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一帯一路からデジタル覇権へ舵切った中国の野望 世界中の独裁政権が渇望するデジタル監視技術で世界制覇狙う 米「香港人権法案」に中国激怒、揺らぐ香港の命運 法案成立なら報復という習近平政権、トランプはどう出るのか? 香港経済は7−9月にリセッション入り トランプが「根拠のない世界」に浸かる狙い 
http://www.asyura2.com/19/kokusai27/msg/547.html
投稿者 鰤 日時 2019 年 10 月 17 日 11:36:51: CYdJ4nBd/ys76 6dw
 

一帯一路からデジタル覇権へ舵切った中国の野望 世界中の独裁政権が渇望するデジタル監視技術で世界制覇狙う
2019.10.17(木)渡部 悦和
中国 IT・デジタル 政治 安全保障 経済
4月24日、ミャンマーのアウンサン・スーチー氏と面会し握手する中国の習近平国家主席(北京で、写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
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 一帯一路構想(BRI:Belt and Road Initiative)は、中国が最も重視する国家戦略の一つであり、米中の覇権争いを分析する際に不可欠な要素だ。
 このBRIが現在どのような状況になっているかを明快に分析した論考*1が最近発表された。
 この論考は、米国のシンクタンクAEI(American Enterprise Institute)が運営している「中国世界投資調査(CGIT:China Global Investment Tracker)」の膨大なデータベースに基づいて分析されている。
 この分析で注目されるのは以下の2点だ。
 まず、BRIの参加国は増えているが、中国によるインフラ建設は、中国の外貨準備高の減少に伴い2016年をピークに減少していて、この傾向は継続する可能性が高いという指摘だ。
 つまり、BRIにおけるインフラなどの建設分野は今後期待できないということだ。
 2点目は、BRIで今後注目すべきは、中国政府が重視する「デジタル・シルクロード(DSR:Digital Silk Road)」であり、その動向に注目すべきだという指摘だ。
 以下、この2点を中心として紹介するが、特に「中国のDSRの成功が中国の21世紀の国際秩序を形成する能力を強化し、米中覇権争いの帰趨を決定づける可能性がある」という観点で、DSRの重要性を強調したい。
図1「一帯一路構想(BRI)」
出典:台湾国防白書
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*1=Cecilia Joy- Perez、“The Belt and Road Initiative Adds More Partners, But Beijing Has Fewer Dollars to Spend”
1 一帯一路構想(BRI)…
1 一帯一路構想(BRI)
 BRIとは?
 一帯一路構想には明確な定義がないが、陸の「シルクロード経済ベルト」と海の「21世紀海洋シルクロード」によりアジアから欧州までを連結させる雄大な「シルクロード経済圏構想」と表現されることが多い。
 2013年からBRIを提唱していた中国の習近平主席は、2014年11月に開催されたアジア太平洋経済協力首脳会議で大々的に発表した。
 その後、BRIは中国の重要な国家戦略として、2017年10月24日に中国の憲法にも盛り込まれ、習近平主席の威信を懸けた戦略となっている。
 発展途上国にとってBRIは、自力では困難なインフラ整備が可能になるという抵抗しがたい魅力を持っているという。
 しかし、負の側面として発展途上国の経常収支の悪化や対外債務拡大をもたらしていると批判されている。
 中国は現在、137カ国とBRI協定を締結している。特に、2018年6月から2019年6月までに新たなパートナー諸国62カ国が加盟した。
 しかし、この加盟国の増加は、BRIにおける建設額や投資額の増加につながっていないという。この原因は、中国の資金不足が大きい。
 一方で中国側の嘆きは、多くのBRI加盟国がBRIを中国による対外支援と捉え、「待つ」「頼る」「求める」という傾向が強い点だという。
 つまり、資金力のある米国や日本が加盟しておらず、中国に依存しすぎる国々が多すぎ、中国一国では支え切れない状況だ。
BRIの目的は何か?…
BRIの目的は何か?
 BRIの目的については様々な解釈がある。私は、米国主導の世界秩序に対抗する中国主導の世界秩序の構築がBRIの目的だと思っている。
 この中国主導の秩序の中に中国の海外展開のための軍事インフラ(人民解放軍が使用する港、空港、鉄道・道路など)の確保も入っていることを強調したい。
 BRIに批判的な人たちの表現を使えば、BRIは発展途上国に対する債務の罠を伴う「新植民地主義」「現代の朝貢システムの構築」「中国版マーシャル・プラン」、中国の過剰生産能力の解消手段として輸出市場を確保する狙いなどが列挙されよう。
 こうした中国に批判的な見方に対して、中国サイドの美しいナラティブ(物語)を紹介する。
 李向陽・中国社会科学院アジア太平洋・グローバル戦略研究院院長によると、「BRIとは、古代シルクロードを原型とし、インフラによる相互連結を基礎とし、多元的協力メカニズムと「義利観」を特徴とし、運命共同体の構築を目標とする発展主導型の地域経済協力メカニズムである」という*2。
 ここで言う「義利観」について、「義」は理念・道義・倫理、「利」は利益・互恵・「ウィンウィン」という意味だ。
 孔子が唱える「利」よりも「義」を優先すべきとの立場に立つのがBRIの理念である「義利観」だという。
 そして、運命共同体は、習近平主席がしばしば言及する「人類運命共同体」のことであり、「平等な扱いを受け合い、互いに話し合い、互いに理解を示し合うパートナー関係を築くことが、運命共同体を実践する主要な方法。公正・公平で、共に建設し、共に享受する安全な構造を築くことが、運命共同体を築くうえでの重要な保障」としている。
 人類運命共同体をはじめとして、なんと美しい言葉が多いことか。BRIについて、言っていることと実際に行っていることの乖離は大きいと言わざるを得ない。
*2=李 向陽、「一帯一路は中国が世界に提供する公共財だ」、日経ビジネス
BRIの建設ピークは2016年、その後は減…
BRIの建設ピークは2016年、その後は減少
 中国ではエネルギー・プロジェクトが海外でのBRI関連の建設および投資の大部分を占めている。
 しかし、中国はエネルギー部門以外にも、輸送部門におけるBRI関連の建設プロジェクトや商品への投資を重視している。
 これは、エネルギー供給を確保し、海外との商品貿易と輸送の接続性を改善するという中国の長年の野心に合致する。
●投資ではなく建設がBRIの主要な経済活動
 投資ではなく建設がBRIの主要な経済活動である。建設プロジェクトには、「建設し、運用し、譲渡する」プロジェクトなどの長い運用段階が含まれ、それらは投資と見なされる。
 例えば、ハンバントタにあるスリランカの港を「China Merchants Ports(CMPort))」が所有しているように、港を運営するための長期の利権も投資として処理される。
 2013年10月から2019年6月まで、現在の137カ国すべてに関係する9500万ドルを超えるBRI案件を集計すると、建設プロジェクトは4320億ドル、投資総額は2570億ドルであった。
 商業的および政策的理由から、BRIでは建設が投資を上回っている。
 商業面では、ほとんどのBRI諸国は開発途上国で、買収する価値のある収益性の高い資産をほとんど持たないから額が少なくなる。
 政策面では、中国の海外非営利建設推進は国有企業内の過剰設備問題を解決するためだ。
 国有企業は、BRIの枠組みの内外を問わず…
 国有企業は、BRIの枠組みの内外を問わず、グローバルな契約の圧倒的多数を担っている。
 国有企業を失敗させたくないという中国の姿勢は、肥大化した企業にビジネス・プロジェクトを提供する必要性を生じさせ、ひいては世界的な建設プロジェクトの継続的な流れを生み出している。
 過去数年のデータと比較すると、2019年上半期のBRI建設プロジェクトの件数は40%減少し、資金量はほぼ140億ドル減少した。
 この3年間の上半期においては平均83件の建設プロジェクトがあった。しかし、2019年の上半期には58件しか報告されていない。
図2「BRI(2014〜19年上半期)の建設・投資額(単位は10億ドル)」
(出典:中国グローバル投資調査)
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https://jbpress.ismcdn.jp/mwimgs/6/9/450/img_696c4f011cbf3f696db9046d0fae7fe357727.jpg

