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【重要 】三浦小太郎『収容所体制と難民流出』〜北朝鮮難民を座視することは私たちの社会の人権概念を崩壊させる〜・抄(現代コリア2002/10)
投稿者 YM 日時 2003 年 1 月 23 日 03:11:59:

現代コリア2002年10月号
収容所体制と難民流出
三浦小太郎
(第三回北朝鮮の人権と難民国際会議日本実行委員会事務局長)

はじめに
昨年六月のチャン・ギルス一家北京UNHCR駆け込み事件、そして今年三月一
四日の北京スペイン大使館への二五名の難民の駆け込み、そして五月八日の落陽
日本総領事館への五名の難民の駆け込みと、それに対する中国武装警察の侵入と
難民の不当逮捕。これ以降も各国領事館への難民の駆け込みが相次いでいる。そ
して八月二六日、北朝鮮難民七名が北京の中国外交部に直接難民申請を要求する
事件が起こった。
この行動は、北朝鮮難民の存在を認めようとせず、逮捕と強制送還を続けている
中国政府への真っ向からの抗議行動である。テレビカメラは、難民の一人が外交
部門前で、恐らく難民認定を求めるスローガンを広げようとした所を、中国警察
が乱暴に奪い取って引きちぎるシーンを映し出した。
さらに、九月三日には北朝鮮難民一五名がドイツの宿舎に駆け込み。これは領事
館等の警備が強化される中、あらゆるチャンスと場所を生かして難民が亡命を求
めて行動するようになったことを示している。この流れはもはや止まらず、さら
に大規模な難民の脱出行動が思わぬ形で成される可能性を秘めている。
韓国においても、日本においても、これらの行動を、NGOが政治的目的のため
に難民を扇動した「企画亡命」としておとしめる言説が成されているが、それは
北朝鮮難民の悲惨な現状と、何よりも現在の北朝鮮体制への無理解によるもので
ある。拙論は、難民流出と北朝鮮の現体制との関連性、そして行われるべき難民
救援ついて、北朝鮮という全体主義国家の体制の面から論じる試みである。ここ
で私は、全体主義についての最も体系的で優れた分析を行った、ハンナ・アレン
トの著作(主として「全体主義の起源」みすず書房)を優れた思想的テキストと
して取り上げる。アレントが全体主義の典型的要素としてあげた問題である「無
国籍者、故郷喪失者」の出現と「強制収容所」の存在というテーマは、まさに目
の前で繰り広げられている北朝鮮難民問題を考える上で最も重要な論点を我々に
示してくれている。

1北朝鮮はアレントの言う全体主義体制である
(略)


