天野恵一,青春期の体験から「第三世界主義」を語る3

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投稿者 YM 日時 2001 年 12 月 03 日 22:06:39:

(回答先: 天野恵一,青春期の体験から「第三世界主義」を語る2 投稿者 YM 日時 2001 年 12 月 03 日 22:05:41)

4、第三世界主義と暴力
もう一つの問題は、前衛蜂起主義というある種の第三世界祖国ナショナリズムの問題に対する違和感も関連しますが、暴力の問題です。加々美さんが紹介されましたフランツ・ファノンの『地に呪われたる者』というのは、フランスで出たのが一九六一年ですが、日本での翻訳は実際はものすごく遅くて一九六九年の十一月です。ただしファノンの著作集自身はこの前に二冊出ています。
ファノンの紹介のされ方は、『地に呪われたる者』の序文をサルトルが書いているんで、サルトル経由で日本に紹介されました。翻訳者の鈴木道彦さんですとか海老坂武さんですとか、この頃フランス文学者でサルトリアンだった人がファノンを紹介していくことになったわけですが、そのつなぎになったのがこのサルトルの序文なわけです。有名人サルトルがファノンをフランスの、そして日本の社会に持ち込んで大衆化したといえるかも知れません。
そこに書かれているサルトルの序文は、いま読んでも非常に名文で、なるほどと思わせるものがあります。基本的に、ヨーロッパが植民地支配していく社会というのは全面的な暴力支配なわけです。逆らった奴は子供でもなんでも殺していく。その暴力支配の歴史に対して、植民者のそういう暴力に対抗するエネルギーというのは、当然暴力で対抗するしかない。その過程で、医者であるファノンが言うのは、暴力が自己浄化につながっていく、自己回復につながっていかざるをえないということです。日常的に暴力的な支配の中で生きている人間は、それと闘う暴力を爆発させることによって自己回復につながっていくような要素があって、それを淡々と肯定的にファノンが書くことを、サルトルは全部プラスにとっている。それと同時に、サルトル自身はフランス人ですから、ある種のヒューマニズムの偽善性についても言うわけです。例えば、ものすごい暴力で植民地支配を作っているヨーロッパの人間が、第三世界の民衆に向かって話し合いで解決しようというのは偽善である、片方でものすごい暴力でぶち倒している関係を前提にしてそういうことを言うのは非常に偽善的なヒューマニズムだ、対話で解決しようとか話合いをしようとか、第三世界の反抗で出てくる暴力はよくないとか、そういうのはヨーロッパ的傲慢で偽善だというふうにサルトルは書いているわけです。ファノンの暴力論を肯定的に紹介することと、それが対応する構造になっています。
その限りではおかしくないと思うんです。この時代でも、ヨーロッパ、あるいは日本の中でも、植民地化されているようなさまざまな場所での武装闘争が起き、そのような反抗が起きるときに、非暴力主義を掲げて何か説教を垂れる立場や根拠はないと思うんです。ヨーロッパや日本の人間が何か言えることではないと思う。だけれど、その場合、自分たちが振るう暴力がそういうこととの関係でどうなのかということが当然考えられなければならないし、さらに踏み込んでいくと、ファノンが暴力論で展開している主張、例えば「植民地の民衆にとって、この暴力は彼らの唯一の仕事である故に、積極的創造的な性格を帯びる。各人が巨大な鉄鎖の暴力的な一環であり、植民地主義者の最初の暴力に対する反応として現れた偉大な組織暴力の一環である以上、この暴力の実践は全体化する。各集団は互いに相手を認めあい、未来の国民はすでに一体である。武装闘争は人民を動員する。言いかえれば、それは人民をたった一つの方向へ、一方交通の方角へと、投入する」、こういう主張の問題。暴力によって人を組織する、暴力が人間の自己回復である、植民地化された民衆の自己回復であると同時に、新しい社会を作っていく上での普遍的な通路だというメッセージの問題。僕はファノン自体はそんなに丁寧に読んでいない。でも、とにかく「個々人の水準においては、暴力は解毒作用を持つ。原住民の劣等コンプレックスや、観想的ないしは絶望的な態度をとり去ってくれる。暴力は彼らを大胆にし、自分自身の目に尊厳を回復させる。たとえ武装闘争が象徴的なものに過きず、速やかな非植民地化のために民衆が武装解除されようとも、民衆は解放がみなのまた各自の仕事であって、リーダーに特別な功績があったわけではないことを納得するだけの余裕をもたせるのである。暴力は民衆をリーダーの高さにまで引き揚げる」。
