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飢餓、自殺強要、私的制裁−−戦闘どころではなかった旧日本軍(日経ビジネス)
http://www.asyura2.com/18/warb22/msg/781.html
投稿者 肝話窮題 日時 2019 年 8 月 17 日 01:30:29: PfxDcIHABfKGo isyYYouHkeg
 

森 永輔 日経ビジネス副編集長
2019年8月14日

https://cdn-business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080700039/p1.jpg?__scale=w:350,h:386&_sh=0740c30bb0
沖縄戦。米爆撃機の攻撃を受ける日本の駆逐艦(AP/アフロ)

    映画「この世界の片隅に」(2016年公開)が8月3日、NHKによっ
   て地上波放送で初めて放映された。こうの史代さんのマンガを原作とす
   る劇場版アニメだ。主人公は、すずさん。絵を描くのが好きな18歳の女
   性だ。広島から呉に嫁ぎ、戦争の時代を生きる(関連記事「『この世界の
   片隅に』は、一次資料の塊だ」)。アジア・太平洋戦争中の、普通の人の
   暮らしを淡々と描いたことが共感を呼んだ。

    一方、アジア・太平洋戦争中の、戦地における兵士の実態を、数字に
   基づき客観的に描写したのが、吉田裕・一橋大学大学院特任教授の著書
   『日本軍兵士』だ。「戦闘」の場面はほとんど登場しない。描くのは、重
   い荷物を背負っての行軍、食料不足による栄養失調、私的制裁という暴力、
   兵士の逃亡・自殺・奔敵、戦争神経症に苦しむ様子−−。同書の記述から
   は、軍が兵士をヒトとして遇そうとした跡を感じることはできない。加え
   て、第1次世界大戦から主流となった「総力戦」*を戦う態勢ができてい
   なかった事実が随所に垣間見られる。

   *:軍隊だけでなく、国の総力を挙げて行う戦争。軍需物資を生産する産
   業力やそれを支える財政力、兵士の動員を支えるコミュニティーの力など
   が問われる

    なぜ、このような戦い方をしたのか。終戦記念日 を迎えたのを機に考
   える。吉田特任教授に話を聞いた。

   (聞き手 森 永輔)


−吉田さんはご著書『日本軍兵士』の中で衝撃的な数字を紹介しています。

    支那駐屯歩兵第一連隊の部隊史を見てみよう 。(中略)日中戦争以
   降の全戦没者は、「戦没者名簿」によれば、2625人である。このうち
   (中略)1944年以降の戦没者は、敗戦後の死者も含めて戦死者=533
   人、戦病死者=1475人、合計2008人である。(後略)(支那駐屯歩兵
   第一連隊史)(出所:『日本軍兵士』)


 この部隊の戦没者のうち約76%が終戦前の約1年間に集中しています。しかも、その73%が「戦病死者」。つまり「戦闘」ではなく、戦地における日々の生活の中で亡くなった。敗戦色が濃厚になるにつれ、兵士たちは戦闘どころではなく、生きることに必死だった様子がうかがわれます。

 戦病死の中には、「餓死」が大きなウエイトを占めていました。

    日中戦争以降の軍人・軍属の戦没者数はすでに述べたように約230
   万人だが、餓死に関する藤原彰の先駆的研究は、このうち栄養失調に
   よる餓死者と、栄養失調に伴う体力の消耗の結果、マラリアなどに感染
   して病死した広義の餓死者の合計は、140万人(全体の61%)に達す
   ると推定している*。(『餓死した英霊たち』)(出所:『日本軍兵士』)

   *:諸説あり


 飢餓が激しくなると、食糧を求めて、日本軍兵士が日本軍兵士を襲う事態まで発生しました。

    飢餓がさらに深刻になると、食糧強奪のための殺害、あるいは、人
   肉食のための殺害まで横行するようになった。(中略)元陸軍軍医中尉
   の山田淳一は、日本軍の第1の敵は米軍、第2の敵はフィリピン人の
   ゲリラ部隊、そして第3の敵は「われわれが『ジャパンゲリラ』と呼
   んだ日本兵の一群だった」として、その第3の敵について次のように
   説明している。

    彼等は戦局がますます不利となり、食料がいよいよ窮乏を告げるに
   及んで、戦意を喪失して厭戦的となり守地を離脱していったのである。
   しかも、自らは食料収集の体力を未だ残しながらも、労せずして友軍他
   部隊の食料の窃盗、横領、強奪を敢えてし、遂には殺人強盗、甚だしき
   に至っては屍肉さえも食らうに至った不逞、非人道的な一部の日本兵だ
   った。(前掲、『比島派遣一軍医の奮戦記』)(出所:『日本軍兵士』)

■負傷兵は自殺を強要される

−この後の質問の前提にある日本軍兵士の悲惨な事態を読者の皆さんと共有するため、もう少し、引用を続けます。

 兵士たちは飢餓に苦しむだけでなく、自殺を強要されたり、命令によって殺害されたりすることもありました。以下に説明する行為は「処置」 と呼ばれました。

   (前略)戦闘に敗れ戦線が急速に崩壊したときなどに、捕虜になるの
   を防止するため、自力で後退することのできない多数の傷病兵を軍医
   や衛生兵などが殺害する、あるいは彼らに自殺を促すことが常態化し
   ていったのである。

    その最初の事例は、ガダルカナル島の戦いだろう。(中略)撤収作
   戦を実施して撤収は成功する。しかし、このとき、動くことのできな
   い傷病兵の殺害が行われた。(中略)

       (中略)視察するため、ブーゲンビル島エレベンタ泊地に到着
       していた参謀次長が、東京あて発信した報告電の一節に、次の
       ような箇所がある。

        当初より「ガ」島上陸総兵力の約30%は収容可能見込にして
       特別のものを除きては、ほとんど全部撤収しある状況なり

       (中略)

        単独歩行不可能者は各隊とも最後まで現陣地に残置し、射撃
       可能者は射撃を以て敵を拒止し、敵至近距離に進撃せば自決す
       る如く各人昇コウ錠[強い毒性を持つ殺菌剤]2錠宛を分配す

        これが撤収にあたっての患者処置の鉄則だったのである。
       (『ガダルカナル作戦の考察(1)』)

