Re: 桜井均講演「メディアの臨界・世界史の現場に立ち会う」

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投稿者 日時 2001 年 11 月 24 日 17:52:17:

(回答先: 桜井均講演「メディアの臨界・世界史の現場に立ち会う」 投稿者   日時 2001 年 11 月 24 日 17:50:44)

 今回の同時多発テロをブッシュは「新しい戦争」(new kind of war )と名付けました。しかし、これは本当に「戦争」なのでしょうか?私はこの「新しい戦争」という言葉から、ドキュメンタリーの介入の糸口はないかと考えてみたました。
 アメリカのネットワークは当初、「America Under Attack」と画面スーパーを出していました。「攻撃された」という状態を表す言葉です。そのあと、ブッシュが「これは単なるテロではなく、自由に対する、民主主義に対する戦争だ」と言い放ちます。それをうけて画面のテロップは、「America's New War」に変わりました。想像を超えたナショナリスティックな反応です。アメリカ国民の心理状態をそのまま反映しているのでしょう。テロの方法の法外さ、途方もない被害の広がりとこのことは関係していると思いますが、端から見れば、このようなテロップを出しつづける行為は常軌を逸しているとしか言いようがありません。
 「リメンバー・パールハーバー」。一時はこのアタックを真珠湾攻撃になぞらえました。しかし、このコピーは同盟国日本の心証を害するとの配慮から、ライス大統領補佐官は「真珠湾攻撃は国家と正規軍がやったのであって、今回のテロとは違う」と早々と取り消しました。「戦争」の準備が始まっていたのです。
 見知らぬ相手を敵とみなし、それとの戦いを「戦争」と名付けるのはハリウッド映画の常套句です。どこからともなく、わけの分からない敵が突然アメリカを襲ってきて一般市民に甚大な被害をもたらす。共通しているのは、攻撃をしてくる相手は邪悪で、いきなりの侵略してくる。パニックのなかで、優れた指導者がハイテクを駆使して敵の正体を解明し、危機一髪でそれを撃退する。スリル満点でハッピーエンドというのがハリウッド映画のスタイルです。ただし侵略の本当の理由や動機は最後までよく分からない。
 ところが今回、かなり早い段階からオサマ・ビンラディンとアフガンを実効支配するタリバンが敵と名ざされた。見知らぬ敵どころではない。かたや「お尋ね者」であり、かたや「ならず者国家」です。しかし、この場合も敵の本当の目的、攻撃の理由、動機についてあまり語られていません。
 「なぜアメリカは狙われたのか?」ということについて、今、それを言う雰囲気ではないみたいですが、「テロリストはなぜアメリカを狙ったのか?」ということについて問わずにいるのはじつに不自然です。原因を問わない。まさにハリウッド的思考です。「戦争」の目的がはっきりしない。だから、いまだにこの「戦争」に名前がない。
 ここから二つの方向に話が分かれていきます。うまくいくか分かりませんが、私は二つのことを同意並行的に少しずつ話しを進めていこうと思います。
 一つは、まさに「世界同時性」と「メディアの臨界」ということにかかわって、メディア・プロパーが抱えこんでしまった今日的な問題へのアプローチです。
 世界は、以前どこかで見たような、一種の「デジャ・ヴュ」の感覚に蔽われている、そのことにどう対処するのかという問題です。つまりメディアの危うさを、危うさのなかでどう理解するかということです。それをあるハリウッド映画と、事件後に、NHKが再放送したあるNHKスペシャルを例に考えてみたいと思います。
 ご覧になった方もあるかもしりませんが、98年暮、全米で公開された『Martial Law 』(戒厳令)という映画があります。今、レンタルビデオ店でさかんに借り出されているそうです。私たちはかつてこのビデオの一部を番組(『イスラム潮流〜マンハッタンにコーランが流れる〜』)のなかで使いました。私はもう一度全編を通して見て驚きました。内容や言葉遣いがあまりにも今回の事件と類似しているのです。
 簡単にストーリーを紹介します。最初にサウジアラビアに駐屯している多国籍軍、米軍基地が爆破される。湾岸戦争後という設定です。そして砂漠の中を首謀者の車が疾走していく。シーク(族長)・アーメド・タラルと字幕は出ますが、音声をよく聞くとアーメド・ビンタラルと言っている。つまりビンラディンです。なんでビンというのを除いて字幕を出しているのかわかりませんが、とにかくアーメド・ビンタラルが砂漠の中を逃げていく。それを特殊部隊が空から衛星で追尾し、地上で車を止めてシークをすばやく拉致する。その後、乗っていた車だけを爆破する。これと同じようなことを今、アメリカがやっているのではないかと思えるようなシーンです。