2北朝鮮における全体主義の起源
アレントが全体主義体制を従来の専制独裁や軍国主義と明確に区別したのは、全
体主義を一九世紀的秩序が崩壊した後に現れる二〇世紀の萩しい政治現象として
捕らえたからである。具体的には、国民国家、階級社会、伝統的秩序が、近代資
本主義の発展及び帝国主義の成立によって崩壊し、個人が社会におけるあらゆる
アイデンティティを失い「アトム化」した「大衆(モッブ)の時代」に、旧社会
の一切の価値を否定し、大衆を新しい目的に向けて統率しようとする全体主義運
動が生じだというのが、単純化すればアレントの全体主義論である。
この分析は、全体主義運動、特にナチズムの確信をついたものであるが、近代資
本主義の充分な確立も無く、国民国家どころか植民地だった朝鮮半島において生
じた北朝鮮体制を、ナチスのような近代化の果てに生じた体制と同一に見なすと
いう私の論点には、疑問を呈される方が多いかもしれない。
確かに、北朝鮮はスターリンの軍隊によって作られた衛星国家であり、ナチスの
ような強熱的な大衆運動によって生じた体制ではない。しかし、朝鮮半島は日本
統治下において、従来の伝統秩序、つまりそれまでの朝鮮半島における朱子学的
伝統秩序が根本的に破壊されようとしていた。同時に、日本統治による上からの
近代化は、充分な近代社会の構築や市民社会の出現には至らないまま、第二次大
戦の終結をもって終わる。この植民地支配下の近代化の是非や歴史的意味につい
ては様々な意見もあろうが、ここで認識しておかなければならないのは、朝鮮半
島における伝統的社会秩序と文化、価値観が根本的な打撃を受け、同時にまた充
分な近代化が成されずに終わったという事実である。
アレントは全体主義を何よりも「運動」としてとらえたが、北朝鮮における全体
主義は、一九世紀後半に、植民地化における上からの近代化によって伝統社会か
ら切り離され、その上でソ連による「解放」から朝鮮戦争という激動の過程で、
一切の秩序が破壊された後にスターリン体制に組み込まれることによって生まれ
た。自由や民主主義の基盤である近代市民社会を充分に経る事なく、単に伝統社
会から切り離されることによって生み出された「大衆」に対し、上からのスター
リン直輸入の「全体主義運動」が注入され、最も強固な権力を持つ全体主義体制
が生じてしまったのではないだろうか。
戦後アジアにおける全体主義体制とは、私見では北朝鮮、毛沢東時代の中国、ポ
ルポト体制下のカンボジアが上げられる。いずれも植民地化その他の理由によっ
て伝統的な秩序が崩れ、しかも近代的国民国家や市民社会の建設が行われない状
態の中、スターリン主義がアジア的な専制支配体制と悪しき融合を伴って支配し
た社会である。この戦後アジアにおける全体主義の起源と形成過程、そしてその
特殊性を、現代史に即して緻密に研究することは、これからのアジア政治史学に
とって重大なテーマになり得ると思われる。しかし、今問題にしなければならな
いのは、北朝鮮に生まれた全体主義体制の特質であり、それが今現在もいかに民
衆にとって苛酷な支配であるかを認識することである。

3全体主義体制は全国民をテロルの対象とする
(略)


4北朝鮮難民を座視することは私たちの社会の人権概念を崩壊させる

北朝鮮の全体主義体制を支えていた配給制度は、九〇年代半ばにほぼ崩壊した。
これによって、北朝鮮の全体主義は初めて大きな変貌を迎える。九七、八年に
ピークに達し、その後も多少の数的変動は有っても止むことの無い、中国への難
民流出である。
アレントの卓見の一つは、全体主義体制が、国内では強制収容所を生むと共に、
国外への難民(無国籍者)を必ず出現させることを指摘したことである。

「無国籍ということは現代史の最も新しい現象であり、無国籍者はその最も新し
い人間集団である。(中略)一八世紀も一九世紀も、文明国に生きながら絶対的
な無権利状態、無保護状態にある人間を知りはしなかった。第一次世界大戦後、
どの戦争もとの革命も一律に権利喪失者、故郷喪失者の大群を生み出し(中略)
あらゆる国際会議にこれ程執拗に姿を現し、しかも満足すべき解決の見通しが全
く得られなかった問題は他に類が無い。」(アレント「全体主義の起源」より、
以下「全体主義」と略す)

