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80年前にドイツ軍がポーランドへ軍事侵攻するまでの経緯を振り返る(櫻井ジャーナル)
http://www.asyura2.com/18/warb22/msg/815.html
投稿者 赤かぶ 日時 2019 年 9 月 05 日 10:05:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

80年前にドイツ軍がポーランドへ軍事侵攻するまでの経緯を振り返る
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201909040000/
2019.09.05 櫻井ジャーナル


 今から80年前、つまり1939年の9月1日にドイツ軍がポーランドへ軍事侵攻、その2日後にイギリス、フランス、オーストラリア、ニュージーランドが宣戦布告した。一般的に、第2次世界大戦はここから始まると言われている。

 しかし、そこから半年ほどの間、本格的な戦闘は行われていない。ドイツは戦争を拡大しようとせず、イギリスやフランスも動かなかった。この時期は「奇妙な戦争」と呼ばれている。イギリス軍やフランス軍はドイツ軍の電撃作戦で敗北したわけではなかった。

 ドイツが軍事侵攻したのはポーランドとの領土問題がこじれた結果だ。第1次世界大戦でドイツが敗北したことを受け、その約4カ月後の1919年3月にポーランドは「大ポーランド」構想を打ち出す。

 1919年6月に調印されたベルサイユ条約ではドイツとポーランドの領土問題を平和的に住民投票で解決することが決められたが、ポーランドはポーランド系住民を扇動、クーデターで領土を獲得しようとする。それに対してドイツの義勇兵や警官隊が武装蜂起を鎮圧、1921年3月に住民投票は実施されてドイツ系住民が勝利した。

 そこでポーランド政府は炭田地帯のシロンスク(ドイツ語ではシュレジエン)で住民に蜂起させ、住民投票から2カ月後の5月にポーランド軍を侵攻させて支援した。そうした侵略行為に対してドイツのワイマール政権は何もできない。イギリス、フランス、アメリカからポーランドに抵抗するなと命令されたからである。アドルフ・ヒトラーがナチスの党首になったのは、この1921年のことだった。

 ナチスの戦争犯罪を研究しているクリストファー・シンプソンによると、1920年代の後半になると、ドイツ企業への融資という形でアメリカから多額の資金がドイツへ流れる。

 カネの流れを見ると、例えばITTはドイツの通信産業を、GMは大手自動車メーカーのアダム・オペルを、GEはエレクトロニクス関連のAEGやジーメンスをそれぞれ買収、またフォード・モーターはケルンに大規模な工場を建設、スタンダード石油は巨大化学会社のIGファルベンと合弁事業を展開している。

 アメリカ商務省の統計を見てもヒトラーが台頭してからアメリカの対ドイツ投資額が急増している。ヨーロッパ大陸全域でアメリカの投資額が激減しているにもかかわらず、1929年から40年の間に約48.5%増えているのだ。アメリカからドイツへの投資はディロン・リードとブラウン・ブラザーズ・ハリマンを中心とする金融機関を通して行われた。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995)

 ブラウン・ブラザーズ・ハリマンは投資会社のブラウン・ブラザーズをWAハリマンが買収して生まれた。ユニオン・パシフィック鉄道で有名なハリマン家のW・アベレル・ハリマンが所有していた。

 WAハリマンが創設された際、社長を務めたジョージ・ハーバート・ウォーカーはジョージ・H・W・ブッシュの母方の祖父にあたる。言うまでもなく、Hはハーバートの、Wはウォーカーのイニシャルだ。ちなみに、ジョージ・H・W・ブッシュ父親はプレスコット。

 ブラウン・ブラザーズの代理人を務めていたサリバン・クロムウェル法律事務所の共同経営者にはジョン・フォスター・ダレスとアレン・ダレスの兄弟も名を連ねていた。このビジネス上の関係からアレン・ダレスとプレスコット・ブッシュは親しくなったという。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、こうしたアメリカの巨大金融資本、いわゆるウォール街は1933年から34年にかけてフランクリン・ルーズベルト大統領に率いられたニューディール派を排除するためのクーデターを実行しようとした。それは海兵隊の伝説的な軍人であるスメドリー・バトラー退役少将が阻止、議会で計画について詳しく証言している。少将から話を聞いて取材した記者によると、クーデター派はファシズム体制の樹立を目指していた。これも本ブログで何度も書いたことだが、関東大震災以降、日本はウォール街の影響下にあった。

 ドイツでは「民主的」と言われたワイマール体制が倒れてヒトラーが率いるナチス体制へ移行するが、そのナチス体制のドイツとポーランドの関係は1939年の初めまで友好的だった。

 第1次世界大戦後にドイツ本国と東プロイセンの間にポーランド領(ポーランド回廊)ができた。つまり東プロイセンは飛び地になった。その問題を解決するため、ドイツは住民投票を実施してドイツへ回廊を返還する意見が多ければ返還、その際にドイツはポーランドに鉄道やバルト海へ通じる高速道路を渡すという案を出した。

