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映画「バトルロイヤル」評 投稿者 読者@石井紘基ファン 日時 2002 年 10 月 30 日 13:11:45:

(回答先: 石井紘基がバトル・ロワイアルで敗北!! 投稿者 前田亜季ファン 日時 2002 年 10 月 26 日 00:07:20)

映画「バトルロイヤル」評
  2000年12月21日 (木)


映画「バトルロイヤル」がなぜつまらなかったのか書いてみます。
尚、ネタバレを防止する為にもストーリーには踏み込みませんので、ストーリーを前提としたこの映画の社会的影響には言及しない様に心がけます。(守れるかどうか心配ですが)

まず絵が嫌だった。深作は引けないですね。ちょうど予告で北野武のBROTHERが掛かっていましたが、その引いた絵の味に比べて深作の引きの平板な事。
特に気に成ったのが3つ。
1.最初の辺りで出てきたヘリコプターを加えた引きの絵。
今時ヘリコプターを入れるからって喜んで写すなよ、却って安っぽくなる。
2.深作の「得意な(?)」爆発シーン。今回もありました。「いつかギラギラする日」でもありましたね。日本映画史上最大の爆発シーンでしたっけ?ストーリーにもなんら関係無く、テーマへのインパクトも無いただオープンセットの繋がりの悪さだけが気になったシーンですが、やはりここでも繋がりの悪さが気に成りました。
いかにも「はい、用意しました」「いきましょう」ってな声が聞こえてきそうな作りが見えるセットを幾ら大きく爆発させた所で、「ああ、深作組みの仕事は凄いな」と思うだけで、ストーリーを追っている物にはストーリーの停滞にしか成らないでしょうし、テーマから見れば何の意味もありません。そして一般の視聴者にとって見れば「ハリウッドの方がやはり大きいね」ってな感想が残るだけでしょう。
そろそろ日本の映画作成者の社会も、外の社会に開かれるべきじゃないんでしょうかね。
ありゃ、自慰行為の何物でもなく、そんな物を見せられるこちらが迷惑です。
3.北野武が体操をするシーン。
唯一引きの絵にメッセージがこもっていそうなシーンでしたが、絵になっていない。
見ていられますか?見ていて、再度見たいと思う絵でしょうかね。

今回の映画は確かに社会的に波紋を投げかけ得るテーマを含んでいます。
このシーンから後ろってのは、どの様な物であれ監督のこの問題に対するこのテーマへの持論が打ち出されなければ成らないんじゃないでしょうか?
単なるエンターテイメントとしてもB級なんですから。
しかし、この北野の体操シーンに象徴されるように監督の中でこの問題に対する未消化が気に成ります。未消化なら未消化のままそれを画面にぶつけてみれば良い。そうすればまだこの絵も見続ける事の出来る物になったのではないかと思います。
ところが、北野の孤立感なんて物を勝手にでっち上げて「判りあおうよ」なんて猫撫で声で擦り寄られても気持ちが悪いだけだ。
そんな事なら、いっそ分からず屋の石井コーキの方がまだ会話の対象になる。
「世代」なんてものの対立を持ち込んだ所でこの問題に解決の道筋は見えてこない。

結局、深作には深い自省とこの問題に対するに「自分の事」として引き受ける腹が無かったんだろうな。そんな事だから表面的な予めの回答に収斂させてしまった。
それではこの作品の意味が無い。わざわざ新たに作品を作る必要性など無かった。


わたしは常々日本の映画には群像を映し出す能力が無いと思っている。
出演者が皆それぞれの意志で動き、その自動運動が紡ぎ出すドラマツルギーという物を味あわせてくれる作品というのはなかなか出会えない。
さて、この作品は42名の人間がそれぞれに個性とそれまでの人生を背負ってドラマの中で動くのだけれども、ではドラマが醸し出されているかといえば全然醸し出されていない。
尺が足りないというのであれば主人公なら主人公に的を絞って深めれば良い物を全然深めきれていない。結局ビデオクリップの様な思わせぶりのシーンとシーンを繋ぎあわせたような平板な意味不明のストーリーが展開されるばかりだ。
そんな中でドコドコ子供たちが死んで行くシーンばかり写し出されたら、そりゃあ確かに退屈でただただ残虐なだけでしょうよ。

そもそも相馬光子は何故殺し、何故殺されたか。その殺された位置の意味は。
片桐は何故あのような行動を取ったか。
また、全体に流れる事だけれども、集団行動は取り得ない。そういうルールの中で主人公達は何故集団行動を取り得たか。そこを深めなければ、最後のどんでん返しはどんでん返しにもならない。
そして、それはこのストーリーが持ちうる大きなテーマである。
他者性の獲得とか友情の意味
に関わるだろうに。

戦略的な拳銃の意味。

映画の中では拳銃というのは非常に便利なガジェットになる。
それを持つ者には強い意志の表明を絵的に表現する事が可能だし、
それを突き付けられる者にはそれこそ「人生の土壇場」を文字どおり現出させ、その人生の土壇場で何を訴え、何をするか。浮き出させるというシーンを作り出す事を可能とさせる。
舞台劇で言えばスポットライトの様な働きを拳銃という物はし得ると思う。

次々と作られる3文ハリウッド映画でも次々と役者はこのスポットライトを構え、このスポットライトを浴びて観客にテーマを投げかける。

ところが、日本の映画ではぜんぜんなっちゃいない。
それは拳銃がどうのというよりも、出演者の何を映し出したいのかという意志が無いまま淡々とただじゃれ会うように撃ち合いをしているからじゃないだろうか。

特にこの映画では顕著だ。

それはつまりそのシーンに至る経緯やら、そこで拳銃が有る意味。それらが観客に伝わらないという事が原因かもしれないが、それにしても酷すぎる。
「いつかギラギラする日」でもそうだったけれども、結局ドタバタの追いかけっこに成ってしまうってのは、何とか成らない物か?

尺が足りないってのならもっと整理すべきだろうし、それでも整理できないってのなら上映すべきじゃないだろう。

戦略的に、つまり拳銃の存在がストーリーやテーマに意味を持ち、その拳銃を構える役者も、撃たれる役者も共にその拳銃というスポットライトを浴びで観客の心にテーマを届けた作品として、日本映画でも例えば「絆」を上げておいたりしよう。
それに比べればこれはドタバタでしかない。

この映画は映画館で見る必要を感じない、レンタルビデオ屋が3本一週間500円だかなんだか特売する時に借りて17インチ程度のテレビで見れば十分な映画だ。

ところで、12月18日の評から今日までに1500カウントほど上がっています。
あ!ねっとさんにも取り上げられたのでその所為も有るかもしれない。
でもあ!ねっとさん、<全文引用>は感心しませんね。
http://dokusha.hp.infoseek.co.jp/diary/d001221.html


映画「バトルロワイヤル」
2000年12月18日 (月)

つまらん
http://dokusha.hp.infoseek.co.jp/diary/d001218.html

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