未確認潜水物体 ジャネット&コーリン・ボード

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投稿者 SP' 日時 2000 年 9 月 18 日 18:00:14:

以下『超常現象の謎に挑む』(コリン・ウイルソン監修、教育社)第4章より抜粋。


海底のミステリー

UFO(未確認飛行物体)のことはだれでも聞いたことがあるだろう。では,USO(未確認潜水物体)というのはどうだろう? 実は,最近,USOの目撃報告が増えているという。その実態について,ジャネットとコーリン・ボードが報告する。

 1967年7月30日の夜,ジョージ・モントヤ航海士はアルゼンチンの商船ナビエロ号の当直だった。船がブラジルの沖合190kmの大西洋を航行している時だった。非番の航海士や乗組員たちは,下でくつろいで夕食を食べていた。モントヤは右舷の方をちらっと見て驚いた。葉巻のような形の奇妙な船が15mほど先を静かに進んでいるではないか。彼はあっけにとられて一瞬目を見張ったが,すぐにインターホンで船長に報告した。船長のフリアン・アルダンサがデッキに上がって来たとき,その不思議な船はまだ彼らの船の横に並んで走っていた。2人はそのまま15分ほど,その船をじっと見つめていた。その不思議な船は青白色の強い光を放ち,航跡を残さなかった。彼らの目測では,長さが32〜34mぐらいの船だった。
 しばらくすると,その得体の知れない船は,何の前触れもなく商船の方へ向きを変え,強い光を放ちながら速度を上げて迫ってきたと思う間もなく,商船の下へ潜り,海底に消えてしまった。ナビエロ号の船員たちは,謎の未確認潜水物体(USO)を目撃したのだった。その後の記者会見で,船長は,絶対に通常の潜水艦でもないしクジラでもない,20年間航海しているがこんなものを見たのは初めてだ,と述べた。
 1940年代の終わりからUFOを目撃したという報告は何万にも上っている。だが,これまでの報告を合わせると,USOを海で目撃したという報告もそれに近い数になる。なにぶん,地球の表面の70%は海なのだ。しかも,海洋の平均の深さは3000mもあり,人間は地表の底に横たわるこの広大な地域をやっと探り始めたばかりなのだ。技術的に進歩した生物ならば,海底は人間の目を逃れて自分たちの活動を十分に行える理想郷かもしれない。
 熱心なUFO研究家が,1947年(一般にUFOが最初に目撃された年とみなされている)以前にもUFOの目撃例があったことを突き止めているように,USOの目撃例も前世紀から存在している。1885年2月24日,イナーウィッチ号の乗組員たちは北太平洋で,赤く輝く光を放つ巨大な物体を発見した。その物体は水に潜ったが,その時にものすごい水柱を上げたという。1887年11月12日,カナダのニューファンドランド島のレース岬の近くで,イギリスの商船シベリアン号のムーア船長は“大きな火の玉”が海面から15mぐらいの高さまで上がっていくのを5分ぐらい見つめていた。その火の玉は風にさからって船の方へ近づいてきたと思ったら,どこかへ消えてしまったという。このような報告はたくさんあるが,これらはUSOがUFOに変わり得る,またその逆もあり得ることを暗示している。
 USOの目撃例のなかで最もドラマチックなものは,1980年7月26日の夜に起きたケースである。タッグボートのカイオバ・シーホース号はいつもの航路を進んでいた。ブラジルのナタール市の沖合95kmまで来たとき,一等航海士が突然,進行方向のまっすぐ前に直径10mほどの灰色の物体が浮かんでいるのに気がついた。同時に海上に明るい光を放っているのも見えた。そして,船の方へものすごい勢いで近づいてきた。一等航海士が衝突を避けようとして船の方向を変えると,その物体は黄,赤,青などの様々な色の明かりをともした。明かりは,彼らのところへ着いたと思ったら,海上に浮かんでいるUSOの上空60mほどのところを静かに漂っていた。それは楕円形の発光体だった。タッグボートのエンジンはすでに止まっていた。