●外貨準備高が減少すると建設額も減少する
 上記の図2から、BRIの建設最盛期は2016年であったことが分かる。これには中国の外貨準備高が影響している。
 中国の建設プロジェクトは通常、中国政府からの安価な資金提供を受けており、その資金援助は中国の外貨準備からもたらされている。
 中国政府の外貨準備の状況が悪化したため、建設資金がその後数年で減少した可能性がある。
 2013年にBRIが発表されたときから、外貨準備高は一貫して増加しており、2014年6月には4兆ドル近くに達していた(国家外国為替管理局(SAFE)、2018年5月7日)。
 それ以来、外貨準備は減少し、約3兆1000億ドルで安定している。
 これは依然としてかなりの額だが、中国政府は、米国との貿易摩擦で外貨準備が厳しく、資金を投じることがますます難しくなっている。将来的に、「カネの切れ目は縁の切れ目」の状態になる可能性はある。
2 デジタル・シルクロード構想…
2 デジタル・シルクロード構想
 デジタル・シルクロード構想(DSR)は、インターネット・インフラの強化、宇宙協力の深化、共通の技術基準の開発、BRIの加盟国における警察システムの効率改善などが含まれている。
デジタル・シルクロードに対する懸念
 最近、中国によるBRI諸国の通信分野への影響力の拡大を懸念する声が多いが、中国政府はBRIの一部であるDSRを重視している。
 中国のDSRの成功が中国の21世紀の国際秩序形成する能力を強化し、米中覇権争いの帰趨を決定づける可能性がある*3。
 DSRを通じて米国との戦略的技術競争を行うとともに、世界中にデジタル独裁主義(Digital Authoritarianism)モデルを輸出している。
 DSRはBRIの重要な部分で、海外におけるデジタル連結性を向上し、技術大国に上り詰めることに焦点を当てている。DSRの特徴を4つの分野で分析する。
@物理的なデジタルインフラ(5G携帯ネットワーク、ファイバー光ケーブルを含むインターネット・インフラ、データセンターなど)を提供する世界のリーダーになる。
ADSRを通じて経済的及び戦略的に活用できる最先端技術(衛星航法システム、人工知能、量子コンピューティングなど)の開発に投資する。
BDSRを通じデジタル自由貿易地域を構築し、国際的なEコマースの主導権を握る。
Cサイバー空間と先端技術に関する国際的な規範を確立する。結果として、将来的なデジタル世界の概念(例えばサイバー主権(cyber sovereignty))に適合する規範を確立する。
 世界中の独裁的な政権は、これらの努力を歓迎する、なぜならサイバー主権が国民の表現の自由などを抑圧でき、国民を統制しやすくなるからだ。
*3=Clayton Cheney, “China’s Digital Silk Road Could Decide the US-China Competition”, The Diplomat
DSRの何が問題か?…
DSRの何が問題か?
●中国のデジタル監視社会の輸出
 中国のデジタル監視社会は、新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する徹底的な監視と弾圧、インターネット検閲による共産党批判の封じ込め、至る所に張り巡らされた監視カメラ網、国民一人ひとりがデジタル技術で格付けされる「社会信用システム」の構築などにより国民を徹底的に監視している。
 この中国式デジタル監視社会がDSRによりBRI沿線国に輸出され、中国の影響圏が拡大する可能性が高い。
 デジタル監視を行う政権側にはビッグデータが蓄積され、そのビッグデータは中国に集積される可能性が高い。
 そのビッグデータを中国が利用してBRI沿線国をコントロールする可能性はある。デジタル監視社会の輸出は中国的な「デジタル独裁主義」の輸出につながりかねない。
 また、沿線国のビッグデータを用いて、中国のAI開発、電子商取引やキャッシュレス決済などのデジタルビジネスを加速することが可能となる。
●中国の技術でBRI沿線国のサイバー空間を支配
 DSRは、中国によるBRI沿線国に対するサイバー空間の構築を意味する。
 結果的に、中国は沿線諸国のサイバー主権を侵し、サイバー支配を確立するかもしれない。中国がサイバー空間を支える技術を提供しているだけに、他国のサイバー空間で多くのことを隠密裏にできるであろう。
●「デジタル地球」構想に伴う中国宇宙技術による支配
 DSRは、サービス開始以来、アジアの新興経済国に中国の技術を提供を行っている。
 2016年、中国科学院は、BRIの下での複数のプロジェクト、特に南アジアと東南アジアでのプロジェクトのために、宇宙に根拠を置く遠隔計測データを収集する「情報シルクロードによるデジタル地球(Digital Earth Under the Information Silk Road)」構想の一環として、海南と新疆に2つの地域研究センターを設立した。
