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「千島学説」に興味ある方に、追加情報

投稿者 WING MAN 日時 2001 年 12 月 30 日 19:38:13:

(回答先: 忰山紀一著『よみがえる千島学説』から抜粋 投稿者 WING MAN 日時 2001 年 12 月 30 日 19:33:56)

「千島学説」に興味ある方に、追加情報

下のページからの転載
http://members.tripod.co.jp/akyonn/tisima1.htm


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生物学は医学の基本である。医学は生物学の応用である。
しかしその生物学が間違っているとしたら・・・

故千島喜久男氏は生物学専攻の医学博士であった。氏が唱えた千島学説は
異端の説として一時日本の学会から葬られようとした。しかし、時至って
異端が異端でなかったとしょうめいするかのように、医学の自壊が始まっている。

いつの時代でも異端の説というのは、当初は無視され拒絶されるようだ。
しかし、それが真実であるならば時とともに現れてくるようだ。
医学の基本となるのは、やはり、生物学。その専門の学者が発見したものは何だったのか。
著者、枠山氏は千島理論を非常にわかりやすく解説されて本にしてくれた。
我々はただそれを読むだけで偉大な先人の智慧を学ぶことが出来る。
なぜ本のタイトルが【間違いだらけの医者たち】なのか読むにつれて納得していくだろう。

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《《 間違いだらけの医者たち 》》  より

 忰山紀一(かせやまきいち)著(医事ライター) 徳間書店発行
(本書よりの抜き書き)


■■千島学説は、ノーベル賞に値する。

千島喜久男−−一八九九年岐阜で生まれる。生物学選考の岐阜
大学教授。医学博士。千島学説と称して“赤血球分化説”“細胞
新生説”“腸菅増血説”など異端の説を唱えた。その学説は日本
では受け入れられず、むしろ外国で有名になってくる。一九七八
年、七九歳で没。

千島の新説のどれひとつをとりあげても、ノーベル賞に値する
研究であった。
しかし、これらの発見は、あまりにも現在一般に信じられてい
る科学と対立するため、結局認められなかった。

科学の新しい理論は、えてして最初は奇異にうつるものである。
近代の量子学の基礎をつくったデンマークの物理学者ニ−ルス・
ボ−アは、「一見まっとうにみえる考え方には望みがない。ほん
ものは常軌を逸しているものだ」と言っている。


■■第1章[信じられている細胞分裂の疑問]

驚くべき発見は、常識的な考えや昔からのものの見方を根底か
らくつがえすが、それが一般の知識となるまでには、かなりの歳
月を必要とする。
新発見がなかなか世の中に伝わらないもっとも大きな原因は、仲
間である科学者が、その重大性に気づかないからである。
細胞は本当に分裂で増えるのか
世界のすべての学者が信じている細胞分裂説にたいして、「ウィ
ルヒョ−は間違っている」
といったのが千島喜久男なのだ。

千島の 「細胞は分裂によって増えるのではなく、体のなかを
流れる赤血球が日々細胞に変化し、この肉体をかたちづくってい
く」という新説は、医学の根本をかえ、私達の健康にかかわる大
問題なのだ。
しかし、この新説は私達の身近なところに届く以前に仲間であ
る科学者たちが「そんな馬鹿なことはない」と、頭から馬鹿にし
て無視してしまった。


■千島の世紀の大発見

彼が発見したものは、ニワトリの卵の黄身(卵黄球)が赤血球
に変化(分化)し、 その赤血球が生殖細胞に変化している様子
だった。

千島は自分の眼と頭を疑った。
細胞は細胞から生まれる−−−−これは一八五九年にドイツの
ウィルヒョ−が“細胞病理学”のなかで発表していらい、生物学
の最も重要な根本原理だった。

ところが、千島の見たものは、生殖細胞でない赤血球から生殖
細胞が造られているという現象だった。どうやら、自分は生物学
だけでなく、それにつながる医学、遺伝学、細胞学、血液学の定
説を根本からくつがす世紀の大発見をやったのではないか。千島
は体のふるえを感じながら考えた。

千島は実験を何度も繰り返し行い、赤血球が細胞に変わること
を確認した。 そして、“卵胚子生殖腺の組織発生並びに血球分
化に関する研究”と題する論文が、九州大学農学部に正式受理さ
れたのは、一九四七年九月である。

正式受理された学位請求論文は、四ケ月以内に教授会に審査報告
をする規定がある。それなのに四年もの間ほうっておかれた末、
論文の取り下げを要求されたのである。

このとき千島の論文は 九州大学内部の問題ではなくなってい
た。日本の生物学会のすべてが、千島の新説にこぞって反対した
のである。「血球と細胞は別のものだ。その血球が細胞になるな
どとは、犬が一晩で人間に変わるようなものだ」と批判した。
「犬が一晩で人間に変わるなどと言っていない。ニワトリのタマ
るのに、世界の学者は生命は変わらないものとしてとらえている
からだった。

現代の最も進歩的な生物学者に、生物とは何かと質問すれば、
生物は一つの機械だという答えが返ってくるだろう。
「遺伝情報が詰め込まれたDNAの指令にしたがった部品が集
まって決まった一方向に流れていく」 物理と化学の法則にした
がっている物質と変わりがない。
これでは生物の特性である心のはたらきがまったく考慮されてい
ない。
しかし、何よりも間違っているのは、自然の大法則である“全て
のものは変わる”ということを無視していることだ。
赤血球は細胞に変わり、また赤血球に戻る。この繰り返しこそ自
然の本当の姿であり、この事実は見ようとすればいつでも見るこ
とができるのである。

千島は血液の研究を中心にして、医学の常識と対立し、生命に対
して間違いをおかしている現代科学に挑戦したのである。


■人間の血液はどこで造られる

赤血球は骨髄で造られる−−現代医学の定説になっている。
一九二五年、アメリカの三人の血液学者によって最初に発見され
た。彼らはニワトリや鳩を九日から一○日間絶食させ、骨髄を観
察、造血作用を確認した。

しかし、この実験はおかしい点がある。どうして長い間絶食させ
るという異常な状態で観察したのだろうか。また、それを健康な
体に適用してよいのだろうか。
千島は、ニワトリ、ウサギ、イヌ、ネコ、カエルなどを材料に、
栄養状態の良いときと、絶食させたときとを比較しながらさまざ
まな実験を繰り返したのである。

その結果、食べ物の消化物が腸の繊毛に附着し、それが腸粘膜に
吸収される過程で、アメーバに近い姿に移行し、やがて赤血球に
成熟し、それが血管に流れ込むのを確認したのである。
植物には根があって、そこから水分、栄養分を吸収し成長してい
る。動物の場合、その根に当るのが腸の繊毛であったわけだ。

脊髄のない動物は骨髄がないから、血球は消化器で造られてい
る。しかし人間や脊椎動物の血球も、発生の最初の段階では卵の
表面の繊毛、ついで胎盤のせん毛、生後は腸粘膜のせん毛で造ら
れことを千島は発見した。

しかし、骨髄造血説は現代医学の基礎知識であり無批判に信じら
れている。
それは骨髄の中に多種多様な細胞があることと、飢餓もしくは栄
養不足のときに、造血作用が認められるからである。だが、骨髄
の造血作用は、真の造血ではない。
なぜなら、骨髄は健康状態のときは脂肪が充満していてとても血
液は造れないからだ。飢餓および栄養不足では血液が補給できな
いから、細胞が血球に逆戻りしているのである。
“異所造血”といって骨髄以外にみられる造血作用同様である。


