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『物理学者が解き明かす邪馬台国の謎』の疑問点/Kona
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投稿者 仁王像 日時 2022 年 8 月 31 日 12:23:54: jdZgmZ21Prm8E kG2JpJGc
 

『物理学者が解き明かす邪馬台国の謎』の疑問点/Kona
投稿者:kona(会員番号2054)
投稿日:2022-08-12 12:15:20
http://snsi.jp/bbs/page/1/

Kona(会員番号2054)と申します。
下條竜夫氏の著作『物理学者が解き明かす邪馬台国の謎』を読みました。下條氏の著作(以下、「邪馬台国の謎」とする)について疑問に思う点を挙げてみたいと思います。

私自身は専門家でも何でもない一般読者に過ぎませんが、小林恵子(こばやしやすこ)の見解を(現在のところ)正しいと判断しているため、その著書『江南出身の卑弥呼と高句麗から来た神武』(以下、「江南〜神武」とする)と比較しながら疑問点を挙げたいと思います。なお、長くなるので3点に絞りました。

(1)卑弥呼は「張玉蘭」か。
下條説では卑弥呼は張氏一族の「張玉蘭」とする(「邪馬台国の謎」p62)。しかし、その場合、新羅本紀の173年に倭の女王卑弥呼が使者を遣しているという記述に合わない。

(wikipedia「新羅本紀」より引用はじめ)
新羅本紀 173年 倭女王卑弥乎が使者を遣わして交際を求めて来訪した。「(阿達羅尼師今)二十年,夏五月,倭女王卑彌乎遣使來聘。」
(引用おわり)

Konaです。173年に卑弥呼が存在しているならば、張氏一族が倭国に渡海する「前」となる。この新羅本紀については下條氏の著作では言及がありませんが、新羅本紀の記載を正しいことを前提にした場合、卑弥呼を張玉蘭とするには疑問が残ります。
小林説は、黄巾の乱に先立つ巫術者の反乱である許氏の乱(172年)に着目し、卑弥呼を許氏一族(具体的には許黄玉)としている。許氏一族も張氏一族と同じく、中国大陸の貴種であり、巫術の名門である。新羅本紀にあるとおり、当時、半島南部で勢力を持った狗邪韓国の阿達羅王と呼応したと考えると年代も一致します。

(引用はじめ 「江南〜神武」p172)
当時、列島は奴国の権威が弱まり、国々が互いに紛争を繰り返していた“倭国の乱”といわれる時代だった。後漢に追われての海外逃亡とはいえ、江南の巫術の名門で知られた許氏一族が到来したのである。しかも一族には巫術の心得に長じた女性許黄玉(卑弥呼)もいた。その頃の列島内の小国王たちにとって、海外からの為政者の渡来は珍しくなかった。卑弥呼の場合、戦いがあった様子もなく「魏志倭人伝」に倭人たちが共立したとある。列島の人々にとって江南の許氏一族は貴種中の貴種であり、倭王たちが擁立することに反対の余地はなかったようである。そして先に述べたとおり、伊都国王の難升米が率先して卑弥呼を擁立して九州一帯に覇をとなえたのだろう。
(引用ここまで)

Konaです。許氏にしても張氏にしても、両者の宗教的な教義の違いは私には判断できませんが、いずれも類似していると判断できます。つまり、両者とも中国に土着した道教系の呪術信仰を背景にしており、張氏一族の五斗米道は許氏一族の教義の延長線上にあるとも考えられます。そうだとすると許氏一族が日本列島に伝来した道教が例えば日本の神道のルーツの一部になることも考えられます。また、下條説では、「何年に何があった」という史料の記載に合致しないため、許氏一族ではなく張氏一族である理由を説明する必要があるように思います。

(2)邪馬台国は「間違いなく」太宰府にあったか?
下條説では「間違いなく」太宰府としているため、本当に間違いはないのだろうか?
下條説は大きくは北九州説ですが、北九州説では、気候風土が合わないという致命的な問題点がある。魏志倭人伝にある邪馬台国の気候風土は熱帯から亜熱帯であり、近畿は寒すぎて話にならないし、北九州だとしても特に冬はやっぱり寒い。

