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[政治・選挙・NHK256] 水道民営化の仕掛人は悪徳業者の竹中平蔵だった!  赤かぶ
16. 2019年1月23日 07:37:12 : dMqukjsSAo : bvJ2RzcLIuE[1]

FAKE NEWS が世界を滅ぼす。。。【 THE FAKE OF NANKING 】

こんな昔の貴重な映像を、いとも簡単に見られるとは…。
年代物の映像ですが、当時の日本軍の規律の良さが今でもちゃんと伝わってきます。
その場にいない者が、映像だけ見てどうのこうの言えないかもしれませんが、
この南京入城の映像は『 百聞は一見に如かず 』で、それが真実の答えだと感じます。
(180近くもあるコメントの中から、読んで気になったものを下記に転載します。)

*****************************************************

これが真実、南京入城だ! - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Z3L3eVE1kQA&index=12&list=PL3CC52318C68F6610

〜映画中の先輩方からのメッセージ〜
我々の同朋が一つになって 闘った数々の光輝ある 歴史の中でも
南京入城は 燦然たる一頁として 世界の歴史に残るだらう
その日の記録として この映画を我々の子孫に 贈る
〜〜〜〜〜
日本の「三光」は、「日・月・星」の三つの光。
それぞれ、日:昼を創り出し命を育む光、月:夜を照らす光、星:道しるべとなる光。
更に、或る渡り鳥の鳴き声が「ヒ・ツキツキ・ホーシ」のように聞える為、
「三光鳥〔サンコウチョウ〕」という名を付け、高貴な鳥とされている。

大日本帝国軍の戦時の合言葉「皇軍の威光を汚さぬように」。
天皇の軍隊が強調されがちだが、要は「出来る限り民間人に被害を及ぼさない」
「軍事活動は軍規を遵守」「人道に則った言動」等の事。
「情は人の為ならず」、解り易く「天皇の為」と掲げてるけど、
結局は自らの住む国・家族・好きな人達・子孫達の為なわけです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
え、これマジかよ?!天地がひっくり返った。
そういえば、戦後アメリカ軍が、パラオで「パラオ人虐殺」を広めようとしたのは知ってる?
パラオは小さな島国で、そんなことがあればすぐ分かる。
んで、村長や村人が「それは嘘だ」と抗議したため「パラオ人虐殺」は広まらなかった。
問題は、なんでアメリカ軍は嘘を広めようと思ったのか。 そこが重要。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
For Japanese, history is history.
For Chinese, history is propaganda.
For Korean, history is fantasy.
This words came from historian of the UCLA
when he compared history textbook of each countries.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本人は虐殺などしない。一般人が犠牲になったとしたら、その責任の大部分はシナ人による便衣兵の積だ。
当時の日本は世界一の識字率だった、つまり教育が行き届いていた。
人間だ、中には野蛮な愚か者もいただろうが、ごく少数であるし裁き正すシステムも確立されていた。
事実南京市民は日の丸を掲げ帝国軍を歓迎していた写真も残っている。