そういう暴力の位置づけなわけです。僕はこういう論理が出てくるのは必然だったと思うんです。加々美さんの話にもありましたが、これはヨーロッパの偽善的ヒューマニズム、人間を謳い上げ、人間的な平等を言うヨーロッパが、実は植民地を作り、そこの住民を殺戮してきて、人間というカテゴリーに彼らを入れない構造できたヨーロッパの偽善に対する決別宣言なわけです。これはこの本の終章がはっきりとそのことを宣言しています。「たえず人間を語ってやまなかったヨーロッパ、たえず人間に心をつかうと公言して止まなかったヨーロッパ、その精神の獲得した勝利のひとつひとつに、人類はどれほどの苦悩を支払ってきたのか、今日我々はそのことを知っている」。その前に、こうある。「ヨーロッパは熱心に、破廉恥に、暴力的に、世界を指導してきた。そして見たまえ、ヨーロッパの築いた記念碑がどれほど広く、どれほど多様にその影を落としていることか。ヨーロッパのひとつひとつの動きは、空間の限界と思考の限界をぐらつかせ」云々。ある種のヨーロッパの偽善に対する決別宣言であり、ファノンの結語とサルトルの序文は対応しているわけです。サルトルはヨーロッパ的な偽善をヨーロッパ人として受け止める形で問題を立て、どのように自分たちが暴力を解き放つことを通して、歴史を作る人々に合流するのか、その時は近づいている、という結びになっているわけです。
歴史を作る人々というのは、闘っている被植民者になるわけですが、そういう構造で本が日本でも出版されました。ある種の、ヨーロッパへの決別であり、衝撃的な受け止め方を日本の知識人もし、サルトルを介してだけではなくファノンを読み、ある種の第三世界の民衆の暴力への共感を持ったと思うんです。
この時代は、僕たちの運動の実感でいうと、ものすごい内ゲバが開始されていた時代なわけです。六〇年安保の後の新左翼の分裂がありまして、実際はもっと前からいろんなリンチとかなんとかが共産党の中でも無数にあるわけですが、政治的な対立が分岐して、いろんな政治組織が現れて、いろんな対立があり、いろんなテロやリンチや襲撃が、運動と一緒に進んでいく時代でした。
その中でファノンのメッセージが入ってきたときにどういう機能を果たすかというと、自分たちの暴力は革命的な暴力で素晴らしいというふうに、第三世界の民衆の暴力が持った問題をスライドさせてしまう傾向が強いわけです。暴力は価値であり、人間を解放させる、高めるものである、暴力に慣れなければならないという論理が第三世界の経路から出てくるわけです。もちろん、僕はファノン自身にそういうふうに読める要素があると思います。ただ、ファノンがファノンの場所でそういうふうに言ったのはしょうがない、不可避の問題だとも思うんです。受け止める方の文化の中で歪められたという部分もあるかも知れません。それは当時から微妙な問題でした。
暴力というのは観念の問題ではない。振るう人間として生きている人間としては、相手に血を流させたり、機動隊を殺しそうになったりするということですから、そんなに気持ちのいいことではないわけです。だから、そういう流れで振るわれていた暴力についてはそう簡単に肯定的には言えないということを肉体的な実感で僕は感じていました。暴力が価値であり、暴力が素晴らしいことだと言ってしまうことには単なるヒューマニズムという点からのみではない抵抗感がありました。僕は個人的に第三世界主義的な暴力の正当化の主張は留保した、ちょっと無理だという感じがありました。
