★阿修羅♪ > 番外地8 > 489.html
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ ★阿修羅♪
日本の広田弘毅首相が1938年1月17日、東京から米国の日本大使館に発信した機密電報 米国はそれを解読していた。
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/489.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 10 月 15 日 17:08:01: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 30万人殺害は長江デルタ 南京大虐殺で英記者電報 投稿者 中川隆 日時 2020 年 10 月 13 日 10:03:16)


日本の広田弘毅首相が1938年1月17日、東京から米国の日本大使館に発信した機密電報
米国はそれを解読していた。


電文の内容は

「数日前、上海に戻り、日本軍の南京とその他の一部地方での残虐行為に関する報道について調べた。信頼できる目撃者が直接数えた、また信頼度の極めて高い一部の人の書簡にもとづけば、それは十分に証明できるであろう。

少なくとも30万の中国平民が殺戮に遭い、その多くは極めて残虐で血なまぐさい虐殺だった」


ベイツは日本大使館に南京の惨状の報告を毎日のようにしており、その報告は日本外務省に届けられていた。

この報告を読んだ、広田弘毅の直属の部下、石射猪太郎は『外交官の一生』に


「南京は暮れの一三日に陥落した。わが軍のあとを追って南京に帰復した福井領事からの電信報告、続いて上海総領事からの書面報告がわれわれを慨嘆させた。南京入城の日本軍の中国人に対する掠奪、強姦、放火、虐殺の情報である」


と書いた。広田弘毅も同様の認識であったと見るほかない。

事実、アメリカ駐日大使ジョセフ・グルーは、外務大臣広田弘毅とベイツの報告について話し合っていた。その会見の様子はグルー自身がさらに南京のアメリカ大使館に電報で知らせ、ベイツもそれらの電報を直々に読んで確認していたのである。

http://wiki.livedoor.jp/nankingfaq/d/%B3%B0%CC%B3%BE%CA%A4%AC%C3%CE%A4%C3%A4%C6%A4%A4%A4%BF%A4%C8%A4%A4%A4%A6%A4%CE%A4%CF%B1%B3

当時の外務省東亜局長・石射猪太郎は、1938年1月6日の日記に、

「上海から来信、南京に於ける我が軍の暴状を詳報し来る、掠奪、強姦、目もあてられぬ惨状とある。

嗚呼、之が皇軍か」


と記述している。
※元資料:石射猪太郎 『外交官の一生』 中公文庫P.332〜P333 (1998年)

http://jseagull.blog69.fc2.com/blog-entry-496.html


南京陥落の日、天皇裕仁は、皇后の大おじで陸軍参謀長の閑院宮に、

「極めて満足」

と表現し(143)、また、閑院宮は、松井大将に祝電を送り、

「これほどの目覚しい軍事的進展は歴史上かってない」

と述べ(144)、さらに、一月末、ファシスト的な皇后のいとこ賀陽宮は、南京から戻って天皇に、その地で見てきたことの全面的報告をし、そして、ひと月後の2月26日、天皇裕仁は、葉山の御用邸に、熱のある松井、王侯然たる朝香宮、そして熱血漢の柳川を迎え入れ、それぞれに銀の台に菊の紋を浮き出させた一対の勲章を授与した、ということである(145)。

 裕仁は、これらの戦争犯罪人のいずれにも、名誉を与えこそすれ、その一人をも処罰せず、今日まで、血縁、朝香宮とともに、温情厚く、生きてきている。

 そのすべての責めを一身に担ったのが、結核病みの小男、松井大将であったのは、南京における最大の逆説である。

http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_10_1c.htm  

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
1. 中川隆[-10840] koaQ7Jey 2020年10月15日 19:09:41 : 0dFRbRirNU : SnNqODB0QmZIQm8=[5] 報告
石射猪太郎『外交官の一生』

満州事変時の吉林総領事、上海事変直後の上海総領事、そして日中戦争勃発時の東亜局長と、悪化の一途を辿った日中関係の最前線にあって、軍部独走に抗しつつ和平の道を模索しつつも、最後は敗走のビルマ大使として終戦を迎えた外交官が、日記をもとに綴った第一級の記録。


