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ロシア軍歌「カチューシャ」_ マトヴェイ・ブランテル (1903-1990) 作曲
http://www.asyura2.com/21/reki7/msg/705.html
投稿者 中川隆 日時 2021 年 12 月 08 日 21:36:26: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: ロシア民謡・ジプシー民謡 投稿者 中川隆 日時 2021 年 12 月 08 日 11:04:23)

ロシア軍歌「カチューシャ」_ マトヴェイ・ブランテル (1903-1990) 作曲


ガールズ & パンツァー 第8話 ロシア民謡カチューシャ
カチューシャ(CV.金元寿子),ノンナ(CV.上坂すみれ)



咲き誇る林檎と梨の花
川面にかかる朝靄
若いカチューシャは歩み行く
霧のかかる険しく高い河岸に
.
カチューシャは歌い始めた
誇り高き薄墨色の鷲の歌を
彼女が深く愛する青年の歌
大事に持ってる彼からの手紙


おお 歌よ 乙女の歌よ
太陽をかすめ 鳥の如く飛んでゆけ
遠い国境の若き兵士の元へ
カチューシャの想いを届けるのだ


彼は思い起こすか 純真な乙女を
彼は聞くだろうか カチューシャの澄んだ歌声を
彼は愛すべき祖国の地を守り抜き
カチューシャは愛を強く守り抜く


咲き誇る林檎と梨の花
川面にかかる朝靄
若いカチューシャは歩み行く
霧のかかる険しく高い河岸に  
 


▲△▽▼


ロシア民謡 『カチューシャ』
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/546.html
 

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コメント
1. 中川隆[-14677] koaQ7Jey 2021年12月08日 21:43:49 : SJtHPiXsUc : Sm45S0QzRkFPMFE=[66] 報告
「カチューシャ」(ロシア語: Катюша)はソビエト連邦の時代に流行したロシアの歌曲である。作詞はミハイル・イサコフスキー、作曲はマトヴェイ・ブランテル(ロシア語版)(Матвей Блантер)である。日本でもいわゆるロシア民謡を代表する一曲として[1]広く親しまれている。

カチューシャという娘が川の岸辺で出征し国境警備につく恋人を思って歌う姿を描いた歌曲である。カチューシャとはエカテリーナ(Екатерина)の愛称形である。

この歌の制作は、イサコフスキーとブランテルが1938年に出版社の仲介で引き合わされたことに端を発する。2人は依頼された新刊雑誌のための歌曲を完成させると、帰りの車中で早くも次の作品への構想を立てた。ブランテルが自らの率いる国立ジャズ・オーケストラのための曲作りを持ちかけると、イサコフスキーはその場で自作の詩を暗誦した。ブランテルは歌詞を書きとめながら、その時すでにリズムと旋律が頭の中に浮かんでいたという。

当初の歌詞は2番までしかなく、カチューシャの恋人が兵士として徴用されていることを示唆する内容はなかった。しかし当時の不穏な世界情勢を反映して、国境警備に当たる若い兵士を故郷の恋人が思って歌うという設定で3番と4番の歌詞が書き足された。こうして完成した「カチューシャ」は、1938年11月27日にワレンチナ・バチシェワ(Валентина Батищева)によってヴィクトル・クヌシェヴィツキー(Виктор Кнушевицкий)の率いるジャズ・オーケストラとの共演で初演された。この初演は好評を博し、アンコールに応じて3度も演奏された。

やがて1941年6月に独ソ戦(ロシアでは大祖国戦争と呼ばれる)が始まると戦場の兵士に広く愛されて歌われるようになり、代表的な戦時流行歌として定着した。替え歌も多く生まれ、「女性兵士カチューシャ」や「看護兵カチューシャ」など、亜種が多様に歌われるようになった。当時赤軍によって使用されたロケット砲がカチューシャの愛称で呼ばれるようになったのも、この歌の流行による影響だといわれる。

