神聖なる詭弁と偽史・武装カルト(ジャパン・ミックス編『歴史を変えた偽書』)

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投稿者 SP' 日時 2000 年 12 月 28 日 17:38:20:

回答先: 2001年この世に地獄が出現する! 投稿者 SP' 日時 2000 年 12 月 28 日 17:33:45:

──何がオウムに起きたのか──

オウムを準備した八〇年代ポップオカルトサロン、その前史をなす右派ブロックの裏人脈、すべてを貫くキーコンセプトとしての偽史……しかし「偽史」こそ歴史の本質ではないか?

クリエイティヴ・ディレクター
久山 信
心か、脳か

 会社でスタッフから京極夏彦の『姑獲鳥の夏』を借りて今、読んでいる。順番は逆になるが、『魍魎の匣』(こちらは購入)に続いて二冊目だ。書店ではすでに四作目が平積み状態だから、それほど熱心な読者ではないものの、気になる作家ではある。気になるといえば『姑獲鳥の夏』では、主要登場人物の一人で著者京極のダブルともいえそうな京極堂が、物語の狂言回し役の関口にこんなことをいっている。いわく「宗教とは、つまり脳が心を支配するべく作り出した神聖なる詭弁だ」と。
 どうやら脳内麻薬物質を想定しての発言(宗教は麻薬である)らしいが、でも、そうかな? われわれはすでに、宗教によって脳を支配(ウォッシング)された実例を知り過ぎるほど知っているし、さらにその宗教なるものがとどのつまり、ある特定の心にほかならないことも知っている。だとすればそう、「脳が心を」ではなく「心が脳を」とすべきでは──。いや、少し話を整理しよう。
 例えば『魍魎の匣』では京極堂は、マッドサイエンティストの美馬坂を相手にこういっている。「脳は鏡だ。機械に繋がれた脳が産み出すのは、脳の持ち主の意識ではなく、繋いだ機械の意識だ」(傍点原文)。このくだりは、図らずも京極夏彦が夢野久作の『ドグラ・マグラ』の信奉者である事実をよく示している。いうまでもなく『ドグラ・マグラ』の根幹にあるのは、脳髄は物を考える処に非ず、脳は全身の細胞に渦巻く欲望、感情、記憶その他の意識内容を中継し、一つの焦点へと絞り込む複合式球体反射鏡(交換局)に過ぎないとする、いわば『物質と記憶』でのベルクソンの哲学的冒険とそう遠くない、思考するのはあくまで肉体(匣)そのものという仏教的な心身一元論であるのだから。『姑獲鳥の夏』ではさらに、物を考えるのは脳だが、考えさせているのは物質的記憶の集合としての肉体、すなわち心であり、この脳と心の交易の場こそが意識であるとされる。やはり「心が脳を」が妥当である。ともあれ、かかる文脈で語られる「心」にこそ実は、ここでのテーマである偽書がはらむ問題を解読するカギがある。

