★阿修羅♪ 現在地 HOME > 掲示板 > 議論10 > 139.html
 ★阿修羅♪
次へ 前へ
寺山修司へ―77年世代とは何か(1)
http://www.asyura.com/0304/dispute10/msg/139.html
投稿者 愚民党 日時 2003 年 4 月 28 日 18:42:25:

(回答先: さわがに―廃墟からの報告 投稿者 愚民党 日時 2003 年 4 月 28 日 16:45:07)


 50歳を前にして自分が劇団をやめたのは、若手人材形成に失敗したと同時に、わずかに残った若手が今後、芝居市場で生き延びるためには、芝居制作という汚れ役の仕事をおのれみずからやったほうがよい、そのような判断でした。この1月、制作資料をダンボールに詰め、主宰者に宅急便でおくりました。劇団はいま、5月公演に向けて稽古の総仕上げに突入していることでしょう。ですが自分は淋しくはありません。自分は本格的に暗黒舞踏に弟子入りしたからです。

 弟子入りとはまず、舞踏舎の事務所になっている先生の家、掃き掃除・雑巾がけから出発します。ここで覚悟の総量を先生にみてもらいます。民主主義では芸能の人材はつくれません。これは劇団制作の仕事を経験してきた自分の結論です。芸能は徒弟制度でなければ人材はつくれません。近代以前の世界はゆえに人材が育ちました。

 ここに2000年6月に書いた芸能77年世代に期待する自分の文章があります。
寺山修司没後20年によせて掲載させていただきます。いつも長文送信で申し訳ありません。

 なおここでは、酒鬼薔薇聖斗への言及がありますが、自分は今でも酒鬼薔薇聖斗事件と和歌山カレー事件は理解不能です。その糸口がHAARPさんの文書を読んでみえました。自分は再度この理解不能の問題を世界権力の関連からまさぐっていくつもりです。
全世界メディア支配の従属にある日本マスメディアが喧騒する事件とは、世界権力のテクノロジーが貫徹している、今はそう思っております。

 世界権力の存在をおしえてくれた、あしゅらさんはじめ阿修羅サイト投稿者のみなさまには感謝しております。

-------------------------------------------------------------

予感する小説・世界モデルに逆光照明あびた眼潰しのわれら現実へ

  文学は先行し歪曲された現実がひたすら模倣していくわれら観念へ

         壊す人 シヴァ神は塩化ビニールの炎 溶解する富士山の裏 

 1978 4 なごり雪はやがて大雪注意報となった。西会津での友の葬式を終え
猪苗代湖の国道を郡山へと向かう、そこから南へとさらに降りる。車は誰もが黙って
いた。雪の道路きわ街灯が流れ、悲しい歌「マザー・スカイ」が聞こえてくる。はじ
めて森田童子の音楽を聞いた。

  沈黙に祈る無言劇の夜空から降臨する時間夜の河に少年と少女は彼岸にたたずむ

   身体を裂く海峡こそが時間の河ならば永遠に触れ合うことがない両岸の石

             個人的な体験とは音声なき痛恨

                    声      

   滅んで行く風の香水頬に浴びて堤の夏草揺れる遠き村空港の丘そして廃畑

                    道      

   スケッチブックを持った抒情が消えていくとき城咲きの白い植物園の黒影

             6月の男と女は倒れている  

       回線が腕から飛び出したヒューマノイド


       いつのまにか奇蹟の声を信じた麻原とはわれら同時代

              70年代の詐欺師     

     捏造の現実40歳その闇のカルマ魔天使はコミック雑誌から到来し

       魔観念の頂点奈落を現実が模倣せるときひたすら反復する変成

 われらコミック雑誌こそ:思考は現実化するその実現形態:畏怖する世界の幕が落ち

      血のイニシェイショイン地獄に恐怖する新たなる中世の誕生

  詐欺師たちの魔界都市の物語に侵略され自壊する資本主義文明の21世紀

  翼を燃やす捏造天使たちの舞踏今中世の血を飲み干し魔観念の怪物闇の息

  滅びの糸は曠野を駆け巡るそのように破綻する自然の法則にそって現光景

  闇の中を闇に溶けて闇になって疾走する少女が産み落とす世界の中心来訪

  1995年殺人を経験したかった中学生がいた酒鬼薔薇聖斗1983年生

77年世代とは何か−1

 これまでのべたように77年/78年/79年に誕生した世代は身体表現へと向
かっている。80年・81年誕生した世代は、もっと積極的であり行動的ある、路
上演奏そして公演裏方として。まだ82年誕生の人間とわたしは出会ったいない。

 メディアに00年に登場したのが17歳となった酒鬼薔薇聖斗世代である。村上
龍の「ラブ&ポップ」の援助交際女子高校生は高2であるから、80年生であろう
か? いずれにしても主人公の吉井裕美は洗練された行動力があった。村上龍がア
クセスしたのは77年世代移行の女子高校生であった。そしてかれは酒鬼薔薇聖斗
83年世代の登場を予見し「寂しい国の殺人」を出した。なんら個人としての価値
観がもてぬ漂流する近代システムの瓦解の前に人は寂しさの極限で殺人者に生成す
る、味噌汁を飲みながら。精神が崩壊したわれら貧しき殺人者である。