乗組員たちは,UFOがゆっくりと海上に浮かぶUSOへ降りていくのを,びくびくしながらも魅せられたように見守っていた。2つは合体して,上へ上がりだした。UFOはUSOを下にくっつけたままその付近を数分間ホバリングした後,さっと沖へ姿を消した。この事件は当然,海軍当局によって詳しく調査が行われることになった。そして同時に,ブラジルのUFOマニアたちの間でも論議の的となった。タッグボートの乗組員たちは,UFOどうしの救難活動を見たのではなかろうか? あるいは,予定海域でいつも行われる積み荷の受け渡し作業ではなかったのか? 結局,結論は出なかった。そして,海軍当局は見つけ出したことをいっさい公表しなかった。

海上に輝く緑の光
 北アメリカの沿岸でもUSOが目撃されている。1979年3月27日の夕方,マサチューセッツ州オーク・ブラフスへ車を走らせていた19歳のウェズリー・グラマンという青年が目撃した。砂丘の頂上の上で緑色に輝いている物体に気がついた。砂丘を通り越して視界がきくようになったところですぐに海の方を見ると,海岸から約60mの海上に長さ9mぐらいの円筒状の発光体が浮かんでいた。グラマンは,そのUSOが海面から静かに上へ上がりだしたので車を止め,外に出てその様子を見ていた。彼は車から強力な懐中電燈を取り出そうとしたが,体がしびれて首しか体を動かすことができなかった。体の麻痺はUSOが彼の視界から飛び去ってしまうまで続いた。このほかにおかしなことが2つあったと,グラマンは報告している。1つは,彼が目撃している間じゅう,車のAMラジオから低くブーンとうなるような音が出ていたこと。2つ目は彼の腕時計の動きである。手巻きのカレンダー付きの腕時計だったが,日付が3日先に進んでいたのである。でも,翌日は正しい日付に戻り,それ以降は正常だった。
 アメリカのロード・アイランド島のニューポートで,ジョン・ギャラガーは,日中,海面から上空に上がって進んでいく得体の知れないものを見た。1961年4月,彼は海岸のそばにある自宅で作業をしているとき,赤い球のような物体が波間に見え隠れするのに気がついた。不思議に思った彼は,よく見てみようと二階に上がった。その物体は海岸から180mぐらいのところに浮かんでいて,沖の方へ移動していた。そして突然,少しずつ上空へ上りだし,海面から18mぐらいのところで止まった。そして,時速160kmぐらいの速さで沖へ向かって一直線に飛び去った。その動きといい,スピードといい,風船のような風に吹かれて動いているものではなく,知性のある者が動かしているな,と彼は確信した。
 また,未確認潜水艦は内陸の川や湖にも現れる。これまでに,湖,川,港,入江,フィヨルドに出入りするところを目撃したことが報告されている。1980年11月,ブラジルのアラグアリ川では何人もの人が同時に目撃している。フェリーを待っていた70人以上の人が,川の中から直径5mほどのがっしりした物体が空中へ飛び上がるのを見たのである。その物体は上空200mぐらいのところをホバリングして,それからゆっくりと海の方へ去った。一時は,船着場から30m以内のところまで接近してきた。
 カナダのブリティッシュ・コ ロンビア州のキャムループスの近くを流れるトンプソン川から“典型的な空飛ぶ円盤”が飛び出していくのを目撃した男の人がいる。この人は匿名を希望しているが,世界的に有名なUFOの権威J・アレン・ハイネック博士から厚く信用されている人物だ。1981年5月16日の晴れた午後,この人が川で静かに釣りをしていると,熱したフライパンに水を注いだような音がしたかと思うと,岸から100mほど離れた水面をブクブク泡立たせながら奇妙な乗り物が現れ,そして,ブーンという音を立ててものすごいスピードで彼の頭上を飛び去った。その時,彼の周りに食べかすのような粉をパラパラと落としていった。彼はこれを拾い集めて,アメリカのイリノイ州にあるUFO研究センターに持っていって調べてもらった。その結果は,1981年末の時点では,まだ発表されていない。