例えば、アメリカの黒人運動も典型的な武装主義の時代でした。クリーヴァーの本もそうです。この人は白人の女性を強姦して監獄に入っていた頃から自伝を書き出しているわけです。「強姦は蜂起に等しい行動だった。白人の法律、白人の価値体系に挑戦し、それを踏みにじっていると感じること、そして自分が白い男の女たちを汚しているんだと感じることは、喜びだった。そして白い男が黒い女たちを思いのままに扱ってきた歴史的事実にわたしは大いに反感を持っていたので、この点こそがわたしにとって最も満足のいくことだった、とわたし思う。わたしは復讐を為し遂げつつあると感じていた。強姦の実行現場を中心に驚愕が同心円状に周囲に拡っていった。わたしはこの驚愕の波紋を白い人種全体の中に送り込みたかった」。こう言っているわけです。どの程度自分のやってきた強姦について考えているのかよくわかりませんが、これも一種の、強姦を含めた暴力が黒人にとっての自己回復だったと主張しているわけです。高踏的に、一般的に強姦はよくないというような論理から色々言ってみてもしょうがないし、そういうように自分の個人史を整理して、それが黒人解放の武装闘争のリーダーに彼がなっていく経緯の中で彼がある程度対象化していくことについて、僕はいまでもあまりとやかく言う気はないんですが、なんとなくそういう自己回復、自己治癒という意味での暴力の位置づけというのはやはり同意できないものを残しました。
より具体的に言った方がいいと思いますのでもう一文引きます。『テロルの回路』という松田政男さんの本を読み直してみたら、当時論んだよりも不満感が少なかったので、自分でもちょっとびっくりしたんですが、ただ、学生時代わりと丁寧に読んで共感できなかったところがあるんです。例えば、日大闘争の時に、上から石を投げて機動隊が死んでしまったことがあるんです。六八年九月です、法経校舎に機動隊が導入されて、バリケードが崩されるのに抗議した闘争の時でした。僕たちにとっては非常に衝撃的な、当時の初めての殺人ですから。「僕たちにとって」と言うのは、あの当時大学でバリケードを張っていた人間にとってはまったく他人事ではなくて、年がら年中石を投げていたわけですから、その関係の中で、それをどう考えるかということが重たい問いかけでした。それに対して、『朝日ジャーナル』で日大全共闘のリーダーたちがこう言っているということで松田さんが引いているんですが、「警官が亡くなったことは、心から痛ましいと思う」、「道義的に考える前に必然性を考えざるを得なくなったと思う」、「警官の死は確かに重苦しい。しかしそれをはねのけていく」という言葉を引いて「相も変わらぬ、主体と無関係に分析の対象と化した〈暴力〉論議である」と言っているんですが、こういう批判がどうして出るのか。警官が死んだのは痛ましいと言うのはよろしくないということを言いたいんと思うんですが、僕はこういう感覚がよくわかりません。松田さんはここで暴力を主体化すべきだということを主張しているんです。
また、「直接にフランツ・ファノンをこの手の日本のインテリたち(竹内好郎、高橋和巳)と対比させるのはこの第三世界の偉大なイデオローグに対する冒漬にもなりかねないが」と言っているんです。この「第三世界革命」事大主義も好きではないんです。やはりフランツ・ファノンは神様になっている。そういう感覚に対する違和感と同時に、ファノンの暴力論を引きながらこういうふうに言っている問題もあります。「〈おれの暴力〉と〈やつらの暴力〉との違いが問題なのだ」というわけです。「内面にある〈おれの暴力〉を〈おれたちの暴力〉として外面に向かっていかに発動して行くか、すなわち暴力をいかに主体化していくのか、という契機を抜きにしたところには、いまや、普遍性なぞ無いのである」。「私たちは〈殺される〉側から〈殺す〉側への転位を、無自覚のうちに果たしつつある。〈殺すもの〉と〈殺される〉ものとの間にある境界線を私たちが劃然とは見ておらず、むしろ、私たちの視線を曖昧模糊たるヒューマニズムの霧の中に定めがちである時、単なるひとりの犯罪者にすぎなかった金娟老は言った。『悪いやつは殺しても構わないのだ』と。『凶悪なる暴徒』である私たちが何事かを自己の表現として語るためには、もっとたくさんの機動隊員を殺さなければならないのかもしれぬ。つきつけられた設問は、数十キログラムの石のごとく、あくまでも重いのだ」と言っています。
