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【楽曲解説】プフィッツナー:交響曲
ハンス・エーリッヒ・プフィッツナー(1869〜1949)
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Sinfonie Op. 46 für großes Orchester
交響曲(第2番)ハ長調 作品46
十九世紀末から二十世紀前半(両大戦間)にかけてのドイツ音楽の動向は、決して単純ではない。加えて「第三帝国」時代のナチと音楽との関係が、問題を一層複雑にしている。ここでこの時代の音楽史を包括的に議論することは避けるが、十九世紀ロマン主義に対する批判と反動から出発した時代とされる二十世紀が、一方でロマン主義再評価の時代でもあったことを忘れてはならない。その“二十世紀のロマン主義”を代表する作曲家が、ハンス・プフィッツナーである。
プフィッツナーの音楽は、当時のドイツで高く評価されていた。彼はナチ体制下のドイツ国内でリヒャルト・シュトラウスに次ぐ名声を受けており、戦前の日本においてもドイツ文化のいわば守護神として今では想像できないほどの知名度を持っていた(そこには、指揮者としての評価も含まれる)。ではなぜ、今日プフィッツナーの名が不当なまでに忘れられているのだろうか。それは彼の音楽が一つの時代思想であり、その背景を理解することなく解釈し得ないからである。徹底してロマン主義にこだわり、それをドイツの伝統的な文化の支柱においた独特の美学は、トーマス・マンにも熱烈に評価されていた。彼が護ろうとしていたものは、ベートーヴェンに始まりワーグナーへと至るドイツ音楽の歴史であり、“ドイツ的”なものそのものであった。彼の純粋すぎる国粋主義は必然的にナチ顔負けの反ユダヤ主義へともつながり、そのことがプフィッツナーに対する評価に大きく影響していることは否めない。もっともプフィッツナーはユダヤ性の本質を血筋におかなかったという点でナチズムとは無縁で、ヒトラーと個人的な面識があったにもかかわらず、そもそもナチ党員ですらなかったのだが。
こうしたプフィッツナーの創作活動を代表するのは、歌劇「パレストリーナ」(1915年)や、カンタータ「ドイツ精神について」作品28(1921年)といった思想性が前面に押し出された作品である。しかしながら、本質的に内面的で形式的なプフィッツナーの美質は、むしろ絶対音楽の分野、中でも室内楽作品に発揮されている。最晩年の名作である六重奏曲作品55(1945年)や中期の傑作ヴァイオリン・ソナタ作品27(1918年)などは絶対に聴き逃せないし(録音が極めて少ないのは残念)、3曲ある弦楽四重奏曲はマーラー夫人アルマも愛好していたらしい。R. シュトラウスの音楽世界を豪華で華やかな鯛の活き造りに例えるとすれば、プフィッツナーのそれは海原雄山の壮大な薀蓄と共に食する鰯の塩焼きだと言えるだろう。ワタの苦味に舌鼓を打ちながら食材を通して世界を語る、これがプフィッツナーの音楽である。
プフィッツナーの交響曲作品は全部で3曲あるが、第1番作品36aは弦楽四重奏曲第2番をオーケストレイションしたもの、小交響曲作品44はその名の通り小編成向けの作品であること(初演はフルトヴェングラー)を考えると、本日演奏される交響曲(第2番)ハ長調作品46が事実上プフィッツナー唯一の交響曲と言ってもよい。1940年10月11日、フランツ・コンヴィチュニーの指揮によって初演された。
切れ目なく演奏される3つの楽章から成るこの作品には、晩年を迎えたプフィッツナーの音楽的特徴がしっかりと刻まれている。第1楽章冒頭で唐突に示される英雄的な第一主題ももちろん印象的だが、プフィッツナー独特のほの暗い抒情を存分に堪能できる第2楽章は非常に魅力的。両端楽章の経過句における曖昧な調性感や拍節感も、まさにロマン主義的な雰囲気そのものだ。そして、喧噪と混沌の中から冒頭の主題が輝かしく回帰する終楽章コーダでは、誰よりも真に純粋なドイツ精神を信じた彼の世界観が高らかに歌い上げられる。
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