「日本原住民論」という熱病

 私への当初のテーマは「偽史運動としてのオウム真理教」というもの。必ずしもこの主題だけでなくとも構わないとのことで、とりあえず引き受けたものの、問題はことの始まりをどこに置くかという点。『リング』『らせん』で注目を集めた鈴木光司があるところで、常に「人間とはいかなる生き物か」という疑問を胸に小説を書いているといっていたが、そんなことを考えていくとすべての始まりは、原初の単細胞生物に仕掛けられた意識というか目的というか、そのあたりにあるんじゃないかとふと考えてしまう。だが、それでは話が始まらない。とりあえず振り出しを決め、サイの目に従って進んでしまおう。
 時は一九七〇年代初頭、新旧左翼の諸運動とは全く無関係な地平で、自分たちは「世界革命浪人」であると宣言した人たちがいた。
 かのビートルズ・リポートの筆者で今は亡き竹中労、ジャズから石原莞爾まで幅広い評論活動でレイティングの高かった平岡正明、そして日本新左翼運動の草分けの一人で現在は皇道派にしてユダヤ陰謀論の急先鋒として鳴らす太田竜(龍)という三人の“大将”による辺境もしくは窮民革命を煽動する「ゲバリスタ」である。当時の極左派は共産同(ブント)赤軍派だったが、ゲバリスタの三人はさらにその左側に自らをポジショニング、佐々木守や足立正生も編集委員だった『映画批評』誌を主な舞台に論陣を張った。手元に全く資料が残っていないので細かい理論内容を検証することはできないが、彼ら、特に太田がその革命論を構築する上で何より重視したのは、市井の老歴史家、八切止夫の先住日本人説(日本原住民論)であった。これが潜伏中の赤軍派中央委員・梅内恒夫に影響、地下から発せられた彼の論文公開を機に当時の左派学生層の間に古代史熱が高まり、やがて、天皇家を外来とし、原住民的なるものの復権をもってこれを相対化する古代史観が彼らの間に広く浸透。五木寛之の『戒厳令の夜』なども、こうした流れの延長線上で同時代性を獲得、高い人気を博した。
 ところが、こうした、新左翼を中心に蔓延し始めた、やや結論のみを急ぎ過ぎたきらいのある、すぐにでも冷めそうな古代史感染症候群に、ある一つの立場から早めにささやかなキックを与えることで、中長期的にみて何らかのイニシアティヴ獲得が可能とみた人物がいた。一つの立場とはポップオカルティズム、また、その人物とは後に八幡書店の社主となる武田洋一である。

獲得するは全世界

 武田は一九五〇年、兵庫県生まれ。東大法学部卒業後、七〇年代中期よりオカルト誌の編集等、出版界を主な舞台に独自のオカルト統合戦略を画策、さまざまな陰謀・陽謀を張り巡らした揚げ句、何ら後片付けすることなくそのまま撤収、現在は自称、単なる通販屋のオヤジである。
 さてこのオヤジの若き日々の出来事である。七五年から翌七六年にかけて武田は“前衛考古学評論家・武内裕”と称し、今はなき大陸書房から『日本のピラミッド』『日本の宇宙人遺跡』『日本のキリスト伝説』という三冊の本を出している。三冊ともにタイトルが“日本の”で始まっていることにまず注意を喚起したい。そこには、戦前のファナティックな国粋史学者が、あたかも祖国が時間的にも空間的にも実際の日本からは到底想定し難い遠隔の地点に起源をもち、あるいはそれらと関連するとした、いわゆる偽史にひかれていく“日本的狂気の構造”が意図的に復元されている。
 特に『日本のピラミッド』は、狂信的な日猶(日本−ユダヤ)同祖論者として知られた酒井勝軍が一九三四年、自ら主宰する国教宣明団から出した小冊子『太古日本のピラミッド』のパロディのような悪質な本だが、後に武田自身、有賀龍太の名前で書いた『予言書黙示録の大破局』(一九八〇年、ごま書房)などとともに「概念塑型における時代性の先取りという点で卓越している」(『遊』一九八一年五月号)と自画自讃した著作で、ターゲットの中心は、七一年の全国全共闘解体後、自らのブランキズムのやり場を失い、梅内論文や第三世界論がらみで古代世界に沈潜し始めた個々の「イデオローグ」たちにあった。彼らはそもそも「全世界を獲得するために」政治に投機した者たちであって、本来、世界性を 有するファナティックな超古代史のたぐいは接してみればお好みのはずで、オカルティストの術策にはまった者も少なくなかった。
 さて、“武内裕”の対ポップ戦略の口火が切られた同じころ、武田洋一はその本名を表に出し、「ハードな客観的情報」を流す新媒体の刊行に向けて奔走していた。それはやがて、異端文化の総合誌『地球ロマン』の復刊という形で成就する。

三百人のファシストに!!

