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(インタビュー)大元帥たる昭和天皇 歴史学者・吉田裕さん(朝日新聞)
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/326.html
投稿者 肝話窮題 日時 2019 年 8 月 10 日 09:38:34: PfxDcIHABfKGo isyYYouHkeg
 

朝日新聞デジタル 2019年8月7日05時00分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190807000136_commL.jpg
「これほど多くの人に読まれるとは予想外でした。兵士の虫歯や水虫の話には反響が多かった」=山本和生撮影

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190807000139_commL.jpg
吉田裕さん

 アジア・太平洋戦争の戦場の実態を克明に描き、20万部のベストセラーになった「日本軍兵士」。その著者で、近現代の天皇制研究でも知られる吉田裕さんは「天皇の軍隊」の実像を読み解く数少ない研究者だ。大元帥たる昭和天皇は、あの戦争とどう関わり、どこまで兵士の窮状を知っていたのか。沖縄戦や特攻をどう考えていたのか。

 ――「日本軍兵士」には、食糧不足や劣悪な装備など、日本軍の過酷な実態が書かれています。

 「軍隊の問題を自身に置き換えて考えられるように、『心と身体』に重きを置きました。体重の半分の装具を背負い、飢えや病気、心の病に苦しむ兵隊の姿から、戦争の現実を知ってほしかった」

 ――そうした戦場の現実を昭和天皇は知っていたのでしょうか。

 「かなり把握していたと思います。1943年9月には侍従武官長に、将兵を飢餓に陥らせるのは耐えがたい、『補給につき遺憾なからしむる如く命ずべし』と言っています。ただ、最後まで日本軍の戦力を過信していたので、実情よりは楽観的だったとはいえるかもしれません」

 ――実際の戦況をどの程度把握していたのですか。

 「どこでどの軍艦が沈んだかなど、日本軍が受けた被害については、ほぼ確実に把握していました。ただ、石油の備蓄量などは数字を改ざんして上奏されていたとも言われ、100%正確に知っていたかは疑問も残ります」

 「一方で、敵に与えた損害は、誇大に報告されがちでした。台湾沖航空戦などが典型ですが、パイロットからの報告を精査せずに積み上げていったので、11隻もの航空母艦を沈めたことになっていました。実態とかけ離れた戦果が天皇のもとに情報として集められ、敵も苦しいはずだという楽観が生まれてしまいました」

 ――「まだ戦える」と思ってしまったわけですか。

 「45年2月に元首相の近衛文麿が戦争の終結を上奏したときに、天皇は『もう一度戦果を挙げてからでないとむずかしい』と答えています。その時点でも、まだ戦果を挙げられると信じていたんですね。米軍に打撃を与えて、できるだけ有利な条件で講和に持ち込むという『一撃講和論』をずっと支持していました。そのために戦争終結がずるずると遅れてしまった面はあると思います」

 「沖縄戦でも、当初は、特攻作戦がうまくいっていると誤認していたようです。天皇が戦争をあきらめるのは45年5月ごろです。ドイツの降伏と、沖縄がもう持ちこたえられないとわかって、ようやく終戦を決意したのです」

    ■     ■

 ――沖縄戦に、どの程度具体的に関わっていたのでしょうか。

 「沖縄戦では、陸軍と海軍では当初の作戦方針に違いがありました。海軍は沖縄で最後の決戦をしようとしたのですが、陸軍は本土決戦を主張し、沖縄はその『捨て石』と見なしていました。持久戦にして米軍に損失を強い、本土決戦に備えようとしたのです」

 「天皇は海軍を支持しました。陸軍は持久戦に備え陣地に立てこもる戦略をとろうとしましたが、天皇は出撃して決戦するように促しました。沖縄戦の場合は、天皇は海軍の側に立って、作戦に介入していたといえます」

 ――天皇が作戦方針の決定にも関わっていたわけですか。

 「歴史学者の山田朗さんが、どの作戦の際に天皇がどんな発言をして、どう影響を及ぼしたかを詳しく研究していますが、かなり主体的に関わっています。天皇が発する最高の統帥命令を、陸軍は『大陸命』、海軍は『大海令』といいますが、戦後の占領期、大陸命や大海令の存在は占領軍に秘匿されました。隠さなければいけなかったという事実が、天皇が作戦に関与していたことを証明しています」

