Re: 桜井均講演「メディアの臨界・世界史の現場に立ち会う」

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投稿者 日時 2001 年 11 月 24 日 17:53:13:

(回答先: Re: 桜井均講演「メディアの臨界・世界史の現場に立ち会う」 投稿者 日時 2001 年 11 月 24 日 17:52:17)

 この事件の直前に現在話題になっているNMD=国家ミサイル防衛について番組をつくるためにワシントンにクルーを派遣していましたが、この事件に遭遇し、ディレクターたちは今、そこに張りついています。私は、ミサイル問題とテロは深い関係にあると思っています。
 アメリカのNMD(米本土ミサイル防衛)は、今度の同時多発テロとじつは深い関係があるのです。この事件が起こる前、アメリカとロシアの間でNMDに関する交渉をやっていました。NMD構想には、ABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約が最大のネックでした。迎撃ミサイルは初速、最初に発射するときのスピードの上限が決まっていて、あまり速いのはやってはいけないという制限があります。これを緩めよう。初速の上限を上げようと。アメリカもロシアも初速の性能が上がってきたので一緒に上げる。しかし中国はそれに追いつかない。バーを高くするとアメリカ・ロシア組は飛べるが、中国は飛べない。だからNMDとかTMD(戦域ミサイル防衛)というのは、明らかに中国がターゲットであって、北朝鮮ではないのです。
 もう一つ、ABM条約では、迎撃ミサイルの配備は首都かICBM(大陸間弾道弾)の基地かどちらか一ヶ所という取り決めを米ロの間でやっていました。
 NMDですとアメリカはアラスカに1基配備したい。そうするとABM条約と抵触する。これについても妥協する方向で話をしていたわけです。
 この会談で、ブッシュはなぜそういうことをやるかという理由を「ならず者国家があるからだ」と言っていました。その時、プーチンは「これからは国際テロが相手だ」と言ったというのです。なかなか予言的なのですが、しかしプーチンの頭の中にニューヨークのテロが予測されていたのではなく、チェチェンの「国際テロリスト組織」のことがあったのです。
 このNMDの番組をやる前段として、私たちは『イスラム潮流』を1999年に、『激動・地中海世界』を2000年に取材しました。冷戦が終わって10年、刻々変わっていく世界で、世界史の最先端の現場を取材して、その年の記録を残す仕事をここ2、3年続けて来ました。先が見えない時に、何かを予測することはできません。その時は、とにかく動いている現場に行って記録をすること。「録・釈・論」ではありませんが、少しずつ取材していると視点も変化し、別のものが見えてくるということがあります。『イスラム潮流』では、イスラムが民族や国境をこえて世界中から集まるメッカ巡礼、ロシアの最深部で起こりつつあるイスラム勃興の話、総選挙でイスラム政党が躍進したインドネシア、急増するアメリカのイスラム、イラン革命から20年後の改革派と保守派の関係などを取材しました。
 それから『激動・地中海世界』では、ソ連邦崩壊を起点にし、その激震がコーカサスに及び、やがて地中海世界に波及するあたりを取材しました。さらにギリシャ・トルコの対立がキプロス島を舞台に複雑に絡んでいる様子や、バルカン半島をさまようアルバニア人の姿を追いました。最後はアフリカのアルジェリアまで行ってしまったのですが、ここでは無差別テロがまだ続いていました。
 今は『アフリカ21世紀』というシリーズで、ソマリア、マリ、セネガル、南ア、ジンバブエなど世界史の外側に見捨てられてしまった地域を取材しています。
 私たちは、憶測で番組をつくらないという立場から、今の状況の中で全く逆の方向、複雑系の現場に行って記録を撮り続けています。結局、そこから分かってきたのは、世界の唯一の超大国アメリカが掲げるグローバリズムがもたらすさまざまな問題です。やっているうちにどうしてもそこにぶちあたるのです。アメリカ的グローバリズムの軍事的表現としてのNMD、これを世界との関係で見ていったらどうかというのを考えていた矢先に世界貿易センタービルの事件が起こったのです。