中国共産党率いる毛沢東は南京大虐殺について、一切何も語ってはいない。
彼はこの事件が起きたとされる6ヶ月後、Protracted Warという書物の中でこう語っている。
『日本軍は中国軍を追い詰めてからのツメがあまい』と。
もし30万人という中国人が殺された南京大虐殺がほんとうに起きたのなら、これは黙っていたはずがないだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
南京大虐殺は実際には何も起きていません。
当時陥落前から南京にいて記事を配信していた取材陣は、AP通信、ロイター通信、パラマウント・ニュース、
ニューヨークタイムズ、シカゴ・デイリー・ニュースの各記者もいたが、南京城で「大虐殺」を行った、
と記事にしたものはいない。 また南京城内には「朝日新聞」一社だけで約80名、「毎日新聞」で約70名、
またNHKや「読売新聞」、その他地方紙の記者までいれるとおびただしい数の取材陣が入場していた。
電柱一本でも倒れたら気づくほどの監視体制の中、民間人が一人でも虐殺されていたら、ニュースになるほどの
水も漏らさぬほどの報道体制でした。当時の記事や写真も残っています。 中国は東京裁判に乗っ取って歴史をねつ造し、
日本を脅して尖閣、沖縄をうばうことが目的です、奴らにとって歴史の真偽はどうでもいいのです。
ちなみに東京裁判に虐殺の証拠として提出された埋葬記録は「一般市民」でなく味方含めた「戦死者」の数であり
15万5332体とのことですが、のちの調査で、その数自体もインチキであったことが、判明されている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この問題には多くの宣教師がかかわっており、彼らは布教の便宜と引き換えに、国民党の広報担当として働いている。
いわゆる安全区には宣教師がかくまった国民党兵がいたが、彼らが安全区の中で強奪と強姦を繰り返し、
それらを含む事件の報告は無条件に日本軍の仕業として、欧米に打電されていた。
軍服の色が同じなので、日本軍を装っていたが、軍を識別する襟章がなく、日本軍の多くは名札まで縫いつけていたが、
事件を起こした部隊の所属などが分からないのは不自然すぎる。
日本人の名前は漢字だから、目撃した中国人にはすぐわかるだろうし、長年中国に住む宣教師も知っていて当然だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
近所のお米屋さんのお爺さんがこの時ここにいたそうです。
戦闘もあったそうですが、ほとんどゲリラ相手で南京でまともな軍と戦った記憶があまり無いそうです。 
で、その人曰く「大量虐殺?そんな事をわざわざする理由がない。意味もないしする気もない。
第一そんな事する余裕がどこにあったと言うんだ。」
フレンドリーに接してくる市民に混じっていきなり襲ってくるゲリラがとにかく恐ろしかったそうです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
便衣兵などを射殺する際に一般市民を巻き込んでしまった部分はありますが,
それを大虐殺みたいに中国人が言い始めたのです。しかも上層部数人だけが・・・
当時の南京市民たちは大虐殺などは聞いたこともないと言っています。
むしろあるわけないと否定する人もいましたが、プロパガンダが広まってから
各地で言われ始めたんですよ。
実際東京裁判でも証拠不十分でしたから、なんせ南京市民自体知らないことの証拠を探したんですから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
便衣兵(=現在のいうところのゲリラ)は正規の軍隊でなく、彼らが戦闘に参加することは当時も
(そして今も)国際戦時法違反です。
当時の海外メディア在南京記者によると、国民党軍は南京退却以前に日本軍の攻撃対象と成ることを恐れ、
自ら軍服を脱ぎ民間人から衣服を強奪し、南京から退却するか若しくは南京内に潜伏をしたいう記録があります。
もし、便衣兵への攻撃があったとすれば、それは国民党軍であった蓋然性が高く、またこの攻撃については
一切避難される事由は無いです。
『東京裁判 幻の弁護側資料』 2011/08/10 発行 小堀桂一郎編 は必読です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
若貴対決に揺れた1996年、南京大虐殺記念館が開館したと言うので見学を兼ねて支那大陸を旅してきました。 
上海 蘇州と汽車に乗り、なぜか一番安らぎを感じた南京の街。駅前の食堂、タクシーの中 ホテルのロビー 
玄武公園 などでの人々との触れ合いの中で、日本人に対する憎しみは微塵も感じなかった。
大虐殺記念館の入り口には人骨が数体 無造作に展示してあり、向井少尉、野田少尉の写真もありました。
変わったとこではあの『土井たか子』が当時、虐殺記念館開館を祝う為に、社会党の党員数人と野宿をしながら、
上海から南京まで自転車で辿り着いたという支那の新聞記事を展示してあった事が一番忘れられない。 
南京大虐殺記念館は日本のODAで建設されたというは当代随一のブラックジョークである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「南京大虐殺」の映画やドキュメント、アイリスチャンの多くの動画サイトがアップロードされてます。
それを見た外国人の人たちがこの30万人大虐殺を全てそのままうのみにしてしまい、多くの人たちが信じて
日本を誤解してます。「日本人はひどい民族だから原爆2つ投下じゃ足りない位だ」との意見もたくさんあります。
最近の中国人は英語が堪能だし、世界中の欧米系中国人は世界中にチャイナタウンを作って住み着いておりますので、
たくさん誇張歪曲した歴史観のコメを書いてます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の父は、太平洋戦争中は満州国大連市にいたが、敗戦後帰国した。
当時の話をよく聞かされたが、日本軍=関東軍は満州国をよく平定し、平安の中で経済発展を遂げ、
鉄道、建物、港湾等さまざまな社会資本を残してきた。
また、日本人と満州人はとても仲が良く、血生臭い事件など無かった。
逆に、中国人の娘さんとも淡い恋心を持っていたようだ。
帰国後も、大連は故郷だと言い、国交回復後大連に旅行している。
その父が言っていたが、当時の日本軍は規律が厳しく、教育も受けていて、統制が取れており、
違法行為を犯せば憲兵隊に厳しく処断されていた。
対敵戦闘行為の時は、当然戦うが、平時に一般人に銃口を向けることはない。
当然、犯罪者や何らかの理由のある場合には処刑することもあったが、理無くして虐殺を行なく事はなかった。
南京大虐殺があったとは到底信じられないということでした。
戦後数十年経過してから、突然のように南京大虐殺というキャンペーンが始まり、毎年毎年その数字が増えていく。
父は、そういう中国の変化に非常に驚き、また悲しんでいました。
でも、父は最期まで望郷の念を持ち続けていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「南京事件」の探究―その実像をもとめて (文春新書)北村 稔 (著)
この本を読んで、南京大虐殺は、ねつ造だと確信しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
南京市内では今でも土を掘り起こすと、19世紀に起きた太平天国の乱で曽国藩軍に虐殺された
太平軍兵士の遺骨とか、蒋介石が北伐で南京を占領した際、国民党軍によって殺された一般市民の
人骨やらが大量に見つかるって言うよね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
John Rabeは 極東裁判で「日本兵が中国市民を1名撃ち殺したのを見た」とだけ証言した。
極東裁判で取り上げられた 南京事件の第一次証言はこの一つだけであることに注視していただきたい。
(他に殺しているのを見たという証言は無い)
さらにJohn Rabeは死に間際、「私は何も見ていなかった」と言っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本軍の軍規の厳しさといったら、それはそれは厳しいものだったと、海軍兵学校を卒業した軍人だった父は言っていました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
The movie "THE FAKE OF NANKING - 1" is removed.