ソ連以外での受容
戦後の東西対立期には同じ東側諸国にも広まり、現地語に翻訳されたドイツ語版、中国語版、ベトナム語版などが現在でも親しまれている。

当初、枢軸国であったイタリアでは、1943年9月の連合国への無条件降伏後、「カチューシャ」のメロディに独自の歌詞をつけ、パルチザン蜂起を呼び掛ける歌として歌われている。イタリア語の歌詞は、共産主義者の医師で自身もパルチザンであったフェリーチェ・カッショーネによって書かれ、冒頭の句から「風は鳴る Fischia il vento」と呼ばれた。この曲は「さらば恋人よ Bella ciao」とともに最も有名なパルチザン愛唱歌となり、その後、ミルバ、バンダ・バソッティなどが自身のアルバムに収録している。

日本では、戦後になっていわゆるロシア民謡を代表する一曲として「ともしび」などとともにうたごえ運動の中で広く歌われた。1956年7月にはダークダックスがシングル「ともしび」のB面として発売した。1959年の第10回NHK紅白歌合戦では初出場の森繁久彌がこの歌を歌った。現在日本で一般に知られている日本語詞は関鑑子による訳詞であるが原詩の軍事色は一切省かれている。

1988年発売のファミリーコンピュータ版『テトリス』では、各ラウンドのフィナーレでBGMに使用されている。また同年発売のファミリーコンピュータソフト『熱血高校ドッジボール部』でも、対ソ連戦のBGMとして使用されている。

近年では千葉ロッテマリーンズの松本尚樹や西岡剛の応援歌としても使用されていた。また、サッカー日本代表の応援歌としても使用されている。

なお、『復活』の劇中歌として歌われ、戦前に流行した「カチューシャの唄」はこの歌よりも昔に作られたもので、全く関係ない。

1986年にユンケル黄帝液のCMでタレントのタモリが60年代風のセットでツイストを踊ってた曲として替え歌で「疲れがタモレば、タモリのユンケルだ」とイタリアン・ポップス調(太陽はひとりぼっち風)のアレンジ風で使用された。

TVアニメ『ガールズ&パンツァー』の8話では「カチューシャ Sung by カチューシャ&ノンナ」という形でカチューシャ役の金元寿子とノンナ役の上坂すみれが歌っている。ただし海外吹き替え版では著作権の問題から当該部分は削除されている。

日本エレキテル連合の感電パラレルの三好ナイトにおいて、興行師・天然トウジロウが拡声器で歌う三好のテーマ曲に使用されている。

また、近鉄特急の近鉄奈良駅到着前放送の予告チャイムとしても使われていた。

さらにユーロビートアーティストのMad Cowは「Rasputin, Pasternak and Molotov」というリミックス曲を出している。なお、この曲はSUPER EUROBEAT VOL.147に収録されている。

恋のカザチョック
1968年、フランスでイスラエル人のリカ・ザライ(Rika Zaraï)が、イタリアでドリ・ゲッツィ(Dori Ghezzi)がカチューシャをアレンジした「Casatschok」として歌を出し、日本では「恋のカザチョック」と言う邦題で1969年に日本ビクターから発売された[2]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3_(%E6%9B%B2)

2. 中川隆[-13550] koaQ7Jey 2022年3月08日 06:53:06 : r89wwtMHWg : MjY2YWNTdEc1cDI=[6] 報告
КАТЮША
カチューシャ
http://www.aki-kaeul.com/muzika/katyusha.html

* * * * *

 ここでは、恐らく日本で一番有名であろうロシア民謡「カチューシャ」の紹介をします。「カチューシャ」は、実は第二次大戦の頃作られた歌らしく、「民謡」というよりも「歌謡」と言った方が正確だと思われます。題名の「カチューシャ」とは、一般的な女性名「エカチェリーナ」の愛称です。

 ここではまず、よく知られている日本語版を紹介します。


* * * * *

カチューシャ
訳詞者 関 鑑子・丘灯至夫
  
りんごの花ほころび
川面(かわも)にかすみたち
君なき里にも
春はしのびよりぬ
 
岸辺に立ちてうたう
カチューシャの歌
春風やさしく吹き
夢が湧くみ空よ

カチューシャの歌声
はるかに丘を越え
今なお君をたずねて
やさしその歌声
 
りんごの花ほころび
川面にかすみたち
君なき里にも
春はしのびよりぬ
* * * * *

 次に、ロシア語版とその日本語訳(Kaeul P. Aki翻訳。直訳気味のつもり。正確に訳せたかどうかは不安)を紹介します。

* * * * *

КАТЮША

Расцветали яблони и груши,
Поплыли туманы над рекой.
Выходила на берег Катюша,
На высокий берег на крутой.

