchestra
Released on: 1992-01-01

_____


Bach-Schoenberg - Prelude and Fugue BWV 552 (Arr. for large orchestra) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=O_R7M0vDLn8

Prelude and Fugue BWV 552 for Organ
arr. for large orchestra by Arnold Schoenberg (1874-1951)

Sinfonieorchester des Norddeutschen Rundfunks conducted by
Michael Gielen
Live recording Funkhaus Hannover des NDR, 29.01.1979

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Bach ( Arr. Schoenberg) Praeludium & Fugue St Anne BWV 552-
BBC Philharmonic- Slatkin - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=RDADGE44i_o

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バッハ:前奏曲とフーガ変ホ長調 BWV552 の原曲

Helmut Walcha Bach Praeludio et Fuga pro organo pleno BWV 552 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=a-Gwt1ODRgs
https://www.youtube.com/watch?v=lZUULI_DcsI

_____

Karl Richter - Organ Works - Prelude & Fugue In E-Flat - BWV 552 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=6ggecv8ImBs
https://www.youtube.com/watch?v=Qkj0GO_a3r8



8. 中川隆[-14960] koaQ7Jey 2019年11月13日 18:09:15 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-2053] 報告
シェーンベルク編曲
バッハ:コラール前奏曲 BWV631 の管弦楽編曲(1922)
バッハ:コラール前奏曲 BWV654 の管弦楽編曲(1922)



Bach arr. Schoenberg Choral Preludes (Horenstein) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=jSt7bomfySw

Bach arr. Schoenberg

1) Schmücke dich, o liebe Seele
2) Komm, Gott, Schöpfer, Heiliger Geist

Berlin Philharmonic Orchestra
Nicolai Graudan, cello
cond. Jascha Horenstein, 1929

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J.S. Bach - Komm, Gott Schöpfer, Heiliger Geist BWV 631 (Schoenberg) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=DhhLH6E3dX8

Johann Sebastian Bach (1685-1750) - Prelude aus dem Choral "Komm, Gott Schöpfer, Heiliger Geist" BWV 631, in einer Orchestrierung von Arnold Schoenberg

Houston Symphony Orchestra
Christoph Eschenbach - Dirrigent
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J.S. Bach - Schmücke Dich, O liebe Seele, BWV 654 (Schoenberg) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=CKo4tcD6W50
Johann Sebastian Bach (1685-1750) - Prelude aus der Choralkantane "Schmücke dich, O liebe Seele" BWV 654, in einer Orchestrierung von Arnold Schoenberg

Houston Symphony Orchestra
Christoph Eschenbach - Dirrigent
Desmond Hoebig - Cello solo

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Bach-Schoenberg - 2 Choral Preludes (Arranged for Orchestra) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=XfjpXFs91VY

Two Choral Preludes arranged for orchestra by Arnold Schoenberg(1922)

1. Schmücke dich, o liebe Seele BWV 654
2. Komm, Gott Schöpfer, heiliger Geist BWV 667

Sinfonieorchester des Norddeutschen Rundfunks conducted by Michael Gielen
Live recording Funkhaus Hannover des NDR, 29.01.1979
https://www.youtube.com/watch?v=XfjpXFs91VY

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J.S. Bach orch. Schoenberg Two Chorale Preludes, arranged for orchestra (orch. 1922) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=rFOtvGTSd_k


I. Chorale prelude on Komm, Gott Schöpfer, Heiliger Geist BWV 631 00:00-02:20
II. Chorale prelude on Schmücke dich, o liebe Seele BWV 654 02:20-08:01

Performed by the Philharmonia Orchestra conducted by Robert Craft.

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バッハ:コラール前奏曲 BWV631、BWV654 の原曲

J. S. Bach - Chorale-Prelude Komm, Gott Schöpfer, Heiliger Geist BWV 631 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=BKWcI7OR4_o

from Orgel-Büchlein
Ton Koopman, Organ

___

Bach - Choral Prelude ''Schmücke dich, o liebe Seele'' BWV 654 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NqSEPo6twLI

Ton Koopman, organ

____

J. S. Bach “Organ Works” (Helmut Walcha) 27 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=i-w15xmbrBY

“18 Chorales, BWV 651-668, ‘Leipziger Chorale’”

1) Fantasia super Komm, Heiliger Geist, Herre Gott, BWV 651
2) Komm, Heiliger Geist, Herre Gott, BWV 652
3) An Wasserflussen Babylon, BWV 653
4) Schmucke dich, o liebe Seele, BWV 654
5) Trio super Herr Jesu Christ, dich zu uns wend, BWV 655
6) O Lamm Gottes, unschuldig, BWV 656
7) Nun danket alle Gott, BWV 657
8) Von Gott will ich nicht lassen, BWV 658
9) Nun komm, der Heiden Heiland, BWV 659
10) Trio super Nun komm, der Heiden Heiland, BWV 660
11) Nun komm, der Heiden Heiland, BWV 661
12) Allein Gott in der Hoh sei Ehr, BWV 662
13) Allein Gott in der Hoh sei Ehr, BWV 663
14) Trio super Allein Gott in der Hoh sei Ehr, BWV 664
15) Jesu Christus, unser Heiland, BWV 665
16) Jesus Christus, unser Heiland alio modo, BWV 666
17) Komm, Gott Schopfer, Heiliger Geist, BWV 667
18) Vor deinen Thron tret ich hiermit, BWV 668


9. 中川隆[-14887] koaQ7Jey 2019年11月16日 12:56:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1978] 報告
シェーンベルク編曲
チェロ協奏曲(モンのチェンバロ協奏曲による)(1932-1933)

Arnold Schoenberg (after Monn) Concerto for cello and orchestra (1932-33) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=kV3mZipNmYQ


Based on Monn's Concerto in D major for harpsichord.

I. Allegro moderato
II. Andante, alla Marcia
III. Tempo di Minuetto.

Performed by Fred Sherry (cello) and the Philharmonia Orchestra conducted by Robert Craft.


▲△▽▼

モン チェンバロ協奏曲の原曲


Matthias Georg Monn-Harpsichord Concerto in D - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=AXKZ76Eaxk0

1, Allegro
2, Andante
3, Tempo di Menuetto

____

GEORG MATTHIAS MONN Concerto for Harpsichord, Strings & BC in D Major - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=cWrTiyJR25A


Concerti
La Stagione Frankfurt
-Michael Schneider-


10. 中川隆[-14886] koaQ7Jey 2019年11月16日 13:18:26 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1977] 報告

シェーンベルク編曲
チェロ協奏曲ト短調(GEORG MATTHIAS MONN : Concerto for Violoncello, Strings and Basso continuo による)(1912)


Mark Drobinsky, violoncelle M.G.Monn - A. Schonberg Concerto g-moll, Allegro - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=9LRIbaZyyX0

https://www.youtube.com/watch?v=PiUcVRCT9fs


▲△▽▼


GEORG MATTHIAS MONN : Concerto for Violoncello, Strings and Basso continuo in G minor の原曲


GEORG MATTHIAS MONN Concerto for Violoncello, Strings and Basso continuo in G minor. - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=1gTIXTJ7uLg

Georg Matthias Monn
Concerto for Violoncello, Strings and Basso continuo in G minor
La Stagione Frankfurt

____

Jacqueline du Pre - Monn cello concerto g minor - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=oHiuvbtZ42c
https://www.youtube.com/watch?v=Ja0PO7IarFI

1. Allegro Moderato
2. Adagio
3. Allegro

Jacqueline du Pré, cello
The London Symphony Orchestra
Sir John Barbirolli, conductor
in 1968.

11. 中川隆[-14884] koaQ7Jey 2019年11月16日 14:11:15 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1975] 報告
Moses und Aron - Arnold Schoenberg - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=NKm_cdlodLQ


»Moses und Aron« (1930-1932, UA 1957), eine unvollendete Oper auf ein Libretto vom Komponisten.