 ロンドンのあるバスの運転手と乗客は,葉巻を銀紙で包んだような形のUSOが電話線を切断し,コンクリートの土手をえぐりながらリー川に飛び込むのを,バスのフロント・ガラス越しに目撃した。ボブ・フォールという名の運転手で,彼は1964年4月13日,トッテナム行きのバス123号車を運転していた。USOは彼の前の道路を横切り,川に着水した。警察は深さ2mのその川底をさらったが,何も発見できなかったので,カモの群れを見間違えたのではないかと言ったが,それでは,切断された電話線やえぐり取られたコンクリートの土手のことを説明できない事件だった。
 もう1つ,“とてもあり得ない”USOの目撃例があった。1965年3月,カナダのケベック市の近くを流れるセント・ローレンス川でのことだ。ケベックエアのクロード・ローリン機長と副機長は,海岸から320km離れた川面に,“潜水艦”がいるのを見て,どんな潜水艦でもこんなところにいては極めて危険だと思った。1969年5月23日,“赤い光を放つ丸いぴかぴかした物体”がセント・ローレンス川へ飛び込むのを3人の人が目撃した。だが,警察の捜査では何も発見されなかった。
 超音速で大気圏を通過してやって来たUFOは,過熱した機体を冷やす必要があるかもしれないという考え方は説得力があり,次の目撃報告ともつじつまが合う。1967年の夏,カブスカウトの隊長と助手はカブの子供たちと,カナダのニューブランズウィック州にあるセント・ジョン市から32km離れた静かな湖のほとりでキャンプをしていた。子供たちは眠っていたが,2人は水をくむために湖へ歩いていった。すると,薄明の中を,皿を2枚合わせたような形のUFOが周りから赤,オレンジ,緑,青の光を放ちながら降りてきた。UFOは湖面に触れると,そのままジュジュジュと音を立てて沈んでしまった。その音は,1981年にカナダのキャムループスの近くを流れるトンプソン川からUFOが飛び立つところを目撃した人が耳にした音を思い起こさせるものだった。その湖には山の雪解け水が流れ込むので,水は澄んでいて冷たい。だが,翌朝,2人が湖水を見ると,ひどい泥水でなまぬるかった。
 多くの人が湖畔で夜を過ごすわけではないが,過ごしてみると,ボード夫妻のような不思議な光景に出会うかもしれない。1955年9月16日の夜,同夫妻はニューヨーク州にあるチチカス貯水池で釣りをしていたが,午前1時半まで1匹も釣れなかった。その時,ボード夫妻は,ピンク色に輝く球体が水面から空中に上がって再び水中へ入っていくのを目撃したのだ。それからほんの少したったとき,岸に戻っていた夫妻は黒っぽい物体が水面から出てくるのを見た。その物体は,底部からは2筋の白い光を出し,上部には淡黄色の光がくるくる回転していた。ボード氏は,怖さを通り越して好奇心から,その光の方へボートをこいで近づこうとした。すると,その物体はスピードを上げて後ろへ下がったが,しばらくすると,彼の方へ近づいてきたので,今度は彼のほうがボートをこいで逃げだした。ボード夫人がその状況をひどくいやがったので,夫妻は1キロ半ほどボートをこいで係留場に着いた。だが,光はまだ2人の跡を追ってきた。夫妻が自動車に乗り換えて出発したとき,その光はまだ池で輝いていた。どうも,UFOやUSOには貯水池は特に興味があるらしく,貯水池近辺で目撃したという報告は数多くある。これに対する研究家たちの見解は,彼ら(UFOやUSO)は人間がさらされている水質汚染を調べているのではないかといった見方から,彼らなりの判断から人間の飲料水に組織的に薬品を添加しているのだという見方まで,実に様々である。