    つまり、すでに、7割の兵士が戦死・戦病死(その多くは餓死)し、
   3割の兵士が生存しているが、そのうち身動きのできない傷病兵は昇
   コウ錠で自殺させた上で、単独歩行の可能な者だけを撤退させる方針
   である。(出所:『日本軍兵士』)


■第1次大戦時に修正できなかった精神主義

−食糧が不足し餓死と背中合わせ。戦闘で負傷すれば、自殺を強要される。こうした“踏んだり蹴ったり”の環境では、戦闘どころではありません。戦争はもちろんしないに越したことはありません。しかし、仮にしなければならないとするなら、兵士をヒトとして遇し、十分な食糧と休息を与えるべきだったのではないでしょうか。

 なぜ、アジア・太平洋戦争では、そんな態勢が作れなかったのでしょう。日清・日露というそれ以前の戦争では、兵士をヒトとして遇していたのでしょうか。

吉田:アジア・太平洋戦争の時ほど極端ではありませんが、日本軍に独特の精神主義が存在していました。典型は、歩兵による白兵突撃です。銃の先に銃剣を付け突撃し攻撃路を開く、というやり方。その背景には、「精神力で敵を圧倒する」という精神主義がありました。

 日露戦争後、こうした考え方が軍内に広まっていきます。例えば、陸軍は歩兵操典などの典範令(教則本)を大改正して、ドイツ製の翻訳から、独自のものに改めました。内容的には、日本古来の伝統、精神を重視するものにした。例えば夜襲を重視しています。

吉田 裕(よしだ・ゆたか)
一橋大学大学院特任教授
専門は日本近現代軍事史、日本近現代政治史。1954年生まれ。1977年に東京教育大学を卒業、1983年に一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学社会学部助手、助教授を経て、96年から教授。主な著書に『昭和天皇の終戦史』『日本人の戦争観』『アジア・太平洋戦争』など(写真:加藤 康、以下同)。

−日露戦争当時の軍は、日露戦争は白兵突撃によって勝ったと認識していたのですか。司馬遼太郎さんが同戦争を描いた小説『坂の上の雲』の影響かもしれませんが、「二〇三高地の戦いにおける白兵戦は愚かな作戦だった」という印象を持っていました。乃木希典・第三軍司令官は、効果が小さいにもかかわらず、犠牲の多い、白兵突撃を繰り返した、と。

吉田:事実はともかく、「白兵戦によって勝った」「日本精神によって勝った」という“神話”を作ってしまったのです。

 本来なら、その後に起きた第1次世界大戦を研究する中で、こうした精神主義を修正すべきでした。しかし、それができなかった。

 例えば、歩兵による白兵突撃主義を取ったのは、日本軍だけではありません。欧州諸国の軍も同様でした。派手な軍服を着て、横一列に並んで突撃していったのです。しかし、第1次世界大戦を戦う中で挫折した。機関銃と戦車の登場が契機でした。

 日本軍は、第1次世界大戦中の欧州の状況を詳しく研究しました。しかし、研究するのと参加するのとでは話が違います。欧州戦に参加しなかった日本軍は、第1次世界大戦をリアリティーをもって感じることができなかったのでしょう。

■部下による反抗恐れ私的制裁を容認

−兵士たちは餓死や処置を覚悟しなければならないだけでなく、私的制裁にも苦しめられました。私的制裁を苦にして、逃亡、奔敵(敵側に逃亡すること)、自殺に至る兵士が多数いました。

    初年兵教育係りの助手を命じられたある陸軍上等兵による、初年兵
   への執拗な私的制裁によって、彼の班に属する初年兵28人のほとんど
   が「全治数日間を要する顔面打撲傷」を負った。このため、私的制裁を
   恐れた初年兵の一人が、自傷による離隊を決意して自分自身に向けて小
   銃を発砲したところ、弾丸がそれて他の初年兵に命中し、その初年兵が
   死亡する事件が起こった。(『陸軍軍法会議判例類集1』)(出所:『日本軍
   兵士』)----

 なんとも悲惨な話です。なぜ、私的制裁を取り締まることができなかったのでしょう。

吉田:当時は、徹底的にいじめ、痛めつけることで、強い兵士をつくることができると考えられていました。この考えから抜け出すことができなかったのです。

 加えて、私的制裁が古参兵にとってガス抜きの役割を果たしていたことが挙げられます。兵士たちは劣悪な待遇の下に置かれています。この鬱屈とした激情が上官に向かって爆発すると、軍としては困る。実際、上官に逆らう対上官犯 は戦争が進むにつれて増えていきました。これを、単に規制するだけでは、火に油を注ぐことになりかねません。そこで、「下」に向けて発散するのを容認する傾向がありました。

 鬱屈とした激情を、「下」だけでなく「外」に向かって発散するのを容認する面もありました。

    そうした教育の戦場における総仕上げが、「刺突」訓練だった。初年
   兵や戦場経験を持たない補充兵などに、中国人の農民や捕虜を小銃に装
   着した銃剣で突き殺させる訓練である。

    藤田茂は、1938年末から39年にかけて、騎兵第二八連隊長として、
   連隊の将校全員に、「兵を戦場に慣れしむるためには殺人が早い方法で
   ある。すなわち度胸試しである。これには俘虜(捕虜のこと)を使用す
   ればよい。4月には初年兵が補充される予定であるから、なるべく早く
   この機会を作って初年兵を戦場に慣れしめ強くしなければならない」、
   「これには銃殺より刺殺が効果的である」と訓示したと回想している。
   (『侵略の証言』)(出所:『日本軍兵士』)

■軍刑法に私的制裁の禁止条項なし

−軍法会議は機能していなかったのですか。

吉田:陸軍や海軍の刑法には、私的制裁を禁止する条項がありませんでした。

 陸軍刑法に「陵虐の罪」の規定があります。しかし、これは、兵士を裸にして木にくくりつけるなど非常に極端な行為を対象にするもので、日常的に起こる私的制裁を対象にするものではありませんでした。

 取り締まるとすれば、一般の刑法の「暴行及び傷害の罪等」を適用する。

−確かに、初年兵28人に「全治数日間を要する顔面打撲傷」を与えた陸軍上等兵は刑法の傷害罪で懲役6カ月の有罪判決を受けています。この事件は初年兵の一人が自傷を試みたことによって発覚しました。