 ――戦争末期の特攻作戦についてはどうだったのでしょうか。

 「陸軍の場合、正式な特攻部隊はつくられませんでした。部隊編成は天皇の大権ですが、特攻のような『非常の戦法』を天皇が裁可すると『徳が汚れる』という判断が陸軍にはあったんです。だから既存の部隊に、必要な機材と人員を増加配備して出撃させました」

 「一方、海軍の場合は特攻専門部隊が編成されました。『回天』や『桜花』の部隊がそうです。編成を裁可している以上、特攻が天皇の意思に背いて行われたとは言えません。45年1月には本土決戦用の陸海軍共同の作戦計画を裁可していますが、その中に特攻が含まれています。作戦としても特攻を認めているわけです」

    ■     ■

 ――参謀本部や軍令部の幕僚たちは、天皇の意思に全面的に従っていたのでしょうか。

 「基本的には、参謀本部や軍令部がつくった作戦計画の大綱を天皇が見て、承認するという形でしたが、作戦に問題があると天皇が考えた場合には、意思を表示しています。天皇の積極的な意思表示があった場合には、幕僚たちも作戦を変えざるをえませんでした」

 「ガダルカナル島の戦闘が激化していた時期に、陸軍の航空部隊を増援に出すよう海軍が強く要望しました。陸軍の飛行機は洋上飛行には不向きなので、陸軍側は抵抗します。しかし天皇は、繰り返し航空部隊を出すように言い、陸軍も結局は従っています」

 ――明治天皇や大正天皇と比較すると、昭和天皇は特に統帥に関与していたとは言えるのですか。

 「大正天皇は若いときから病気がちで、大きな戦争もなかったので、統帥権の発動者として行動することはほとんどありませんでした。明治天皇は、様々なかたちで戦争や作戦に関わりましたが、伊藤博文を始め、幕末の動乱をくぐり抜けてきた元勲たちが天皇を支えていました。彼らは作戦に介入して、戦争指導をするだけの力を持っていたんです。昭和期になると、伊藤のような人はいなくなった。天皇が文字通り軍を統帥することになり、制度の欠陥が露呈してしまいました」

 ――天皇と軍隊をめぐる制度の欠陥とは何だったのでしょう。

 「明治憲法体制では、あらゆる国家機関が天皇に直属していました。国務大臣も個別に天皇を補佐するシステムで、総理大臣も他の大臣と横並びの存在でしかありませんでした。内閣の外側に統帥部があり、それと並列して軍司令官や連合艦隊司令長官がいる状態です。普通の国なら参謀総長の下に軍司令官が置かれるのですが、明治憲法体制での参謀総長や軍令部総長は、基本的には天皇の命令を伝えるだけの存在で、自分では命令できません」

 「昭和天皇は、国務については輔弼の大臣を重んじるが、統帥については自分が最高責任者だと考えていたという証言があります。すべてを天皇に上げて、裁可を得なくてはならず、戦況の急な変化に対応できない。総力戦の時代には通用しないシステムでした」

    ■     ■

 ――天皇の役割も含めて、旧日本軍がどんな組織で、どう動いていたのかは、あまり知られてこなかったように思います。

 「日本の近現代史研究では、長い間、軍事史が空白でした。戦後の近現代歴史学を最初に担った世代は、ほとんどが軍隊経験があり、戦争や軍隊にはもう関わりたくないという気持ちがあったと思います」

 「日本の伝統的な歴史学の考え方では、50年経たないものは研究対象にならないとされていました。当事者がまだ生きているから利害関係があり、客観的に見ることができないからという理由です。もうひとつ大きいのは、情報公開が遅れていたことです。僕が卒業論文を書いたのは77年ですが、当時、旧防衛庁の防衛研修所戦史室には、所蔵資料の目録さえなかった。存在そのものが伏せられていた資料も多かったんです」

 ――遅れた間に、当事者はどんどん死んでいきますから、研究自体も難しくなりますね。

 「あの戦争について、外交史、政治史、経済史などの研究はかなり進みましたが、最後の空白地帯が戦史です。軍隊や戦場そのものを歴史分析の対象にする。それが『日本軍兵士』で一番書きたかったことなんです。天皇と戦争のかかわりもその一部です」