 こうした不思議な機械(機械とすればの話だが)は,次のスウェーデンの氷におおわれた湖での目撃例が示しているように,ものすごく強力のようだ。1976年4月30日の午後5時15分から5時30分の間に,スウェーデン中央部にあるシリヤン湖で,黒灰色の物体が厚さ20cmの氷でおおわれた湖面を切り裂いて進んでいくのを3人の人が目撃した。そのあとにできた水路の幅は3〜3.6mで,長さは800m以上にわたっていた。そのUSOは時速95kmで湖面の氷を切り裂いて進んだが,その時,両側に氷の塊と水を滝のようにまき散らした。この事件より8年前の1968年4月5日,『タイムズ』は「スウェーデン中央部にある湖の氷でおおわれた湖面に,“信じられないほど強力な物体”が巨大な穴をあけたが,科学者も軍の専門家もその正体については分からない」と報道した。その穴はマールングの近くで土地の2人の人が見つけたが,大きさは585m2もあった。調査を指揮したカート・ハーマンソン大佐は,穴の周辺に破片などが見られないので飛行機の墜落とは考えられないが,「はね飛ばされている氷の巨大な塊だけから考えても,湖面に加えられた力は信じられないほど強力なものだ」と述べた。厚さ1mの氷がはね飛ばされたという事実は,湖の底の方から“信じられないような強力な何か”が水面へ上がってきた可能性を暗示しているが,だれにも確かなことは分からない。ダイバーたちが潜ってみたが,泥のたまった湖底からはミステリーを解明できるようなものは何も発見できなかった。この事件から数日後,セルナにある湖をおおっている氷に,また,大きな穴があいているのが発見された。この原因もやはり謎のままだった。
 専門家が,こうした穴は湖面に何かが落下したためにあいたものと考えたのはもっともだ。というのも,スカンジナビア半島の人々は,長い間,空から湖へ落下する正体不明の物体に悩んできたからだ。1946年にはこうした事件がたくさん起きている。最初,新聞は隕石の落下だときめつけていた。だが,やがて,煙を後部から噴射する銀色の魚雷のような形をした物体を目撃したという報告が1日に数回もされるようになった。その物体は“幽霊ロケット”と呼ばれるようになったが,これはソ連軍がドイツから奪い取ったロケットのV2をテストしていると考えたからだった。だが,その推測を裏づける事実はなかった。ドイツのペーネミュンデのロケット開発施設は1945年5月にソ連軍に占領されたが,その時にはドイツの 科学者たちはすでにアメリカ軍に降伏し,ロケットの実験設備もすっかり壊されていたのだ。ソ連の科学者たちがV1,V2を組み立てて発射できるような時間的ゆとりはなかっただろう。ましてや,V2とは違った特徴を備えた新型のロケットを開発して何百も製造する時間などあろうはずはない。“幽霊ロケット”の典型的な目撃報告を1946年7月19日にある家族が行っている。“強風が吹いているような音”とともに,長さ2mの胴体の中ほどに1mほどのずんぐりした翼をつけた2機のロケットが頭上をさっと飛んで,オスロの北96kmにあるミェーサ湖へ飛び込んだ,という。湖底に穴があいているだろうと思って陸軍が調査したが,何も発見できなかった。幽霊ロケットが進行方向を急に変えるところはレーダーでとらえられている。幽霊ロケットが墜落するところはほんのわずかしかとらえられていないが,墜落するときはいつも湖だ。だが,軍隊の熱心な捜索にもかかわらず,これまで残骸が見つかったためしはない。


エイリアンの艦隊

UFOのような不思議な物体が海中にいるという報告が,世界じゅうの広大な海から寄せられている。この物体もUFOと同様に,地球の特定の場所に,定期的に現れるようだ。

 第二次世界大戦後,各国の海軍は大型の潜水艦のような乗り物を何度も目撃して追跡してきた。その性能はどの国が保有する潜水艦よりもはるかに優れている。未確認潜水物体(USO)は地球の特定地域,すなわち,その最も顕著な海域を挙げれば,スカンジナビア海域と南米大陸の東海岸の海域に集中的に現れるようだ。
 潜水艦とかスカンジナビア海域と言えば,ソ連の潜水艦が運転を誤ってスウェーデンのカールスクローナで座礁した1981年秋の事故をすぐに思い起こす人も多いだろう。ソ連海軍が他国の軍艦を監視してその演習や行動の情報をつかもうとしていたのは間違いないし,USOを目撃したと報告されたうちのいくつかは,確かにソ連の潜水艦だった。だが,1946年にスウェーデンに現れた“幽霊ロケット”(p.333参照)を最初ソ連軍のせいにしたように,1950年代以来報告されている不思議な潜水物体の多くも不当に,ソ連軍のせいにしてしまったきらいがある。
