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今は「組対法」があるから「事務所でゆっくり話し聞かせてもらおうか」と肩を叩くというのが常道
http://www.asyura2.com/0406/dispute19/msg/584.html
投稿者 バルタン星人 日時 2004 年 10 月 23 日 08:23:55:akCNZ5gcyRMTo
 

(回答先: 兄さん、ええ度胸しとるやんけ、ほな素手で殴り合おか?凸(`_') 投稿者 こいけ 日時 2004 年 10 月 21 日 23:58:34)

>これはヤクザレスといいます。(▼▼)
今は「組対法」がありますからね。「事務所でゆっくり話し聞かせてもらおうか」と肩を叩くというのが常道でしょう。

>アジビラ(〈帝国〉に対する)批評を沢山見せていただきましたが、どれも的外れに思えます。
はずしてしまえば「独り言」の様なものですが、さらに問答無用で続けさせていただくと、こいけさんが嫌がりそうな(笑)宇野派の重鎮、降旗節雄X岩田弘の対談はどうでしょう。
世界資本主義分析フォーラム
グローバル資本主義とマルチチュード革命 ネグリ・ハート『帝国』に寄せて
http://www5e.biglobe.ne.jp/~WKAPITAL/negro.htm

ローザ・ルクセンブルグの『資本蓄積論』?の下りはおもしろい、早速図書館に行って読んでみよう。物凄い長文ですが下のほうに一部を貼っておきます。


>過去が現在を規定する、のではなく。未来が、現在の意味を決定する。
それを普通「啓示」とか言うんじゃないですか。
http://www.asyura2.com/0406/bd37/msg/448.html
で少し書きましたが現在を過去と未来に分節し、統合するというのが人間のあり様だと思います。(ハイデガー入ってますけど)アナアキストは「今、ここ」に無い物は永遠にないんだ、千年王国の為に「米百俵」してくれと言われても「やなこった」と言うしかない。(笑)


>「自然をすべて人工で置き換える」という、「近代」の過程が終了し、本来の意味での「ポ>ストモダン」が始まっている、
瑣末な質問ですが農業も「近代」に含まれるわけでしょうか?


>それが何なのか、あらかじめ確認することは不可能だとしても、信じて跳躍すべき時が
>来ているんじゃないでしょうか
非本来的存在としての堕落した<ダス・マン>から主体的に企投し...ってほとんどハイデガーじゃないですか。本来性とか根源性とかの前提はないんだというのが現象学の前提なわけです。スピノザ的に言えば「はたらき」としてしか知ることしかできないかもしれない、一人の人間が世界を変えるというのは馬鹿げた空想だが、でも何故かと考えることはできる、そこにおいてのみ「自由」はありえるんだということです。でなければ「阿修羅」(だけではないですが)を見る意味もない。


>「アンチオイディプス」で引っかかったところを貼ります。(ご迷惑でしょうが・・・)
こいけさんは真面目な方ですね。
拝見しましたが「こんな辛気臭いことばかり書いてあったっけ」と思わず『アンチ・オイディプス』をみ直しました。こいけさん自分で書いていたんじゃないですか、「帝国」について掘り下げても何も埋まっていないって。以前あっしらさんとのやりとりで書きましたが「高さ」「深み」とか垂直概念は放棄していますね、ドゥルーズは。『スピノザ』とか『差異と反復』のころは真面目にテツガクしていたんですが「動かない」人でしたね。ところがフェリックス・ガタリと組むようになって、どんどん「壊れて」きた。蓮見重彦じゃないけど掘り下げても「裏側の『表面』に出るだけ」で横にどんどんズレていく「はぐらかし」ですから。
『アンチ・オイディプス』といえばやっぱり太陽肛門じゃないでしょうか。(笑)

太陽肛門スパパーン♪『テロリストブッシュと人間』 手ポリオさん
http://www.asyura2.com/0403/ishihara8/msg/491.html