そんなにいい加減な気持ちで松田さんも言ったわけではないと思うんですが、これは結局詰めていくと殺人に慣れなければいけないということを言っているんです。殺傷すること自体に平然と堪える人間、そういう強い人間にならんとあかんという以外に読みようがないわけです。主体を鍛えるということはそういうことであるという感じがします。そうストレートに言いたかったわけでもないのかも知れないけれど、他に読みようがない。僕は当時も違和感を持っていました。むしろ人を殺傷したりしたときにはものすごく動揺したり、つらいと思う感情を殺してしまうのは非常にまずいと僕は思うんです。

5、内ゲバ・連合赤軍・反日武装戦線
ファノンを引いた暴力論はこういうふうに流布されました。こういう流れの中で、反日の人たちの運動も形作られてきた要素もあると思うんです。僕は三菱爆破の問題だけで取り上げるのはひどいと思いますが、三菱の問題が起きてしまったことは、単に技術的な拙劣さとかということではなく、運動的、思想的な問題と本質的に重なっていることだと思うんです。
この暴力主義はもう少しまともにチェックされなければならない。警察官とか機動隊員は、僕ら学生の感じで考えますと、多少金銭的に豊かではなくても、親がそれほど貧乏でなければ普通に高校から大学にいき出す時代が本格的に始まっていたわけですから、どちらかというと貧しい人が多いわけですよね。だいたい、大学で僕みたいにフラフラしている人間は、そんなに豊かではなくても結構いい加減に生きてきている人間が多いわけで、そういう関係でみたときに、職業をそういうことで選択した人たちを安易に殺傷していいというふうに考えるのは同意できないと感じていました。
全体として解放のための、革命のための暴力というのは正当であり、素晴らしいものであり、そういうものに自己解放していかなければならないというふうに流れ込んできた「第三世界主義」の暴力礼賛は、そういう観点からも僕は不同意でした。
今ほど明確に整理できませんでしたが、この暴力論と内ゲバ、連合赤軍の仲間殺しの暴力とは全部つながっています。それで政治主張がどんどん割れれば、常に自分のところの暴力だけが非常に革命的な暴力なわけですから、暴力を振るうことをもっと積極的にやるべきだという当為が立っている人間はもっとやってしまうわけです。意見の違いに対して暴力でいくという風土がむしろこういう観念の通路から作られてきていた。それはファノンのせいだとかゲバラのせいだとかを言い立てたいわけではなくて、そういうふうに日本の中で受け止められてきた。そういう問題が間違いなくあった。若い学生、ガキの観念肥大症でやっているところに暴力主義が入ってきたらそういうことになっていく構造がどんどんある。それが運動を自滅させてきた大きな要因だと思います。
この時代、新左翼というのは共産党の議会主義に対する反発から出てくる要素があるわけですから、反議会主義で大衆的な運動の実力闘争主義、国際主義と暴力革命をスローガンとして出てきた。その流れ、六〇年安保闘争の体験からの一連の流れの中で、議会主義への批判として、議会主義は一種の国益主義ですから、議会政党の力学の中で物事を決めて、一国のナショナリズム利害を超えないところの枠の中で反体制がおさまってしまうことに対する批判として出てきたわけですから、そのときに暴力、暴力革命という言葉がロマン化されていたと思うんです。そういう流れの中に第三世界主義の暴力主義が入り込んだ。それがドッキングしてこういう流れを作った。
第三世界の認識が拡大したり、西欧近代のひどさを日本のひどさと重ねて、サルトルやファノンを読むことで僕たちが認識を深めたということはいまでも否定されることではないわけですが、その中にあったこうした暴力の受け止め方はそんなのでよかったのだろうかとあの時代も思いましたし、今でも思います。一連の運動内部の惨劇を見てしまっている今は特にそう思います。