 ――「日本軍兵士」があれだけ読まれたのはなぜでしょう。

 「読者の感想を見ると、ブラック企業など、いまの問題に引きつけて読んでいる人も多いようです。バブル時代のCMで『24時間戦えますか』というのがありましたけれど、疲労の激しいパイロットに覚醒剤を打って出撃させる発想と、基本的には変わってないですよね」

 ――戦史の空白を埋めていく上で、重要なことは何でしょうか。

 「非売品や私家版で出された部隊史、兵士の回想録や日記の復刻などの資料の散逸が一番心配ですね。私家版だと納本義務がないので、国会図書館にないものも多い。活字になっていない日記やメモなども多く残されているはずなのですが、本人が亡くなると処分されてしまいます。戦争体験の記録を国が収集して、保存する仕組みをつくるべきだと思います」(聞き手 シニアエディター・尾沢智史)

     *

 よしだゆたか 1954年生まれ。専門は日本近現代史。一橋大学特任教授。著書に「昭和天皇の終戦史」など。6月から東京大空襲・戦災資料センター館長。

https://digital.asahi.com/articles/DA3S14130352.html?rm=150  

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コメント
1. 2019年8月10日 11:08:02 : Mrs4WrwC0c : bGpVWGFBaTA3dEU=[7] 報告
> 米軍に打撃を与えて、できるだけ有利な条件で講和に持ち込むという『一撃講和論』をずっと支持していました。そのために戦争終結がずるずると遅れてしまった面はあると思います」

アメリカは、原爆を投下するまで日本を降伏させないことにしていた[1]。
ポツダム宣言は、1945年(昭和20年)7月26日に発されたが、トルーマン大統領はその1日前に原爆投下を命令した。
トルーマンは、7月25日の日記で「日本がポツダム宣言を受諾しないことを確信している」と記載したように、日本側の拒否は折り込み済みであり[2]、ポツダム宣言は原爆投下を正当化するための演出だった。

歴史学者・吉田裕さんは、「そのために戦争終結がずるずると遅れてしまった面はあると思います」
では無く、アメリカの原爆投下への強い意志で戦争終結が遅れたことを知るべきである。

[1] 原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀 単行本 – 2005/6/1
鳥居 民 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E7%88%86%E3%82%92%E6%8A%95%E4%B8%8B%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%BE%E3%81%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E9%99%8D%E4%BC%8F%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%E3%81%AA%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%81%AE%E9%99%B0%E8%AC%80-%E9%B3%A5%E5%B1%85-%E6%B0%91/dp/4794214081/ref=pd_lpo_sbs_14_img_0?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=HSTQV5PP19MKNRGJW5ZD

[2] ポツダム宣言
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%84%E3%83%80%E3%83%A0%E5%AE%A3%E8%A8%80
トルーマンは、7月25日の日記で「日本がポツダム宣言を受諾しないことを確信している」と記載したように、日本側の拒否は折り込み済みであった[27]。

2. 中川隆[-8851] koaQ7Jey 2019年8月10日 14:56:51 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[3882] 報告

2013年 08月 16日
太平洋戦争は帝国陸軍vs天皇・海軍の戦争だった!
https://nueq.exblog.jp/20859870/


     
     
     
わざと負けた帝国海軍

                           
太平洋戦争は

             帝国陸軍 vs 昭和天皇+海軍+アメリカの戦争

            GHQが使用を禁止した「 大東亜戦争 」と云う言葉

         ユダヤ:コミンテルン vs 反コミンテルンの第2次世界大戦
            コミンテルン = インターナショナリズム = 共産主義

                         講演会のお知らせ


日本敗戦の日:1945年8月15日から昨日で68年!


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                     左)8月15日 玉音放送後の皇居前
              右)ポケットに手を突っ込んだマッカーサーと昭和天皇
                         9月27日 米大使館公邸


b0221143_1294967.jpg


                    左)広島原爆投下1時間後の原子雲
                      投下機B29エノラ・ゲイより撮影
                  中)広島原爆CG再現 byクローズアップ現代
                         画像出典 : 浜野巌治
                    右)311:3月15日の3号機の原子雲
                http://stumsky.tumblr.com/post/5390163606/3
           ( ネバダ砂漠での核実験と3号機原子雲の類似写真はこちらをどうぞ )


表題にあるように、「 太平洋戦争 」は、日本 vs アメリカ の戦争ではなく、
帝国陸軍 vs 昭和天皇+帝国海軍+アメリカ の戦争だったのです。

にわかには信じがたいこの構造。
しかし、これは事実です。

一体、なぜ、第2次世界大戦:アジア戦線は起きたのか?
それは偶然か? 必然か?

