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エプスタイン文書で浮上した欧米の人身売買網は日本にも繋がっている可能性
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202602140000/
2026.02.14 櫻井ジャーナル
アメリカでは公開されたジェフリー・エプスタインに関連したファイルが欧米支配層を揺るがしている。欧米の大手メディアはエプスタインについて「KGB(国家安全保障委員会)のスパイ」だとする話を広めているが、根拠はない。1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプスタインはギレーヌ・マクスウェルや彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同じように、イスラエル軍の情報機関、つまりアマン(情報部)のために働いていたのである。エプスタインは「モサド」のエージェントだと言われることもあるが、ベンメナシェによると、それは正しくない。
このファイルは司法省が保有していたもので、トッド・ブランシュ司法副長官によると、司法省が保有するエプスタインに関する文書約600万ページのうち公開されたのは約300万ページ。つまり半分は公開されていない。しかも公開されたファイルは加害者などの名前は黒く塗られているのだが、そもそも600万ページで全てなのかどうかもわからない。この「エプスタイン・ファイル」の公開は支配層内部の権力抗争の結果だと思われ、必要以上に公開されることはないだろう。
公開されたファイルによると、人身売買に伴う性的サービス、拷問行為、胚や臓器の取り引き、人肉食などが行われていた。必然的に人が殺されている。凶悪犯罪だが、捜査機関の動きは鈍い。削除された資料には、トランプ大統領が未成年者を含む複数の女性と性的な関係を持ったとする当事者やその関係者の証言が含まれていたという。削除された文書のひとつはトランプが人身売買に関与していた主張しているとされている。
欧米では人身売買と関係した養子縁組がある。例えば、2001年にはイスラエルの養子縁組機関と移植用臓器売買の関連性をルーマニア当局は調査している。ハアレツ紙によると、一部のイスラエル人医師はトルコ、ルーマニア、その他の東欧諸国で違法な腎臓移植やヒト卵子の売買に関与していたという。
前にも書いたことだが、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で検察官を務めたカーラ・デル・ポンテは自著(Chuck Sudetic, Carla Del Ponte, “La caccia: Io e i criminali di guerra,” Feltrinelli, 2008)の中で、KLAによる臓器の密売を告発している。
彼女によると、コソボで戦闘が続いている当時、KLAの指導者らが約300名のセルビア人捕虜から「新鮮」な状態で、つまり生きた人間から臓器を摘出し、売っていたというのだ。この話は欧州評議会のPACE(議員会議)に所属していたスイスの調査官ディック・マーティの報告書にも書かれている。KLAの幹部はセルビア人を誘拐し、彼らの臓器を闇市場で売っていたという。捕虜の腎臓を摘出し、アルバニア経由で臓器移植のネットワークで売り捌いていたともされている。
こうしたことはアメリカでも問題になっている。例えば、ロバート・F・ケネディ・ジュニア長官率いるアメリカの保健福祉省(HHS)の保健資源サービス局(HRSA)による調査の結果、患者が生命の兆候を示している時点で病院が臓器提供プロセスを開始させていたことがあったというが、アメリカでは闇市場での臓器売買、それに伴う殺人が横行しているとも言われている。
以前からジェフリー・エプスタインの自宅から持ち出された「黒い手帳」が問題になっていた。それは顧客名簿だと言われているのだが、の中にコートニー・ラブの連絡先も書き込まれていた。この女性は人気バンド「ニルバーナ」のリード・シンガーだったカート・コバーンの妻だ。(Nick Bryant, “Here is Pedophile Billionaire Jeffrey Epstein’s Little Black Book,” Gawker, January 23, 2015)
ニルバーナのメンバーは新自由主義に反対、WTO(世界貿易機関)を強く批判していた。コバーンとラブは1992年2月にハワイで結婚しているが、それは彼女の妊娠が明らかになったからだとされている。その結婚式にバンドのベーシストでコバーンの親友だったクリスト・ノボセリックや新郎新婦の家族は式に列席していない。
このコートニー・ラブは1964年7月、ハンク・ハリソンとリンダ・キャロルの子どもとして生まれたが、この両親は離婚、コートニーは施設に預けられた。1979年にハリソンは娘のコートニーと再会、施設から連れ出して一緒に生活しはじめる。コートニーは「サンフランシスコのマダム」なる人物に操られ、会社重役などを性ビジネスの客として彼女に紹介していたとハリソンは語っている。
16歳になっていたコートニーは日本において広域暴力団の管理下でストリッパーとして働いていた、あるいは10代のときに台湾で売春していたとも言われている。人身売買のネットワークで売り買いされていた可能性がある。欧米の人身売買ネットワークは日本にも繋がっている。
彼女は1985年にはロサンゼルスへ戻り、映画監督のアレックス・コックスと性的な関係を持つ。コバーンが住むシアトルへコートニーが現れるのは1991年の初秋だ。1991年10月にコバーンの親友だった詩人のスティーブ・バーンスタインは喉を切って死亡する。自殺とされているが、バーンスタインと親しかった映画監督のオリバー・ストーンは殺されたと考えている。
1993年からコートニーのバンド「ホール」に参加していたクリステン・ファフは94年6月に麻薬の過剰摂取で死亡している。その朝、バスタブの中で昏睡状態で発見されたのだが、前夜、コートニーの「元恋人」であるエリック・エルランドソンがファフのアパートへ入り、30分ほどして立ち去るところをファフの友人、ポール・エリックソンが目撃している。クリステンの母親によると、コバーンはファフに対し、新しいバンドで一生にやろうと誘っていたという。
ファフが死亡する2カ月、コバーンは死んでいる。ショットガンで自殺したことになっているが、血中から致死量の70倍以上のモルヒネが検出されたと伝えられている。つまり、モルヒネを体内へ入れた時点で彼は即死していたはず。ショットガンの引き金を引けないだろうと考えれうひとが少なくない。ショットガンから判別できる指紋もなかった。
警察では上層部の命令で殺人の捜査をしない。それに反発した捜査官のひとり、アントニオ・テリーは独自に調査を開始するのだが、1カ月後に高速道路の出口で銃撃された。自家用車で帰宅する途中で、旗を振っている人を助けようとしたところを撃たれたのだ。(John L. Potash, “Drugs as Weapons Against Us,” Trine Day, 2015)
アメリカやイスラエルの情報機関が人身売買や臓器取引に関与している疑いは以前から指摘されていた。そうした告発は「陰謀論」という呪文で封印されてきたが、エプスタイン・ファイルはそれが事実だということを明らかにした。
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【櫻井ジャーナル(note)】
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