 拉致されたビンタラルはどこかに幽閉されていますが、数珠をくってコーランの一節を呟いている。
 この後、ニューヨークでテロが続発する。バスが自爆したり、ブロードウェイが爆破されて文化人がたくさん死ぬ。(今日の新聞にブロードウェイが再開と書いてありましたが…。)ブロードウェイの次ぎは小学校の人質事件。犯人グループは、マスコミが現場に到着するのを待ってボカンとやる。非常に劇場的です。そこも今回とよく似ています。
 そして、ついにFBIなどの捜査機関が入っている大きな建物にトラックが突入して自爆する。これで600 人が死亡し、ついにアメリカ人の理性が決壊する。各国の元首から弔電が届いたり、ニューヨークの消費売上が72%ダウンする。ここで大統領の声明、「我々は攻撃された。米国領土内の戦争である。これは新しい形の戦争である」。今回のブッシュの演説とうりふたつです。
 即座にアメリカは、リビア、イラン、イラク、シリアなど、テロを支援する国々に報復攻撃をすると宣言します。しかし同時に「アラブはテロリストではない。イスラムは寛容な宗教だ」とも慎重に付け加える。イスラム団体から抗議をうけて直したのでしょう。
 非常によくできた映画で、アメリカの中東に対するダブルスタンダードも描きこまれています。その意味でかなり現実を反映している。CIAがアラブを使ってサダム・フセインを暗殺しようとする。その資金を出して、CIAが訓練する。しかし国の政策転換があり、彼らをほおり出した。その時に教えた爆弾製造技術がニューヨークで使われたのだというふうにストーリーは展開します。
 ニューヨークの空撮の映像が何度か出てきますが、そこには今回壊された世界貿易センタービルがくっきりと写っていて、ほとんど「デジャ・ヴュ」の世界です。その後、戒厳令が敷かれ、ブルックリンが閉鎖され、アラブ系住民が次々に逮捕拘留されていく。ここにまたコメント、「大統領はニューヨーク市長とニューヨーク州知事を呼び、アラブ系住民を戦時中の日系人のように強制的に…」と。真珠湾攻撃の時に日系人が収容された、その記憶が呼び起こされます。これも今回と同じです。
 最後にテロリストがこう言います、「ごみのように俺たちを捨て、聖なる指導者シーク・ビンタラルを奪った。教えを説く彼を牢獄に入れた。世界の指導者面をした国に思い知らせてやる」と。
 今回のテロリストと大統領は、この映画を見ていたのではないかと思いたくなるような内容です。ただし、ビルに旅客機が突っ込むという想像力はこの映画作家にはなかったようで、その意味でも、今回はハリウッドとメディアは臨界を越えられたと言えるかもしれません。
 この『Martial Law』は、あまりにイスラムを仮想敵にしているというのでイスラム団体から抗議を受けました。従来のハリウッド映画は、どこからともなく正体不明の敵がやってくるSFでしたが、この映画では明らかにイスラムがテロリストのメタファとして使われています。当然映画制作者は否定したわけですが、随所にイスラムが出てくる。フィクションでありながらアメリカ社会の現実が鮮やかに投影されている。この映画は観客に一種の「感覚の混乱」を引き起こします。現実に起こっていることが、あまりにもフィクシナルであり、フィクションである映画があまりにも現実を反映しているという、両方の感覚に挟み打ちを受けて、こちらの感覚が混乱してくる。この混乱は、今のメディア状況全体にもつながっているように思います。
 もう一つ、『Martial Law 』の中で注目すべきところがあります。事件の捜査をするCIAの女性エージェントが登場します。彼女はイラクでフセイン暗殺のオペレーションをやったCIAの女性担当官です。彼女は最後に死ぬのですが、死の間際にテロリストを育てたのは自分たちだったという意味で「我ら罪を犯すものを許すが如く」と言う。彼女を介抱する黒人のFBI捜査官が「我らを許したまえ。我らを試みにあわせず、悪より救いたまえ」とそれを引き取る。捜査官が黒人だというところも意味深ですが、CIAの女性エージェントは最後に「アラーの赦しを」と言って事切れるのです。いかにもハリウッド映画の終わり方というか、あたかも宗教的和解が成立したかのように締めくくってしまった。