00:00 I. Akt
46:07 Zwischenspiel
48:02 II. Akt

Franz Mazura – Moses
Philip Langridge – Aron
Aage Haugland – Priester
Barbara Bonney – Mädchen
Mira Zakai – Eine Kranke
Daniel Harper – Junger Mann
Thomas Dymit – Der nackte Jüngling
Herbert Wittges – Ein Mann / Der Ephraimit
Kurt Link – Andrer Mann

Chicago Symphony Chorus & Orchestra
Georg Solti, 1984

12. 中川隆[-14883] koaQ7Jey 2019年11月16日 14:16:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1974] 報告
アーノルド・シェーンベルク モーゼとアロン (1954年 初演)


新・ウィーン楽派の元締めと言えるアーノルド・シェーンベルクが台本を書き、作曲もしたオペラ「モーゼとアロン」です。第2幕までは1932年に完成させ、第3幕は結局は未完に終わった作品。このオペラをご存知のない方でも、旧約聖書にあるモーゼとアロンの兄弟の軋轢の話は、ご存知でしょう。

この「モーゼとアロン」というオペラを、「理解者と協力者の乖離」という観点からみることは、「アラベラ」よりも、はるかに容易ですよね?

何と言っても、アロンはモーゼの言葉を理解していない。しかし、モーゼが受けた神からの言葉を広めるのに当たって最大の協力者である・・それくらいは、簡単に読めること。自分のことや言っている中身を理解していないアロンに頼らないといけないモーゼは、それゆえに苦悩する。

シュトラウスとホフマンスタールの「アラベラ」が、洗練された外観を持ちながら、内容的には悲痛な心情を含んでいる。いや、悲痛な面を持っているのはホフマンスタールの台本だけかな?

それに対し、シェーンベルクの「モーゼとアロン」は、シリアスな外観を持っていますが、ギャグ満載の爆笑オペラなんですね。20世紀のオペラで、これほど笑える作品って、他にあるのかしら?


オペラ「モーゼとアロン」ですが、基本的なストーリーは旧約聖書のモーゼとアロンのエピソードによっています。簡単にまとめると、下記のとおり。


1. モーゼが神から言葉を受ける。

2. その言葉を自分で直接民衆に伝えようと思っても、うまく伝えることができない。

3. だから、言葉を上手に伝える能力を持っている、モーゼの兄のアロンと一緒に活動することになる。

4. アロンは見事にモーゼの言葉を語る。

5. 民衆は、モーゼよりアロンの方を絶賛し、「これぞ!奇跡だ!」

6. 民衆より絶賛を受けたアロンは、「その気」になって、どんどんと民衆を喜ばせる方向に、言葉を変えて行ってしまう。

7. モーゼは「まっ、とりあえずアロンに任せておくか・・・」と、引っ込んでしまう。

8. 民衆の期待に応えたアロンは、乱痴気騒ぎの大集会。

9. こうなると、本来のモーゼの言葉は、どこかに行ってしまう。

10. ここでモーゼが乗り込んできて、

「こらぁ!ええ加減にせんかい!」
「ワシの言葉を忠実に伝えろよ!」


11. アロンは、

「だってぇ・・・だってぇ・・・そもそもアンタが、民衆から離れすぎているのがいけないんじゃないか!」

と反論。


12. モーゼは

「じゃかぁしいんじゃ!最後にはワシの方が勝つんじゃ!」


基本的なあらすじは、こんなところ。いやぁ・・・笑える。

モーゼにとっては、アロンは重要な協力者。しかし、理解者とは言えない。だから、どうしても、このような齟齬が起こってしまう。


さて、このオペラ「モーゼとアロン」の台本を書き、作曲をしたシェーンベルクは、基本的には作曲家。作曲家にとって、親類とも言える身近な存在で、重要な協力者と言えるけど・・・残念なことに、理解者とは、とても言えない存在って、何?

それは演奏家でしょ?

作曲家が作曲した作品を、実際に音にし、多くの人に聞いてもらうに当たって、演奏を本職とする演奏家の協力は、現実的には、不可欠。

しかし、演奏家は、その作品の本当の意味がわからないので、どうしても民衆の好みに合わせてしまう。おまけに音楽家の中でマジョリティーなのは演奏家の側であって作曲家ではない。演奏家は自分たちの常識が、音楽界の常識と思ってしまうわけ。

それに演奏家は直接聴衆と接するので、「結果」が出やすい。それに、演奏家と作曲家ではどちらが、「実際的な力」を持っているのか?

それについては言うまでもないことでしょ?

音楽界の常識は、往々にして演奏家の常識であって、作曲家の常識ではないわけ。演奏家と作曲家が分業して以来、音楽史においては、そんな作曲家と演奏家のぶつかり合いって、よく出てきますよね?

まあ、批評家のような存在は、作曲家にとっては、そもそも理解者でも協力者でもなく単なるオジャマ虫なんだから、扱いがラク。しかし、演奏家は、作曲家にとって必要な協力者であっても、理解者ではない・・・だからこそ扱いが難しいわけ。

作曲家も演奏家も、本来は、同じ音楽の神を父とする兄弟同士なんだから、最初は一緒に行動するけど、方向性の違いから、やがては諍いとなってしまう。

あらまあ!なんとコミカルな悲劇だこと!!

この「モーゼとアロン」というオペラにおいて、モーゼを作曲家、アロンを演奏家としてみると、ツボを押さえたギャグ満載のオペラになるわけ。基本的には、こんな調子。


1. 作曲家が神から霊感を受ける。

2. 作曲家は自分では自分の曲をうまく演奏できない。

3. と言うことで、演奏が本職の演奏家が登場。とりあえず一緒に活動することになる。

4. 演奏家は見事に演奏する。

5. 見事な「演奏」に民衆は感激!

「感動した!これぞ奇跡だ!」


6. 民衆から絶賛されて「その気」になった演奏家は、もともとの作品にどんどんと手を入れ、ますます民衆を喜ばせる方向に向かってしまう。

7. 作曲家は、

「まっ、とりあえず演奏家に任せておくか・・・」

と、引っ込んで、新たな作曲活動。


8. 民衆の絶賛を浴びた演奏家は、大規模な演奏会を主催して、ますます民衆を喜ばせる。

9. そうなると、もともとの作曲家の意図が完全にどこかに行ってしまう。

10. とんでもない状態になっていることに気が付いた作曲家は、演奏家の元に乗り込んできて、

「こらっ!ええ加減にせんかい!

ものには限度というものがあるんじゃ!

楽譜に忠実に演奏しろよ!」


11. 作曲家の立腹に対し、演奏家は

「そもそもアンタの作品が民衆の理解からかけ離れすぎているのが悪いんじゃないか!」

と反論。


12. 演奏家からの反論を受けながら、

「最後に業績が残るのは作曲家の方なんじゃ!」

と締める。


私個人は作曲家でも演奏家でもありませんが、まあ、上記のようなやり取りって、音楽創造の現場では、ありがちなことではないの?

逆に、そんなぶつかり合いもない状態だったら、創造現場とは言えないでしょ?

オペラに限らず作品の解釈に当たっては、一義的ではないでしょう。受け手の様々な解釈も許容される・・・原理的にはそのとおり。

しかし、ここまでツボを押さえているのだから、作曲をした・・・と言うか台本を書いたシェーンベルクが、モーゼ=作曲家、アロン=演奏家 という役割を考えなかったわけがないでしょ?


