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アイヌは縄文人の直系の子孫で先住民で間違いないです。(オホーツク人の遺伝子は1割程度しか含まれない)
http://www.asyura2.com/23/ban11/msg/461.html
投稿者 中川隆 日時 2023 年 11 月 23 日 08:57:11: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 北海道と仙台以北の東北はアイヌ人の領地なので、アイヌ人に返さなければいけない: 日本人とアングロサクソンは大昔から戦争で… 投稿者 中川隆 日時 2023 年 11 月 23 日 08:56:09)

北海道と仙台以北の東北はアイヌ人の領地なので、アイヌ人に返さなければいけない:
アイヌは縄文人の直系の子孫で先住民で間違いないです。(オホーツク人の遺伝子は1割程度しか含まれない)
琉球人の遺伝子の半分は和人なので、先住民とは言えません。
現代日本人の遺伝子の9割は渡来系で、縄文人の遺伝子は1割しか含まないので縄文人の子孫ではありません。 現代日本人の遺伝子の1割は縄文系ですが、それは被差別同和 buraku の人が持っている遺伝子です。 つまり、日本はカースト制国家で、社会の底辺だけが縄文系です。
日本の被差別同和buraku民は縄文人の子孫、日本人はchousen無土器文化人、天皇一族は漢民族系chousen人
chousenからの渡来人が先住の縄文人をエタ地域に隔離した
同和buraku民は日本に先住していた縄文人の末裔
chousenから渡来した漢民族の天皇一族が畿内を完全に乗っ取って、被支配者の縄文人を迫害してエタ地域に隔離したのが同和burakuの起源

▲△▽▼

畿内の被差別buraku民は日本先住の縄文人の子孫
2013年12月17日 形質人類学のデータ

第1章で説明したように、エミシは和人とアイヌの中間の形質をもち、頭型などの点で、東北・裏日本型に属するとみられるが、近畿・山陽・山陰・九州に散在する四七burakuを含む、全国的な日本人の形質調査の資料を整理した形質人類学者小浜基次(「形質人類学から見た日本の東と西」『国文学の解釈と鑑賞』二八巻五号)は、

buraku民の形質は異質的なものではなく、現代日本人構成の有力な地方型である東北・裏日本形質に一致している。

とし、

頭部については、いずれの地区も共通の中頭型を示し、頭長は大きく、頭幅は小さい。したがって、畿内のような高度の短頭地区内にはさまったburakuは、一般集団との間に明らかな差異がみとめられる。しかし、山陰・北九州・四国東北部などの中頭地区内にあるburakuは、一般集団と近似し、差異は少ない。

と書き、さらに、

大陸chousen型形質のもっとも濃厚な畿内地区に、もっとも非chousen的な形質をもつ東北・裏日本型のburakuが孤島として介在することは、注目に値(あたい)する。おそらくは、婚姻と住居の制限によって内婚率が高く、特異の形質がよく保たれているものと思われる。

と述べている(図2参照)。

重要なことは、小浜基次が「一般集団と近似し、差異は少ない」とする山陰の例をみても、buraku民が頭型は、中頭を示す一般の住民の頭型よりも、さらに中頭の度が高く、エミシの血を引いている現代東北北部人の頭型と一致することである。

つまり、形質人類学のデータは、エミシがburaku民の先祖であることを明確に裏づけているのである。

▲△▽▼

日本の被差別同和buraku民は縄文人の子孫、日本人はchousen無土器文化人、天皇一族は漢民族系chousen人

小浜基次「形質人類学から見た日本の東と西」
『国文学の解釈と鑑賞』二八巻五号

畿内型は西日本の畿内を中心として、瀬戸内海沿岸を経て、chousenにつらなり、
東北・裏日本型は東日本より裏日本に広がり、西日本では、畿内型の周辺を
とりかこんでいる。西日本の離島には代表的な東日本型形質が残されている。

