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(書評)チャールズ・R・スコット(著)「スコット親子、日本を駆ける: 父と息子の自転車縦断4000キロ」 西岡昌紀
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投稿者 西岡昌紀 日時 2019 年 1 月 05 日 11:40:19: of0poCGGoydL. kLyJqo@5i0k
 

(書評)チャールズ・R・スコット(著)「スコット親子、日本を駆ける: 父と息子の自転車縦断4000キロ」 西岡昌紀


チャールズ・R. スコット著
エディション: 単行本
価格: ¥ 2,052

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88%E8%A6%AA%E5%AD%90%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E9%A7%86%E3%81%91%E3%82%8B-%E7%88%B6%E3%81%A8%E6%81%AF%E5%AD%90%E3%81%AE%E8%87%AA%E8%BB%A2%E8%BB%8A%E7%B8%A6%E6%96%AD4000%E3%82%AD%E3%83%AD-%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BBR-%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88/dp/4314011238


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5つ星のうち 2.0

素晴らしい旅行記だが、原爆投下を正当化する記述には賛同出来無い。,

2015/11/25

By 西岡昌紀




http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88%E8%A6%AA%E5%AD%90%E3%80%81%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E9%A7%86%E3%81%91%E3%82%8B-%E7%88%B6%E3%81%A8%E6%81%AF%E5%AD%90%E3%81%AE%E8%87%AA%E8%BB%A2%E8%BB%8A%E7%B8%A6%E6%96%AD4000%E3%82%AD%E3%83%AD-%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BBR-%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88/dp/4314011238

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 アメリカは相手が違う考えを持っていることを許さない。自分の主張を認めるように「改宗」しなければならないのだ。
 
(マックス・フォン・シューラー(著)「『太平洋戦争』アメリカに嵌められた日本」(WAC・2015年)35ページ)

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 始めに、私は、この書評を書くべきかどうか迷った事を申し上げる事にする。

 この本は、アメリカ人であるチャールズ・スコット氏が、8歳の息子さんと二人で自転車に乗って日本列島を縦断した旅行の記録であり、父親として、スコット氏が成し遂げた事については、スコット氏を心から祝福したい。

 だが、この本の終はり近くの或る個所について、私は、矢張り、異議を唱えない訳には行かない。それは、この本のこの部分である。

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 大勢の見学者が、厳粛な表情で展示を見ていた。ショウとぼくも、ゆっくり順路を進み始めた。1945年の広島の市街地を、原爆が投下される前と後の二つの模型にしたものがあった。ショウは、二つの模型の間を何度も往復して、違いを指摘した。「建物がめちゃくちゃに壊れてる」。ショウは原爆の爆心地を示す赤いエリアを指さした。「パパ、あの辺りは何もなくなってるよ」
 ぼくたちは、日本の戦時下における広島の役割や、アメリカが原爆投下を決断するに至った経緯を説明する展示壁に沿って歩いた。ぼくは説明を読みながら、戦争の歴史的な背景が、もっと大きな枠組みで説明されていたらよかったのにと思った。そこには、日本の帝国主義の歴史についても、真珠湾攻撃についても、南京事件をはじめとするアジア諸国での日本軍の残虐行為についても、十分な説明がなかった。そのため、この展示から受ける印象は、アメリカが無慈悲な破壊者であり、日本はその被害者だというものだった。ぼくにはそれが、原爆投下の背景を深く掘り下げる貴重な機会を逸しているように思えた。

(本書332〜333ページ)

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 スコット氏は、広島への、そして、長崎への原爆投下が必要だった、と言ひたいのだろうか?では、スコット氏は、アメリカの歴史家が書いたこの文章をどう読むのだろうか?(少し長いが、スコット氏の為に英語の原文で引用する)

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Among the many remaining puzzles surrounding the decision to use the atomic bomb, perhaps the most intriguing concern two of the nation's highest World War U military leaders. A few years after Hiroshima and Nagasaki were destroyed, Admiral William D.Leahy went public with the following statement:

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It is my opinion that the use of this barbaric weapon at Hiroshima and Nagasaki was of no material assistance in our war against Japan. The Japanese were already defeated and ready to surrender...
My own feeling was that in being the first to use it, we had adopted an ethical standard common to the barbarians of the Dark Ages. I was not taught to make war in that fashion, and wars cannot be won by destroying women and children...

