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マツヤ万年筆病院80年… 根強い需要、全国からも 受け継がれる職人の技術 長崎
2026/06/15 長崎新聞
https://news.jp/i/1439074964388413599?c=39546741839462401
万年筆の販売と修理。長崎市浜町にある「マツヤ万年筆病院」は、戦後間もない創業当初から変わらない営みを約80年たった今も続ける。文房具がどれだけ進化しても、生活を豊かにする嗜好(しこう)品、大切な人への贈り物として万年筆は選ばれている。店には全国から修理やメンテナンスの依頼が届く。代々受け継がれてきた職人の技術が、小さくも根強い需要に応え続けている。
同市中心部のアーケードの一角。多くの人が行き交うガラス扉の向こうとは対照的に、店内は静かで落ち着いた雰囲気だ。透明のショーケースや壁には3千本を超える万年筆が整然と並んでいた。「売るのは下手だったけれど、修理はできるし仕入れの目利きもあった」。原千香子社長(73)は、創業者の父康二さんをこう述懐する。万年筆は部分ごとにベロや首、尻など人の体の部位に例えられる。修理の技術が好評を博し、いつしか店には「病院」の名が付いた。
創業したのは1947年。一時は支店もいくつか構えていた。康二さんの祖父は老舗万年筆メーカーの技術者で、退職後に島根県松江市で万年筆製造の会社を営んだ。その会社を継いだ叔父の下で技術を身に付けた康二さんは、母の実家がある長崎を創業の地に選んだ。
品ぞろえの良さもさることながら、技術の高さが客の心をつかんだ。万年筆は同じ商品でもペン先の形が少し違えば書き味が変わる。そのため仕入れた商品は一度バラバラに分解し、調整してから初めて店頭に並べる。康二さんから千香子さんたちに代替わりした今もその手間は惜しまない。
書けなくなったり、書き味が悪くなったりしても店ではメンテナンスや修理ができる。ただ修理の技術料は取らない。もらうのは交換が必要な部品代のみ。それだけに信頼も厚く、店には全国から修理やメンテナンスの依頼がある。「戦艦武蔵」などの著作で知られ本県ともゆかりの深い人気作家、故・吉村昭さんは作品を書き終える度に万年筆の調整で店を訪れた。メンテナンスを終えると、康二さんに「万年筆の神様」と言って手を合わせたという。
千香子さんは手の大きさや体格を見て客に合う商品を選ぶ「売り子」一筋だ。客が選んだ商品でも、手に合わないと思えばきっぱりと伝える。「手を痛めることもある。何でも売ればいいとは思わないし、せっかくなら長く大事に使ってほしい」
3年前に亡くなった夫の卓彌さんが技術者で、娘の知世さん(43)もその道に進んだ。康二さんと大阪の技術者の下で腕を磨いた知世さんの存在は、卓彌さんにとっても心強かったという。知世さんは屋台骨として店を支える唯一の技術者となった。
大事な人の進学や結婚、就職、病の克服−。客の多くはそんな機会に顔を見せる。親子3代で店を利用する家族もいて、千香子さんはそんな数々の人生の節目に立ち会ってきた。「やってることはずっと変わらないし、欲を出さなかったから長く続いたのかも」
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