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ネグリ・ハート『帝国』に寄せて 降旗節雄X岩田弘
--略--
■降旗 そういうことですね。だから宇野さんの論理を忖度すると、資本主義の発生期には、共同体が崩壊して再編成される。そして、再編成された共同体というものは経済的過程を市場経済に譲りながら、政治的法律的あるいは民族的支配の確立を実現し、絶対主義的国家という形をとる。そして、その内部で資本主義的な生産力が充実していくと、ブルジョワ革命を通じて、政権はブルジョワジーというよりはむしろ地主・貴族階級に移る。それこそが典型的な資本主義国家である。その国家の内部で経済過程が市場経済的な循環を通してスムーズに展開されていく限り、資本主義はこの国家体制のもとで維持されていく。
第1次世界大戦が起こったのは、そういう国家的支配構造がぐらつき始めたからです。国家としては共同体的関係を維持していかなければならないが、支配的資本が経済原則を実現しうる限り直接介入する必要はない。しかし長期にわたって経済的なコントロールが市場経済では不可能な場合は、当然国家は経済過程に介入していかざるを得なくなる。宇野さんの図式で言うと、まず金本位制を握って、通貨面を通して経済的コントロールを与えていく。それでもコントロールできない場合には、直接的な実体を政治が握っていくという形になり、その極端な形が戦時統制経済ということになる。

■岩田 宇野さんは、帝国主義戦争の必然性という問題に対してネガティヴでしたよね。

■降旗 そうです。宇野さんは、経済的な次元と国家論的次元を区別していました。戦争の必然性は国家論の次元の問題として解くという考え方です。

■岩田 第2インターナショナル左派のバーゼル宣言をみても、ヨーロッパの王朝的利害の対立が戦争の切迫を惹き起こしているという主張ですね。金融資本の経済対立が戦争を必然にしているという理解ではありません。ネグリ・ハートどうなんですか。

■降旗 経済的次元と国家論的次元の区別はあまりないようです。少し話を進めると、第1次世界大戦以降の資本主義体制は、資本の支配のもとに体制がコントロールされているのではなくて、資本と国家とが相互に関係しあいながらコントロールしていくという時期に入っている。
たとえば、国家が金融システムの中枢を握って財政金融政策とおして、経済に直接介入すると、マルクス主義では国家独占資本主義と言われる構造になる。実態的には第二次大戦後のフォーディズムを前提としてアメリカ自動車産業のオートメーション化された構造が世界中に輸出されていき、五〇年代から六〇年代にかけて資本主義体制における高度成長を実現する、その経済的な根拠を得て国家独占的なシステムが順調に回転している時期というのが、ネグリ=ハートの言うフォード主義とケインズ主義が合体してつくった時期にあたります。この時期は、資本主義の発展段階なのか、あるいは資本主義の体制から別の体制ヘの移行期なのかがネグリ=ハートの場合にははっきりしないのです。僕は移行期だと思います。その移行期がさらに限界に達して、グローバリゼーションヘの展開を遂げていく。七〇年代から八〇年代を通して金融と情報の結びついたグローバリゼーション化の時期です。これは、従って移行期の第二段階ということになります。ネグリ=ハートはそれをさらにまた二つの段階に分けているのか、両者がだぶっているのかよく分からない。かれらは両方を分けているような気もするのですが。

ここでグローバリゼーションの問題が出てきて、ネグリ=ハートの考え方にしたがうと、マルクスは資本の体系、国家、世界市場というプランをつくったが今や現実的な素材を得てわれわれがこの世界市場を扱う段階に入ったということになる。われわれはこうしたマルクスのプランを受け継いで、現在に生かす論理を展開しているとネグリは言っているのです。これはきわめておかしな論理です。
というのもマルクスのプランは生き残っているものではなくて、『資本論』が体系的なかたちをとったときにはもうすでになくなっていたからです。資本の論理から国家を導き出す、国家から財政とか世界市場などを導き出すというような、言ってみれば古典派的なプランはマルクスが晩年に廃棄したとみるべきです。

■岩田 マルクスの初期プランは、ヘーゲルの法哲学と古典派の経済学、とりわけスミスの影響力が大きいですね。

■降旗 ヘーゲルは経済学的には古典派を反映していますからね。だからヘーゲルのスミス吸収段階の論理です。マルクスは自分の『資本論』の独自の位置を確認して、それと同時に資本主義の国家との関係をきちんと整理すればよかったのですが、それを行なう前に亡くなっている。ネグリ=ハートはマルクスのプランを受け継いでマルクス主義の資本主義論と国家論と世界市場論をここで完成したんだと言っているのですが、そこまでくるとかなり見当違いではないかと思うのです。この点はネグリ=ハートのマイナス面です。
かれは第四部「<帝国>の衰退と没落」で、今の<帝国>が限界に突き当たって危機と腐敗をつくり出して解体していき、そこからグローバルな市民権の権利闘争が始まるというかたちで結びつけています。

