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読売がスクープ報道した開戦前夜の東条発言メモが意味する事  天木直人 
http://www.asyura2.com/18/senkyo248/msg/222.html
投稿者 赤かぶ 日時 2018 年 7 月 23 日 18:10:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 



読売がスクープ報道した開戦前夜の東条発言メモが意味する事  天木直人 
http://kenpo9.com/archives/4016
018-07-23 天木直人のブログ


 きょう7月23日の読売新聞が一面トップでスクープ報道した。

 日米開戦前日の1941年12月7日夜、東条英機首相が政府高官に対して開戦について語っていたメモが発見されたというのだ。

 そのメモとは、当時の政府高官である湯沢三千男内務次官が書いた便箋5枚のメモであり、東京・神田神保町の古書店主が、交流のあった湯沢氏の遺族から、9年前に入手した遺品の中から見つかったという。

 そのメモのポイントは、12月7日の昼に東条が、開戦当日の予定を昭和天皇に説明した時、それまで開戦に反対していた昭和天皇が、「一旦決シタル後(筆者註:12月1日の御前会議)ハ悠々トシテ何等ノ御動揺ナク」との様子だったと述懐しているところである。

 そして、その夜東条はこの昭和天皇の「決意」に高揚し、微醺(ほろ酔い)状態で「斯クノ如キ状態ナルガ故ニ既ニ勝ッタ」と発言していたところである。

 このメモの歴史的評価は、これから歴史学者によってさまざまな形で下されるだろう。

 私は特に保阪正康氏の評価を知りたいと思っている。

 彼は東条の家族から、開戦の二日ほど前の夜に、東条が深夜ひとり寝室で皇居に向かって手をついてさめざめと泣いていたという証言を得ていたことを聞き語っていたからである。

 あの涙は一体何だったのだろう。

 開戦を避けられなかった事について、開戦に反対だった昭和天皇に詫びていたのだろうか。

 しかし、開戦前日に開戦当日の予定を昭和天皇に説明したら、その時の昭和天皇はもはや冷静であり、開戦を決意されていた事を知って、安心し、高揚したということなのだろうか。

 そう考えればつじつまが合う。

 私がこの読売新聞のスクープ記事で注目したのは、編集委員の沖村豪氏が書いている解説記事の次のくだりだ。

 「・・・来月(8月)73回目の終戦の日を迎えるが、310万人の犠牲者を生んだ戦争の検証に終わりはない。無謀な日米開戦の前夜、時の指導者が語った言葉を読み解くことは、昭和天皇の思いをよく知る天皇陛下(筆者註:今上天皇)が訴えられる『先の大戦の反省』を深める上でも意義がある」

 驚くべき大胆な解説だ。

 暗に昭和天皇の戦争責任を認め、その負の遺産を克服すべく天皇陛下は反戦に努められて来た、その事に我々は思いを馳せなければいけないと言っているのだ。

 きょうの読売新聞のスクープ記事を読んで、天皇陛下はあたらめて国民に問いかけたいと思われている違ない。

 象徴天皇としての自分の務めは、憲法9条に従って二度と戦争を繰り返さないことだと思うが、それでよかったか、国民はどう思うかと。

 われわれ国民は、そのお言葉に答えないまま、そして天皇陛下は二度と国民に語りかける機会のないまま、天皇陛下は来年4月末に退位される。

 その前に、私は記者会見を開いて、新党憲法9条を掲げて来年の国政選挙に名乗りを上げる事を表明するつもりだ。

 お言葉に答えた国民がいたという事を伝えるためにである(了)



東条首相、開戦前夜「勝った」…対面の高官メモ
https://www.yomiuri.co.jp/national/20180722-OYT1T50129.html
2018年07月23日 06時00分 読売新聞




 東条英機

 日米開戦前日の1941年12月7日夜、東条英機首相が政府高官に開戦について語った内容が、メモとして残っていることがわかった。東条はこの日昼、開戦当日の予定を昭和天皇に説明したことにも言及。戦争に反対していた天皇が開戦を決意し、軍が一致して行動する状況になったことで「すでに勝った」と発言するなど、太平洋戦争に突入する前夜に高揚する東条の胸中を初めて伝える貴重な史料だ。