 その案をポーランドは受け入れ、1939年3月21日に同国のジョセフ・ベック外相がドイツの首都ベルリンを訪問することになる。が、姿を現さなかった。ロンドンへ向かったのだ。その日、ロンドンではコントロール不能になったヒトラーをどうするかについて討議するため、各国の指導者が集まっていた。

 参加国はドイツに共同して対抗するかどうかを議論、フランスはすぐに同意、ソ連はフランスとポーランドが署名することを条件に同意したが、ポーランドのベック外相はドイツよりソ連が脅威だという理由で24日にそのプランを拒否した。そして26日にポーランドはドイツに対して回廊を返還しないと通告する。

 軍事的な緊張が高まる中、7月23日にイギリスはソ連に交渉を申し入れるが、イギリスの動きは鈍く、交渉が始まったのは8月11日。しかもイギリスは書類に署名できる立場の人間を送り込まなかった。歴史的にポーランドはイギリスの属国であり、ポーランドの動きはイギリスの指示に基づいていることは間違いないだろう。この主従関係は現在も続いている。

 その一方、5月11日にノモンハン付近で満州国警備隊と外モンゴル軍が交戦、日本側は関東軍が「陸軍省と参謀本部の方針を無視して」戦闘を続ける。それに対して外モンゴル軍との相互援助条約に基づいてソ連軍が派兵。8月下旬にはソ連軍の機械化部隊が攻勢、日本軍は大敗した。ドイツとソ連が不可侵条約を締結するのは8月23日のことである。


 

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コメント
1. 赤かぶ[28960] kNSCqYLU 2019年9月05日 10:06:18 : 48FW7XOL3U : ODEvY0JSVUxLeU0=[19028] 報告


2. 2019年9月05日 19:14:30 : YlFawM0pAs : NzQ4bkNkQzJPREU=[33] 報告
流行らせる ナチスの真似を 今の世に
3. 2019年9月06日 00:28:12 : yL5Gzq7kkU : VmVNM0RML3doVWc=[296] 報告
戦争開始後、ポーランドの東半分はソ連が占領した。当然ヒトラーのドイツとスターリンのソ連は話がついていたはず。

イギリス、フランスはドイツに宣戦したがだからと言ってソ連に味方していたわけではない。戦争開示初期は爆弾ではなくビラをまいていた。

4. 2019年9月06日 12:55:36 : A3QLBNCX5A : Sk4waW9mZzFWZU0=[1] 報告
これまでの歴史の常識からは、ユダヤ人の動静が、すっぽり抜け落ちている。

ロシア革命を主導し、ソ連体制を牛耳っていたのは、ユダヤ人たちであった。(スターリンの下でも、そうだった。)

同じような事情は、東欧、特に第二次世界大戦後の共産党政権下で、一層あからさまになる。

ポーランドも、事情は全く同じだった。

ヒトラーが政権を握る前の、ドイツのワイマール共和政を牛耳っていたのも、ユダヤ人たちだった。

> According to Judaic researcher John Sack, ' In 1945 many Poles felt (and not without reason)that Jews ran the Office of State Security... the chief of the Office was Jacob Berman, a Jew, and all or almost all the department heads were Jews." Sack reports that 75% of the officers of the Communist Secret Police in Silesia were Judaics. He noted that many Judaics in the Communist terror apparatus in Poland changed their names to Polish ones, like General Romkowski, Colonel Rozanski,Capt. Studencki and Lt. Jurkowski. (cf. John Sack, The New Republic, Feb. 14, 1994, p. 6).・・・・・・

・・・・・In Poland, "...a disproportionate number of Communists were Jews. In 1930, at its peak, 35% of the members of the party were Jewish. In Communist youth organizations, Jewish membership was even higher, while Communists of Jewish origin occupied most of the seats on the central committee.(M.Hoffan,Judaism Discoveredより引用。)

敬虔なロシア正教徒やカトリックポーランドが、戦争の犠牲になって(ドイツ人もここに加えるべきかもしれない。)両方に取り入った○○金融街は、莫大な利益を手にした。

ユダヤ人は、最大の犠牲者ということになっている。

ユダヤ人(特にユダヤ教から離反したユダヤ人)が、戦争の犠牲になったのは、事実だろうけれど、本当に最大の犠牲者なのか?

ヒトラーにはユダヤ人の血が混じっている。

そして、ヒトラーを神の使いとする、ユダヤ教のラビたちがいる。

5. 2019年9月06日 13:01:15 : A3QLBNCX5A : Sk4waW9mZzFWZU0=[2] 報告
>>04訂正
M.Hoffmanが正しい。

イスラエル建国以後の人材に、ポーランド出身者が多い。

> List of Polish Jews

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Polish_Jews#Politicians

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