 一方、中国の産業界において、2020年までに35基の衛星から成る中国版の全地球測位システム(GPS)である「北斗衛星導航システム(BeiDou Navigation Sattellite System)」(最初は北斗-1、現在は北斗-2)の開発が積極的に進められている。
 中国衛星航法局は、米国政府が保有するGPSに代わるものとして、全世界で実用化を目指している。
 既にパキスタン、ラオス、ブルネイ、タイなど多くのアジア諸国で採用されている。中国は、宇宙技術でこれらの国々を取り込み、「現代版朝貢システム」を構築しようとしている。
●「Eコマース」と「モバイル決済」によるデ…
●「Eコマース」と「モバイル決済」によるデジタル・ビジネスの支配
 一方、DSRのソフト面では、「Eコマース(電子商取引)」と「モバイル決済」の利用が増加しており、Eコマースと従来の企業とのコラボレーションが拡大している。
 2014年から15年にかけて、中国のアリババ(Alibaba)は、伝統的な郵便事業会社であるシンガポール郵便(Singapore Post)に4億米ドルを投資した。
 一方、テンセント(Tencent)、政府系ファンドである中国投資有限責任公司(China Investment Corporation)、ライドシェア会社である滴滴出行(ディディチューシン)は、東南アジアの主要な配車サービスであるグラブ(Grab)に投資している。
 南アジアでは、アリババグループは2015年から2017年の間に、インドのEコマース会社である「Snapdeal」、「Big Basket」、「Ticket New、One97」に対し、合わせて6億2000万ドル以上を投資した。
 これらのデジタル経済は、消費者行動の動向の把握、伝統的な企業とデジタル企業の双方に大幅な成長をもたらしている。
 しかし、新興経済国が今後数年間に中国からの技術移転によってより公平な競争条件を獲得するにつれて、アジア経済に大きな競争が起こることを意味する。
 ミャンマーを例にとってみよう。
 2012年には、人口の1%未満しかブロードバンドにアクセスできなかった。しかし、同国の運輸通信省はファーウェイ(HUAWEI)と協力して2025年までに5Gブロードバンド・サービスを開始する予定だ。
 つまり、シンガポール、マレーシア、インドなどの国々が経験してきた何世代にもわたるモバイル・ネットワークを飛び越えて、いきなり最新の5Gブロードバンド・サービスを手に入れることになる。
 中国のテック企業がBRIの加盟国に進出し続けるにつれ、南アジアと東南アジアが全体として急速に発展することは間違いない。
 このDSRは本質的にゲーム・チェンジャーであり、すでに低成長に陥っている国々の競争上の優位性が厳しくなる一方で、低開発国にはより大きな経済的機会をもたらすことになる。これらをコントロールするのは中国の技術だ。
3 米国と日本のDSRへの対応は難しい…
3 米国と日本のDSRへの対応は難しい
 中国がDSRを拡大していくと日本や米国の入り込む余地がなくなる。
 米国の国防戦略で記述されている「世界の秩序は中国に有利な方向に向かっている」という表現は、DSRには特に当てはまる。
 米国はDSRに対応するダイナミックな戦略を持っていないし、ファーウェイの5Gに匹敵する携帯通信技術力と安さを兼ね備えた企業も持っていない。
 しかし、米国が技術分野と経済分野で中国との戦略的な競争に強い姿勢で臨んでいることは適切だし、ZTEとファーウェイに対する制裁は、米国が中国の通信大手に打撃を与える手段をまだ持っていることを示している。
 中国のDSRへの取り組みは「北斗衛星導航システム」の提供、ファーウェイの光ファイバーや4G・5G携帯通信技術の提供などによりBRI沿線国に着実に食い込んでいる。
 米国がただ単にファーウェイ技術や製品を排除するように同盟国や友好国に圧力をかけたとしても効果は限定的だ。米国はもっと統合的なアプローチを行っていかなければいけない。
 そのためには、アメリカ・ファーストを唱え、米国だけの利益を追求して同盟国や友好国に負担を強いる姿勢を改める必要がある。
 米国が6月に発表したインド太平洋戦略では、米国の同盟国や友好国との連携なくして中国に対抗できないことを認めているではないか。
 我が国は、中国のBRIやDSRに対して米国と共同歩調を取ってきた。今後とも米国と共に中国のDSRに対応せざるを得ない。
 そのためには、国を挙げたデジタル技術、AIなどの最先端技術の開発による技術大国の復活を目指すべきだし、日本独自のインド太平洋地域における、中国の強引なインフラ整備とは一線を画す、質の高いインフラ整備を継続するなど、やるべきことは多い。
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中国建国70周年軍事パレードが示す本音と虚構
中国は10月1日に建国70周年を迎え、北京の天安門広場で軍事パレードが行われた。兵員約1万5000人、戦車などの車両約580台、航空機約160機が参加し、最大規模のパレードであった。米国との貿易摩擦や香港問題など国内外で難しい問題を抱えるなか、一連の行事を盛大に行う目的は国内的には国威発揚だ。