と、問うならもちろん、「 必然 」 であり、そのように仕組んだ勢力があります。
その辺りの詳細は、若狭和朋さんと鬼塚英昭さんの著書に譲るとして、


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                左) 若狭和朋 「 日本人に知られては困る歴史 」 上下巻
                中) 鬼塚英昭 「 20世紀のファウスト 」 上下巻
                右) 鬼塚英昭 「 原爆の秘密 」 国内編・国外編

若狭和朋さんの著書の内容に関しては

                日本人に知られては困る歴史

で、紹介しています。
日本人必読の書です。


その複雑怪奇な内容と推移を、僕の情報筋からの内容をまとめて、あえて簡略化して云うなら、226事件( 1936:昭和11年2月26日 )によって昭和天皇は極度のトラウマ状態となり、これが原因で上記のような構造へと導かれます。

226事件は、公表的には帝国陸軍:皇道派の青年将校たちが「 昭和維新・尊皇討奸 」「 天皇親政 」をスローガンに企てたクーデター未遂とされていますが、これは事実のホンの一部分を取り上げたものにしか過ぎません。
実際には、昭和天皇を捕獲:廃帝にし、一応公表上、昭和天皇の弟とされている秩父宮を新しい天皇に据えるべく起こした帝国陸軍最強の第2師団( 仙台師団 )に依るクーデターで、青年将校たちの決起はその先遣隊だったのです。
先遣隊の暗殺&天皇捕獲に続いて、仙台から上野に秩父宮と共に向かっていた仙台師団は、帝国海軍陸戦隊が戦車隊まで繰り出して青年将校の先遣隊をが完全制圧したため、プランを断念せざるを得なくなってしまいます。


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                      左) 警視庁を占拠した反乱軍
                         中) 当時の新聞記事
                    右) 上陸した海軍陸戦隊の装甲車

                             画像出典
               中)89歳ブログ:紫蘭の部屋 「 (53)二、二六事件 」
               左右)探検コム 「 写真と証言で綴る『二・二六事件』」


ここに昭和天皇の帝国陸軍トラウマが始まり、これに若狭さんや鬼塚さんが描くところのユダヤと日本に依る満州共同経営を日本側が一方的に反故にしたことが重なって、ゾルゲ事件や帝国海軍:特に山本五十六と米内光政に依る対米開戦と云う日本( = 帝国陸軍 )敗戦へのプランが策定・実行に移されることになります。

つまり、

  1) 帝国陸軍の独走とそれを阻止したい天皇の戦い
  2) 満蒙支配権を巡る
       扶餘チュルク五族協和 vs 満州ユダヤ経営+世界鉄道( 帝国 )
  3) 支那利権を巡る列強の対立
  4) ユダヤ( コミンテルン )撲滅勢力 vs ユダヤコミンテルン世界帝国
  5) コーカソイド( 白人種 )による有色人種奴隷支配のステルス化
       vs 白人支配からの解放を目指す「 大東亜共栄 」

といった、国際的・国内的様々な要因を背景として、1)2)5)を日本の国内条件として「 日本の第2次世界大戦 」が策定されていきます。
また、コーカソイド( 白人種 )ユダヤ・サイドからは、日露戦争の戦後処理(1905)の怨念を契機に、第1次世界大戦(1914) 〜 満州事変 〜 日支戦争 〜 日米開戦 へと連なる一連の流れを作り、世界で唯一コーカソイドに対抗しうる勢力へとその力を回復( 織田信長時代以来 )した日本を完膚なきまでに叩き潰して完全奴隷化・日本解体を目指した30年計画でもあったのです。

予定通りに行けば、日本はドイツのようにアメリカとソ連で分け合う完全植民地となったことでしょう。

ところが、ここで異変が起こります。
アメリカの非ユダヤ勢力が、ルーズベルトのコミンテルン( マルクス共産主義 = インターナショナリズム )路線と、同じく隠れコミンテルンのチャーチル、それに共産主義のスターリンの密約よる世界乗っ取りにどうやら気づいたようで、これがルーズベルトの暗殺に動きます。 クリント・イーストウッド監督 : デカプリオ主演:FBIを造ったフーバー長官の映画 「 J・エドガー 」 は、この辺りの真相をほのめかしています。 そしてこの映画の封切り直前にはルーズベルト直前の大統領:フーバー大統領を描いた「 Freedom Betrayed 自由は裏切られた 」がアメリカで出版されています。 そう、「 自由は裏切られた 」 のです。