■赤血球の解釈がこんなにも違う

千島の新血液論をまとめてみると

◎消化された食べ物が赤血球になる。
◎赤血球は腸で造られる。
◎血管は閉鎖系であり、赤血球が組織にとび出しているのは炎
症など病的な場合であるというのは間違いだ。
◎毛細血管の先端は開いていて、赤血球は組織と組織の間に入
り込む。
◎健康で栄養状態のよいとき、赤血球はすべて細胞に変化する。
体が病気の方向にむかっているとき、赤血球はがん細胞や炎
症細胞などの病巣の細胞に変化する。
◎断食や節食や大量の出血後、あるいは病気のとき、すべての
組織細胞は赤血球に逆戻りする。
◎負傷などでからだの破損したところを再生するのも、赤血球
が組織に変化するからである。

以上のことを平たく言えば、食べたものが血となり肉となるという
ことだろう。

健康の条件は、血液を淨くすることと、血液の流れを良くす
るにつきる。逆に病気の場合は、血液の汚れと滞りが原因すること
になる。 (とどこおり)


■“気血動の調和”

精神の安定(気)−−−−−−精神の乱れは血液を汚す
正しい食生活(血)
適度な運動(動)−−−−−−運動不足は血液を滞らす


■薬づけでサリドマイド事件はまた起こる

もし、医学者や薬学者が血液と健康の問題をはっきり認識していた
ら、大きな問題にならずにすんだのが、あのサリドマイド事件であ
る。
千島は早くから妊婦への薬の危険性を警告していたのである。
「赤血球は細胞の母体である」という自説から、医学界や製薬会社
に警告し、一般にも啓蒙した。しかし学会は無視した。

胎児が薬品で麻痺したり鈍ったりすると、血管も血球も発達が不活
発になり、手や足の発育はとまってしまう。
いつ第二の事件がおきても不思議ないほど人間の体に影響する薬は
年々増えているのだ。


■輸血は危ない!

血液がその人の本体であれば、輸血は他人の生命をもってきて自分
の生命に置きかえているようなものである。
欧米諸国では二五○万人の輸血拒否運動を続けているクリスチャン
がいる。輸血を拒否し代用液を使用している病院や患者は、信仰に
よるものであるが、輸血をしている病院よりも死亡率が低いという
のである。

しかし、純粋に医学的な見地から判断し、輸血を避けて代用液を使
用して成功している例が、外国では多数報告されている。

ベ−リ−博士は、「出血による赤血球の激減は、生命をおびやか
すものではなく、代用液のほうが血しょうや血液そのものの輸血よ
り実際に有効である。」

A・J・シャドマン博士は、「私は二万例以上の外科手術を行っ
てきたが、輸血をほどこしたことは一度もない。私は普通の食塩水
を多く飲ましただけである。
その方がいっそう良く、また安全である。血を失ったどんな症例に
もこれを使ってきたが、死亡例は一つもなかった。
チョークのように血の気が失せ、石のように冷たくなっても患者は
生きのびてきた」
と報告している。

このように、輸血を代用液にかえて成功した例はいくらでもある。
なのに危険きわまりない輸血が、あたりまえのように行われてい
る。それは二リットルの血液を失えば、二リットルの血液を補充し
なければならないという、間違った機械的な医学を信じているから
である。

千島学説は、「血管内に注入された血液、特に赤血球は病巣に集ま
り、病的になっている組織をますます拡大し悪化させる。」と言っ
ている。


■医師が知っている輸血の恐ろしさ

輸血直後に起こる副作用として溶血反応がある。これは不適合な輸
血を受けたため、血液の中に抗体ができて、外から入ってきた赤血
球を破壊し、それを溶かそうとする反応である。
重症であれば二時間から三時間、あるいは二日から三日で死亡す
る。おきたときの死亡率は五○パーセント。
この溶血反応は、防ぐことはできない。どのように適合性を調べて
輸血しても、この反応がおこる場合がある。
どんなに医師が努力して血液型の分類、より細かな適合性を調べた
ところで、溶血反応が皆無にならないのは、
「血液は指紋と同じように、その内容はそれぞれ異なっている」か
らだ。

全輸血者の二十パーセントに発生するといわれている血清肝炎
は、輸血後五十日から百五十日の潜伏期を経て発病する。
一九七一年のアメリカの報告によると「輸血によって血清肝炎に
かかるものが年間三万人、そのうち三千人ほどが死亡。潜在性の
ものを含めると年間十万人が輸血による血清肝炎にかかっている
ものと推定される」


■あのエイズも血液の病気なのだ

アメリカからの輸入血液にエイズ患者のものが含まれていないと
いう保証はない。
エイズ問題が起こったとたん、フランスはいちはやく外国の血液
の輸入を禁止してしまった。西ドイツ、イギリスも追従した。
しかし、日本の厚生省は動きを見せていない。
「すべての病気が血液の汚れと滞りから」という千島学説から、
エイズもまた血液の病気である。


■■第3章[生命誕生の謎をさぐる]

地球上に生命がどのようにして誕生したのか、また、今でも地球
上で生命は誕生しているのかどうか−−−−−これは昔から科学
者が夢を抱き続けてきたテーマである。
論争の末、今日の生物学者の共通の結論は「バクテリア、ウィル
スといえども親なしには自然発生はしない。」という生命自然発
生の否定で落ち着いている。

それでは、人間の赤ちゃんが生まれたとき、腸の中は無菌であ
り、生後二、三日たつとビフィズス菌という乳酸菌が繁殖するこ
との説明はどうするのか?
トップクラスの専門家でも腸内細菌の発生については謎である。
なぜなら微生物の自然発生を信じないからである。

世界の学者が、自然発生の否定をどうしてかたくなにまもり続け
るのだろうか。
そのもとをたどれば、一二○年前のパスツールの実験結果がいま
だに世界の学者の定説になっているからである。

このパスツールの説に反対し、バクテリアの自然発生を肯定する
説を唱えたのが千島喜久男である。

一九五八年、カエルの血液を腐敗させて、そこにバクテリアを自
然発生させる実験観察に成功した。
バクテリアは有機物の腐敗から新しい生命を得て、親なしで発生
したのだった。

世界的な食養の大家、桜沢如一氏も千島説を支持した。
「パスツールの実験は、大自然をビンやつぼの中ととり違えてい
る。彼は細菌の自然発生の否定に熱中しすぎて、その起源につい
て考えることを忘れている」と。

牛山、後町の両博士は「血液銀行で保存する無菌処理された血液
は、たとえ冷蔵庫のなかにおいても、十日以上経つとバクテリア
は自然発生する」と発表 。

元科学技術庁顧問、斎藤憲三氏は蒸した米から、麹菌(バクテリ
ア)の自然発生することを発見した。
さらに、これは工業技術院に追試の実験を依頼して確認された。

千島説に対しての学会の反響はあった。がしかし、反発はそれ以
上につよく、結局、この自然発生説はほかの新説と同様に黙殺さ
てしまった。


■パスツールの実験にはトリックがあった

千島はパスツールのおこなった実験と同じ条件、同じ器具を使
い、追試の実験をおこなった。
そのとき、千島は奇妙なことに気がついた。
パスツールの説は実験の範囲では事実であるが、自然界一般の法
則にまで拡大解釈するには理論的な矛盾をもっているということ
であった。

生命の自然発生にはつぎの5つの条件が必要である。

適当な温度 水分 空気 栄養分
一定の時間的経過(自然の季節)

パスツールの実験にはこれらの条件を充たしているものといない
ものがある。
まず、試験管内の肉汁を摂氏100度の高温で過熱したこと。これ
ではバクテリアの栄養源である有機物は熱変成して自然
態に変質してしまう。

つぎに、生物が生きるために必要な酸素をふくむ空気を過熱して追
い出し、酸素欠乏の状態をつくりだした。
そして、急激に温度の変化を与えたということは、自然界の季節の
変化(一定の時間的経過)を無視しているのである。
自然の状態では冬から春、春から夏というように徐々に温度が上が
るにつれ、生命は活発な活動を開始する。バクテリアの自然発生が
容易になるのは温度の推移が影響してくるのである。

