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橋本 國彦(はしもと くにひこ、1904 - 1949)
http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/760.html
投稿者 中川隆 日時 2021 年 10 月 03 日 17:53:02: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: ウィリアム・シューマン 交響曲第3番 投稿者 中川隆 日時 2021 年 10 月 03 日 15:27:52)

橋本 國彦(はしもと くにひこ、1904 - 1949)

交響曲第1番ニ調(1940年)
2.5点
2楽章が面白い。うーんと引き込まれる。他の楽章もわかりやすさの中に凡庸を拒否しており、はしばしにセンスの良さを感じる。

交響曲第2番ヘ調(1947年)
3.3点
2楽章制。1楽章はかなり気に入った。淀みなく進行する音楽がなんとも気持ちいい。品格があり、シベリウスのような豊かな自然と戦争が終わった人類の過去の歴史と未来を思料するような大いなる気分が混ざっていて、胸がいっぱいになるものがある。旋律の一つ一つは平凡だが、交響曲として複雑に組み上げられた結果として意味のあるパーツになっている。20分の大曲だが、もっと聴いていたいくらいだ。2楽章は残念ながらあまりいい曲とは思えない。ピンとこないまま曲が終わってしまう。1楽章がリバイバルするような最後の場面だけ気に入った。

3つの和讃
2.8点
和の心と祈りを多分に含みつつ、マーラー的なしなやかな情感を持った曲。切れ味がよくないのは気になるものの、真摯さと明確な作曲意図があり好意的に聴ける。しかし、一流の音楽というには平凡であることも否めない。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC


橋本 國彦(はしもと くにひこ、Qunihico Hashimoto、1904年9月14日 - 1949年5月6日)は、日本の作曲家、ヴァイオリニスト、指揮者、音楽教育者[1]。


経歴
東京都本郷生まれ。ヴァイオリンを辻吉之助に師事。北野中学校(現:大阪府立北野高等学校)を経て、1923年(大正12年)東京音楽学校(現:東京芸術大学)入学。安藤幸とヨゼフ・ケーニヒにヴァイオリンを、チャーレス・ラウトロプに指揮法を学ぶ[2]。作曲は信時潔に指導を受けるもほとんど独学であったが、同校研究科で作曲を学ぶ。歌曲『お菓子と娘』『黴』などで作曲家としての名声を獲得。斬新な曲を作る一方ではポピュラーなCM曲や歌謡曲にも手を染めた。なお、この頃ヴァイオリンを教えた弟子に朝比奈隆がいる。

こうして日本の有望な若手作曲家となった橋本は、文部省の命により1934年(昭和9年)から1937年(昭和12年)の間、ウィーンに留学する。エゴン・ヴェレスに師事。アルバン・ベルクの歌劇『ヴォツェック』上演に接したり、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーやブルーノ・ワルターの演奏を聞く。帰国途中に寄ったロサンゼルスではアルノルト・シェーンベルクに師事するなど、積極的に新しい音楽を学んだ。帰国後は日本洋楽界きってのモダニストとして、作曲家・編曲家として活躍。教師としても優れており、1933年(昭和8年)母校の教授に就任。門下には、矢代秋雄を筆頭に芥川也寸志、團伊玖磨、黛敏郎らがいる。1940年代前半には、『学徒進軍歌』『勝ち抜く僕等少国民』などの軍国歌謡や、皇紀2600年奉祝曲の「交響曲第1番ニ調」を作曲した。また十二音技法による創作を試みたりした。

戦後は戦時下の行動の責任を取って母校を辞し、『朝はどこから』などの歌謡曲や、戦火に倒れた人々を追悼するために独唱と管弦楽のための『三つの和讃』、日本国憲法の公布を祝う『交響曲第2番』などを発表した。1949年、胃癌のため44歳で鎌倉にて逝去した。

レコード録音
日本ビクターの専属アーティストとして、自作を指揮した自作自演録音や、ヴァイオリン奏者としてのソロ・伴奏録音を大量に遺している。1943年5月13日、日本人として初めてベートーヴェンの第九(第四楽章のみ)を指揮して商業録音した。尾崎喜八による日本語訳詞で、同年11月新譜として10月に《歓喜の頌》と銘打って発売され、年末のラジオ放送でも使用された。指揮者以外のメンバーは、香山淑子(ソプラノ)、四家文子(アルト)、木下保(テノール)、藤井典明(バス)、国立音楽学校合唱団、玉川学園合唱団、東京交響楽団(現:東京フィルハーモニー交響楽団)である。