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米「香港人権法案」に中国激怒、揺らぐ香港の命運 法案成立なら報復という習近平政権、トランプはどう出るのか?
2019.10.17(木)福島 香織
アメリカ国旗を持って香港行政長官の施政方針演説に抗議する人(2019年10月16日、写真:ロイター/アフロ)
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(福島 香織:ジャーナリスト)
 香港では10月上旬から緊急法に基づく覆面禁止法が施行され、警察による無差別逮捕が始まり白色テロ(暴力を伴う政治的弾圧)の様相を帯びてきた。
 9月以降、海から引き揚げられた遺体や、高所から飛び降りて死亡確認されたケースは9月中旬の段階で50人前後。複数の遺体は、全裸だったり暴行の跡があったり、口にガムテープが張られている。それにもかかわらず、警察は自殺として処理しており、8月31日の8.31デモ以降、連絡が途絶えているデモ参加者の噂などと相まって、公表はされていないが警察の暴行による死者が出ているのではないか、という懸念も出ている。
 深センに近い山中にある新屋嶺拘置所には2000人前後のデモ参加者が拘留されていると見られており、そこで看守や警官による拘留者への虐待や辱めが行われているという出所者の証言や、新屋嶺拘置所に隣接した土地に大規模な反テロ訓練施設を建設する計画などが報道されている。
 林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は記者会見で「中央政府への支援を求める選択肢を排除していない」と香港基本法18条に基づく解放軍出動要請の可能性もにじませ、香港市民の抵抗を警察権力と軍事力行使をほのめかすことによる恐怖で押さえつけようとしている。
 旺角の繁華街では駐車中の警察車両近くで、携帯電話を使った遠隔操作式の手製爆弾が爆発した。警察はデモ隊の仕業としており、香港のデモは放っておくと紛争に近い状態になるのではないか、と懸念する声もでてきた。
米下院で「香港人権・民主主義法案」可決
 そういうタイミングでついに、米国下院が10月15日、「香港人権・民主主義法案」を可決した。上院本会議で可決され、トランプ大統領が署名すれば成立だ。
制裁色が濃くなった新版法案
 この法案は、香港の人権、民主を損なう政策や行動をとった香港官僚に対して入国拒否などの制裁を行い、香港に対して経済制裁をとることを定めている。中国は法案を成立させたならば報復措置をとる、としている。この法案は、香港の救いとなるのか、あるいはより深い混沌に導くのか。
 アメリカの国営放送局、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)によれば、この法案は争議が存在しないものとして、両院での審議時間は40分に制限され、内容上はほとんど修正がないと見られている。上院の可決もほどなく行われる見通しだ。法案の中身は、先月に両院の外交委員会で全会一致で通過した法案と比べると、本会議に提出された新版法案では制裁色がかなり濃くなった。
 たとえば、以下のような変更点がある。
(1)法案は、香港の自治状況を年度ごとに評価する。香港政府が行政、立法、司法部門で法治を維持し、公民の権利方面の“自主決策”を保護できているかを審査する。もし、法治が維持できておらず、公民の“自主決策”の権利が保護されていないと判断されれば、香港が引き続き中国大陸と異なる特別優遇を認定するか否かについては、米国と香港の間で協議される。今回可決された新版法案では、この協議のテーマについて、明確に商業協議、執法協力、不拡散承諾、制裁執行、輸出管制協議、税収・為替兌換の状況などの協議と細分化して言及されていた。
(2)新版法案では制裁対象がさらに広汎に拡大された。外交委員会で提出された法案では、香港の書店関係者拉致に関与する者や親中派記者、および基本的自由、人権を行使しようとした人間を拘束し中国大陸に引き渡した司法関係者などが制裁対象者例として挙げられていた。だが新版法案では、(A)香港において任意拘束、拷問、脅迫を実施したり中国大陸に引き渡すと恫喝した人物、(B)『中英連合声明』『香港基本法』で定められた香港、中国の共同の義務に背いたり違反する行為、あるいは米国の香港における自治、法治方面の国家利益を損なう行為、その決定にかかわる者、(C)香港において国際社会が認める深刻な人権侵害行為を行った者、などが対象となった。
(3)一方、香港人のビザ発給要件は寛容になった。最初の法案では、香港民主、人権、法治を求めて平和的な方法のデモを行って逮捕、拘留された香港人については、米ビザ発給が拒否されない、という文言だったが、新法案では「平和的」と強調する文言がなくなった。つまり平和デモ以外の勇武派デモでも、これに参加したことで逮捕された香港人については政治犯として扱われ、ビザ申請を米国は拒否しない、とした。
(4)輸出管制報告の要求も変わった。香港商務部が提出する年度報告をもとに、香港政府が米国への輸出管制法規に従っているか、米国と国連の制裁規定に従っているかを評価することになっていたが、これについて180日ごとに報告書の提出が求められるようになった。
中国は激しく反発