 しかし村上龍は分析思考として「では彼/女たちが誕生した時代はいかなる内容
であったのか?」へ下向していない。現在の分析思考の方法としては一度、過去の
時間帯へと降り、そこから現在へと登ってこなければ、体系としての分析にはなら
ない。それは状況主義としての情報価値でしかない。わたしが方法として問題にし
ているのは、彼/女たちが誕生した季節とはいかなる原光景であったのか、それは
同時にわれわれ中高年層の自己批判的切開となる。

 日本警察と国家公安委員会の崩壊から小渕前総理の死へ到る敗北の過程とは、9
年間も二重壁の部屋に閉じこめられた少女が発見された1月28日から開始された
のだが、幕は切って落とされたのである。もはや少年・少女たちは、この日以来、
大人たちが欺瞞をもって形成した日本社会そのシステムを信用しなくなった。当然
である。17歳は明確に敵を射程に内在したのだ。これが83年世代である。

 では1983年とは何であったのか? やはり任期中に死亡した大平前総理を筆
頭に支配層が全身全霊をあげて、独自な日本戦略を立ち上げてようとしていた構造
こそ1983年体制と呼ばれていた。1978年福田政権は成田空港の開港失敗の
責任で敗退した後、大平は格分野別に強力な審議会を作り、いわば戦前の翼賛体制
のごとくあらゆる知識人・学者・有名人を総動員したが、79年ガイドラインの制
定とアメリカン戦略のまえに敗退してしまった。さらに予測しないイラン・イスラ
ム革命が独自な日本戦略1983年体制を頓挫させてしまった。このときの中心軸
として日本経済崩壊の戦犯・宮沢喜一がいた。

 大平のなきあと継承したのが鈴木善行であったが、彼はアメリカ・レ−ガン戦略
の過度の要求に身が持たず途中で政権を投げ出す。大平が作り上げようとした19
83年体制のブレ−ンをわがものにして登場したのが、レ−ガン戦略に一体化した
中曽根1985年体制である。つまり市民社会にはけしてみえない空間で、あらゆ
る政治勢力が80年代戦略をめぐって内戦をしていたのである。これが「もうひと
つの日本」である。1983年とはもちろん寺山修司が亡くなった年であるが、三
島由紀夫が自決した1970年のごとく国家戦略をめぐる政治内戦の季節だったの
である。ゆえに欺瞞の制度によって闇に落とし込められ牢獄に閉じこめられた原光
景が、復讐の女神にコマンドされ、83年の17歳は登場してきたのである。現在
の日本列島とは阿片戦争の密室である。

 その復讐の女神とは第二次世界大戦に、「天皇を中心にした神の国」と「国体」
によって大量虐殺された魂が生成させたのである。復讐の女神とはギリシア神話に
登場するのだが、その非人間的内容の物語こそ、文学者・伊藤整が見据えた戦後史
に隠されいつか登場するであろう鬼であったのだ。中国人から今でも日本人は鬼子
と呼ばれている。酒鬼薔薇聖斗世代とは都市を脅かす中世の鬼である。

 田中角栄は中国・毛沢東・周恩来戦略を理解できなかった。何故、中国は戦争賠
償金の請求を放棄したのか? 当時この巨大に満ちた畏怖を誰も語る人は皆無であ
った。70年代後半、日本の浮かれた気分はここから始まった。国民的価値観は全
て経済となり、戦争中食えなかった世代が飽食へと疾走していった。「飽食の国体」
が「物質消費の神の国」へと変遷する。こうして1977年とは反動と変節の歪曲
が、優しき若者たちの文化コミュ−ン帯を打倒したのである。生き残ったのは芸能
劇団のみであった。そこで演劇は世阿弥を再発見するのである。さらに寺山修司は
中世説教節の世界へと下向していった。そして誕生したのが「身毒丸」である。
寺山修司が国際的に評価されているのは、思想の原点を生涯貫徹したからである。

 利権分配同盟としての権力と「神の国」「国体」に、多くの学者・知識人は、お
のれの内面と精神を歪曲し、接近していった、これが上昇であり転向と呼ばれる。
1977年とは戦前体制翼賛期のごとく転向の季節だった。吉本隆明は一般なる大
衆の発見へと向かったが、これも転向の反復であった。演劇界から1983年体制
1985年体制戦略立ち上げにブレ−ンとして参加したのが、劇団四季であった。
浅利慶太は中曽根国家戦略のブレ−ンとして、国鉄労働組合を解体した。その利権
分配として旧国鉄用地を収奪したのである。そこで劇団四季はアメリカものまねの
ミュ−ジカルをやり、転向したJRとJR労組が音頭をとって、営業を全国展開す
る。劇団四季のありあまる利潤構造とは、こうした再分配同盟に依拠している。
 80年代多くの国鉄労働者が自殺したが、復讐の女神が劇団四季に襲いかかる
ことは間違いない。劇団四季と浅利慶太はヘビに呑み込まれたカエルであった。