パスツールは自然というものを無視して、機械論的に自然発生を
否定したのである。
結論として、バクテリアの発生は、空気のなかにまじっている細菌
やそのたね(芽胞)が、肉汁のなかに落ち込んだものと断定した。
彼は、自然発生を否定する実験には、歴史上まれにみる巧妙な仕掛
けをあみだしたにもかかわらず、この“空気の中のたね”を親とし
て、バクテリアが分裂して増殖することを証明する装置はまったく
つくらなかった。

これはパスツール説の盲点中の盲点なのだ。生命は空気(酸素)が
なければ生きられない。この実験は缶詰めの製造には有効だが…。
このトリックに気付いたのは千島しかいない。
また、パスツールはバクテリアの自然発生を否定したまま、それで
は“微生物はどうしてできるのか”という問題を捨ててしまってい
る。


■地球上最初の生物はどうして発生したか

この問題に果敢にも挑戦したのが、ソ連科学アカデミー会員のアレ
クサンドル.オパ−リン博士である。
生物がまったく存在しない太古の地球上では、始めは無機化合物か
ら有機化合物が合成されなければならない。
オパ−リンは“生物で無いものから生物が誕生した”という問題を
研究発表して、世界から脚光を浴びたのである。
だが、オパ−リンは、これは何億年前のある時期にたった一度だけ
であるといっているのである。
その理由は、今日の地球上には生命がすでにできていて、地球は新
しい生命を発生させる段階を過ぎているからだという、なにか奇妙
な理由をつけている。

オパ−リン説−−無機化合物から生命の一歩手前の物質(有機化
合物)を経て微生物が生まれる。
千島説−−生物の崩壊によってできた有機物から細菌が発生する
を第一次生命の発生、 を第二次生命の発生とよべば混乱は少
なかっただろう。

しかしオパ−リン説は世界でもてはやされ、千島説は黙殺されてい
る。


■感染ウィルスは輸血そのものが原因

この千島説を医学に照準をあてると、いままでの伝染病のイメージ
が、まったく変わってしまう。
たとえば、現代医学では感染ウィルスの原因を輸血液の中にまじっ
ていたウィルスの感染によるものだと説明する。
しかし、千島説からみると輸血による血清肝炎は、供血者の血液に
ウィルスがまじっていなくとも輸血という不自然な影響によって起
こり得るという。

血液は指紋と同じように百人いれば百人、千人いれば千人の血液
型がある。学問上は適合型であっても厳密には不適合である。
この千島説を医学に照準をあてると、いままでの伝染病のイメージ
が、まったく変わってしまう。

たとえば、現代医学では感染ウィルスの原因を輸血液の中にまじっ
ていたウィルスの感染によるものだと説明する。
しかし、千島説からみると輸血による血清肝炎は、供血者の血液に
ウィルスがまじっていなくとも輸血という不自然な影響によって起
こり得るという。

輸血によって肝臓は充血し、そのとどこおった血液が肝細胞に変
化してますます肝臓は肥大する。
すると細胞の活力が弱まって、そこにウィルスが自然発生すると
いうのが千島の考え方である。
現代医学の考え方とは順序が逆なのである。
つまり輸血はどのようなものであれ、血清肝炎の危険性から逃れ
るすべはないのだ。

だがこの危険きわまりない輸血禍は、当分つづくだろう。これを
なくするには、私たちが輸血を拒否するつよい信念をもつことが
第一である。
いずれにしろ、新しい医学が確立したときには、医療から輸血と
いう方法が消え去るだろう。


■ハンセン氏病対策に盲点がある

千島は外からのウィルス感染が原因ではなく、悪化した体の組織
から発生するウィルスが原因すると言った。
このことはハンセン氏病(ライ病)について考えてみるとよく分
かる。
ハンセン(ノルウェー)は、一八七一年ライ菌を発見して、「ラ
イ病は細菌に感染して起こる」と発表。
現在にいたっても大多数の医学者がこのハンセンの説を信じてい
るのである。

ところが千島は、ハンセンの説に反対する論文を書いたのであ
る。
そのひとつが『現代医学のハンセン氏病対策の盲点』である。
まず、ライ病療養所の医師や看護婦でライ病に感染したものは
一人もいないということである。また、現代医学の言う、ライ病
は感染してから五年から十年の潜伏期を経て、はじめて発病する
というのが定説なのだが、あくまでも想像説なのだ。

ライ菌がどこに潜伏していて、いつ発病するかということを、五
年間ずっと追跡し、実証した学者は世界中に一人もいない。
さらに健康な人にライ菌を接種したところ、感染しなかったとい
う実験データがある。

このように、細菌の感染によって起こるという説は矛盾する。
にもかかわらず、いまなお伝染病説が根強く生きているのは、ラ
イ菌が存在するというたった一点に固執しているためである。
千島はハンセン氏病の原因を、不規則で不衛生な生活を続けたか
らとみる。

精神的ストレスがたまれば血液がにごる。不衛生な食事は悪い血
液をつくる。怠惰な生活をすると血液は滞り、変化しはじめる。
神経の障害があれば、血液から正常な細胞はできず、変質した細
胞になるだろう。こうした悪い条件がいくつかかさなって、体の
組織の細胞が少しづつ老化して、え死にまで進むのである。

“ライ菌に感染して体が腐敗するのではなく、細胞が腐敗してそ
こにライ菌が自然発生したわけだ。”


■医学は人を救うための応用の一方法である。

八千人の日本のハンセン氏病患者を間違った隔離から解放する義
務は医師に課せられた問題だろう。(アメリカなどでは隔離方式
をやめ、外来を主とする方法に切り変えている)

伝染病と流行病はまるで違う

千島説から医学を見直してみると、私たちが今まで信じてきた伝
染病ももののみごとにくつがえされてしまう。

一般にはその伝染病の感染経路が不明であっても、ウィルスが患
者から発見されれば、どこかで感染されたものと断定される。
伝染病と言えば、細菌、ウィルス、原生動物など、それぞれの病
原微生物に感染して起こるのが、常識となっているからだ。
ところが千島は、からだが弱ってくると細胞や組織が病的にな
り、それが腐敗の方向に変化すれば、そこに細菌やウィルスが自
然発生すると説く。

もちろん、はっきりした感染ルートがあり、抵抗力の弱いものだ
けがその病原菌にかかるという場合もある。
これは文字通り伝染病だ。
いっぽう流行病というのはからだそのものが弱っており、加えてま
わりの環境の激変などの影響をうけたとき、病原体がからだのなか
に自然発生し、伝染病と言われているものが同時多発的にひろがる
場合である。


■流行病というのは感染病ではないのである。

現代医学では、こうした場合でも感染ルートを必死にさがそうとす
る。これはバクテリア、ウィルスが自然発生することを認めないか
らだ。
だいいち、病原菌がからだのなかに入ったからといって、かならず
発病するとはきまっていない。
ドイツの有名な衛生学者ペッテンコ−フェルは、それを証明するた
めに、自分のからだを実験台にしてコレラ菌を飲んだが 何ともな
かった。有名な話である。
千島の新説を医学界が検討すれば、同じ意味に使われている伝染病
と流行病の違いが明らかにされるだろう。


■自律神経の刺激で伝染病が起こる。

「病原菌は病気の原因ではなく、病気になった結果である」 とい
う千島説を裏づける研究をフランスの外科医、レ−リィが、一九四
三年にとなえた。

“レ−リィ現象”というもので、自律神経を刺激すると、病原菌が
外から入ってくるのでなくとも病気になるという新説をうちだし、
実験で実証してみせたのである。

この実験には病原菌は一つも入れていない。ただ自律神経を強く刺
激するだけで、結核、腸チフス、赤痢などの伝染病の症状を発生さ
せたのである。
これまでの伝染病学説では考えられない革命的な発見だった。

しかしこの実験は余りにショッキングであったため、かえってたい
した反響をよび起こさなかった。
この画期的な発見は、千島の“細菌の自然発生”を支える重要な実
験なのだが、今日まで医学界はこの発見を無視しつづけている。
今までの考え方と根本的に異なる学説は、どこの国でも、いつの時
代でも、すぐさま認められるというのは難しいものなのだろう。