■岩田 何に対して権利闘争をやるのでしょうか。

■降旗 きわめてアメリカ型の公民権闘争を現代マルクス主義版に書き直したものという気がします。

■岩田 ネグリ・ハートは国家の希薄化を主張したはずなのに、なぜ権利闘争なのか。権利闘争とは国家に対して行なうものですよね。

■降旗 国家はもともと共同体としての基本的な任務を持っているから、その国家に対して人民なり国民が要求できる。その国家が解体していくときには闘争は成立し得ない。だからこの時期の闘争はそういうかたちに向かうべきではなかったのに、結局ネグリはそういうかたちでしめくくっている。それが問題です。

■岩田 ポジティブに言えば、マルチチユードの革命的な「自己秩序」形成論、コミュニティ形成論へと進まなければならならないのに、革命家みたいなことを言いながら、最後の結論が国家に対する市民的な権利闘争になってしまっている。一体どうしたんでしょう。

◆ グローバルキャピタリズムの歴史的地位

■降旗 おそらくこれまでのマルクス主義者はコミューンを前提としたコミュニズム、要するに助け合い社会になるか、あるいは労働組合を前提とし、工場を土台にした組織闘争になるか、そのどちらかを理念としてもっていたと思います。ところが、労使関係の中枢が分解して生産的基軸がぐらつきだし、しかも金融から生産まで崩壊過程に入ってくる。そうすると何をもってコミュニズムの結論にすればよいのかわからなくなってくる。現代の左翼の混迷はおそらくそこから来るのです。
ダニエル・ピンクは、本当にそういうかたちになるかは分かりませんが、アメリカの四分の一ぐらいの労働者の中で支配力をもって拡大してきている自立的な情報・サービス・金融などに関わるフリーエージェント、つまり雇用されておらず、自己実現のために労働する人々ですが、彼らが自立的に結びついてネットワークをつくり出す。その構造に注目しています。

■岩田 それはアメリカの内部だけを見ているのでしょう。

■降旗 そういう問題があります。一つは、大工場時代が訪れてそれまで一体だった仕事と家庭が切り離される、それが今までの工業化時代だった。フリーエージェント経済というのは、分離された仕事と家庭をふたたび結び付ける、そして趣味と労働をも結び付ける、こうして自由な人格が結びついていく。「結びついていく」というのは、彼の場合はフリーエージェントの社会のインフラが存在するということです。インフラというのは、例えばコピー店、コーヒーショップ、書店、エクゼクティブスイート、インターネット、大型オフィス用品店、私書箱センター、宅配便の翌日配達サビースなどであり、このようなインフラが中央計画的なものではなく自発的に形成されて、しかもフリーエージェントが集まる第三の場所をつくり出しているといったような非常にアメリカ的な社会主義構想です。

■岩田 トフラーの未来社会論と同じですよ(笑)。

■降旗 これは資本主義の未来をひっくり返して社会主義としているわけで、きわめてアメリカ的発想ですが、現代の注目すべき方向ではある。

■岩田 アメリカは産業が空洞化しすべてが周辺にいってしまったわけではなく、残っている部分もある。それらが中国・アジアなどにいっている部分とグルーバルな連結体を形成しています。その全体をどのようなシステムと考えるかです。
中西部や東部沿海地帯のアメリカの工場もかつては巨大工場でしたが、それらが所在都市とともに見捨てられ、今日ではコンパクト工場が高速道路や空港の周囲に散在的に展開しています。それらが世界とネットワークで繋がっているのでしょう。個人や仲間集団のフリーエージェントとはちょっと違いますが、九〇年代のIT革命、新産業革命の結果として、独立分散型の企業群がグローバルなネットワークを形成しているわけです。