 メモは、当時の湯沢三千男内務次官(1963年死去)の遺品から見つかった。東条の言葉を便箋5枚に書き残したもので、「十六年十二月七日(日曜日) 午後十一時二十分」との日時も書かれている。

 昭和天皇は主戦派の陸軍を抑えるため、41年10月、陸相の東条に組閣を命じ、外交交渉で戦争を回避する検討も求めた。だが米側の最終提案「ハル・ノート」が届き、交渉を断念。12月1日の御前会議で開戦を最終決定し、8日未明、米ハワイの真珠湾を攻撃した。
(ここまで401文字 / 残り729文字)












































 

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コメント
 
1. 中川隆[-13911] koaQ7Jey 2018年7月23日 18:33:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17263]

ゴマすり東条さんは毎日三回は 昭和天皇の所へ顔を出して、御用聞きしてたんだろ
それである日、昭和天皇が真珠湾を攻撃しろと言ったんで、へいへいとその通りにしたというのが真実

関係者はみんな八百長戦争だと見破られると困るから真剣に戦った様に見せたかったんだよ:

日本最大の売国スパイ=暗号名「ヨハンセン」

太平洋戦争の前夜に日本の対米英戦争を決定した1941.9.6の「帝国国策遂行要領」に関する所謂「御前会議」の内容を細大漏らさず、敵米国の駐日大使に通報していた、日本最大の売国スパイ=暗号名「ヨハンセン」とは吉田茂。
元自民党総裁選=麻生太郎の祖父。

また吉田茂元首相の再軍備問題のブレーンだった辰巳栄一元陸軍中将(1895〜1988年)も、米中央情報局(CIA)に「POLESTAR―5」のコードネーム(暗号名)で呼ばれていた。


アメリカから昭和天皇への指示は国務大臣、グルーによって日本の吉田、牧野、樺山、白州のヨハンセングループを通じ貞明皇后に伝わっていた。


[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

2. 中川隆[-13910] koaQ7Jey 2018年7月23日 18:35:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17263]

昭和天皇の身代わりになって処刑された東条英機


御文庫といって天皇の宮殿の地下深くに御文庫を作り

そこに大本営を置いて天皇が参謀たちを集め図面を置いて

毎日毎日、今度はここ行けここ行けと指図をするわけ

それを指図ができると東条英機が受けてですねやるわけです

だから参謀たちが天皇を大参謀に、参謀たちが戦争計画を作り、それを東条に渡すわけです

東条英機は大文庫に、御文庫の中には入れないわけです

他の連中も

そういうシステムで戦争が進んでいく訳です
http://www.youtube.com/watch?v=eugXzHoKnes


[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

3. 中川隆[-13909] koaQ7Jey 2018年7月23日 18:36:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17263]
海軍の作戦を宮中の大本営で指導したのが、昭和天皇

東京裁判で収監された東条英機は尋問に答えて、

「我々(日本人)は、陛下のご意志に逆らうことはありえない」と言った。

これは当時としては真実である。

しかし東条のこの発言が宮中に伝えられると天皇は焦ったと言われる。責任が全部自分に来てしまい、自分が絞首刑にされる。

それで天皇は部下を遣わして、東条と軍部に戦争責任を負わせるべく工作をした。
http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/bd61d9d5c3085df3fddc6adf68c4c7d2

1947年の12月、戦時中の首相、東条は自らを弁護して証言台に立った。
彼は生贄の羊となることを望んではいたものの、降伏以降、彼への雑言悪態は
限度を越えていた。

中には、天皇自身が、東条の命令不服従の不実を非難しているとさえ報じられていた。あるいは、日本の新聞は、東条が自決しようとして、刀ではなく拳銃を使ったことを、臆病者と呼んでいた。東条の家族は、近所からライ病患者のごとく扱われ、お金にも不自由した。彼の弟は、二ヶ月前、列車中で一袋の米を盗んだとして逮捕されていた