■■第4章[現代医学は人間を無視している]

がん細胞の増殖が早いとはかぎらない
医師はがんの治療には無力である。それは、現代医学ががんの原
因を究明できないでいることにある。

千島は「がん細胞は血球からできる」と唱えた。
これは血液が変化して、からだを構成する細胞をつくるという千島
の血液理論にもとづいている。
つまり、健康な生体であれば血球は正常な細胞になるが、からだが
病気のときには病気の細胞をつくりだすというわけだ。
だが現代医学は千島理論をかたくなにこばむ。そんなバカな!と頭
から信じないのである。

現代の医学は“細胞は細胞から”というウィルヒョ−学説の束縛
を受け、それから解き放たれていない。
細胞は分裂によって増殖する。とくにガン細胞は分裂が速やかであ
るというのが現代医学の常識になっている。
確かにガン細胞は、その増殖が早い場合がある。
しかし全てがそうではない。たまたま早い場合だけをとりあげて、
がん細胞は放っておくとどんどん増殖してとりかえしがつかなくな
るというのはおかしい。

千島は「細胞は分裂によって増殖するのではない。分裂もありえ
るが、細胞はあくまでも赤血球が変化して増える。がん細胞でも同
じことだ」と言う。
生物の教科書のなかに矛盾がある。
わたしたちが学校で習ってきた細胞についての知識が、どうも
間違っているような気がする。
中学時代の生物学を復習するつもりで考えてみよう。

細胞は生物の単位である。アメーバやクロレラなどは一つの細
胞、つまり単細胞でそれが生物全体である。白血球も一つの細胞
でなりたっている。
私たち人間はその細胞がおよそ四○○兆集まってできている。
細胞には中央に一個またはそれ以上の核があり、その周囲は細胞
質にとりかこまれ、外面は細胞質におおわれている。

この細胞質は、タンパク質、脂肪、水分などから成り立ってい
て、栄養を外から受けることができるし、不必要なものを排泄す
ることもできる。呼吸もしており、刺激されれば反応する。
自分で成長する力をもち、増殖する力をもつ。
これは細胞の定義であり、ここになんの問題もない。

しかし、すべてのものが枠のなかにはまるとは限らないよう
に、生命の世界ではとくにこうした定義におさまらない現象がい
たるところにみうけられる。
これをどう考えるかということで、学問は変わってくるし、医学
のあり方も変わってくる。
問題の赤血球にしても、これを細胞とみなすかどうかで医学は
まったく変わるのである。
両生類、魚類といった動物の赤血球には核があり、細胞としての
条件をほぼ充たすから、細胞の仲間にいれてさしつかえない。
ところが、人間など哺乳類の赤血球には核がない。これは細胞と
はいえないのである。

一方、リケッチア、ウィルスは核だけあって、周囲の細胞質が
ない状態であるから、これを細胞と見る学者はいない。
しかし自分の子を生むという能力をもってするから生物の仲間に
いれてもおかしくない。

ところが生物というのは細胞の条件を全て充たしたものだとみる
とリケッチア、ウィルスには矛盾が生じる。
これは学問の常識が自然の姿を無視しているためで、細胞の意味
にしても実は生命の本来もっている連続性に対してある一線を引
き、細胞である、細胞でないと、人間が勝手にきめたのである。

しかし生命の真実は境界がはっきりしない、深いつながりを
もって連続しているのだ。


■自然のままで細胞分裂が見えるのか

細胞は細胞分裂によってのみ増えるという常識、この一点が正
しいとすれば、千島学説のほとんどは崩れ去ってしまう。
逆に、「細胞は細胞でないものから新しく生まれる」という千島
の新説が正しければ、世界の生物学が狂っていることになる。
生命体の基本となるこの点をはっきりと見きわめなければ私たち
は大きなあやまちを犯すことになるだろう。
そこで千島学説に対する疑問を質問してみると、

質−私たちは細胞が分裂している姿を、テレビの映像や雑誌のグ
ラビア写真でふんだんに見ているがあれは一体なんですか?

千島−細胞を研究する場合、生きたからだのなかの自然な状態で
観察するのが理想なのです。しかし、今日までのいろいろな細
胞学の成果は、組織から切り出した標本、つまり死んだ細胞を
研究したものが、その中心になっています。

質−技術的にやむを得ないんじゃないのでしょうか

千島−そうです。自然のままで観察できないから、生物のからだ
からその部分をとりだして調べる。しかし、この操作そのもの
が、もうすでに全体とのつながりを切るという不自然をおかし
ている。細胞のほんとうの姿や働きに対してもうその時点で悪
い影響を与えているのです。

質−とりだした細胞は合理的な培養器で培養し、温度も一定に保
ち、できるだけ自然に近い環境をつくりだしているわけですが

千島−それはあくまでも人為的なものであり、今日の培養技術は
まだ理想的ではないのです。それをですよ、光学顕微鏡や電子
顕微鏡で、不自然な強い光線や電子を当てて観察するのです。
細胞は光や電気にはきわめて鋭敏な反応を示します。その反応は
自然の状態では決して起こさない反応です。
だから私たちは細胞の自然状態を乱さないで、細胞の微視的な世
界を観察することはできないというわけです。

質−それが生物学における不確定性原理というわけですか。

千島−だからといって細胞の研究に悲観論をもちこもうとしている
のではないのですよ。生きた細胞を観察する仕方として自然に近
い条件を考え出す余地はいっぱいありますから。

質−わかっています。

千島−私が問題にするのは、これまでの研究ではこの点があまり考
えられていないと思われるからです。
一例を挙げれば、最近生きた細胞の分裂していく様子を、位相顕
微鏡を使って映画に撮ったものが発表されました。
多くの生物学者は、これによってウィルヒョ−の学説にますます
確実な基礎をあたえたものと信じている。私のいう不確定性原理
的な疑問をもつ学者は誰もいないのです。

質− すると教授は、映像が示した細胞の分裂運動は事実でないと
おっしゃるのですか。

千島−いや映像そのものはトリックではなく、まさに事実です。私
はその映画に写されたものが事実かどうかを問題にしているので
はないのです。

質−と、おっしゃいますと?

千島−確かに映像に示されている細胞は分裂しています。反自然的
な条件化においてです。しかし、その事実が自然な状態でも分裂
行動を起こすかというとそうではない。

質−それは人工的産物だということですか?

千島−その通りです。リンゲル氏液を使い、強い光線をあたえたな
かで分裂が進んだからといって、自然な状態でも同じであろう
と考えるのは、たいへん危険なのです。

質−それで教授は別の事実から“細胞は細胞でないものから新しく
生まれる”という説を提唱され、細胞の分裂を否定されるわけで
すね。

千島−間違ってもらってはこまりますよ 。私は“細胞は細胞分裂
によって増殖するという細胞分裂説”を否定してきたのです。
しかし“細胞が分裂する”という事実まで否定したりはしていま
せん。

質−…………………………

千島−研究者は正常な細胞では観測できないため化学物質を使い、
レントゲン線のような物理的な処理などをして、分裂を促進させ
ているのです。また自然界にも細胞分裂は皆無とは言えない。

質−なるほど

千島−で、私は自分の観察の結果から“細胞は主として 細胞新生
で増殖する”と、唱えつづけてきたわけです。
ところが現代の生物学者は、細胞分裂を絶対の事実と信じている
から、他の生物学的事実と合わなくなって、たとえば遺伝学の法
則と細胞学の法則の間で矛盾を起こしてくるわけです。
なのにそれをなんとかつじつまを合わそうとするから、ますます
ややっこしくなって、現代生物学の混乱たるやたいへんな状態で
す。
そして応用学である医学にも影響し、医学にも大きな間違いを起
こしているのです。


