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<蟋蟀よ 嵐の夜にも鳴け> ― 東京新聞の覚悟(澤藤統一郎の憲法日記)
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/427.html
投稿者 肝話窮題 日時 2019 年 9 月 10 日 23:35:52: PfxDcIHABfKGo isyYYouHkeg
 

 
昨日(9月8日)の東京新聞社説の表題は、「桐生悠々と言論の覚悟」である。桐生悠々を論じつつ、言論人としての自らの覚悟を語って格調が高い。その覚悟に敬意を表したい。それにしても、である。いつの間にやら、言論に覚悟を必要とする時代が再来してごとくの不気味さが感じられる。
その全文は、下記URLで読むことができる。

https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019090802000112.html

桐生悠々は、1933年8月に信濃毎日新聞の論説主幹として「関東防空大演習を嗤ふ」を執筆し、これが軍部の逆鱗に触れて同社を追われる。しかし彼は、その後も名古屋に拠点を移し、個人誌「他山の石」に拠って軍部や政権を厳しく批判する言論活動を続けたという。東京新聞社説はその「他山の石」に、悠々はこう書いていると紹介している。

   悠々は「他山の石」に「言いたいこと」と「言わねばならないこと」
   は区別すべきだとして「言いたいことを言うのは、権利の行使」だが
   「言わねばならないことを言うのは、義務の履行」であり、「義務の履
   行は、多くの場合、犠牲を伴う」と書き残しています。
   悠々にとって一連の言論は、犠牲も覚悟の上で、言うべきことを言う
   義務の履行だったのです。
   正宗(白鳥)が言う「いかに生くべきか、いかに死すべきかを、身を
   以つて考慮した」悠々の命懸けの言論は戦争への流れの中では顧みら
   れることはありませんでしたが、戦後再評価され、今では私たち言論、
   報道活動に携わる者にとって進むべき方向を指し示す、極北に輝く星
   のような存在です。

   <蟋蟀(こおろぎ)は鳴き続けたり嵐の夜>
 
   悠々のこの句作が世に出た35(昭和10)年は、31(昭和6)年
   の満州事変、32年の五・一五事件、33年の国際連盟脱退と続く、
   きなくさい時代の真っただ中です。翌36年には二・二六事件が起き、
   破滅的な戦争への道を突き進みます。

   もし今が再び<嵐の夜>であるならば、私たちの新聞は<蟋蟀>のよ
   うに鳴き続けなければなりません。それは新聞にとって権利の行使で
   はなく、義務の履行です。
   来る10日は悠々の没後78年の命日です。大先輩を偲ぶとともに、
   業績や遺訓を思い起こし、私たち新聞のなすべきことを考え続けたい
   と思います。

その言や大いに良し。権力や権威への無難な忖度か、弱い立場のものをあげつらって批判する論調溢れる中で、東京新聞はこう自らを戒めている。「私たちの新聞は嵐の中でも蟋蟀のように鳴き続けなければなりません」「それは新聞にとって権利の行使ではなく、義務の履行なのです」「大先輩を偲ぶとともに、業績や遺訓を思い起こし、私たち新聞のなすべきことを考え続けたいと思います」と。つまりは、「多くの場合犠牲を伴う」ことを覚悟した言論人の義務履行の決意を述べているのだ。

言うまでもなく、言論の自由とは、権力や強者や社会の多数派を批判する言論が抑制されることなく自由であることを意味する。権力や強者や社会の多数派に耳の痛い、内容の言論である。その表現が、権力や強者や社会の多数派から疎まれ憎まれる類の言論。「多くの場合犠牲を伴う」ことになる言論である。悠々の言葉を借りるなら、このような「言わねばならぬこと」「多くの場合犠牲を伴う」ことを、犠牲の心配なく、躊躇も萎縮もなく、言えることの保障が必要なのだ。嵐の夜に鳴き続ける蟋蟀は貴重な存在である。いかなる嵐が吹こうとも、いかに小さな蟋蟀であろうとも、その鳴き声を途絶えさせてはならない。

悠々には、正宗白鳥をして、「彼(悠々)はいかに生くべきか、いかに死すべきかを、身を以つて考慮した世に稀れな人のやうに、私には感銘された。」と言わしめた覚悟のほどがあった。嵐の夜に鳴き続けた蟋蟀として、その生涯を貫いた悠々の姿勢は尊敬に値する。

しかし、今大切なのは、一人の大悠々ではなく、無数のミニ悠々ではないだろうか。何としても嵐を防止しなければならない。一匹の蟋蟀では無理でも、無数の蟋蟀の大きな鳴き声は嵐を押し返すことができるのではないか。私も、悠々ほどの覚悟はないにせよ、ミニ悠々の一人になりたい。

