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序説【絵画に見る二人の子供イエス@】シュタイナー神智学と東方の密教
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投稿者 傍らで観る者 日時 2004 年 11 月 15 日 07:42:10:ayjHlPlEsGXTU
 

引用: 絵画に見る二人の子供イエス@


Hella Krause-Zimmer,
"Die zwei Jesusknaben"

ルドルフ・シュタイナーは、『人間及び人類の霊的指導』(1911) のなかで次のように述べている。

「西暦元年、二人の少年イエスが生まれた。一人はダビデ家・ナタンの末裔であり、他の一人はダビデ家・ソロモンの末裔である。二人の子供はほぼ時を同じくして<同時ではない>生まれた。」

前者はルカ伝の、後者はマタイ伝の述べている子供イエスである。二福音書のイエスの系図には違う部分が見られる。マタイ伝はイエスの先祖をダビデの子ソロモンに、ルカ伝はイエスの先祖をダビデの子ナタンとしている。即ち、それらは王と神官の系統である(注)。                                 

〔注〕マタイ伝は次のような系図で始まっている。「アブラハムの子であるダビデの子イエス・キリストの系図。アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父。ヤコブはユダとその兄弟達との父。ユダは・・・。オベデはエッサイの父、エッサイはダビデ王の父であった。ダビデはウリヤの妻によるソロモンの父であり、ソロモンはレハベアムの父、レハベアムは・・・」

これに対しルカ伝では、系図は第三章の終わりにあり、イエスから遡って、アブラハムでなく、アダムにまで至る。今これを逆にたどると、アブラハムの子はイサク。その子はヤコブ。その子はユダ。オベデの子はエッサイ。その子はダビデ。そしてその子はというと、それはソロモンではなくナタンとなり、以下、マタタと続いていく。即ち、こうした記述によると、ソロモンとナタンの二つの系譜が存在するのでる。

 ナタン・イエスは仏陀、ソロモン・イエスはゾロアスターと関連づけられ、またそれにより、愛・存在と知恵・存在−キリスト以前のその最高の代表者が仏陀とゾロアスターである−を象徴している。

 ゾロアスターは、BC6世紀にペルシアにおいて太陽神の教説−光と闇の二元論−を説いたが、それは地上を野性状態と混沌から開放するため、人間に太陽神(アフラ・マズダ)との結合を勧める能動的な道であった。そこで、この潮流からは大地を耕す農業の営みの萌芽が生まれた。さらに、ゾロアスターは、「いつか、神霊的領域から偉大なる光・存在、太陽エーテル・アウラが地上に来る」ことを人々に予言した。

 また、ゾロアスターは、カルデアにおいてカルデア人の賢人・マギ達だけでなく、バビロン捕囚時に接触したヘブライ人の賢者をも弟子とした。彼の死後700年間、「カルデアの秘教学派はゾロアスターに由来する伝統儀式に満ち・・・秘教学派の人々は自分たちの偉大なる指導者の次の受肉を切望した。なぜなら、彼らはゾロアスターが700年後に再来することを知っていたからである。そしてその時が来ると、三人の使者、三人のマギが遣わされた。」(ルドルフ・シュタイナー『マタイ福音書』)

 仏陀は慈悲の宗教の創始者である。「仏教においては、すべてが内面的であり、宇宙論と呼びうるものは本源的かつ真の仏教には全く見いだされない。菩薩の本来の使命は人々に自己の魂の内面の教えをもたらすことである。
 しかし、ゾロアスターは人の周囲に存在する外的なものを教示する使命を有していた。仏陀は人の内なる隠れた力を教示する。(ルドルフ・シュタイナー『ルカ福音書』)

このように、二つの異なる霊的潮流が人類発展史を通して流れていたのであるが、それらは一度より大きな全体へと統合されねばならなかった。それは、ただキリストだけがなしうることであった。

ゴータマは、初めは菩薩、即ち人類の偉大な指導者であった。彼は、その、地上での最後の受肉により仏陀の位に登ったのである。仏陀としての彼は、もはや地上に生を受けることはなく、純粋に霊界から働きかけることが出来た。彼の働きかけは、時の転換期にルカ・イエスに及んだ。ルカ・イエスは、これまで一度も受肉したことのない、この上なく純粋な内面性、天界の実質をもつ子供であり、「無限に若い、地上のカルマに触れていない魂」であった。

 ここで注意を要するのは、二重に現れているのは少年としてのイエスであり、キリストではないということである。キリストという神的な太陽・力は、ギリシア正教会が元来はその時をキリスト降誕祭の日と見做していたように、ヨハネによる洗礼の時にイエスに下ったのである(注)。                        