 これらのUSOは,性能や機動性において,普通の軍艦をはるかに凌駕している。この点はUFOが地球の航空機より断然優れているのと同様だ。最新の潜水艦の最大速度は時速80kmだが,USOはその3倍の速度で水中を進むことが調査で分かっている。1963年に北大西洋で演習を行っていたアメリカの航空母艦ワスプ号と12隻の軍艦は,巨大な潜水航行物体が時速280kmのスピードで進んでいるのを発見した。その物体は米軍の近くに4分間いて,演習をしたり,8200mの深海へ潜ったりした。これまで知られている潜水艦の最大潜水深度記録は1900mなのだ。1972年の7月,未確認の潜水艦がチリの海岸沖を航行し,だいたいいつも1000mの深さまで潜った。これは,普通の潜水艦の潜る深さよりはるかに深い。普通の潜水艦がこの深さまで潜ると,ものすごい水圧がかかって,きわめて危険なのだ。
 1972年の11月に,ノルウェーのフィヨルド(峡湾)へ150kmも潜入した物体は,ソ連のスパイ潜水艦だったのだろうか? ノルウェー海軍は,NATO軍の軍艦と航空機の協力を得て,この不思議な侵入物を何度も追跡したが,ソグネ・フィヨルドで見失ってしまった。何十という軍艦とヘリコプターを注ぎ込んで追跡し,爆雷を計画的に使ったが,この奇妙な物体を水面へ浮上させることはできなかった。11月23日,大フィヨルドの1つの支流であるルステル・フィヨルドの水中を大きな黒っぽい物体が動くのを発見。ほぼ同時刻に,もう1つの支流であるアウルラン・フィヨルドで,戦艦が音波探知機で潜水艦1隻を追跡した。その夜,マーチン・ニールソンは6発のロケットが海中から空中へ発射されるのを目撃し,同時に,アウルラン・フィヨルドを見下ろす近くの断崖の上で,赤と緑の明かりが輝くのも目撃した。11月24日,ノルウェーとNATOの合同軍は,一斉に爆雷攻撃を行った。その結果は,極めて強力な何とも不思議な妨害電波が発生して,すべての交信は妨害され,レーダーも音波探知機も全部不能になっただけだった。11月27日,ノルウェー政府は,不思議な潜水艦は領海から去ったが,その正体については未確認である,と公式発表を行った。同様の目撃事件は,これまでに,ノルウェーのその他のフィヨルドやスウェーデンの沿岸水域,グリーンランドの沿岸で起きている。しかし,たいてい軍事的にあまり重要でない水域におけるもので,船舶が捕まったり被害を受けたりするような事件は起きていない。

機械か怪獣か?
 USOはスウェーデンの湖でも目撃されている。透明なガラスでおおわれたドーム状の物体が何度も目撃されている。また,ステン湖では,展望塔のあるUSOを目撃したという報告も出ている。その他の湖からも,大きな黒っぽい物体を水中で見たという報告がある。だが,いったい,これらは機械なのか,それともネス湖にいるような怪獣なのか,推測の域を出ない。
 1960年2月,ノルウェーと同じようなUSO捜索活動がアルゼンチンのヌエボ湾でも行われた。アルゼンチン海軍は,最初,ソ連の潜水艦だと思っていた不思議な潜水艦2隻を2週間追跡した結果,そのスピードと機動性からみて,思い違いであることが分かった。アルゼンチンの沿岸にはUFOやUSOがよく現れたので,土地の人々はおおっぴらに“火星人”ということばを口にしていた。火星人が海底に基地を作っていると,信じていたようだ。この事件より8か月前,ブエノスアイレスの港に,魚のような形をした銀色のUSOが現れ,アルゼンチン海軍当局は手を焼いていた。高速で機動性のある大型のものであった。旅客機のように,大きな垂直尾翼のある点が目立った。海軍は潜水夫を潜らせその形状を確認することができたが,正体まではつかむことができなかった。