もう一つ運動の体験の中で考えた問題をこれとの関係で言いますと、一九八五年の中曽根首相の靖国公式参拝の八・一五へ向けて僕たちが闘争を組んだときの記憶なんですが、平和遺族会の流れの女性だったと思うんですが、キリスト者で反靖国闘争を長くやっていた人の話を中心に総括集会がありました。長く反靖国闘争をやってきた人たちにとっては一つのゴールでした。最後の結節点ということもあって、神社境内の中で逮捕覚悟で決起するグループをつくろうということになりました。そんなに大したことではなくてビラを撒いたり横断幕を出しただけで逮捕なんですが、それでも権力との関係で逮捕される人間を出す闘争というのはそれなりの緊張感があるのと同時に、あそこは右翼や日本遺族会の人がいるし、そういう中でどうなるか非常に不安だったんですが、外のデモと中の抗議という闘争を組みました。何人かの逮捕者が出ましたが、その総括集会で、急きょその「決起」に我々も加わりたいというふうに言ってきたある大学の非常にセクト化したノンセクトがありました。その人たちが「神社内決起」の報告をしました。軍隊用語を乱発して、どのように闘ったかを報告した。その前にさっきの、長く反軍闘争、反靖国をやってきたクリスチャンの方の話があって、その方がものすごく戸惑ったわけです。日本軍国主義の足音が響くような報告だったわけです、軍事闘争を頑張ってきたと言うような。それを僕はすごく鮮明に記憶しているんですが、その人たちを笑い者にしたいわけではなくて、その時、僕たちがなんだったのかということを強く思ったんです。ものすごく軍事主義的な発想、軍団だとか、攻防だとか、戦闘だとか、闘い抜いたとか、そういう言葉しかないわけです、僕たちの運動用語には。その人たちの政治集団は日常的に軍団を組んでいる組織なわけですが、だからそれがものすごく露骨に出た。僕たちは失笑しながらも、僕たちの運動が作ってきた奇妙な性格が全部露呈したと考えざるをえない集会でした。僕は関係ないということを言いたいわけではなくて、自分たちも相当変だと痛烈に自覚させられました。一種の前衛蜂起主義型、暴力主義型、軍事主義のカルチャー、資質、集団の組み方の問題を、どういうふうに自分たちで変えていくのかは、運動の中で非常に大きな問題ではないのか。
「第三世界主義」と現在ということでいえば、第三世界主義というのはそういう歴史的な規定性があって、その問題を相対化すべく考えられなければ、いま第三世界の民衆とのまともな連帯はありえないというふうに考えるべきだと思うんです。そのまま第三世界主義をいま再生しようという話ではありえない。これだけの歴史を生きてきたある種のマイナスの体験。僕はいま結構偉そうに喋っていますが、そんなに昔から論理的にわかっていたわけではなくて、読んだり体験したりしたときに疑問に思っていたことが膨らんできた中で整理しているというだけなんです。
前衛主義型の主要打撃論、裏切り史観に基づく打撃論、自分の右隣りあるいは左隣りの奴を一発叩かないと前に進まないという運動のやり方。それでは討論なんか成り立たないわけです。その上で、打撃論的な理論体系の上に革命的暴力の全面肯定が重なり、全体的な問題の律し方が軍事主義的であるというふうになってしまえば、ずいぶんおかしな構造になると思うんです。それが第三世界の民族解放運動のナショナリズムと結びつけば、暴力で防衛し作り出す祖国という話になる。否定的に考えるべき問題はそれなりの歴史体験の中でそれなりに明らかになってきたと思います。

6、第三世界主義と東アジア反日武装戦線
「東アジア反日武装戦線」の人たちはこういう第三世界主義の流れの中で登場し、ある種の第三世界主義を純化して闘った人たちだと僕は思います。決して全部否定するつもりで言っているわけではありません。ただ、そういうマイナスも内包していた。誰しも、僕も含めて時代の雰囲気の中でマイナスの要素を内包していたわけですが、彼等は徹底的に闘ったが故に、そのマイナスも徹底的に出たというふうに僕は思っています。