 今、メディアの臨界状態からどうやって抜け出すかと考える時、私はその方法をまだ思いつかないものですから、こうして自分が最近、何を思ってきたか、何処に三脚を立ててきたかをおさらいしているわけです。
 冷戦後10年、イスラム革命から20年。この10年とか20年をどうとらえるかをずっと考えてきました。
 すると、1970年代後半から80年代後半の10年間に、中東、イスラム圏が米ソの冷戦によって引き裂かれてきた現実が見えてきました。これは「なぜアメリカが狙われたか」ということとも関係してきます。アフガニスタンの北にあるタジキスタン、ウズベキスタンは、今、アメリカ、ロシアと協調行動をとっていますが、なぜそういうことになったのかということは、これまでに取材してきたことを振り返ってみて、なるほどと肯けます。
 イスラム世界に対して米ソはダブルスタンダートを続けてきました。79年2月、イラン革命が起こった。イラン革命は、西でも東でもない。これまでの革命というのは、民族解放闘争か反帝国主義闘争の二つです。しかしイスラム革命は、それでは説明しきれませんでした。
 イラン革命の前、イラクは親ソ的でした。アメリカは親米的なイランとサウジアラビアによって、イラクを挟み打ちしていました。これを双柱シフトといいます。イラン革命でその一方が崩れた。79年11月、アメリカ大使館が444 日間、占拠される事件が起こります。アメリカ人はこんなことが起こるとは思っていなかったわけで、これ以降、アメリカのイスラムに対するトラウマになりました。79年暮れになると、ソビエトは、イラン革命がタジキスタンとかウズベキスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャン、キルギスなど、ソビエトのイスラム系の共和国に波及するのを恐れてアフガンに侵攻します。
 また、アフガンのアミン政権が急進的共産主義路線をとり、それへの反動としてイスラムが過激化し右傾化するのを恐れ、穏健的共産党政権を支援しようとしました。ソ連は「社会主義の擁護」と称してアフガンに侵入したわけです。アメリカは対抗上アフガンを支援する。その中にビンラディンも義勇兵と参加していたわけです。
 79年7月、サダム・フセインがバース党を完全に自分の勢力下に入れて大統領になる。アメリカはイラクに大量の武器を供与して、イラン革命への反革命戦争=イラン・イラク戦争(80年〜88年)をしかけました。かつては封じ込めていたイラクを応援し、今度はイランを封じ込めた。イラクに対するダブルスタンダードです。
 それからずっと飛んで91年の湾岸戦争になる。イラクのクウェート侵攻を理由に多国籍軍がイラクを攻撃する。イラクはソビエトの支援を期待しましたが、この時すでに冷戦構造は崩壊し、イラクは孤立した。この時、アメリカはサウジアラビアに米軍基地を持ちそこから出撃した。
 79年という年は冷戦の真っ只中にあって、冷戦後の現在を規定する重要な年であったのではないかと思います。その間、米ソは、特にアメリカはイスラムに対してダブルスタンダードをとり続けてきた。
 『イスラム潮流』は、現代の源流がその中にあるということを取材によって見つけていった番組です。イスラムの潮流は必ずしも目に見えるものではありません。表層に見える活発な動きとは別に、深層の部分、つまり信仰にかかわるところでは、イスラムはトランスナショナルな存在です。トランスナショナルというのはインターナショナルでもなければ、ナショナルでもない、越境的というか、国家横断的というか、融通無碍という意味です。イスラムにはこのトランスナショナルがベースにあります。
 メッカ巡礼のクライマックスは、悪魔を象徴する石柱に向かって小石を投げる儀式です。これは邪悪な欲望と闘うことを誓うという宗教的な儀式で、これを彼らは「大ジハード」と呼んでいます。そして、この信仰を外部から邪魔するものと闘うことを「小ジハード」と言うのです。