そもそも、シェーンベルクはウィーンに生まれたユダヤ人ですが、もともとはユダヤ教徒ではありませんでした。もともとはキリスト教徒だったわけ。だからユダヤ教徒歴よりも作曲家歴の方が長いわけ。シェーンベルクは、まずは、作曲家なんですね。

もちろん、このオペラには、旧約聖書におけるユダヤ人の信仰の問題もあるでしょう。ユダヤ人のアイデンティティの問題だってないわけがない。音楽創造現場の問題とユダヤ人の信仰の問題のどっちがメインのテーマなのかは別として、モーゼとアロンというユダヤの有名人が出てくるんだから、信仰の問題がないわけがない。しかし、ユダヤの問題をメインに扱った作品と考えるには、かなり無理がある。

この「モーゼとアロン」というオペラは、どうして、その歌詞がドイツ語なの?

ウィーン生まれのシェーンベルクにしてみれば、ドイツ語はいわば母国語。自分の考えをまとめたり、歌詞を一番書きやすい言語。だからドイツ語でオペラの歌詞を書いた。それはそうでしょう。しかし、ユダヤ人の信仰の問題を主に扱うのなら、どうせならヘブライ語にした方がいいでしょ?

ドイツ語で台本を書いて、後でヘブライ語に翻訳して、それに音楽をつける・・・

この流れでオペラを作っていけば、たとえヘブライ語が母国語でなくても、台本を書き作曲もできるでしょ?

どうせドイツ語のままだって、演奏頻度が高くなるわけではないでしょ?

そもそもユダヤ人の問題を扱うに当たって、ドイツ語なんて、一番微妙な言語でしょ?

むしろドイツ語だけはやめておく・・・そう考えるのが自然じゃないの?

何と言っても、台本を書き始めた1930年代は、ナチスの台頭などがあったわけですからね。ドイツにおけるユダヤ人差別って、身に染みていた頃でしょ?

あるいは、どうせなら、ドイツ語ではなく、英語にする方法だってあるわけですしね。シェーンベルクは後にアメリカに亡命したわけですから、後になってオペラの歌詞を英語に変更するくらいわけがないでしょう。最初の構想はともかく、ドイツ語のままで台本を書き、作曲を進め、後で修正もせずに、そのまま初演を行うということは、明らかにヘンなんですね。初演は1954年で、シェーンベルクはもうお亡くなりになっていましたが、初演までは結構時間もあったわけですし、翻訳作業は人に任せることもできるでしょ?

翻訳作業を協力してくれる人はいっぱいいますよ。よりにもよって、第2次大戦直後に、苦難に満ちたユダヤ人のドラマをドイツ語で歌い上げられても、それこそがお笑いですよ。せめて、英語ヴァージョンを別に用意して、ドイツ語以外でも歌えるようにしておくのがマトモでしょ?

だから、ユダヤの信仰の問題や苦難に満ちたユダヤ人の問題は、決して、このオペラ「モーゼとアロン」のメインのテーマではないわけ。しかし、この「モーゼとアロン」というオペラが、「理解者と協力者の乖離」という一般論、孤高の人と大衆迎合の人との対立、超越的な存在と、現世的な存在の対比。あるいは、音楽創造の現場における「作曲家と演奏家の対立」というテーマから見れば、ドイツ語の歌詞で何の問題もない。

まさにドイツオペラのおなじみの伝統的なテーマであり、「モーゼとアロン」はその変奏に過ぎないわけ。シェーンベルクは台本を書きながら、

「あのヤロー!よくもあの時はオレの作品をムチャクチャに演奏しやがったな!」

と特定の演奏家なり、演奏のシーンを思い出して台本を書いていたのでは?

まあ、台本を書きながら、アタマから湯気が出ているのが簡単に想像できますよ。アロンの歌詞に付けられた多彩な音楽表情には、自分が作曲した作品を演奏される際に、心ならずも「付けられてしまった」トンチンカンな音楽表情が具体的に反映しているのでは?

それこそ作曲しながら、

「あの時は、よくも・・・よくも・・・オレの曲に余計な表情をつけて・・・」

と、髪を掻き毟りながら作曲していたのでは?これはちょっと想像できないけど・・・

まあ、演奏において、多少はトンチンカンな表情もしょうがないところもあるけど、やっぱり限度があるでしょ?

しかし、民衆から絶賛を浴びて「巨匠」の気分になっている演奏家は、どんどんと暴走して行くばかり。しかし、民衆の趣味に合っているがゆえに、ますます民衆から絶賛を浴びる。そうして大規模な演奏会へ!

第2幕の有名な黄金の子牛のシーンおいて、70人の長老たち語る言葉があります。

「人々は至福の境地だが、奇跡が示したのは、酩酊や恍惚がなんたるかということだ。

変わらぬものはいない。皆が高められている、感動せぬものはいない、皆が感動している。

人間の徳が再び力強く目覚めた・・・」


このセリフって、コンサートと言うか演奏家を絶賛する批評の言葉そのものでしょ?

皆さんだって、上記のような批評の文章を読んだことがあるでしょ?

まったく、ツボを押さえまくり。ギャグ満載ですよ。まあ、延々と饗宴が続く黄金の子牛のシーンって、ザルツブルグ・フェスティヴァルのようなものをイメージしているのでは?

だからこそ、モーゼつまり作曲家が、アロンつまり演奏家に「オマエなんて、所詮は、民衆の側じゃないか!」なんて言い渡す。

気持ちが入ったギャグだねぇ・・・

まあ、オペラにおけるモーゼの持っている石版を楽譜にして、アロンが持っている杖を、指揮棒にする・・・そのように演出しても、何の違和感もないでしょ?

シェーンベルクも恨み骨髄だねぇ・・・こりゃ、確かに、晩年でないと発表できませんよ。これほどわかりやすいメタファーなんだから、本来なら誰でもわかるはずなのに・・・


私個人はそんなことを書いてある解説を見たことがありません。まあ、作曲家の方々なら、簡単にわかるんでしょうが、おおっぴらには言えないのかな?

まさに諸般の事情というか大人の事情があるんでしょうね。ちなみに上記の歌詞は、作曲家でもあるピエール・ブーレーズが指揮したCDから取っています。そのCDに添付されている解説書で

「アナタはご自身を、モーゼだと思う?アロンだと思う?」

なんて質問しているインタビューがあります。いやぁ・・・エゲツナイ。

ブーレーズは、当然のこととして、お茶を濁したような回答。

「つーか・・・よりにもよって、このオレに、そんなこと聞くなよ!」

と思ったのでしょうね。シェーンベルクだけでなくブーレーズだって怒っちゃうよ。

もちろん、この作品において、シェーンベルクが単純に、「演奏家への恨み」をオペラにしたわけではないでしょう。自分が神からの霊感を受けて作曲した作品をメチャクチャに演奏する演奏家に向かって、

「勝手にオレの曲に手を入れるなよ!ええ加減にせんかい!このタコ!」

と、心の中で怒鳴っているシェーンベルクに対して、

「タコはオマエだろう!」

そんな言葉も言う人もいるんじゃないの?

たとえばシュテファン・ゲオルゲやライオネル・マリア・リルケ。

ゲオルゲやリルケが、神からの霊感を受けて文学作品にしたのに、それに勝手に音楽をつけたのは、いったい誰?

後から付けられた音楽が、詩人の意に沿ったものなの?

と言うか、リルケなんて挿絵すらいやがりましたよね?

自分の詩に音楽を付けるなんて絶対に容認しないと思うけどなぁ・・・

まあ、デーメルのような三流詩人に音楽を付けるのはともかく、ゲオルゲのような一流の詩に勝手に音楽をつけてはダメでしょ?

音楽を付けた分だけ、「広まりやすい」とは言えますが、それが本当に詩の本質を伝えることに役に立っているの?

そうなんですね!