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Leahy was not what one might call a typical critic of American policy. Not only had the five-star admiral presided over the U.S. Joint Chiefs of Staff(and the Combined American-British Chiefs of Staff), but he had simultaneously been chief of staff to the commander-in-chief of the army and navy, serving Roosevelt in that capacity from 1942 to 1945 and Truman from 1945 to 1949. Moreover, he was a good friend of Truman's and the two men respected and liked each other; his public criticism of the Hiroshima decision was hardly personal.
We can imagine what it would mean today if General Colin Powell were to go public with a similar critique, say, of the massive bombing he presided over as chairman of the Joint Chiefs of Staff during the 1991 Persian Gulf War--and on decisions made by his friend President George Bush.
A similar puzzle concerns Dwight D.Eisenhower, the triumphant Supreme Commander of the Allied Expenditionary Force who directed British and American operation against Hitler--and also, sibsequently. of course, president pf the United States. In the midst of the Cold War--shortly after his famous Farewell Address criticizing the "military-industrial complex"--Eisenhower who went public with a statement about the Hiroshima decision.
Recalling the 1945 when Secretary of War Henry Stimson informed him the atomic bomb would be used against Japanese cities, Eisenhower stated.

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During his reciting of the relevant facts, I had been conscious of a feeling of depressing and so I voiced to him my grave misgivings, first on the basis of my belief that Japan was already defeated and that dropping the bomb was completely unnecessary, and secondly because I thought that our country should avoid shocking world opinion by the use of weapon whose employment was, I thought, no longer mandatory as a measure to save American lives. It was my belief that Japan was, at that very moment, seeking some way to surrender with a minimum loss of "face"...'

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Something clearly had caused Leahy and Eisenhower to break the unwritten rule that requires high officials to maintain a discreet silence in connection with controversial matters about which they have special knowledge. But as we shall see, Leahy and Eisenhower were not the only military figures who broke the rule. Moreover, less than a year after the bombing an extensive official study by the U.S. Strategic Bombing Survey published its conclusion that Japan would likely have surrendered in 1945 without atomic bombing, without a Soviet declaration of war, and without an American invasion.

(Gar Alperovitz "The Decision to use the Atomic Bomb"(Vintage Books,1995)pp.3-4)

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(以下同書同個所日本語訳)

 原子爆弾使用の決定にまつわる謎は数多くあるが、なかでも興味深いのは、第二次大戦の二人の最高司令官に関するものだろう。広島と長崎が破壊されてから数年後、ウィリアム・D・レイヒ海軍大将は次のように公言している。

   
    私の意見では、広島と長崎に対してこの残忍な
   兵器を使用したことは対日戦争で何の重要な助け
   にもならなかった。日本はすでに打ちのめされて
   おり、降伏寸前だった。・・・・・
    あれを使うことによって、われわれは暗黒時代
   の野蛮人なみの倫理基準を選んだことになると感
   じた。あのように戦争を遂行するようには教えら
   れなかったし、女、子供を殺すようでは戦争に勝
   利したとは言えない。・・・・

 レイヒは、アメリカの政策に対するいわゆる批判派ではなかった。この保守的な五つ星将軍はアメリカ統合参謀本部(米英合同参謀本部も)を取り仕切っていただけでなく、陸海軍最高司令官(大統領)の首席補佐官として、1942年から45年まではルーズベルト、45年から49年まではトルーマンに仕えていた。そればかりか、トルーマンの無二の親友で、二人はお互いに尊敬し合う間柄だった。広島への原爆投下の決定に対する公然たる批判は、決して個人的なものではなかった。
 今日で言えば、コリン・パウエル大将が、統合参謀本部議長時代の1991年の湾岸戦争における大規模空爆や、そして友人であるブッシュ大統領の決定を、公に批判することに匹敵する行為だと考えればいい。
 レイヒはなぜあえて口を開いたのか。広島から優に半世紀を経た今日も、この問いは尾を引いている。われわれに挑んでいる、と言ってもいい。
 もう一人、この第二次世界大戦の司令官よりももっと大きな存在の男に関しても、同じような謎がある。ドワイト・D・アイゼンハワーは、英米の対ヒトラー作戦を指揮した連合軍最高司令官であり、言うまでもなく、後のアメリカ合衆国大統領である。冷戦のさなか、「軍産複合体」を批判したあの有名な告別演説の直後に、アイゼンハワーは広島の決定についても公に発言している。1945年に日本の都市に対して原爆が使用されることをヘンリー・L・スティムソン陸軍長官から知らされたときのことを想起して、アイゼンハワーはこう述べている。