 世代とは何か? わたしが強烈に教えられたのが、1976年村上龍が「限りな
く透明に近いブル−」が芥川賞を受賞したときだった、そのとき前世代からの憎悪
は洪水のごときマスメディアや同人雑誌に登場したのであった。何故、それほどま
でに新人の登場に憎しみの感情を燃やすのか、理解できなかった。そこで日本の戦
後史とは、どろどろした感情が内在していることを、めつぶし照明のごとく教えら
れた。的確に批評したのは文学者・加藤周一である。「基地国家日本とアメリカと
の関係を表現した」と。

 おそらく村上龍は、アメリカ・コンプレックス感情を刺激し、なにものかをあば
いたのであろう。それが前世代の文学者を憎悪の興奮に誘惑したのである。76年
とは、日本の知識人なるものは丁度、中国による日本に対する戦争賠償金放棄によ
り、罪悪感から解放され浮かれていた。それがいきなり村上龍によって、日本がア
メリカの植民地であることを提示されてしまった。それで憤慨したのであろう。

 そして77年である。利権再分配同盟は、村上龍の出現による若者たちのあらゆ
る分野での進出を恐れ、アナクロニズム復古「神の国」と「国体」にアイディンテ
ィティを強め、一挙に若者文化を打倒し、物質消費文化へと変遷をはかる。それは
まず教育における偏差値評価基準、入試センタ−設立、大学法、変人が出ない均一
教育体制確立へと疾走するのである。教育における問題解決能力の喪失はこうして
開始されたのである。全体主義の反復であり、その歪曲が子どもをストレスに追い
やり、学校は廃虚となった。追われ行く明日である。人間の尊厳を教えられない機
関は日本軍隊のいじめを反復するのだ。価値観なき問題解決能力の自己喪失それが
現在の日本社会である。21世紀に漂流する列島は1977年に誕生した。
 
 しかしいかに1977年が重い敗北の過程とはいえ、過度期であったのである。
「希望の春」という言葉がある。芸能舞台で接する77年世代とつきあうかぎり、
彼/女は良質な根性がある。
芸能を不断に寺山修司と土方巽の仕事を自己検証しながら勝負するとき、わ
たしは芸能の不滅を確信するのである。77年世代は個人としても核があり、強い
根性がある。77年世代はわれわれ古い世代が10年をかけて発見したことを、一
瞬の感覚で取得してしまう。これが革命である。1977年、わたしは23歳であ
った。故郷で一緒にたたかった友人は、その年胃ガンで倒れた。1978年正月、
病院に見舞いに行った。別れるときの彼の厳しい視線が焼き付いている。わたしは
77年10月故郷から逃亡したのだ。それほど若者のグル−プは解体へと、押しや
られたのである。

 友人は98年4月に死亡した。そして葬式が友人の故郷・西会津であった・・・
 薩長同盟との戦争、会津戦争のなごりをもって村人は麻の武士衣裳で、友人の棺
をかつぐ、雪にぬれた黒い道路、雪は友人が降らせているのだと感じる。土葬であ
る。凍った土塊を棺へと投げ落とす、それがすんで、墓の近くの村人の家で、青春
をともにしたわたしたちは暖かいお茶を飲ませてもらった。
重い悲しみは今でもこみあげるものがある。彼はわたしにかわって死んだのだと、
思う。敗北の過程とは重い死者がいる。 自分はその重さに気が狂いそうだった・・・

 会津は「神の国」「維新国体」の官軍に敗れた。死者を葬ることも許されず、野
や道ばたに風葬にされたのである。それが会津人の長州に対する憎しみである。そ
の歴史的感情はいまなお、山口県と友好を拒絶している。70年代の敗北につぐ敗
北、壊滅につぐ壊滅、そして数多くの死者たち。感情が摩滅するほどに重い時代で
あった。何故か? 理想と思想と革命への情熱があったからである。ほとばしる叫
びがあったからである。街頭はエネルギ−に燃えていた。人は自己の思想を投げ捨
てた時、同時に価値創出能力も喪失する。ゆえに90年代とは失われた10年間と
呼ばれている。しかし芸能としての演劇・舞踏・舞台は理想と思想の現場であった。
表現は人の良質なこころを励ます。芸能舞台とは一回性にかける時空である。それ
は継承の集団としての営為にある。生涯性をかけた演劇はたとえ一度失敗したとい
え、けして無駄になることはない。実践のいとなみこそが「永遠の今」としての芸
能だからである。ようするに場数を踏みしめるしかないのだ。それがお客さんに育
てられる演劇市場と云われている。

 77年世代は、こうした現場との対話に踏み込んでいくだろう。思想とは現場か
ら誕生する。われわれの世代から坂本龍一や生涯としてのライバルとしての村上龍
が現出したように、77年世代から、代表選手たるトップランナ−がもうすぐ登場
するだろう。

2000年06月12日 09時55分33秒
----------------------------------------------------
            寺山修司へ―77年世代とは何か(1) 愚民党

 次へ  前へ

議論10掲示板へ

フォローアップ:
  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。