〔注〕ギリシア正教会は、元来1月6日のみを洗礼及びキリスト降誕の祭日としていた。ギリシア正教会はイエス降誕の祭日をもっていなかった。クリスマスは、北・中欧において以前から冬至が聖なる日とみなされていたことから、後に西洋に導入されたのである。4世紀の終わりに、以前には祝われたことのない公現祭が東方教会から西洋に受け入れられ、「三奇蹟」−三賢人のイエス礼拝、ヨルダン川洗礼・カナの結婚−と結び付けられた(そのうちの二奇蹟は、公現=神の顕現という言葉の意味と二次的に合致する)。今や、東方教会の方もクリスマスを受け入れたが、公現祭はより大きな祭日としてなお残った。

 イエスが誕生の時、その産屋で3人の王により礼拝されたことは、多くの伝承により良く知られており、また絵画においても題材として取り上げられてきた。しかし、王たちは元々はフリギア帽をかぶった「マギ」として表されており、後になってようやく王冠を着けた王として現れてくるようになったのである。聖書にも「王」という言葉は見いだされない。

 「ゾロアスターが世にもたらしたものは、外の世界に秩序と調和を与えるものとして外界を指向していた。従って、国を建設し社会秩序を打ち立てる技術をもたらことも彼の使命であった。故に、ゾロアスターの学徒達はマギ、秘儀参入者と呼ばれただけでなく、王とも呼ばれていたのである。」(ルドルフ・シュタイナー『ルカ福音書』)

 ゾロアスターの死後6世紀にわたり、彼の予言した星が出現するまでヴァウス山に見張りが置かれていたことを、多くの伝承が語っている。

 イエスの子供時代を物語る「アラビア人福音書」によれば、マギ達はゾロアスターの予言によってかの地から旅してきたという。シリア人、バソラのソロモンもそのことを知っていたので、自己の著作「蜜蜂」−グノーシス主義とキリスト教の驚くべき混淆−において、ゾロアスターとイエスを結び付け、「私の末裔より彼は出る。私は彼であり、彼は私である。彼は私の内に、私は彼の内にある」とゾロアスターに語らせている。

 古ザクセンのメシア物語、「ハイラント」の作者も同じようなことを語っている。「彼は死の床において弟子を呼び寄せ、後の世に起こるべきことについて次のように語った。『やがて賢き王が現れ、この世を支配するだろう。彼は、神の子となり、この世界を、地をも天をも、永遠に支配するだろう。』『神の恵みを受けたその母が彼を産むのと同じ日に、東方に星が輝きで、我らの民人、3人が彼に礼拝を捧げるために赴くだろう。』」(「ハイラント 第1部第7章」チューリッヒ新聞 1950年)

 エミール・ボックは『イエスの幼・青年時代』のなかで、「蜜蜂」から次のように引用している。

 「彼がコーリンの井戸に座っていた時、彼の弟子達、王グシュナサフ・ザサンマヒメドに次のように語った。『私は汝らに、時の終わりに世に現れる偉大な王の秘密を明らかにしよう。乙女の胎内に、ある子供が宿される。・・・その地の人達は彼を抹殺しようと企てるが、失敗する。その後、彼は捕らえられ、木の十字架に打ちつけられるだろう。彼は地の底に置かれるが、後には高みに昇り、やがて光の軍勢と共に白い雲に乗ってやって来るだろう。なぜなら、彼は、”言葉“・万物の創造者に受け容れられた子供であるから。

 グシュナサフは彼に、その者はどこからその力を得るのか、また彼よりその者は偉大であるのか、を尋ねた。

 ザラドシュトは答えた。『彼は私の裔よりでる。私は彼であり、彼は私である。彼の出現する時、天には大いなる印が現れる。・・・汝らは見張りをし、約束の成就を待たねばならない。なぜなら、汝らが最初にその偉大な王の到来に気付くからである。その星が昇ったなら、使者を遣わし贈り物を贈って礼拝すべし。この王こそ、王のなかの王であり、あらゆる王は彼より王冠を授かるのだから。彼と私、我らは一つである。』」

 エミール・ボックは語っている。「この場所においてキリスト教神学は近代の霊的探究により明らかにされた密議(=マタイ伝の少年イエスは再受肉したゾロアスターである)に最も接近する。」