「私は三省事務局長会議で度々陸軍側に警告し、広田(弘毅)大臣からも陸軍大臣に軍紀の粛清を要望した。軍中央部は無論現地軍を戒めたに相違なかったが、あまりに大量な暴行なので、手のつけようもなかったのであろう、暴行者が、処分されたという話を耳にしなかった。当時南京在留の外国人達の組織した、国際安全委員なるものから、日本側に提出された報告書には、昭和十三年一月末、数日間のでき事として、七十余件の暴虐行為が詳細に記録されていた。」


など南京事件が社会的な問題になる前から南京事件についても触れている。
http://blog.livedoor.jp/sekainotakachan/archives/68825154.html

2. 中川隆[-10839] koaQ7Jey 2020年10月15日 19:15:49 : 0dFRbRirNU : SnNqODB0QmZIQm8=[6] 報告
石射猪太郎『外交官の一生』 安倍政権の官僚「必読書」かも
 城山三郎の『落日燃ゆ』を読むと、元首相・広田弘毅に同情心がわく。戦争拡大に消極的だったのに、東京裁判で文官として唯一死刑になったのは気の毒だったと。

 ところが、その広田に深く失望し、厳しく批判していた部下がいたという。それが本書の著者、石射猪太郎(いしい・いたろう、1887〜1954年)だ。

半世紀にわたって繰り返し刊行

 石射の名を聞いて、すぐにピンとくる人は少ないのではないか。戦前の外交官。戦争拡大に抗して、和平工作に尽力したが、成功しなかった。著書『外交官の一生』は戦後、彼が書き残した貴重な外交裏面史だ。本人の弁によれば「深刻な追憶」=悔恨の記録でもある。

 本書は1950(昭和25)年に読売新聞社から出版された。その後、絶版。72年、評論家の橋川文三氏の解題付きで太洋出版社から再刊される。これも入手が難しくなり、86年、歴史学者の伊藤隆氏の解説付きで中公文庫に。さらに2007年、中央公論新社のBIBLIO20世紀文庫の一冊として改版されて収められた。

 半世紀以上にわたって何度も、関係者の尽力で繰り返し出版されている。それだけ、内容に価値にあるとみる専門家が多いということだろう。

 20世紀文庫版で解説しているのは、日本政治外交史が専門の戸部良一・防衛大学校教授(当時)。ロングセラー『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』の共同執筆陣の1人だ。戸部氏はあとがきで、本書が何度も再刊された紀緯をたどりながら、こう語る。

「日本の外交官の回想録の中から最も面白いものを選べと言われたら、迷わず本書を挙げる」
「信念と勇気を持って、昭和初期の日本外交を正道に戻そうと戦った外交官の、第一級の回想録である」
https://books.j-cast.com/2017/08/13005895.html


石射猪太郎『外交官の一生』
満州事変時の吉林総領事、上海事変直後の上海総領事、そして日中戦争勃発時の東亜局長と、悪化の一途を辿った日中関係の最前線にあって、軍部独走に抗しつつ和平の道を模索しつつも、最後は敗走のビルマ大使として終戦を迎えた外交官が、日記をもとに綴った第一級の記録。


「私は三省事務局長会議で度々陸軍側に警告し、広田(弘毅)大臣からも陸軍大臣に軍紀の粛清を要望した。軍中央部は無論現地軍を戒めたに相違なかったが、あまりに大量な暴行なので、手のつけようもなかったのであろう、暴行者が、処分されたという話を耳にしなかった。当時南京在留の外国人達の組織した、国際安全委員なるものから、日本側に提出された報告書には、昭和十三年一月末、数日間のでき事として、七十余件の暴虐行為が詳細に記録されていた。」


など南京事件が社会的な問題になる前から南京事件についても触れている。
http://blog.livedoor.jp/sekainotakachan/archives/68825154.html

▲上へ      ★阿修羅♪ > 番外地8掲示板 次へ  前へ

  拍手はせず、拍手一覧を見る

フォローアップ:


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
最新投稿・コメント全文リスト  コメント投稿はメルマガで即時配信  スレ建て依頼スレ

▲上へ      ★阿修羅♪ > 番外地8掲示板 次へ  前へ

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。
 
▲上へ       
★阿修羅♪  
番外地8掲示板  
次へ