シェーンベルクは作曲家として、演奏家が勝手につけてしまう不適切な音楽表情に抗議する側、つまりモーゼのような立場であるとともに、作曲に当たって題材とした文学作品の作者から、抗議される側、つまりアロンでもあるわけ。

「ああ!オレもタコだったんだぁ〜!」

これは色々な意味でそのとおり。しかし、まさにアロンのように、

「だってぇ、だってぇ・・・こうすると、みんなにわかってもらいやすいしぃ・・・みんなも喜んでくれているしぃ・・・」

と言わざるを得ない。しかし、本当に民衆にわかってもらえるの?

民衆との間に、共通の認識・・・いわゆる「理解」と言う次元に到達できたの?

表現において、発し手が想定しているとおりに、受け手が理解する・・・そんなことは実にレアケース。

神から霊感を受けて文章を書いて、それに音楽をつけると、最初の霊感からズレてしまう。それを演奏したら、演奏家の理解によって、ますますズレてしまう。

それを一般聴衆がどう聞くの?

もう、とんでもない伝言ゲーム状態。

最初に創作者が受けた神の言葉はどこに行ってしまったの?

最初の意図が伝わらないのなら、表現っていったい何?

「おお!言葉よ、言葉、私に欠けているのはおまえなのだ!」

第2幕最後にあるモーゼの有名なセリフです。


この場合の「欠けている言葉」は、狭義で言うと、まさに演奏能力となる。もう少し一般化すると表現能力というか伝達能力になるわけ。しかし、そのセリフの前の部分

「想像を超える神よ!

語ることはできない意味あまたなる想念よ!」

と言う言葉と組み合わせてみると、別の面も見えてくる。言葉が欠けているのではなく、言葉によって生み出される関係性が欠けている・・・そう言えるわけ。

言葉、あるいは表現によって、発し手と受け手で認識を共有できる。その共有化された認識がモーゼには欠けていて、アロンには備わっている。
いや!

備わっているというより、アロンはそもそも民衆の側なんだから、「見ているもの」も、民衆と共通している。しかし、モーゼは民衆と見ているものが元から違っているわけ。言葉そのものは同じでも、その意味するところが違っている。だから、言語によって関係性が生み出されることはない。

そのような意味で、この「モーゼとアロン」の台本を書き、作曲をした1874年にウィーンに生まれたユダヤ人のシェーンベルクは、言語表現に懐疑のまなざしを向けた「チャンドス卿の手紙」の作者・・・1874年にウィーンに生まれたユダヤ系のホフマンスタールと全く共通しているわけ。そして、その共通性は、

「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない。」

と言う命題を持つ「論理哲学論考」の作者である哲学者ウィットゲンシュタインと全く共通しています。

「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない。」

と言うウィトゲンシュタインの言葉と、

「想像を超える神よ!語ることはできない意味あまたなる想念よ!」

というシェーンベルクの言葉って・・・笑っちゃうほどよく似ている。


ウィットゲンシュタインは、1889年にウィーンで産まれたユダヤ人。ちなみに、彼の父親はプロテスタント。母親はカトリックです。

シェーンベルクは前に書いたようにユダヤ人なのに、当初はカトリックで後にプロテスタントに改宗、その後になって、今度はユダヤ教に改宗。

それにホフマンスタールが、ユダヤ系なのにカトリックだったことも・・・ご存知でしょ?

そのようなマイノリティは、コミュニケーションに対する無条件の信頼が、もともとないわけ。表現によって、自分の意図が人々に理解され、関係性が広がっていく・・・とは単純に考えない。もちろん、このようなことは言語の向こうにある心理を読もうとした1856年のウィーンに生まれたユダヤ人フロイトにも見られることでしょ?

言語によって関係性、あるいは相互理解が生み出されないという点においては、

「もし、ライオンが言葉を話せても、言っていることは我々にはわからないだろう。」

というウィットゲンシュタインの「言葉」が見事に語っています。真に創造的な領域では、人の言葉ではなく、神の言葉が支配する。だから表現によって、民衆との間に新たなる関係性が生み出されることはない。

じゃあ、どうして表現するの?

アンタが言うように語らないのが本来の姿じゃないの?

どうせ語ってもわかってくれないんだし・・・

まったくもって、おっしゃるとおりなんですが・・・

それがわかっていながら作品を作る、いや!わかっているからこそ、作品を作るわけ。目の前の人よりも、自分が知らない人に宛てて、作品という形で自分の認識を伝えようとする。語りえぬものだからこそ、語る必要があるわけでしょ?

これは別の言い方をすると、受け手が理解できないものだからこそ、作品にする必要があるとも言えますよね?

このことは作品を作る際には、難しく、わかりにくく書くという問題ではないわけ。

何を語るのか?(=WHAT)と言う点において語りえぬものであって、どう語るのか?(=HOW)の問題ではないわけ。

わかりやすく語っていても、語りたい中身そのものが受け手に受け入れられない、というか、多くの人には見えないもの。しかし、だからこそ、語る必要がある。受け手が見えないとわかっているものを、何とかして語ろうとするわけ。

しかし、だからこそ、ますます閉塞する。そして、自分が直面しているそんな閉塞を打破する協力者がほしい。

しかし、協力者であっても理解者ではないので、そんな協力者との共同作業によって、結局は、傷つき、ますます閉塞してしまう。

そのような点でモーゼも、シェーンベルクも、ホフマンスタールも、そして映画「ソフィーの選択」におけるソフィーやネイサンも、そして映画「ウィットゲンシュタイン」におけるウィットゲンシュタインもまったく同じ。

いやぁ!苦笑いせずにはいられない。

「モーゼとアロン」というオペラは、古代のユダヤが舞台と言うより、まさに当時のウィーンの芸術創造現場を、そしてその閉塞感を反映しているわけ。
ああ!ウィーンって街は、何て閉塞が似合う街なんだろう!


そのように見てみると「モーゼとアロン」は実に笑えるオペラでしょ?

このような気持ちが入ったギャグって、笑うだけでは済まないけど。まあ、このような悲痛で自虐的なギャグは、ユダヤ的なギャグの典型ですよね?

そう言う意味では、この「モーゼとアロン」というオペラは、まさにユダヤ的なオペラと言っていいのかも?

http://magacine03.hp.infoseek.co.jp/new/07-09/07-09-27.htm

13. 中川隆[-14882] koaQ7Jey 2019年11月16日 14:26:45 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1973] 報告


芸術家とは、神から出でた存在であり、神からの霊感を一般の人間に伝え、後生に残すのがその使命。

逆に言うと、ドラマにおいて、神からの言葉を伝えている存在は、芸術家としての自分自身を描いているケースが多いわけ。しかし、神からの言葉を語るがゆえに、一般の人間には理解されない。それゆえに、神からの言葉を受けたものは、一般社会の中で孤立し、苦悩することになる。

孤立の中で、自分の理解者を必死で探したり、神からの言葉を伝えようと、自分の協力者を得ようとして無理をして、その無理によってますます孤立してしまう。結局は、その苦悩がますます深くなる。しかし、一般社会からの孤立ゆえに、神からの霊感は、特定の人や集団を相手とする直接的な語りではなく、客観的な作品として結実することになる。

さて、そんな流れを持つオペラ(正式には舞台祭典劇)のリヒャルト・ワーグナー「ワルキューレ」を考えて見ましょう。


題材としては、ゲルマン神話を元にしているわけですが、そのテーマとしては、芸術家としての意識という点から見ると、実に理解しやすいわけ。このオペラの主要人物であるジークムントのキャラクターなり、ドラマにおける役割・・・それがまさに芸術家の姿そのままなんですね。さて、そのジークムントは、神々の長であるヴォータンの血を引いている。つまり、神から出でし存在。

そして、そのヴォータンからの使命を果たすべく、行動することになる。つまり、神からの言葉を実現させる存在。しかし、ヴォータンからの使命を実現させようとするがゆえに、周囲と諍いが起こる。つまり、神からの言葉を実現させようとすると、周囲の一般人とモメることになる。