Выходила, песню заводила
Про степного сизого орла,
Про того, которого любила,
Про того чьи письма берегла.

Ой ты, песня, песенка девичья,
Ты лети за ясным солнцем вслед
И бойцу на дальнем пограничье
От Катюши передай привет.

Пусть он вспомнит девушку простую,
Пусть услышит, как она поет,
Пусть он землю бережет родную,
А любовь Катюша сбережет.

Расцветали яблони и груши,
Поплыли туманы над рекой.
Выходила на берег Катюша,
На высокий берег на крутой.
カチューシャ

リンゴとナシが花咲いていた
霧が川面を漂いだした
カチューシャは岸へと出かけていた
高くけわしい岸へと

歌いながら出かけていた
ステップの青灰色の鷲の歌を
愛していた人の歌を
手紙を大切にしまっておいていた人の歌を

ああ、歌よ、娘の歌よ
輝く太陽の後を飛べ
そして遠い国境地帯の兵士に
カチューシャからよろしく伝えよ

純朴な娘を思い出させよ
彼女が歌っているように聞こえさせよ
故郷の大地を守らせよ
カチューシャは愛を守るだろう

リンゴとナシが花咲いていた
霧が川面を漂いだした
カチューシャは岸へと出かけていた
高くけわしい岸へと
* * * * *

 この歌は第二次大戦中につくられたということもあり、元のロシア語の歌詞は、戦争に行った人への歌になっていることが分かります。日本語版も、分かりにくくはありますが、やはり戦争に関するもので、「君なき里にも〜」というのは、君が戦争に行ってしまってここ(里)にはいない、という意味です。ただ、ロシア語版が、日本語版での「君」に相当する人物がまだ生きているようなのに対し、日本語版ではもう亡き人になっているように思えます。
 この歌は、第二次大戦中に戦場のソ連兵の間で流行したらしく、タマーラでもエレーナでもなく「カチューシャ」だというのも、当時ソ連軍で使用されていた「カチューシャ砲」と関係あるようです。兵士の間で歌われていた歌なら、日本語版のような亡き人を懐かしむ感じのある歌だと、さすがに縁起が悪いですね(^^;

 この歌が日本で親しまれているのは、やはり日本語版の切ない雰囲気が人々の心をとらえているのだと思います。また、ロシア語版も、勇ましさのようなものはあまりなく、死と隣り合わせの戦場においては、本当に気がかりなのは、いかに敵を蹴散らすかとかじゃなくって、遠い故郷でみんな元気にしてるのかな、ってことなのかな、という気がします。

http://www.aki-kaeul.com/muzika/katyusha.html

3. 中川隆[-13547] koaQ7Jey 2022年3月08日 07:00:26 : r89wwtMHWg : MjY2YWNTdEc1cDI=[9] 報告
【日本大好きロシア人】カチューシャ Катюша【歌ってみた】STasha sings Russian folk song, "Katyusha"



本当のロシア女性の歌う『カチューシャ Катюша』は発音も歌も日本人の『カチューシャ Катюша』とは全然違いますね。

日本人がヨーロッパ音楽をやると、何でも演歌風にしてしまうのです。
日本人が歌った『カチューシャ Катюша』は戦争で死んだ恋人を懐かしむ歌になってしまっています。
パンを日本化してアンパンやカステラにした様に、ヨーロッパの歌を演歌みたいにするのが日本人

ロシア軍歌『カチューシャ Катюша』
作詞ミハイル・イサコフスキー、作曲マトヴェイ・ブランテル

Расцветали яблони и груши,
Поплыли туманы над рекой;
Выходила на берег Катюша,
На высокий берег, на крутой.