 メッカ巡礼の大群衆の中に、コーカサスのダゲスタンからオンボロバスを駆ってきた一団がいました。その人たちにマイクを向けると、「ロシアは恐くない。怖いのはアラーだ」と言いました。つまり「大ジハード」と「小ジハード」の境目は、本人たちにもはっきりしていない。どちらにエネルギーが向かうかよく分からないのです。一人が「ロシアなんか怖くない」と言う、すると横の人が「でもアラーは怖い」と言う。恐怖の対象についてロシアとアラーが並んで出てくるのですが、しかし「アラーの方が怖い」。このへんの感覚が、表層と深層の中間にあって、マグマ溜まりになっているのではないでしょうか。何かが起こると、このあたりからエネルギーが出てくるんだと思うのです。
 イスラムの横のつながり=「ウンマ共同体」への一体感は外から見ていたのでは分からないくらい強い。しかし、それがいったん潰されそうになると俄然力が出てくる。ここが分からないと、穏健派イスラムと過激派イスラムという二分法に陥りやすい。「過激化した状態」のイスラムというのを正確に見ないといけないと思います。
 私たちは、アメリカの目に映ったイスラム像を見ているだけなのかもしれないのです。
 イスラムの側にも分裂が起こっています。米ソのダブルスタンダード政策によって、イスラムの内部が敵、味方にズタズタに引き裂かれています。
 この10年のイランでそれが典型的に現れています。改革派のハタミ大統領と保守派のハメネイ師というニ方向に分裂しています。学問的には分かりませんが、これは冷戦期の後遺症なのではないかと私たちは思ったわけです。ただイスラム革命から20年たったイランでは、改革派の声がじょじょに大きくなっています。ハタミ大統領は西欧の産物である憲法を採用している以上、表現の自由はあると言います。また現代世界では一国だけが孤立して生きていくことはできないと言っています。イラン革命は、当初宗教的革命といわれましたが、20年たって、ここまで民主化・自由化が進めば、一種の市民革命といえるのではないかという説が出てきました。そのハタミが文明間の対話を呼びかけていることは興味深いものがあります。
 アメリカが相手にしているのは、こういう多面的でファジーなイスラムだということです。
 イスラムの銀行の取材をしました。イスラムの銀行は利息を禁止します。金も人間もアラーがつくったのだから、お金でお金を儲けるのはいけない。アメリカ的なマネーゲームはいけないという考え方です。たとえばある会社が航空会社をやりたいとします。普通、企業家は銀行からお金を借りて利息を払います。ところがイスラム銀行がかわりに飛行機を買うのです。それを企業家にリースする。儲かったら金を払ってくれというのです。投資信託みたいなものです。目に見える労働にしか銀行は金を貸さないとか、豚はタブーですから、そういうところに関係する企業や人には金を貸さない。すると、ロンドンのシティの金融当局者は「イスラム・バンクのように相手を見て金を貸す、貸さないというのはだめだ。それはウェスタン・バングの基準に合わない」と文句を付けた。何年かもめたあと、サウジアラビアのイスラム銀行は、お金を預金者に全部返してさっさと撤退してしまった。そして何をやっているかというと、これからはウェスタン・バンクを買収して、これをイスラム風に変えてしまおうというのです。そのやり方をめぐって、レバノンで延々と会議を持っているのを取材しました。そこにはエジプト、スーダンなどから賢者が集まってきていた。じつにトランスナショナルなのです。その人たちがシャーリアという律法の解釈をめぐって喧々囂々8時間も議論しました。「どうやったらウェスタン・バンクをイスラム・バンクに変えられるか」という恐ろしげな会議をレバノンでやっている。こうしてイスラムの世界を仔細に見ると基本的な考え方の違いがあちこちに見えてきます。
 今日の欧米のマネー・ゲームはもともと中東のオイルマネーが金融市場にあふれたことから始まっているわけですから皮肉な話です。サウジアラビアは親米的な顔と、メッカ・メディナを守る王家としての顔を持っています。アメリカのそれとは少し違う内側にダブルスタンダードを持つ国です。今回は米軍に基地を貸さないと言っています。
 サウジアラビアはやはりイスラムの盟主です。サウジの根本には18世紀の半ばに起こったワッハーブ派の思想があります。ワッハーブ派は、コーランと預言者ムハンマドのスンナに立ち戻ることを厳格に主張し、哲学思想や神秘主義を退ける立場をとっています。