(5)米国公民と企業の香港における利益を保証するものとして、最初の法案では「香港政府は逃亡犯条例を強行に制定した場合、犯罪容疑者の中国大陸への引き渡しについては認める」としていた。というのも、この法案が最初に提案された当時の論点は逃亡犯条例改正問題だったからだ。だが香港政府が正式にこの条例改正案を撤回したので、新版法案からこの部分の内容は削除された。代わりに、香港政府が類似の法案を提出した際には、米国務長官が米議会に通知し、そのリスクを評価し、米国の香港における利益を保証する戦略を制定する、とした。
 このほか、制裁対象者の米国における資産凍結、本人および直系家族の米国入国禁止などの措置が取られるという。また、同日下院では香港警察に武器販売を禁止する「香港保護法案」、香港人のデモの権利を支持する「香港支持決議」が可決された。
中国は激しく反発
 この可決直前の10月12日、テッド・クルーズ上院議員が香港を訪問し、米領事公邸での記者会見で、北京の独裁政権を非難。その翌日、中国の習近平国家主席は訪問先のネパールで13日、「中国の地域の分裂を企むものはいかなる者も、“最後は粉々になる”」と激しい語調の演説を行ったことが、チベット問題だけでなく香港を念頭に置いたものではないか、と話題になった。
 10月16日の中国外交部記者会見では、報道官が香港人権・民主主義法案について「強烈な憤慨と断固反対」を表明。もし、法案を最終的に成立させたなら、「中国側の利益を損なうだけでなく、米中関係を損ない、米国自身の利益も深刻に損なわれることになる。中国側は必ず力のある断固とした対応策を講じて、自身の主権と、安全、発展の利益を断固擁護する」として、報復措置を明言。「崖っぷちから馬を引き返せ。すぐ、法案の審議を中止して、香港事務に手を突っ込み、中国の内政を干渉するのをやめよ」と激しい調子で警告した。
気まぐれなトランプはどう出るか?
 この香港関連法案がいつ成立するのか。本当に成立するのか。目下の米議会のムードを読めば、議会側に法案成立を阻む要素はない。
 1つあるとすれば、トランプ大統領がサインするかどうか。おりしも、10月10〜11日にワシントンで行われた第13回米中通商協議(閣僚級)では、貿易戦争休戦に向けた第一歩と言える部分的合意ができたらしい。中国は毎年、米国農産品400億ドルから500億ドル分を購入すると承諾し、トランプは「米国の農家はすぐに、より多くの農地と大型トラクターを買いに行くべきだ」と記者会見で笑顔でコメントした。トランプに言わせれば「米中間は一時緊張していたが、再び愛情の季節がやってきた」とか。どこまで本気かは怪しいが、少なくともウォール・ストリートの株価は好感した。11月にチリでAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が開かれるが、うまくいけば合わせて行う米中首脳会談で調印される可能性もある、らしい。
追いつめられた習近平は?
 10月15日に実施する予定だった2500億ドル分の中国製品に対する30%までの関税引き上げは、一時的に延期された。トランプは劉鶴に対して、香港の抗議デモについて「数カ月前と比較すると、確かに参加人数は現在ずいぶん減った。我々はこの問題についても討論し、香港自身が解決すると思っている」と軽くコメント。そのコメントはあたかも、トランプが香港を今まで擁護したのは通商協議を有利に運ぶためであり、中国が全面的に譲歩すれば香港を見放すのではないか、と想像させるような軽さだ。
 だが、逆に言えば、通商協議と香港関連法という2つのカードで米国がとことん習近平政権を追いつめるチャンス到来、という見方もできる。
 中国ではまもなく、およそ20カ月ぶりの共産党中央委員会総会(四中全会)が開かれる。それを前にしたタイミングで米国が香港の問題と貿易問題で中国に徹底的に妥協を迫ることもできる。
 習近平も党内で必ずしも味方が多いほうではない。追いつめられた習近平は、完全に妥協し、中国の覇権を諦め、米国主導の国際ルールのもとで再び改革開放路線に舵を切るのか。あるいは、対米報復措置をとり、香港のデモに対して解放軍出動といった天安門方式で一気に鎮圧するという暴挙に出るか。
 香港の運命は、気まぐれなトランプと、毛沢東信望者の習近平の危険なディールの延長の上で揺れている。
 私はもし、日本にアジアで最も民主と自由の恩恵を受けている国家という認識があるなら、ここで香港の民主や自由を守るアクションを国会議員たちが取ってもいいのではないか、と思っている。米中のディールだけに香港の命運を預けるのではなく、国際社会がコミットすることで少しでも明るい展望が示せることもある。
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韓国大統領、サムスン、現代自動車相次ぎ訪問
2019年10月15日、韓国の文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)大統領が京幾道華城(ファソン)にある現代自動車の研究所を訪問し、自動運転や水素、電気自動車など未来型自動車研究施設などを視察した。10月10日には、サムスン電子のディスプレー工場を視察したばかりだ。経済民主化を掲げ、財閥と一定の距離を置いていた大統領だが、経済活性化のために財閥との関係が変化しつつある。