また、どんなときにも萎縮することなく、セミもマツムシも蟋蟀も鳴き続けることのできる社会を作ることはできないだろうか。誰もが、自分なりの音色で鳴き続けることを当然とし、認め合う社会。それは、すだく虫の音色を止める嵐のない,居心地のよい社会なのだと思う。
(2019年9月9日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13309  

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コメント
1. 2019年9月11日 00:18:47 : QV45PZLUZE : OTdsblhaTERWcGc=[1] 報告
日本は完全に絶望状態
この先日本が復活する事は二度とない
その事をここでハッキリ書いておく
今の日本は産業が空洞化していて生産力が絶対的に縮小している
たとえ賃金を引き上げたり減税して
内需の消費需要を活性化させても
国内産業はその需要に対応出来ない
そもそも日本の消費財の殆どは海外で製造されており
消費需要が高まっても輸入の増加が大部分になる
スマホとか見ればわかるだろう

米中の貿易関係が今厳しくなって来て
中国の輸出産業がスローダウン
だから日本が輸入を増やせば中国は助かるだろう
しかし中国は助かっても日本は助からない
今後日本は貿易赤字が当たり前に成る

2. 2019年9月11日 03:07:58 : nuFElU31SM : eTJSNmNQN0hWc2s=[761] 報告
なるほど、嵐の蟋蟀、社会の木鐸。
浅学にして桐生氏を識らなかったのだが、大変感銘を受けた。
我が意を得たりだ。

そして不正に対して抵抗する義務があるという指摘は重い。
人には不正な政権を倒す義務があり、その義務を果たさざれば後禍を免れない。

3. ろくさん[586] guuCrYKzgvE 2019年9月11日 05:39:01 : FpMHzObqvM : am81UU85MlEzWi4=[1] 報告
これだけ多くの言論人で溢れる現在に、あの当時の二の舞など起こすなよ!新聞買います。

それでも戦争できる国になったのおちなど絶対にありえないからな!

知らない人が凄かったんだね。東京新聞者の人だったんだね。
今も頑張ってる女性いるね。
山本太郎も言ってるね。怖い物知らずは最強だと。でも...
結果見るまで冷や冷やしてます

読みたいな。統一してよ地方版記事以外はさ。東京新聞読みたいな。   覚悟決めた新聞記事ってどんなだろう?

読む価値あるよね。他の新聞社も続いてほしいですね(笑)

 

4. 2019年9月11日 06:03:56 : TuAcjFXDhE : alZOVS5OSGE5Y0E=[1] 報告
>悠々は「他山の石」に「言いたいこと」と「言わねばならないこと」は区別すべきだとして「言いたいことを言うのは、権利の行使」だが「言わねばならないことを言うのは、義務の履行」であり、「義務の履行は、多くの場合、犠牲を伴う」と書き残しています。悠々にとって一連の言論は、犠牲も覚悟の上で、言うべきことを言う義務の履行だったのです。___

新聞社が戦争に加担したことを本当に反省するなら、下記は報道すべき義務があるだろう。もしかすると関係者は殺されるかも知れないが、そこまでの覚悟がなければ暴走は止まらない状態になっている、もしくは手遅れになっているかも知れないのだ。

https://www.google.com/search?client=firefox-b-d&ei=Ag54XeLVH9C4mAXSmo64AQ&q=%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E4%B8%8D%E6%AD%A3%E9%81%B8%E6%8C%99%E8%A3%81%E5%88%A4&oq=%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E4%B8%8D%E6%AD%A3%E9%81%B8%E6%8C%99%E8%A3%81%E5%88%A4&gs_l=psy-ab.3..0.28740.29103..30019...0.0..0.166.309.0j2......0....1..gws-wiz.-2RRKwgKXbg&ved=0ahUKEwji3peeksfkAhVQHKYKHVKNAxcQ4dUDCAs&uact=5

5. 2019年9月11日 06:25:03 : bEPkM33Kvw : VEJ5R1RWZXMuMi4=[372] 報告
安倍の正体、中身が見えたという事でしょう。

政治家としての矜持を待っていない,欲だけの在日だったという事です。

在日団体からの支援もありますが、統一教会、公明党もお手上げでないのか?