咲き誇る林檎と梨の花
川面にかかる朝靄
若いカチューシャは歩み行く
霧のかかる険しく高い河岸に

Выходила, песню заводила
Про степного, сизого орла,
Про того, которого любила,
Про того, чьи письма берегла.

カチューシャは歌い始めた
誇り高き薄墨色の鷲の歌を
彼女が深く愛する青年の歌
大事に持ってる彼からの手紙

Ой, ты песня, песенка девичья,
Ты лети за ясным солнцем вслед,
И бойцу на дальнем пограничье
От Катюши передай привет.


おお 歌よ 乙女の歌よ
太陽をかすめ 鳥の如く飛んでゆけ
遠い国境の若き兵士の元へ
カチューシャの想いを届けるのだ

Пусть он вспомнит девушку простую,
Пусть услышит, как она поёт,
Пусть он землю бережёт родную,
А любовь Катюша сбережёт.

彼は思い起こすか 純真な乙女を
彼は聞くだろうか カチューシャの澄んだ歌声を
彼は愛すべき祖国の地を守り抜き
カチューシャは愛を強く守り抜く

Расцветали яблони и груши,
Поплыли туманы над рекой;
Выходила на берег Катюша,
На высокий берег, на крутой

咲き誇る林檎と梨の花
川面にかかる朝靄
若いカチューシャは歩み行く
霧のかかる険しく高い河岸に 

▲△▽▼

『カチューシャ Катюша』の一番良く知られている日本語訳
訳詞者 関 鑑子・丘灯至夫
  
りんごの花ほころび
川面(かわも)にかすみたち
君なき里にも
春はしのびよりぬ
 
岸辺に立ちてうたう
カチューシャの歌
春風やさしく吹き
夢が湧くみ空よ

カチューシャの歌声
はるかに丘を越え
今なお君をたずねて
やさしその歌声
 
りんごの花ほころび
川面にかすみたち
君なき里にも
春はしのびよりぬ


元歌では恋人はまだ生きて戦場で戦っているのに対し、日本語訳では既に亡き人になっています。

▲△▽▼

YY ガールズ & パンツァー 第8話 ロシア軍歌カチューシャ
カチューシャ(CV.金元寿子),ノンナ(CV.上坂すみれ)



ガールズ & パンツァー の戦車隊はこれから万歳突撃しようとしています。
戦車隊は破滅へ向かって驀進しているのです。玉砕覚悟の神風特攻でしょう。

今のプーチン大統領がやっている事も全く同じですね。

プーチン大統領が弾くロシア軍歌『カチューシャ Катюша』
Putin plays katyusha on piano - YouTube



プーチン大統領のピアノ演奏も(口パクですが)テンポがどんどん上がって行って、最後の音が切れた所で玉砕するという設定でしょう。
4. 2022年3月11日 15:29:21 : Yc6Bgmu6Wg : czQuUUlXQnBLTU0=[1] 報告
カチューシャ
Катюша
作曲: M.ブランテル (Блантер, Матвей Исаакович)
作詞: M.イサコフスキー (Исаковский, Михаил Васильевич)
https://voenpesni.web.fc2.com/songs/Katyusha.html


和訳・原詩を表示
1.
Расцветали яблони и груши,
Поплыли туманы над рекой.
Выходила на берег Катюша,
На высокий берег на крутой.

2.
Выходила, песню заводила
Про степного, сизого орла,
Про того, которого любила,
Про того, чьи письма берегла.

3.
Ой ты, песня, песенка девичья,
Ты лети за ясным солнцем вслед.
И бойцу на дальнем пограничье
От Катюши передай привет.

4.
Пусть он вспомнит девушку простую,
Пусть услышит, как она поет,
Пусть он землю бережет родную,
А любовь Катюша сбережет.