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香港経済は7−9月にリセッション入り、支援策講じる−林鄭行政長官
Eric Lam、Iain Marlow
2019年10月16日 15:38 JST
市民の不満が広がる一因の経済問題に対処する姿勢
立法会で演説開始も民主派議員が妨害−映像を通じた演説に変更
Demonstrators display a banner during a protest outside the Legislative Council building in Hong Kong, China, on Wednesday, Oct. 16, 2019.
Demonstrators display a banner during a protest outside the Legislative Council building in Hong Kong, China, on Wednesday, Oct. 16, 2019. Photographer: Chan Long Hei/Bloomberg
香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は16日、域内経済が7−9月(第3四半期)にリセッション(景気後退)に入ったとの見方を示した。数カ月に及ぶ政府への抗議活動や世界経済の減速で予想されていた結果を追認した形だ。

  林鄭行政長官は施政方針演説に当たる施政報告で、高止まりする住宅コストの引き下げに向けた措置を発表。立法会(議会)で演説を始めたが、民主派議員らが抗議のスローガンを繰り返し叫んだため、議場で演説を続けられず映像を通じて行った。

  7−9月の域内総生産(GDP)速報値は31日に発表される。

  林鄭長官は低所得層の生活コスト引き下げに向けた施策を打ち出し、市民の不満が広がる一因となっている根本的な経済問題の一部に対処する姿勢を示した。一連の対策として住宅用土地取得強化や1次取得者向けの住宅ローン規制の緩和、学生への現金支給、低所得世帯への助成増額などを計画している。

relates to 香港経済は7−9月にリセッション入り、支援策講じる−林鄭行政長官
立法会の議場に入る林鄭月娥行政長官(16日)Photographer: Paul Yeung/Bloomberg
原題:
Lam Sees Hong Kong in Recession, Unveils Measures to Aid Economy(抜粋)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-10-16/PZGE7V6JIJUP01?srnd=cojp-v2


ワールド2019年10月16日 / 13:16 / 4時間前更新
香港行政長官、住宅不足緩和措置を公表 民間から用地取得へ
Reuters Staff
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[香港 16日 ロイター] - 香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は16日、動画配信された施政方針演説で、長引く抗議デモへの対応として、住宅不足の解消に向けた措置を打ち出した。

長官は先に、3回目となる施政方針演説に臨んだが、開始後に民主派議員がデモ隊のスローガンにもなっている「ひとつも欠けることない5大要求」と叫んで妨害、中断を余儀なくされた。

その後、動画配信された演説で長官は、香港政府は住宅事業を劇的に増やし、公共住宅の販売を加速すると表明。香港では不動産価格の高騰が若者を中心に国民の怒りを買っており、デモの一因になったと考えられている。

長官によると、土地収用条例に基づき、新界地区にある民間所有地約700ヘクタールを取得する計画で、これに加えて450ヘクタールも収用する予定だという。

香港の有力な不動産開発業者からの用地取得は、ここ数年で最も大胆な措置の1つとなる。政府の推計によると、恒基兆業地産(ヘンダーソンランド)や新世界発展(ニューワールド・デベロップメント)、新鴻基地産発展(サンフンカイ・プロパティーズ)といった不動産大手は1000ヘクタール以上の農地を抱えているという。

長官は「さまざまな所得層の人々が住宅を保有する機会を生み出し、香港で幸せに暮らせるようにする決意だ」と表明。「すべての香港市民とその家族が住宅問題にこれ以上悩まないよう、香港に自分たちの住宅を持てるようにするという明確な目標をここに掲げる」と述べた。

長官はすべての不動産開発業者に協力を要請。具体的にどのように作業を進めるのかについて、これ以上の詳細は明らかにしなかった。

発表を受け、香港株式市場では、不動産株指数が2%以上値上がりした。

香港では1997年の中国返還前、政府が土地所有者に補償をした上で公共のために土地を活用することが度々あったが、中国返還後に、民間の不動産開発業者からの土地収容を実現した行政長官はいない。

長官は「一国二制度」を支持するとも表明。香港経済は低迷しており、短期的に人員削減の圧力が強まっているとの認識も示した。

*内容を追加しました。
https://jp.reuters.com/article/hong-kong-lam-speech-idJPKBN1WV0A5


香港危機、天安門事件の経験者が抱く諦観
身をもって知った中国共産党の怖さ、若者の勇気は称えるが・・・
2019.10.17(木)The Economist
10月14日の香港。この日も大々的な抗議デモが行われていた(写真:ロイター/アフロ)
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天安門の経験者は歴史が作られた瞬間を見た。そこには多大な犠牲を伴った。
 中国共産党は、自らの意志を通すためには人を傷つけることも厭わない――。
 韓東方(ハン・ドンファン)氏はこれを苦い経験を通して学んだ。1989年の民主化運動で活動していた韓氏はその年の6月初め、噂が飛び交う天安門広場にやって来た。
 そして鉄道電気技師に転じた元兵士として、人民解放軍は同胞を決して撃たないと語り、怖がる仲間たちを安心させた。
 その過ちにいまだに苦しんでいる韓氏は2014年9月、中国を追われて以来住んでいる香港で、中心部を占拠する運動「中環占拠(オキュパイ・セントラル)」の民主活動家が道路を封鎖するのを見て、いても立ってもいられなくなった。
 慌てて抗議行動の現場に赴き、若者たちの隣に座り、道理をわきまえるよう促した。
 道路を封鎖することで君たちは警察、ひどい場合には香港の兵舎でひっそり待機している中国の兵士たちに攻撃の口実を与えている、と助言したのだ。
 時は下って2019年。今度は新世代の急進的な活動家たちが、中国の支配層をほとんど挑発するに至っている。
 香港市街に部隊を送ってみろ、人を傷つけて中国の本性を見せてみろ、といった具合だ。