1947年の大晦日、東条への直接尋問のなかで、〔木戸の〕弁護人
ログマンはこう質問した。

「天皇の平和に対してのご希望に反して、木戸侯爵が行動をとったか、
あるいは何かを進言したという事実を何か覚えていますか?」

 東条 そういう事例はもちろんありません。私が知る限りにおいてはありません。
のみならず、日本国の臣民が、陛下のご意思に反して、かれこれすることはあり得ぬことであります。 いわんや、日本の高官においておや。


ログマン 以上をもって、木戸卿に代わる私の尋問を終わります。

裁判長(ウェッブ) 今の質問がどのようなことを示唆しているかは、
よく理解できるはずである。

 まさしく、それは誰もが知っていたことだった。

そこでキーナンは、彼の証人の切り札たる田中隆吉を、富士山麓の山中湖畔の自宅で休暇中のところより呼び戻し、ただちに巣鴨刑務所の東条に会いに行かせた。

だが東条はそれに応じようとはしなかったので、田中は皇居に行き、木戸の前秘書で
天皇の顧問の後継者、松平康昌に情況を説明した。次いで松平は、同僚の
側近たちと相談し、収監中の元内大臣木戸に手紙を送る許可を裕仁よりえた。

東条とは隣同士の房にいる木戸は、さっそく東条との話し合いに入った。
彼は東条と護衛の監視下で仕切り越しに長々と話をした。

木戸はまた、
刑務所中庭で運動の際、直接に東条に話しかけ、東条の家族の状況を改善させることを約束した。 小男で近眼の木戸ながら、彼は刑務所の雑務中でも裕仁の代理人であったため、東条は彼の話を無視することはできなかった。

二日にわたって話が交わされた後、ついに東条は折れた。

彼は法廷にもどると、キーナンによる反対尋問の中で、

自分が天皇を戦争を始めるよう説得し、それによって、裕仁を自身の気持ちに反して動くように強いさせたかも知れないことを認めるに至った。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm


[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

4. 中川隆[-13926] koaQ7Jey 2018年7月23日 18:38:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17281]
私が会った皇室家族の二人は、私との会話に、1926年からの日本の支配者、裕仁天皇についての、いくつもの物語を滑り込ませていた。こうした物語は、印刷物として報じられたことはなく、私は最初、皇室内のゴシップとして聞き流した。
しかし、後にその全体の文脈で見ると、そこには取り上げるべき重要さが潜んでいた。

たとえば、真珠湾攻撃の夜、裕仁がマラヤからの短波放送を聞いていたとか、
彼はかって、息子をもつため、人工授精による出産をおこなっていたとか、
彼の誕生は、一般に言われているより一年早かったとのうわさがある、などなどである。


 こうした話から私が確信することは、裕仁が、少なくとも、そのように見せようとしているような、素直な歴史の被造物なぞでは決してないということである。

彼の侍従の話では、彼は、強力な独裁制の主唱者として登場してきたという。

彼は、卓越した知性の持ち主とも言われている。

1945年までは、彼は、政府のあらゆる詳細に明るく、すべての分野の官吏と逐一協議しており、常時、世界情勢についての全体的視野を保持していたという。

彼の、民事、軍事、宗教上の力は、絶対的なものと受け止められておりながら、
彼はそれをただ儀礼的に、かつ国務大臣の推奨を追認するのみで執行していたとも言われている。

また、どの話の中でも、彼は常に大臣の構想に遅れを取らずに助言を与え、
そして、彼が受け入れられるような推奨案へと舵取りしていたことが次々と語られている。

また、時には、反対する見解をも採用し、少数意見も受け入れ、あるいは、
ひとつの推薦案を丸々無視したとすらも認められていた。

裕仁天皇は、米国との戦争の布告に署名をしていた。それは、彼の意思にはそわずにされたものと言われていたが、戦争開始数ヶ月後の、近衛首相の退陣までに作成された記録には、そうした記述は残されていない。また、もし彼が戦争を差し止めようとしたならば、暗殺されたかもしれないとも言われている。しかし、こうした主張は、こじつけのようである。というのは、兵士も将校もすべて、天皇のために死ぬ備えをしており、彼を暗殺するほどにかけ離れた日本人は、戦争に反対の西洋化した銀行家や外交官だけであったからである。