1.
リンゴが、ナシが花開き
川面を霧が流れだす
岸に出てきたのはカチューシャ
高く険しい川岸に

2.
そぞろ歩きにたずさう歌は
草原の蒼き鷲の歌
それは娘が愛する人、
大切な手紙をくれる人

3.
ああ歌よ、娘の歌よ
飛んで行け、輝く太陽について
遠き国境に立つ戦士へと
カチューシャの挨拶を届けておくれ

4.
素朴な娘を、戦士が思い起こすように
娘の歌が届くように
彼が故郷の土地を守り、
カチューシャが愛を守り通すように

カチューシャ (Катюша)
ロシア人女性の名前エカチェリーナЕкатеринаの愛称です。
1938年に作られた、ロシア歌謡の代表的存在として世界的に知られる歌です。
作詞者イサコフスキー、作曲者ブランテルは当時すでに名声を手にしていた人気作家で、国立ジャズオーケストラの芸術監督に就任する事となっていたブランテルがイサコフスキーの書きかけの詞に目を付ける形で制作が始まりました。
ブランテルは秋に行われるオーケストラの初公演でこの新曲を披露するためにイサコフスキーを急がせ、3, 4番の8行をたった2日で書き上げさせたそうです。
女性ジャズ歌手バティシチェヴァによって歌われた初公演でこの歌は大成功を収め、ブランテルの見る目の確かさが証明される格好となりました。

この経緯の通り『カチューシャ』は当初はポピュラーなジャズ(ソ連式ジャズ)として作られた作品です。しかしすぐさま有名な女性民謡歌手ルスラーノヴァによって民謡調で歌われるなど早い段階からアレンジが始まっており、これはこの曲がジャズよりはむしろ人民歌謡、「民謡」としてよく知られるに至った一因と考えられます。

歌詞の内容は一面離れ離れの恋人を思う女性のラブソングであり、日本で良く知られる関鑑子による訳詞などではこの側面だけがクローズアップされているのですが、原詞は1938年という時代背景に色濃い影響を受けた内容です。
作詞者イサコフスキーは後年このように回想しています:

Время тогда было тревожное. Мы как бы уже предчувствовали войну, хотя и не знали точно, когда и откуда она может прийти. Впрочем, мы не только предчувствовали, что война будет, но в известной мере уже переживали ее: ведь в 1938 году еще пылало пламя войны в Испании; в том же году Красная Армия вынуждена была вести и вела тяжелые бои с японскими самураями у озера Хасан: не очень спокойно было и на западных наших границах.

当時は不穏な時代であった。それがいつ、どこから来るかは分からなかったが、我々はすでに戦争を予感していた。否、戦争が起こるという予感だけではない、我々はすでにある程度戦争を体験してきていたのだ。1938年になってもスペインでの戦火はくすぶり続けていた。同年には赤軍が日本のサムライ1達と大規模な戦闘をせざるを得なくなり、事実戦闘を行った。西方の国境もまた、平穏とはいえなかった。

По этим причинам тема родины, тема защиты ее от посягательств врага была темой самой важной, самой первостепенной, и я, конечно, никак не мог пройти мимо нее даже в лирической песне.

そのため祖国という、そして敵の侵略からの祖国の防衛というテーマは最も重要な、何にも優先するものであり、もちろん私も、たとえ抒情歌の中といえどもそれを避けて通ることは決してできなかったのだ。

1 サムライ: 当時の日本軍や日本軍人を指す、否定的な意味が込められた言葉です。『立ち入るな、サムライ共よ』のページ等をご覧ください。

これが作詞者の個人的愛国心の発露なのか、国民に意識の統一を促す全体主義的なソ連社会のあり方に作詞者が適応・迎合した結果なのか、単純に1938年という時代が他愛のないポピュラーソングにまで影を落とす程に緊迫していたということなのか、捉え方は様々かと思います。

この曲にまつわる有名なエピソードとして、大祖国戦争中赤軍が用いた多連装ロケット砲が兵士の愛唱歌であったこの曲から「カチューシャ」という愛称を名付けられたというものがあります。
この愛称の由来については異説もあるのですが、結果として逆にこの歌がロケット砲と結び付けられるという現象が様々に巻き起こりました。その例としては以下のようなものがあります:

