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戦場でロシア軍に勝てない米国の好戦派はロシアでのテロ攻撃を強化する可能性
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202601050000/
2026.01.05 櫻井ジャーナル
アメリカの国務省は12月29日、ロシアへの渡航を避けると同時に、ロシア在住のアメリカ市民は直ちに出国するように勧告した。理由のひとつとしてテロ攻撃の危険性を上げている。アメリカの影響下にある武装集団によるテロ攻撃を予告しているのではないかと感じている人もいるようだ。
この勧告を見て2024年3月22日にモスクワのクロッカス・シティ・ホールで引き起こされた襲撃事件を思い出した人も少なくないだろう。この襲撃では、3月7日にアメリカの駐露大使館がモスクワでテロの可能性があるので、大きな集まりに参加しないようにとすると勧告していた。
140名以上が殺されたこの襲撃を実行したのはダーイッシュ-ホラサン(IS-KP、ISIS-K)だとされているが、アメリカやその同盟国によって使われている傭兵の集まりであり、イスラムとは無関係な武装集団だった。
アメリカの元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターによると、ロシア当局は襲撃現場で実行犯の携帯電話を回収、そこに記録されていたデータを利用して追跡した。ウクライナで実行グループと連絡を取り合い、逃走を支援していた共犯者も特定したという。
実行犯に居住場所や移動手段を提供していたモスクワの支援網関係で11名、今回のテロ事件のためにトルコで戦闘員を募集、訓練、兵站を準備するなどしていた40名も逮捕されたとされ、SBU(ウクライナ安全保障庁)のバシーリー・マリューク長官に関しても逮捕令状を発行できるだけの証拠があるとされている。SBUやGUR(国防情報総局)はアメリカのCIAやイギリスのMI6(SIS)の影響下にある組織。コンサート・ホールの襲撃は、こうした西側の情報機関が協力しなければ実行できなかった。
ウクライナ/NATOが置かれた状況は2024年3月当時より悪化、ロシア軍の進撃スピードは速まっている。欧州アフリカ米陸軍の司令官を務めた経験のあるベン・ホッジス退役中将はドイツのビルト紙に対し、ロシアが戦争に勝てないと思うまで戦争を続けると語っている。この軍人は有力メディアに登場し、ウクライナが勝っていると宣伝してきた。
ウクライナでロシアとの戦争を推進しているのはステパン・バンデラの信奉者。ナチズムの影響を受け、その象徴を利用していることからネオ・ナチとも呼ばれている。
ホッジスはロシアに勝てるという妄想から抜け出せなくなっているようだが、戦場でロシア軍に勝つことはできない。膠着状態にすることもできない。そこでミサイルやドローンを使い、民間施設を攻撃してきた。CIAは破壊活動や麻薬取引の手先としてサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を主体とした傭兵、少数民族、犯罪組織、ネオ・ナチなどを利用してきた。
第2次世界大戦中、ウクライナにもナチと連携していた集団が存在していた。OUN(ウクライナ民族主義者機構)だ。指導者のイェブヘーン・コノバーレツィが1938年5月暗殺された後、アンドレイ・メルニクが引き継ぐのだが、新指導者は穏健すぎると反発するメンバーが向かった先にはステパン・バンデラがいた。そして誕生したのがOUN-Bだ。バンデラはイギリスの対外情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーがソ連情報を得るために雇う。
ドイツの敗北が決定的になっていた1943年春、OUN-BはUPA(ウクライナ反乱軍)として活動を開始、その年の11月には「反ボルシェビキ戦線」を設立した。摘発の対象になっていたはずのOUNやUPAの幹部だが、その半数近くがウクライナの地方警察やナチスの親衛隊、あるいはドイツを後ろ盾とする機関に雇われていたと考えられている。(Grzegorz Rossolinski-Liebe, “Stepan Bandera,” ibidem-Verlag, 2014)
第2次世界大戦が勃発する直前、ウクライナにはヨーロッパで最大級のユダヤ人共同体が存在、その人数は約270万人に達していたと言われているのだが、1941年にドイツ軍がキエフを占領すると、ユダヤ人やロマを含む「望まざる者たち」約3万4000人がバビ・ヤール渓谷へ連行され、銃殺されている。大戦中、そこで殺された人数は最大10万人。この虐殺に現地のウクライナ人が協力したとも言われている。
その間、UPAは「民族浄化」に乗り出し、ユダヤ人やポーランド人の殺戮を始める。その方法は残虐で、妊婦の腹を引き裂いて胎児や内蔵を取り出し、脅しのために灌木に引っかけるといったことさえしていたという。1943年から45年の間にOUN-BとUPAが殺したポーランド人は7万人から10万人と言われている(Grzegorz Rossolinski-Liebe, “Stepan Bandera,” ibidem-Verlag, 2014)
大戦後の1946年4月に反ボルシェビキ戦線はABN(反ボルシェビキ国家連合)になり、APACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)と一体化してWACL(世界反共連盟。1991年にWLFD/世界自由民主主義連盟へ名称変更)の母体になった。
この頃、MI6は反ソ連組織の勢力拡大を図る。1947年7月にインテルマリウム(中央ヨーロッパにカトリック帝国を建国しようとしていた)とABNを連合させ、9月にはポーランドのプロメテウス同盟も合流させた。翌年の後半、新装ABNはステツコを中心として活動を開始する。
APACLは1954年に韓国で創設されたが、その際に中心的な役割を果たしたのは台湾の蒋介石や韓国の李承晩。日本からは児玉誉士夫や笹川良一が参加、日本支部を設置する際には岸信介が推進役になった。同じ頃、「世界基督教統一神霊協会(統一教会)」なる団体も韓国で設立された。後に「世界平和統一家庭連合」と名乗ることになる。
ウクライナのネオ・ナチにはこうした背景があり、アドルフ・ヒトラー時代のナチと同様、ロシア/ソ連を軍事攻撃しているわけだ。ウクライナでも特にナチズムの影響を受けている西部のリビウでは1月1日、バンデラの記念碑に隣接する広場で集会が開かれ、たいまつ行進が行われた。
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【櫻井ジャーナル(note)】
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