 裕仁天皇は、1937年、軍隊を華北へ送る命令に判を押した。これも後に、意思にそわずに行われたものと言われ、また、その二ヵ月後には、華中、華南へ出兵する命令にも判を押した。

彼は参謀本部の躊躇した「軍国主義者」の忠告に従い、華南の命令の執行を不本意に延期した。彼は、戦局を自ら掌握できるよう、皇居のなかに、大本営を設置した。

当時の首相が天皇のあまりな傾倒に苦言を呈しているように、彼は戦争計画に没頭するようになった。

そして遂に、彼の伯父は、中国の首都、南京攻撃の命令を引き受け、南京のあるホテルに居を移し、彼の軍隊が、10万人を超える無防備の軍民双方の捕虜を殺しているのを傍観していた。それは、第二次大戦でおこなわれた最初の集団虐殺で、この伯父が東京に戻った時、裕仁は、自らでかけて、伯父への名誉の勲章を与えた。

 それをさかのぼる1931年から32年、裕仁は、満州領有に許可を与えた。これも後になって、不承々々のものとされたが、彼は、自らが代表する天皇の統帥機関により生じた企ての全的責任を負うことに躊躇していた、と当時の記録は明確に記録している。そしてふたたび、この領有が完了した時、彼はその実行者たちに勲章をあたえ、その大将を自分の侍従武官兼軍事輔弼〔ほひつ:天皇への助言者〕の主席にさせている。

 こうした明白な諸事実より、天皇裕仁の行為と、後年、彼について語られた言葉との間には、大きな食い違いがあると結論付けうる。

私は、資料文献を読みながら書き留めたノートのすべてを見直しかつ再考察し、日本の近世の歴史は、第二次大戦以来提起されているように、一部、参謀本部の逆諜報専門家や、一部、皇室取巻きの上層部によって、戦争末期に捏造された幻想に巧に由来している、と確信するようになった。

 こうした日本の表向きの物語は、何度も、すでに生じていたことがその結果にように引き合いに出され、論理的に逆転している。偶然な出来事や自然発生した大衆行動が、高官レベルで、それに先立つ数ヶ月あるいは数年前に、実際に議論されていたことを、その時々の資料は、一度となく示している。天皇の主席政治輔弼、内大臣(訳注)は、慣例のように次期首相を任命し、現職首相の職が危ういような政府の危機の際には、それに先立つ数週間ないし数ヶ月間は、「彼の特務期間」と呼ばれた。そのやり取りは記録として残されてもおり、その中で内大臣は、続く二代の政府の組閣構成やその成果を、正確に見通している。

終戦時、オーストラリア、ニュージーランドそして中国の高官はすべて、裕仁天皇は日本の君主であり、日本の戦争責任者のリストの先頭におかれるべきであることに同意していたことを、キャンベラの書庫で発見して、私には心をやわらげられるものがあった。彼らは、その後、マッカーサー将軍の決定――天皇を国際法の下の戦争犯罪人とするより日本の復興のために用いる――(私自身、これは賢明な決定と思う)に従った。

私の調べた確証から浮かび上がる天皇の姿は、公式の伝記にあらわれる姿とは、まるで写真のネガとポジのように異なっていた。

私の見方では、裕仁は、献身的で、衰えを知らず、利巧かつ細心で、そして忍耐力を備えた、卓越した戦争指導者だった。

彼は、アジアから白人を追放するというその使命を、大祖父から引き継いでいた。だが、国民は無関心かつ後進的であったので、人々をそうした役務にかりだすため、戦争の20年前から、心理的、軍事的に準備を重ね、巧みにあやつっていった。