北朝鮮難民問題を、深刻な人権問題として取り上げて来た、北韓人権市民連合主
催の国際会議は、先の二月九、一〇日の東京における国際会議で第三回を迎え
た。アレントのこの言葉は、まるでその国際会議に向けて語られたかのような響
きを持つ(ここでアレントが「難民」という言葉や、政治的亡命者という言葉よ
りも、「無国籍者」と読んだことの意味は第6項にて後述する)。北朝鮮は潜在
的には、いつでもこのような難民流出を起こす可能性を秘めていた。しかし、九
五年以降の配給制度の崩壊以降、民衆は草や木の根っこすらも食べつくし、二、
三百万人ともいわれる餓死者の悲劇を経て、民衆に「北朝鮮にいては生きられな
い」「中国では生きられる」という、全体主義体制の中でマヒしていた精神の運
動を引き起こした。こうして、全体主義体制下で「見捨てられていた」人々は、
ついに国外脱出という手段を選択したのである。配給制度という「飢餓への恐
怖」によって民衆を支配していた北朝鮮の体制が大きく揺らいだのだった。
しかし、同時に彼らは中国にとっては不法入国者である。主として中国における
朝鮮族が彼らを匿って来たが、発見されれば逮捕、強制送還の対象である。また
保護した朝鮮族もまた多額の罰金を課せられる。難民は、勿論身分保障も就労資
格もないため、労働は、中国人が嫌がる厳しい仕事となるが、それでも不安定な
身分のため、正当な賃金を受け取れることは殆ど無く、酷い場合は全く賃金を受
け取れないこともある。
特に女性の場合は、しばしば人身売買という悲劇が生まれる。北朝鮮国内で人身
売買を専門的に行う業者が存在し、中国に行けば豊かに暮らせるし、家族のこと
も支援できるといって誘い、連れ出して中国側の業者に引き渡す。また、国境の
豆満河を渡って来た難民女性に対し、危険だから保護してあげると言って近付
き、そのまま売り飛ばしてしまう中国の業者もいる。勿論中国国内で、生活の当
てのない難民女性が売買されて行くケースも多い。中国の東北3省の内地には売
られた朝鮮の女性が数多く存在している(グッド・フレンヅ、及び北韓人権市民
連合のレポートから)。多くの難民女性が売春生活に陥る可能性があることはこ
こで触れるまでもあるまい。
このような悲劇は、単に北朝鮮難民だけの問題ではない。我々二一世紀に生きる
人類全体の「人権」概念の価値が目前で崩壊する有り様なのである。アレント
は、難民が何一つ入権を守られる事なく「無権利者」として悲惨な情況におかれ
ている一方「繁栄する文明国」が、世界の中でも例外的な幸福な環境にある人に
しか与えられない権利を「人権運動」として要求している有り様を「痛烈な皮
肉」と記している。

「また現代政治のあらゆるパラドックスも、善意の理想主義者の努力と、権利を
奪われた人々自身の状態との間の懸隔以上に痛烈な皮肉に満たされたものは無
い。理想主義者たちが、最も繁栄する文明国の市民しか享受していない諸権利を
相も変わらず奪うべからざる人権と主張している一方では、無権利者の状態は相
も変わらず悪化の一途をたどり、第二次世界大戦前には無国籍者にとってまだ例
外的にしか実現されないはずだった難民収容所が、ついには難民の居住地問題の
お決まりの解決策となってしまったのである。」(全体主義)

ここでアレントが述べている状態は、「繁栄する文明国」を日本や韓国、「無権
利者」を北朝鮮難民と読み変えるとき、まさに私達に「人権」概念の空しさを痛
切に感じさせずにはおれない。しかも、現在に至るまで、北朝鮮難民は《難民収
容所》という居住地すら与えられていないのだ。このような事態が目前に繰り広
げられ、そしてそれが放置されたまま、周囲の豊かな社会が空虚な人権論議にふ
けっている有り様ほど、私達を無力感と、同時に「人権」という概念を無価値な
物に思わせることは無い。アレントはこのような事態を、ナチスのユダヤ人迫害
に成すすべのなかった民主主義国側の無力感を例に、さらに的確に語っている。

「無実の人々がこうむった前代未聞の危難の見本を示すことによって、不可侵の
人権などは単なるおしゃべりに過きず、民主主義諸国の抗議は偽善でしかない事
を、実際に証明することにも成功したからである。『人権』という単なる言葉
は、全体主義国と民主主義国を問わずあらゆる国で、犠牲者と迫害者と第3者を
問わず全ての人にとって同じように偽善的あるいは精神薄弱的な理想主義の権化
となったのである。」(全体主義)

去る六月一四日、五月八日の日本領事館に続いて、中国警察は韓国大使館に突
入、亡命を求める難民の一人を引きずり出した。また中国全土で難民の強制送還
が激化している。私達が北朝鮮難民の悲劇を座視することは「人権」という価値
をますます汚濁と偽善にまみれさせ、ひいてはいつの日か私達の社会からも人権
という概念への価値を失わせることに繋がる事を決して忘れてはならないだろ
う。

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