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7回目の終了です(その卒業論文の160)・日月神示の研究・『個人主義を選ぶか、全体主義を選ぶか、好きにしろ』
http://www.asyura2.com/21/bd63/msg/503.html
投稿者 どう思われますか 日時 2024 年 2 月 19 日 10:14:58: Qy4l4lPG05pBg gseCpI52gu2C6oLcgreCqQ
 



◆ 私たちの世界は「バーチャル」です。例えると「三重の円構造」で、外の円が「真実の世界」、中の円が「メタバースの世界」、内の円が「VRの世界」です。(肉体は真実の世界に有ります)。

◆ 2025年の「意識の転換開始」に向けて経済・社会構造が激変します。自然環境を破壊尽くし、野生生物を殺し尽くし、地下資源を掘り尽くし、食料を食い散らかす「今の意識構造」が転換します。

◆ 2040年ごろの「世界の終わり」に向けて「意識転換する人間」と「しない人間」に二極分化し、「する人間」は意識進化し、「しない人間」は今の地球に残って「進化できない意識」が消滅します。

◆ 「真実の世界」は「今の世界」の延長上に有ります。私たちの「意識レベル」が真実の世界にシンクロした時に「ゲーム」が終わり、(メタバースに閉じ込められた)「自分の意識」が肉体に戻ります。



@ ところで、『日月神示の研究・『個人主義を選ぶか、全体主義を選ぶか、好きにしろ』に、ご興味をお持ちでしょうか。

 今回は、今の日本の現状を見て、「個人主義社会が幸せなのか」「全体主義社会が幸せなのか」について、考えてみたいと思います。


A 初めに、日月神示から読み解く「未来社会」。(日本が進むべき進路です)。

◆世界を一つに統合する。(全体主義社会のことです)。

 『世界丸めて一つの国・・国はそれぞれの色の違ふ臣民によりて一つ一つの国』(地・11)。
 『統一と云ふことは赤とか白とか一色にすることではない・・赤もあれば黄もあり青もある』(秋・16)。
 『神の国を真中にして世界分けると申してある』(下・26)。

 『みろくの世・・世界の国々がそれぞれ独立の、独自のものとなる・・それぞれの国は一つのへそで、大き一つのへそにつながってゐる』(秋・09)。


◆個人主義者は敗れ去って消えていく運命だ。(全体主義社会が勝利する)。

 『天界に住む者は一人々々は力弱いが和すから無敵・・幽界に住む者は一人々々は強いが孤立するから弱い』(黄金・72)。


◆日本人は、純化路線を永遠に継続する。

 『まぢりありたら、にごり少しでもありたら、またやり直しせなならんから 』(磐戸・15)。
 『少しでも嘘偽あったら、曇りあったら、神の国に住めんことになる』(岩・02)。
 『少しでも交じり気があったら先になって取り返しがつかんことになる』(紫金・13)。


B 次に、戦前日本と、戦後日本の観念・思想の推移を回顧する。

 戦前の日本には「八紘一宇」(はっこういちう)という思想が有りました。(八紘一宇とは、「世界を一つの家とする」という考え方で、出典は中国の「淮南子」(わいなんし))。日本書紀にも引用されていた古い言葉です。
   簡単に言うと、
 「全体主義」「連帯責任主義」「同じ釜の飯を食う」というようなイメージです。

 ところが、敗戦後には、それまでの日本の国体や思想が根底から破壊されて、『アメリカが正しいから、何でもアメリカに見習おう』というイデオロギーの大転換が起こり、アメリカ一色に染まりました。
   
 その結果として、「個人主義」が台頭して、何でも「人権、人権」と叫ぶようになり、アメリカ以上の「個人主義社会」に成り、その行き過ぎた個人主義社会の発展の結果として、「孤立化社会」が生まれ、「おたく」とか、「ひきこもり」という言葉も生まれました。
 (今の社会を作った遠因は「戦後の若者文化」だったのです)。

 そして、最後に行きつくのが「断片化」です。断片とは「千切れてしまう」ことであり、バラバラになることです。
 (断裂してしまうと、二度と「一体化社会」「連帯化社会」に戻ることは出来ません)。


C 最後に、今の日本の現状を見て思う事。(滅亡前の日本の末期症状です)。

◆介護の現場での「老々介護」の問題。
 個人主義社会の末路です。子供が少ないとか、子供に孫がいないとかで、老いた子供が老いた親の介護に疲れています。(子供も親も「自業自得」です)。
 これが全体主義社会であったなら、地域全体の団結力で介護を分担化すると思います。

◆「子供の貧困」とか「引きこもり」問題。
 これも個人主義社会の問題点です。大家族社会(地域家族社会)なら、子供は公平平等に地域が育てるし、貧困に対しても地域全体が「分かち合う」だろうと思います。

◆孤立化、孤独化の問題。
 幼いころから「うちの子、よその子主義」で子供を育てたから、親が死ぬと頼る人がいないし、悩みを相談する人も存在しない。親・子・孫と世代を重ねるごとに連帯意識が希薄化した結果です。


D★ 毎回における、お断り。

 私は、単に「アセンションごっこ」をして遊んでいるだけです。私の毎回の投稿は「妄想」であり「お花畑」に過ぎません。毎回の全ての記事は、「自己責任」で判断して下さい。よろしいですか。


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コメント
1. どう思われますか[27] gseCpI52gu2C6oLcgreCqQ 2024年2月19日 10:17:32 : ebCg4PbI8g : MzBEOFY1ZTk2R3M=[343] 報告
<▽32行くらい>

(バシャールの「大いなる全て」は、断片化した自分自身を見ていた)

    (ある読者の「読書感想」ですが)、★分かり易く文章化するのが難しいのですが)、

 『大いなる全て」は、「自分が大いなる全てである」ことを知っているが、「自分が大いなる全てである」ことを知らない部分も含まれている。
    だから、そのことによって、
 「大いなる全て」が、自分以外に「大いなる全て」が存在するかどうかを経験する事が出来るのだ。
    それによって、
 自分が「大いなる全て」で有ることを忘れて、自分が、その「大いなる全ての一部」として経験することも可能になる。
    そして、
 人間の歴史の大半において、「大いなる全て」は、自分が「大いなる全てである」と言う事を忘れてゲームをしてきた。』、らしいそうだ。

★私の解釈)
◆人類の歴史は「大いなる全て」の「独り芝居」だったそうだ。
 上述のように、『人間の歴史の大半において「大いなる全て」がゲームをしてきた』と言うなら、私たちは何なのか。(私たちは「大いなる全て」の断片化なのだろうかという疑問が生じます)。

◆「大いなる全て」から見ると、「他人」は存在しないことになる。
 「大いなる全て」から見ると、「全員が自分の分身」だから、他人なんか存在しないということに成ります。

 (「私」とか「他人」という概念は、断片化された自分から見た「視野の狭い概念」に過ぎない)。

◆◆そこで、「大いなる全て」を、自分自身の事だと解釈すると。
 実は、自分こそが「大いなる全て」であって、自分の内面性を投影したのが「人間世界」と言う事に成ります。
    つまり、
 「唯我論の世界」であって、「世界には自分独りしか存在しない」ということです。

    この点については、
 日月神示・地震・12・中段に、『霊人も地上人も、自分自身と語り、自分自身の中に見、且つ聞いている・・霊人が地上人に憑依したり、動物霊が人間に憑依したりすることは、前記の如き原則によってあり得ない』、が類似します。


 実は、目の前に見える世界は、自分の内面性を、(コンピューターを使って)脳に映し出しているだけなのかも知れません。(メタバースの構造論です)。

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