最後に、反日の闘いの評価の中で、一つだけ。加々美さんの結語がそうだったと思うんですが、テーマについての共感点はもちろんあるんですが、例えば天皇制の問題をあの時代にあれだけ鮮明に提起したということの大きさは、僕たちはずいぶん後から反天皇制の問題をずっとやってきて、そのことの大きさは運動の中で逆に再発見していくようなことがありました。それから、湾岸戦争の後に改めて反戦運動、反派兵運動を取り組んでいくときに、国連の大国、常任理事国はみんな武器生産国で、武器をそこら中に売りつけて、売りつけた武器で戦争をさせておいて、PKOが入っていくということをやっているとてつもなくわけのわからない連中だということが改めて浮上してきた。日本自体がPKOだけではなくて自国の軍事産業を政策的に作るべしと言われて、実体的にそれが進み出していく時代になっている。軍事産業の歴史的な戦争責任と現在の侵略という問題を含めて、企業に対する批判をしたという視点、彼らの運動のスタンスのある種のリアリティというのは、僕たちなりにどういまの状況で継承するかというのは非常に大きな問題だと思います。
闘争手段や方法、それを支える思想に同意できないとしても、そういう問題を立ててきたこと自体は評価するしかない。如何に多国籍化しようとも日本の企業という構造は超えないわけですから、そういう構造で出てきている問題を僕たちがどうするのかということは運動課題としては非常にリアルです。むしろ、時間がたてばたつほど、問題提起の課題としての正しさを実感するということがあります。
キチンと言っておきたいのは、こうしたテーマについてだけではないのです。これは加々美さんの結語に重なります。ある種ものすごい倫理主義で自己断罪みたいなことで反日の人たちは運動の論理の立て方がすべってしまったんですが、彼等が自分を勝手に気楽に国境を超えた主体としないで、とりあえず民族的被拘束性にこだわり、日本という国の中で日本人として生きている、生きさせられているという現実からどうするか、というふうに問題を立てたという点は、僕は絶対に忘れてはいけない部分だろうと思います。特に社会の国際性みたいなことがどんどん出てきていろんな人の交流や観光も含めて人が出たり入ったりしていると、国境を超えた主体になって、自分が置かれている民族的、国家的な枠組みにこだわるのは保守的でよくないという論理まで出てくるんですが、僕はその点は逆で、そういうことについて無自覚であることにならされているけれど、よく考えれば日本人、日本民族、日本国家の枠の中で生きさせられていること自体が持っている重さはすごく現在的にあるわけで、そのことを批判的に問題にする視点こそが大切だと思います。勝手に国境を超えた自由な主体を立てるのではなくて、そこの問題を歴史的な責任を含めて外さないで考えていこうという限りにおいては、反日の人たちが提起した問題は、その認識の点は継承されなければいけないと考えています。第三世界と言われているところの民衆との連帯は、その通路を通してしかおそらくできないわけで、勝手に向こうに行って、向こうの運動や闘争に合流すればいいという話ではないと思います。

(1)内村剛介・吉本降明「情況への発言=中共の『文化革命』についての往復書簡」(『試行』第二〇号〈一九六七年〉)
(2)「〃豊かな日本〃と第三世界主義・あるいは「パパばなな」と「バナナ」の話」(『反日思想を考える=死刑と天皇制』(一九九一年・軌跡社)所収
(3)山崎カヲル「第三世界と第三世界主義」『批評精神』第五号〈一九八三年〉
(4)栗原登一『世界革命ーマルクス主義と現代』(一九六七年・三一書房)
(5)フランツ・ファノン著作集(第三巻)『地に呪われたる者』(鈴木道彦・浦野衣子訳、一九六九年・みすず書房)
(6)エルドリッジ・クリーヴァー『氷の上の魂』(武藤一羊訳、一九六九年・合同出版)
(7)松田政男『テロルの回路』(一九六九年・三一書房)
(8)チエ・ゲバラ「キューバにおける社会主義と人間」(小田実編・現代革命の思想〈第四巻〉『第三世界の革命』〈一九七〇年〉筑摩書房)所収



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