    彼が関連の事実を述べるのを聞いているうちに、
   自分が憂鬱になっていくのがわかって、大きな不安
   を口にした。まず、日本の敗色は濃厚で、原爆の
   使用はまったく不必要だという信念をもっていた。
   第二に、アメリカ人の命を救うために、もはや不可
   欠ではなくなっていた兵器を使用することによって
   世界の世論に波紋を広げることは避けるべきだと考
   えていた。日本はまさにあの時期に「面目」を極力
   つぶさない形で降伏しようとしていると、私は信じ
   ていた。・・・・

 高官は職務上知りえた議論の余地のある事柄について沈黙を守らなくてはならない、という不問律がある。それを破ってまでレイヒとアイゼンハワーが口を開いたのには、何か明快な理由があるはずだ。それに、これから見ていくように、軍幹部でルール破りをしたのは、レイヒとアイゼンハワーだけではない。原爆投下から一年とたたないうちに、アメリカ戦略爆撃調査による大がかりな研究も、原爆が投下されずとも、ソ連の参戦がなくとも、さらには、アメリカによる本土侵攻がなくとも、日本は降伏していただろうという結論を公刊している。

ガー・アルペロビッツ著 鈴木俊彦・岩本正恵・米山裕子・訳
『原爆投下決断の内幕』(上) ほるぷ出版 1995年
10〜12ページより

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どうだろうか。アメリカの歴史家が、こう述べて、原爆投下は、戦争を終結させる上で全く必要が無かったと述べて居るのである。スコット氏は、このアメリカ人歴史家の見解を否定するのだろうか?

そして、次に引用する広島での或る親子の別れをスコット氏はどう読むのだろうか?これは、1945年8月6日、広島に原爆が投下された直後、原爆で倒壊し、火災を生じた家の中で、母親を火の中に残してその場から逃げなければならなかった日本の子供の体験である。

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「・・・一緒に『お母ちゃん、お母ちゃん・・・』叫ぶと、お母ちゃんの声がしたから、その方向に向かって屋根板とか瓦礫を必死になってはいだ。ようやく体の一部が見えるようになったが、柱や壁が押さえつけていて、どうしても助けることができない・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・いよいよ火が迫ってきて、母親のところまでじりじりと焼けはじめたと。焼かれながら苦しみの中で、お母ちゃんが言うのに『早く逃げなさい、早く逃げないとあんたたちまで焼け死んでしまう・・・』そう叱り飛ばされるように言われてと、それでも子供たちはそこを離れようとしなかったが、もう熱くていたたまれなくなったので、二人は泣きながら逃げたそうです」−−

(江成 常夫 (著)『記憶の光景・十人のヒロシマ 』(小学館文庫) 26〜28ページより引用)

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幼い子供が、母親を生きたまま火の中に残し、立ち去らなければならなかったこの出来事を、スコット氏はどう読むのだろうか?

こんな書評(レビュー)は書きたくなかった。だが、ここで、この本の書評を書いて居る皆さんが、誰一人としてスコット氏の原爆についての文章を批判せず、この本に5つ星を与えて居るのを見て、私は、やむを得ず、この書評を書く事にした。

スコット一家に対する悪意は全く無い。だが、誰かが書かなければならないと思ったのでこの書評を書いた。

スコット一家の御多幸を心よりお祈りする。

(西岡昌紀・内科医)

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