■がんと食生活の関係が分かった

がんの原因は現代医学ではまだ解明されていない。
かりにウィルスが見つかったとしても、それは千島説から見ると
「がんになったため発生したウィルス」であるから、原因にはなら
ない。
千島の血液理論は、がん細胞も赤血球が変化したものであるという
ものだ。
その原因は反自然的な生活にある。精神の乱れや間違った食生活な
どがかさなると、血液を悪化し、悪化した血液は正常な細胞に
ならず、がん細胞になるのである。

精神の健康は血液を浄化し、そして流れをよくするが、腹を立
てたり、恐怖したりすると血液に毒素を持つ。これは科学でも実
証されている。そして間違った食生活とがんの関係は、今日、常
識になってきたようだ。

このことは、有名な「マクガバン・リポート」(アメリカ)で
もよく知られている。
このなかで「がんおよび成人病の原因は九○パーセント以上食事
である。動物性の食べ物、加工食品をとっているアメリカ人の食
生活に原因がある」と言っている。
これは、食べたものが血液になり、その血液が細胞になるという
千島説にあてはめれば、いとも簡単に解明される問題である。


■がんは切るしかないのが現代医学だ

医療の実態は、まず手術という考え方がその基本で、それがで
きない場合、抗癌剤投与、放射線療法となる。
癌細胞との調和という平和的な療法はないのである。 マクガバ
ン・リポートによってその後のアメリカ医療が変わったかという
とそうでもない。とにかく切って切って切りまくるというのが実
態だ。
そこには生命とか生体に対する尊厳が忘れられているのだ。やは
り西洋思想においては、人間も一つの物質であるという見方があ
り、病気は完全に悪だという考え方なのである
疾患の部分はもう必要のないものだという考え方に立っている。
日本の場合でも、現代医療の切り札が手術と化学的新薬であるこ
とには変わりがない。体を切りきざむ手術、そして患者の薬づけ
といった医療行為は、医学が非人間的なものになってきた証拠で
はないだろうか。


■がん細胞もからだに必要なのだ

余りにも安易にからだを切りきざむ医師と、それに同意する患
者の軽薄な風潮。
たしかに患部をとりのぞけば苦痛は消え、たいへん効果があった
かに見える。だが生体が失ったものは永久に戻ってはこない。
からだには無駄なものはひとつもなく、すべての細胞がつながり
かかわってひとつのからだになっている。
がんにおいても、からだの全体を維持する装置がはたらいて、が
ん細胞があらわれてくるのである。

手術は療法ではない、疾患をとりのぞいても、血液の悪化とい
う原因が解決されていないから、同じ病気の再発が起こる。
がんの部分をとり除いても根本の解決にはならないのである。
病気の部分をからだから切りとってしまうのではなく、その部分
を健康な状態に戻すべく努力するべきではないだろうか。


■ほとんどの人ががん細胞をもっている

(加藤師の談)
1、四○歳すぎればほとんどの人ががん細胞をもっている。その
がん細胞を病院の検査で発見され、現代医学の治療を受けた人
達が死んでいる。

2、癌細胞は、食生活をはじめとする生活改善をすればそれ以上
大きくならない。それどころか小さくなっていく。がん細胞が
消滅しないまでも、癌細胞と共存して生きていくことができる

3、病院で過酷な検査を受け、手術、抗がん剤投与、放射線を照
射された患者は、正常細胞を痛めている。その結果、腸の繊毛
をやられた人はほとんど回復しない。


癌研究会研究所の管野晴夫所長は、
「各病院の解剖結果によると、高齢者の五○パーセントに癌が存
在し、早期がんクラス。このような人達も生前はがんだという診
断は下されなかったし、症状もまったく出ていない。ほとんどの
人はなんらかの癌を体のなかに持っている。臨床がんはそのうち
のごく一部のものが顕在化したものと推定される」
と発表。

加藤師は「がんは健康な人でももっていると考えたほうが正しい
それを早期に発見して手術する医者の行為は間違っている」という
がん細胞は人間の体をつくっている細胞の一部であると考えたと
き、医療機関がしきりに宣伝している 癌の定期検診による早期発
見、早期手術はいったいどういいう意味をもっているのだろうか。
高齢者の約50パーセントに癌が存在することが分かった今日、
二人に一人は外科医のメスを受けなければならないっことになるで
はないか。
自然に反するそのような行為が許されるはずがないと加藤師はいう


■千島学説を支持したパリ大教授

「がん細胞は病的になった血液中の赤血球が変化して生ずるもので
ある。細胞分裂にとってどんどん増えるのだという、従来の定説は
誤りである」(癌細胞血球由来説−−一九六一年発表)

この論文は国内での評価は受けず、無視もしくは黙殺された。

ところが四年後の一九六五年になって、パリ大学の教授アルペンが
[がん細胞の血球原説]という、千島と同じ結果の学説を発表し、
大きなセンセーションをフランスで巻き起こした。

そのとき、血液学者ステファノポリ−博士が千島の優先権を認めた
ものの、全体の流れとしては細胞の分裂を信じる生化学者、医学者
によって、この新説は結局、無視されるかたちになった。
千島はその後も研究を続け、癌細胞の自然治癒を示唆した。


■老化は腸内細菌が原因になっている。

癌をはじめとする病気の治療及び予防には、食べ物の内容と胃腸の
環境をよくすることである。
食べ物と胃腸が健全なら、きれいな赤血球が作られるので病気にな
らない。
癌に限らずほとんどの病気は全身病であるから、局所だけ治療す
るという現代医学の治療は間違っている。

健康を保つ条件の一つは少食であることだ。特に動物性タンパクの
とりすぎは腸内の腐敗をおし進め、反面新鮮な自然な野菜は血液を
きれいにする。
腸内に有用といわれる乳酸菌は外から入ってきたものではなく、食
べ物から自然に発生してくる。(ヨーグルト内と腸内の乳酸菌の種
類は違うことに注目)
菜食主義者なら充分にビフィズス菌が発生することを提唱した。


■生物の体を借りて原子転換ができる

微生物の作用によって食品が分解され変化することを醗酵と腐敗と
に分けて呼ぶが、これは人間にとって有害か無害かというまったく
人間本位の分け方である。
すなわち微生物は非常に低いエネルギーで原子転換する能力をもっ
ている。これを実験したのが、有名なフランスの理論物理学者ケル
ブランである。(生体内原子転換説)

この説は、科学の常識から考えると奇想天外な説である。なぜな
ら、今日の原子物理学では、何一○万ボルトという巨大なエネルギ
ーを使うサイクトロン装置でなければ、原子転換は不可能だと考え
られているからだ。
しかし、生物のからだを借りれば、たとえ小さな植物や酵母のよう
な微生物でも、その数百万分の一のエネルギーで原子転換ができる
というのだ。この新説を応用すれば、今までの科学では説明できな
かった多くの科学上の謎が、一挙に解明できるのである。
たとえば、いろいろなビタミンやカルシウムなどが生体の中で新し
く合成されるわけも、説明できるようになるだろう。
千島はケルブランの生体内原子転換説によって自分の学説が説明で
きることを知った。
この考えからいくと、草ばかり食べている動物が肉や玉子や乳を毎
日生産している謎も、体の中の原子転換説で説明できるのである。


■なぜ菜食主義者は長生きするのか

ケルブランや千島の新説を認めれば、生物学や化学が変わり、その
応用である医学や栄養学も変わる。
現代の栄養学では、タンパクは動物性であれ植物性であれ、欠くこ
とができないというのが通説だ。

脂肪や炭水化物(窒素を含まず)は蛋白質(窒素を含む)の代用
ができないという考えだから。

しかし、ウシやヒツジ、ウサギが、タンパク質の少ない草を主食
として多量の乳汁を分泌したり、筋肉を発育させている。その事
実を現代医学や栄養学では説明できないのである。