 サウジアラビアはスンナ派の拠点です。コーラン、スンナを法源とするシャーリアに基づいて現実を判断するわけですから、根底には原理的な考え方が色濃くあると思います。こういう側面を見落とすと、イスラムをやたら寛容な宗教だと持ち上げたり、逆に、排他的な宗教だと貶めたりする。どちらも正確ではないのです。
 そこで、今アフガンの周辺で起こっていることをどういうふうに見るかを、これまでの取材に基づいて考えてみます。
 2000年に『激動・地中海世界』をつくりました。10年前のソ連邦崩壊の激震がコーカサスからイスラエルを経て地中海に及んでいるという現実を取材しました。その余波が、ヨーロッパEUの周縁部にまで及んでいます。そこでは、冷戦後の民族紛争と長い歴史をもつ宗教対立が複雑に絡み合い「活断層」をつくっています。その上に三脚を立てているうちに、グローバリズムに対抗する原理が随所に頭を持ち上げつつあるのが見えてきました。
 コーカサス回廊について言いますと、連邦崩壊後のロシアの困難な問題が津波のように南下していました。チェチェン戦争が泥沼化しています。モスクワで爆弾テロがあって、300 人くらい死にました。「これはチェチェンの国際テロ組織がやっている、ビンラディンが背後にいる」とプーチンは言うわけです。そのプーチン大統領の就任式を撮影しました。それはロシア皇帝の戴冠式と同じように、ロシア正教総主教アレクセイ2世が厳かに執り行いました。そのあとのインタビューでアレクセイ2世は「国家と教会は協力して解決しなければならない共通の課題を持っている。チェチェンで国際テロリストの集団が形成された。もしロシアの大統領が断固とした行動にでなかったならば、国際テロリズムの火種はロシアだけではなく他の国々にも連鎖的に波及したことでしょう」と言っている。
 コーカサスは逆さにしたビンの首ようなところです。コルクの栓が抜けると、下からイスラムがゴボッと入ってきます。プーチンとロシア正教はコーカサスを一種の生命線と考えています。いまやロシア正教が全面化し、皇帝ニコライの一家はイコンに描かれて聖別されるようになりました。
 チェチェン戦争に行ったロシア兵で、捕虜になってもイスラムに改宗しなかった青年がいました。彼も20世紀の聖人だとしてイコンまでつくられました。実際には祀られませんでしたが、ロシアはいまそういうご時世です。
 モスクワの南東部、ロシア共和国の一部タタールスタンでイスラムが勃興しているという話を聞きました。イワン雷帝がタタールを征服して大聖堂を建てたカザンという町があります。カザン大聖堂の尖塔の十字架は三日月を突き刺すように聳えていました。これはイスラムを制覇したという意味があるのだそうですが、取材に行った時には、三日月は取り払われていました。ロシアの橋頭堡ともいわれたカザンの周辺でイスラムが勃興しているのです。イワン雷帝が壊したモスクも再建されていました。地方の町でもイスラムは信者を増やしています。あちこちにイスラムの神学校ができ、アラビア語でコーランを教えています。コーランやその発音の教材ソフトはサウジアラビアから大量に送られてくるということです。エジプトからもイスラムの宗教指導者が来ていました。
 タタールスタンはまだロシア共和国の中なので、若者はチェチェン戦争に徴兵されます。ところがイスラムに目覚めた若者たちはロシア軍の徴兵を逃れて、裏からチェチェンに行きロシア軍と戦うというのです。行方不明になった少年たちもたくさんいます。息子をチェチェンから連れ戻した母親は、向こうには、アルジェリア、サウジアラビア、アフガン、タジク、ウズベク、キルギス、タゲスタンなどから義勇兵がたくさん集まっていたと言います。この顔ぶれは、「国際テロリスト」と合致します。
 ロシアとしては、チェチェン問題が長期化すると国際的な非難を浴びかねません。そこで今回、プーチンはアメリカの同時多発テロに対して同調的なのではないでしょうか。いまアメリカ軍に基地使用を許しているタジキスタンやウズベキスタンは、もともとアフガン戦争のときソ連側兵站基地になったところです。現在のタジクの政権はイスラム原理主義が起こることを恐れています。ウズベクには東の方にフェルガナ盆地があり、そこにワッハービストがたくさんいます。ウズベクのカリモフ大統領はイスラムの復興を極度に嫌っています。プーチンのロシアとの間に、そういう利害関係の一致があります。