 この映画で注目すべきは、「新しい戦争」という言葉がすでに使われていたことです。
 今回、ブッシュ大統領の口から「十字軍」(crusade)という言葉も飛び出しました。アメリカは「限りない正義」(infinite justice)のために戦うと言った。《The Infinite》というのはキリスト教の「神」を意味します。これがあまりに宗教的だということで、endure(=どこまでもやる)という世俗語に置きかえられた。しかし、気をつかいながらもついホンネが出てしまう。それに対してタリバンのスポークスマンもメディアを利用して結構えげつなくメッセージを送っています。「ビンラディンだという明確な証拠を出せ」と言います。確かにその通りだという感じになるのですが、その後は「ビラディンの居場所はわからない」、「国外退去を命じた」、「我々に対する攻撃は全イスラムに対する攻撃だ、ジハードだ」と、メディアを使って明らかにメッセージを送っている。
 情報戦はこれまでは先進国同士のものと相場が決っていましたが、今回はメディアの中で、かたや「正義の戦争」、かたや「聖なる戦争(ジハート)」が戦っています。メディアの中で「代理戦争」が行われているようです。テレビはテロリストにジャックされ、自爆の瞬間をなすすべもなく放映し続け、今度は、宗教戦争の貸し舞台に成り下がってしまいました。本当にメディアはいま臨界事故状態です。
 NHKは事件後、「世紀を超えて、テロ無差別殺人の戦慄」を再放送しました。おそらく再放送の動機は、この放送が「今回の事件を予告していた」ということでしょうが、ここにちょっとした落し穴があります。この番組は、アメリカがテロリストを名指していく過程を描いたものです。
 たとえば「イラクには湾岸の後、3万リットルの細菌が存在しており、CIAがその行方を懸命に追っている」というコメントが入ります。その次になぜかビンラディンが出てきて、「それを持っていると仮定して話そう。イスラムを守るためには、その主要な判断は自分たちの側にある」と発言する。しかし、イラクとビンラディンを結ぶ証拠が示されないまま論が進められていきます。ドキュメンタリーの常道からすれば、当然取材に基づいて次ぎのような部分が挿入されるはずです。「イラクのフセインは、湾岸戦争で余った3万リットルの細菌をあなたに渡したと言っているが、あなたはそれを受け取ったのですか?持っていたら、あなたはそれを使いますか?」と。もっとも、こんなことが分かれば大スクープですが…。そういうやりとりは一切なく、どこで撮ったかわからないビンラディンが唐突に「持っていると仮定して話そう。イスラムを守るためには、その主要な判断は自分たちの側にある」と発言する。これだと彼は「使うぞ」というメッセージになる。ビンラディンが細菌兵器を持っているかも分からないのにです。次に、1999年国連安保理の「対アフガン経済制裁」の決議がつないである。アメリカ代表は93年の世界貿易センタービル爆破はイスラム過激派の仕業であると断定し、その中心人物オサマ・ビンラディンをどこまでも追い詰め、必ずや裁きの場に引き出す、と演説する。それに対して、今度はイスラムの宗教指導者が出てきて、「イスラムには無数のビンラディンがいる」と言い放つ。こういうふうに「憎悪の応酬」が、現実の時間の中ではなく、番組的時間の中でモンタージュされていきます。
 しかし、ここにはドキュメンタリーの原則である事実の確認がありません。平時においてはこんなものかで済むかもしれませんが、今のような状況下では別の意味を持ってしまいます。「ああ、やはり」という感覚です。じつは、私たちはまだなにも知らないのです。
 さっきのハリウッド映画『Martial Law』がノンフィクション・ドラマだとすると、NHKのはフィクション・ドキュメンタリーです。(そういうジャンルがあるのか分かりませんが…)このタイミングで放送されると確かに今回の事件を予測していたように見えます。フィクションの場合は「デジャ・ヴュ」で済みますが、ドキュメンタリーの場合は、そうはいきません。
 憎悪の再生産をしているという自覚がメディアの側にまったくない。理性が決壊し、メルトダウンする瞬間です。メディアというのは、とりわけドキュメンタリーは未来を予測するものではありません。そうではなくて、逆に「現在起こっていることは、本当に予測できなかったのか?」と直近の過去を問うべきなのです。「なぜアメリカは狙われたのか?」「テロリストはなぜアメリカを攻撃したのか?」と問わなければなりません。
