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[政治・選挙・NHK296] れいわが、自民・国民民主に続いて、政党支持率3位に爆上げ⤴⤴ 立憲・維新もぶち抜く!!  赤かぶ
72. 記事全文・最後[1] i0yOlpFTlbaBRY3FjOM 2026年1月07日 14:02:16 : mnkJEyPn1U : Qm9Ub041S21jdUk=[110]
<▽48行くらい>

母に培われた思想

山本は兵庫県宝塚市出身。1歳の頃、父親は亡くなり、 母親がペルシャ絨毯の輸入・販売などを手がけ、
女手ひとつで、二姉妹と末っ子の太郎の3人の子を育てあげた。
母親がかつて週刊誌に披瀝した話によれば、
"悪ガキ" の息子はお菓子の万引きなど
悪事も絶えなかったという。
布団たたきでお仕置きをしていたが、それでも、

「中学生時分、私の財布から毎日二、三万円盗み、
友達をタクシーでゲームセンターまで連れていき『豪遊』させてました」
(週刊朝日・9年4月23日号)

と語っている。

その後、大阪・箕面市の中高一貫の私立校に進学した。

「太郎君はとにかく目立ちたがり屋。
学校の行事で、丸太をくり抜いてカヌーを作り、
淀川を下るというものがあった。
皆、休みも学校に来てカヌー作りに精を出したんですが、
太郎君は興味がないのか、全然手伝わなかった。
ところが当日は、取材に来たテレビカメラの前に張り付き、
映っていたのは彼ばかり。
"イェ〜イ" とピースサインし、頑張ってきた子たちは
"なんでアイツが······" と苦笑いしてました」
(同級生)

高校に上がり、16歳で「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」
のダンス甲子園に出場。一躍人気者となったが、
学校に無断だったため問題になり、
結局、留年した後に高校を中退した。
その後、上京し、芸能活動に専念するようになったのはご承知の通りだ。

破天荒な10代を送った山本。
もっとも、彼の著書などによれば、
幼少の頃からボランティア精神も培ってきたというから意外だ。
それを叩き込んだのは、他ならぬ母親なのだとか。

〈お年玉とかもらうと必ず 何パーセントか 「税金」として取られて(笑)。
それを 社会貢献用に寄付させられてたんです〉
(『ひとり舞台』集英社刊)

彼は9年前に環境保護団体「グリーンピース」の
サポーターになっているが、
最初にこの団体の情報をくれたのも母だったという。

「母親も環境問題にうるさく、
グリーンピースのサポートをしていた。
またフィリピンの貧しい子どもたちの里親になる
ボランティア団体に所属し、
実際に里親にもなっていました。
その子どもたちに会うために、
小学生の頃の太郎さんも
フィリピンのレイテ島などに何度か連れて行かれ、
極貧生活を体験させられています」
(芸能関係者)

フィリピン移住計画も、 母親が主導したものらしい。
彼の異常なまでの反原発思想は、
環境問題に意識の高い母親の影響から生まれたと言えよう。

さて、健気に新地で働く朱璃さんに、
山本との別離の理由を尋ねたところ、
一瞬にして顔色が変わり、甘ったるい声はなりを潜めた。

「たぶん・・・・・・違います」

と奇妙な言い回しで否定したきり、
店の奥に引っ込んでしまった。
ならば、ここは山本議員に真相を聞かねばなるまい。
しかし夫人との破局やそれに関する嘘については、
彼がきちんと取材に応じることはなかった。
政治家としての資質が問われる問題に
説明責任を果たさなかったのである。

剥がれ落ちた反権力の仮面。
もっとも、彼を妄信的に崇拝する支持者や、
御輿として担ぎたい輩にすれば、
そのカリスマ性は微塵も揺るがないのだろうが......。
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