■無残!少女の腕を切り落とす

私は五年間加藤師のガン自然治癒の実態を見てきたが、現代医学
では、がんは救えないのでないか。病院では患者に苦痛を与え、

逆に寿命を縮めているのではないかという疑問をもった。
十八年間に十三回の手術を受けあと半年くらいの命というのに、

これ以上手術はできないから腕を切り落とすといわれた少女の例
があった。

医師は何を考えているのか!加藤師は怒りをあらわして言う。
このような患者不在の医療が、どんどん進んでいることは確かで
ある。
四人に一人が癌で死んでいる。これは他人ごとではない、自分が
なったときには自分で治すよりほかに道はない。
加藤師の道場は、現代医学で見放された人ばかりを相手にしてい
る。その中には助かる人も出てくるのだ。
特別な治療をほどこすのではなく、患者自身の自然治癒力をたか
める方法であり、患者自身が治しているといえる。


■加藤式療法をしのぐ療法はいづれ開発されるだろうが−−−。

現代の若者は自動車やテレビなどの知識をもっているが、一番大
切な自分のからだのことについては何も知らない。

無知こそ病気の最大の原因ではないだろうか。一般の人が健康に
対する知恵を得ることが、全ての病気に対する根本であると思う


■■第6章[生命弁証法ですべてが解決する]

■エントロピーの法則は本当なのか

エントロピーの法則とは、言いかえてみれば、時間は矢の飛んで
いくように一方向に進み、再びもどってこないことを意味してい
る。
しかし自然界にはこの法則に当てはまらない例がたくさんある。
生物がそれだ。体の内部と外部の間で、つねにエネルギーの出入
りが自由であるからだ。
千島はこのエントロピーの法則に真っ向から反対する。
その理由は、エントロピーの法則は、自然の姿の片面だけしか見
ていない。つまり、自然界の一方だけを支配する“死の法則”だ
という。

自然界にはもう一つの“生の法則”がある。この“生と死”の両
面の法則でものごとを見なければ、事実を見落としてしまうと、
千島は言った。
生命弁証法は、「全てのものは繰り返す」ということを原則にし
ているのである。


■生命弁証法ですべての現象を説明する

千島は現代生物学、医学の常識を破った学説を次々に唱えた。そ
れは彼に生命や自然をありのままに見る眼があったからである。

オスがメスに、メスがオスになる

「すべての事象は時間の経過と場所の変化に応じて絶えず流転す
る」

一人の人間をみても子供のときから晩年まで、すべてが変わって
くる。自然だけでなく、政治経済、社会生活、人間の心も常に変
わる。
ところが、現代の科学は、物事を変化しないものだとしてみてい
る。赤血球は赤血球であり、白血球は白血球であり、まったく別
の系統のものだとして区別している。しかし、千島はすべてのも
のは変わるという眼をもって顕微鏡を覗いた。
そしてそこに赤血球が核をもつ白血球に変わり、それがさらに細
胞に変化することを発見した。そればかりではなく、細胞が赤血
球に逆戻りすることも発見した。

現代医学は中間を認めない。しかし生物の世界では、オスがメス
に、メスがオスになることはいくらでも知られている。
人間も発生の時点では両性的で、まだ男とも女とも決まっていな
い。そういう要素を潜在的に持っていると考えられるのである。
突然変異とはわけがわからないこと
生物は環境によってからだのかたちや、性質を変えていく。生後に
起こるような変化は、その生物の一代限りのものであって、それは
子には伝わらないと、現代の遺伝学は言っている。

そして、生物が進化してきたその変化のおもな原因を“あるとき突
然”といった突然変異で片付けてしまっている。 裏を返せばわけが
わからないと言っているのと同じ意味である。これでは納得がいかない。
生物はながい年月にわたって代々、子が親に似るという遺伝と、環境
などによる親の変異を子に伝えるという、このふたつの要素をつみか
さねて少しづつ変化して、そして進化したものである。
しかし現代医学では細胞核のDNAという遺伝子によって、子供へ、
孫へと伝えられるという不変的な考え方なのである。

すべてのものは変化する。変わらないようにみえるのは観察の時間
が短いためである。不安定こそ生きている証拠なのだ。「すべての事物
は矛盾対立を内包し、その葛藤が進歩や変化の原 動力となる」という
のも基本的考え方であり、例外のない真理である。自然現象や生命現象
はすべての矛盾対立をそのなかにもっているの である。

すべてのものにひそむ対立は、男と女のようにお互いを補い合っている
が、それは決して固定したものではなく、ときにはマイナスが、またと
きにはプラスが優勢になったりしながら流動的な バランスをたもつ。
よせては返す波のようにその消長を繰り返している。

生物におけるこの矛盾対立は、常に動的(ダイナミック)で、そしてだ
いたいにおいて平衡状態にある。完全な平衡状態ではなく、そのとき、
そのときによってどちらか一方が力を持つ。完全な平衡状 態になると死
を意味する。 老子は、 「一つの道は陰陽二気を生じ、二は三を生じ、
三は万物を生ず」 と述べている。 対立するすべてのもの、すべての現象
は、もともと一つのものが、 二つに分かれたのである。そしてその二つ
は一つに帰するという。

「自然や生命はおよそ調和しているが、少しゆがみをもっている。 その
ゆがみこそ生命や自然の真の波である」 と千島は述べ、すべての自然現
象は、波動と螺旋性を基礎としていると考えついたのだ。


■なぜトカゲのしっぽは切っても生えてくるのか

「すべての事物は量の蓄積によって質的変化が起こる」

たとえば、液体である水に温度の量を蓄積させる(摂氏一○○度の 熱を
加える)と気体になる。 逆に温度量のマイナス蓄積(摂氏○ 度)を加え
ると固体(氷)に質的変化する。生物の進化をみてもこの法則をみること
ができる。単細胞のアメー バやバクテリアはその構造や働きが単純で下等
であるが、そのよう な細胞が約四○○兆集まったものが人間だ。

生物は細胞の集まりだが、その成分である細胞をある割合で加えてみても、
生きた人間や生物は生まれてこない。 生物の持つ全体性は、部分のたんな
る寄せ集めではなく、なにものかがプルスアルファされて、新たに獲得され
たものをもつからだ。 生命体はたんなるたし算以上のものをもっている。
だから、からだは健康なときでも、病気のときでも、生命を維持しよう、正
常に回復しようという方向に働く。         

全体が部分より優位に立っている証拠の例として、トカゲのシッポ であり、
高等動物では傷や骨折が自然に治ることである。 これは生物のからだが機械
とは違う点である。このように生物は全 体性をもち、全体のために部分を
規制する。 癌細胞にしても、癌細胞があらわれなければ、からだは全体と
して もっと悪い方向にいくからだ。


■すべてのものには経過中の中間点がある

科学は一般にはっきりしているのものだけを対象にし、不明瞭で
ぼんやりしているものを嫌う傾向にある。明瞭なものを尊重する
という科学者の精神は当然なことだが、はっきりした事実があり
ながら、型取りできないいために、それを不明瞭だとして排斥す
るのは間違っている。

「組織学の実験をしていて、教科書には血球あるいは細胞の定形
的な特性を備えた図が記載されてる。しかし、実際に顕微鏡を覗
いてみると、血球とそれぞれの組織細胞との中間移行型の細胞が
見える。これはいったい何なのか。おそらく世界中の組織学者や
病理学者は解答、説明できない。

それは現代の科学が形式にとらわれてAともBともつかないもの
は、無意識にあるいは意識的に見逃しているからではないだろう
か」と現代科学のものの見方を批判して、千島は述べている。

千島の学説は、その研究のすべてが現界領域にある。ばくぜん
とした、この現界領域にこそ真理が隠されていたのである。

「すべての事物には、経過中の中間点がある。」とは、このこと
だ。
現代の生化学者が、赤血球はいつまでも赤血球としか考えられな
いのは、地球の一部をとらえて大地は直線であると考えてるよう
なものである。


