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[政治・選挙・NHK266] 「9条は世界遺産」と古賀誠が物言わぬ現職自民議員に警鐘!  赤かぶ
11. 2019年9月30日 13:47:08 : EUVFMu2hdo : eFdKcjVLUlAubTI=[1]
本文>「古賀誠元幹事長が28日、著書「憲法九条は世界遺産」(かもがわ出版)を出版した・・・著書は昨年夏の講演録に加筆、戦争で父を亡くした自身の生い立ちを紹介し「9条には戦争遺族の血と汗と涙が込められている。戦後不戦を貫いた9条の力は世界遺産だ」と訴えた。

  
早速、アマゾンで新刊本(1080円、送料無料)を発注。正に現世情に警鐘鳴らす良書であり、価格も手頃で飛びついた。れいわ新選組へも参院選中は5つ行ったし、事務所開設や北海道街宣でもゼニコ要ると寄付した。新選組へのゼニは全く惜しくねえし、こいくれえ無駄でねえゼニはねえが、同様に古賀本もタイムリーな上梓、付加価値が高い割に全く安い、配達が待ち遠しいよ。
 海行かば 水漬く屍、山行かば 草生す屍、今未だ南海の孤島やジャングルの、北のツンドラ凍土に、幾十万の英霊が祖国を念じつつ眠ってる。皆紙切れ1枚で駆り出され、平和な暮らしを突然遮断され、最後は煉獄地獄の黄泉の世界に放置だ。憲法九条が存在しない世界を体験した者しか、9条の真の有難味は本当には理解できない。憲法9条の下でようやく国民は、生業と生命も保証され、暮らしに役立つ物作りだけに専念できるようなり、それを世界の人々に販売し、喜ばれ自分も儲け、結果としての我が国産業の発展により、最後は“Japan as 1”と言われるまでに興隆した。この日本が陰り出したんは、1980年代末頃からで、小泉・竹中等が跳梁蟠踞始めてからで、自主性・主体性の喪失の下、国家資産も国民の暮らしも宗主国次々売り飛ばされだした。期を同じくして、憲法9条へ攻撃が加えられだした。宗主国アメリカ,とりわけネオコン・軍産複合体等戦争屋勢力の要求もあるが、9条を狙いとする”壊”憲の動きの強まりに比例して、我が日本の国力と威信の低下が比例して始まった。仕上げは現安倍政権下の状況で、国も国民の暮らしもガタガタで、見るも無残な状況になってる。憲法9条を放棄した後の日本を想起すると、貧困・飢え・病気・ノミ・虱等々かって辿った轍を再度歩くと思うと、暗澹たる思いだ。
 今現状に警世鳴らす古賀本だ上梓だ、著者は保守本流の中心で、小生は日本共産党支持で立場は逆だが、国家・国民を思う心は同一だ、再三言うが実にタイムリーだ、よくものしてくれた。2年前2017年5月の憲法記念日の頃、憲法論議に関連して下記コメを載せたので、本文にも関係あるで再掲する。


