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Re: 日本近世と西洋近代の相違:被害者同盟について質問
http://www.asyura2.com/2us0310/dispute14/msg/123.html
投稿者 あっしら 日時 2003 年 10 月 09 日 18:58:31:Mo7ApAlflbQ6s

(回答先: 日本近世と西洋近代の相違:被害者同盟について質問 投稿者 すみちゃん 日時 2003 年 10 月 09 日 13:13:17)


すみちゃん、こんにちわ。

「なぜ、日本は愚かにも対米戦を仕掛けたのか」という断罪とも疑念とも言える問いを発してから、戦前の政治・軍事的判断に関する書籍を読み漁りました。
(『「太平洋戦争」はローレベルの合作で十分だったと思っています』( http://www.asyura.com/0306/idletalk2/msg/952.html ))


読んだものをざっと上げると、「木戸幸一日記」(下巻)・平泉澄著「日本の悲劇と理想」・今岡?著「石原莞爾の悲劇」・佐藤賢了著「佐藤賢了の証言」・佐藤早苗の東條英機に関するもの・波多野澄雄著「「大東亜戦争」の時代」です。

いろいろと書きたいことが浮かび上がってきましたが、相変わらずバタバタしているので、思うにまかせない状況です。
対米戦(真珠湾奇襲攻撃)開始3ヶ月前の昭和16年9月時点では「米国との戦争は決意しつつも、できうる限りそれを回避する」という国策が維持されていたということがわかりました。
「傲慢な米国を撃つべし」という世論と対米外交の不調により対米戦不可避という軍・政のムードが、11月26日のハル・ノートにより対米先制攻撃に結実してしまったという感じです。(もちろん、山本五十六連合艦隊司令長官の真珠湾奇襲攻撃作戦が採り入れられたことが、対米先制攻撃の決め手になったのですが...)

このあたりの問題は、機会を改めて書きこみしたいと考えています。

● 戦前の日本

>戦前(近代)日本人ですが、被害者同盟であるという明瞭な認識を持ち、自覚してい
>れば、もう少しマシな歴史になったのではないかと思わないでもありません(おそら
>く無意味な仮定の問題ですが)。

「考えてみると凄く難しい問題に思えるのです。一体どうしたら良かったのでしょう?」は、過去の話ではなく、一体どうすれば良いのかという今日的問題だと考えています。

今日の解決策が即ち過去の解決策です。

このような考えから、「敗戦責任論」を切り口に戦前の問題も取り上げているつもりです。

日本は、当初「被害者同盟」に入るべき立場にありましたが、そこから抜け出す道を歩み始め、日清・日露の戦争を経て「加害者同盟」に近づき、第1次世界大戦後には加害者列強同盟に加わる地位を得たと錯誤し舞い上がることになりました。

それでも「被害者同盟」の立場にあるべしと考えたのは、まっとうな大アジア主義者であり、石原莞爾のような東亜連盟主義者といった限られた人たちで、支配層からは、国体主義であることで利用され、“平等的”アジア主義であることで疎まれるという存在でした。


「戦前日本人は、朝鮮半島や中国、ジャワ等、既に独自の価値観が長い歴史を伴って成立した地域で、自分達の(近代)価値観を押しつけようとしたことは否定できないでしょう(善意だったのかもしれないですが))」はその通りで、その価値観は、近代主義権益拡大志向を抱えながら、皇国史観を基礎にした統合をめざすものですから、贔屓目に言っても、覇道と王道がないまぜになった奇態です。(石原莞爾も、天皇を日本国家から切り離したかたちで東亜さらには世界(八紘一宇)の頂上に置くべきと考えていました)

奇態とは言え、アジア及び世界に訴える価値観を保持し自力で経済権益を拡大した戦前に較べれば、戦後日本は、米国の力と価値観にひざまづくなかで経済権益を拡大するというよりひどい奇態を示しています。
(戦前日本より戦後日本のほうが素晴らしいと考える人が多数派ですから、そのように考える人は少ないはずです。これは、過去の解決策より、今日の解決策を見出し共有化するほうがより困難だということを意味します)


「どうしてこうなったのかな?「君たちも近代化しないと、白人に勝てませんよ」ということなのかな?」や「自力救済のためには、近代化して近代世界で戦えるような力を付けるしかない。そのためには我々と同じようにした方が良いですよってことかな?」という問いに関しては、まっとうな人は別として、国策ベースでは、近代化は主体的ではなく日本の領導の元に行われるべきであり、日本を覇とした同盟の力で英米(西欧及びソ連)に打ち勝つというものです。
(中国国民党政府の国権回復志向や近代化に恐れをなしたことからも、アジア諸国の主体的近代化を願っていたわけではありません)