『カチューシャ』の替え歌としてロケット砲賛歌が作られる (『前線のカチューシャ』)
別のロケット砲賛歌の作詞がイサコフスキーに依頼される (ザハーロフ作曲の『カチューシャの歌』)
ロケット砲部隊をテーマとする行進曲に『カチューシャ』の旋律が引用される (『親衛迫撃砲兵行進曲』)
もちろんロケット砲に関するものにとどまらず、『カチューシャ』の替え歌は戦中を通じて無数に作られました。これらは戦前に流行したこの歌が、いかに戦中も兵士たちに広く愛されたかの証左であるといえるでしょう。

その後も『カチューシャ』は様々な形で人気を博し続けています。最近も戦勝記念日のコンサート等では定番であり、毎年のように老若の新しい歌手が新しいアレンジで歌っているのが確認できます。
この曲の海外での受け容れられ方については本ページでは詳しく述べませんが、それは時に闘争のテーマであり、時にソ連やロシアへの親しみの挨拶であり、時に愛の旋律であり、時に女性の可愛さや強さの表現である事でしょう。

今後も多くの人々がこの曲の美しさにまず引きつけられていく事と思いますが、この曲に限らずいかなる音楽にも断ちがたい背景があるものと考えます。遠い国、過ぎた時代の音楽に馳せる思いも時にはエキゾチズムの域を超えて、それを生んだ世について考えるきっかけとなれば良いな、と愚考するところです。

参考リンク
雑誌"Костёр"1968年11月号より、作詞者イサコフスキーの回想
論文『「ソビエト語」の言説空間 -1930年代の大衆歌をめぐって-』

https://voenpesni.web.fc2.com/songs/Katyusha.html


[ソ連軍歌] カチューシャ 日本語歌詞付き Катюша - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=sVk9eyAWxPk


5. 中川隆[-13527] koaQ7Jey 2022年3月12日 05:18:58 : ojHKLDjLaQ : S21qS2x6MWlYaXM=[1] 報告
[ソ連軍歌] カチューシャ 日本語歌詞付き Катюша


6. 中川隆[-13302] koaQ7Jey 2022年4月14日 11:28:51 : i6lxzC6fIQ : VnRVZFVOLkJKS3c=[5] 報告
ロシア軍歌「カチューシャ」_ マトヴェイ・ブランテル (1903-1990) 作曲
カチューシャ(CV.金元寿子),ノンナ(CV.上坂すみれ)

Katyusha (Girls Und Panzer) Multi-Languages Lyrics

7. 中川隆[-13301] koaQ7Jey 2022年4月14日 11:36:32 : i6lxzC6fIQ : VnRVZFVOLkJKS3c=[6] 報告
戦死した恋人を悼む
ダークダックス 『カチューシャ』
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%AB%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%80%80%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%80%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9



ロシア民謡H 「カチューシャ」 ダークダックス



ロシア民謡@ 「ともしび」     ダークダックス https://youtu.be/dFzHwtIN_tA
ロシア民謡A 「鶴」      ダークダックス https://youtu.be/7pg1O16nJEc
ロシア民謡B 「バイカル湖のほとり」ダークダックス https://youtu.be/B9vbMP06MOo
ロシア民謡C 「アムール河の波」  ダークダックス https://youtu.be/5QEpsYGCYj0
ロシア民謡D 「トロイカ」     ダークダックス https://youtu.be/SXjwkmO7j18
ロシア民謡E 「小さいぐみの木」  ダークダックス https://youtu.be/6teamrnsEd8
ロシア民謡F 「すずらん」     ダークダックス https://youtu.be/18rZwEOLhKo
ロシア民謡G 「赤いサラファン」  ダークダックス https://youtu.be/xCSKGsMg3_E
ロシア民謡H 「カチューシャ」   ダークダックス https://youtu.be/uMJ33BIN6fE
ロシア民謡I 「モスクワ郊外の夕べ」ダークダックス 
https://youtu.be/IYCB0s82xrI
ロシア民謡J 「カリンカ」     ダークダックス https://youtu.be/qodjR6ktrVg
ロシア民謡K 「ステンカラージン」 ダークダックス hhttps://youtu.be/TJs2R7zA6Ws