http://www.asyura2.com/19/senkyo256/msg/512.html#c16

[近代史3] 南京大虐殺、南京での組織的略奪とその隠蔽は昭和天皇が直々に命令して実行させた? 中川隆
2. 2019年1月23日 10:01:07 : dMqukjsSAo : bvJ2RzcLIuE[2]

FAKE NEWS が世界を滅ぼす。。。

こんな昔の貴重な映像を、いとも簡単に見られるとは…。
年代物の映像ですが、当時の日本軍の規律の良さが今でもちゃんと伝わってきます。
その場にいない者が、映像だけ見てどうのこうの言えないかもしれませんが、
この南京入城の映像は『 百聞は一見に如かず 』です。
規律のとれた日本軍の様子が良くわかります。

戦時中ですから、どこの国もする様な行為が、南京で、もしかしたらあったのかもしれません。
しかし、人を人とも思わない人権蹂躙を現代においても行っている中国共産党を知るれば
知るほど、南京で行われた事はマッチポンプ式捏造が、かなりの部分占められており、
GHQによる洗脳が完了した反日左翼が共謀して宣伝工作をしていると理解できます。
針小棒大に何十年も宣伝工作を続けている中国共産党の粘り強い姿勢に
日本人は呆れて物が言えません。ただただ脱帽するしかありません。

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これが真実、南京入城だ! - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Z3L3eVE1kQA&index=12&list=PL3CC52318C68F6610

〜映画中の先輩方からのメッセージ〜
我々の同朋が一つになって 闘った数々の光輝ある 歴史の中でも
南京入城は 燦然たる一頁として 世界の歴史に残るだらう
その日の記録として この映画を我々の子孫に 贈る
〜〜〜〜〜
日本の「三光」は、「日・月・星」の三つの光。
それぞれ、日:昼を創り出し命を育む光、月:夜を照らす光、星:道しるべとなる光。
更に、或る渡り鳥の鳴き声が「ヒ・ツキツキ・ホーシ」のように聞える為、
「三光鳥〔サンコウチョウ〕」という名を付け、高貴な鳥とされている。