権益をめぐる英米との対立が抜き差しならぬところに至ったことで、建前としてのアジア主義を国策にすることになったと思っています。(米英を見ていてもわかるように、大義なき戦争はなかなかできるものではありません)

石原莞爾には近代文明を乗り越えるために近代化の力を手段として利用するという視点がありましたが、国策は、あくまでも近代日本ないし支配層の繁栄が目的化されたものです。だからこそ、権益をめぐる英米との対立が抜き差しならぬところに至るなかで、財界や自由主義者といった支配層も、米英との戦争もやむなしという判断で軍部の国家総動員体制を支持するようになったのです。(陸軍多数派は、国民福利という長期的な観点からも、国家社会主義的な経済体制をめざしていました)

このような同床異夢と言うか価値観さえ一致しない日本であったが故に、外交でも戦争でも敗北したと見ています。


● 歴史観

>地理的条件や、先進地域からの情報を取り入れて加工し、進化していくプロセスは、
>西洋と日本は類似していたのではないですか?

交流・交易そして戦争を通じて情報が相互に伝播したことは世界共通です。
また、観念の体系性に乏しい地域が、より体系的なものを採り入れるという傾向も通用性があると思っています。

日本が仏教や儒教を採り入れ、西欧がキリスト教を採り入れたということでは、それらが入る前にそれらを超える世界観や価値観を持っていなかったからとは言えると思っています。

中国は、自らが歴史的に形成してきた世界観・価値観の絶対性に依拠していたので、近代を拒み、あのような近代史を経たと思っています。

このようなことをもって、西洋と日本は類似していたと言っても、それほどの意味があるとは思えます。

日本はいい意味でも悪い意味でも受容性に富んでいますが、キリスト教化された西洋は受容性を大きく失っています。


>産業の発展、特に貨幣経済(金融市場を含む)の発展、それに伴う計量的学問の発展、
>ブルジォア階級の勃興など、類似しているように思うのですが。

江戸資本主義形成期という見方が流行っていることは承知していますが、商業は基本的に領主経済領域の範囲であり、貨幣経済は都市世界に偏重したもので“自立”した農村共同体が基底であったことから、近代と類似視することはできません。
(江戸資本主義形成期という見方には、近代を進歩したものという意識の反映があるかと思っています)

挙げられたことが重要なメルクマールであれば、中世中国のほうが近代により類似していると言えます。
兵器製造・造船・航海術・紙幣(これは金融的には画期的)などは、10世紀には確立しています。
明の時代に中国が海洋交易で覇を目指していれば、近代英国を上回る世界帝国になっていたはずです。
(明は、それを志向するどころか、交易そのものを好ましからざるものとして縮小しています。明の時代は、アフリカまで海軍の威容を示し、近代初期の主要な航路であったインド洋、南シナ海を睥睨していました)


>幕藩体制は、放っておけば西洋近代化しそうな世界に「たが」をはめていたような感
>じがするのです。
>いかがでしょう。
>その「たが」が明治期にとり外されてしまったというように思うのですが。

>戦国時代がそのまま延長していけば、日本も西洋と似た歴史過程をたどっていたので
>は(これは梅棹史観になってしまいますが)?


安定した江戸期の産業発達が近代化の技術的基礎になったことは確かですが、「放っておけば西洋近代化しそうな世界」では断じてありません。
生存維持活動が楽になったり、都市向け産業で金銭を余分に保有するようになったら、勉学や娯楽に時間を費やしたり、お伊勢参りの物見遊山というもので、貨幣的富の増殖に血道を上げる価値観ではありませんでした。
(TV時代劇に出てくる極悪大店も、なかったとは言いませんが、例外的なものです。閉鎖経済構造で、都市部だけとはいえ、貨幣的富の増殖に血道を上げる行動がはびこれば、大店自身が窮まることになり、そのような動きは幕府や領主も見逃しません)

ましてや、貨幣的富の増殖を果たすために、外国を武力で恫喝して支配下に置くということなぞ夢想だにしなかったでしょう。

戦国時代がそのまま延長しても、西洋的歴史過程をたどることはありません。
(関が原の合戦でさえ、わずか1日の戦いで終わっています。戦国時代は、地域連合体としての日本の構造変化過程であり、西洋のような土地の奪い合いではありません)

普遍化している「近代」は、そのはびこりとは裏腹に、世界史のなかで極めて特殊で異様なものです。

贔屓目抜きに、そのような「近代」と日本の前近代が類似していることはありません。


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