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57951

 
トランプが「根拠のない世界」に浸かる狙い

「ウクライナ疑惑」もう1つの闇が浮き彫りにするもの
2019.10.17(木)新潮社フォーサイト
2019年9月25日に行われたウォロディミル・ゼレンスキー・ウクライナ大統領とトランプ大統領の首脳会談(提供:Shealah Craighead/White House/ZUMA Press/アフロ)
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(文:杉田弘毅)
 ドナルド・トランプ米大統領に対する下院の弾劾調査が始まった。
 ウォロディミル・ゼレンスキー・ウクライナ大統領との電話会談で、民主党のジョー・バイデン前副大統領と息子のハンター氏についての捜査を要求したことが弾劾相当と、民主党は追及している。その後トランプ大統領は中国にもバイデン氏の捜査を促しており、その行動は世界を驚かせている。ここでは、日本のメディアもほとんど取り上げていないが、ウクライナ大統領との電話会談でのもう1つの重要発言も精査したい。
 それは、「地下言説」とも呼ぶべき根拠のない世界に、トランプ大統領がどっぷり浸っている事実を浮き彫りにするものである。
 元首席戦略官のスティーブン・バノン氏らが率いる「右派ポピュリスト」(もう1つの右翼と呼ばれる「オルト・ライト」とも)の影響下にトランプ大統領は今も置かれ、2020年大統領選では、支持基盤である彼らの言説やフェイクニュースを徹底的に使っていく戦略が見えてくる。
「クラウドストライク」という企業を名指し
 トランプ大統領は7月25日、ウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談で、2つの要求を行った。1つは、弾劾事案とされるバイデン親子への捜査要求である。そしてもう1つ、「クラウドストライク」(以下、CS社)という企業の名前を挙げて、ロシア疑惑の発端についてウクライナ政府に捜査を要求したのだ。
 CS社は2011年に創設された、米カリフォルニア州のシリコンバレーを本拠地とするサイバーセキュリティー企業である。そのソフトウェアの「ファルコン」は、「ゴールドマン・サックス」や「アマゾン」など多くの大企業が契約している。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長のパロディ映画を製作した「ソニー・ピクチャーズ」がハッキングされた際、米連邦捜査局(FBI)とソニー・ピクチャーズはCS社に調査を依頼してハッキングの鑑識調査を行い、北朝鮮の犯行であると断定し名前を上げた。
CS社にどう触れたのか
では、トランプ大統領は電話会談でCS社にどう触れたのだろうか。ホワイトハウスの公表した電話会談録を訳してみよう。
〈あなた(ゼレンスキー大統領)には、ウクライナに関するこの全体状況に関して何が起きたのかを突き止めてほしいのだ。彼らはクラウドストライクと言っている。ウクライナには富裕な人がいるだろう。彼らはあのサーバーはウクライナにあると語っているのだ〉
 この発言を解説するとこうなる。
 2016年大統領選では民主党全国委員会(DNC)のサーバーがハッキングされ、ヒラリー・クリントン陣営の内情などが流出。しばらくして内部告発サイト『ウィキリークス』にその内容が掲載された。このハッキングについてはFBIや米中央情報局(CIA)などが、ロシアのハッカーの犯行であると結論づけ、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)幹部ら12人が起訴された。
 CS社は、このDNCのサーバーへのハッキングを最初に調査し、ロシアの犯行であると断定した。FBIやロシア疑惑をめぐるロバート・モラー特別検察官の捜査も、CS社の調査結果を確認した。
 ちなみに米国では、サイバー犯罪の捜査を民間企業が助けることが多い。中国人民解放軍の米企業へのハッキングも、民間企業「マンディアント」が、人民解放軍総参謀部第3部の犯行であると突き止め、起訴に持ち込んだことがある。
荒唐無稽な「邪悪な企て」論
 ロシア疑惑とは、トランプ陣営がこのロシアのハッカーたちに、クリントンを陥れるためにあら捜しを依頼したのではないか、というものだ。つまりトランプ陣営とロシアによる、クリントン陥れの共謀ということである。
 モラー特別検察官は2年近い捜査の結果、今年5月に「共謀は証拠不十分」と結論づけた。これを受け、ロシア疑惑をめぐる騒動は一段落し、トランプ大統領は「潔白が証明された。事件は終わった」と胸を張った。
 それから2カ月後のゼレンスキー大統領との電話会談で、トランプ大統領はCS社を持ち出し、サーバー、つまりハッキングされたDNCサーバーがウクライナにあるとの見立てを語ったのだ。
荒唐無稽と誰もが思うが
 荒唐無稽と誰もが思う。
 だが、DNCへのハッキングはロシアではなく実はウクライナが行ったという言説が、当時から右派ポピュリストのサイトでは流れているのだ。その言説によれば、ロシア疑惑とはトランプ氏の大統領当選を無効にする民主党の邪悪な企みであり、DNCへのハッキングは実はウクライナと民主党の共同作戦だ、というものだ。ロシア犯行説をでっちあげるためにCS社も動員され、ハッキングの最重要証拠であるDNCのサーバーをウクライナに持ちこみ、ウクライナと民主党の犯行の発覚を防いだ、という展開である。
 先述した電話会談録にあるように、トランプ大統領は「ウクライナの富裕な人」という表現をした。これは、CS社がウクライナの政商に操られているという思い込みから発想したものだ。CS社の創設者の1人はロシア生まれの米国人であるのだが、ウクライナ・民主党による邪悪な企て論を補強するために、思い込みが事実に勝ってしまったのだろう。
尋常ではない執着はどこから?
 この言説からは、いくつもの政治的な文脈が読み取れる。
 まず、ウクライナの親米政権はバラク・オバマ政権が支えてきており、民主党とつながりが深い。対するトランプ大統領は、ウクライナと敵対するロシアのウラジーミル・プーチン大統領と親密である。ロシアのサイトは、DNCハッキングはウクライナ発である、あるいはそもそもハッキング自体なかったとの「フェイクニュース」をこれまでも拡散してきた。