 復刊『地球ロマン』は七六年から七七年にかけてほぼ隔月で全六号が発行、その輝く第一号の総特集はまたもや本邦超古代史、題して「偽史倭人伝」というものだった。後に武田は『季刊GS』七号(一九八八)で、四方田犬彦らのインタヴューにこたえ、ポスト七〇年安保ということで、空中分解した新左翼急進主義の次なるヴェクトルが自然食やら超古代史に向けられるであろうことを予見、「そういう状況そのものを、うしろからポンと一押ししてやろうじゃないか、というそういう計算もすでにあのときあった」と、当時を回顧している。
 一九七七年の『地球ロマン』休刊後、武田洋一は、武田益尚の名で『UFOと宇宙』誌(後の『トワイライトゾーン』)編集長などをしていたが、七九年、『地球ロマン』の霊統と遺産を発展的に継承するとされた『迷宮』を創刊する。創刊第一号では「資料・戦時下の偽史論争」と題し、太古文献派の代表格として藤澤親雄(東洋大教授、大政翼賛会中央訓練所調査部長)らがやり玉に挙げられた『公論』一九四三年九月号誌上での座談会「偽史を攘ふ──太古文献論争」を転載、戦前、神代文字や偽史を排斥し、記紀に盲従した日本浪漫派系知識人こそが、日本に霊的国体原理に基づく国家社会主義的な神話体系をもたらし得なかった元凶であることをにおわせている。
 結局『迷宮』は、八〇年に第三号を出し、休刊するが、木村鷹太郎論*1、高橋巌インタヴューなどが予告された第四号が出るかどうか判然としていなかった八一年初め、武田は、当時、差別オカルト・オナニー・マガジンとして名をはせた自販機本『ジャム』の後を継いだ『ヘヴン』廃刊号のインタヴューで、隅田川乱一から『迷宮』の刊行コンセプトを聞かれ、次のようにこたえている。
 十万人の社会民主主義者に読ませるよりも、三百人のファシストに! これが『迷宮』のキャッチフレーズや。(……)わしらのいうファシストとは、一般市民の間ではボルシェヴィキの概念に近い(……)つまりは光の子。霊的な能動性を持っている超人や。多大な金を使って(『迷宮』を)全国にバラまいとるんは(……)その超人を育てるための布石のわけよ。
 ほかに、このインタヴューでは、神智学の創始者H・P・ブラヴァツキーを引き、「原住民というのは根源人種が退化したもんやがな」と発言。「霊的な大東亜共栄圏」など刺激的な言辞を並べた上、それまでの対左翼オマージュを自ら清算、公然と民族派にエールを送っている。そして、このエールにこたえたのが、常弘成という男である。

私が情況である

 常は七〇年代には黒色戦線系のアナキストだったが、八〇年に鈴木邦男率いる新右翼、一水会に加盟。当時、その名ばかりが喧伝された国家社会主義者同盟(ファシスト・ブント)の牛嶋大輝との交流を経て、八三年、「霊的ボルシェヴィズム」をキーコンセプトに、このころよりファーストネームを“崇元”と改めた武田とともに新秩序研究会(日本新秩序運動)を発足させている。そのあたりの事情については、翌八四年、ブリュッセルのインディペンデント・レーベル「クレブスキュール」所属アーティストの来日を記念して出された大型パンフ『MUSIQUE EPAVE』での武田へのインタヴュー「エソテリック・シティ東京」がよく伝えている。その頭の部分を少し引いておこう。

──ハイ・テクノロジーに支えられ、都市は繁栄を誇っています。一方で影の世界といいますか、シャドー・ワールドとでもいうべきシーンが展開されているという話を聞きます。そこでポップ・オカルトや秘教的地下運動に詳しい武田さんに情況論的な話をお伺いしたいと思います。
武田 情況論を語るような没主体性をわたしは持ち合わせていない。あえていうならば、わたしが情況であり、情況がわたしだ。いま、あなたは「詳しい」、といわれたが、わたしは、秘教的地下運動の深層部とかかわってきたし、いまもそうだし、将来もそうだろう。別に評論家をしているわけではない。
──では、武田さんが現在、かかわっておられる運動について述べていただけますか。それは、最近話題になっている武田さんの著書『出口王仁三郎の霊界からの警告』と関係があるのでしょうか。
武田 シャドー・ワールドのすべてを語ることなどできはしない。ただ、わたしが、昨年、日本民族主義運動の最良の部分とともに、出口王仁三郎の未完の世界革命を継承するものとして日本新秩序運動(JAPAN NEW ORDER=NO!)を組織したことは事実だ。
──封印された神々のドラスティックな登場、神々の歴史的闘争の世界観がその前提にあるわけですか。
武田 そう、われわれの終局目的は、幽閉された神々のラスト・バタリオンであり、肉体死滅にいたるオカルティスト独裁の樹立である。汎アジア根源人種共同体にいたる永続革命への道だ。