 かつて見た、「ア・フュー・グッドメン」という映画を思い出しました。トム・クルーズ氏が主演で、軍に勤める法務官。海軍の基地で、ジャック・ニコルソン氏演じる司令官が「コードR」(規律を乱す者への暴力的制裁)を命じて、若い兵士を死に至らしめる。法務官が法廷で大ばくちを打って、司令官を有罪に持ち込む、というストーリーです。この「コードR」に相当するものが、当時の日本の軍刑法には存在しなかったのですね。

吉田:軍法会議に関する研究は実は進んでいないのです。法務省が資料を保管し、公開してこなかったのが一因です。今は、国立公文書館に移管されたようですが。二・二六事件をめぐる軍法会議の資料が閲覧できるようになったのは敗戦後50年もたってからのことです。これから新たな研究が出てくるかもしれません。

(後編に続く。8月15日公開予定)

注:引用において、漢数字は算用数字に改めた

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080700039/?n_cid=nbponb_twbn  

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コメント
1. 2019年8月17日 14:55:47 : yL5Gzq7kkU : VmVNM0RML3doVWc=[103] 報告
銃剣で突撃、戦国時代と変わらない戦術。

鉄砲を3段に構えて連射する方法を考えた織田信長はいなかった。

2. 2019年8月18日 17:03:57 : Dowt54F3FI : enlWZ0RYUlBZZmM=[3] 報告

以下、参考までに_____

>太平洋戦争戦跡地 戦没者の60%強140万人は餓死であった
2013年9月 Minade Mamoru Nowar
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mhvpip/PacificWar.html

出典:藤原彰著 『餓死(うえじに)した英霊たち』 青木書店 2001年5月発行
第3頁・第4頁

はじめに−戦没者の過半数は餓死だった

第2次世界大戦(日本にとってはアジア太平洋戦争)において、
日本人の戦没者数は310万人、その中で、軍人軍属の戦没数は230万人とされている。

敗戦直後の1945年9月、東久邇内閣が発表した陸海軍人の戦没者数は50万7,000人に
すぎなかったが、調査がすすむとともにその数が増えつづけ、
1977年に厚生省が明らかにした数字では、「軍人・軍属・准軍属」の戦没者230万人、
外地での戦没、一般邦人30万人、内地での戦災死者50万人、計310万人となっている。

なお調査や遺骨収集はつづいており、正確な数は依然として明らかにされていないが、
現在では、日本軍人の戦没者230万人というのが、政府が明らかにしている概数である。

この戦争で特徴的なことは、日本軍の戦没者の過半数が戦闘行動による死者、
いわゆる名誉の戦死ではなく、餓死であったという事実である。

「靖国の英霊」の実態は、華々しい戦闘の中での名誉の戦死ではなく、
飢餓地獄の中での野垂れ死にだったのである。

栄養学者によれば、飢餓には、食物をまったく摂取しないで起こる完全飢餓と、
栄養の不足または失調による不完全飢餓があるとされている。

この戦争における日本軍の戦闘状況の特徴は、補給の途絶、現地で採取できる食物の
不足から、膨大な不完全飢餓を発生させたことである。そして完全飢餓によって起こる
餓死だけでなく、不完全飢餓による栄養失調のために体力を消耗して病気にたいする
抵抗力をなくし、マラリア、アメーバ赤痢、デング熱その他による多数の病死者を出した。

この栄養失調に基づく病死者も、広い意味で餓死といえる。
そしてこの戦病死者の数が、戦死者や戦傷死者の数を上回っているのである。

戦死よりも戦病死の方が多い。

それが一局面の特殊な状況でなく、戦場の全体にわたって発生したことが、
この戦争の特徴であり、そこに何よりも日本軍の特質をみることができる。

悲惨な死を強いられた若者たちの無念さを思い、大量餓死をもたらした日本軍の責任と
特質を明らかにして、そのことを歴史に残したい。

大量餓死は人為的なもので、その責任は明瞭である。
そのことを死者に代わって告発したい。それが本書の目的である。

出典:藤原彰著 『餓死(うえじに)した英霊たち』 青木書店 2001年5月発行
第5頁〜第9頁
目次

第1章 餓死の実態

1.ガダルカナル島の戦い
@無謀な陸軍投入
A餓島の実情
Bガダルカナル戦が示したもの
Cガダルカナル以後のソロモン群島
D孤立したラバウル

2.ポートモレスビー攻略戦
@無謀な陸路進攻計画
Aスタンレー山系越えの苦闘
B退却戦とブナ、ギルワの終末

3.ニューギニアの第18軍
@現地を知らない大本営
A死の転進行軍
Bアイタベ作戦
C極限状況下の第18軍

4.インパール作戦
@20世紀の鵯越え(ひよどりごえ)作戦
A惨憺たる敗北と退却
Bシッタン河谷の後退
Cビルマ戦線の死没者の割合

5.孤島の置きざり部隊
@戦理に反した守備隊配備
Aとり残された守備隊
Bメレヨン島の惨劇
Cウェーク島の飢餓地獄

6.フィリピン戦での大量餓死
@揺れ動く決戦構想
A餓死への道程
Bフィリピン戦の特徴
C住民への加害行為

7.中国戦線の栄養失調症
@世紀の大遠征
A架空の兵姑線
B補充員の苦難
C中国戦線での死因

8.戦没軍人の死因
@戦没者の総数
A餓死者の割合

第2章 何が大量餓死をもたらしたのか

1.補給無視の作戦計画
@作戦が他のすべてに優先する
A情報の軽視

2.兵站軽視の作戦指導
@対米英開戦と兵站
A兵要地誌の調査不足と現地自活主義の破綻
B後方を担った馬の犠牲

3.作戦参謀の独善横暴
@幕僚が戦争も作戦も決めた
A作戦屋の強硬論
B人間性を欠いた作戦

第3章 日本軍隊の特質

1.精神主義への過信
@日露戦後の軍事思想
A白兵主義の欠陥

2.兵士の人権
@軍紀と服従
A無視された人権
B生命の濫費で勝利を購う

3.兵站部門の軽視
@差別されていた輻重兵科
A経理部への差別
B軍医部の地位向上策

4.幹部教育の偏向
@精神重視の教育と幼年学校
A幼年学校出身者の要職独占とその弊害

5.降伏の禁止と玉砕の強制
@日本軍の捕虜政策とその転換
A戦陣訓と捕虜禁止
B命令された「玉砕」

________________

3. 2019年8月18日 17:24:08 : Dowt54F3FI : enlWZ0RYUlBZZmM=[4] 報告

つづき_______________

第1章 餓死の実態
8.戦没軍人の死因

@戦没者の総数
第2次大戦(日中戦争を含めてアジア太平洋戦争)における日本軍の戦没者の総数、その中での戦死、戦病死などの割合は、戦争が日本の敗北に終わったこともあって、正確に数えることはきわめて難しい。多くの戦場が玉砕(全員死亡)に終わるか敗退してしまったので、記録がほとんど失われている。さらに降伏の直後に、戦争犯罪の追及を恐れて、組織的に関連書類の大量焼却が指令された。