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                             J・エドガー
                    左上)執務室に入るフーバー長官
                         左中)機密ファイル
          真ん中の囲みに100%ユダヤ人:エレノア・ルーズベルト夫人の名前
             ルーズベルトはルーツ:スペインではローゼンブルグだった
                   左下) フーバー長官の秘書との問答


異変 : ルーズベルト大統領の暗殺とトルーマン大統領の就任によって、対日戦略は大転換されます。 すでに共産主義国となったソ連、支那の赤化( 共産主義化 )への防波堤とするために日本列島の活用が新戦略として浮上します。

  広島・長崎への原爆投下は対日本戦には不要ながら、
  マンハッタン計画の生みの親:バーナード・バルーク子飼いの
  ジェームス・バーンズ国務長官によってソ連への警告と
  イエローモンキーをモルモットにした動物実験として行われます。
  本当は多くの広島・長崎人が被曝による癌などで大量に死亡してますが、
  そのデータはAABCがすべて持ち帰り、
  被曝による癌などの後遺症や死亡者数は極めて軽重である
  とのマヤカシが日本国内では蔓延しています。

  広島・長崎に原爆を落した本当の訳
  

  ユスタース・マリンズによる内容で、ここでは、
  1945年5月のサンフランシスコの会議を主題としてますが、
  日本との停戦を引き伸ばして原爆を落とすプランは1月には決定されていたし、
  前年の10月頃から計画されていたフシがある。
  5月は原爆完成日程の確定と決定事項の伝達の場だったのだろう。

こうして対共産主義防波堤として、日本に資金と技術を投下して日本の高度成長が始まりますが、旧帝国陸軍勢力と田中角栄+ケ小平による中国の原爆開発が推進されるに至って、アメリカは大方針を再度転換します。
その象徴的事件となったのが、1976年のロッキード事件による田中角栄の失脚、及び1985年の「 御巣鷹山事変 」と、その直後のプラザ合意です。

詳しくは

    フクシマは核兵器製造工場?

をご覧ください。


さて、話題を、帝国海軍の裏切り行為へと戻します。

日本はアメリカとの戦争を絶対避けなければならない。
と云う大前提の下にありました。

ご存知のように、アメリカはヨーロッパ戦線に参入するために、そして絶対にアメリカ人を戦場に送らないと約束して3選したルーズベルト大統領にとって、アメリカ国民が怒り心頭になって逆にルーズベルト大統領に参戦を要求するシチュエーションを必要としていました。

そこに、アメリカの歴代の戦争手口が参考になりました。
古くは、インディアンがやったことにされている頭の皮のまる剥ぎや、アラモ峠の戦いなどで培った偽装先制攻撃を日本に適用することとなり、日本側協力者と共謀して、ハワイ真珠湾への奇襲攻撃と宣戦布告文章の遅刻偽装を行い、これによりだまし討ちの既成事実を作り上げ、狙い通りに「 卑怯なイエローモンキー 」への報復にアメリカ社会が沸騰するように仕向けました。
もちろん、ルーズベルトにはフィリピンのマッカーサーから、日本海軍が真珠湾攻撃を目指して千島列島に集結中との報告は出ていましたが、一切手出しないように指示の電文を飛ばしています。 そしてアメリカ時間12月7日(日)、911の時と同じく、レーダーのスウィッチを落としていたのです。


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                         真珠湾攻撃 と 911
                   どちらもレーダーがOFFになっていた。
                   911直後、子ブッシュが口にしたのが
                     「 リメンバー・パールハーバー! 」
                  ご丁寧にも2001年5月に江沢民出資の
       映画「 パールハーバー 」が封切られ、前宣伝は行き届いていたのでした。


山本五十六による真珠湾攻撃の計画は半ば唐突に登場し、連合艦隊司令長官辞任をちらつかせながら海軍首脳部に迫り、わずか50日前に認められたものです。 これによって南方作戦で対フランス・対オランダを制し、インド洋に進出してイギリスの補給線を断ってエジプトのナチスを側面支援。 同時にインドの独立を達成するというシナリオが根底から覆されてしまいます。
しかも当の山本五十六連合艦隊司令官は真珠湾攻撃時、日本国内から司令を出していたのです。