このような両型の地理的分布によつて、集団の移動を推定すると、はじめに、
東北・裏日本型集団が広く日本全土に先住し、のちに、畿内型集団がchousen半
島より渡来し、瀬戸内海沿岸を通つて、畿内に集中し、その一部はさらに、
東進したものであろう。古代の高い文化が、畿内を中心として栄えた史実に
一致することは興味深い(以上、75頁)

(追加)形質人類学的にみた未解放buraku

われわれの全国的な日本人調査のうちには、未開放burakuもふくまれ、その調
査地区は近畿、山陽、九州、四国に散在する四七burakuにわたつている。

(中略)

身長は一般に低身であるが、burakuの生活環境によつては、長身の集団もある。
頭部については、いずれの地区も共通の中頭型を示し、頭長は大きく、頭幅
は小さい。したがつて、畿内のような高度の短頭地区内にはさまつたburakuは、
一般集団との間に明らかな差異が認められる。しかし、山陰、北九州、四国
東北部などの中頭地区内にあるburakuは、一般集団と近似し、差異は少ない。

畿内地区における両集団の差異は畿内人と山陰人とのちがいにすぎないので
ある。そのほかの形質、たとえば、頭頂高指数や頭部の測度、指数などにつ
いても、burakuはまつたく東北・裏日本型に類似している。

大陸chousen型形質のもつとも濃厚な畿内地区に、もつとも非chousen的な形質を持
つ東北・裏日本型のburakuが孤島として介在することは、注目に値する。おそ
らくは、婚姻と住居の制限によつて内婚率が高く、特異の形質がよく保たれ
ているものと思われる。このようなburakuの成因については、文化史その他の
分野より検討せらるべき課題であろう。(成績はいずれも男子資料による)
(大阪大学医学部教授)

▲△▽▼

網野善彦 『宮本常一「忘れられた日本人」を読む』 岩波現代文庫

私がこの『東日本と西日本』を読んで、とくに衝撃をうけた記憶がはっきりとあるのは、小浜基次さんの論文でした。

小浜さんは大阪大学の名誉教授で、形質人類学・解剖学の専門家、1904年に生まれ、1970年に亡くなっておられます。

この文章は短いものですが、小浜さんは形質人類学の立場から日本列島の、
東と西に住む人びとの差異をいろいろな角度から指摘しておられます。

その中で私がもっともショックを受けたのは、chousen半島人と、近畿、瀬戸内海沿岸の人びとがきわめてよく似ており、
形質上は同じであると指摘されている点です。

そしてそれに対して、山陰・北陸と東北の人びとと近畿人との差異は、chousen半島人と近畿人の違いに比べて、
はるかに大きく、東北、北陸の人びとはむしろアイヌに近いと小浜さんは強調しておられます。

これは頭部の特性、短頭、中頭、長頭をはじめ、身体的な特質から導き出された結論ですが、
さらに衝撃だったのは小浜さんの、被差別burakuに踏み込んだ発言でした。


▲△▽▼

日本の被差別同和buraku民は縄文人の子孫、日本人はchousen無土器文化人、天皇一族は漢民族系chousen人

埴原和郎 東京大学・国際日本文化研究センター各名誉教授
私どもが行った現代日本人頭骨の分析からみても、近畿人、特に畿内人は目立ってchousenの集団に近いという意味で“特殊な日本人”ともいえる。

その理由は、この地方で渡来系集団の影響がきわめて濃厚であるためと
想像されるが、このような傾向は、すでに古墳時代に現れていたといえる。

時代はやや下がるが、平安時代に編纂された『新撰姓氏録』によると、
畿内の氏族一一八二氏のうち、ほぼ三分の一が渡来系の氏族といわれる。
とくに新羅系の秦氏、百済系の漢氏、高句麗系の高麗氏などは
代表的な氏族で、ともに畿内を中心として、ほぼ全国に拡散した。

この他、日本書紀や続日本紀などにある渡来人の歴史をみれば、
近畿地方に渡来系の特徴が濃厚に残っていることは当然ともいえる。
そして人骨の研究からこれが裏付けられることは、日本人および
日本歴史を考えるうえできわめて重要である。  

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