このため陸海軍の各部隊どころか、市町村役場の兵事関係書類まで焼いてしまったところも多い。軍事と戦争に関する史料が、根こそぎ破棄されてしまったのである。このため戦没者の数にしても、数字に大差がある状況で、戦後日が経つにしたがって、調査がすすみ、その数が増えていくという状況にある。

調査不十分の結果もあり、敗戦直後の1945年9月の第88臨時議会に東久邇内閣が報告した数字は、太平洋戦争の戦没者陸海軍人50万7000人、一般国民の死者24万1,000人、合計74万8,000人という少ないものであった。

その後調査がすすむにつれて数は増えつづけている。77年に厚生省援護局があげた数字では、37年7月いらいの、日本の戦没者は、軍人、軍属、准軍属合わせて約230万人、外地の一般邦人死者数約30万人、内地での戦災死亡者約50万人、合わせて約310万人となっている。

この軍人軍属の戦没者230万人という数字は、それより13年前の64年に、厚生省援護局が公表した地域別陸海軍人戦没者数の合計212万1,000人よりは約18万人多いが、それはその後の調査の増加分を含んでいるからであろう。

この地域別陸海軍人戦没者数を次に掲げる。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mhvpip/1123Senshishasu.jpg


この数字は、地域別ではこれより新しい公式数字はないが、1977年の数字より約18万人少ないだけでなく、地域によっては現在判明している数よりも過少である。

日本人全体の戦没者総数についても同様である。政府はそれ以後、ずっと戦争の犠牲者310万人という数を使いつづけているが、原爆による犠牲者だけについてみても、毎年、その数は増えつづけているのだから、この数ももっと多く修正されるべきであろう。調査をいっそう重ねて、正確な数に近づく努力が必要である。

この日本人の死者数310万人、そのうち軍人軍属の戦没者230万人という数字は、その後、日本政府が、毎年8月15日の戦没者慰霊祭などの場合に、公式にいいつづけている数字である。

この戦没者数には、朝鮮、台湾などの植民地出身者約5万人が含まれているので、正確にいえば日本人の死者総数ではない。また実際には、この数字は過少だという批判がある。

また、日本人の死者数だけをとり上げるのも公平ではない。日本の侵略の対象となったアジア諸国の膨大な戦争被害に目を向けなければならないだろう。

ただしアジア諸国民の死者数については、日本人の場合以上に正確な資料に乏しく、集計も困難である。
何の数字も発表されていない国もあるという状況の中で、最大の被害国である中国では、抗日戦争期の軍人の死者380万人以上、民間人の死者1,800万人以上、計2180万人以上という政府見解がある。

フィリピンでは、死者111万1,938人という数字を政府が公表している。そのほかに、フランス領インドシナの餓死者200万人、インドネシアの被害者100万人、シンガポールの華僑(現地で帰化した中国人)虐殺の被害者5万人という数字もある。

したがって、総計では約3,000万人の犠牲者が出ているであろうと推定される。
つまり戦争犠牲者の総数は不明確であり、さらに今後の調査が必要だということである。

A餓死者の割合
軍人の戦没者230万人のうち、戦死、病死などの死因別はどうなっているかについては、公式の統計はまったくない。陸上自衛隊衛生学校が編纂した『大東亜戦争陸軍衛生史』は、公刊の衛生史に当たるといえるものだが、その中では次のようにいっている。

今次大東亜戦争においては、敗戦により、特に統計資料はいっさい焼却又は破棄せられ、まとまったものは皆無の状況である。従って、全戦争期間を通じ、戦傷戦病はどの位あったかということは、全く推定するよしもないのである。

「推定するよしもない」としているこの衛生史は、戦死と戦病死の割合については、ごく初期の対南方進攻作戦のものをあげるだけで、その後の状況については沈黙している。

とくに、後半期の南方の餓死者続出の惨状や、中国における戦争栄養失調症の多発などについては、まったく触れるところがないのである。これは、病死が多数発生するのは軍医として恥だという感覚からかも知れない。しかし戦争の衛生史としては、もっとも重大な問題を欠落させているというほかはない。

くりかえしていうが、日本軍人の戦没者230万人の内訳は、戦死よりもはるかに病死が多いのである。これは衛生、給養上の大問題であり、戦争衛生史ならば第一にとり上げて、その原因を分析すべき事態なのである。

それでは、一体、餓死者の割合はどの位だったのだろうか。今までみてみた各戦場別に、その割合を推定してみよう。そのさいの、各地域別の基礎数字は、厚生省援護局の1964年作成のものを使うことにする。実数はこれよりはいくらかずつ多いはずである。

@「第1章1 ガダルカナル島の戦い」でとり上げたのは、ソロモン群島のガダルカナル島とブーゲンビル島、それとビスマルク諸島の主島ニューブリテン島のラバウルの諸部隊である。厚生省の統計ではソロモン群島の戦没者8万8,200人、ビスマルク諸島は3万500人、計11万8,700人となっている。

ガダルカナル島の場合、方面軍司令官は、戦没者2万人、戦死5,000人、餓死1万5,000人と述べている。ブーゲンビル島では、タロキナ戦以後の戦没者約2万人は、ほとんど餓死であったと推察される。そのほかのニュージョージア、レンドバ、コロンバンガラなどの中部ソロモンの諸島の場合も、ほぼ同じような比率であったろう。

したがって、ソロモン群島の戦没者の4分の3に当たる6万6,000人が餓死したと考えられる。ラバウルの場合、ほとんど戦死はなく、栄養失調と薬品不足のためのマラリアによる病死であるから、ビスマルク諸島の3万500人の戦没者の9割、2万7,500人は広義の餓死に数えてよかろう。したがって、この方面の餓死者は9万3,500人を下らない数に上るであろう。