そして、真珠湾攻撃やその後の展開のポイントを列挙するなら、

 ・ 9年前に米軍は真珠湾攻撃と全く同じシミューレーション演習。
   ※ まるで911の数年前の、WTCに突っ込む3流ハリウッド映画みたいだ。
 ・ ルーズベルトは日本が行動を起こすように仕向けるプランを1年前から用意。
 ・ ルーズベルト大統領は日本海軍の動きと目的をすべて知っていた。
 ・ 対米宣戦布告が真珠湾攻撃に遅れるよう工作した。工作現場担当者は、
   野村吉三郎駐米大使・井口貞夫参事官と奥村勝蔵一等書記官。
   ※ 戦後、井口は米大使に、奥村は事務次官・スイス大使へと大出世。
 ・ 山本五十六は対アメリカ不戦を反故にして強引に対米戦線を開いた。
 ・ 真珠湾で沈めたのは老朽艦ばかり。 空母は無傷。
 ・ かけがいのないハワイの海軍大工場と巨大燃料タンクは無傷。
 ・「 リメンバー・パールハーバー! 」の合言葉となって
   アメリカが第2次世界大戦に参戦するきっかけを作った。


   これによって絶対優勢だった欧州のドイツと東洋の日本が惨敗することになる。

真珠湾攻撃に関して、海軍少将だっだハーバードのモリソン教授は米海軍の依頼で編纂した公刊戦史の中で

  真珠湾に対する攻撃は、日本海軍自らが戦後表明したように、
  まったく戦力的必要からはるかにかけ離れたものであって、
  これは戦略的には愚の骨頂であった。

  何人(なんびと)も戦史上で、侵略者に対し
  これ以上致命的であった作戦の事例を探し求めることは出来ない。
  すなわち、戦術面では恒久的施設( ドッグヤード等 )と
  燃料タンクを攻撃せず、艦船のみに攻撃を集中する錯誤を犯した。
  戦略的に見ればこれは馬鹿げている。
  さらに政略的に見れば、それは取り返しのつかない失敗だった。

  この背信的攻撃が、アメリカ国民をして全力をあげて対日戦争に突入させ、
  また、真珠湾の「 不名誉な日 」を償うには、全面的勝利を得る以外、
  彼らを満足させることがないよう結集させたことから、
  この真珠湾攻撃は最低の戦略だった。

と、酷評しています。

つまり、米内海軍大臣と山本五十六聯合艦隊長官、南雲機動部隊司令官は、アメリカ側が望むすべてを提供し、日本が敗戦に至るすべての条件を設定したわけです。
https://nueq.exblog.jp/20859870/


わざと負けた帝国海軍
https://nueq.exblog.jp/20859900/

太平洋戦争は

             帝国陸軍 vs 昭和天皇+海軍+アメリカの戦争

            GHQが使用を禁止した「 大東亜戦争 」と云う言葉

         ユダヤ:コミンテルン vs 反コミンテルンの第2次世界大戦
            コミンテルン = インターナショナリズム = 共産主義

                         講演会のお知らせ

更に、海軍は

 ・ 長期持久戦の戦略方針を捨てて、いきなり無謀ともいえる
   積極的な太平洋前面攻略に着手する。
   つまり、アリューシャン列島・ミッドウェー経由でハワイ攻略、
   オーストラリア北部〜フィジー・サモア攻略を計画。


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                        画像出典 : 戦跡の歩き方


軍事のいろはの「 い 」は、補給 = ロジスティック。
補給線が長く伸びきってしまえば、時間がかかる。 補給線を分断されやすい。
「 無謀な太平洋攻略 」 とは、このことで、ワザと負けるために方針転換したと
云っても過言ではないお粗末さです。


そして起きたのが、ミッドウェー海戦での大惨敗。
山本五十六の指示で南雲機動部隊がミッドウェー攻略に出撃するが、圧倒的に優勢だった日本海軍が、まさかの空母4隻の沈没:機動部隊の壊滅と云う前代未聞の惨劇となる。
アメリカ側の空母は沈没は3隻中の1隻。
ここから日米の形成は逆転してしまい、以降は連戦連敗の敗走を続けることとなります。


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                     左)大爆発を起こす空母「 加賀 」
        右)311の放射線線量と何も変わらない戦中の隠蔽・改竄の大本営発表
                               ↑
                      時系列が逆ですが。。。(^o^)ゞ


しかも時の総理大臣:東条英機には知らせることなく、東条は一ヶ月以上遅れてミッドウェーの真実を知ることになる。 自軍の壊滅を知らずして一体どのような戦略が組み立てられるのだろうか?

