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【辺野古転覆事故】ついに“身内”から批判…辺野古事故の責任問題が動き出した【三枝玄太郎】
https://www.youtube.com/watch?v=-nk7HWvFq1A
<崩壊する「正義」の聖域:辺野古転覆事故が突きつけた左派陣営の倫理的破綻と内紛の全貌>
私は、沖縄県辺野古で発生したボート転覆事故を巡る現状を目の当たりにし、日本の左派陣営がかつてないほどの倫理的危機と、組織内部の深刻な分断に直面していると確信しています。未来ある高校生が犠牲になったという重い事実を前にしてなお、自らの政治的イデオロギーを守るために責任を転嫁し続ける勢力と、その不条理さに耐えかねて声を上げ始めた身内との間に、修復不可能な亀裂が生じているのです。
/1. 「平和」の名に隠された無法地帯と無責任の連鎖
まず、事故の当事者団体である「ヘリ基地反対協議会」の対応は、人道的に見ても到底許されるものではありません。事故から1ヶ月以上が経過してもなお、納得のいく謝罪や説明が行われていないという事実は、彼らが掲げる「平和」がいかに空虚なものであるかを物語っています。
現場での取材によれば、事故を起こした「平和丸」は無登録で運行されており、乗船者の救命胴衣着用も不徹底であったという、法治国家としてあるまじき実態が次々と露呈しています。これまでは「基地反対」という看板さえ掲げていれば、多少の法令違反や安全管理の不備はメディアや支持層によって黙認されるという暗黙の「聖域化」がなされていたのでしょう。しかし、何の落ち度もない若者の命が失われた今、その無責任な運営実態は、政治的スローガンでは到底隠しきれない段階に達しています。
/2. 枝野幸夫氏の変節と、立憲民主党内に吹く冷たい風
こうした状況下で、立憲民主党の創設者である枝野幸夫氏が放った言葉は、左派陣営に大きな衝撃を与えました。枝野氏は、新潟で行われた討論会において、「いい加減な業務で高校生の命を奪ったのは間違いであり、けじめをつけられない人たちが反対運動の中心として見られている状況では、どんなに中身が正しくても前に進むはずがない」と断じました。
私は、枝野氏がこれほど厳しい身内批判に踏み切った背景には、相当な覚悟と危機感があると感じます。彼は、基地があるから事故が起きたという「責任のすり替え」がもはや社会の常識として通用しないことを、法律家としての直感で悟ったのでしょう。実際に会場からは拍手が起きており、立憲民主党を支える良識ある支持層の中でさえ、「謝罪もせずに運動を続けるのはおかしい」という倫理的な反発が急速に広がっていることが浮き彫りになりました。
/3. 社民党を襲う「最強の身内」全老教からの痛烈な一撃
さらに深刻なのは、社民党の内部状況です。先の社民党大会において、来賓として出席した労働団体「全労協(全国労働組合連絡協議会)」の渡辺議長が放った苦言は、まさに「身内からの引導」とも言えるものでした。
全労協は決して保守派ではなく、むしろ戦闘的な左派傾向を持つ組織です。その渡辺氏が、社民党の会見が「事故は基地の存在が招いた」と言わんばかりの内容であったことを「不誠実」と断罪し、「いかに正義であっても、その責任は軽減されない。責任の自覚があまりにも希薄だ」とまで述べたのです。事故の責任は第一にボートの運営主体にあるという当然の真理を、最も身近なパートナーから突きつけられた意味は極めて重いと言わざるを得ません。
しかし、これに対する福島瑞穂党首の反応は、絶望的なほどに旧態依然としたものでした。彼女は「社民党を壊そうとする勢力と戦う」という敵対論理に終始し、身内からの真っ当な忠告すら「敵からの攻撃」と見なして遮断しました。不都合な真実から目を背け、外部に責任を添加し続けるこの姿勢こそが、国民の理解をさらに遠ざけている元凶です。
/4. 立憲民主党のダブルスタンダードと「オール沖縄」の呪縛
私は、立憲民主党が現在陥っている「ダブルスタンダード」の病理についても、強く指摘しなければならないと考えています。
枝野氏が「まず謝罪から始めるべきだ」と正論を吐く一方で、党本部の水岡参議院議員会長らは、玉城デニー沖縄県知事の支援を早々に表明してしまいました。ここに致命的な矛盾があります。玉城知事は、事故の当事者団体を厳しく叱責するどころか、彼らが行っている平和教育を「自分たちの考えと同じだ」と擁護し、事故の責任追及から彼らを守り続けているからです。
「まず謝罪が必要だ」と説く枝野氏の論理を尊重するならば、謝罪すら拒む団体を庇い続ける玉城知事を支援することなど、到底不可能です。立憲民主党は、「オール沖縄」という政治的枠組みを維持したいがために、一人の少女が犠牲になったという不都合な真実を、選挙のための道具として目殺しようとしているのではないでしょうか。政治的な損得感情が、失われた命の重さよりも優先されている現状は、あまりに不条理であり、怒りを禁じ得ません。
/結論:問われるのは「思想」ではなく「人間としての誠実さ」
今回の辺野古転覆事故は、日本の左派陣営が守ってきた「正義の仮面」を剥ぎ取りました。共産党の小池氏のように「反対派は謝罪している」と虚偽の擁護を繰り返すメディアや政党の姿勢に対し、ご遺族は決して納得しておらず、社会の厳しい視線は日に日に強まっています。
特定の政治思想を推進するためなら、未成年の安全を軽視しても許されるという驕り、そして事故が起きれば全てを「基地のせい」にして逃げ切ろうとする卑劣さ。こうした「運動の限界」は、皮肉にも枝野氏や全労協といった左派内部の良識派によって、公の場で露呈することとなりました。
私は、この問題を風化させてはならないと強く思います。不都合な事実を隠蔽しようとする勢力が、今後どのように身内からの批判を黙殺し、あるいは切り捨てていくのか。私たちはその醜い動きを監視し続け、政治思想以前に「人間としての誠実さ」が問われているのだということを、突きつけ続けなければなりません。立憲民主党が社民党と同じように極端な勢力に引きずられて自滅していくのか、あるいは真の自浄作用を発揮できるのか、今まさにその瀬戸際に立たされているのです。(Gemini)
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