他に、日本コロムビアに東京音楽学校のオケ・合唱団を指揮した自作のカンタータ『皇太子殿下御誕生奉祝歌』と、皇紀2600年奉祝曲としてハンガリーのヴェレッシュ・シャーンドルが日本に捧げた交響曲第1番(オケは紀元二千六百年奉祝交響楽団)を指揮して録音している。

代表作

管弦楽曲
交響曲第1番ニ調(1940年)
交響曲第2番ヘ調(1947年)
バレエ音楽『香の踊』(1925年)
スケルツォ(1926年)
バレエ音楽『ヒドランゲヤ・オタクサ』(1927年)
バレエ音楽『幻術師ヤーヤ』(1927年)
感傷的諧謔(1928年)
バレエ音楽『吉田御殿』(1931年)
バレエ音楽『天女と漁夫』(1932年)
満洲大行進曲(1942年)

吹奏楽曲
行進曲『若人よ!』(1937年)
行進曲『興亜』(1943年以前)

室内楽曲
ヴァイオリンとチェロのための『四分音による習作』(1930年)

ピアノ曲
『おばあさん』(1925年)
『行進曲ヘ調』(1927年)
『タンスマニズム』(1933年)
『三枚繪』(『雨の道』『踊り子の稽古帰り』『夜曲』の3曲)(1934年)
『をどり』(1934年)
NHKラジオ体操第3(1946年、2代目)

合唱曲
カンタータ『皇太子殿下御生誕奉祝歌』(1934年)
音楽詩曲『光華門』(1939年、詩:中勘助)
交声曲『英霊讃歌』(1943年、詩:乗杉嘉壽)

歌曲
『垣の壊れ』(1925年、詩:北原白秋)
『なやましき晩夏の日に』(1925年、詩:北原白秋)
『巴里の雪』(1925年、詩:西條八十)
『薊の花』(1928年、詩:北原白秋)
『お菓子と娘』(1928年、詩:西條八十)
『城ヶ島の雨』(1928年、詩:北原白秋)
『斑猫(はんみょう)』(1928年、詩:深尾須磨子)
『黴(かび)』(1928年、詩:深尾須磨子)
『笛吹き女』(1928年、詩:深尾須磨子)
『あぶくなら』(1929年、詩:浜田広介)
『親芋子芋』(1929年、詩:浜田広介)
『お六娘』(1929年、詩:林柳波)
『旅役者』(1929年、詩:北原白秋)
『百姓唄』(1929年、詩:北原白秋)
『富士山見たら』(1929年、詩:久保田宵二)
『舞』(1929年、詩:深尾須磨子)
『田植唄』(1930年、詩:林柳波)
『幌馬車』(1931年、詩:西條八十)
『スキーの歌』(1932年、詩:林柳波、新訂尋常小学唱歌)
『ぼろぼろな駝鳥』(1933年、詩:高村光太郎)
『羽衣』(1941年、詩:林柳波)
『四季の組曲』(1945年、詩:深尾須磨子)
『三つの和讃』(1948年)

歌謡曲など
『ラヂオ小唄』(1930年、詩:西條八十)
『日活オンパレードの歌』(1931年、詩:柴山晴美)
『廟行鎮決死隊の歌』(1932年、詩:佐伯孝夫)
『大大阪地下鉄行進曲』(1933年、詩:平塚米次郎)
『チェリオ!』(1934年、詩:佐伯孝夫)
『母の歌』(1937年、詩:板谷節子)
『大日本の歌』(1938年、詩:芳賀秀次郎)
『國民協和の歌』(1941年、詩:大政翼賛会)
『大東亜戦争海軍の歌』(1942年、詩:河西新太郎)
『学徒進軍歌』(1944年、詩:西條八十)
『戦ふ花』(1944年、詩:深尾須磨子)
『勝ち抜く僕等少国民』(1945年、詩:上村数馬)
『朝はどこから』(1946年、詩:森まさる、NHKラジオ歌謡)
『アカシヤの花』(1948年、詩:松阪直美、NHKラジオ歌謡、遺作)


弟子

芥川也寸志
朝比奈隆
岩井直溥
大中恩
奥村一
河辺浩市
清水脩
高橋悠治
團伊玖磨
畑中良輔
黛敏郎
矢代秋雄
吉田隆子


その他
日本人作曲家としてはめずらしく広辞苑にも記載されている。
高倉健の1965年の大ヒット曲『網走番外地』は、橋本がペンネームの足利龍之助で作曲した1931年公開の日活映画『レビューの踊子』の主題歌が原曲とされる[3]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%8B%E6%9C%AC%E5%9C%8B%E5%BD%A6  

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