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<■76行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可> 「日本は法整備がすでに整っている」と、この元記事提供者が引用しているかたの投稿には書かれています。が、そんな事はわからない。 日本の「法整備がすでに整っている」などとどうやったら「我々」は「そうだね」といえるのでしょうか? 「日本の法整備が整っている」とは、このどこの誰だか知らない「投稿者」が言っているだけだ。 どう、整っているのかね? 「整っているから「改憲」の必要はない」 といいたいらしい。 しかしですね、われわれは「どう整っているのか」を知らないんですよ。 知ったふりして「日本の憲法は法整備が整っている」というバクゼンとした話を してもらっても「何それ?」である。 「法」というものは、時代によって変更が必要になる。 当然です、時の移り変わりにより社会が変わるからだ。 「法整備が整っている」とはいつの時代の日本国の法についての話か? そうでなくとも、日本の法律は外国人の件や税法の件やその他嫌と言う程今日の実情に沿わない内容が「目白押し」だろが。 どこを押したら「日本の法整備は整っている」のか? ... 世間では「改憲」を悪い事のように言う話が異常に多く行きわたっている。 では、ですね、「改憲」の内容を詳細に説明した情報が世間に出回っているか? いません。 私はこう思う。 「改憲」つまり日本国憲法の「どこか」を変更したらその時に困る連中がこの国の中にはいるのだ。 彼らは「そこ」の話は言わない。 ただただ「改憲」は悪い、と言う。 「改憲」と言うと日本庶民は「主権が誰にあるか」とか「戦争をしないのかするのか」あたりの事しか思い浮かばない。 だから、それ以外の「オモワク」があって憲法を変えたく「ない」という連中がいることなど、想像したこともない。 複雑で大量な量のある「法」の文章内容を我々庶民がチクイチ見直すなどという事が(事実上)出来ないことを知った上で、我々の側に立っているように「装って」、ものをしゃべっているのである、彼らは。 ボンヤリした内容で周囲を「煙に巻く」議論をするのはだいたい「脛に傷持つ」連中である。 公明正大な議論を望む者はこういう議論をしない。 あるいはこうも言える。 納税者(庶民)の幸福を望む者はこういう議論の仕方をしない。 この「憲法改正」談義は延々何年もやっており、何ひとつ進捗した形跡がない。そうであるのにも関わらず、世間やメデイアでは一定間隔を置いてこの憲法改正議論が「言われて」いる。 現実生活ではどうかというと、税金の項目が又ひとつ増えるなど我々が知らない「細部」が、知らないうちに、勝手に、行われているのであります。 つまり、日本の法律は我々庶民・納税者が知らないうちに勝手に(どんどん)作られている。 あるいは改変されている。 それを行う「国会議員」は「国民の負託を受けているから」と言い訳しているがその「負託」を受けるための選挙は「不正」がこれまた蔓延している。 不正に選ばれた議員が「負託」を受けるわけねーだろが。 やりいたい放題やりたいから「不正選挙」をやっているのだ。 「国民の代表」という看板がないと(表立って)行動できないから そのために「議員」になる。 (看板なしならヤクザ、看板あればギイン、である) 何々の料金・税金が減額される、あるいは増やされる...という情報が表に出てからそのうち暫くすると我々の「賛成不賛成」の意見などなしに結果が決められている。 生活保護費は勝手に減らされた。 年金額も勝手に減らされた。 われわれが意見をいう時間も場所もないまま勝手に決められた。 (それでいて外国人の生活保護費は勝手に日本人の何倍もの金額が決められていた。) 2月8日の総選挙で我々は創価学会(公明党)と立憲民主党の 二つの(中国)共産党に後押しされた「党」がどれだけ長いこと 日本を破壊するための活動をやって来たのかを、知った。 嫌と言うほど、知りましたね。
「彼ら」は「相手」を破壊するためなら努力を惜しまない努力家(?)である。 人々の為になる「努力」ならわかるが、人々を「苦しませる」あるいは「人々の国を破壊する」ための「努力」を惜しまないのであります。 アジアでは中華人民共和国の領域にいる人間を好きなように「苦しませる」ことをあそこの政治機構は躊躇わずドンドン実行する。 彼らには「人間の幸福」という言葉はない。 「自分ら支配層の意向」という言葉しかない。 ひとや自然の美しい繁栄や幸福、そういうものを支援しようという「努力」は彼らにはない。 だから、ここの引用記事にあるような、 「…改憲の必要がないのに、改憲を行うということは、国民生活の破壊を目論んでいると判断して差し支えない…」 という話のロジックには疑問がある。 こういう意図的な「大雑把」な議論は、本当に「国民生活を破壊」したい者たちが行って来た「議論の形式」であります。 美しく好ましく聞こえる言説。 キリスト教のように。 仏教のように。 宗教のように。 医療のように。 教育のように。 そのようにして無邪気な人間を言葉によって「騙す」ことが非常に簡単なことを彼らは知っている。 (ま、2月8日の衆議院選挙結果によりわれわれ日本国民は騙されることがなくなったことが明らかになりました。全地球上の「支配層」にはお気の毒だが世の中変わったんだね。)
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