公式の人物像は、これとは逆に、裕仁を、魅力に乏しいところの多い、文化的な隠居した生物学者で、自らの公務は将官や総督にゆだね、そのすべてのエネルギーをおだやかに、きのこや小さな海洋生物につぎこむ人、と描いていた。

その年の一月、私の調査が終わろうとしていた時、原書房という東京の小さな出版社が、戦時中の陸軍参謀総長、杉山元〔はじめ〕大将が1940年から44年に書きとめた備忘録〔『杉山メモ』〕を出版した。これは、日本国家の最高位の軍事将校による歴然たる手書き資料である。杉山は日本が降伏した1945年に自殺しており、彼の記録を装飾する機会はなかった。記録のほとんどは、無味乾燥な軍事的詳細か、さらに単調な軍事用語で満たされていた。しかし、そのうちのいくつかは、裕仁との会話の言葉どおりの記述である。

それらは、裕仁が、真珠湾攻撃の数ヶ月前、軍事的、経済的計画について、詳細な質問をしていることを記していた。

それは、マッカーサー将軍が語ったという、裕仁が戦後将軍に告白した――1941年にはすべての軍事的、経済的事柄については無知であった――という発言と真っ向から食い違っていた。

 最も驚くべきことは、1941年1月、対米戦勃発の11ヶ月前、裕仁が独自に、真珠湾への奇襲攻撃のフィジビリティー調査を命じていることを、『杉山メモ』が記録していることである。

それ以前では、欧米の歴史家は、少なくとも1941年11月までは、裕仁は真珠湾奇襲攻撃計画については何も知らなかった、と信じていた。1941年当時の侍従長、鈴木貫太郎は、戦後、裕仁は真珠湾攻撃計画については、それが実行されるまでは知らなかった、とはばかることすらなく記している。

 『杉山メモ』はまた、裕仁は、真珠湾計画に、彼の公式軍事輔弼がそれを告知される丸六ヶ月前の段階で、参加していたことを明らかにしている。極東国際軍事法廷の連合軍判事たちに提示され、また、宣誓のもとでの目撃証言や緻密な調査によって検証された証拠は、裕仁を戦争にまで引きずり込んだとされる「軍国主義者」の誰もが、1941年8月まで、真珠湾計画を知らなかったと結論ずけている。


国際軍事法廷は、日本人指導者に「侵略戦争への陰謀」との判決を下し、1928年から1936年の間の日本を運命付けた少なくとも八件の主要陰謀を明白とさせた。また、陰謀は、日本文化においては、古くから、由緒ある地位に置かれてきた。戦前の日本の領土軍〔植民地配属軍のことか〕は、公式に「謀略部」と称する参謀チームを設けていた。

私は、その連合国判事が判明させたリストに、さらに六件の陰謀を加え、それらのすべてを、裕仁を中心とする皇室がからむ陰謀とした。裕仁は、秘密裏に少数派に働きかけ、最初は日本を欧米との戦争に導き、そしてそれに敗北すると、その記録を隠蔽した。

欧米の歴史家は、日本人をえがくにあたって、集団ヒステリーの産物という考えでもってあまりに懲り固まっているようだった。

日本経済の記録は、そうした思い込みが誤りであることを示している。わずか一世紀昔の1868年、日本の経済発展は、1485年にヘンリー七世が王座にあった英国に相当すると見られていた。

過去一世紀の変貌は、常軌を逸した不可解な人々によって成し遂げられたのではなく、もっとも勤勉で知的な人々によってなされたのである。

私は、これまでの生涯、日本人に畏敬とそれを知ることの喜びを感じてきた。日本の指導者たちが、欧米の指導者たちと同様に、極めて賢い人たちであるということは、この著作の基本的前提である。

1945年、連合軍がドイツを制圧した際、何百万ページもの国家文書が発見された。これに対し、連合軍が取り決められた日本の占領を始めた時、戦争終結からまだ2週間しかたっていないにもかかわらず、アメリカ人の手に入ったもので、何らかの重要性をもつ文書は、日本人によって自発的に提供されたものであった。