大日本帝国軍の戦時の合言葉「皇軍の威光を汚さぬように」。
天皇の軍隊が強調されがちだが、要は「出来る限り民間人に被害を及ぼさない」
「軍事活動は軍規を遵守」「人道に則った言動」等の事。
「情は人の為ならず」、解り易く「天皇の為」と掲げてるけど、
結局は自らの住む国・家族・好きな人達・子孫達の為なわけです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
え、これマジかよ?!天地がひっくり返った。
そういえば、戦後アメリカ軍が、パラオで「パラオ人虐殺」を広めようとしたのは知ってる?
パラオは小さな島国で、そんなことがあればすぐ分かる。
んで、村長や村人が「それは嘘だ」と抗議したため「パラオ人虐殺」は広まらなかった。
問題は、なんでアメリカ軍は嘘を広めようと思ったのか。 そこが重要。
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For Japanese, history is history.
For Chinese, history is propaganda.
For Korean, history is fantasy.
This words came from historian of the UCLA
when he compared history textbook of each countries.
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日本人は虐殺などしない。一般人が犠牲になったとしたら、その責任の大部分はシナ人による便衣兵の積だ。
当時の日本は世界一の識字率だった、つまり教育が行き届いていた。
人間だ、中には野蛮な愚か者もいただろうが、ごく少数であるし裁き正すシステムも確立されていた。
事実南京市民は日の丸を掲げ帝国軍を歓迎していた写真も残っている。