 さて、この新秩序研究会のその後である。同研究会は八四年夏、『嘆きの天使』という準機関誌のプレゼンテーション版を発行、ところがその直後、武田と常の間に金銭トラブルが発生、会組織の解消を余儀なくされている。武田にとってこの新秩序研究会の散開は、大きなショックだったようだ。以後、武田は、いかなる左右のイデオローグとも合作することなく、よく知られているように、盟友・武邑光裕のアドヴァイスに従って、霊的進化に向けてのマン=マシーン・インターフェイス技術の開発(ホロフォニック、シンクロエナジャイズ、メガ・ブレインの各システム)で財政面での立て直しを図りながら、『大石凝真素美全集』刊行以来進めてきた八幡書店での出版事業と、これをフォローする執筆活動等にほぼ専念。ところが、武田がまき散らした毒草の種は、思わぬところで芽吹き始めていた。

偽史運動を乗っ取ったオウム真理教

 日本におけるポップオカルトの拡散期に当たるこの時期、カルトマスター武田崇元率いる八幡書店を遠巻きにしていたのがほかならぬ中沢新一、いとうせいこう、細野晴臣、荒俣宏といった人々であり、学研でありJ‐WAVEであり西武セゾングループであることは過去、再三にわたって指摘してきた通りである(『インパクション』九三号所収の拙文「妄想が生んだ妄想」註記内の拙稿リストを参照)。そうした諸個 人、文化装置(によって織りなされたポップオカルトサロン)によって、あくまで結果としてではあるが、それまで単なるコンセプトでしかなかった「霊的ボルシェヴィズム」に何らかの形を与える温床がつくられた。ほかならぬ、神秘主義的選民思想の蔓延である。ここに“神仙民族”を僭称する武装ファシスト麻原彰晃が胚胎するのである。
 麻原は八五年、学研のオカルト誌『ムー』誌上で実践ヨガ講座を連載、それとは別に同年十一月号に「幻の古代金属ヒヒイロカネは実在した!?」と題する研究リポートを寄せている。ヒヒイロカネとは、「上古三代天皇は二百七十億八万年間君臨」「太古、天皇は全世界の棟梁として“天之浮船”と呼ばれる飛行空母に乗って各国を巡幸」などその荒唐無稽な内容で知られる、日本における偽史偽典の代表格『竹内文献』に出てくる超自然的パワーを有するとされる“霊石”のこと。その後、この石は、オウム教団における超能力増幅ツールの一つとして使われたことがわかっている。
 それはともかく、『ムー』同号の特集は「戦慄のヒトラー第四帝国」というもので、これに合わせて八幡書店は、ヘルマン・ラウシュニングによるヒトラー会見記『永遠なるヒトラー』の広告を出しているが、そのサブとして、ヒヒイロカネの第一発見者とされる前出、酒井勝軍の『神秘之日本』の広告を掲載、そこに「本書の如何に重要な資料たるかは、本誌記事『幻の古代金属ヒヒイロカネは実在した!?』を一読すれば明瞭であります」とある。
 当時、『ムー』の記事内容は、七九年の同誌創刊以来、顧問として企画・編集に参画、惜しみなく資料・写真を提供してきた武田−八幡書店が実質的に決定、検閲していたといわれ、実は麻原のこの原稿も八幡によって一部書き換えられている。だが、オウムの「その後」から照らして学研と八幡は結局、このころまだ無名だった麻原に利用されたとみるのが事実に即した見方のようだ。翌八六年、東京・渋谷で「オウム神仙の会」が発足。学研と八幡が開拓したオカルト・オタク群をいわば、加入戦術によって自らの組織に糾合、オウムは急成長したといえる。
「何はともあれ」と原田実は、ことの推移を以下のようにまとめている。すなわち、「かつては八幡書店のひさしを借りていた麻原氏が社会問題になるほど勢力を持つカルトのリーダーとしてその姿を現し、武田氏が展開していた偽史運動の母屋を乗っ取る形になってしまった」と(『宝島30』九五年十一月号)。
 ここでいわれる「偽史運動」とは原田の定義によれば、捏造された文書、擬似科学的データ等による虚偽の歴史学説を政治的に利用、時にテロルの発動に至る社会運動ということになる。この文脈に従えば、オウムが『竹内』に関与した偽史・武装カルトであることは疑いようのない事実である。