 ルカ伝のイエスとブッダとの連関については、文献によってはまず何も知られないが、キリスト教美術の中にはそれを示唆する様々な証拠が存在する(注)。

〔注〕仏陀伝承のキリスト教文学への混入について、ルドルフ・シュタイナーは『マルコ伝補説』第9講演の中で次のように語っている。聖人ヨサファトのキリスト教物語はブッダの若年期の伝説を物語っている。ヨサファトはバルラムという名のキリスト教修道士に会い、キリスト信者となる。ヨサファト(その名は、ルドルフ・シュタイナーによれば、幾重にも改変されているが本来は“ボディサトバ“に由来する)において、キリスト教的意識がブッダをキリスト教へ導き入れている。歴史的ブッダについては何も語られえないが、「そこから、仏教またはブッダの後の形がどこに求められるのかを人々が知っていたことは窺える。隠れた世界において、仏教はキリスト教と合流していたのである。」

〔訳注〕バルラムとヨサファト  中世のキリスト教小説で、次のような物語。インドの国王アベンネルは子ヨサファトがキリスト教徒になるだろうという予言を恐れるあまり、ヨサファトをあらゆる快楽に溢れた宮殿に閉じ込めてしまった。それにもかかわらず、彼は病者・盲人・死人に会うや真剣な考えを抱くようになる。陰者バルラムが商人に変装して訪れ、勧めたのに従いキリスト教に改宗した。父は王国の半分をヨサファトに譲るが、ヨサファトはまもなく王冠を捨て陰棲し、父をも改宗させ陰者として没した。

 上述のことから、同じ名をもつ2組の両親も存在しなければならないという考えが浮かぶ。「西暦元年、パレスチナには、ダビデの一族でソロモンの系統に属する子孫と、同じダビデ家のナタンの血を引く子孫がいた。ナタンの子孫としてナザレのヨセフという男がいた。彼はマリアという伴侶をもった。ベツレヘムにはソロモンの子孫でやはりヨセフという名の男がいた。彼もマリアという妻をもった。」(ルドルフ・シュタイナー『ルカ福音書』)

 マリアという名はマーヤまたはミリヤムともとらえられる。マーヤとは例えばゴータマの母である。“地なるマーヤ“はボディサトヴァを懐胎し、それを力強い夢のなかで体験する。

 古い伝説のなかで、インドはしばしば王のやってくる国として描かれている。西洋においては、遠くのあまり知られていない場所がインドという名でとらえられていたのである。しばしばインドは3人の王が支配する3つの王国に分けられていた。 インドは、そこに救世主が求められた地である。最初の予言はユダヤの予言者ではなく、異教徒により与えられたのである。即ち、ビレアムまたはバラムによって。彼は「ヤコブより星が昇る。イスラエルより彗星が昇り、モアブのかたよりを打ち砕く」と告げた。

 しばしば、3王の国はアラビア・ゴドル・タルシス、またはインド・カルデア・ペルシアとされる。何よりインドとペルシアの名が伝承の中に出てくる。マタイ伝のイエスは異教の王により最初に知られ、礼拝されるが、生まれてまもなく「異教の地」へ逃れなければならなくなる。ナザレに行くのはその後である。

 これに対してルカ伝では、エジプトへの逃避行は物語られていない。またルカ伝で最初にイエスに拝するのは貧しい羊飼いであるユダヤ人である。

 ゆえに2人の子供の使命は異なる人間集団、即ち「選ばれた民族」と神的秘密を等しく待望する他の世界というそれぞれ別々の集団に向けられていたと思われる。「告知」の仕方も両者で異なっている。ルカ伝では天使が羊飼いに現れ、神的愛の流れが羊飼いの心をとらえるのに対して、マタイ伝では星が現れ、天体の知識と霊的認識からその意味をマギ達が了解するというものである。

 2人のマリアは彼女らの子を特徴付けるものと密接な関係にある。絵画においては、一方では「清純なはしため」、愛に満ち素朴で控えめなマリアが、他方では威厳のある王妃のようなマドンナが見られる。ここではヴィルヘルム・ミヒャエリスが彼の著作『新約聖書僞典』(1956)の中でヤコブ原福音書に対する序文として述べたことが興味を引く。この中世に流布した書物はマリヤ伝承の主源泉である。ミヒャエリスは、原福音書の作者はその知識を様々な古い原典から得、それらを巧みにまとめあげたが、「多くの場合には、異なる典拠の結合はそれほどうまくいかなかった。それで、8章2節と3節におけるマリアの年齢は未調整で差がそのままとなっている。おそらく両者の年齢についての記述は本来独自の2つの叙述に基づいており、その一方のものは、両親が神に奉仕するよう決めたのでマリヤが神殿で育てられたとしているのに対し(第1章〜9章)、第10章に挿入された他のものは、彼女を“ダビデ家から出た汚れなき処女“として神殿とは全く異なる関係に置いている。」と推量している。

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