歴史的評価、、にはとてもなりません。日本憲政史上最低・最悪の馬鹿総理大臣と、国民サイドでは評価するでしょう。

富裕層は、金運んでくれる人は良い人だ!とね、評価するでしょう。

市民をイジメてくれます。安倍の奴メ。

6. 日高見連邦共和国[15818] k_qNgoypmEGWTYukmGGNkQ 2019年9月11日 06:55:00 : hvQnXwaVrE : Vlc1TTJtZjI5TVE=[1] 報告
つまりマスゴミは今日び、秋の虫以下だと。(笑)

7. スポンのポン[12206] g1iDfIOTgsyDfIOT 2019年9月11日 07:00:11 : XdUfstgVAw : RTJPWTdMWVh0Y1E=[771] 報告
 
 
>一匹の蟋蟀では無理でも、無数の蟋蟀の大きな鳴き声は嵐を押し返すことができるのではないか。
 私も、悠々ほどの覚悟はないにせよ、ミニ悠々の一人になりたい。

■『NHKに電話をして「選挙に行こう」と言わせよう』

 というコメントを私は何度もしたが賛同者はほぼゼロ。

 「テレビを見ることをやめよう」というコメントを
 何年にもわたってしているが反応はまったくゼロ。

 『一匹の蟋蟀では無理でも、・・・』

 これは私が何度もコメントしてきた言葉そのものだ。
 
 私のコメントを知りながら無視してきた人に
 改めてこの言葉の意味を噛みしめてほしい。 
 
 
 

8. 2019年9月11日 21:04:29 : 21HksZQf2s : cWo3b25wdFprZ1k=[15] 報告
ぶち壊す 他山の石を 蹴飛ばして
9. 命を大切に思う者[114] lr2C8JHlkNiCyY52gqSO0g 2019年9月11日 21:20:19 : jEaSo3VXqU : Ni5WRm5IS2tzdGc=[24] 報告
そう報道する理由について、
権力や強者への迎合と同列に「社会の多数派」への迎合を挙げていますが、そこだけは嘘じゃないでしょうか?

嫌韓報道をする理由について、「社会の多数派」への迎合だとする説明が、嘘であるのと同じです。
嫌韓報道をする理由は、権力や強者への迎合だけです(正確には自らの意思で行う迎合ではなく脅されてひれ伏してる)。
社会の多数派は嫌韓ではないのに、しつこく嫌韓報道をして、世論を無理矢理、嫌韓に誘導し、
嫌韓という社会の多数派をメディアが作り上げている、それが真実です。

社会の多数派に合わせて報道していたのなら、今のような異常な事態にならない。
世論を、報道によって無理矢理、間違った方向に誘導し、そういう社会の多数派をメディアが作ってる、それが真実!
すべてのメディアの関係者に、猛省してほしいことがある。
実際には、権力や強者からの脅しにひれ伏してるだけなのに、
「社会の多数派」への迎合という架空の話をでっち上げて、自らの罪を社会の多数派になすり付けないでほしい。
あなた方が世論を間違った方向に誘導し、間違ったことをする社会の多数派を作り上げている、自覚してほしい。 
10. 2019年9月12日 09:08:47 : d0GdkdPPbw : Q0xLYmxCTXNKaWs=[65] 報告
ネットが新聞・テレビなど既存のメディアに代わって、言論の義務を履行すべき、強力な言論機関または、その手段となるべきところが、真逆の方向性へ発展して修復困難な状況に陥っている 。日本の場合は。
11. 2019年9月13日 02:08:16 : EAXbhR3JwB : bXdaWjguenhHaEk=[6] 報告
先進国?近代国家?というまやかしに住んでいる国民は赤裸々な、悍ましい現実や真実に目をつぶって見ないようにしているものだ。

未だ嘗て、民主主義を体現した国家などない。
民主主義という蜘蛛の糸のような幻想に縋って希望を見出すしかないのが現実だ。
現在、侵略戦争中でない中南米等の国々の貧しい現地の山間地?の人々の方が、やれ!新しい最新機器だ、情報?!だと踊らされている侵略国や先進国?の人々より、遥かに精神の、心の、生活の自由があるように見える。
近代?都市部の貧困とは違い、貧しくてもその表情から、おおらかさや人としての余裕が見える。
便利??はがんじがらめになって、結局は“不便”になって、テンションが高くなり、自由度!を失う。
人間という動物は動物性を失ったら、より弱い動物になる。

12. 2019年9月13日 11:13:05 : O2cyPQNcR6 : Z200Y2tSMFJwRkE=[4] 報告
1氏の言説はネガティブでなく、正に現実。

日本の馬鹿げたバブル現象は経験していないから分らないが、日本人は未だに無自覚に体内に温存されているのやも知れぬ。

話は逸れるが、間違った判断、情や愛情に依る対処、対応というものがある。
時にぬるい優しさ?は本人を潰す
こともある。
例えば、自分の子どもが冤罪ではなく!犯罪を犯したとする。
愚かな親は「うちの子に限って…」と言う。
近隣のたまたま親御さんいない施設の小学生が公園で火遊びをしていたので注意。
一喝された。
その後、指導者にもそっと伝えた。
前述と同じ弁、「うちの子どもに限って、絶対に!ありません!」
その夜、大火事になった。
間違った判断、情や愛情に依る対処、対応……こういった固執したものに危惧を覚えるし、近づいて欲しくない。
煩わしいのはご免だ。

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