ジークムントは、自分と同じように神から出でし存在であるジークリンデに入れ込む。
つまり、芸術家は同類同士だと実に理解が早い。


一番困った時に、ヴォータンからの剣ノートゥングが現れる。つまり、芸術家が真に苦悩した時こそ、神からの霊感が訪れる。ジークムントとジークリンデとの結びつきに対し、一般人のフンディングがジャマをする。

つまり、芸術家同士の結びつきには、一般人からの妨害がつきもの。結局は、ジークムントは、一般人であるフンディングにやられてしまう。つまり、芸術家は、一般人には、この世では勝つことができない。


しかし、ジークムントとジークリンデは、ジークフリートを残すことになる。つまり、芸術家が死んでも、その後まで作品は残ることになる。そのジークフリートには、ヴォータンの娘であるブリュンヒルデが助ける。

つまり、芸術家による作品は、芸術的なルーツを持つ同類のサポートによって、世界に出て行くことになる。ジークフリートによって、この世界が浄化される。つまり、芸術家の作品によって、世界が堕落することを防ぐことになり、まさに神の意思が実現される。


と、まあ、芸術家の苦悩と成果と言う視点で見ると、実にツボを押さえた設定になっている。作者であるワーグナーが、自分自身の苦悩なり、芸術家としての意識や役割を踏まえた上で、台本を書いたのがよくわかる。


神からの言葉を語るがゆえに、この一般社会からは理解されないとなると、以前にシェーンベルクのオペラ「モーゼとアロン」を考えております。シェーンベルクは、神からの言葉を直接的に聞くモーゼに自分自身を重ねている。

しかし、一般社会に神の言葉を伝えるためには、神の言葉を直接的に聞くことができない一般人であるアロンを協力者にしなければならない。この「モーゼとアロン」というオペラの場合は、台本を制作した作曲家のシェーンベルクにしてみれば、モーゼ=作曲者,アロン=演奏家 の役割を負っていることはすぐにわかること。

神からの言葉を直接聞くものは、その言葉を多くの人たちに伝えなければならないという使命感と、対象とする一般人の理解力の低さの間の齟齬で苦悩する。そんな苦悩は、歴史を紐解けば、いくらでも出てきますよ。

それこそ、キリストだって、まさにそのパターン。

あるいは、画家のゴッホとかミケランジェロとか、レンブラントとか・・・ほとんどがそのパターンでしょ?逆に言うと、一般人と上手に付き合うことができたルーベンスが、芸術家の立ち位置の理想形として、ウィーダの「フランダースの犬」に出てくることになる。それだけレアケースというわけ。


芸術家は、神からの言葉を聞くがゆえに、一般人から迫害され、殺される。しかし、その言葉は後世まで残ることになる。


神からの言葉に執りつかれた人間は、本当の意味での自由意思はない。神からの言葉は、当人にとって圧倒的な存在であるがゆえに、それ以外の存在が霞んでしまう。

だから、遮二無二行動して、どうしても一般人とのやり取りがうまく行かない。


それこそ、この「ワルキューレ」の中のジークムントのセリフを取り上げてみましょう。

「♪・・・私は人に会う限り、何度でも飽きずに、友を求めたり、女を得ようとしたのですが、私はただ追放されるばかりでした。

何か不吉なものが私の上にありました。私が正しいと考えるものが、他人には悪いことのように思われたのです。私には悪いと思えることを、ほかの人は好んでしたのでした。どこへ行っても反目の中に落とされ、私の行く先々で怒りに襲われたのです・・・♪」 
 

この言葉を、そのままゴッホの伝記に入れても、何も違和感がないでしょ?

あるいは、ベートーヴェンでもOK。

ミケランジェロでも、基本的には、OKでしょうが、まあ、ミケランジェロは「女を得よう」とはしなかったでしょうね。しかし、彼もトラブルを巻き起こしてばかりでしょ?

しかし、それでも作品は残る。自分の死後も残るものを作る・・・それが芸術家の使命。

神よりも、一般人を向いていたら、神の言葉はもう降りてこない。神は嫉み深いもの。

一般社会から疎外された極限の状態にこそ、ノートゥングが現れ、作品のキーとなる霊感が訪れる。しかし、その神の言葉ゆえに、この社会では生きることができない。

結局は、神からの言葉をまとめた作品を制作する創作者だけでなく、その作品を守ろうとした人間までが迫害されてしまう。まるで、ブリュンヒルデが炎に幽閉されたように。しかし、そんな幽閉された芸術家を解き放つのも、神からの言葉をまとめあげた作品。芸術の歴史とは、見方を変えると、まさにこんな感じになっているものでしょ?

http://magacine03.hp.infoseek.co.jp/new/07-12/10-04-26.html

14. 中川隆[-14664] koaQ7Jey 2020年1月12日 18:08:06 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-1596] 報告
「グレの歌」(読響定期)− カンブルランへの感謝
2019 MAR 15 by 東 賢太郎
https://sonarmc.com/wordpress/site01/2019/03/15/「グレの歌」%ef%bc%8d-シルヴァン・カンブルランへの感/


指揮=シルヴァン・カンブルラン
読売日本交響楽団
ソプラノ=レイチェル・ニコルズ
メゾ・ソプラノ=クラウディア・マーンケ
テノール=ロバート・ディーン・スミス、ユルゲン・ザッヒャー
バリトン・語り=ディートリヒ・ヘンシェル
合唱=新国立劇場合唱団(合唱指揮=三澤 洋史)

これがカンブルランをきく最後になってしまいました。

メシアン「彼方の閃光」、「アッシジの聖フランチェスコ」(全曲日本初演)、 J.M.シュタウト ヴァイオリン協奏曲「オスカー」(日本初演)、デュティユー交響曲第2番「ル・ドゥーブル」、ヴィトマン クラリネット協奏曲「エコー=フラグメンテ」(日本初演)、アイヴズ、「ニューイングランドの3つの場所」
などはもう聴けないかもしれないし、

バルトーク「青ひげ公の城」、コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲、ブリテン歌劇「ピーター・グライムズ」から”4つの海の間奏曲”、ブルックナー交響曲 第6番 イ長調 作品106、マーラー交響曲 第9番 ニ長調
も大変印象に残りました。

陳腐な演奏は皆無でしたし、やはり何より「アッシジの聖フランチェスコ」は僕の50余年のクラシック歴のなかでも最上位の体験でした。


http://読響定期・メシアン 歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」を聴く


そして昨日のグレの歌。ブーレーズの録音で聴いていますが実演が初めてであり、心から堪能しました。トリスタンの影響がありありとあるのは和声がきれいに解決せず延々と旋律が伸びていくところです。解決は機能和声の宿命ですが、宿命から自由なこれを書きながらシェーンベルクは機能和声までも抜け出したくなって十二音に行きついたのかと思ってしまいます。

ワーグナーもどきであったとしても初期にこれだけの作品を独学の人が書いたという驚異を皆さんはどう思われるのでしょう。第3部は1911年とシェーンベルクが無調の領域に踏み出してから完成されましたが、第2部までとは和声の扱い方に不気味さが増していながら無調にはせず、なんとか木に竹を接ぐとならないように腐心した跡が感じられます。最高の音楽、最高の演奏でした。

僕がドイツに住んだのは1992−95年ですが、カンブルランは1993− 97年にフランクフルト歌劇場の音楽監督でしたから重なってます。当時は無名で、マイスタージンガーなどを聴いていますがピットの中だから姿さえ覚えてません。ご縁があったということですが、こんなお世話になろうとは夢にも思いませんでした。