 ワッハーブはチェチェンにもいます。このようにつなげていくと、チェチェンにもウズベクのフェルガナにもワッハービストがいて、隣のアフガンにはタリバンがいる。これはリアルな構図です。
 今、アフガンに焦点が向かっているのは、アメリカがそこを名ざしたからだけではありません。冷戦終結後、この地域にはさまざまな構造線が走り、活断層が裂け目を現わし、そこに猛烈なエネルギーが溜まっているからです。
 それともう一つ、パレスチナ問題を見落とすわけにはいきません。連邦崩壊後、ロシアからユダヤ系の人々がどんどん人がイスラエルに流入している。100 万人とも言われています。この人口の変動が中東問題に微妙な影を落としています。ロシア系ユダヤ人の移民党(シャランスキー党首)が、宗教政党リクード(シャロン党首)と合流したのです。イスラエルがシャロン政権になったことが、今度の問題の発端になったとも考えられます。シャロンは岩のドームに踏み込んだ人物です。その後、パレスチナの自爆テロが起こり、イスラエルの軍事報復が激しくなったことを想起しなければなりません。
 アメリカは中東和平に消極的であり、かつシャロン政権に甘い。ここにもダブルスタンダードがあります。冷戦は終わったと言いますが、イスラム世界には、依然としてその後遺症かたくさんばら撒かれているのではないかと思います。
 アメリカは21世紀の「新しい戦争」を遂行するために、今また、新たなダブルスタンダードをイスラム世界にとろうとしています。
 少し前まで、パキスタンは核実験をやったことで経済制裁を受けていましたが、アメリカはアフガン空爆のために、パキスタンに対して60億円を支援しようとしています。日本も30億円を難民のために出すと言っています。しかしパキスタン情勢は余談を許しません。サウジアラビアも軍事基地の提供をめぐって内部で対立があるようです。イランは92年、アメリカの国防省が出した「世界テロ報告書」で、最も危険なテロ支援国家になっていましたが、そのイランが、今回はアフガニスタンと国境閉鎖をして、ハタミが「テロに反対する」と表明しています。イランの集会では「アメリカに死を」というシュプレヒコールが決まり文句のように出てくるのですが、今回は出なかったといいます。ただし、イランにおける最高指導者はあくまでもハメネイ師です。今回のことについても、ハメネイ師が「アメリカはユダヤ人の犯罪に加担して血に染まっているぞ」と発言しています。するとシーア派的には反アメリカということになります。それを担保に、イランはアメリカに経済制裁の解除を求めるということをする。イスラム世界もまた、アメリカに対してダブル、トリプルのスタンダードをしたたかに使っているのです。
 今回、アメリカはロシアと協力的ですが、中国に対してはそうではないように見えます。アメリカのミサイル防衛構想NMDが、中国をターゲットとしているとすると、NMDに関するABM交渉が米ロの間で再開される。米ロの関係は、今、対テロ、対イスラム、対中国ということで一致しています。将来、台湾問題やチベット問題が起こってきた時、このスタンダードは使えなくなります。そうすると、これからの世界の動きは、NMD、TMD問題が複雑に絡んで展開するだろうと思うわけです。
 最後に、『激動・地中海世界』のシリーズで、アルジェリアを取材しました。アルジェリアは1962年に社会主義的な民族解放闘争をやってフランスから独立を勝ち取りました。民族解放闘争の旗手といわれ、第三世界革命の模範となりました。ところがアルジェリア民族解放戦線FLNが、難しい正則アラビア語を押しつけたということで民衆の反発を買い、その上、経済政策の失敗もあって、イスラム勢力が民衆の間に急速に浸透しました。91年暮の選挙でイスラム救国戦線FISが選挙で大勝します。それをFLNが無効としたのです。そこからFLNとFISは血みどろの戦いに突入しました。大量虐殺がくりかえされた「死の三角地帯」を取材しました。一晩で400 人くらいの人が殺された。もう20万とか30万人が殺されたといいます。ここで今、国民和解法で和解しようとしていますが、とてもじゃないけれども、誰に殺されたのかさえわからない、ほとんどの人が殺戮のトラウマから抜け出せずにいます。ある人が『ベンタルハで誰が殺したか』という本の中で、最近の虐殺は政府軍(FLN)がやったのかイスラム勢力(FIS)がやったのか全然わからないと書き物議をかもしました。アルジェリアには、どちらが殺したか分からないことから来る憎悪と恐怖の連鎖があります、そういう場所が世界には未だにあるということです。これはもしかしたらアフガンの未来図です。