 ・ 山本五十六はミッドウェー攻撃をゴリ押しした。
 ・ 出撃の目的は敵機動部隊の殲滅にありながら、
   南雲司令官はミッドウェー島攻略を主眼とした。
 ・ 当初空母艦載機は艦船攻撃用の魚雷を装着していた。
 ・ 偵察機出動30分前、突然ベテラン偵察員がはずされ、
   初出動の新米偵察員に交代させられる。
 ・ 偵察機があろうことか、雲の上を飛んだ。
   雲の上から偵察など出きっこない! ( 日本はレーダーを持ってない )
 ・ 敵空母艦隊がいないので魚雷を地上攻撃用の爆弾に装着換え。
 ・ 偵察機は帰りに雲の下を飛んでやっと敵空母艦隊を発見。
 ・ 敵空母艦隊近接情報で爆弾を魚雷に再度装着換え。
 ・ 装着換え中に敵航空部隊が襲来し、空母4隻他機動部隊壊滅。
 ・ ベテランパイロットほぼ全滅。
 ・ 山本五十六はミッドウェー攻撃直前、呉で愛人と同宿。
   まるで311当日の盗電:清水社長の赤坂:韓国キャバレーみたいだ。


そして1943年4月18日、山本五十六はラバウル近傍で米軍機の攻撃で墜落。
死亡と伝えられていますが、果たして、、、、、、
ノリエガ、フセイン、ビン・ラディンなどの例もあるように
本人の希望通り戦後は南洋の島かハワイで優雅な一生を送ったとも考えられます。

帝国海軍はその後も更に、

 ・ トラック諸島、ガダルカナル、ニューギニアにおける戦略上の大錯誤。
 ・ マリアナ沖海戦( 日空母7隻 vs 米空母15隻 )での七面鳥撃ちで
   日本海軍ほぼ全滅状態に。
 ・ フィリピン:レイテ沖海戦での「 栗田艦隊謎の反転 」
   防備丸空きのマッカーサー本隊を目前になぜか突然の反転・戦線離脱。
   栗田は戦後、栗田工業を起こし、東証一部企業に。
 ・ 90万人の帝国陸軍を南洋に無理やり送り込みながら
   海軍は補給を行わず、陸軍兵士の9割は飢餓や
   栄養失調・免疫低下に伴うマラリアで死亡。
   戦闘で死亡したのはたったの1割と云われている。


と、日本敗戦に向けて忠実に布石を打っていったように見受けられます。


縷々検証してきたように、海軍の行状は、アメリカに参戦の口実を与え、帝国陸軍の戦力を削ぎ、ワザと日本が負けるように振る舞った。としか言い様がありませんし、事実そのような意図を持っていた。とある筋より聞かされています。
また、当時海軍内では、「 主敵は陸軍だ! 」とも叫ばれてたのです。

こうした海軍の行状や戦場での状況は海上自衛隊作戦幕僚などを歴任した是本信義さんの著書の中で詳しく論じられています。


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              是本信義 「 誰も言わなかった海軍の失敗 」 2008/07

                 是本信義
                 1936年 福岡県生まれ
                 1959年 防衛大学校卒業
                 1959年 海上自衛隊入隊
                        護衛艦艦長、護衛隊司令、
                        艦隊司令部幕僚、総監部防衛部長、
                 1991年 海上自衛隊退官
                 2006年 民間企業の経営職を経て執筆活動に専念

           是本氏は、枝葉末節から枝ぶり・幹・樹、そして森に至るまで
           見事に描ききっていますが、
           残念なことになぜ、そこに森があるのか?
           森を育んだ環境・地勢(地政)学的視野がありません。
           つまり、なぜ失敗したのか?
           について、最初から画策されていたと云う 「 政略的・地政学的 」 視座がない為、
           帝国海軍の不甲斐なさが強調される結果となっています。