彼でなければ絶対に聴けなかった曲を体験することはぞくぞくする知の冒険でありました。カンブルランの図抜けた指揮能力、読譜力、解析力、記憶力、運動神経、音楽へのdevotion(献身)は何時も驚異であり、自分が逆立ちしても及ばないことができる人を目の当たりにするのは無上の喜びでした。僕は人生において万事独学主義なのですが、極めて少数の例外がございます。教育界ではお二人だけ、駿台予備校の根岸先生(数学)と伊藤先生(英語)にそれぞれの領域で最高の敬意と感謝をささげており、クラシック界ではピエール・ブーレーズが唯一の先生でした。ここでもう一人、シルヴァン・カンブルランが先生に加わりました。9年間お疲れさまでした、そして、本当にありがとうございます。

https://sonarmc.com/wordpress/site01/2019/03/15/「グレの歌」%ef%bc%8d-シルヴァン・カンブルランへの感/

15. 中川隆[-13999] koaQ7Jey 2020年2月06日 13:37:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-668] 報告

クラシック音楽 一口感想メモ
アルノルト・シェーンベルク (Arnold Schönberg, 1874 - 1951)
https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF

12音技法の開発者。目新しい語法や音感を楽しむ刺激ありきの音楽ではあるだが、古典的な感性は保持しており、奥にはしっかりとした根を張っている。


管弦楽曲

•交響詩「ペレアスとメリザンド」 op.5(1903/1913、1918改訂)◦3.0点


初期のシェーンベルクに共通するように、ドロドロとして蠢く複雑な音のうねりが、精神の基底部分を表現しているように感じられる。40分もある大作であるが、その長さの必然性は理解できなかった。輝かしい場面はなく、ひたすらに音深夜の暗黒の中で寝付けずにうなされているかのように、動き続ける。最初からこんな作品を書くとは、シェーンベルクは他の人とは違う志向を生まれつき持っていたのだろう。

•室内交響曲第1番 op.9(1906/1923改訂/1914、1935管弦楽版)◦2.5点


単一楽章。15人の奏者で管楽器が弦楽器の倍の人数。従ってハルモニームジークに近い響きであり、軽やかで叙情的なしつこさがない。まだ無調ではないが、時代が近いマーラー晩年の作品を連想するような、調がやや曖昧で小節の区切りも分かりにくく、各声部が線となりそれがもつれ合うような書き方である。いい曲とは思えないが、興味深さはある。

•室内交響曲第2番 op.38(1906-1916、1939-1040)◦3.3点


楽章は2つ。調性が明確。1楽章は叙情的で悲劇性のあるアダージョ。純音楽としての美しさがあり、聴き応えのある曲。

2楽章は切迫感を基調として持ちながらも、多彩な楽想を盛り込んでバランス良く非常に巧みに曲が構成されており、なかなか素晴らしい。

•5つの管弦楽曲 op.16(1909/1922改訂/1949小管弦楽版)◦3.5点


これは優れた作品で、大作曲家ならではの領域に到達していると思う。斬新さだけでなく、技術と精神の両方を高レベルで作品として結晶させることに成功している。作品としても、個別には短い曲で、それが順番を意図して並んでいるのが聴きやすい。様々な技法の展示のようにも楽しめる。

•浄められた夜 op.4 (1917、1943弦楽合奏版)◦3.5点


マーラーの爛熟感をさらに推し進めて、とめどない表現の限界を探っている。ロマンチックで調性の枠内にあるが、音楽の崩壊を予兆させる部分は大いにある。パンドラの匣を開けたかのような、やりすぎの情緒性とか官能性が渦巻く曲。非常に美しいのだが、自分は精神の規範意識とかバランス感覚が許容できる限界を半ば超えており、聴いていてしんどい。すごい曲ではあるのは認めるが、バランスは大事でやりすぎは良くないと思ってしまう。「トリスタンとイゾルデ」を拡大した曲ともいえる。

•管弦楽のための変奏曲 op.31(1926-1928)◦3.3点


色彩感が豊かな管弦楽が美しい。12音技法の初めての大作とのことで、作曲者が全霊を傾けて書いただろうことは伝わってくる。調性感がない音楽はまさに前衛的な抽象絵画を観るようであるが、長い曲であり変奏を積み重ねていくうちに場面が次々と変化していく映像を見ている気分になる。やはり管弦楽であることの価値が高くて、色彩感と運動感を愉しめるのが大きいと思うから、12音技法の音楽にしては聴きやすい。映像化したものがあったら見てみたい。

•映画の一場面への伴奏音楽 op.33(1929-1930)◦3.3点


中間の盛り上がる場面のカオスで派手なやり方が気に入った。これがあるから前後のコントラストを楽しめるし、終わり方の不穏さもかっこいいと感じられる。映画音楽だけあって、エンターテイメント性が高い楽しませる曲である。

•組曲ト長調(弦楽合奏)(1934)

•主題と変奏 op.43a(吹奏楽版:1943)/op.43b(管弦楽版:1944)◦3.0点


随分とオーケストラの機能をフルに活かそうとしている意図が感じられる。聴き映えを明確に意識している。だから、12音技法とはいえ、かなり普通の曲に近いように聴こえる部分もある。ただし、変奏曲としての魅力はあまりない。なんとなく場面が移っているだけに聴こえる。

協奏曲

•ヴァイオリン協奏曲 op.36(1934-1936)◦3.3点


かなり長い作品。1楽章は無調の音のごった煮の中で、キーキーと耳につくヴァイオリンのソロが続くイメージ。ピアノ協奏曲ほどバランスが良くない。2楽章はドロドロとした秘めた情熱性が出ていて、なかなか引き込まれるものがある。このような音楽がシェーンベルクはうまい。3楽章は最初の方は2楽章の続きで心を突き動かすものがあり良いと思ったが、後半はいまいちだ。

•ピアノ協奏曲 op.42(1942)◦3.3点


情緒的な曲であるが、強い抑揚はない。ピアノの使い方や管弦楽とのバランスなど、よく出来た協奏曲ではある。12音技法の協奏曲としての興味と期待を満たしてくれる。しかし、ソロの技術的な大活躍はないし、全体を通し期待を越えた何かを見せてくれる印象はない。あくまで、センスの良さと職人的な技法的洗練を楽しむ作品に留まっていると思う。


室内楽曲

•浄められた夜 op.4(弦楽六重奏版:1899)

•弦楽四重奏曲第1番 ニ短調 op.7(1905)◦3.0点


異常に長大な単一楽章の曲。初期のシェーンベルクらしいモヤモヤして陰鬱でドロドロした暗い曲。聴き通すのにかなりの苦痛を強いられる。これはひどい。浄められた夜の世界をより進めたものとは言える。対位法的な音の使い方が耳につくのだが、その音の重なりがまた鬱陶しい(笑)ということで、表現力の高さにおいて芸術的価値はある曲だと思うが、聴く人をかなり選ぶと思う。1900年代の同時期のマーラーに似ているが外面的な派手さがなく内面的な感情の噴出の生々しさを増した感じである。

•弦楽四重奏曲第2番 嬰ヘ短調 op.10(1907-1908/1929弦楽合奏版)◦3.3点


1楽章も2楽章も1番よりもはるかに明確で精神的にも成熟した音楽であり、満足感が大きい。ドイツ的な骨格の太い音楽である。巨匠的な品格がある。3楽章からは歌曲との融合になるが、これも雰囲気だけでない多様性と鋭角的な表現の強さがあり、聴いていて心地よい。4楽章は無調とのことだが、あまり強く感じられない。ひたすら不安定で不安感を煽る短調の音楽という印象の場面が多い。

•弦楽四重奏曲第3番 op.30(1927)◦2.8点


まったりとした典型的な無調音楽に聴こえる。悪くはないが、弦楽四重奏の機能を十分に使い切っている感じもないし、意外性もない。予想通り以上ではない印象である。となると、無調の平板さのデメリットが目立ってしまう。シェーンベルクの作曲能力からして当然書ける以上のものがないから、面白くない曲になってしまっている。特に2回連続で聴いた2回目は全然面白くなかった。