中国共産党率いる毛沢東は南京大虐殺について、一切何も語ってはいない。
彼はこの事件が起きたとされる6ヶ月後、Protracted Warという書物の中でこう語っている。
『日本軍は中国軍を追い詰めてからのツメがあまい』と。
もし30万人という中国人が殺された南京大虐殺がほんとうに起きたのなら、これは黙っていたはずがないだろう。
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南京大虐殺は実際には何も起きていません。
当時陥落前から南京にいて記事を配信していた取材陣は、AP通信、ロイター通信、パラマウント・ニュース、
ニューヨークタイムズ、シカゴ・デイリー・ニュースの各記者もいたが、南京城で「大虐殺」を行った、
と記事にしたものはいない。 また南京城内には「朝日新聞」一社だけで約80名、「毎日新聞」で約70名、
またNHKや「読売新聞」、その他地方紙の記者までいれるとおびただしい数の取材陣が入場していた。
電柱一本でも倒れたら気づくほどの監視体制の中、民間人が一人でも虐殺されていたら、ニュースになるほどの
水も漏らさぬほどの報道体制でした。当時の記事や写真も残っています。 中国は東京裁判に乗っ取って歴史をねつ造し、
日本を脅して尖閣、沖縄をうばうことが目的です、奴らにとって歴史の真偽はどうでもいいのです。
ちなみに東京裁判に虐殺の証拠として提出された埋葬記録は「一般市民」でなく味方含めた「戦死者」の数であり
15万5332体とのことですが、のちの調査で、その数自体もインチキであったことが、判明されている。
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この問題には多くの宣教師がかかわっており、彼らは布教の便宜と引き換えに、国民党の広報担当として働いている。
いわゆる安全区には宣教師がかくまった国民党兵がいたが、彼らが安全区の中で強奪と強姦を繰り返し、
それらを含む事件の報告は無条件に日本軍の仕業として、欧米に打電されていた。
軍服の色が同じなので、日本軍を装っていたが、軍を識別する襟章がなく、日本軍の多くは名札まで縫いつけていたが、
事件を起こした部隊の所属などが分からないのは不自然すぎる。
日本人の名前は漢字だから、目撃した中国人にはすぐわかるだろうし、長年中国に住む宣教師も知っていて当然だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
近所のお米屋さんのお爺さんがこの時ここにいたそうです。
戦闘もあったそうですが、ほとんどゲリラ相手で南京でまともな軍と戦った記憶があまり無いそうです。 
で、その人曰く「大量虐殺?そんな事をわざわざする理由がない。意味もないしする気もない。
第一そんな事する余裕がどこにあったと言うんだ。」
フレンドリーに接してくる市民に混じっていきなり襲ってくるゲリラがとにかく恐ろしかったそうです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
便衣兵などを射殺する際に一般市民を巻き込んでしまった部分はありますが,
それを大虐殺みたいに中国人が言い始めたのです。しかも上層部数人だけが・・・
当時の南京市民たちは大虐殺などは聞いたこともないと言っています。
むしろあるわけないと否定する人もいましたが、プロパガンダが広まってから
各地で言われ始めたんですよ。
実際東京裁判でも証拠不十分でしたから、なんせ南京市民自体知らないことの証拠を探したんですから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
便衣兵(=現在のいうところのゲリラ)は正規の軍隊でなく、彼らが戦闘に参加することは当時も
(そして今も)国際戦時法違反です。
当時の海外メディア在南京記者によると、国民党軍は南京退却以前に日本軍の攻撃対象と成ることを恐れ、
自ら軍服を脱ぎ民間人から衣服を強奪し、南京から退却するか若しくは南京内に潜伏をしたいう記録があります。
もし、便衣兵への攻撃があったとすれば、それは国民党軍であった蓋然性が高く、またこの攻撃については
一切避難される事由は無いです。
『東京裁判 幻の弁護側資料』 2011/08/10 発行 小堀桂一郎編 は必読です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
若貴対決に揺れた1996年、南京大虐殺記念館が開館したと言うので見学を兼ねて支那大陸を旅してきました。 
上海 蘇州と汽車に乗り、なぜか一番安らぎを感じた南京の街。駅前の食堂、タクシーの中 ホテルのロビー 
玄武公園 などでの人々との触れ合いの中で、日本人に対する憎しみは微塵も感じなかった。
大虐殺記念館の入り口には人骨が数体 無造作に展示してあり、向井少尉、野田少尉の写真もありました。
変わったとこではあの『土井たか子』が当時、虐殺記念館開館を祝う為に、社会党の党員数人と野宿をしながら、
上海から南京まで自転車で辿り着いたという支那の新聞記事を展示してあった事が一番忘れられない。 
南京大虐殺記念館は日本のODAで建設されたというは当代随一のブラックジョークである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「南京大虐殺」の映画やドキュメント、アイリスチャンの多くの動画サイトがアップロードされてます。
それを見た外国人の人たちがこの30万人大虐殺を全てそのままうのみにしてしまい、多くの人たちが信じて
日本を誤解してます。「日本人はひどい民族だから原爆2つ投下じゃ足りない位だ」との意見もたくさんあります。
最近の中国人は英語が堪能だし、世界中の欧米系中国人は世界中にチャイナタウンを作って住み着いておりますので、
たくさん誇張歪曲した歴史観のコメを書いてます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の父は、太平洋戦争中は満州国大連市にいたが、敗戦後帰国した。
当時の話をよく聞かされたが、日本軍=関東軍は満州国をよく平定し、平安の中で経済発展を遂げ、
鉄道、建物、港湾等さまざまな社会資本を残してきた。
また、日本人と満州人はとても仲が良く、血生臭い事件など無かった。
逆に、中国人の娘さんとも淡い恋心を持っていたようだ。
帰国後も、大連は故郷だと言い、国交回復後大連に旅行している。
その父が言っていたが、当時の日本軍は規律が厳しく、教育も受けていて、統制が取れており、
違法行為を犯せば憲兵隊に厳しく処断されていた。
対敵戦闘行為の時は、当然戦うが、平時に一般人に銃口を向けることはない。
当然、犯罪者や何らかの理由のある場合には処刑することもあったが、理無くして虐殺を行なく事はなかった。
南京大虐殺があったとは到底信じられないということでした。
戦後数十年経過してから、突然のように南京大虐殺というキャンペーンが始まり、毎年毎年その数字が増えていく。
父は、そういう中国の変化に非常に驚き、また悲しんでいました。
でも、父は最期まで望郷の念を持ち続けていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「南京事件」の探究―その実像をもとめて (文春新書)北村 稔 (著)
この本を読んで、南京大虐殺は、ねつ造だと確信しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
南京市内では今でも土を掘り起こすと、19世紀に起きた太平天国の乱で曽国藩軍に虐殺された
太平軍兵士の遺骨とか、蒋介石が北伐で南京を占領した際、国民党軍によって殺された一般市民の
人骨やらが大量に見つかるって言うよね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
John Rabeは 極東裁判で「日本兵が中国市民を1名撃ち殺したのを見た」とだけ証言した。
極東裁判で取り上げられた 南京事件の第一次証言はこの一つだけであることに注視していただきたい。
(他に殺しているのを見たという証言は無い)
さらにJohn Rabeは死に間際、「私は何も見ていなかった」と言っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本軍の軍規の厳しさといったら、それはそれは厳しいものだったと、海軍兵学校を卒業した軍人だった父は言っていました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
The movie "THE FAKE OF NANKING - 1" is removed.


