単一統合作戦計画(SIOP)

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投稿者 毎日 日時 2001 年 1 月 24 日 14:04:35:

回答先: 日本「捨て石」核戦争想定 投稿者 1/5 共同 日時 2001 年 1 月 24 日 13:36:29:

府中市に米軍核戦争拠点:1974年まで (毎日新聞,1999年8月5日)
 

東京都府中市に1945年から74年まであった米・第5空軍基地施設内に、67年から5年間、米太平
洋軍(司令部・ハワイ)の核戦争を想定した作戦連絡事務所が設置され、日本が米国の重要な核戦略拠点
になっていたことが、このほど初公開された米太平洋軍の66〜72年の年次記録などで明らかになっ
た。冷戦期、「核の傘」がどういう実態だったかが示された。【高村 洋一】


 安全保障問題などが専門の「ノーチラス研究所」(カリフォルニア州)のハンス・クリステンセン研究員が、
情報公開法により入手、原文をインターネットで公開した。
 それによると、米軍の核戦略に核兵器を搭載した航空機や艦船を一体として運用する「単一統合作戦計画」
(SINGLE INTEGRATED OPERATIONAL PLAN)が存在。この遂行のため、府中
市に太平洋指令作戦連絡事務所(PASIFIC COMMAMD OPERATIONS LIAISON 
OFFICE)が67年から72年まで置かれ、作戦計画が立てられた。
 4人の将校と3人の事務員が勤務。核戦争に備える太平洋地域の「事前偵察計画」作成や核を使用した場合に
敵の軍事施設などにどの程度のダメージを与えるかの分析にもあたった。
 事務所閉鎖後も「作戦計画そのものは横田基地(東京都)や嘉手納基地(沖縄県=当時は復帰前)で引き続き
遂行された」と記され、75年には核戦争時に作戦を指揮する航空機「ブルー・イーグル」が両基地とフィリピ
ン基地で10回の核戦争の「地上警戒待機」訓練を実施していた。
 さらに別の公開資料には、79年10月、韓国の朴正煕(パクチョンヒ)大統領が暗殺された直後、米国は、
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から攻撃があった場合に韓国を支援するため、空母キティーホークを横須賀
から東シナ海に派遣したとあった。当時の「キティーホーク 西太平洋・インド洋派遣リポート」には「11
月、韓国からフィリピンへ向かう途中に実施した演習は、模擬核爆弾11発を投下して終了した」と書かれてい
た。
 また、時期不明だが、日本近海とみられる地域での防空・空爆演習で「核戦争の伝達過程NUCLEAR B
ROADCAST PROCEDURES)のための訓練を実施した」との記述もあった。クリステンセン研究
員によると、核兵器を装備したすべての部隊に、無線などで作戦指令を伝達する訓練という。
 これらの資料について米国の核戦略に詳しい軍縮問題専門家の梅林宏道さんは「日本国民が何も知らされない
うちに、領土や領海が米国の核作戦に利用されており、『核の傘』の代償の大きさを証明している。驚いた」と
話している。




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