1937年より1945年まで皇居において天皇が議長を勤めて行なわれた天皇本部の会議議事録は、すべて焼却されたと言われている。陸軍参謀本部、海軍参謀本部、特高警察のファイル類の大半も、同様であった。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_04_choshakara.htm


[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

5. 2018年7月23日 19:14:00 : sUpHQ8Q75g : lG5Ry8H205A[111]
新党憲法9条って
何とネーミングセンスの悪いこと

6. 2018年7月23日 19:34:01 : 7IUmxVkkDE : 3lbq1a@xLGw[1]
なぜ「読売新聞」が「今」こういう記事を書いたのか、という事は考える必要があると思います。何しろ「あの読売新聞」ですから。少なくとも「正義感」からでは無いでしょうね。

7. 2018年7月23日 20:10:00 : 1RFEkLSxKM : GDNH4KJh0Mc[3531]
勝った
何に?

8. 2018年7月23日 21:25:22 : zg41AnH0gY : C6i3kZxEhvE[14]

勝海舟の言葉が、何度も何度も脳裏を過ぎる。

彼はひたすら日本人の「先見力の無さ」を憂いていた。


映画「チャーチル」と「ペンタゴンペーパーズ」が今年、封切られた意味を考えるべきだろう。

世界が未来をどう心配しているか良く分かる。

警句に満ちた映画だった。


堕落と腐敗より、自制と永続性の未来を引き寄せられますように。


9. 2018年7月23日 22:12:01 : LVFWcf5oHY : QONVIAwYzto[2]
主犯である天皇ヒロヒトを東条はかばった、
麻原天皇は主犯であると井上嘉浩は陳述した、
しかし、
二人とも絞首刑にされた。
アメリカ帝国が日本帝国7人を絞首刑にし、日本帝国はオウム帝国7人を絞首刑にした。
満州岸信介の末裔安倍の日本帝国がオウム帝国の麻原天皇とサリン特攻隊を処刑したのだ。
極右カルトの帝国間争闘戦である。

●オウム帝国と日本帝国、共に今も帝国の再興を夢想する愛国KI印が多く存在する。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-03-19/2012031915_01_1.html


10. 2018年7月23日 22:25:49 : 6VC06LLZLM : CpvAiBef984[18]
バチカンや英国王室を筆頭に、悪魔を神と崇め信奉している連中と
その連中に付き従う売国政治家組織が
マスコミや暴力団や選挙システム一括引き受け管理システムを使った
不正選挙を繰り返し
安倍自公不正選挙政権を存続させてるわけだ
悪魔を信奉している連中だから人殺しもテロも暗殺も手段を選ばないぜ

18. 2018年7月23日 22:21:24 : 6VC06LLZLM : CpvAiBef984[17]

▲△▽▼
3. 2018年7月23日 22:18:56 : 6VC06LLZLM : CpvAiBef984[16]

▲△▽▼
最近、音楽でもテレビでも、日本の水道資源維持管理システムを叩き売るナチスに学ぶ売国・麻生の縁戚
ロスチャイルドのシマ「仏国」関連のステマというか、刷り込み工作が半端無いじゃないか
ナチス・シオニストによるイスラエル支配と中東軍事侵略ISISテロ工作亜k集うの実態が
世界中に広く知れ渡ってきて
お次のターゲットが日本だって、日本人の真面目さ、勤勉さ、お行儀のよさ、躾の良さ、お人好し、
これみんな朝鮮カルト安倍自公不正選挙政権メンバーらと真逆の、一応美徳とされている国民性が、
仇となり、ナチス・シオニストの奴隷支配システムで永久的に縛り続けられる、
いわばバビロン捕囚の現代バージョンが、日本人に適用される運びだってこと、
麻生、こやつは米国のマイク・ペンスと情報交換を行いながら、トランプ大統領追い落としの動向を
伺いながら縁戚仏国ロスチャイルドの命令どおり、売国活動に全力を傾けている「日本人の敵」なわけだ
ユダヤ人との関係性デンデン(云々)、朝鮮カルト統一教会の政治版「日本会議」の日ユ同祖論に
乗っかって、日本人は世界に冠たる優秀な民族だプロパガンダ、「美しい国」詐欺で
過去のユダヤ人と同じ悲惨な運命を辿ることになる寸法だぜ、このままさ