「偽史」とオカルトと右派裏人脈

 少し切り口を変えて話を進めよう。七〇年代から八〇年代にかけて、『古事記』『日本書紀』を近隣諸国の正史と符号しない偽造書として退け、いわゆる偽史こそが正史をかたちづくっているとの主張を繰り返した鹿島昇は、新国民社から出した一冊目の著作『倭と王朝』(一九七八)のまえがきで、藤原氏が捏造した記紀神話こそ日本民族を破滅(八・一五敗戦のこと)に導いた元凶で、現在の日本は天武朝がかつて唐に従属したごとく、事実上、敗戦がもたらした亡国的な状況に置かれているとした。
 鹿島史観のアウトラインは、古代中国史はオリエント史の翻案・漢訳であり、古代日本史は朝鮮・シルクロード史の借史であるというもの。
 歴史偽造の解明には『上記』『東日流外三郡誌』『宮下文書』『竹内文献』『秀真伝』『契丹古伝』など(偽史偽典といわれる古史古伝)の研究が不可欠とされ、一方、記紀・六国史に盲従してきた戦前・戦後の史学中央は現代における藤原偽史派として厳しく糾弾されねばならないとした。
 こうした偽史に憑かれた在野の史家は通常、ただただ無視され続けるだけだが、鹿島の場合は少し違っていた。
 鹿島は八一年、『宮下文書』の伝承を通史として整理・編纂した三輪義熈の『神皇紀』(一九二一、隆文館)を覆刻し、何と自民党衆議院議員中山正暉を会長とする日本国書刊行会から刊行。同書には中山のほかに当時の建設大臣斉藤滋与史が推薦文を書き、また、建設大学校中央訓練所が行った『宮下文書』の古代土木技術的側面からの研究調査の報告が付されている。鹿島は雑誌『歴史と現代』を通して武田崇元や太田竜、八切止夫とも交流。いわば、オウムを胚胎させた前述ポップオカルトサロンの前史をなす、偽史をメルクマールとする右派ブロックの裏人脈が、それこそ政府自民党から元ゲバリスタまでをも包括する幅の広さで形成されたのがこの時期である。

