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養老先生の「唯脳論」ネーミングに対するささやかな疑問
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投稿者 マルハナバチ 日時 2003 年 9 月 28 日 15:34:32:WjxaaVdW72Wrk

(回答先: 養老先生の「都市化」理論 投稿者 baka 日時 2003 年 9 月 28 日 14:29:33)

bakaさん、レス有り難うございます。


養老先生の最近の何を読めばいいんだろう、現在の状況でジャック・どんどんさんのご紹介の本とbakaさんからのものと二ついっぺんには無理です…

彼の過去の著作をいくつか読んでいますので、タイトルから推断した事をもとにちょっとコメントさせて下さい。
唯脳論(これは編集者がつけたものだと言っていましたが)はダメですね。
結果的に、ただのうろんと読める。
全脳論でなくては…、鰯は頭もワタも骨も美味しいというニュアンスで。(身体・環境も隠れています)

先生の論の内容を(私の偏狭さで)推断すると…
もとより脳の中にあり、脳の中で“意識化できる事象”を法則として記号表現し、そこから演繹的に展開したものはどこまで行っても意識化できた程度の枠から出ない。都市などもそんなものから出来ている。

まあ、近代批判的な文脈の上で、私たちが今日特に集約してしまっている事態の根源を照らして見せたと理解しています。(あくまでも記憶の上で言っておりますが)


脳は、いくつかの系、器官の複合すなわち機能の複合系で出来ていますが、その脳自身を認識する時、西欧のパラダイムを真似ただけの目を通し、理性のヒエラルキーを発現する器官として捉え過ぎてしまっているように想います。
そういうステロタイプ性が「唯脳論」というネーミングと合わさった時、意識化できにくい「脳の多様な深き機能性」が認識されなくなってしまったのではないかと想います。
(唯脳論が出た頃、養老先生は中村桂子先生にこっぴどく怒られていましたよ)

養老先生は最初から脳の全体性を視野に論を展開されようとしたのでしょうが、現在、上のような問題を崩して越える著作を展開され始めたのかなと想いました。(最近の状況は解っていませんから憶断で言っています)


>「人間が幸福にならない脳化社会 意識的世界の限界」は、日本の混迷を打開する手掛りを与えているのでは…

タイトルからしか判断できていませんが、ここには養老先生流の逆立した物言いがありそうです。しかしbakaさんはすごくいいところを洞察されたのではないかと、まだ本を読んでいないけれど私は期待しています。

脳機能の全体性を研究している方で、環境と人間の関係生成についても深く考究している方なら、日本自身の文化的基盤の中に元から継承れているじゃん!と言うのではないでしょうか。
先生が戦略的に先ほどの逆立を今回やっているとすれば、それは「霊だ、アニマだ」と言い始める乱雑な民族的?傾向性を注意深くのけて、真に現在に活かす為かもしれませんね。
(だから「陰妄暴想!」と糾弾的に言挙げして意地悪い憎まれ者をしています…皆さま許されたし)

期待して読んでみます、私はあまり書きこめないけれどどなたか関心ある方展開して下さいますよう。

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