そして、御前会議の内容は翌日にはアメリカ側に伝わっていました。
その連絡ラインが、鬼塚英昭さんによると、吉田茂 〜 樺山愛資( 貴族 )〜 駐日アメリカ大使:グルーのラインでリークされていたとのことです。 そしてグルー大使離日後は、吉田茂が直接ヨーロッパ経由で伝えていたものと推測されます。
日本軍の暗号も、その暗号表が事前にアメリカ側にもたらされていたとしても別に驚くにはあたりません。


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ゾルゲグループに依る日独伊3国同盟への誘導と、ソ連をドイツと挟撃する戦略への誘導、それにヨハンセングループによる日本国内のトップシークレットの連合国側へのリークなど、昭和天皇を中心とする日本敗戦への綿密な深層潮流の準備がなされていたことが窺えます。

ところが、太平洋戦争緒戦段階での日本軍の快進撃が、昭和天皇に色気を出させた様だ。 とある情報筋は伝えています。 もちろんその内容はアメリカ側に筒抜けです。
これが、アメリカ側による停戦回避 = 過酷な日本攻撃と、2発の原爆を誘い込んだ可能性も指摘されています。

また、黒田善治と云う重慶から司令を出す天才的魔物は、一体どこからの司令を受けて日本を支那大陸の底なし沼に誘い込んだのでしょうか?

その中枢には上で触れたように「 コミンテルン = インターナショナリズム = 共産主義 」と云うドス黒い世界的な闇が広がっていますし、その対抗軸としてレトリック的に( 言葉上の意味合いで )誕生した 「 自由主義経済 」陣営なるものの両天秤を操るユダヤ金融勢力、或いはユダヤを隠れ蓑に用いる青い血が身体に流れる勢力、更にそれらと対抗する自由を標榜する勢力など、 現代に至る難問が待ち受けているようです。


進駐してきたアメリカGHQは、30箇条の検閲により、「 大東亜戦争 」と云う語の使用を禁止し、「 太平洋戦争 」なる単語を作り出します 。 「 大東亜戦争 」と云う語に含まれる「 アジアの正義の確立 」と云う匂いを完全に抹殺し、「 日本によるアジア侵略 」と云う概念を日本人やアジア人に植えつけるための政策です。

「 日本の侵略 」と云う語を今では何の抵抗もなく使うニッポン人が多いですが、侵略者は16世紀以来変わることなくコーカソイドの連中です。

   ※ コーカソイドの中に僕は多くの友人を持ちます。
      コーカソイドの連中 と云うのは、勢力としての。
      と云う意味であり、一般の生活者のことではありません。

アジアの国々は、コーカソイド+ユダヤによる分断工作により、いがみ合う関係に陥っています。 中華民国も中国共産党もアメリカやユダヤ・コミンテルンによって誕生し操られてきた勢力です。 それは昭和天皇や帝国海軍が同じように操られ、国内騒動を拡大した結果として招いてしまった第2次世界大戦アジア戦線であり、戦後のアメリカ植民地と化してしまった現在の亡国ニッポンの姿です。 幕末、徳川慶喜が最も恐れたのが国内を二分する内戦状態。 慶喜の恭順によって国内戦は最小限に食い止めることが出来ました。( 薩長の東北追撃戦は英米の内戦拡大の意を受けてのことです。)

そろそろニッポン人は、にほん人へと目覚める必要があるのではないでしょうか?


                     Japanって、どこの国よ?
                     ジャパンとニッポンとにほん


亡国日本、その最期のトドメが 「 TPP 」 です。
これを阻止し、フクシマの棺桶化や全国の土壌除染を行い、全国民に内部被曝完全除去を無料で実施し、侵略者:コーカソイド支配層をこの地球上から葬るためにも、現在の 「 明治簒奪ニッポン政府 」 を叩き潰し、日本人に卑屈な 「 お上 」 根性を植え付けてしまった江戸時代を逆上って、ヨーロッパによるアジア蹂躙を蹴散らす勢いだった 「 大うつけのバサラ 」 織田信長時代の 「 にほん人 」を取り戻し、にほん人によるにほん人のためのにほん政府を創り上げようではありませんか!


                         ザビエル 〜 黒船 〜 TPP
                織田信長 = チンギス・ハーン + レオナルド・ダ・ヴィンチ
                          安倍晋三 = 井伊直弼

   

https://nueq.exblog.jp/20859900/


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