A「2ポートモレスビー攻略戦」と「3ニューギニアの第18軍」でとり上げたのは、いずれも東部ニューギニアの戦場である。厚生省の調査では東部ニューギニアの戦没者は12万7,600人となっている。

各部隊の報告や回想では、いずれも戦没者の9割以上が餓死だったとしている。仮に9割として計算すると、実に11万4,840人が餓死したことになる。この多くの若い生命が、密林の中で万斛(ばんこく)の涙をのんで倒れていったのである。

B「4インパール作戦」のインパールはインド領だが、作戦を担当したのはビルマ方面軍であり、ビルマ戦の一部といえる。厚生省の調査では、ビルマ(含インド)の戦没者は16万4,500人となっている。

これは4節であげた陸軍のみの戦没者18万5,149人と異なっており、航空部隊、海軍を加えれば、さらに数が増えるはずである。そこで述べたように、この78%、14万5,000人か、それ以上が病死者、すなわち餓死者であったと推定される。

C「5孤島の置きざり部隊」では中部太平洋の島々とり上げている。厚生省調査では、中部太平洋の戦没者24万7,200人となっているが、この中には、上陸した米軍と戦って玉砕したマキン、タラワ、クェゼリン、ルオット、ブラウン、サイパン、グアム、テニアン、ペリリュー、アンガウルなどの諸島が含まれている。玉砕した島以外の各島は、米軍にとって不必要なために無視され、戦線の背後に取り残された。

その中では、比較的島の面積が広く、ある程度の農耕地もあり、現地自活が可能だったポナペ、モートロック、ロタ、トラック、玉砕した2島以外のパラオ地区、ヤップ地区の島の守備隊は、とにかくにも敗戦時まで生き延びることができた。しかし、いっさいの補給が絶たれ、自給の手段もなく、餓死を待つばかりとなった島も多い。

45年4月14日の海軍軍令部調によると、この時点で餓死を待つばかりだった島は、ウォッゼ、マロエラップ、ミレ、ヤルート、ナウル、オーシャン、クサイ、エンダービ、バカン、メレヨン、ウエーク、南鳥島で、なお3万6470人が生き残っていた。その人々は、地獄の苦しみを味わった後に、6〜7割が最後を遂げることになるのである。

全体として、この地域の戦死、病死の割合は半々とみてよいだろう。
すなわち、12万3,500人が病死、餓死していたといえる。

D戦場別でみれば、もつとも多い50万人の戦没者を出したのがフィリピンである。「6フィリピン戦での大量餓死」でも述べたように、その8割までが餓死だったとみてよいだろう。

決戦場とされたレイテ島で戦った部隊でさえ、各隊の報告によれば、その半数は餓死だったのだから、そのほかの、ルソンやミンダナオで持久戦を戦った大部分の部隊は、住民がすべて敵の中で、飢えとの戦いを強いられた。50万人の中の、40万人が餓死者だったとみることができよう。

E中国本土。厚生省の分類で中国本土とされているのは、日中戦争開始いらいの中国戦線での戦没者で、フィリピンに次ぐ大人数の45万5,700人となっている。37年の上海の戦いや、38年の漢口攻略戦などでは相当数の戦死者を出したが、全体としてみれば、戦線の広がりの割には戦死はそれほど多くはない。

「7 中国戦線の栄養失調症」で述べたように、栄養失調に起因する、マラリア、赤痢、脚気などによる病死が、死因の3〜4割を占めていた。

そして、もっとも多くの死者を出した44年からの大陸打通作戦では、過半数が病死となっている。全体としては、戦死と病死の比率は、ほぼ半々と考えられる。すなわち、中国戦場では22万7,800人が、栄養失調を原因とする病死であろう。

Fその他の地域の中で、沖縄の8万9,400人と小笠原諸島(硫黄島を含む)の1万5,700人は、玉砕したので、ほとんどが戦死である。

次に、ソ連、旧満州、樺太千島は、降伏前後のソ連軍との交戦で大きな損害を出しているので、その死因の多くは戦死で、病死はとくに降伏後に多く、2割の計2万1,000人と見積もることにする。

さらに、モルッカ・小スンダ(含西ニューギニア)とされている地域も、ビアク島をはじめ玉砕した島が含まれている。戦闘によるのではなく補給の欠乏で戦力を失った部隊も多い。この地域の病死者は全体の5割、2万8,700人と推定する。

それ以外の、日本本土、朝鮮、台湾、南方では仏領インドシナ、タイ、マレー・シンガポール、ボルネオ・スマトラ、ジャワ・セレベスの諸地域でも、合計で23万3,500人の戦没者を出している。これらの地域でも、戦争末期には栄養失調が広がっており、とくに、降伏して捕虜になってから給養不足に陥った地域もあった。

この戦没者はほとんどが病死であるが、その半分は栄養失調に基づくものと推定してよいだろう。すなわち、11万6,700人が、広い意味での餓死である。

今までに、各地域別に推計した、病死者、戦地栄養失調症による広い意味での餓死者は、合計で127万6240人に達し、全体の戦没者212万1,000人の60%強という割合になる。

これを77年以降の戦没軍人軍属212人万という総数にたいして換算すると、そのうちの140万人前後が、戦病死者、すなわち、そのほとんどが餓死者ということになる。

中部太平洋諸島における太平洋戦争中の日本軍軍人・軍属の戦没者は約25万人といわれる。

ソロモン諸島国・ガダルカナル島ホニアラ(NASA衛星画像)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mhvpip/0316Guadal2.jpg

ソロモン諸島及びビスマ−ク諸島における太平洋戦争中の日本軍軍人・軍属の戦没者は約12万人といわれる。

2008年4月11日、NHK衛星第2放送から『兵士たちの証言 ガダルカナル繰り返された白兵突撃』が放送された。日本陸軍が最も得意としたといわれる【白兵突撃による夜襲】の悲惨な状景と、その後のジャングルにおける悲惨な餓死の状景が、生き残った兵士たちの証言と共に放送された。

射撃なしで、相手を銃剣で刺し殺す、白兵突撃戦法のあまりにもの愚かさ、戦うための食糧すら準備せず、「敵の食糧を奪って食え」という方針のあまりにもの無謀さは、日本陸軍の最高指導者たちと、高級参謀たちの【無謀と愚かさ】を端的に示すものである。かれらの【無謀と愚かさ】の犠牲となってガダルカナル島で戦死した約5,000人、餓死した約1万5,000人の犠牲者たちに深い哀悼の意を表したい。・・・・・・・・