■降旗 アメリカの国内を見ればそのように集約できる側面があって、おそらく日本の国内でもそのような状況が出てきているでしょう。ところがグローバリゼーションの時代には国内だけでは問題を集約することができない。われわれの基礎的な生活資料も生産手段も世界的に分散して生産されている。第三世界でつくられた農産物が日本に入ってくるのと同時に、こちらでつくられた情報化のインストゥルメントが外国に出ていく。しかもインターネットなどを通じていろいろな地域から結合されていくという構造を持っているので、グローバルな戦略を立てなければ来るべき社会の見取り図を描けない時代に入ってきている。

◆ 資本主義のオフショア化と中国・アジア資本主義の台頭

■岩田 情報・サービス産業といっても、かなり異質な幾つかの分野があります。それらを担う企業の内容を実体的に分析する必要がありますね。統計上の所得分類や職業別人口分類は形式的な分類です。

■降旗 そういう問題が出てきている。

■岩田 アメリカ資本主義のグローバルな中枢産業は何かという問題ですが、おそらくピンクにはそういう問題意識がないのでしょう。

■降旗 情報の中枢を握りしめている。金融とか証券の中枢ですね。

■岩田 金融市場は、産業分類や所得分類の上層に位置する特別の領域です。アメリカ資本主義がどこまでその中枢を握り締めているかは今日の最大問題でしょう。

■降旗 ピンクなどはアメリカを囲い込んでその中での戦略だけでやっている。しかしグローバリゼーションの時代にはそれだけではすまなくなってきている。世界的なシステムを対象にしてどう戦略を立てるかという問題になってきている。その点ではネグリ=ハートも非常に不十分だと思います。今までの資本と国家の支配構造がグローバリゼーションの下で解体し拡散し、腐食されているのは事実です。では次に新しい社会構造を担うファクターは何かというと、フリーエージェントもそれの一つになり得るとは思うのですが、それだけが主体だとはいいきれない時代にはいってきているのではないかと思います。

■岩田 そういうことですね。中国、アジアをどう見るかという問題があります。「中国」と言いますが、香港、台湾、東南アジアも含めたチャイニーズで、国境を越えたチャイニーズ・キャピタリズム、一種のオフショアキャピタリズムのネットワークですよ。

■降旗 台湾・香港資本ですからね。

■岩田 日本資本主義とは異質な国を超えた資本主義です。そのネットワークの集積拠点が大陸中国――古代以来人口と産業が集積している大陸中国――に展開しつつあります。
その焦点は、電気電子機器産業から機械機器産業へと展開し、自動車が次の焦点となっています。数年で日本を突破し、十数年でアメリカを突破する世界の最大市場になるということで、世界の自動車企業の中国への参入ラッシュが始まっており、これをさらに上回る中国自身の諸企業の参入ラッシュが加わり、世界でももっとも激烈な過当競争市場となろうとしています。中国の中央、地方の政府や「共産党」もそれに巻きこまれ、もはやコントロール不能でしょう。今日のドル相場を支えているのは、日本のが六千億ドルとほぼそれに匹敵するチャイニーズのドル保有です。元は固定レートでドルにリンクしており、それに円が小さな変動幅でリンクしているわけです。ドル体制がアジア化し、元・ドル・円の為替相場のリンク体制、一種の為替相場バスケットがアジア、アメリカの基軸為替レートとなり、その構成部分としてドルが支えられているとみるべきです。ネグリ=ハートにはその認識がありませんね。

■降旗 僕は今資本主義から次の体制への移行期に入ってきていると思うのです。その第一段階には、アメリカ型の耐久消費財濫費型経済とIMF体制と福祉国家が結びついたシステムが、西ドイツ、日本と飛び火していって、世界的な高度成長を盛り上げていった。ところが今のようにグローバリゼーションの時代に入ってくると、先進国が情報・金融面で高度化する中で、中国とか東南アジアを中心として生産力的な拠点が移りつつある。実際ここでは生産力は急速に上がりつつある。

■岩田 降旗さんは、少し条文上のIMFをまともに受け取りすぎですね。戦後長いあいだ条文上の存在に過ぎませんでした。五〇年代末からようやく実体化し始めたと思ったら、ポンド・ドル危機でドルの金決済停止となりましたね。
--さらにつづく

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