 1978年という年は,UFOがイタリア上空で活発に活動した年である。見間違いやインチキを除いても500の目撃報告があった。この数字からUFOの活動がいかにすさまじいものであったかが伺える。UFOが活動したピークはその年の最後の3か月だった。アドリア海沿岸で見られた不思議な現象の中には,海上に立ち昇った30mの水柱,夜間,漁船を追ってきた赤と白の明かり,海上と海中で目撃されたUSO及び海上に現れたり海中に消えるUSO,レーダーやラジオやテレビへの電波妨害などがあった。漁師たちは海軍の護衛がなければ海へ出ないと言った。11月9日の夜,イタリア海軍の艦長ネロ・ディ・バレンチーノは2人の部下とともにボートに乗って沿岸をパトロールしたとき,1000m離れた海上に赤く輝く明かりを目撃した。その明かりは空中に300〜400mの高さまで上がったかと思うと,さっと東の方へ飛び去った。この現象が起きている間,海岸との無線交信は不能になった。UFOやUSOを見ようと多くの人が夜ふかしをした ので,当然,なかには普通の現象を異星人たちの仕業と勘違いした例もあった。例えば12月7日の明け方のことである。カオルレの近くのベネチア湾で,前夜からUFOやUSOの明かりを探そうと海上を見つめていた何百人もの人々は,奇妙な乗り物と物体が海面に現れるのを見て驚いた。ところが,これは空軍と海軍による合同演習であることが,後ほど分かった。
 だが,ル・ブルスという地中海の港から漁に出ていた3人のフランス人漁師たちの体験したことは,簡単には説明できない。1962年8月1日の雲のない静かな夜の11時,彼らは漁をしていた。その時,300mほど離れた海上に長い金属製の乗り物が現れ,ゆっくりと海面を移動しだした。3人は何だろうと話し合って,潜水艦に違いないということになったが,それ以上詳しいことは分からなかった。その乗り物の近くの海が騒がしくなったかと思うと,10人あまりのフロッグマンが海中から上がってきて,その奇妙な潜水艦によじ登りだした。フランス人の漁師たちは「やあ」と友好的に声をかけたが,フロッグマンたちは気にとめないで乗り物の中へ消えていった。最後の1人が姿を消しかかったところで漁師たちの方を振り向き,右手を上げてあいさつに答えた。そして,その1人も乗り物の中に入っていった。あっけにとられた漁師たちは,その奇妙な乗り物が水中から飛び上がって波より少し高い空中に静止するのを見つめていた。それから,その乗り物は赤と緑の明かりをぴかぴかさせながら,ゆっくりと左から右へ回転しだした。その時,胴体部からはオレンジ色の明かりが輝き,海の上に美しい弧を描いた。そして,だんだんスピードを速めて空へ舞い上がり,遂に光の点になって見えなくなった。
 同じような現象はほかでも記録されている。これより1か月前,ロサンゼルスの南のカタリナ湾でのことである。漁船の船長と乗組員は,400mほど離れた海上に奇妙な船がいるのを見つけた。何のしるしも付けていないスチールグレーで,海中に胴体部を低く沈めた潜水艦のように見えた。その後部にはおかしな構造物がついており,周りを5つの人影が動いて何やら作業をしているようだった。しばらくすると,その不思議な潜水艦は動き始めたので,船長は衝突を避けるために回避行動をとらざるを得なかった。その奇妙な船は彼らのそばを猛烈なスピードで通り抜けたが,音も立てず航跡も残さなかった。しかし,沖へ進みながら大きな波を巻き起こした。船長たちの報告に興味を持った海軍当局は,国籍を判別するために,船長たちに会って外国の潜水艦のシルエットなどを見せた。

海底にある人工物
 このような不思議なUSOやその水陸両生の乗組員たちがどこからやって来たのかはまだ不明だが,彼らがなぜ夜間に活動するのか,その目的を解明する鍵は,ひょっとしたら,彼らがある海域の海底に残しているかもしれない人工物から得られるかもしれない。その1つの例として,1970年7月に地中海のスペインの領海で,アクアラングを着けたスペイン人ダイバーが見つけた長さ7m,直径3mのぴかぴかに光った金属性の円筒がある。その円筒の表面はすべすべしていて,どこにも鋲もなく開けるところもなかった。しかも,海底に長く放置されていたとはとても思えないほどきれいだった。翌朝,彼はもう1度見てみようとそこへ引き返したが,その物体はなくなっていた。彼は付近を捜したが,見つけることができなかった。