 オバマ政権で、ウクライナを主に担当したのが副大統領のバイデンであり、息子はウクライナのエネルギー企業の役員として巨額の報酬を得た。このためウクライナを非難することはバイデン叩きにつながる。また、トランプ大統領の盟友である元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ弁護士が、ウクライナの内政に関わっている。
 もっとも、ロシア疑惑を完全否定するこの言説を、米捜査当局もサイバーセキュリティー企業もまったく相手にしていない。もちろんウクライナ政府は全面否定である。
 そんな話になぜトランプ大統領は執着し、捜査まで要求するのだろうか。ウクライナへの4億ドル(約430億円)もの軍事援助について、DNCサーバーの捜索努力とバイデンへの捜査を条件としたことはほぼ間違いない。その執着は尋常ではない。
 米メディアの報道を検証してみると、実はトランプ大統領は2017年4月に『AP通信』のインタビューで、DNCのサーバーがウクライナにあり、CS社が関係していると語っている。今年に入ってからも、お気に入りの『FOXニュース』 のトーク番組で、「FBIはDNCサーバーを押収しないのはなぜだ。ウクライナを調べればいいのに」と語っている。
「情報機関」への激しい敵視の理由
 その執着にはいくつかの理由が考えられるが、すべて2020年大統領選の戦略という観点でとらえるべきだろう。
 まずトランプ大統領は、2016年大統領選挙での勝利に疑義がついていることを今も苦々しく思い、ロシアの介入などなかったと証明したい。米ジャーナリストが執筆した内幕本のいくつかは、トランプ大統領自身も当選を予想していなかった、と記しているから、自らがいまだ米国民の支持を得て大統領職を担っているとの確信がないのだ。
 モラー特別検察官は2年近い捜査の末にトランプ大統領を無罪放免したが、それでは不十分と思っているのだろう。内外の疑念を晴らさなければ、2020年選挙は不利だから、ウクライナと民主党がDNCハッキングの黒幕であるとの説にすがりついているのではないか。
 次に、「ディープステート」との戦いの構図を描くことで、右派ポピュリストの支持を固められる。「ディープステート」とは、選挙を経ない官僚が動かす国家形態を呼ぶ。長年行政府に巣くう官僚機構が権力を握り、民主選挙によって選ばれた政治家を巧みに操作して、民意を骨抜きにしているという論に基づくものだ。そのポピュリズムの響きは、左右両派に共通する。
 トランプ大統領は官僚たちの中でも、情報機関に対して敵意を燃やしている。ロシア疑惑を最初に捜査したのは、当時FBI長官のジェームズ・コミー氏であり、そのコミー氏を解任したら、今度は先輩のFBI長官だったモラー氏が特別検察官として、弾劾を視野に入れて捜査の指揮をとった。
 今回のゼレンスキー大統領との会話もCIA職員が内部告発したもので、弾劾調査に発展した。情報機関が何度も、異端のポピュリストである自分を潰そうと戦いを挑んでいるという構図である。DNCハッキングの「真相」は、米国とウクライナの情報機関同士が合同で仕組んだ「クーデター」であるとの論も、トランプ支持派のサイトでは流れているほどだ。
トランプ支持者を沸き立たせるキーワード
 そしてトランプ大統領のこの一連の言動には、バノン氏らが率いる右派ポピュリストの心情を掻き立てる狙いがある。彼らを投票に向かわせ、バイデン氏であれエリザベス・ウォーレン氏であれ、民主党候補を攻撃し貶める材料となる。バノン氏は2016年大統領選の頃から、トランプ政権の目的の1つに「行政国家の解体」を挙げてきた。行政国家とは「ディープステート」の別称である。
 トランプ大統領が本当に、DNCハッキングがウクライナ発であると信じているのかどうかは疑わしい。だがあえてウクライナ大統領との電話会談録を公表したのは、右派ポピュリストの「怒りボタン」を押す狙いがあるのではないか。
 電話会談録の公表を受けて、右派のトークラジオホストとして絶大な人気を誇るラッシュ・リンボーは、「重大な展開だ」と喜んでいる。「CS社が我々の会話に戻ってきた」との右派の書き込みもある。CS社、ウクライナ、クリントン、バイデンなどは、トランプ支持者を沸き立たせるキーワードであるのだ。
 DNCのサーバーは今もワシントンのDNC本部にあるし、かつてCS社でDNCサーバーを調べた技術者は、「常軌を逸している。ウクライナ大統領はこんな話を聞いて驚嘆したに違いない」と述べているのだが、火消しにはなっていない。
 2016年の大統領選では、クリントン氏がワシントン郊外のピザ店を根城にする児童買春組織の元締めである、というフェイクニュースが拡散し、実態を確かめに来たという男がピザ店で発砲するという騒動も起きた。米情報機関―ウクライナ情報機関―民主党の連携によるトランプ追い落としという絵図は、ピザ店のフェイクニュースよりはるかに深い層に響く。
 バノン氏は今年3月の私とのインタビュー(2019年3月22日の新潮社フォーサイト『ポピュリズムと地政学:バノン思想の「今」を探る』)で、2020年の選挙は「南北戦争のような、醜いものになる」と語っていた。地下層でひそかに語られるような異端の言説が、大統領同士の公式会談で取り上げられる。それだけでも来年の大統領選の闇と醜い展開を予想させる。

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杉田弘毅
共同通信社特別編集委員。1957年生まれ。一橋大学法学部を卒業後、共同通信社に入社。テヘラン支局長、ワシントン特派員、ワシントン支局長、編集委員室長、論説委員長などを経て現職。安倍ジャーナリスト・フェローシップ選考委員、東京−北京フォーラム実行委員、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科講師なども務める。著書に『検証 非核の選択』(岩波書店)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書)、『入門 トランプ政権』(共同通信社)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書)など。
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https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57925
 

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