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/131.html#c2

[近代史3] 南京大虐殺、南京での組織的略奪とその隠蔽は昭和天皇が直々に命令して実行させた? 中川隆
3. 2019年1月23日 11:21:11 : dMqukjsSAo : bvJ2RzcLIuE[3]

https://www.amazon.co.jp/「南京事件」の探究―その実像をもとめて-文春新書-北村-稔/product-reviews/4166602071

新聞が主なメディアであった時代は、新聞社が記事を時に切り貼り、時に捏造して国民を欺く事ができた。しかし近年インターネットの発達により、いかに新聞社が特定の思想で国民を欺こうとしても、たちまち真実が追究できるようになっている。1996年、原爆ドームの世界遺産への登録により高まる原爆への批判を別のものに向けさせようと、中国に対して反日宣伝工作を認めていたアメリカも、さすがに今日、インターネットなどのメディアで検証される「南京事件」の冤罪性を認識して、2004年12月6日「New York Times」は「China’s Textbook Twist and Omit History」と題した記事の中で、中国の教育の偏向と、過去の歴史の認識の誤りを痛烈に批判するに至った。
最近の津波で15万人が亡くなりその遺体の処理に想像を超える労力を要しているのに、1台の車で1カ月の間に10万あまりの死体を運び、全て埋葬したといわれても信じがたいと感じた世界の人々も増えた事だろう。中国は今後、「南京事件」の捏造を訴えれば訴えるほど、世界の世論から孤立する時代に入ったと言ってもいいだろう。
さて、「南京事件」の決着は着いてきたかにみえる今日だが、本書の特筆すべき内容は、南京虐殺があった・なかったという議論を超えて、なぜ南京虐殺という嘘が蔓延してしまったかの検証にまで踏み込んでいる事で興味深い。
ーーーーーーーー
東京裁判の証拠として取り上げられた、11万余りの死体処理を行ったと主張した崇善堂は実は車を一台しか持っていなかったことが中国側証拠にある。崇善堂の実在自体が疑われている。そもそも常識的に考えて20〜30万もの死体を1ヶ月という短期間で処理するのは不可能である。大虐殺がこのことだけでも嘘であることが分かる。 この本は良い本であるが、阿羅健一著「南京事件・日本人48人の証言」、水間政憲著「日中戦争時代の武士道精神」、櫻井よしこ著「真相箱の呪縛を解く」などを合わせて読むと分かりやすい。
ーーーーーー
「東京裁判での告訴」に端を発した「南京事件」については、何冊もの本が出ています。「中国人の立場に立って」書いたという、日本の有名新聞の有名記者の本に掲載の写真は、悲惨で見るに耐えません。しかしその全ては、事実と異なる事が証明されているとか。一方旧陸軍・報道関係者を取材した本では「聞いてない。あの狭い南京で、そんな事ある筈ない」と強く否定される人もいるようです。プロパガンダ本を、外国女性・宣教師が、時の中国政府に買収されて書いたという証拠もある由。「事実」はどうなのかをー冷静に取材ーされた本も数冊かあり、本書はそのうちの、すぐれた本だと思いました。
ーーーーーーー
日本人は武士道に代表されるように道徳律を伴った民族性である。故に人を騙すことをせずに信ずることを常としてきた。ある意味で「お人好し」ともいえるのだろうが、故に「情報外交力」は他国(他民族)に比べて極めて弱い。一方支那大陸4000年、幾度も王朝が代わり、その度に民族間での殺戮を繰り返してきた歴史が現代中国の民族性を創り上げている。否が応でも生き抜くためには騙すことも当然で、しかもそれが「善」であるという民族である。裏返せば、それらを土台にした中国共産党もかつての国民党も「情報外交力」が断然に強かった。
当時の日本と対峙していたのは中国共産党ではなく蒋介石率いる国民党であったが、その中央宣伝部は世界的世論で日本を貶めるために豪州国籍の英紙特派員ティンパーリーと同人経由でスマイスという外国人を金で買収し、ありもしない南京大虐殺の本を書かせた。その本があの茶番劇である東京裁判での証拠とされ現代に至っても議論される「南京事件」とされている。
南京事件の虚構は数々の資料、書籍で証明されているが、本書はその決定版の一つと言えよう。それは敢えて日本側資料に頼ることをせず、中国側の資料を読み込んでまとめたものだからである。そこから見出せるのは日本軍が南京を占領した1937年12月13日当日の人口も、日本軍占領から約3週間が過ぎた1938年1月さらに同年3月の人口も、ほとんど変化がないという事実である。
何れにしても本書や同類の資料を用いずとも、常識で考えれば白兵戦において短期間の内に20万、30万人の虐殺など出来るはずがないことは解かるのだが…。もしも大量虐殺をするなら我が国が蒙った「広島、長崎での原爆投下」や「大都市無差別爆撃」という米国の手法を真似るしかなかろう。