•弦楽四重奏曲第4番 op.37◦3.0点


前半は交響的な雄大さが志向されており、明確な曲想を感じる。後半の特に4楽章は舞台的なドラマ性がある。やりたい事が分かりやすいため聴きやすく、楽しみながら聴ける。無調の限界は同じようにあるのだが、不平不満がたまるほどではない。音に力があるから、心を動かすものがある。3番よりも明らかに上だと思う。楽しいと思う瞬間は沢山ある。無調にしては、だが。

•弦楽三重奏曲 op.45(1946)◦2.5点


表現力がすごい。自由自在に音を動かして、弦楽三重奏があまり多声的ではないのを逆用して豊かな前衛的表現の器として活用してる気がする。しかし、良さはそれだけであり、音楽が心に響くような場面はほぼ無かった。

•鉄の旅団(1916)

•セレナード op.24(1920-1923)◦3.0点


マンドリンとギターが入っているのが面白い特殊編成の室内楽。中間で突然声楽入りの楽章があるが、唐突である。現代音楽的な無調もしくは無調的音楽による娯楽作品という面白さはある。しかし、現代の耳では凄みは感じられず、みんなが好き勝手に弾いているように聴こえるだけの、ありがちな現代音楽のように思えてしまった。

•クリスマスの音楽(1921)◦3.5点


心温まる素敵な曲だ。前衛性はなにもないが、多声的な要素のため、つまらなくは感じない。室内楽の柔らかい温かみの魅力に包まれて、浸って感動できる。

•管楽五重奏曲 op.26(1923-24)◦2.5点


管楽合奏はシェーンベルクの無調音楽との相性があまりよくないと思う。内部にエモーショナル内部にものがなく、無作為にランダムに音を並べただけの実験音楽にしか聴こえない。しかもやたらと長い。最初は管楽器の明瞭さを楽しめたが、同じ調子でいつまでもダラダラと音楽が続くのでだんだんウンザリしてくる。

•7楽器の組曲 op.29(1924-1926)◦2点


長い曲だが似たような音響が続いて退屈。30分の曲だが「5分にまとめればいいじゃん」と思った。短時間なら聞いてみる価値はある曲だが。特殊構成なので実際の演奏会を成立させるために曲の長さが必要だったのかもしれないが。

•ヴァイオリンのためのピアノ独奏付き幻想曲 op.47(1949)◦3.0点


無調でリズム感にも乏しく無機質であり、完全に現代音楽である。面白いが現代の耳で聴くとこの構成で想定される範囲内であり特筆するべきものはない。

ピアノ曲

•3つのピアノ曲 op.11(1909)◦3.5点


無調に向かうシェーンベルクの作品の発展のダイナミズムの中にある作品らしいエネルギーと創作性が楽しい。音感の良さと、表現の意思の強さが、感動的なものを曲に与えている。グロテスクさもありつつ、なんとも言えない独自の世界観が表現されている。それがなぜか心地いい。世界の狭間から地上の割れ目に落ちたかのような特殊な深みを感じる。そして音の使い方のセンスが良い。システマチックでないし和製的だから平板な単調さがない。

•6つのピアノ小品 op.19(1911)◦3.3点


あまりにも断片的な小曲の集まり。さすがに感想を持ちにくい。音のセンスがあってとても素敵と思うが、曲に酔う前に終わってしまう。静物絵のような静謐な世界観と、人形が動き出すような童話のような非現実性と愛らしさの音楽と思う。もう少し曲が長ければよかった。

•5つのピアノ曲 op.23(1920-1923)◦3.0点


なんだか新鮮さがなくなった。悪くはないのだが、テクニックで書かれていて驚異的で代替不可能なものがなくなった気がする。強く心を掴むものがない。バランスが良く尖っていない優等生になっている。

•ピアノ組曲 op.25(1921-1923)◦3.0点


最後の曲が技巧的だったり、いろいろと頑張って音楽の幅を広げようとしているのは分かる。しかし、本質的なピアノという楽器の魅力を引き出しているとは感じにくい。音を敷き詰めて曲らしい形に仕立て上げているだけに聞こえてしまう。新鮮な驚きに乏しい。

•ピアノ曲 op.33a(1928)
•ピアノ曲 op.33b(1931)◦3.3点


12音技法の生の音をそのまま感じられる点でなかなか興味深く聴けた。無調の音を敷き詰めているだけでないある種の艶かしい生理的なものに届く音楽になっていると感じる。曲がそれなりの長さであり、世界に入り込みやすいのもあるかもしれない。どこにも安定しないで狭間の世界に入り込むような浮遊感と孤独な静寂感がなかなか楽しめる。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF

16. 中川隆[-13267] koaQ7Jey 2020年3月27日 09:46:39 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1637] 報告

シェーンベルク自作自演

Schoenberg conducts Verklärte Nacht (fragment) 1928



Schoenberg conducts Verklärte Nacht (fragment) recorded in Berlin 1928
17. 2020年8月06日 15:55:08 : Sq9OvAHq8Y : NTBVeEl2MU0xWms=[10] 報告
シェーンベルク 「浄められた夜」作品4
2020 AUG 5 2:02:08 am by 東 賢太郎
https://sonarmc.com/wordpress/site01/2020/08/05/%e3%82%b7%e3%82%a7%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%83%99%e3%83%ab%e3%82%af-%e3%80%8c%e6%b5%84%e3%82%81%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e5%a4%9c%e3%80%8d%e4%bd%9c%e5%93%81%ef%bc%94/



クリムト ユディトT(1901)

これはシェーンベルクが書いた最も “わかりやすい” 曲である。月下の男女の語らいを描いたリヒャルト・デーメルのセクシャルな詩をベースに作曲された弦楽六重奏曲だ(詩の内容はwikipediaをご検索いただきたい)。初演は1902年3月18日にウィーン、ムジークフェライン小ホールでロゼ四重奏団(Rosé-Quartett)らによって行われ、第2チェロは作曲家のフランツ・シュミットだった。グスタフ・クリムトがユディットT(右、Judith with the Head of Holofernes)を書いた頃のウィーンと書けばイメージをつかんでいただけるだろうか。

1890年にブラームスの弦楽五重奏曲第2番を初演したのもこの四重奏団であった。組織したアルノルト・ヨーゼフ・ロゼはルーマニア出身のユダヤ人である。マーラーの妹婿であり彼が指揮していた当時の1881年から57年の永きにわたりウィーン宮廷歌劇場のコンサートマスターをつとめ、ちなみにワルターVPOのマーラー交響曲9番の奏者はロゼだ。

マーラー、シェーンベルク、ロゼ、ワルター。ナチス台頭前のウィーンの音楽界を牽引したこの4人の巨人はそれぞれボヘミア、ハンガリー、ルーマニア、ベルリン出身のユダヤ人である。ウィーンが東欧の中心であり人種、宗教、文化の坩堝(るつぼ)であったことがわかる。ヨハン・シュトラウスの父祖もハンガリーのユダヤ系だったし(シュトラウスファンだったヒトラーが隠した)、ヴィヴラート奏法をウィーンにもたらしたフリッツ・クライスラーはウィーン生まれのユダヤ人だ。

我々日本人は「ドイツ音楽」という概念でハイドン、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト、ブルックナー、ブラームス、マーラーの音楽を大雑把に括り、彼らがドイツ語を母国語として生活したウィーンをその中心地と考えるが、そもそも彼らを包括できるドイツなどという国は1871年までない。したがって我々のドイツ音楽という概念は欧米には存在しない。ドイツ語圏でできた音楽という意味で “Deutsche musik”、”german music” と言えないことはないが、アメリカ南西部の音楽をカントリー・ミュージックと呼ぶようなもので、アカデミズムとは程遠い響きである。