 1966年9月,フロリダ州のマイアミの沿岸で,宝捜しをしているマーチン・メイラックも,同じようなものを発見した。メイラックは海軍のダイバー2人といっしょに発見場所に引き返した。その結果,その物体は引き揚げられたのか,あるいはスペインのものと同じように消えていたのかは発表されていない。
 アメリカ空軍の係官は,航空機の落下したミサイルである可能性を否定していた。1967年4月,デンマークの2人の少年は,コペンハーゲンの北東80kmにあるシェラン島に近いカテガット海峡に,UFOが物体を数個落下するのを目撃した。後ほどその物体を引き揚げてみると,“石灰と石炭の未知の化合物”が含まれていることが分かった。1959年12月,ローレンツ・ジョンソンは,白く光った葉巻状のものがナムセン・フィヨルドの海中へ長細い物体を2個落下するのを目撃した。これの少し後で,UFO研究家たちは音波探知機を使って,長さ6m,高さ2.1mの物体が海底にあるのを見つけたが,深さが90mもあるところだったので,ダイバーたちはそこまで潜ることはできなかった。でも,海底に2本の車輪の跡が沖の方へついているのが見えた,とダイバーたちは報告した。1967年8月,ベネズエラの海岸に,幅1mの跡が続いているのが発見されたが,それは球状の物体が砂を掘り起こしながら進んだ跡のように見えた。この2日後,2人のアメリカの科学者がその跡を調査にやって来て大変興味深そうに調べていった。1970年6月,ブラジルのリオデジャネイロの海岸では,UFOが着陸したり,海から空中へ飛び立ったりするところを目撃された。このUFOは海中に赤い円筒状の物体を残して去った。後ほど,警察の大型ボートがやって来てそれを持ち去った。どの国の政府も,こうした海底の不思議な出来事に興味があるようだが,公表をしたがらないようだ。したがって,政府当局が回収した人工物からどのくらいのことを把握しているか,まったく不明である。
 1970年に,生物学者で不祥物体調査協会(SITU)の創設者であるアイバン・T・サンダーソンはその著書『目に見えない住人』を出版したが,彼はこの中でこれまで本書で述べてきたような物体について,次のように述べている。「海底には,陸上に上がらないで太古の海に居続けて進化した,人間よりはるかに古い生物の子孫がいる可能性がある。人類より何億年も前に現れた彼らは,地上の原始的生物である人間とは直接接触することを避けているが,科学技術を発達させて,今では星間旅行を楽にできるような乗り物を作っている。それが現在,我々がUFOとかUSOと呼んでいるものの正体だ」
 UFO研究家のジョン・キールは,「だれかがこの地球で秘密の航空機や船を動かしている」のではないかと述べ,その海底基地は北極圏にあるかもしれない,と推測している。空中現象研究機構(APRO)の創設者であるジム・ローレンツェンとコーラル・ローレンツェンは,USO現象は異星からUFOで飛来した異星人たちの行っている地形・地質調査ではないかと述べている。1973年,アルゼンチン異常現象調査会は,「長年の研究・調査の結果,パタゴニア沿岸のサン・マティアス湾とサン・ホルヘ湾に,異星人の乗り物の基地があることは間違いない」と見解を発表した。一方,ベネズエラでも,多数のUFOがカリブ海から飛び立ったり,空中から海へ飛び込んだりするのを何度も目撃されているので,海底にUFOの基地があると思っている人が多い。ただ,その基地のあるところは深海なのか,沿岸の浅い海底なのか,あるいは海底の巨大な“母船”なのかについては,目撃者たちの見方が分かれている。地球を人類と共有しながら人類とは没交渉でいた いと思う文明があって,その科学技術が発達しているとすれば,その文明にとって海底基地が価値を持っていることは明らかだ。だが,海底はまだ大部分が未知の世界である。UFOについて謎が多いように,海底の世界についても,研究者が将来努力をしなければならないことは多い。



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