ーーーーーーー
人類史上、戦争という枠の中で、人間に対する残虐行為が無かったと確証できる事はない。戦争だけに限らず、政権争い、民族上、思想上がらみで人類は数多くの命を失ってきた。どこかの国が、どこかの国を非難したり、責任を問うたりできる資格があるか?たまたま、日本が明治以来国家の存亡をかけて、対ロシアに備えるがため、朝鮮半島から中国大陸に兵を進めた。いや、進めるしか方法が無かった。でなければ、日本国に危機は防ぐことができなかった。今、私たちは平和な日本に居るから、当時の状況が膚に感じない、本で読んだだけの知識あるいは、他人の無責任な話だけで当時の日本人を非難している。中国が、あること無いことを世界に発信するのは、今に始まった事ではない。他国の事をとやかく言える国でもない。不幸なのは、日本の隣国に中国や韓国があって、それらに関わらねばならない日本なのである。南京事件なんて言葉すら、空々しく問題に取り上げる価値も無い。
ーーーーーーー
戦争に突入することになったことも含め、わが国には昔も今も外交能力が如していたんだなあ。
心理戦や情報戦において、つねに中国にいいように扱われてしまう。
ここのレビューを読んで思ったことは、この本に批判的な人は、
当時諸外国が日本を貶めようとした新たな証拠がいくら出て来ようが、
とにかく日本が悪い、という思想は変わらないだろうなあ、ということ。
永遠に日本人が悪者であり続けるのを望む人が、日本人の中にいることが辛い。
ーーーーーーー
南京大虐殺の30万人皆殺しの風説は、
仮に虐殺があったとしても、その手口、殺し方が
どうも日本人らしくない。
そういった皆殺し的な虐殺のやり方はむしろ中国人のやり方としか思えない。
つまり、これは国民党のやり方に非常に近い。
30万人皆殺し説にも、多いに疑問がある。
実際には3万人から5000人くらいだろう。
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読者は、本書が南京事件(南京大虐殺)そのものの歴史的真相を追求したものではない、ということを強く念頭において読み進めるべきである。「虐殺派」にも「まぼろし派」にも属さない客観的、公正な立場から論争の決着を求める、ということでもない。おそらく、読者のほとんどはこの論争をふまえて本書の扉を開くであろうから、この本はどちらの肩を持つのか?とか、どちらに有力な材料を提供するのか?などと期待するかもしれない。そのような期待は、本書の理解を妨げてしまう。
本書は、あくまでも、南京事件が政治的プロパガンダとして利用され、その過程でいかに政治的歪みを与えられたかを明らかにする。当初は、同盟国側の同情や支援を引き出すための国民党の政治的反日宣伝や東京裁判のプレゼンス主張の一環だったものが、戦後の国共内戦を経た東西冷戦のなかで中共政府に継承され「(愛国心を鼓舞する)誇張表現である『愛国虚言』」へと肥大していく。この過程についての実証研究としては優れたものであり、この問題に新たな視点を与えたことは本書の大きな功績だ。
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「戦争とは何か」のティンパーリーが国民党プロパガンダ部顧問であるとは良く知られた事実であった。
親中共派のアメリカ人ジャーナリスト、アグネス・スメドレーはその著書「CHINA CORRESPONDENT」に当時の南京のアメリカ人宣教師たちは国民党の味方で、南京放送を使って中共軍に不利になるよう「歪曲した情報」を流している、と書いていた。
スメドレーが「Y.M.C.A.の秘書」と言っているのは「南京国際委員会」のフィッチのことやいかに、とずっと疑っていたが、南京大学教授のベイツ博士がまさか!
ベイツは、南京虐殺「中間派」の中でも最も欧米ジャーナリストが信頼を置く秦郁彦氏なども、絶対の信頼を置いてその言説を信奉していたのである。これでもう、「中間派」もベイツの主張を根拠にすることはできなくなった。
北村氏の発見は、虚構としての「南京虐殺」論争に文字通り終止符を打った、ということになる。
惜しむらくは、北村氏もまた、「裁判なしの便衣兵の処刑が違法」であり(実は、便衣兵は国際法上「戦争犯罪人」と芊做され、慣行として諸外国でもこのようなゲリラは裁判なしで処刑して可、と認識されている)、それがある限り「虐殺は無かった」とはいえない、という立場を採るのであるが、とりあえず、その大発見に拍手!なのである。
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本書は、日教組の偏向教育で多大な贖罪意識を植えつけられた多くの国民