 同時多発テロは「事故」ではなく「事件」です。事件なら、犯人がいて被害者がいる。そして攻撃を防御できなかった管理責任者がいるはずです。狂牛病の問題も、薬害エイズもそうでした。社会がある種の攻撃に晒された時、誰が犯人か、あるいは何が原因かを解明し、その事態をなぜ防御できなかったのか、その責任が問われます。犯人はウィルスであるとかプリオンであるとか、テロリストであるとかいうだけでは済まされない。この事態は本当に避けられなかったのか、結果責任を問う場面が出てくるかもしれない。今この時点で「アメリカという国にはまったく責任はないのか?」と問うと、袋叩きにあうかもしれません。今は「戦争中」だという認識ですから。しかし、「なぜ空爆なのか」と問うことはできるはずです。空爆の目的も期間もはっきりしない。「報復のため」なのか「テロ防止のため」なのか、明らかに「概念の混乱」があります。
 ここまではメディアの問題でした。こうしたメディアの臨界状態の中で、どうやってネックを抜けていくか?今のところなかなか名案が浮かびません。そこで私は、「世界史の現場」ということに関わって話を進めていきたいと思います。
 私たちは、これまで「イスラム潮流」や「地中海世界」を取材し、今は「アフリカ」を取材しています。こうした取材を通して浮かび上がってきたことは、アメリカがいま現実に相手にしているのは、たとえばイスラム圏に暮らす貧しい人々、アメリカ的なグローバリズムからこぼれ落ちた人たちだということです。ここ2、3年の取材のなかで、そのことが具体的に分かってきました。
 NHKスペシャル『イスラム潮流〜マンハッタンにコーランが流れる〜』という番組で、アメリカの内部でイスラム教徒がどんどん増えている様子を描きました。放送があった1999年段階で800 万人を越えていましたから今はもっと多いと思います。ユダヤ教徒の数を凌ぐ勢いです。イスラムは他宗教への再改宗を禁じていますから、減ることは原理的にありえないので、相当増えているはずです。
 30年ほど前から、マンハッタンに巨大なモスクをつくる計画がありました。しかし、完成したのは、ようやく湾岸戦争後のことでした。お金はクウェートが大半を出しました。そのモスクの壁にプレートがありまして、そこにはイラク、イラン、リビアなど、アメリカが仲良くしたり敵対した国がズラズラと書いてあります。これを見るだけでアメリカとイスラムの複雑な関係がわかるプレートです。クウェートが圧倒的なお金を出してつくったというのも時代を感じさせます。イスラム教徒がアメリカで圧倒的な勢いで増えている。それが脅威と映るのは自然の道理です。
 私たちは、実際にフロリダ州のイスラム系の移民社会で起こったある事件を取材しました。タンパという町に、マゼン・アルナジャールという教授がいて、ある日突然逮捕され、2年間拘束されている。しかし、逮捕拘束の理由を本人や家族は一切説明を受けていないというのです。彼はパレスチナ系の移民で、パレスチナ支援のカンパを行っていたことがあり、友人の一人がパレスチナでテロリストを自称したことが分かっています。
 移民法の中の連邦行政法240 条に「secret evidence」(公開されない証拠)という項目があります。つまり逮捕しても理由を言わないでいいという項目があって、アルナジャール氏はこれを適用されたらしい。この法律は実は1950年代、マッカーシズムの時につくられました。また、93年、今の世界貿易センタービルが爆破されたのをきっかけに、96年、「反テロリズム法」ができましたが、その中にも、この「秘密の証拠」の項目が入っています。この法律を適用され、逮捕拘禁されている人は私たちが取材した時に24人いましたが、そのうち23人がアラブ系イスラム教徒でした。もちろん偶然であると移民局は言います。これに対して、「これは差別ではないか、アメリカ憲法に反するのではないか」という抗議の声が上がっていました。
 同時多発テロが起こった後、実際にフロリダ南部のアラブ系イスラムの人が逮捕拘禁された時も、「公開されない証拠」の項目が使われました。今回も、イスラム=テロリストという図式はもちろん否定したのですが、しかし結果としてそういう図式がメディアを通して印象づけられました。
 こうしたことはアメリカ社会の中で何度もシミュレーションされていたのです。取材を通して、アメリカ社会の現状や、メディア状況が分かってきました。

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