_____

4. 2019年8月18日 20:39:45 : VMhqoDOEfM : VUJuTnc4dkI2YlE=[91] 報告
実態は かけ離れてる 美談とは
5. 2019年8月18日 22:57:32 : 1jLsiaNIzA : YmdKL1RxdUZvRVE=[31] 報告
教職は聖職。
特別手当はあるが、残業し放題で、過労死や精神疾患・離職でいっぱい。
と、根は同じ。

初期のドッグファイトでは、米国は零戦と遭遇したら逃げろと指示。
この国は、敵前逃亡は死刑。で、神風特攻隊。
要するに、人を大切にしないのが明治以来の伝統。

6. 2019年8月19日 00:52:59 : UW4jAEz1Vs : S0ZRQ0YyU2FFalk=[3] 報告
著書は読んでい、白井聡氏を批判しているのではないので、

白井聡氏は「軍人は軍人恩給があるから、一般の戦死者は云々……」との発言があったが、戦時中、職業軍人であった父は何度、手紙を出したり‟軍人恩給!”の請求をしたが、びた一文、下りなかったようです。
そういう理不尽は多いと聞いています。
要するに当局が空っとぼけていると言う事。
敗戦後、様々な職業を転々とし、後にサラリーマンに、当然、あの敗戦時代後で生活は苦しく、夫婦共働きで、又、当然、年金もそんなに高額ではない。
リタイヤ後も‟軍人恩給!”の支払いを要求していたようですが、とうとう、なしのつぶてに終わったようです。
死後、遺品の中に‟軍票”が一枚ありました。

7. 知的上級者さん[298] km2TSY_ji4mO0oKzgvE 2019年8月19日 09:28:17 : VTH59AY6XQ : WWk1VDA0bXVWVGM=[218] 報告
日本がやった戦争は調べれば調べるほどおかしいぞー
前に敵がいるのに後方から撃たれるとか
事故を装った軍内殺人とか

多発した自殺行為の作戦については
指揮官がバカだからで済ませないで、殺人だと認めるべきだ
戦前から反政府な人間をリストアップして戦地で殺害するってわけだ
戦争を使えば、資産家の資産没収とか何でもできちゃう
戦争が終わってみれば、丸々と肥え太った天皇財閥の出来上がりだ

そもそも日本軍って何だって話だ
明治に誕生した日本軍を皇族が指揮した

南京大虐殺の例で言えば、中国を任されていた松井将軍の頭越しに
皇族である朝香宮が部隊を次々に投入していった
それで松井将軍は東京裁判で死刑になった

皇族って何者だ
天皇は神道の祭司だから祈祷師みたいに、お祈りをする者だ
その祈祷師の親戚が軍隊を動かすってどういうことだ

話を明治の軍隊創設に戻すと
伊藤博文が孝明天皇を殺して、伊藤の近所の子を明治天皇にしたので
俺は皇族だという者がわらわらと湧いて出てきた
そいつらの素性が全く分からんということだ
伊藤がいた田布施の朝鮮部落民なのだろう
朝鮮部落民が日本軍を所有してしまったという怖い話だ
だから自衛隊が戦車で富士山を荒らすわけだ

8. 2019年8月20日 10:02:14 : 8yit6DuzMg : dW05TllDWkVHMkE=[1] 報告
飢餓、自殺強要、私的制裁−−戦闘どころではなかった旧日本軍

戦時下だけではない、」今も営々と続く治らない日本国民の病!日本人の体質

飢餓→安部政権がやっている‟自助”
自殺強要→公明党創価学会がやっている‟創価学会集団ストーカー”
私的制裁→現政権と創価学会末端学会員の【闇金】を貰っている犯罪集団ストーカー


*集団ストーカー被害者からの投稿;

1 携帯電波・GPSの傍受 → 県を跨いだ外出先にパトカー類が現れる
2 インターネット回線業者を使った盗聴
3 駅での顔認識システムを使った追尾
4 商工会での指名手配(これはまだ現時点では疑惑の域を出ず)
5 防犯パトロールを用いた嫌がらせ

@[匿名さん]
警察の人に、地域防犯活動に協力して下さいと、
写真みせられて、写真の人間がこれから近くを通過するので演技で構いませんので
わざとらしいクシャミをして下さいと頼まれたことあるよ。
ちなみに私は、某運輸会社で働いている落ちこぼれ社員です。

A学生ボランティアやってました。
深夜担当の時に、コンビニで待機して、ある人が来たら、
コンビニの入口を塞ぐように警察官(警部補)に頼まれたことがありました。
その日同じ担当の人と「こんなの防犯じゃなくて
ただの嫌がらせだろ」とやってて情けなくなりました。

B全国で展開されている防犯パトロールは、
特定個人を尾行し監視するなど悪辣な法律逸脱行動に及んでおり
憲法違反を含む数々の重大な問題を含んでいる
防犯パトロールの第1の問題は、民間の警備員ですら
「正当防衛」以上の権限を持ちえないのに、一般市民である人物が見える形で尾行や監視という行為をして、その対象個人へ”身辺への「圧力」”を感じさせることである。
これは、端的にストーカー行為と同じである。
それが、集団で行なわれている

C防犯パトロールの違法行為は尾行や監視にとどまらない
たとえば、対象個人が生活に必要な物資を購入するために
店舗に入ると、そこの店員に防犯パトロールの要員が警戒するように「密告」して歩く。
そのまま信じた店員は対象人物をあたかも「万引き者」のごとくひそかに、あるいはあからさまに尾行して付いて来る。
プライバシーの侵害以上に弾圧である。
本日の創価学会他集団ストーカー犯罪報告以上!

8/20,2019 6:30am〜早朝から創価学会集団ストーカー犯罪者、両隣家お家、おi家、自転車男2、徒歩男3、女2、車4、犯罪行為に及ぶ。
これを打っていたら、早速にYOK市🚑走行。
罪も名もない市民のアドレスを特定して、忍び込むのは犯罪!