に一読いただきたい一書です。国民の大多数が誤解していることを南京事件に

ついての検証した点で、著者の功績は絶大です。 著者たちは、史料を一つひと

つ検証し、南京事件が第一報である英国の日刊紙「マンチェスター・ガーディアン」

に掲載された、特派員ティンバーリーの記事が、実際には中国国民党中央宣伝

部によって仕組まれた巧妙な戦時外交戦略であることを明らかにしました。更に

著者は、所謂南京30万人大虐殺が、捏造であったという認識からさらに一歩踏

み込んで、南京で大虐殺があったという認識がどのような経緯で出現し形成され

たかを時系列に検証しました。

  著者は、「30万人大虐殺」は、はや戦争中から準備されていた戦犯裁判のシ

ナリオに沿って、日本の戦争犯罪の告発するべく作り上げられたと著者は結論づ

けています。30万人という数字は、広島の原爆被害者数に並ぶ数字でアメリカが

原爆投下の正当性を主張するために、引用した節がある事が紹介されています。
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史料批判は、歴史を研究する者がおこなうべき基本的作業事項。しかし南京事件とかになると、史料批判を行わない学者やマスメディアが多い(朝日新聞とか)。
本書は、今までの大虐殺説の「論拠」となった史料の検証を大々的に行った労作。戦前のプロパガンダが、戦後、悪意ある学者とマスコミの手により、「事実」として広められていく恐ろしさが分かる。
大虐殺派が編集した資料集!の誤訳やミスリードについても言及している。歴史の分野・時代を問わず、史料批判といった観点から本書を読んでも、十分参考になる著作である。また「史料は原文にあた」らなきゃいけないことも痛感する。
根拠薄弱の資料をもとに大虐殺を唱えている学者が多い。
史料を意図的に誤訳する学者もいる。
大学を改革するなら、この手のダメ学者をさっさと首にすべきだろう。
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「中国人の心性」として引用されている林思云の「愛国虚言」説は興味深い。国への愛が深ければ深いほど、また敵への恨みが深ければ深いほど、虚言の規模は大きくなり、それを否定するものは漢奸のレッテルを張られるという。この種の虚言は南京事件に限らず、大躍進運動、文化大革命、天安門事件でも出現して幅を利かせたという。おそらく効果はないだろうが習近平氏や李克強氏に聞いてもらいたい。
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本書を通読して寒気を感じるのは、情報の力、である。それゆえ、巧みに操作された情報ほど恐ろしいものはない。また、その情報を操作しようとする力がありうることも、恐ろしいものはない。それは国家権力とかそんなこともあるだろうが反国家的な情報操作も有りうるという事でもある。
そんなこんなを考えさせる良書である。
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原典に直接当たってなるべく中立な立場で分析しようと努めていることに好感が持てる。それでも導かれた結論は「『南京大虐殺三十万人』はすでに戦争中から準備されていた戦犯裁判のシナリオに沿って、日本の戦争犯罪を告発するためのハイライトとして作りあげられたと言わざるをえない」だった。中国政府の対日戦略であることを肝に銘じておくべきであることを教えてくれる。
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南京事件」あるいは「南京大虐殺」のことが語られるとき、当時の外国人の日記や外国人ジャーナリストの記事などが「大虐殺」の証拠として取り上げられるが、その外国人たちが公平・公正に事実を書き残したり、記事にしていたわけではなかったということがわかりました。
 外国人記者は国民党に頼まれて記事を発信していたというのだから驚きです。現在では、大多数の日本人が南京で虐殺があったと漠然と信じ込まされているが、ちょっと考えなおしたほうがいいのかもしれない。
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