 世界史の構造線があちこちにあり、それがイスラムと深くかかわっている。だからイスラムが危ないというのではなく、イスラムのある地域が歴史的な構造線の上にあるということだろうと思います。
 これからの取材は本当に恐ろしいところばかりになりそうです。世界がますます不安定化していますから。このような取材をしながら、何とかアメリカで起こった事柄、それをどういうふうに理解していくか、どうやってこれを番組にしていくかということを考えているわけです。
 NMDの番組にしても、ミサイル防衛をそれぞれの国でやったとしたらどういうことになるだろうか、というように考えを進めます。アメリカは、「世界の空はOPENだ。ミサイルで何でも撃ち落とすのだ」と言っていたら、突然、自分の横っ腹をやられました。それではもうミサイルはやめるかというと、そうではない。この上、テロ対策もやると言っています。アメリカは「何でもかでも守る」と。これはハイテク時代のナショナリズムとしか言いようがありません。
 この理屈がずっと続いていく限り、おそらく同じようなことが起こるのではないでしょうか。
 これは私の個人的な意見というより、こうした意見に賛成するのですが、テロに対して、これを「人道に対する罪」として常設の国際刑事裁判所で訴追し、国際的な審判を下すという意見が論理的には妥当ではないかと思います。今度の事件は被害者も加害者も多国籍ですし、アメリカ一国が被害者を僭称するのはどうかなと思います。この条約は60か国の批准がないと発効しません。今、37か国しか批准していない。アメリカは批准せず、日本は署名すらしていない状態です。アメリカがこの条約に反対しているのは海外に展開している米軍の犯罪をいちいち国際刑事裁判所に訴追されてはたまらない。自国で処理したいからだといいます。沖縄のケースを考えてもわかると思います。しかし、この条約には補完条項があって、それぞれの国がまず独自のやり方で裁判を行うことができるとされています。それが充分できない時には、国際刑事裁判所が機能するということですから、アメリカが反対する理由はほとんどないように思うのですが。
 今後、アメリカが国際社会の中でどんな立場をとるかはやはり重要なファクターになります。だから今、ニューヨーク市民の記録を撮っておいた方がいいと私は思っています。ずっとこの1年くらい継続して撮っていたら、おそらく重要な記録になると思います。アメリカ人とは何であるかということが少しは分かるかもしれません。
 どういう番組をつくれるかわかりませんが、アメリカにできるだけカメラを集めてニューヨークの市民を徹底的に記録する。日常でも何でもいいから記録する。彼らはかならず変化します。それは何なのかを知るために、素材を編集するのです。私たちは歴史をある予見をもって説明することはできないのです。イスラムの地域をずっと取材し、そして、それとまったく対極にあるNMDを取材している内に、両者がどこか深いところでつながってくる。「メディアの臨界・世界史の現場に立ち合う」というのは、そういうことではないでしょうか。
 

* 追記:

 アメリカの強権的なやり方から、非対称的な世界が次々に生まようとしています。国内にイスラムを抱える世俗政権は、アメリカが空爆を続ける今もっとも国内問題にナーバスになっているはずです。このまま「戦争」が終わらないと、イスラムが国境を越えて連帯したり、個別的に原理化を深める恐れがあるからです。パレスチナ、エジプト、サウジアラビア、トルコで、とりわけパキスタンで、イスラムの地熱がじょじょに上昇しつつあります。この地域で、イスラムを強権的に抑えこもうとする国家群が増えることはじつに危険なことです。

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