https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=168152

更なる日本人奴隷化計画

ハザールの人類奴隷化計画の新たな証拠が先週出て来た。とあるアジアの秘密結社の上位メンバーが筆者に教えてくれたのだが、ハザール勢が日本人一人一人を債権の担保として使わないかとその結社に持ち掛けたのだそうだ。日本政府が国民に対して「マイナンバー」制度を課そうとしているのはこのせいだ。バビロニア形式の借金奴隷制度を西洋から日本へ拡張することになると分かっていた【この】アジア【の結社】は、提案を拒否した。

ユダヤ解放へ

世界は新世界秩序ではなく、新時代へと向かっている。その一環として、ユダヤの人々――悪魔崇拝主義ハザールマフィア連中の高度奴隷――は何千年にも及ぶバビロン奴隷状態から解放されようとしている。それ故にならず者国家イスラエルで今や完全な戒厳令が敷かれており、ハザールに支配された政府は降伏して【イスラエル内の】ユダヤ人とアラブ人の人質を解放せよとの最後通牒を突き付けられている、とロシアのFSB【連邦保安庁】やペンタゴン筋は言う。
https://www.debka.com/israel-announces-nationwide-military-drills-amid-war-preparedness-on-northern-and-gaza-fronts/

ユダヤの人々がようやく目覚めかけているとの明白なしるしは先週出てきた。ユダヤの人権団体が自国の政府に対してネオナチ勢を武装するのは止めろと嘆願したのだ。ナチズムとシオニズムは同じコインの表と裏だったと多くの人間が今や目覚めてきている。彼らは実のところ、聖書の黙示録第2章9節で「ユダヤ人なぞと自称しているものの、実態は悪魔の礼拝堂に属している者たち」と言及された連中なのだ。
https://www.haaretz.com/israel-news/rights-groups-demand-israel-stop-arming-neo-nazis-in-the-ukraine-1.6248727


11. 2018年7月23日 22:36:22 : ubsqxr99nk : L8tnnf@OvnU[593]
ハルノートの全文を、教科書に書くべきだ。

これが、高校生が歴史を考えることになる。

アメリカが強引に日本を追い詰め戦争を開始させた。

安倍が、北朝鮮に行っている経済制裁は,アメリカのハルノートと同じだ、と言う事ですよ。

安倍は、戦争したがっているのだ。

安倍は、真っ先に戦死してもらいましょうね。


12. 2018年7月23日 22:43:00 : zg41AnH0gY : C6i3kZxEhvE[15]

畳に革靴。

というオブジェを披露してくれた国がありましたね。

あれはどういう意味だったのでしょう?


本物の保守なら「土足で上がりこむなど無礼者が!」と怒りそうな感じですが、

「首相夫妻は喜んでいた」と報道されてましたね。

どう見ても、彼等に愛国心を感じられません。

大水害の対応も酷いものでした。



13. 罵愚[6333] lGyL8A 2018年7月24日 05:15:34 : hSHzTJuc3o : CIATOpkDXl4[326]
 いま、真剣に考えるべきは国家観と歴史認識だね。目前のニュースも重要だが、その評価は国家観と歴史認識を踏まえたものでないと…

14. 2018年7月24日 12:41:32 : LEHYcxrpGg : TvXD5a5K4xM[4]
アホバグはその歴史を真っ向から否定してるだろ?慰安婦問題や南京事件、重慶爆撃だって否定してるんだからな。