8. 中川隆[-13299] koaQ7Jey 2022年4月15日 04:25:29 : lRiUmazZvY : eU8wb0k1c0hDbC4=[1] 報告
カチューシャ[ドイツ語版](Katjuscha)【和訳カタカナ付き】(東ドイツ)



今回はみんな大好きカチューシャです。

<曲について>
=作曲から第二次世界大戦=
1938年に当時のソヴィエト連邦で作曲されました。もともとは単純にカチューシャの愛について語った曲でしたが、その後歌詞が追加され、国境警備にいった恋人を待つというような内容になりました。第二次世界大戦中は反ファシズムの音楽として盛んに歌われました。イタリアにおいてはパルチザンのテーマソングとしても歌われた経緯があります。第二次世界大戦の時点で、既にこの曲はヨーロッパ中で歌われていたようです。

=冷戦時代=
戦争が終わると、東側諸国を中心に様々な言語に訳され、歌い継がれることとなります。1946〜49年まで続いたギリシア内戦では、EAM(ギリシア民主軍)の歌として盛んに歌われました。
東ドイツにおいては1949年にドイツ語版の歌詞がアレクサンダー・オットによって付けられ、東ドイツの政治思想に関係する音楽を歌っていたオクトーバークルブやDDRラジオ放送局(東ドイツ国営ラジオ放送)の青年合唱団によって歌われました。先日アップしたEs war in den Tagen des Augustでも書きましたが、1960年代に入ると東西ドイツの国境は緊張状況にあったことから、この歌詞が自分のことのように感じられる人々もいたかもしれません。
また、東側諸国の歌謡曲としては珍しいことと思いますが、この曲に関しては東側諸国にとどまらず、アメリカでジャズ音楽に編曲されて歌われたほか、西ヨーロッパにおいても歌われました。さらに驚くべきことに、冷戦真っ只中1970年前後の西ドイツでもこの曲は歌われていました。歌ったのは歌手Dalidaで、曲名はカチューシャではなく「ぺトリューシュカ」でした。YouTubeにも動画がアップされていますが、カチューシャでは検索結果に表示されません。ペトルーシュカも動画を作りましたのでご覧ください https://youtu.be/DkepI12z7ps
なお日本でもうたごえ喫茶を中心に広まり、今日でも有名な曲であるのは周知のとおりです。

=ドイツ語版のカチューシャについて=
なおドイツ語版もいくつかのバージョンがあり、今回採用した音源では
durch die Wiesen kam hurtig Katjuscha(カチューシャは草原を駆け抜けて来た)
となっていますが、
durch die Wiesen ging hurtig Katjuscha(カチューシャは草原を駆け抜けて行った)
がオリジナルのようです。

<訳について>
・Licht
ただ光という意味ですが、雅語として太陽という意味があるのでそれを採用しました。

・eile fort < forteilen
直ちに立ち去る、という意味です。歌が遠くに届くものと解釈しました。

・Er soll liebend ihrer stets gedenken
sollは英語でいうところのshouldですが、ここで「〜すべき」と訳すのは奇妙です。
sollは誰かの意思に基づくこと、また転じて発言者の判断を留保する意味があることから、
やや意訳ではありますが、「〜だろう」と訳しました。
発言者の判断の留保というのは「〜という噂である」(若干疑わしい)という意味が含まれるので、ちょっと正しくないかもしれません。どなたか教えてください。
9. 中川隆[-13294] koaQ7Jey 2022年4月15日 04:34:50 : lRiUmazZvY : eU8wb0k1c0hDbC4=[6] 報告
破滅へ向かって驀進するガールズ & パンツァー 戦車隊が歌う『カチューシャ Катюша』








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