9. 2019年8月20日 10:02:25 : O4pUfLwvsA : T1BlbkkwdDkuVEk=[282] 報告
7氏に同感です。

 あの戦争については日本人は教えられていない。
あの戦争に限らず日本人は日本の歴史をゆがめて教えられている。
戦争の実態とは何なのか、義務教育では絶対に教えないよう決め
られている。
 その後、日本人は(日本と世界の)過去を知りたいという欲求
を持つこと自体も禁じられた。
そういう事を考える必要はないとの洗脳が日本全体に覆いかぶさ
っており、疑問の声は常に潰される。
疑問を持つ者は圧倒的に少ない。

 7氏がおっしゃるように、あの戦争はおかしい。
あらゆる点で合点の行かないことだらけだ。
しかし、それらについて歴史的検証が国として行われたことはない。

なぜか。

あの戦争が「おかしい」戦争だったことを暴露されたくない者が、日本と世界にいるからだ。
当時から変わらず力を持ち続けている「彼ら」によって、あの戦争の実態は隠されている。
犯罪を隠すには巨大な「権力」が必要であり、現在の日本と世界はそのような「権力」に満ちている。

 日本を代表して戦争参加を決定した昭和天皇についてす
ら、それがどういう存在だったか私達は知らない。
どういう存在なのか「知らない」天皇のために、私達の
祖父、父、夫、兄弟、姉妹、家族は死なねばならなかった。
餓死し、犬死しなければならなかった。
 そして、あまりに悲惨な記憶の為にあの戦争を思い出し
反省する事すら辛くて出来ない精神状態を生んだ。
犯罪者たちの思う壺だ。


 あの頃から延々私たちに嘘だけを信じさせ、日本を食い尽くし、利用し尽くす積りでウゴメイている犯罪者たちが今もいる。


 

10. 2019年8月21日 10:56:20 : Pj07HNhLVk : dEg2aUtHdzZHbVU=[4] 報告
難しい論理は抜きにして「あの時こうすれば勝てた」といった未練がましい慨嘆は

不要。はっきり言って戦前戦中のあんな日本軍なんか負けたほうが良かったのだ。

もし戦争に勝っていたり、引き分けになっていたら、「明治憲法体制」、「教育勅

語、「徴兵制」がずっと続き、「男女共学」もなかった。

結婚は父親の決めた相手でなければならず、男女の自由な交際は許されないままと

なっていた。

いまでは想像もつかないような過酷な時代であった。

11. 2019年8月22日 07:06:20 : 7U4Icpjg96 : VHNTVUlNOUpjeVk=[3] 報告
歩兵の白兵戦は、あいにくと、それが歩兵の本領です。日露戦争の203高地ぜめを批判ばかりしてますね。乃木将軍は無能とまでいってます。では、その後に起きた第一次大戦のベルダン攻防戦はどうなりますか。連合軍、ドイツ軍共に、歩兵の突撃を繰り返し、最終的に、死傷者数が双方合わせて70万人以上といわれてますよ。欧州の指揮官達は無能以下ということでしょうか。
その後、第二次大戦でのアメリカ軍日系二世部隊は、米陸軍史上で最も憲章を受けた最高精鋭部隊として、対ドイツ戦で有名をはせましたが、しばしば最後の手段として、ゴーブローク、突っ込み突撃で敵を崩したと言われてます。
ベトナム戦争でも、ベトコン軍が夜襲の白兵突撃を米軍宛に仕掛けてますよ。
帝国陸軍が最後の手段としていた白兵突撃は凄まじいものだったと、米軍が述懐してます。
卑下するのはもうやめませんか。
12. 2019年8月22日 16:22:48 : z8wlmLjfcQ : ZzNsNHJ4a3lNZTY=[6] 報告
>>9さん 同感です。
以下は、あるブログにコメントしたものです。良かったら読んでみて下さい。
ご意見、ご感想があれば、お書きください。

>@虚構の歴史:戦勝国が敗戦国に与えた民主主義の贋作 (ととと) 2018-06-21 11:46:51
https://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/9fc0436e9b99bfddcca935837c6182ec

**日本を含め世界の歴史は、ウソの塗り重ねで作り上げた虚構であり壮大なペテンである。学校教育では、明治以降の歴史は殆んど教えない。嘘が発覚・露呈することを恐れているからである。天皇家、昭和天皇などが、無欲で高潔で平和主義者だったなど、完全な捏造に過ぎません。

**福沢諭吉の進言に従い、明治天皇と三菱が良家の子女や田舎の若い女性を騙して売春婦として売り飛ばし、火薬を手に入れると同時に自分の懐に蓄財してきたことは歴史の闇に閉ざされている。今上天皇についてはともかくも、昭和天皇に関する広報は嘘と偽りに満ちている。(1)

**明治以降、支配層は強大な政治権力を背景に、教育を通じ兵隊となることを誉れであると洗脳し、拒否する者・反戦を叫ぶ者は犯罪者として投獄・拷問し、殺してきた。そして補給もなく兵を戦地へ送り、餓死病死という地獄に追いやって殺してきた。誰が、何のために戦争を欲し、必要とするのか? 

**米国のブッシュ家をはじめとした大資本・軍産は、敵であるナチスと提携・結託して莫大な財を築いた犯罪者の家系である。戦争そのものが略奪と殺戮を目的とした国家的事業であると同時に国家的な蓄財詐欺である。この日本も同じ構造にある。(2)

**ヒロヒトは、敵国である米国の銀行ディロン・リードと提携、戦費を調達。アジアを侵略して略奪し2000万人を虐殺、同時に敵国と組んで日本国民300万人を殺した。そしてヒロヒトは、スイスに莫大な蓄財が出来た感謝の印に「敵国の戦争指揮官」ドレーパーへ勲一等瑞宝章を与え表彰している。「大儲けができた、サンキュー!」(3)

**三菱などの戦争財閥も儲かった。天皇の命令で鍋釜を供出させ、勤労動員でタダ働きさせ、売るときは言い値で売って大儲け。「言い値はイイネ!」。三井、三菱、住友、安田の4大財閥は、太平洋戦争中の4年間に重工業においては全国投資額に占める割合を18・0%から32・4%にふやし、金融では25・2%から49・7%へと急膨張を遂げており、「三菱は戦争のたびに大きくなった」と三菱電機社長は述べている。そりゃあもうかるわな。(4)

●日独伊の3国同盟、その後___________
@ムッソリーニは逆吊り、国旗も国歌も改訂された。
@ヒットラーは服毒自殺、国旗も国歌も改訂された。(実は影武者、本人は南米に逃亡)
@ヒロヒトはアホを演じて無罪どころか、象徴として半永久的に君臨。日の丸・君が代は温存。

