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[政治・選挙・NHK282] 旋風なき「れいわ」どこへ 衆院選で山本氏の復帰なるか(朝日新聞) 赤かぶ
166. アラジン2[703] g0GDiYNXg5My 2021年7月30日 05:53:37 : ppi4Du6ScY : WlZpOUJaMktRU2s=[1]
>>157. 新共産主義クラブさん

>◆ 非同盟運動
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%9E%E5%90%8C%E7%9B%9F

教えて下さってありがとうございます。初耳でした。

●ウィキより。
「非同盟」はインド首相ジャワハルラール・ネルーによって、スリランカのコロンボでの演説において、1954年の中華人民共和国の周恩来との会談で示された平和五原則の説明の際に用いられた[2]。

翌年1955年にはアジア・アフリカ29カ国が集まって開催されたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)においては平和十原則に発展した。1961年の第一回会議でのベオグラード宣言では、中華人民共和国の国連代表権支持や当時キューバ革命を起こしたフィデル・カストロ体制の尊重なども掲げられた[3]。

非同盟主義が賛同を集めた背景には、アメリカ合衆国とソビエト連邦の冷戦構造がかつての植民地・半植民地であった地域における覇権抗争を招き、インドシナ戦争・朝鮮戦争のような実際の軍事衝突を引き起こしていたことがある。その点で、この運動は反帝国主義・反植民地主義としての性格も有していた。

四半世紀すぎた1986年、第八回ハラレにおける首脳会議において、それらの運動の目標を、軍事ブロックの拡大を防ぎ、諸民族の民族自決権を守り、国連その他の場で、平等な国際協力と対話を促進することを通じて、新しい、公正で、民主的な国際秩序の樹立することがその歴史的使命であると位置づけている[4]。

1960年にアフリカで17カ国の国家が独立したことで、国際社会におけるアジア・アフリカの発言力は一層強化された。こうした中で、ユーゴスラビアのチトー(ソビエト連邦とは距離をおいた独自の社会主義政策をとっていた)らの主導によって、1961年9月にベオグラードで第一回非同盟諸国首脳会議が開催されることになった。

当初の参加国は25カ国であった。2011年5月の外相会議[5]にはフィジーとアゼルバイジャンが加入し、120ヵ国となった。
(略)

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勉強になります。
今日は多忙なので、また後でレスします。


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