なぜ富士が「神都」なのか

 武田は八六年、鹿島の仕事を引き継ぐかのように八幡書店より『宮下文書』を『神伝富士古文献大成』全七巻として刊行するが、どうやらこの『大成』七巻は麻原彰晃も購入、愛読していたらしい。中沢新一があるところで語ったところによれば、麻原の座右の書は中沢の『虹の階梯』、そして『宮下文書』だというのだ(『それでも心を癒したい人のための精神世界ブックガイド』一九九五、太田出版)。
『宮下文書』とは、富士北麓、甲州郡内地方の古社・阿祖山太神宮(現在の小室神社)の神宮職を世襲してきた旧家・宮下家に保管される、秦の徐福来朝にまつわる数千点に及ぶ膨大な古文書・古文献の総称で、偽史偽典の一方の雄といった存在。
『上記』『竹内文献』『九鬼文献』など主要な偽典は共通して神武以前にウガヤ朝七十数代その他の前期王朝の存在を記しているが、『宮下文書』の場合はウガヤ朝以前に豊阿始原世地神五代、高天原世天神七代、天之御中代世火高見神十五代、そして天之世之神七代を置く。
 ここで注目すべきは、高天世の七代と続く豊阿始原世の三代まで富士に神都が置かれ、遷都後も神聖な土地として崇敬され続けてきたとの記載である。というのも、上九一色村の教団施設群をオウム自身は「富士神都」と呼んでいるのだ。
 ここに、『竹内』に続いてオウムと『宮下』の関連が浮き彫りにされたといえよう。また、中沢は同じところで『秀真伝』(ホツマ文字と称する神代文字で記された、五七調・長歌体の叙事詩。太古日本の神都を仙台に措定する一方、イザナミのアマテラス懐妊にちなみ富士山を孕み山とする聖地伝承を有する)もオウムの上九一色村選定に影響しているとしているから、オウムは少なくとも『竹内』『宮下』『秀真』の三つの偽書にかかわっていることになる。
 ついでに書けばそのモデルは、富士の魔界を舞台に国枝史郎が『神州纐纈城』で描いた信徒一千を数える「富士教団」なのではないか。物語では同教団は、教主失踪によって平和の別天地から一転して譎詐奸曲の横行する穢土と化す──。

いまなお盛んな偽史・武装カルト

 ところで、富士といえばここ数年、雑誌『ムー』などに広告を出し ている「富士皇朝」のこともいっておく必要がある。広告には「滅びゆく現代社会からの脱出! 夢だけを握りしめ、新たな國へ旅立とう」といったノーテンキなコピーが並べられているが、その正体は、九四年六月の東京壊滅予言(大ハズレ)でテレビの取材を受けるなど、ごく一部でウワサマクリとなった「古代帝國軍」(発足当初は「古代帝国軍」)というれっきとした武装カルトである。九〇年代前半には東京・杉並に本拠を置き、都心に街宣車を出して「軍士」の募集までしていた政治団体で、地下鉄サリン事件後、全く反省の色はないものの、それなりに広告出稿には気を遣っているはずの学習研究社さん、今も広告は載り続けているけど大丈夫なの? といいたくなる。
 軍を率いる総統(!)は万師露観という人物で、六三年東大卒というから六〇年安保世代。川崎製鉄を一年で退社、以後、軍事革命を目指して(数学塾を経営しながら)研究生活に入るが、八六年にはハレー彗星の接近によって惹起された宇宙大戦に巻き込まれてさまざまな悪魔と死闘を展開、ついにこれを制圧したという。私など忙しくて新聞もろくに読んでいないせいか、八六年ですか? そんなことがあったとはちいとも……。それはともかく、民主主義をユダヤの陰謀とする彼らが理念形として掲げる新しい世界帝国の原型は、富士山を中心に栄えていたらしいかつての日本=ムー古代帝國にあるとのことで、ここにも(内外の)偽史の介在は明らか。
 ムーとは、英米どちらか国籍も判然としないジェイムズ・チャーチワードという自称軍人が一九三一年に発表した『失われたムー大陸』で明らかにした、約一万二千年前に太平洋にあったという大陸のこと。この本の内容はすでに、全くのでっちあげであることが判明しているが、日本ではいち早く『サンデー毎日』が紹介、その後、一九四二年に『南洋諸島の古代文化』という一見学術書のような邦題で岡倉書房から訳出・刊行されている。同書刊行の目的は、チャーチワードのいうミユウ(ムー)と『竹内文献』で太古、日本人が住んでいたとされるミヨイ国を同一とみなすことにあり(原書の提供は藤澤親雄、訳者は藤澤同様『竹内文献』の信奉者として知られていた仲木貞一)、これにより対・太平洋侵略を正当な失地回復戦(南進は帰還)とすることで皇国に奉仕しようというつもりだったらしいが、「皇国」にとってはかかるパラノイアックな史観は不要どころか、むしろ危険なものでしかなかった。前述『公論』誌上での弾劾はこの本が訳出された翌年のことである。さて、総統はこのあたりの事情、ご存じなのかどうか?
 武闘派について付記すれば、ブント日向派出身で一水会時代は特異なテクノファシストとして知られた見沢知廉(『天皇ごっこ』で新日本文学賞を受賞)率いる極右過激派「統一戦線義勇軍」が昨年五月、機関紙『義勇軍報』を復刊。その第一号で一頁を割いて、こともあろうに「オウム真理教的武装に学べ」という記事を載せている。単に武装という点だけでなく、オウムが、ヤルタ・ポツダム体制の打倒をスローガンとする新右翼同様「ユダヤ・フリーメーソンの陰謀」への対決姿勢をみせていることへのシンパシーもあるようだ。義勇軍によれば、オウムを弾圧している警視庁内で、メーソン機関である池田・小沢一派による秘密工作が進められているという。
 ことの真偽はともかく、今述べてきたオウム、富士皇朝、そして統一戦線義勇軍の三団体が、反ユダヤを掲げる、すなわち多かれ少なかれ『シオン賢者の議定書』という世界的偽書に根ざした偽史・武装カルトである点において共通していることは指摘されていいはずだ。だが、プロトコールについては、ほかの論者がフォローしてくれることだろう。さて、こちらもそろそろ、まとめに入るころ合いである。