■生物と無生物を区別する必要はない

「自然は連続している」
人間のからだは外界とははっきり区別できると考えるのが普通
だ。しかし外気は鼻の穴から気管を通して、肺の膜でガス交換を
行っている。そこで酸素と二酸化炭素が出入りし、この壁が外部
と内部の境界となって人間は自然とつながっている。
消化器においても、口と肛門を通して外界に開いている。人間は
穴のあいたちくわのようなもので、消化器の内側は外部環境であ
るといえる。

その消化器のなかにつまっている食物は、腸の膜を通じて内部環
境である血液とつながっている。その食物が消化されたもの(食
物モレラ)は、腸と絨毛とのはっきりした境をもたず、連続して
移行している。

この発見が“腸管造血説”となった。
このようにすべては連続している。生物と無生物も連続してい
る。生物と無生物との区分は、人間が勝手に決めたものにすぎな
いのである。

現代生物学の定義からすれば、細菌やアメーバはどうにか生物の
仲間にはいるが、ウィルスやリケッチア(発疹チフスやつがむし
の病の病原体)などは生物とはいえない。ウィルスは「生きなが
ら死んでいる」などと言われるのもそのためである。
それらは、生物と無生物の限界領域にあるものともいえる。人間
が勝手に区分したために、居所を無くしてしまったのである。
生物の起源は、無機物が有機物になる時点で、そこから発展して
生物に進化する。 千島は無生物が生物になる可能性を説いたの
である。

本来、自然界は区切りなく連続してつながっているのである。自
然界にはなにひとつ、孤立し、他とつながりをもたないものはな
い。


■逆成長で長生きすることができる

「すべての事象は繰り返しを原則とする」という考え方は、現代
科学の主流の考え方と対立する。発生、発育の現象と崩壊、破滅
への現象を一体にしたものが繰り返しの原理である。

現代科学の最高の法則と言われるエントロピーの法則が成立する
のは、宇宙がエネルギーの出入りのない有限の世界だと考える場
合であって、宇宙が無限であれば成り立たない。

老子は「陽きわまれば陰に転じ、陰きわまれば陽に転ず」と言っ
ている。自然というものは、限界になれば次にそれを減ずる力が
働き、まったく逆方向に向かう作用をもっている。

また「色即是空」という言葉は、科学的に言えば物質とエネルギ−
の関係をあらわしている。物質はエネルギーであるが、エネルギー
も物質であるということと、物質はエネルギーになるがエネルギー
も物質になるということである。
一日は昼と夜、一年は春夏秋冬、月は満月と新月、海岸の波は満ち
たり引いたりするように、この世の中のすべてのものは、成長と逆
成長を繰り返してなりたっているといえるだろう。


■弱肉強食で進化したのではなかった

千島は、進化のもっとも大きな力は「自然界は共生でなりたってい
ることだ」と言った。
人間社会が、結局のところ、個人と個人の信頼関係にすべてがある
のと同じで、生物の進化も、種の違う生物との助け合い、総合扶助
で成り立っているのではなかろうか。
生物界を見渡して、まったくほかの種の助けをかりないで生きてい
る生物はいないのである。

化学的には親和力、物理的には同性電化をもつ分子の同性反発、異
性索引の法則にしたがうものから、細胞のように同性、異性の区別
なく、ただただ集合しようとする衝動にかられるものをも含め、す
べての物質は精神をもっているという。

もちろん、陰と陽の電気的単純なものから、高度に進化した人間の
精神的エネルギーに至るまで、その程度は異なっているが、根本に
は共生がある。
そしてこれは「親和力、または愛」という力によるものだ。

ベルギーの物理学者イリヤ・ロリゴ−ジンが最近注目を浴びてい
る。彼は一九七七年のノーベル化学賞の受賞者で、やはり、エント
ロピーの法則を超えようとする理論をもっている。
「宇宙の起源が、大きな爆発(ビッグ・バン)で始まったとした
ら、宇宙はたんなる花火にしかすぎない。自然界はビッグ・バンで
説明がつくほど簡単なものではない。近くに寄って見れは見るほど
複雑な世界がみえてくる。その複雑で、豊かな創造力にあふれた宇
宙では、すべてのものが流転する。そう考えると確率の法則などは
冗談にもならない。本当の世界はもっとデリケートである。法則も
あるが、例外もある。時間もあるが永遠もある。世界を自動装置の
機械だとする古い考えはもう捨て、古代ギリシャの発想に戻ってほ
しい。世界は芸術なのだ。」

最近、この理論を裏づけるようなバクテリアによる実験が紹介され
たという。
一般的には、物質は精神とは別個に独立した存在だと考えられがち
だが、物質と精神を含めたエネルギーについての正しい概念を持つ
必要を痛感する。


■自然は不相称性(アシンメトリー)だからこそ美しい

物理学の世界では、素粒子の空間的な対称生のことを、パリティー
の法則と名づけた。そして、すべての原子は左右対称と認められて
いた。ところが一九五七年になって、中国の物理学者李政道と揚振
寧の二人が、パリティーの法則は成立しないことを発見した。後に
二人はノーベル賞を与えられた。
原子の世界でも右と左は相称性(シンメトリー)だと考えられてい
たのに、ふたを開けてみると不相称性(アシンメトリー)だったの
である。

ここにパリティーの法則が破られ、宇宙はゆがんだものだというこ
とがほぼはっきりしたのである。
「生命の形態はアシンメトリ−である」と言った千島の理論が、原
子レベルで証明されたのだ。
自然界における左と右は相性的にみえて、実はすべて不相称性であ
る。

人間のからだの内部、外部をみても近似的な意味での左右相称で、
あきらかに形も機能も不相称性である。顔にしても、必ず左右に少
しづつゆがみのあることを知っている。
原子という極微の世界から、地球、天体、宇宙空間といった極大の
世界に至るまで、自然はわずかに不相称性であることが分かって
きた。

千島は「真の美は少し不相称を含んだ相称である。不調和の調
和である。完全なる調和は死に通ずる。動きがないからである」
「人間は直線を好むが、自然は曲線を好む」と言った。
いままで延べてきたことをまとめると「生命現象は波動と螺旋運
動としてとらえるべきである」という結論になる。
自然や生命の現象は、決して直線的に進むのではなく、寄せては
返す波のように、月が満ちては欠け、昼と夜が繰り返すように必
ず波動をもっている。その繰り返しは同じ円上をまわるのではな
く、螺旋を描きひろがっていく。
それが千島の見た自然界だったのである。

現代の科学は唯物論的で分析的な見方によって、物質や機械や化
学の技術進歩を遂げてきた。しかし、無生物を相手にする物理や
化学にはその弊害も少ないが、生物学を基礎とする医学には多く
の問題を残している。


■■終章[自分の生命に責任をもちなさい]

■人間モルモットにされているがん患者

一人のがん患者の体験から〜 手術をしても半年の命と言われ
た。どうせ半年の命なら、痛い目をさせずに、切らずに退院をし
ようとしたら、その某医大病院では、「切らせてくれ」という。
「手術して治る保証はあるのか」と聞くと、「可能性がある」と
いう。「どのくらい助かっているのか」、「一人だが助かってい
る」たった一人以外は不幸な結果に終わっていることを知り、退
院を申し出たのだ。それまで、三日も要したが、その間病院の動
きは不可解だった。
医師は家族にはひと言の断りもなく、患者本人に手術をすると通
告してきたのである。そして本人を検査室につれて行き、およそ
二○○人の医師や関係者のさらしものにしたのである。
まさにこれは患者の人権無視である。


■がん手術は病院経営のためなのか

○○病院の副医院長である石神氏は、加藤式療法を試みている医
師である。この東洋医学的な療法を行い次の様なことに気が付い
た。

A、癌細胞の摘出をまったく受けていない人
B、手術を試みたが除去不可能のためそのままにした人
C、手術でがん細胞を除去した人
a、放射線療法、抗がん剤投与をまったくしなかった人
b、抗癌剤投与だけをした人
c、放射線、抗がん剤投与した人