     「9条は、その時代の思い、人類全体の思いだった」

 1946年早春、街には並木路子の歌が流行ってたが、GHQは当初は日本側に新憲法つくらせようとしたのは事実だ。日本側は、松本烝治を中心に新憲法案(憲法改正要綱、松本案)をまとめ、2月8日にGHQへ提出した。実は、そのおおよその内容は、GHQは事前に知っていた。2月1日に、毎日新聞が松本案の概要(正しくは宮沢甲案)をスクープしていた。その記事を即座に分析したGHQは、そんときの率直の感想は、。”コラア駄目だ、新憲法作る気も無ければ、能力もない” というのが偽わざる気持ちだった。何せ帝国陸海軍も存続、天皇主権もそのままだった。慌てたGHQは、3日に今の第一生命ビル8階に、GSスタッフ30数名を中心とするメンバー集め、基本骨子(マッカーサー三原則、軍備廃止・国民主権・基本的人権尊重等)だけホイットニーが示し、新憲法の基本案準備作業に入った。30数名の中に、ベアテ・シロタがいたというのは有名な話だ。全員が、各担当分野を、一週間でまとめると言われ、不眠不休だった。女性の権利を担当したベアテなんざ、東京中をジープで駆け巡り、図書館に行き、日本人学者に話しを聞き、骨子まとめた。こうして、マッカーサー草案がおおよそまとまったことろへ、2月8日に松本烝治等が松本案をもってきた。当然GHQ側は、基本的な所では明治憲法と大差ないことを知っていたから、代わりに出来たばかりのマッカーサー草案を示し、これを参考に新憲法を作れと、命じた。このことを、「押しつけ」ととるか、確かに形は押しつけだが、日本側は軍部存族や天皇主権は変える気なかった、形式でなく前後の状況で考ええれば、押しつけとは言えないだろう。マッカーサー草案をもって帰った松本烝治等は、腰も抜かさんばかりに驚いた、軍備廃止とか天皇主権否定だ。ここから、松本烝治等はGHQに日参して、自分達の案(松本案)による新憲法をと陳情始めた。しかし、GHQは認める筈ない。とうとう痺れきらしたGHQは、2月18日に、マッカーサー草案をベースに新憲法作るのか否か、24時間以内に答えもってこいと、最後通牒を突きつけた。”否”のときは、天皇制の存続が危険になるよ、との一言が決め手になった。じつは、GHQ側は、ここまでの記述で、相当慌てたり焦ったりの状況が分かっただろうが、ある事情があった。極東委員会開催、極東裁判開始が刻々と迫っていた。ソ連やオーストラリアなど、天皇制存続に厳しい考えもっていた。GHQとしては、開始前に、新憲法を完成させ、そこへ天皇を位置付け、天皇制を続ける意向があった。こうして、日本側も止むを得ずと、受諾して新憲法作製に入り、ついに3月5日に、「憲法改正草案要綱」が発表された。旧権力側が、”避雷針憲法”とか”山吹の実の一つ・・・”憲法と自嘲した所以である。草案要綱は、ほぼ現憲法と同じであった。
 現憲法にケチつけたい連中がよく強調する、<当初の日本側の案がダメなので、GHQは自ら作って強引に>と言うのは、全て間違いでないが、その<ダメ>の内容が、現行自民党改憲草案に通じる内容なので、GHQはダメと言った、という点を注視すべきだ。
  9条は、ハーヴァード・ロースクール出身のケーデイス大佐(本業弁護士)が担当したが、これには、人類と時代の相当な思いが込められている。彼が、多感な高校・大学時代を送った1930年代は、悲惨な一次大戦の実体から戦争を法律で禁止
(Outlawry of War)しようという不戦運動がアメリカで燃え広がった時代だった。ケーデイスは、こうした影響を強く受け、何とか戦争を法的に禁止できないか、という思いを強め、大学でも戦争の法的禁止をテーマに研究した。日本憲法作製で、戦争放棄を担当することになったとき、彼の思いを9条条文に込めたのは当然だが、それは彼の個人的なものだけでなく、その時代の思い、人類全体の思いだった。9条がノーベル平和賞とれるか落選か不明だが、もしとれる場合は、ケーデイスも日本人共々、正しい方向の努力したし、少しは報われたと、思うのでないか。            >


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[政治・選挙・NHK266] 「9条は世界遺産」と古賀誠が物言わぬ現職自民議員に警鐘!  赤かぶ
15. 2019年9月30日 17:47:22 : EUVFMu2hdo : eFdKcjVLUlAubTI=[2]
11です、13氏ご指摘「高価ではあるけどハーバート・フーヴァー代大統領の著書も  読んでみてはどうだろうか・・・アメリカ大統領の考えを書いた本の方が、戦  争の真の原因を知ることが出来るだろう」

  
親切丁寧なご指摘、感謝します、機会あれば図書館等で一度閲覧したい。今は、1930〜40年代の米国についてのフーヴァー史観につては不識であり、当人の考え方にも明確な知識は持ち合わせないので、意見は何ともいえない。ただ、フーヴァーを巡る概括的な感想だけ言えば、とりわけ経済思想に絞れば、クーリッジとFDRの間にあって、苦闘したとは想像できる。経済理論から言えば、クーリッジは新古典派、FDRはケインズ経済と規定すれば、その間にあってフーヴァーは行動の理論的根拠を、とりわけ大恐慌の齎す大規模失業対策など、自ら作り出さねばならず大変だった筈だ。喧伝されるのとは相当違い、フーヴァー自身は死にも狂いで恐慌対策・失業対策をやった、フーヴァー・ダムとか。がしかし、それら諸施策は、残念ながら中々成功せず、恐慌の深化で国民の不満は高まる一方であった。
こうした形で。1933年のFDRの登場となるが、フーヴァーは、それ以後のFDRの諸施策をどのようなものとして眺めたか。この辺が、今回13氏ご指摘のフーヴァー本の骨子なのだろうが、未読なので差し控えるが、フーヴァーの政治的立脚点をモンロー主義とすれば、伝統的立脚点も投げ捨てて、対外的世界戦争にのめり込んでいくFDRの様は、フーヴァーは相当不満つうか、批判的であったと思う。しかし、世界的フアシズムの高まりに対して、モンロー主義だけでよかったのか否か、歴史の審判はどするか。
何れにしても、FDRのケインズ主義は、復興公社とかあらゆる施策は大きな政府の実験となり、有効需要理論の先導的試行であったが,1937年には再度恐慌を招来するとか、必ずしも成功しなかった。結局、失業解消は二次大戦開戦を経てからであったが、フーヴァーから見れば、世界大戦なんか経ないでも、オレのやり方で恐慌対策はできた筈と、当然一家言あったろう。当該本を未読で何とも言えないが、経過には興味そそられる。
  ただ、フーヴァーとFDRの確執は如何であれ、ケージフ大佐の多感な青春時代は,1930年代のニュー・デイール時代の人道主義的・理想主義的時代とオーバーラップは事実である。憲法第9条の実質的起草者としての彼の思想的傾向を検討するのに、この背景は無視できない、フーヴァーの彼以後の1930年代の見方はいかなるものであれ。小生の現状での言いたいことは、その事です。


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