余談になるが、それでも僕がドイツ音楽という言葉を使っているのは、日本の音楽ファンにはその方が通じるからだ。Beethovenは “ビートホーフェン” だが日本では通じないからベートーベンだ。ベートーヴェンと気取る人もいるが、間違っていること五十歩百歩だ。”ハヴェール” もラベル、ラヴェル、どうでもいい。ハイドン〜マーラーは広義のドイツ文化圏の人々で、服に喩えれば布地はプロイセン、バイエルン、東欧と様々だが彩色は多民族国家であるオーストリア・ハンガリー帝国風である。だから彼らの音楽の演奏団体がベルリン・フィル、ウィーン・フィルどちらであろうとドイツ保守本流と見做され得るが、その二つの楽団はまったく別の国、別の文化圏の似て非なるものなのである。

19世紀までウィーンは欧州最大の開かれた国際都市であり、イメージとして僕は我が国が遣唐使を送ったころの唐の長安を思い浮かべる。だからモーツァルトもベートーベンもブラームスも遠路はるばるやって来たし、ユダヤ人も来たのである。その都市に「ドイツ」をかぶせたのはアドルフ・ヒトラーであった。1938年のオーストリア併合である。ここで「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ少佐はオーストリアからスイスへ亡命したが、シェーンベルク、ロゼ、ワルターはそれぞれロサンゼルス、ロンドン、ビバリーヒルズへ逃げ、みな当地で亡くなった。ロゼの娘のアルマは収容所に送られ、女性オーケストラを組織するなど楽才を発揮したがアウシュヴィッツで病死した。

「浄められた夜」はそんな悲劇がおこる40年ほど前のウィーンの音楽である。弦楽合奏版もあり、初めて聴いたのがどっちだったか誰の演奏だったかは記憶にないが、覚えてもいないほど一聴して僕にとっては堕落した作品であった。クリムトの絵も好きでないし、マーラー嫌悪はそれ以上であったのは、恐らくその時代の生ぬるく退廃的なウィーンの空気が肌にあわないのだとウィーンの美術史美術館(Kunsthistorisches Museum)を歩きながら思ったりもした。シェーンベルクというと室内交響曲第1番で入り、次いで衝撃を受けた「月に憑かれたピエロ」(1912)しか眼中になかった。「浄夜」は回顧的(retrospective)で「ピエロ」は急進的(radical)だ。ストラヴィンスキーはradicalでキャリアをスタートしたのになぜシェーンベルクはできなかったんだろう。

その時はまだ音楽史を知らなかった。僕は間違っていた。25才のシェーンベルクは、ウィーンの音楽家だったのだ。だからまず、浄夜を書く頃の彼が範としたのはブラームスであった(表層的な例だが、第1交響曲第4楽章のパッセージがそのまま出てくる)。それは、クロマティックに動く内声部が主導する和声の後期ロマン派的な変転や、拍節感を希薄にするリズム構造の旋律、ポリリズムの交差する複雑な対位法、以上を駆使した凝りに凝った変奏といったマニアックな作曲技法においてである。ブラームスはそれら諸点においてベートーベンの末裔であるから、シェーンベルクはドイツ音楽(ウィーン音楽の意味だ)の保守本流の発展形としてドデカフォニー(12音技法)に踏み込む自負があったと見ていいように思う。

僕は(誰も主張していないが)ブラームスは同様の精神の刻印として第4交響曲の冒頭主題をハンマークヴィール・ソナタ(29番)の緩徐楽章から引っ張ったと考えており(コラール主題がJ.Sバッハ由来なのは有名だが)、シェーンベルクはそのブラームスからドイツ古典の血脈を受け継いだ。ところがその一方で、その系譜から分派して(日本史で喩えるなら南朝・北朝の如く)ブラームスと対立したワーグナーの響きとトリスタンの書法をも取り入れているという、音楽史上唯一にして驚くべき知性の産物が「浄められた夜」という作品であったのだ。

シェーンベルクの「発明」は12音技法とシュプレヒシュティンメである。後者を代表する「月に憑かれたピエロ」の新奇さのインパクトに比べればこの曲は後期ロマン派の残滓に過ぎず、後継はなく出発点を示したに過ぎない。いみじくも「私はシェーンベルクの音楽が分からない。しかし彼は若い。彼のほうが正しいのだろう。私は老いぼれで、彼の音楽についていけないのだろう」と語ったグスタフ・マーラーはシェーンベルクを評価はしたが「浄められた夜」の地点で立ち止まった作曲家だった。

いまは原曲である弦楽六重奏版(弦楽四重奏にVa、VCを追加)の透明感を好むが、この曲の真髄を味わわせてくれたのは、ロンドンで聞いた弦楽合奏版によるカラヤン / ベルリン・フィルの壮絶なライブ演奏だ(カラヤン最後のブラームス1番を聴く)。録音にはあの圧倒的な低音が入りきっていないが、それでも尋常でない音楽のうねりは感じていただけるだろう。この曲がそういう音楽かどうかは置くとして、オーケストラの創造できるあらゆる意味において極限に位置する巨大な演奏だった。クライバー / BPOの唯一のブラームス4番、ヨッフム / ACOの最後のブルックナー5番と同様に世界のクラシックファンの共有財産としてyoutubeにアップし、その場に居合わせた者の記憶を世界のクラシックファンの為に英文で書き残しておいた。

Herbert von Karajan conducting Berliner Philharmoniker

5 October 1988, Royal Festival Hall , London



Schoenberg "Verklärte Nacht" - Karajan's last London concert (1988)

Herbert von Karajan conducting Berliner Philharmoniker
5 October 1988, Royal Festival Hall , London


We arrived at the Royal Festival Hall fairly early, almost one and half hour before the concert due to begin at 8 pm. The Lobby was already packed with audience chatted away over, I guessed, this Karajan’s probable last appearance in London according to his age and health conditions. My wife and friends urged me to find some cozy place to settle down for quick dinner. The only available place was a buffet at basement. It was unprecedently crowded. We had to queue up for thirty minutes to be seated and, when we had all dishes served, it was 7:30 pm. I managed to swallow a giant burger but had to give up coffee. We rushed out of the buffet and running up the stairs when noticed an announcement saying that the concert would delay and expected to begin at 9 pm. The reason of delay was unbeknown to audience for a while. There were spreading suspicions around that the concert would have to be canceled. It was truly a long time before we heard update announcement saying “The conductor and orchestra were present, however, the instruments were being transported by road from Paris and had been delayed for strike in France. With help of police escort, they arrived at 8 pm. The concert will begin at 9 pm.

The first piece was this Verklärte Nacht.



カラヤン流が鼻につくという方はおられるであろうし、これで覚えてしまうのは危険かもしれない。オリジナルとこれはローストビーフか1ポンドステーキかという差があり、別物と考えたほうが良い。室内楽のポリフォニックな線の絡みと和声の透明感を味わうのが先決で、このブーレーズ盤はピッチの良さもさることながら熱さと高揚感も過不足なく、初めての方にもお薦めである。


Schoenberg: Verklärte Nacht, Op.4 - Boulez.

Arnold Schoenberg (1874-1951): Verklärte Nacht (Transfigured Night / La Nuit transfigurée), Op.4 (1899)

Pierre Boulez: Membres de L'Ensemble Intercontemporain
Charles-André Linale: violin / violon
Maryvonne Le Dizès-Richard: violin / violon
Jean Sulem: viola / alto
Garth Knox: viola / alto
Philippe Muller: cello / violoncelle
Pieter Strauch: cello / violoncelle



https://sonarmc.com/wordpress/site01/2020/08/05/%e3%82%b7%e3%82%a7%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%83%99%e3%83%ab%e3%82%af-%e3%80%8c%e6%b5%84%e3%82%81%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e5%a4%9c%e3%80%8d%e4%bd%9c%e5%93%81%ef%bc%94/

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