と分けてみると、治りやすさはAa〜Cc順になるのではな
いかというのである。

ことがんに関して言えば、「医師はがん患者を殺しているといえ
ますね。それが言い過ぎであれば、生命を縮めていると言えます
ね」、「まあ、そういうことだね」と石神氏は認める。

「手術、放射線、抗がん剤というこの癌の治療をやめたらいいで
しょう。」「そんなことできないよ」「どうして」「この三つの
治療法以外にがんの治療は現代医学にはないからだ。またそれを
やらなければ病院の経営は採算が合わなく、成り立たないじゃな
いか。この三つの治療法で癌が治るという考えをもっている医師
は一人もいないよ。そしてそれがよくないことも医師は知ってい
てやっているんだ」
現状の医療制度ではどうしようもないことだというのである。

「私は、今の日本の医療の姿に怒りを抑えることはできない。一
番大切な命の問題、あるいは健康の問題を、すべてカネで解決し
ようとしているからである」と、言って医師免許を投げ返したの
は塩月正雄氏の良心だった。
医師もまた現代医学の犠牲を負わされているように思える。


■新しい医療をめざす医師もいる

若い医師の松本氏は言った。
「現代の医療は間違っている。この部分がよくてこの部分が悪いと
いう問題ではない。部分修正ですむものではないのだ。一度すべて
をたたきこわして、そして一から出直さなければならない」


■現代医学の誤ちに気づき始めた

「アメリカの若い医学生たちは、自分たちの学んできた合理的医学
の不合理生に気付き始めている。従来の医学のあり方への反省から
“人道医学”が提唱されている。 真の治癒ができるのは病気にか
かっている本人のみなのだという認識がたかまりつつある。患者の
自主性と人間らしく生きるという願いは、人間らしく死ぬ権利の主
張をも呼びおこしている。」これは、マリリン・ファ−ガ−ソンの
言葉である。

今日の健康ブームは、裏返せば現代医学の批判である。このブーム
は、医師に預けっぱなしになっていた健康管理を、もう一度自分の
手の内の取り戻そうということで大いに評価できると思う。
新しい医療、 それを「自分の信念にしたがって健康を管理する時
代」と呼びたい。
なぜなら、新しい行動に移るには、新しい理論がどうしても必要な
のである。


■“病気を治す”のか“病人を治す”のか

現在の病院では、病気は治ったが患者は死んでしまったという笑え
ない話がある。
現代医学がかかえている問題は、人間のからだを物質としてとらえ
ているために、全体としてなりたっていることを忘れ、どうしても
悪い部分だけに眼がいくことであろう。そしてそれを科学だけで解
決できると信じていることである。
千島はそれを「科学迷信」と表現した。

「迷信とは真実でないことを信じることによって害を受ける場合を
いう」のだとすれば、現代医学の常識を信じ、そして、医学知識が
原因の“医原病”にかかったり、薬公害に悩む人々が多いというこ
とは、科学迷信というワナに落ち込んでいるということになる。
東洋医学にしても薬で治療する方法は最低のものだと説いている。
薬をきちんと飲めば病気になる

人類が直面している危機は、およそ三つに分けられると思う。

その一つは、核戦争による人類や地球の破滅。
その二は、科学や技術文明が一方的に発達することで、自然崩壊や
公害が続出し、人間の健康が少しづつおかされていって、人類が滅
亡することである。
その三は、人類が生き残れるほどの食糧がこれから確保できるかど
うか、エネルギー資源をいつまで確保できるか。

これらを解決するには、とても科学の力だけでをあてにすることは
きない。今こそ、物質や経済優先の思想に歯止めをかけ、精神文
明を復活させることが肝心ではなかろうか。
そのためには、なんとしても自然や生命に対する正しい知識を学び
とる必要がある。
その指針が千島の“生命弁証法”であった。

一八七三年(明治六年)に、日本の医療制度が改革され、西洋医学
が中心となって今日に及んでいる。 そして、その西洋医学一辺倒
は、百年後の現代になって、大きな問題を投げかけている。
現代の医療制度に大きな問題がある。
病人がいなくなれば医者は成り立たないという医療制度になってい
るからだ。

医師はがんの予防運動よりも、早期発見、早期治療に声を大にして
いる。しかし、どんなに早期発見、早期治療をしても、ほとんどの
患者は半年ほどで死ぬ。
日本の医療制度だと、自分の区域に患者がたくさんでた方が儲かる
ようになっている。病人が出なかったら医者は困る。

現実の医療制度は保険法があって、ある程度の病気なら、ほとんど
お金がかからない。そこで行く必要のない軽い風邪でも何かと安易
に病院に通い、医師に負担をかけ、儲けさせている。
そのうえ、いまの保険制度では薬をあたえたり、手術したりすると
点数が上がるようにもなっている。
そこで、医師も必要以上に患者に薬を与えようとする。これが、
乱診を生み出す土壌となっている。

病院でもらった薬をまじめに飲めば、それだけで病気になる。
しかし医師はそんなことにおかまいなく製薬会社と提携し、薬を
安く仕入れ、患者にどんどん薬を与える。そして病人をつくると
いう悪循環を繰り返しているのだ。
日本の医療制度は徹底して先進的に見えるが、保険制度など見直
さなければならない問題が、いくらでもあるのではなかろうか。


■日本の医師は独禁法に違反している

千島はかつて“医療国営論”を唱えたことがある。
今の日本の国民保険制度は、医療国営に近いように思われている。
医師などもこれでよいと思っている。ところがそうではなく、
国民保険制度には非常に弊害があり、矛盾があるのだ。今の医療
制度では、病院に入っても特等席があり、保険ではまにあわない
薬もあり、プラスした費用がかかるるようになっている。
また東洋医学や民間療法も取り入れられておらず、これら有効な
療法も保険制度からはずされているのだ。このように差別待遇が
ある。

この医療国営を実際にやっている朝鮮人民共和国では、医療が無
料で、国が医者を地域別に割り当て、担当の医師はその地域を巡
回し、健康管理の指導を行う。そしてその地域の住民に病人が少
なかったり、死亡率が下がったりすると、医師の月給が上がる仕
組みになっている。
日本の医療制度とはまったく逆である。その面だけ見れば医療の
先進国である。

中国では、西洋医学しか学んだことのない医者しかいない日本の
場合とは違って、西洋、東洋医学の両方の医者が活躍している。
また、中国では医師の実際の力を評価する。
日本の医師は、政治献金などで政府と癒着し、人間の命を扱って
いることをたてに、特殊な法律で守られ、医師会は力のある大き
な団体
そこで医師にも独占禁止法を適用し、自由競争をさせたらどうで
あろうか。それには、東洋医学や民間療法などを参加させ、病気
を治すのは医者だけではないということを大衆に示すことだ。
そうすれば、薬を飲ませて病気をさらに悪くするような病院には
行かなくなる。
これが千島のアイデアであった。

しかし、日本の医療の現実は、特殊な医師法(病気は医師以外が
診断、治療してはいけない)という法律の規制の元で、医師たち
は大きなあぐらをかいているのだ。

千島が提案したように、日本の医療制度が改革されるかという
と、現実には絶望的と言わざるを得ない。
では、私達ができることは何か。
それは私たち一人一人が、生命や健康についての正しい知恵をも
ち、医療について正しい判断を身につけることしかない。
自分の信念によって自分の健康を管理する。そんな時代がきた。
千島学説はそのための理論だと私は思う。
(終わり)

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| この文は、「間違いだらけの医者たち」より抜き書きした|
|ものですので、詳しくは本をお読みください。 |
|ダイジェストにするつもりが長文になってしまい、お分かり|
|にくいかと思いますが、この本の内容は、[岡田茂吉理論]|
|を研究する時、大変参考になるものと思います。 |
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http://members.tripod.co.jp/akyonn/tisima1.htm

 
 




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