**戦中は、米国と通じた支配層が多くの国民を欺き、自国民310万人とアジア人2000万人を殺戮しながら莫大な財を築き、赤十字の船を使ってスイス銀行へ輸送していた。この国は戦前・戦中・戦後を通じ、スパイとなった戦争財閥及び売国奴に支配され続けてきた。その末裔が選挙の不正によって現在の政治権力を握り続け、国民を再び戦争の惨禍へ、この世の地獄へ突き落そうとしている。(5)

@ そんなこんなのアラヒトガミごっこ・ヒロヒト。実は、正真正銘の売国奴!
@ テンノウヘイカはアリガタイ? テンノウヘイカは平和主義者だった? ―― どこが?
@ ヒノマル ハ ウツクシク、キミガヨ ハ ホコロラシイ? ――軍産のために死にたい?

@ そして敗戦後は、隷米の売国奴が君臨するデタラメ政治。(6)
@ スッパイだらけの日本政治。右も左もスッパイ・スッパイ。
@ そして麻生も安倍も天皇の親戚。軍産・原発村のための閨閥政治が続いている。(7)
@ さらに、戦争推進・原発推進のレポートを書いたアミさんに勲章授与という狂気!(8)

**戦地で餓死病死が60%、140万人。英霊と称えるも遺骨さえ回収しようとしない。(9)シベリア抑留60万人は、スターリンとの取引に使われ、戦後は共産主義者による糾弾を恐れ何年も帰還を認めなかった・・・昭和天皇。できるだけ長期の沖縄への米軍駐留は昭和天皇の強い希望による。「昭和天皇は日本国民を思う平和主義者だった」などのデマを垂れ流すのは、やめてほしい。

このような日本の闇を理解するためのキーワードは、_____
戦争責任、昭和天皇、宮内庁、A級戦犯、戦利品、植民地、擬装民主主義、3R5D3S政策、傀儡政権、CIA、売国奴、ヨハンセングループ(吉田茂、白洲二郎)、日米安保条約(吉田茂)、日米地位協定(吉田茂)、日米原子力協定(正力松太郎、中曽根康博)、日米合同委員会、原発ムラ、安保マフィア、ワシントン拡声器、CSIS、ヘリテージ財団、官僚支配、暴力装置(東京地検特捜部)、特別会計、天下り、戦争財閥、閨閥政治、三菱、住友、経団連、モンサント、財界天皇(米倉弘昌)、日本会議、ポダム読売、ポカポン朝日、NHK(植民地洗脳放送局)、麻薬密売、勝共連合(岸信介・文鮮明)、統一教会、創価学会、総体革命、背乗り、電通、愚民化放送、記者クラブ、プレスコード、三宝会、田布施、ニセ日本人総理(小泉、安倍)、最高裁事務総局、ムサシ、不正選挙、絶望の裁判所、不正選挙裁判、却下、国際選挙監視団、人質国家(オリバー・ストーン)、サマワの被害と自衛隊員戦死、南スーダンの自衛隊員戦死・・・・などである。

敗戦を機に戦勝国が戦利品である日本に持ち込んだものは、傀儡政権を擁立して植民地化するための贋作民主主義に過ぎません。だからCIA特捜部は反逆政治家のための暴力装置であり、憲法より上位に日米合同委員会が君臨し、米国が関与し続けた選挙が不正の連続であることは明白です。(10)

米国と在日支配層が結託・支配を続けたこの国は、戦前と同様の閨閥政治が続いており、TVでは3S政策による愚民化放送と捏造情報が垂れ流され、犯罪者集団が支配する偽装民主主義国家となっています。全ての元凶は、犯罪集団が常に権力を握り続ける不正選挙です。この不正選挙を終わらせることが、全国民に課せられた喫緊の課題と言えるでしょう。(11)

1@>天皇家の秘密(真 救世主 at 12/02 18:56)
http://takao-sato.seesaa.net/pages/user/m/article?article_id=171529972
2@>ブッシュとナチスの結託 政府公文書で確証http://cybervisionz.jugem.jp/?eid=50
〜911事件以降 イラク(中東)に於いて "自由・解放"の名の下に殺戮を繰り返す米ブッシュ大統領の家系は、第二次大戦当時 祖父のプレスコット・ブッシュによってナチス・ヒットラーとの関係により財を成してきた家系であることが政府公文書で確証されている。
3@>Golden lily  昭和天皇こそが正真正銘の売国奴 ??
http://ameblo.jp/mocha1128/entry-10062529070.html
4@>「三菱は戦争のたびに大きくなった」と三菱電機社長はのべている。
http://ameblo.jp/kissy-seed/entry-12069160615.html
5@>自民党とは、日本を隷属国家にすべくCIAに作られ、米政府隷従DNAを埋め込まれた日本奴隷化装置http://ameblo.jp/utzsugi-rei/entry-11943422801.html
6@>日本の中のCIAエージェント
〜吉田茂、辰巳栄一、緒方竹虎、岸信介、児玉誉士夫、笹川良一、正力松太郎・・・
http://blog.goo.ne.jp/yamanooyaji0220/e/31b8776d983469bad82ffec40288122b
7@>戦前に最強財閥だった天皇家!天皇家と政治家の癒着が凄すぎワロタwww
http://matome.naver.jp/odai/2140436353168944501
8@>【絶句】秋の叙勲:旭日大綬章にラムズフェルド元国防長官、アーミテージ元国務副長官など
http://健康法.jp/archives/8328
9@>太平洋戦争戦跡地:戦没者の60%強140万人は餓死であった
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mhvpip/PacificWar.html
10−1>CNNによると、アメリカは、過去数十年かにわたり日本の選挙に干渉し続け、米国追随者を勝たせたことを認めました〜アメリカが47カ国の選挙に干渉 2017年07月16日18時25分
http://parstoday.com/ja/news/world-i32790
10−2>米、帝国のために他国の選挙へ介入した − CIAが告白
http://yocchan31.blogspot.jp/2018/03/cia.html
11>「擬似民主主義」(下記mikagenron のmをtに変えてください)
https://www.reddit.com/r/mikagenron/comments/5abnsb/%E6%93%AC%E4%BC%BC%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9/


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