インパールの牟田口もだし、無能でアホな人間ほど無責任、傲慢、クズ真っ逆さまの道へと堕ちる。そういや、今の首相とその取り巻き共もだね。


15. 2018年7月24日 16:59:30 : IJjjrLkBu1 : Tp0IihGPIW0[3277]
  読売の本意であったかどうかは不明だが、印象に残ったのは、東条が天皇を説き伏せて開戦の決意をさせた段階で「勝ったも同然」と豪語した点だ。
  この東条の思考回路がその後の日本の運命を表していると思うと、如何に安易で短絡な動機であったかを痛感するのである。
  この思考回路は、現内閣、特に安倍首相の振舞いにも顕著ではないか。
  つまり、国会にて野党の支持率を云々し、自民党支持率が低下したと言えどもまだまだ野党の一桁から比べれば勝っていると認識、答弁でも表す点などである。
  彼の本意は、彼が滔々と幾多の演説で述べているような国民国家の行く末を総理大臣として案じているものでは無く、ひたすら総裁を務めている自分の出身政党が野党を凌いで血税を自由に出来る力を持っているか、それを確認するものであろう。
  従って、彼は常に国会を、自分が総裁を務める政党の方針を公金の財布を握っている官僚始めとする幹部公務員と共に貫徹させる場としており、いわば国会は自民党にとって党大会会場さながらであり、国民有権者、納税者を代表して国会に集う議員の中で、自民と官僚がタッグを組んだ方針に異議を唱える代議士は彼らの唾棄する「野党」として造反者と見做しているのが明らかである。
  「国民の皆様の声を聴き、国民と共に歩く」と言うなら、当然国会は国民全てが代議士を立てて予算の使途を決定する場であるところ、国民の声を聴くとは野党の声を聴くことに他ならないのであるが、事実は全くそうなっておらず、支持率が低い人達の声を聴いても意味が無い、と言わんばかりの傲慢を露わにしている。
  要は、東条が、天皇を説得出来たことで根拠無き万能感を持ってしまい、これで勝ったも同然として意気揚々と大国米国を相手に宣戦布告する仰天であったことと、国の行く末を俯瞰せずに、自民党の支持率が二桁であるというだけで集団的自衛権から共謀罪、安保改訂という戦争準備法案を強行採決、地方自治体の公金や公有地を後援者に差し出し、オリンピックからカジノまでの土建型公共事業に着手できると踏んだのであり、まさに、全く科学的な根拠も深い検証も無いままに、自分が総裁を務める自民党が「勝った」「勝っている」と結論付けたと言えるのであり、戦後70年を過ぎても、当時の東条率いる大本営の驚くべき短絡的思考回路と戦後大本営のDNAを引き継いだ自民党とは、一寸も変わっていないことが明らかであり、この流れで行けば間違い無く、日本も世界も再度危険な状況になることが、容易に想像出来るのである。
  
  

16. 罵愚[6341] lGyL8A 2018年7月25日 05:59:21 : hSHzTJuc3o : CIATOpkDXl4[334]
 一人の政治家、一人の総理大臣のような、一点観察で歴史を見通したかのような発言は妄想にすぎない。東条英機だって、 昭和天皇に諭されて和平に努力しているし、その人物像を再評価する動きも、一時はあったのだが…
 安倍さんに関しては、ほかにどんな政策があるのか、ほかにどんな人物がいるのか、いまある選択肢を明示したうえでの批判でなければ、あなたたちのコメントは負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ。

17. 2018年7月25日 11:08:23 : CzYJx39lTc : FaXl5LfuFC0[954]

東條英機の『口ひげ』を読み解く。

精神分析の大家「フロイド」によると、

「ヒゲを生やす」のは「小心者が威勢を張る道具」だという。

なるほど、「明治の元勲」や「明治の軍人」に口ひげを生やしているのが多い。

「野木希典」しかり、「大山巌」しかり、「東郷平八郎」の顎髭しかり、

「昭和天皇」しかり。

最近では、「ヒゲの隊長」佐藤正久もこの系統。−−−−要注意人物。


18. 罵愚[6345] lGyL8A 2018年7月25日 16:00:50 : hSHzTJuc3o : CIATOpkDXl4[338]
 たかが晩酌の戯れ言や口ひげで人物を評価する。 ★阿修羅♪のオタマジャクシの人物評価なんて、あてにはならない…

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