あらかじめ失われた起源にむかって

 途中、必要に応じて一部、個々の偽史それぞれの荒唐無稽な内容についてもふれてきたが、だいたい、わが国において正史とされる記紀からして、SFまがいの天孫降臨はいうまでもなく、その降臨から神武東征までが百七十九万二千四百七十何年とか、これ自体、史書を装った正真正銘の偽書*2である。そもそも日本における偽史なるものは、虚偽にほかならない記紀の前段部分(神代巻)をさらに、異常なまでに過去に向かって増幅させたものであり、いうならば引用という観念機械によって縫製し直された超規格外の再製品なのだ。伝統とは起源の忘却であるといったのはだれだったか忘れたが(笑)、もしそうだとすれば偽史とは、あらかじめ存在しない起源の奪還ともいえる。
 またまた『姑獲鳥の夏』ではないが、「遡及する因果関係」と呼ばれる量子力学の極論によれば、過去をもし恣意的にとらえる者、より正確には過去の現実を定義づける決定権をもった者が現れればわれわれは、その過去に即した偽りの「現在」に巻き込まれる可能性がある。製造者の姪の記憶を移植されたレプリカント、レイチェルのように。いや、この場合はP・K・ディックが絶讚したアーシュラ・K・ル=グインの『天のろくろ』における世界の「改善」について言及すべきなのかもしれない。ベースはあくまで今在る世界であって、これが過去にさかのぼって改変されるという──。
 恐らくすべての史書、いやすべての書物は偽書であるという視点が必要なのだ。そこにあるのは、諸現象を決定するはずの無目的な自然法則、因果律を意図的に狂わそうとする意志(心)の介在である。秩序からの逸脱、そう今、あなたが手にして読んでいるこの本、これすら例外ではもちろんない。なんじ悪いことはいわない、書を捨てよ。書とは、心が脳を支配するべくつくり出したさまざまな詭弁を凝固させたものにほかならないのだから。



*1
本論には何の関係もないが、例の『トンデモ本の世界』の中に、あたかも木村鷹太郎に『海洋渡来日本史』という本があるかのような記載(三〇四頁)があったが、これは黒潮=海のシルクロード説を唱えていた八切止夫が、該当する木村の著作を、内容を一部改竄して「覆刻」したとき勝手につけたタイトルで、正しくは『日本太古小史』(大著『世界的研究に基づける日本太古史』上下巻のダイジェスト版)。また、刊行は明治時代とあるが、正しくは大正二年である。


*2
とすれば、日本民族を構成員とする日本国家こそは、最大の偽史・武装カルトである。


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