(引用はじめ「江南〜神武」p133)
魏志倭人伝の記述にある、一年中緑の野菜があること、海水に潜って魚貝を捕ること、裸足でいられることなどから、少なくとも温帯地方であることをうかがわせているが、庶民の男子が上半身裸だったことは、奄美大島から沖縄にかけての東南アジアの関連を感じさせる。(中略)つまり「魏志倭人伝」にみえる男性は上半身を様々な文様の入墨で飾り、下半身はサロンのように、布を腰に巻いていたのである。また女性の来ている貫頭衣が南方系であることはすでに定説となっている。人々がこのような姿でいられるのは、熱帯から亜熱帯地域に限られるであろう。
(引用終わり)

Konaです。気候風土の問題を脇に置くとしても、邪馬台国の距離と方角についてはどう考えるべきか?
下條説では岡田英弘氏の見解に沿い、邪馬台国の距離と方角について魏志倭人伝は「記述がでたらめ」(「邪馬台国の謎」p101)としている。そして邪馬台国の位置が分からない理由は、「魏志倭人伝」が司馬懿の実績を高く評価するために改ざんされたからとしている(同書p105)。
この点、小林説は邪馬台国の所在地を不明確にしている最大の理由を魏志倭人伝が紀元前後から3世紀後半までのことを3世紀前半の記述の中に「同時に押し込めたから」としている。
(引用はじめp142)
邪馬台国の所在地にしても、紀元前後の奄美大島と、3世紀中頃までの伊都国の2箇所が同時に記載されている。「魏志倭人伝」は行程において邪馬台国が最初に都した奄美大島までの日数を記したが、政治経済については邪馬台国が北九州に移動し、伊都国がその主体となった3世紀前半の実情を記録しているのだ。その上、3世紀後半、倭国の主体が近畿の大和地方に移って、大倭と国名を変えた後のことも紛れ込ませている。
(引用終わり)

Konaです。小林説によれば、前述の気候風土の問題は奄美大島の記述として問題を解消でき、政治経済については北九州とすることでこちらも矛盾が起こらないことになります。小林説でも下條説でも結果としては近畿ではなく、北九州に邪馬台国があることでさほどの違いはない(伊都国なのか、太宰府なのかはおきます)。しかし、単に司馬懿の実績のためにデタラメを記載したとして邪馬台国の位置を推論していく下條説(岡田説)よりは小林説のほうに説得力があると私は思います。

(3)卑弥呼への金印紫綬の理由について
卑弥呼は「親魏倭王」として金印紫綬を受けている。当時は楽浪太守でも銀印で、金印は諸侯クラスの非常に格式の高い品である。莫大な返礼品もそうだが、辺境の邪馬台国に金印を与える理由は何だろうか?
下條説でははっきりとした言及は見受けられなかったが、莫大な返礼品を邪馬台国側が受け取っていることと同様に、卑弥呼が魏の皇帝と縁戚関係にあったからの厚遇であると解釈しているだろう。
しかし、小林説では金印紫綬の理由は当時の東アジアの国際情勢を踏まえた周辺諸国への「懐柔策の一環」ということになります。

(引用はじめ「江南〜神武」p155)
魏は倭の女王に対してクシャン王と同格に待遇した。このことは倭女王卑弥呼への「親魏倭王」の称号も金印も莫大な贈物も大月氏への称号と同じ理由によることは間違いない。つまり、魏にとっては倭国は辺境の地にあり、邪馬台国の軍事力も取るに足らない国ながら、呉と連合すれば、そのルーツからみても江南の諸勢力との関連はあなどれない。それだけではない。やがて魏に反抗して戦うようになる実力派の東川王の高句麗と連合して共闘する場合もありうる。魏の邪馬台国への厚遇の裏にはこのような事情があった。
(引用終わり)

Konaです。当時、魏の内部では、司馬懿と王室(明帝)の権力闘争があり、その魏の政争が朝鮮半島や日本列島にも影響を与えていたことは想像に難くありません。そのため、単なる「縁戚関係による温情」ではなく、自勢力を補完するための懐柔策とすることは合理的な理由として納得できます。

以上です。なお著作全体を通じてですが、岡田先生や引用する他の先生方を「大家、有名、知識を縦横無尽に駆使、中国の指導者が絶賛」などと修飾されている表現がかなり見受けられます。私はそういう表現は多用すべきではないと思います。
岡田先生が一流の学者であることは論を俟たないところですが、著作の中で、仮説を根拠づけるのは権威ではなく論理の説得力のはず。下條先生の著作は限られた紙面の中で、おそらく読者が理解をしやすいようにという意図があると推測していますが、それでもやっぱり、いくら著名な先生の著作であってもそれが正しいとは限らず、仮説に対する検証は価値中立的に判断したいと思うからです。
以上です。
 

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